第三百九十六話 夜空に煌めくピンク色の花
「彼方様、凄いです! 川の周囲が無数の青い光で照らされていて、とても綺麗ですね!」
「ああ、本当だな……! まるで日本の蛍みたいな不思議な光だけど。この青い光の点は、一体何なんだろう? ティーナはこの光の事を知っているのか?」
俺はティーナに、川の周囲で光を放つ。不思議な青い光の点について尋ねてみた。
「ハイ、カディナの図書館の書物で少しだけ読んだ事があります。魔王領付近の川には、『光ゴケ』という、夜に不思議な光の粉を放つ特殊な苔が生息しているそうです」
「――光ゴケ? この青い光は苔の放つ光なのか!?」
ティーナの話によると。正確には、その光ゴケが夜になると周囲に放出する、『光の粉』が空気に触れて青く光って見えているとの事だった。
川の周囲は見渡す限り、青い光の線が下流まで延々と続いているように見える。
まるで青い輝きを放つ『光のレール』が、川沿いに真っ直ぐに敷かれていて。今にもここに、ネズミーランドから光り輝く魔法の機関車が通行しそうな、幻想的な雰囲気を漂わせていた。
ティーナも書物でしか、光ゴケの事は知らなかったらしく。こうして実際に目で見るのは、これが初めてのようだった。
「ひゅ〜っ! すっごいキレイだな! うちの嫁や、今度生まれてくる娘にもこの光景をぜひ、見せてあげたいくらいだぜ。まさか異世界でも、こんなに綺麗な光のイルミネーションが見れるなんて思わなかったよ!」
杉田が珍しく真面目そうな顔をして、そう呟いた。
……確かにな。この世界にも、こういう美しい自然の景色が見れる場所が無数に存在しているのだろう。
いつも敵との戦いだったり、ダンジョン探索ばかりをしてたから。こういう自然が綺麗な場所をじっくり見る……という機会はほとんど無かったからな。
それこそ、いつか全てが終わって。この世界が平和な世界に戻ったとしたら。世界中の美しい自然を見に、探検しにいくのも悪くなさそうだ。
俺達はしばらくの間、光ゴケが夜に放出する青い光の粉の幻想的な光景に見惚れていた。
……けれど。そろそろ共和国に戻らないとな。
なにせ俺達には、アドニスさんを起こすという、最優先の任務があるのだから。
「よし、そろそろ行こう! ティーナ」
「ハイ、彼方様! 素敵な景色が見れて。私も本当に楽しかったです!」
好奇心旺盛なティーナは、とてもにこやかな笑顔を浮かべている。
珍しい光ゴケの景色を見る事が出来て、そして目標であったウニウニ草の葉っぱも大量に手に入れる事が出来て。とても満足そうな顔をしていた。
「か、彼方くん〜! 私……もう少しだけここに残って、この綺麗な景色を見ててもいいかな〜?」
「……ん、玉木? それは別に構わないけど、どうしたんだ?」
玉木が地面に体育座りをしながら、ペタンと腰を下ろし。じっと感慨深そうな表情で、川沿いの青い光の光景を一人で見つめていた。
「……私、日本にいた時は、自分の誕生日の後に。お姉ちゃんと一緒に必ず家の近所の河原に咲いている、満開の桜の花を見に行ってたの。だから、少し色は違うけど。こうして川沿いに綺麗な景色が広がっている光景を見たら、なんだか日本の事を思い出しちゃって……」
「そうか。玉木は早生まれだものな。だから誕生日が過ぎると、すぐに桜が満開の季節になっているからな」
いつもの底無しに明るく、そしてみんなの前で楽しく笑顔で振る舞う玉木の様子とは違って。
今の玉木は、少し感傷に浸っている様子で。河原の景色をじっと一人で見つめ続けていた。
玉木は桜の花を見るのが、本当に好きだったものな。中学の時は、新学期が始まると。川沿いに咲いている桜の花を見て、大喜びで飛び上がっていた姿を俺は思い出した。
いつもとは違う雰囲気の玉木に、俺はどう声をかけようかと迷っていると……。
後ろから杉田がやって来て。小声で、こそこそと俺に耳打ちをしてきた。
「――おい、彼方! こういう時は、玉木の誕生日の為に何かしてやるんだよ。何でもいいから、サプライズプレゼントを玉木にあげてやれよな!」
