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第三百九十一話 蘇生薬


「よし、地上のコンビニ共和国の街へ戻ろう! アイリーン、一緒に行くぞ!」


「店長……。大変申し訳ございませんが、私は地下に残らせて頂きます……」


「えっ? アイリーン、どうしたんだよ?」



 俺の呼びかけに対して、なぜかアイリーンは申し訳なさそうに下を向いて(うつむ)くと……。


 今度は無言でいそいそと、どこから持ってきたのか。清掃用のエプロンと作業帽子を着用し。更にモップまで用意して、掃除の準備をし始めていた。


 アイリーンの怯えるような視線の先には、にこやかな営業スマイルで微笑むレイチェルさんの顔が映っている。



「流石はアイリーンですね。私が呼びかけずとも、進んでお掃除(そうじ)の支度を始めてくれるなんて……。そうですよね。コンビニから外に出られない私を、ここに一人だけ残して。まさかこれほど敵に荒らされてしまった地下のお掃除を、全て私に押し付け。ルンルンと総支配人様と手を繋いで街に出ようだなんて……。もちろんそんな事は思ってはいませんでしたよね、アイリーン?」


「――と、当然です! レイチェル様! 私は喜んでレイチェル様と共に、地下の全フロアのお掃除を手伝わせて頂きます!」


「頼もしい限りですよ、アイリーン。では早速、アイリーンは地下3階の温泉フロアのお掃除をお願いしますね。緑色の液体の混ざった温泉の水は全て抜き、浴槽の中を丁寧にモップで磨き上げてきて下さいね」


「レイチェル様ぁ〜、このパティめはどうすれば良いですか〜? 何かお掃除を手伝った方が良いですかぁ〜?」



 床の上であぐらをかいて寝転び。ボリボリとチョコミント菓子を頬張っている、ぐうたら引き篭もりニートのパティが眠そうな声で尋ねた。


「パティは有給休暇中ですからね。コンビニの事務所でたっぷりと休んで、チョコミントを補給してて下さいね。後の事は私とアイリーンで、全て処理しておきますから」


「わぁ〜〜い! 有給休暇万歳〜〜☆ じゃあパティはコンビニの事務所で、チョコミントを大量発注してダラダラしてきますので〜! 後の事は全部ヨロシク〜〜です、アイリーン☆」


「……ううぅ。……店長」



 アイリーンが涙ぐみながら、ジト目で俺の事を見つめてきている。


 いや、そんな恨めしそうな目線でこちらを見つめられてもだな……。

 悲しみに満ち溢れたアイリーンの表情からは、『店長。私にもぜひ、ギブ・ミー・有給休暇を!』という、切実な願いと、熱い想いが感じられた。


 でも俺はそっと、アイリーンの視線から目を逸らし。


 アイリーンの手を強引に引っ張っていくレイチェルさんに。笑顔で手を振って、2人とはここでいったんお別れをする事にした。


「て、店長おおぉぉぉぉ〜〜!!!」



 本当にすまんな……アイリーン。


 これ以上、レイチェルさんの機嫌を損ねると。共和国全体に、深刻な危険と実害が及ぶ可能性があると俺は判断したんだ。


 だから今は、本当に申し訳ないけれど。

 俺は先に、みんなの所に行く事にさせて貰うぞ!


 後でちゃんと、お前の大好きな『鮭弁当』をお土産(みやげ)に持っていくから。今だけは許してくれよな……!


