第三百九十五話 しみしみの大根
「……いや、マジでウニウニ草って見た目は完全に日本の『大根』そっくりだな。色も白いし、頭には青々とした葉っぱが付いてるし。……てか、何で杉田はその白い大根の集団に縛り上げられて、思いっきりしばかれてるんだ?」
俺は目の前で起きている不思議な光景の理由を、当事者である玉木に聞いてみた。
「う〜んと、それがね〜。杉田くんがウニウニ草の集団を怒らせちゃったみたいなの〜! 『よ〜し、俺一人で全部とっ捕まえて、彼方に自慢してやるぜ〜!』って調子にのって、体から炎を出してウニウニ草の群れを威嚇したら。逆に囲まれて、しばかれちゃったみたいなの〜!」
えーっと。何で茶色い根っこの足しか付いていない、白い大根の群れに囲まれたら。杉田は棒にグルグルに縛り付けられて、身動きを取れなくされてしまうんだ?
あのウニウニ草達は、よっぽど器用に根っこの足を使って。杉田の体を棒に縛り上げたんだろうな。
……まぁ、ツッコミどころは色々と満載だけどさ。
とりあえず、お目当てのウニウニ草の群れは見つけたんだ。いったんお調子者の杉田の事は放っておいて、さっさと葉っぱの回収を行う事にしようぜ!
「うぉオオォぉ〜〜い!! こら、彼方ァァッ! 目の前で親友がしばかれてるんだぞ! 早くここから、助け出してくれよなっ!!」
「いや、お前が調子に乗って悪ノリをしたのがマズかったんだろう? だったら自業自得じゃないか。そこで大人しくしててくれよな。間違っても炎は出すなよ! 大根……じゃなくて、ウニウニ草が燃えちゃったら、大変な事になるんだからな!」
幸いここにいるウニウニ草の群れは、全員が完全に理性を失っているようだ。
今はひたすらに杉田を蹴り上げて、しばき上げる事に夢中になっているみたいだからな。
つまり、ここは杉田を囮にして。背後からそっと近づき。効率よくウニウニ草の葉っぱをゲットするのが、一番の得策だと俺は思う。
「――彼方様。良かった、お待ちしていました!」
「ティーナ、無事で良かった……! もしティーナが棒に縛りつけられていたなら、俺は全力で救い出したけど。今回は杉田だから、あまり気にしなくても良さそうで安心したよ。アドニスさんの為にも、あそこにいる杉田を囮にして、早くウニウニ草の葉っぱを手に入れような!」
「それが、彼方様。どうやら、そう簡単にはいかないようなのです……」
「えっ、そうなの!?」
ティーナは悲しそうな目線をしながら。ウニウニ草の葉っぱを収穫するのが、意外にも非常に困難である事を俺に伝えてきた。
そうなのか……あの白い大根じゃなくて。ウニウニ草の葉っぱを取るのって、そんなに難しいものなのか。
でも、見た目は完全にただの大根なんだし。ヒョイと後ろから捕まえれば、簡単に葉っぱを取れそうに見えるんだけどな……。そんなにウニウニ草から葉っぱを収穫するのは、難しいものなんだろうか?
試しに俺は、忍び足でそっとウニウニ草の集団に近寄っていき。片手を伸ばして、素早くウニウニ草の葉っぱを背後から掴もうとしてみた。
すると――。
”シュン、シュン、シュン――!!”
「……なにぃ!? は、速いッ!? 捕まえたと思ったら、まさかの『残像』だっただとッ!?」
目にも止まらぬ高速移動で、瞬時に俺の伸ばした手をかわし。白い大根は何食わぬ顔で(実際には顔はついて無いけど)、再び杉田を足で蹴って、しばき上げ続けている。
「クッ……! 予想よりもかなり素早いな! これは、素手じゃとても捕まえられなそうにないぞ!」
豚の丸焼きみたいに、木の棒に縛り上げられている杉田をボコボコに集団で蹴って。しばき上げているウニウニ草の群れは、おおよそ500匹くらいはいる。
だが、ウニウニ草は驚くほどに俊敏な奴らで。どんなに背後から手を伸ばしても、まるで格闘技のプロのような高速フットワークを駆使して。こちらが伸ばした手を全て完全にかわしてしまう。一匹一匹が、プロボクシング選手のような動きをするヤバい奴らだった。
「くっそ……! マジで早過ぎるぞ! もしここで逃がしたら本当に厄介だな。その意味では、ウニウニ草達が杉田を目の敵にして、しばき上げる事に夢中になっているのはマジで助かったぜ……」
ある意味、今回の杉田の行動は本当にお手柄なのかもしれない。
アイツが、ウニウニ草達に恨まれてくれたおかげで。ここにいるウニウニ草は全員、逃げる事なく。目の前の杉田を、この世から抹殺する事だけに夢中になってるみたいだしな。
多分、何もしてなかったなら。俺達が近付いた瞬間に、ウニウニ草達は全員、凄い速さで一目散にここから逃げていたと思う。
「……にしても、マジで杉田はウニウニ草達にボコボコにしばかれてるな。一体何が、そんなにもウニウニ草達を怒らせたんだろうな? ズズズーーッ」
「う〜ん、きっと体から炎を出して。怪しい動きをして近付いて来たから、自分達にとっての天敵だと杉田くんは認識されちゃったんじゃないかな〜? ほら、炎の大魔神とか。ウニウニ草にとって、伝説の悪魔みたいな扱いになっていたりとか〜。ズズズーーッ」
「そっかぁ。確かに炎を出す人間なんて、植物にとっては脅威でしかないからな。まさに『何がなんでも抹殺すべき、邪悪な存在』認定をされちゃったのかもしれないな、杉田の奴は……ズズズーーッ」
「おいおいおいっ! 何てペットボトルのホットのお茶を飲みながら、2人とも地面に正座して。落ち着いて事態を静観しちゃってるんだよっ! そんな事してる暇があったら早く俺を助けろよな、彼方、玉木ッ!!」
――と、『火炎術師』の勇者様は、大声で申しているんだけどさ。
こう見えて俺も玉木も、割と真剣に考えてるんだぜ?
