第三百九十九話 ティーナに秘められた過去
「アドニスさんが目を覚ましただって!? それは本当なのかよ、北川?」
「ああ、もちろんマジさ! アドニスさんだけじゃないぜ! 心神喪失状態になっていたサハラ・アルノイッシュさんにも『蘇生薬』を飲ましたら、何とサハラさんも正気に戻ってくれたんだよ。今は2人ともそれぞれ別々の個室ベッドの上で、安静にして貰っているけどな!」
北川がもたらしてくれた、嬉し過ぎる朗報を聞いて。
俺はすぐに、目を覚ましたばかりのアドニスさんに会いに行く事に決めた。
もちろん、ティーナを救い出す為には一刻の猶予も無い事は分かっている。
でも、どうしても俺は……アドニスさんの口から直接、グランデイル王家の血を引いているかもしれないという、ティーナの出生の秘密を聞いておきたかった。
「――彼方くん! うちはすぐにヘリでコンビニ共和国を出発して、小笠原さん達のいるアッサム要塞に向かうわ。そのまま城塞都市カディナに総攻撃を開始するから、彼方くんも必ずティーナさんを救い出してきてね!」
『剣術使い』の勇者である雪咲が、両手でガッツポーズと、片目でウインクをして。共和国を出発する先発隊の第一陣として、ホテルから先に外に出ていく。
「ああ。頼りにしてるよ、雪咲! 3人娘達は強すぎて暴走する癖があるから、上手く彼女達の手綱を握って、カティナ攻略チームをまとめておいてくれよな!」
「もう〜、うちはソロプレイが得意だって彼方くんも知っているでしょう? でも、任せて! 攻城戦が多いストラテジー系ゲームもうちは大得意だから。やっぱりゲーマーが異世界でも最強なんだって、見せつけてきてやるわ! まだまだうちは、みゆき姉様達には頭が上がらないけど、誰も犠牲を出さないように全力で頑張ってくるから!」
カディナ攻略組の雪咲を見送った俺は、今度は玉木と紗和乃の、昆布おにぎり大好き姉妹の2人にも声をかけておく事にする。
「玉木、紗和乃! 俺はアドニスさんと話をしてきた後で、すぐにみんなに合流するから。先に移動用のアパッチヘリの準備をしておいてくれよな!」
「分かったわ〜! 彼方くんも、すぐにこっちに来てね〜!」
「了解よ! 紗希ちゃんと一緒に出発の準備を全て整えておくから。アドニスさんから、しっかりとティーナさんの出生の情報を聞いてきてよね、彼方くん!」
「おう、任せておいてくれ!」
俺はホテルのエレベーターに乗り込み。すぐに北川の待つ、地下8階の病院フロアに向かう事にした。
コンビニ病院に辿り着いた俺は、相変わらず妙に白衣姿が似合っている北川を見つけて。すぐに一緒にアドニスさんがいる、病室へと向かう事にする。
共和国の中でもVIP待遇であるアドニスさんは、黒色のオフィス風な雰囲気の漂う、上品な個室のベッドの上に寝かされていた。
アドニスさんは、俺が個室の中に入ってきた事を確認すると。ベッドの上で上半身をゆっくりと曲げ、騎士のように格式高い一礼を俺に向けてしてくる。
元々、身長が190近くある高身長な老紳士だからな。例えベッドの上に体を横たえている状態であっても。その所作の全てに、洗練された美しさが感じられた。
「これは……彼方様! お久しぶりでございます。私のお仕えするティーナお嬢様が、彼方様には大変お世話になっていると聞き及んでおります。いつもティーナお嬢様を大切にして頂き、本当にありがとうございます!」
「アドニスさん、その事についてなんですが……。本当に申し訳ありません。実はティーナは今、グランデイル王国の者によって連れ去られてしまっているんです!」
「な、なんと……!? まさかグランデイル王国に、ティーナ様が……!?」
俺はアドニスさんに対して綺麗な嘘をついたり。何かを取り繕うようなつもりも、全く無かった。
正直に、これまで俺とティーナの2人が歩んできた冒険の旅の物語をアドニスさんに話し。
そして、つい先ほど……。共和国にいたティーナが、グランデイル王国の手のものによって誘拐されてしまった事実を、全て正直に説明した。
まだ目覚めたばかりのアドニスさんは、両目を見開き。ティーナの事を話す俺の言葉に、真剣に耳を傾けてくれていた。
「そうだったのですか……。そして、やはりティーナ様は秘めていた『遺伝能力』を発現させてしまったのですね。――という事は、こたびのティーナ様誘拐事件は、グランデイル王家の地下に渦巻く深い怨念が関与している可能性がありそうですな……」
白い顎髭を指先でつまみながら。低く唸るようにして、ベッドの上で深く考え込むアドニスさん。
そんなアドニスさんに、俺は急いで疑問に思っていた事を尋ねてみる事にした。