「うぅ……。うぅ……」


 すごーく遠くの方から、悲哀に満ちたアイリーンの声が聞こえてきた気がするけど。

 きっとそれは幻聴だろうと、俺は思い込む事にした。



「――よし! 気を取り直して、地上に戻る事にするぞ!」



 レイチェルさんの話によると、共和国に残る他の異世界の勇者達の活躍もあって。外の街には、大きな被害は何も出なかったという事だ。


 きっと紗和乃(さわの)や、雪咲(ゆきさき)、そして玉木(たまき)辺りが、共和国防衛の為に獅子奮迅(ししふんじん)の大活躍をしてくれたに違いない。


 杉田は……まあ、みんなの後方で火炎を出して。賑やかしでもしてくれたんじゃないかな? 全体の士気を後方から上げるという意味では、結構役に立つ奴だしな。



 俺は早くみんなと合流をして。実際に自分の目で直接見て、みんなの無事を確かめたかった。



 それに、やっぱりどうしてもティーナの事が気になる。


 きっとティーナは今頃、アドニスさんや、サハラさんと無事に再会を果たしているはずだ。



 コンビニの地下病院にいたアドニスさん達は、いったん街のコンサートホールに避難していると聞いていた。


 そこでもし、アドニスさんが意識を取り戻してくれていたなら。俺はグランデイル王家の血を引いているという、ティーナの出生の秘密を……。どうしてもアドニスさんから、直接聞きたいと思っていたからだ。



 エレベーターを使い。地下から地上の街へと戻った俺は急いでコンビニの外に出る。すると、俺の帰りを外で待ってくれていた、もふもふ娘から声をかけられた。



「あ〜〜っ! やっと地下の穴倉(あなぐら)から大好きお兄さんが出てきたのにゃ〜!」


「おっ、フィートじゃないか! お前もちゃんと無事だったのか?」


「当然なのにゃ〜! もっともあたいは何もする事が無かったから、避難所で大人しくしていたけどにゃ〜。尻尾ねーちゃん達は他の異世界の勇者と一緒に、街の防衛に向かったみたいなのにゃ〜」



 そうか。やっぱり玉木達が共和国の外から押し寄せてきた敵を撃退してくれたのか。


 ……という事は、今はみんなは街の防壁付近で敵の残党狩りや。避難していた住人達に、街が安全になった事を知らせにいっているのかもしれないな。



「フィート、お前に一つ頼みがある。俺が地下から無事に戻ってきた事をみんなに知らせる役をして欲しい。そして、玉木と合流をしたら。バーディア帝国領で起きた出来事を大まかに、他の異世界の勇者達にも伝えといてくれと伝えてくれないか?」


「了解なのにゃ〜! まあ、軽くサバ缶10個で手を打ってやるのにゃ。あたいもコンビニ共和国は初めてきたし。危険な敵が去ったのなら、ゆっくりと街の観光をさせて貰いたいのにゃ〜!」


「おう、ぜひ街を楽しんでくきてれよな。それともし気が向いたら『さくら亭』って言う名前のレストランに行く事をお(すす)めするよ。そこの料理長をしている琴美(ことみ)さくらに、世界一美味しいサバ料理を作ってくれと頼むといい。俺からのお願いだと伝えれば、さくらはきっと腕によりをかけて、最高のサバ料理をお前の為に作ってくれるはずさ!」


「ジュルルルゥゥ〜〜! 世界一美味しいサバ料理食べたいのにゃぁぁぁ〜〜! 行くのにゃ、行くのにゃぁぁぁ〜〜!!」


 もふもふ娘のフィートは、可愛い尻尾をぷりぷりと左右に振りながら。4足歩行でダッシュをして、街の方へと向かっていった。


 うんうん、さくら亭で最高のサバ料理を食べて。至福のひと時を過ごしてきてくれよな、フィート。

 その結果、さくら亭の常連になって。さくらと仲良しになっている、もふもふ娘の未来の姿が想像出来て。俺は思わずほっこりしてしまう。



 フィートと別れた俺は、すぐに街の外れにあるコンサートホールへと向かった。


 砂漠の村で知り合った、天才少女のターニャとも本当は話したい事があったけど。まずは第一にティーナに俺は会いたかった。だから全力疾走で、ティーナのいる場所へと向かう事にする。