とりあえず温かいお茶を飲んで。頭の中をリセットさせて、心を整理するのは大事なんだよ。
まあ、幸いな事に。ウニウニ草に蹴られても、そこまで痛くは無さそうだし。もうちょっとだけ、杉田にはあそこで辛抱して貰う事にしよう。
「うーん。杉田がしばかれているうちに、あの大根……じゃなくてウニウニ草の葉っぱをゲットするには、やっぱり何か作戦を考える必要があるだろうな」
「そうよねぇ〜。杉田くんが、せっかくウニウニ草の群れを一箇所に集めてれてるんだから〜。このチャンスを活かして、何とかして葉っぱをゲットしたいね〜」
「ターニャ、何かウニウニ草の目を盗んで。葉っぱを収穫する良い作戦はないかな?」
俺はウニウニ草に詳しそうな、ターニャにも意見を求めてみた。
「すいません……コンビニの勇者様。ウニウニ草はその生態も含めて、謎の多いとてもレアな植物ですので。何が有効なのなの情報は、ほとんど知られていないんです」
そうか。博識のターニャでも、やっぱり難しいのか。
「――彼方様! 私……とっても良いアイデアが浮かびました!」
俺と玉木の隣で、お茶ではなく。好物のミルクティーを飲んでいたティーナが、目を輝かせながら俺に提案をしてきた。
「えっ、良いアイデア? それは、どんなものなんだ。ぜひ教えてくれ、ティーナ!」
「ハイ! あの見た目が『大根』そっくりなウニウニ草の弱点を突く事で弱らせて、動きを鈍くさせてしまうのです。私、その為に必要な商品を持って参ります! 彼方様、コンビニ支店をもう一度出して下さいませんか?」
「う、うん。分かったよ、ティーナ!」
俺はティーナに言われるがままに、河原付近にそっと。杉田をしばいているウニウニ草達に気付かれないように、コンビニ支店4号店を出現させる。
ティーナは急いで、コンビニ支店の中に入っていき。店内の事務所で『何か』を大量に発注して、ここに持って来てくれるようだ。
うーん。ウニウニ草の弱点って……何だろうな?
ティーナは、何かアイデアを思いついたみたいだけど。俺にはまだそれが、さっぱり分からなかった。
「彼方様、持って参りました! これをウニウニ草にかけてみるのはどうでしょう?」
「えっ、ティーナさん……!? それって、コンビニおでんの『だし汁』が入った袋ですよね!?」
ティーナがカゴに大量に入れて持ってきたのは、なんとコンビニのレジ横にある冬の定番商品。コンビニおでんに使う『だし汁』の入った透明袋だった。
「ハイ! コンビニおでんの中に入っている『大根』は、だし汁がしみると柔らかくなり。とっても美味しくなるので、もしかしたら大根そっくりな形をしているウニウニ草にも、効果があるのかなと思ったんです!」
いやいやいや……! ティーナさん、流石にそれはちょっと無理なんじゃないかな?
だって、おでんの中の大根はだし汁の中でグツグツに煮込んでるから、味がしみしみの美味しい大根になるんだぞ?
素材のままの白い大根に、いきなりおでんのだし汁をぶっかけても、流石にそれは無理だと俺は思いますけど。
「凄〜い! ティーナちゃん、頭良い〜! 私もコンビニおでんの大根、大好きだから。さっそくウニウニ草におでん汁をかけてみようよ〜! もし、味がしみしみの大根になったら、ちょっとだけ食べてもいいかな〜?」
おい……玉木!
お前がその案に賛成してどうするんだよ!
異世界人のティーナが、おでんの大根の仕組みをまだ完全に理解してないのは分かるとして。
日本人のお前が、畑から収穫したばかりの素の大根に。直におでん汁をぶっかけても、味がしみしみの大根にはならない事ぐらい分かるだろう!