「――アドニスさん! 俺は大切なティーナをすぐにでも救出しに、グランデイル王国に行くつもりです。既に共和国に所属する異世界の勇者が、敵に先制攻撃を加える為に出撃した所です。これからティーナを救出する上で、俺はどうしてもティーナの出生の秘密についてを事前に知っておきたいんです!」
真剣に訴える俺の表情を見て。アドニスさんは、その場でそっと両目を閉じて考え込む。
それは決して、ティーナの過去の事に関する情報を出し渋っている訳ではなく。
アドニスさんが遠い昔に経験して、そして記憶の片隅にしまい込んでいた過去の出来事を……。今まさに凍結されていたファイルを解凍するかのように、少しずつ紐解いていっているような様子だった。
実際にティーナがなぜ、このタイミングでロジエッタに誘拐されたのかはまだ不明だ。
グランデイル王家の血筋を引く可能性のあるティーナが、なんらかの理由で必要になったのか。それともティーナの覚醒した新能力が、現在のクルセイス達にとってはどうしても必要なものだったのかもしれない。
そのどちらの理由であったとしても。先にティーナの出生に関する情報を全て聞いてからでないと、今回の救出作戦を円滑に成功させる事は困難になるだろう。
それはクルセイス達が、誘拐したティーナをどのように扱おうとしているのかが分からないからだ。
その情報があるか無いかでは、これからグランデイル王都に潜入する俺達の行動は、全く違うものになるだろう。
「……彼方様。まずは先に、これまで数多くの困難が立ちはだかる険しい道を歩んで来られた中で。共に歩むティーナお嬢様を必死にお守りして頂き、その身を大切に扱って下さった事を、ティーナ様にお仕える者として深くお礼を述べさせて頂きます」
再び俺に丁寧にお辞儀をしてくる、アドニスさん。
そしてアドニスさんは、整えられた病室の中の光景を遠い目で見つめつつ。
その重い口をゆっくりと開いて。謎に満ちたティーナの出生にまつわる秘密を、俺に打ち明けてくれた。
「……ティーナ様は、グランデイル王家の親戚筋に当たる、遠縁の一族の家系に生まれた子供なのです。そして遠い昔からグランデイル王家では、王家の血を引く者の中に『遺伝能力』が発現しているかどうかが、とても重要視されてきました」
その話は、俺も過去に聞いた事があった。
グランデイル王家では、異世界から召喚された勇者と王族が積極的に婚姻関係を結び。その子孫に遺伝能力を持つ者が生まれてくる可能性を、出来るだけ高めようとしてきたと聞いている。
「その通りです。もし、王家の中で遺伝能力を持つ者が生まれた場合。例えその子が、遠縁の親戚筋の子供であったとしても、必ずその者に王家を継がせる。それがグランデイル王家が代々に渡って引き継いできた――『血の継承』と呼ばれる伝統なのです。もしも、遺伝能力を持つ者が生まれた場合。その者のみが王城の地下にある『ゲート』が眠る場所の、更に奥に隠された秘密の部屋の中に進めるとされています」
「秘密の部屋……つまりそれが、『白い魔法戦士』の卵を大量に生み出している、『白アリの女王』が眠る部屋という訳なんですね?」
アドニスさんは、コクリと頷いて。
俺の推論に間違いがない事を肯定してくれた。
例え異世界から召喚した勇者と、グランデイルの女王が婚姻関係を結んだとしても。その子孫に必ず遺伝能力者が生まれる訳じゃない。
むしろ遺伝能力を持って生まれてくる王家の者は、レア中のレアだ。何世代にもわたって誰も遺伝能力を持たずに。普通の女王の統治が続く事の方が多いくらいだ。
実際にクルセイスが生まれるまでは、約5世代ほどに渡って、グランデイル王家に遺伝能力持ちの女王は生まれなかったらしい。
「……でも、そんな中で強力な遺伝能力を持つクルセイスが王家に誕生した訳なんですね?」
「その通りです。あの女は、グランデイル王家に代々伝わる『魔王遺物』、『遺伝能力測定器』によって。かなり強力な遺伝能力を、生まれながらにして所持している事が分かっていました」
アドニスさんの話によると、赤子の時から強力な遺伝能力所持者である事が確定していたクルセイスは……将来必ずグランデイル王家を継ぐ者として、両親に大切に育てられたらしい。
そして、そのクルセイスの両親でさえ決して入る事が許可されない、グランデイル王城の地下に眠る秘密の部屋の中に。クルセイスは、わずか7歳の頃からずっと入り浸っていたようだ。
なぜなら彼女は、その当時のグランデイル女王であった母親でさえも知らない。地下の秘密の部屋に入る事が幼い時から許可された特別な存在だったからだ。