「……いや、誕生日なんてこっちの世界じゃ曜日の感覚が分からないから、いつの間に過ぎてたじゃないか。俺だってもう18歳になってるし。杉田や玉木だって、とっくにもう誕生日は過ぎているんだろう?」
「まあな。でも、玉木はああ見えて心がめちゃくちゃ繊細に出来ているんだぞ? だからお前がちゃんと側にいて、気にかけてやらないとダメなんだからな、彼方! それは中学時代からの同級生でもある、お前にしか出来ない役目だろう?」
杉田に真面目に諭されると、何だかムカつくけど……。
でも、俺のよく知ってる杉田と違って。今の杉田は、まるで俺のお兄さんのような雰囲気で話しかけてくるから、なぜか不思議な説得力があって。俺は何も杉田に言い返す事が出来ないでいた。
そんな俺の悔しそうな顔色を見て。杉田は少しだけ笑う。そして今度は遠い目をしながら、俺の肩をポンポンと叩いて話しかけてきた。
「……まぁな。これでも俺は、結婚して子持ちになった『父親』なんだぞ? 俺は異性との接し方のレベルが、お前とバカみたいにふざけ合っていた頃よりも、格段に上がっているんだよ。いつまでも恋愛初心者のお前とは違うんだからな。彼方も女の子の心を、ちゃんと理解出来るようにならないとダメだぜ?」
杉田の奴……これでもかと、子持ちの父親アピールを俺にしてきやがって。
自由奔放なお前と違って、俺の周りには色々な事が起こり過ぎて。真面目に恋愛だけに集中出来るような時間は無かったんだよ。
――でも、そうだな。
俺も玉木の気持ちは、よく分かる。
俺も日本に帰るという事に、全く未練が無い訳じゃないからな。
いくらこっちの世界で、沢山の人と出会って。守りたい人達が出来たといっても……。日本に残っている両親や子猫のミミの事が、それで全て忘れられるという訳ではないからな。
いや、きっとこっちの世界で生きていく限り。俺は一生、故郷の日本の事を思い出し続けるだろう。
俺は一人で河原を見ている玉木の後ろ姿を見て。何となくだけど……。
あの黒いローブに包まれた、もう一人の玉木。女神のリーダーである『枢機卿』の事を思い出してしまった。
日本に咲いている、桜の花を見たがっている玉木。
まさか……あの女神教のリーダーである枢機卿は、どうしてもまた満開に咲いている桜の花の景色が見たくて。
それで5000年もの間、この世界で孤独に生き続けてきたなんて事はないだろうな……?
青い光を放つ、川沿いの幻想的な光景を見ている玉木の横顔が――。俺の目には、どうしてもあの枢機卿の姿と被って見えてしまう。
思わず首を横に振って。深呼吸をしながら心を落ち着かせる事にした。
そんな俺に今度は杉田ではなく、ターニャがこっそりと耳打ちをしてきた。
「……コンビニの勇者様、『桜』とは勇者様のいた元の世界に咲いてる、ピンク色の綺麗な花の事ですよね?」
「ああ、そうだけど……。ターニャは日本の桜の事を知っているのか?」
「いいえ、直接見た事はありません。ですがホテルのテレビ番組に映っているニュース映像で、少しだけその花の事を学ばせて頂きました」
ターニャは改まった表情で俺の前に立つと。玉木には聞こえないような小声で、俺にとって実に有益となる情報を話してくれた。
「この光ゴケが放出する光の粉は、空気が薄い所だと青色ではなく『ピンク色』に光って見える事があるそうです。実際に高原や、高い山の頂上に流れている川の付近では、光ゴケはピンク色の光の粉を出しているそうですから」
「えっ、それは……マジなのかよ!? ありがとう、ターニャ! その情報はすっごい助かるよ!」
ターニャから耳寄りな情報を聞いた俺は、さっそく親友の杉田にも声をかける事にした。
「杉田、お前に頼みがある。実はかくかくしかじかでさ……」
「ほうほう、なるほどな……分かったぜ! 俺に任せておけって、彼方! 下準備はターニャと俺で、全部済ませておくからさ」
「おう。頼んだぜ、杉田!」