あっ……なるほど。これが食いしん坊万歳の思考って奴なのか? もういいや。俺は何も口をはさまないからさ、後の事は上手くやってくれよ……。
キャッキャと喜び合うティーナと玉木の2人は、透明袋に入っているコンビニおでんのだし汁を、大きなバケツの中に集めていく。
そしてそれを、調理器具のお玉ですくい上げ。玉木が一気にウニウニ草の群れ目掛けて振りかけていった。
「そぉぉれぇぇ〜〜! 味がしみしみの、美味しい大根になぁぁぁ〜〜れっ!」
……いや、絶対になりません。
だし汁を直にかけたとしても、しみしみの美味しい大根にはならないんです!
――と、俺が心の中で冷静に思っていたら。
おでんのだし汁を浴びた、ウニウニ草の群れは……いきなりその場で足をふらつかせて。バタバタとドミノ倒しのように倒れ込み始めた。
まるで酔っ払ったみたいに、フラフラな千鳥足となり。こちらにだし汁を求めて、ズリズリとすり寄ってくる。
「えええ〜〜っ、そんなバカなッ!?」
「見てみて〜、彼方くん〜! おでんのだし汁をかけたら、ウニウニ草がしみしみの、茶色くて美味しそうな大根に変わってるよ〜!」
「本当ですね! 何だか、とっても美味しそうです!」
マジかぁぁ〜!? 異世界の大根……じゃなくてウニウニ草の性質、恐るべしだな。ガチで柔らかくて茶色い色をした、美味しそうなしみしみ大根に変わり果ててるじゃんかよ!?
よーし……もう深く考えるのは辞めよう。
とにかく、おでんのだし汁をウニウニ草の群れにかけまくって。一気に動きを鈍らせてしまうんだ!
俺達は玉木に協力をして、ティーナとターニャも一緒になって。バケツからお玉ですくい上げただし汁を、一斉にウニウニ草の群れにかけまくった。
おでんのだし汁を浴びて。フラフラとなったウニウニ草達はコンビニ支店の周りに倒れ込み始める。
その間に、急いでターニャが棒に縛られていた杉田を救い出してくれた。
「よーし、よし! 偉いぞ、ターニャ! 流石は杉田デスクのエースだな! 今度ターニャにご褒美として、最新のマッサージ機をプレゼントしてやるからな!」
「ハイ、ありがとうございます! 杉田様!」
杉田は自分を救出してくれた可愛いターニャの頭を、何度も撫でて可愛がる。うん、杉田デスクは絶対に役職を入れ替えた方が上手く回ると思うぞ。
「よし、今のうちにウニウニ草から葉っぱを頂いてしまおう! 一度に大量に取ったら可哀想だから、全体から少しずつ、まんべんなく回収していく事にしよう! あと玉木、お前は味がしみしみになったウニウニ草を食べちゃダメだからな!」
「ハ〜〜イ! 了解よ〜、彼方くん! でも後でコンビニのおでんを、みんなで一緒に暖かいこたつに入って仲良く食べようね〜!」
……まあ、道中、色々とあったけれど。
何とか俺達は、目標であった『ウニウニ草の葉っぱ』を大量にゲットする事に成功した。
これできっとアドニスさんを、無事に起こしてあげる事が出来るはずだ。
「ティーナ、良かったな! これで昏睡状態のアドニスさんを、起こす事が出来るぞ!」
「ハイ、彼方様! 本当に嬉しいです! アドニスが目を覚ましてくれたら、私……アドニスに聞きたい事がいっぱいあります。でも、まずはアドニスには安静にして貰って、ゆっくりと静養して欲しいと思っています」
ティーナのはにかむような笑顔で見れて。俺も本当に嬉しい。バーディア帝国領に行ってから今まで、ゆっくりと心の休まる時間はほとんど無かったからな。
アドニスさんが目を覚ましたら。ティーナにもぜひ休息をとって欲しいと俺は思う。
そして、とうとう……。グランデイル王家の血を引くというティーナの出生の謎を、俺達はアドニスさんの口から直接知る事が出来るかもしれないな。
コンビニ支店の地下シェルターの中に、収穫した大量のウニウニ草の葉っぱをしまった俺達は、急いで帰り支度を整える事にした。
空を見上げると、すっかり日は暮れていて。魔王領との境界沿いにある川の周囲は夜の闇に包まれ始めていた。
「ねぇ、ねぇ〜、彼方くん見て見て〜〜!!
「……ん? どうしたんだ、玉木?」
「川の周囲で、青い光がキラキラと輝いているの〜! 凄くキレイだよ〜〜!!」
玉木の指さす方向を見てみると。そこは、まるで夜空に煌めく星空のように。
川の流れに沿って、宝石のように光り輝く無数の青い光の点が美しい輝きを周囲に放っていた。