「――ティーナ! 今、向かうからな!」



 黒いピラミッドのような外観をしている、『コンビニ・コンサートホール』。


 この施設はかつて、魔王の谷の底で黒い騎士である過去のアイリーンとも戦った事がある想い出に残る場所だ。


 最も今は、ホールはコンビニ共和国の中で。音楽や演劇を楽しむ為の場所として、本来の使われ方で街のみんなに平和に利用されているみたいだけどな。


 コンサートホールからは、続々と中に避難していた人々が外に出て来ていた。

 きっと街を襲っていた危機は去ったのだと、中にいる人々にも連絡が届いたのだろう。



「――ティーナ! 無事か!?」


 俺はコンサートホールの奥にある、舞台の裏方と繋がっている事務所部屋に入る。


 地下の病院施設から避難してきた、まだ昏睡状態のアドニスさんを寝かせておくとしたら。きっと簡易ベッドやソファーのある、コンサートホールの事務所部屋だろうと思ったからだ。


「――彼方様? 良かった……ご無事だったのですね! ホールの固定電話にも、共和国を襲ってきた敵の脅威は去ったとレイチェル様からの連絡がありました。だからきっと彼方様がここに来てくれるだろうと、私はお待ちしておりました」


「ああ……色々あったけれど。何とか敵の守護者の脅威は無事に退ける事が出来たんだ。それでティーナ、アドニスさんの容態(ようだい)は……?」



 ティーナがそっと視線を、事務所の簡易ベッドの上で横になっている老紳士――アドニスさんの方に向ける。


 アドニスさんの体に残っていた傷跡は、全て回復術師(ヒールマスター)香苗美花(かなえみか)が先に治してくれたと聞いていた。

 でも、なぜか……。アドニスさんは、まだ目を覚まさないらしい。


 ティーナの近くでベッドに横たわっているアドニスさんは目を閉じたまま。静かに眠りについている。


 そうか……やはりまだ、アドニスさんは目を覚ましてはいないという事なのか。



「……よお、彼方(かなた)! 久しぶりだな!」


北川(きたがわ)? そうか、北川がサハラさんや、アドニスさんの治療に当たってくれていたんだな」


「まぁな。病院のVIP患者を外に連れ出して、ここに一時避難させたんだ。主治医である俺が、患者の(そば)を離れる訳にはいかないからな」



 北川修司(きたがわしゅうじ)――薬剤師(ドラッカー)の能力を持つ異世界の勇者で、病気や傷を修復出来る治療薬を作成出来る、異世界の勇者だ。


 クラスメイトである香苗美花(かなえみか)と一緒に、コンビニの地下8階にある病院施設を管理運営してくれている、俺達の頼れる仲間でもある。


 今は回復術師(ヒールマスター)香苗(かなえ)が、バーディア帝国領の帝都に残って滞在をしているからな。

 多分、コンビニの地下病院の運営は実質、北川(きたがわ)が一人で見てくれていたのだろう。



 病院の若手医師のように、清潔な白衣を着て。北川(きたがわ)は今、事務所のソファーに腰掛けている、一人の年配男性の世話をしているようだった。


 その男性はふくよかな体に、青いパジャマを着て。

 ソファーの上で大人しそうに、ポリポリとポテトチップスを食べている。そして時折『うぅ……』と、小さな独り言をボソボソと呟いていた。



 俺はその男性が誰なのか……一瞬、分からなかった。


 でも、ティーナのその男性を見つめる悲しそうな視線を見て。すぐにその人物が、あのカディナ自治領の大豪商であり。ティーナの父親でもある『サハラ・アルノイッシュ』さんである事に気付いた。



 そんな……!?

 この人が、本当にあのサハラさんなのかよ?