杉田の肩を叩いた俺は、急いで川沿いの地面に体育座りをしている玉木の元にそっと近寄って、声をかける。
「おーい。玉木、そろそろ行くぞ! 共和国でみんなが待っているからな!」
「う、うん。分かった〜! ごめんね、彼方くん……。ティーナちゃんの大切なアドニスさんを、早く起こしてあげないとだよね!」
「ああ、それに実は今日はコンビニ共和国でちょっとした『イベント』が開催されるらしいんだ。だから俺達もそのイベントに間に合うように、早く帰る事にしようぜ!」
「イベント? なにそれ〜? 超、気になるよ〜! 『昆布おにぎり食べ放題』とかの、美味しそうなフェスが開催されてるといいんだけどなぁ〜!」
「ハハッ。そのイベントだと、玉木しか楽しめないような気もするけどな。今回のイベントはみんなが楽しむ事が出来るものだから、楽しみにしててくれよな!」
俺と玉木は、ティーナが用意してくれた装甲車に再び乗車して。急いで共和国へと戻る事にした。
「あれ〜〜!? 杉田くんとターニャちゃんはここに残るの〜?」
玉木は、装甲車に杉田とターニャが乗り込まず。2人はこの魔王領付近の河原に残る事を訝しむ。
「ああ。杉田とターニャはここで、光ゴケの研究をしていくみたいなんだ。共和国で何かに役立つ事もあるかもしれないからな。だから、心配しなくて大丈夫だ。レイチェルさんにも迎えを頼んだから。ここにはすぐに、アイリーンが来てくれるらしいし。俺達は一足先に、共和国に戻る事にしようぜ!」
「う、うん〜。杉田くんも、ターニャちゃんも気をつけてね〜! 夜は暗いから、またウニウニ草に見つかってしばかれないように気をつけてね〜!」
杉田とターニャを川沿いに残して。
俺達はさっそく、ティーナの運転する爆走装甲車に乗って、共和国へと戻ってきた。
そしてすぐに、コンビニ本店の地下病院へと向かい。再び病院内の病室に移動していたアドニスさんの元に駆けつけ。主治医である『薬剤師』の北川に採取してきたウニウニ草の葉っぱを手渡した。
「――おおっ!? こんなにも沢山のウニウニ草の葉っぱを取ってきてくれたのか! よーし、すぐに『蘇生薬』を作ってやるからな。待っててくれよな!」
「頼むぜ、北川! それで、完成までには大体どれくらいかかりそうなんだ?」
「そうだな。まあ……5、6時間もあれば作れると思う。それまで、アドニスさんの事は俺に任せておいてくれ。彼方達も疲れただろう? 共和国の中で、ゆっくりと休んでくれて大丈夫だからな!」
「北川様、ありがとうございます! どうか、アドニスの事をよろしくお願い致します!」
ティーナは、何度も何度も北川に頭を下げて。感謝の言葉を伝える。
そして病室で静かに寝ているアドニスさんの事を見つめて。『もう少しで元気になれるからね、アドニス!』とティーナは声をかけてから、俺達はいったんコンビニ本店の外に出る事にした。
「ねぇ〜、ねぇ〜、彼方くん〜? さっき言っていた『昆布おにぎりフェス』っていつ開かれるの〜? 私、そろそろお腹が空いてきちゃったよ〜!」
「誰も昆布おにぎり限定のイベントだとは、明言してないんだけどな。でも、大丈夫! ちゃんとお祭り用のご飯もさくらに用意して貰っているから。多分、もう少しで始まると思うから、いったん外に出ようぜ!」
コンビニ本店の外に出ると。もう、夜も遅いのに。既に街の大通りには大勢の住人達が集まってきていた。
どうやら生活担当大臣の杉田が、何か素敵なイベントを外で開くらしいと……街の人達の間に噂が広まっていたらしい。俺はティーナと一緒に、街の人達が大勢集まっている広場へと向かう事にする。
「ほら、玉木も一緒に行くぞ!」
「う、うん……。待ってよ〜、彼方くん〜!」
まだ少しだけ元気の無い玉木を連れて、俺達はまるでお祭り会場のように人が溢れている広場に到着する。
「あ〜! やっと見つけたわよ、彼方くん! もう、どこに行ってたのよ〜?」
ふと前を見ると。沢山の住人達の中に混じって。『剣術使い』の雪咲が立っていた。