だが……そんなグランデイル王家の中で、突如として『異変』が起こる。
王家の親戚筋に当たる、ある遠縁の一族の中に。一人の女の子の赤ん坊が生まれ。
その赤ん坊の体にも、僅かにだが……遺伝能力を持つ微弱な反応が出てしまったのだ。それが、ティーナだった。
一つの時代に、2人の遺伝能力者が王家の血を継ぐ者の中に出現するのは本当に稀な事だった。
ここにいるアドニスさんは、その遠縁に当たる王家の親戚筋の一族に古くから仕えていて。その一族の屋敷の守備隊長を務めていた騎士だったらしい。
そしてその情報は、なぜかまだ7歳の子供であったクルセイスにも知られてしまう。
幼いクルセイスは、自分以外に遺伝能力を持つ王家の血筋を持つ存在が出現した事を許さなかった。
アドニスさんが仕える遠縁の一族の住む屋敷に、僅か7歳の子供である小さなクルセイスがやって来て。
彼女はその屋敷に住む者全員を、自らが持つ『電撃能力』を用いて一人残らず全て抹殺した。
その事件は、世間的には王家の親戚に当たる一族の屋敷が『盗賊団の襲撃』を受け。惨殺されてしまったという凄惨な事件として発表された。
でも、実はその事件の当事者である……当事、まだ幼い赤ん坊だったティーナは生きていた。
まさに命からがら、ギリギリの所で。赤ん坊のティーナを救い出した守備隊長のアドニスさんは、ティーナを連れてグランデイル王国からいったん離れる事にした。
屋敷には替え玉として、別の赤ん坊の死体を残しておいたらしい。
幸いだったのは、クルセイスの電撃によって殺害された一族の死体は全て黒焦げにされていた事で。遺伝能力の反応が低かったティーナの生存は、クルセイスには疑われずに済んだという事だった。
そして、まだ赤ん坊のティーナを連れたアドニスさんは、西にあるカディナの地を訪れ。
当時商人として、メキメキと街の中で頭角を表していた豪商アルノイッシュ家に行き。
滅ぼされた王家の一族が隠し持っていたグランデイル王家の隠し財宝を献上する事で、素性の分からない赤ん坊のティーナをアルノイッシュ家の養子として迎え入れて貰い、保護して貰う約束をサハラさんから取りつける事に成功する。
アドニスさんの剣士としての腕を高く評価したサハラさんは、アルノイッシュ家専属の執事として、アドニスさんが屋敷に仕える事を条件に、ティーナの養子縁組の件を了承したらしい。
こうして数奇な運命を辿ったティーナは、カディナの大商人であるアルノイッシュ家の第23番目の娘として育てられる事となった。
それが――今まで世間には隠されていた、ティーナの過去であり。グランデイル王家の血を引くという、ティーナの出生の秘密の全てだった。
「そうだったんですね……。アドニスさん、俺に全てを話してくれて。本当にありがとうございます」
「いえ。きっとティーナお嬢様が、異世界の勇者である彼方様と出会い。その命を救われた事も、その後にグランデイル王家の『血の継承』に従い、隠された遺伝能力を発現した事も全ては運命だったのでしょう」
アドニスさんは遠い目をして、ここにはいないティーナが辿った数奇な運命を心から案じているようだった。
「アドニスさん、もし……クルセイスがティーナがグランデイル王家の血を引いている事を知ったとして。その事が原因で再びティーナに危害を加えようとするとしたら、それはどういう動機からなんでしょうか?」
俺はアドニスさんに、グランデイル王家の受け継がれている秘密の核心についてを尋ねてみた。
「クルセイスは、幼き時からその内面に『残酷な一面』を隠し持つ少女でした。彼女はきっと恐れたのでしょう。王城の地下にある、隠された『秘密の部屋』に入れる特権が、他の者に奪われてしまう可能性を……」
「その地下の秘密の部屋には、一体誰か潜んでいるんですか? 白アリの女王とか呼ばれ、無数の魔法戦士のクローンを生み出し続けているという『そいつ』は一体、何者なんですか?」
アドニスさんは、俺の目をじっと見つめながら。しばらく静止する。
おそらくアドニスさんは、その人物の正体を知っているのだろう。もしかしたら、ティーナの身を守る為にも。アドニスさんは独自にグランデイル王家に隠された秘密について、調査をしていたのかもしれないと俺は思った。
その事を他人に話すのは、アドニスさん自身も初めての事だったのだろう。
まるで触れてはいけない禁忌の話をするように、慎重にアドニスさんはベッドの上で声を漏らす。
「……グランデイル王城の地下に潜んでいるのは、今から約1300年前に即位していた当時のグランデイル女王であり。『無限複製』の遺伝能力を持つ、リルティアーナ・ド・グランデイル様なのです」