「あれ? 雪咲? 防衛大臣のお前が、街の中にいても大丈夫なのかよ?」
「うちも、そう思ったんだけどさ。突然、正門ゲートにエロエロ魔人の杉田くんがやって来て。『ここは俺とターニャが見とくから、お前も街の中でイベントを楽しんでこいよ〜』とか、何とか言いくるめられて。正門から追い出されちゃったのよ〜!」
「ハハッ……そうだったのか。きっと杉田なりに、みんなにサプライズがしたかったのかもしれないな」
ここにいるのは雪咲一人だけのようだけど。
どうやら人混みの中に紛れて、他の異世界の勇者達も祭り会場の中にやって来ているらしい。
「……で、彼方くん? ここで何が始まるの? うちは杉田くんから何も聞かされてないし、よく分からないんだけど?」
「まっ、もう少し待てばきっと分かるさ。ティーナも、玉木も、空をよーく見ていてくれよな!」
「ハイ、彼方様!」
「空〜? 真っ暗だけど、何が始まるの〜? もしかして花火大会とかかな〜?」
玉木が興味津々そうに、真っ暗な夜空をキョロキョロと見上げている。
「少しだけ惜しいな。これからコンビニ共和国の街の空で光り輝くのは、花火じゃないんだ。でも花火よりずっも綺麗で、めっちゃ美しい光景が見れるはずだから、期待してていいぞ、玉木!」
「えっ、えっ、花火よりも綺麗なもの〜?」
俺と玉木が夜空を見上げながら、会話をしていると。
””ドゴーーーーーン!!””
突然、夜空に大きな轟音が鳴り響いた。
どうやら、始まったらしいな。杉田とターニャがきっと祭りの開始の合図をしてくれたのだろう。
「ええええ〜〜〜〜っっ!?!? 何なに、アレー!? すっご〜〜い!! 夜空にピンク色に光る、綺麗な川が流れてるよ〜〜!!」
玉木が大きな驚きの声をあげて、飛び上がる。
玉木だけじゃない、同じように街の上空を見上げていた他の住人達からも。ざわめきを隠せない、感嘆の声があちこちから聞こえてきた。
「すご〜〜い!! お母さん、見てみて〜! 夜空にピンク色の光の点がたっくさん輝いているよ〜!」
「本当ね! とても綺麗ね! まるで夜空の星々が煌めく星の大河のよう。私達、トロイヤの街からここに引っ越してきて、本当に良かったわね!」
「凄いな! こんなにも綺麗に光景は俺、初めて見たよ! 流石はコンビニの勇者様だ! カティナの壁外区で初めてお会いしてからずっと、ここまでついて来て本当に良かった〜!」
真っ暗な夜空のキャンバスを埋め尽くしているのは、ピンク色に光る、光ゴケから採取した大量の光の粉だ。それを無数のドローンを使って、大空一面にばら撒いている。
ターニャが俺に教えてくれた、光ゴケの特性。
空気の薄い所では、光ゴケが放つ光の粉は青色ではなく、ピンク色に光って見えるという情報。
それを利用して高い所から光の粒を散布する事で、まるでピンク色に光る天の川のような幻想的な光景を、街の夜空に映し出す事に成功していた。
「すっご〜〜い! まるで夜空に、満開の桜の花が咲いてるみたいに見えるよ〜! 彼方くん、本当に凄いよ〜!」
「ああ。少し遅れちゃったかもしれないけど、これは俺から玉木への誕生日プレゼントなのさ! 日本の桜に負けないくらいに綺麗な光景を、この異世界でも玉木に見せてあげたいと思ったんだよ」
「ええっ……!? わ、私への誕生日プレゼントなの? 彼方くんが私の為に、こんなにも綺麗な光景を用意してくれたの〜!? ううっ……」
玉木が両目から大粒の涙を流して、その場で『え〜ん、え〜ん』と子供のように大泣きを始めてしまった。
俺は玉木の頭をポンポンと撫でて。優しく肩を抱きしめる。そんな光景をティーナも近くから、温かい目線で見守ってくれていた。
しばらくして、玉木はズビビと俺の胸元で鼻を豪快にすすると。子供のような笑顔を見せて。
広場に用意されたレストラン『さくら亭』の、美味しい差し入れ料理をいっぱい取って戻って来た。
「彼方く〜ん! ティーナちゃ〜ん! 私、あのピンク色の綺麗な光が一番近くで見える場所で、みんなと一緒にご飯を食べたいよ〜! そこで、お花見をしようよ〜!」
「一番綺麗に見える場所か……そうだな。確か、雪咲が杉田に街の正門で声をかけられたって言ってたから。きっと杉田は正門付近でドローンの操作をしてると思うぞ」
「分かった〜! すぐに行こう〜! 杉田くんや、ターニャちゃんとも一緒に、みんなでお花見しようよ〜!」
元気いっぱいの玉木が、ルンルンとスキップを踏みながら街の正門ゲートへと向かっていく。
俺とティーナは、あまりにも玉木の足が速いので。その後について行くのがやっとだった。
そして、やっと玉木の後を追って、街の正門ゲートへと辿り着くと。既に玉木は正門の真上に上がって、そこに腰をかけながら夜空を見上げて。昆布おにぎりを満足そうに一人で頬張っているのが見えた。
「玉木様……本当にとても幸せそうですね!」
「ああ。元気を取り戻してくれて、本当に良かった。それに街のみんなも、凄く楽しそうにしてるしな!」
どこから情報が漏れたのか。正門付近は、夜空に咲くピンク色の光が最も綺麗に見える、人気スポットに既になっていた。
大勢の街の人達がこの場所に集まって来ていて。中には正門の外の地面にブルーシートを敷いて、座りながらピンク色に光る綺麗な夜空を見上げている人達も沢山いるようだ。
本当は街の防衛の観点から見ると、共和国の正門の外には出ない方が安全なんだけどな。
……まぁ、今日はお祭りみたいなものだし。
他の異世界の勇者達や、アイリーンもきっとこの正門付近に待機しているだろうから大丈夫かな?
俺とティーナは、正門近くの地面にそっと腰を下ろし。2人でじっと夜空を眺める事にした。
「彼方様、アドニスが目を覚ましたら……。私、グランデイル王国に行ってみたいです!」
「グランデイル王国に? それは、どうしてなんだ? やっぱりグランデイル王家の血を引いているかもしれないって話を、確かめてみたいからなのか?」
「それもあります。でも、きっと私の体の奥に流れている遺伝能力のせいかもしれませんが……『何か』に呼ばれているような気がするのです。能力を覚醒した直後から、ずっとその不思議な感覚が私の中にありました。もしかしたら、グランデイル城の地下にいる存在が、遠くにいる私を呼んでいるのかもしれません……」
ティーナが目を閉じて。深く考え込むように顔を俯かせている。
「そうか。でも、あまり思い詰め過ぎないでくれよな。ティーナにどんな過去や、血の因縁があったとしても。俺にとってティーナは、いつだって俺の側にいて欲しい大切な存在だから。だから、決して俺を置いて。勝手にどこかに行ったりしないでくれよな!」
「……ふふ。はい、それはお任せ下さい。私は彼方様専属の万能ヒロインですから! 時には、お姉さんになったり、妹になったり。ある時は、可愛いメイドになったり。欲張りなコンビニの勇者様の願望を満足させるには、一人で何役もこなせる私にしか務まらない、オンリーワンな役職だと思っていますので!」
俺とティーナはお互いの顔を見つめ合って。
思わず『ぷぷっ』と、笑い出してしまう。
そんな俺達のいる場所に、遠くの方から男の声が聞こえてきた。
『――おーい、彼方! ティーナちゃんをこっちによこしてくれないかー! 少しコンビニの機材のトラブルが起きちゃってさー!』
「……ん? この声は杉田か? どうしたんだろう? コンビニの中でドローンの操作をミスったりしたのかな?」
「彼方様、私……杉田様の所に行ってきます! すぐに戻って来ますので、ご安心ください!」
「ああ、分かった。ここは人混みが多いから、迷子になったりしないように気をつけてな!」
「ハイ! 気を付けて、行って参りますね!」
ティーナは、俺に笑顔を見せて。手を振りながら、杉田の声が聞こえた方角に向かっていく。
「それにしても、杉田の奴……。相変わらず、コンビニのパソコン操作が苦手なのかよ。全く、ターニャに事務仕事を全部押し付けてばかりいるから、そうなるんだぞ」
俺が一人で、ぶつくさと文句を言っていると。
正門ゲートの上に登って。一番ピンク色の夜空が綺麗に見える位置にいた玉木が、こっちに降りて来た。
「あ〜、彼方くん〜? ここに居たんだ〜! もう、探しちゃったよ〜! みんなで一緒に、お花見をしようって言ったじゃないの〜!」
「いや、すまない。ティーナとここで一緒に夜空を見て話してたんだよ。そしたら杉田の奴が、何かの機械トラブルを起こしたらしくて。ティーナを連れて行ってしまったんだ……」
「えっ、彼方くん……? 何を言ってるの〜? 杉田くんなら私のすぐ後ろにいるよ〜?」
「――は? 玉木、何を言ってるんだ?」
「いや、玉木の言う通りだぞ、彼方! 夜空に光ゴケの出したピンク色の光の粉を散布する仕事は、全部ターニャに任せておいたからな。俺は玉木と合流して、正門ゲートの上でブルーシートを敷いて。みんなと一緒にお花見をする準備を今までしてたんだぞ?」
「……えっ、杉田……?」
玉木の後ろには――杉田が立っていた。
その後ろには雪咲もいて。いつの間にか、紗和乃も玉木達に合流を果たしていたようだった。
「おい、どうしたんだよ。彼方? 青白い顔をしてるけど……何かあったのか?」
「そんな、そんな、バカな事が……!? 大変だ、ティーナ!?」
俺は慌てて、ティーナを探しに正門ゲート付近に集まっている住人達の所へと向かっていく。
「ティーナーーー!!! 俺の声が聞こえるかーー!? 聞こえているなら、返事をしてくれーーー!!」
これだけ大きな声で叫んでも、ティーナからの返事は全く聞こえてこなかった。
さっき俺とティーナのいた場所に聞こえてきた『杉田の声』は、本物の杉田の呼びかけでは無かった。
じゃあ……一体、誰が!? 杉田そっくりな声を真似して、俺とティーナに声をかけてきたんだ?
確かにここには、大勢の街の住人達が集まっている。
中には、俺とティーナの事を知っている人間も混ざっている可能性はある。それでも、わざわざ杉田の声真似なんかして、ティーナを呼び出すような人物がいる事は絶対にあり得ない!
そもそも、親友である俺の耳を欺くほどに。杉田そっくりな声を出せるような奴なんて、この街の中にいる訳が無いんだ!
「ティーナーーーー!! 頼むから、俺の声が聞こえたら返事をしてくれーー!!」
必死に大声を張り上げながら、正門ゲート付近を走り回っていた俺は……。
街の外に繋がる、森の木々が広がる場所で。
俺がよく見慣れている。普段、ティーナが身につけている『ある物』を見つけてしまった。
それは、カティナの市民証でもあり。ティーナがいつも首からぶら下げていた青いネックレスだった。
「これは、いつもティーナが身につけていたネックレスだ……。ここにこれが落ちているという事は……」
――嫌な予感がする。
全身に寒気が走り、俺は今にも気を失ってしまいそうになるくらいの焦燥感を感じていた。
そしてその嫌な予感を裏付けるかのように。
俺がその場で見つけたのは、ティーナのネックレスだけでは無かった。
ティーナの首飾りのすぐ近くに、この場には絶対に咲いていないはずの、赤い『薔薇の花』が落ちていたからだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お〜っほっほっほ〜! やったわよぉ〜! ついに念願の『美しい花』を手に入れたわぁ〜! これで大クルセイス女王陛下も大喜びして下さるに違いないわぁ〜。だってとうとうワタシ達は『不死者』の勇者と、『複製・移植』の出来る能力者の2人を同時に手にいれたのだものぉ〜、お〜っほっほっほ〜〜!」
コンビニ共和国から離れた森の中を、金色の髪の少女を肩に背負いながら。
薔薇の魔女であるロジエッタが、高笑いをしながら高速スピードで走り去っていく。
ロジエッタの目指す場所は、彼女が仕える主人が待つ場所。そう、東の大国である……グランデイル王国の王城に違いなかった。