 以前の超絶お金持ちオーラ全開の威厳は、今は全く感じられない。

 ただ……大人しくソファーの上でポテトチップスを食べている。本当に病院で静かに療養をしている、患者さんという感じに見えた。


 壁外区の中で、豪快に『ワッハッハ!』と笑っていた大金持ちの成り金全開の姿は、今の状況からは全く想像出来なくなっている事に、俺は驚いてしまう。



 サハラさんは、大勢いた家族をカディナの街で沢山失ってしまい。そのショックで今は、自分が何者かさえ分からない、不安定な精神状態に陥ってしまったらしい。


 完全な意味の記憶喪失では無いけれど、心身喪失状態になっているという所なのだろう。


 だからきっと、目の前にいるティーナの事を見ても。

 ティーナが自分の娘であると気付く事が、今のサハラさんには出来ないのかもしれないな。



 ……これがグランデイル王国が現在、行っている世界侵略戦争の犠牲者なんだ。


 サハラさんだけじゃない、世界中にこういう悲劇に陥っている人々が沢山生み出されてしまっているんだ。


 クルセイス、そしてロジエッタ……。

 やはりアイツらだけは、絶対に生かしておく訳にはいかない。俺は悲しみに暮れているティーナの為にも、改めてそう心に誓う事にした。



 俺は事務所の中のテーブル席に座り。改めてティーナと、ゆっくりと話す事にした。



 まだ、アドニスさんは目が覚めないし。ティーナのお父さんであるサハラさんは、正気を取り戻していない。


 治療には、薬剤師(ドラッカー)北川修司きたがわしゅうじが付き添いで行ってくれているけれど。

 2人がまだ完治していない事は明らかだった。



 椅子に座っているティーナの表情は、やはり暗い。


 生き残った家族が、これだけ凄惨な状況に陥っているんだ。例えティーナにとって、一番大切なアドニスさんと再会出来たのだとしても。今は心から喜べない状況なのは間違いなかった。



 それでもティーナの心はだいぶ、落ち着いてきているようだった。


 俺達が地下で敵のチョコミントの騎士と戦っている間に。先にアドニスさんやサハラさんと再会を果たしたティーナは、沢山の家族を失った深い悲しみと現実に耐えて。心に冷静さを、少しずつ取り戻すだけの時間があったのだろう。


 本当にとても強い心を持った女の子なのだと、改めて俺はティーナの事を尊敬してしまう。



 ここで俺は初めて、ティーナにグランデイル王国の王家の血が繋がっている可能性がある事を話す事にした。



 アドニスさんがいつ目を覚ましてくれるのかは、分からないが……。ずっとティーナに、この事実を黙っておく事は出来ないと思えたからだ。



「私が、グランデイル王家の血を引いている……? それは本当の話なのですか、彼方様!?」


「ああ。まだ意識を失う前のアドニスさんが、救出してくれたザリルにそう言っていたらしい。正確な内容は、アドニスさんから直接聞かないと、詳しくは分からないけれど……。アドニスさんが目を覚ましてくれたら、きっとその真偽を確かめられると思う」



 俺からその事を告げられたティーナは、両目を見開いて驚愕している。


「私は……そのような内容の話は初めて聞きました。それをアドニスが、本当に言っていたのですか?」


「ああ。その事で何か思い当たるような事は、ティーナにはないのか?」


「いいえ。ですが私の母は、私がまだ赤ん坊の時に病気で亡くなったのだと聞かされていました。そしてアドニスは、私専属の付き人として。幼い時からずっと私の(そば)にいてくれました。確かに今思うと、どうしてアドニスは私の側にずっといてくれるのだろう? お父様とは、どういう関係で、どうして私だけの専属執事として付いていてくれるのだろうと、疑問に思った事はあります」



 ティーナは顎に指を当てて、自分の過去の事を必死に思い出しているようだった。


 うーん……。やはりティーナの出生には謎が沢山ありそうだな。

 もしかしたら、ティーナのお母さんはグランデイル王家に(つら)なる人だったのだろうか?


 それとも、それらを全てアドニスさんは知っていて。養子としてティーナは、アルノイッシュ家に特別に迎え入れられた……とか?


 だとしたら。そこには何かの意図があったのだろうか?


 そしておそらく、アドニスさんの話が本当なら。サハラさんや、アルノイッシュ家の他の兄弟達とティーナには、本当は血の繋がりは無かった可能性もある。


 だからこそ、ティーナだけに隠された『遺伝能力(アンダースキル)』の能力が眠っていたのかもしれない。


 元々、グランデイル王家は、召喚された異世界の勇者と婚姻を結び。その子孫に遺伝能力者が生まれる確率を高めようとしていた、特殊な血筋だったみたいだしな……。



 目線を下に落として、深く考え込むティーナ。


 自分の過去の生い立ちについて、もしかしたらと色々と思い当たる事があったのだろうか?



「彼方様……私は、きっと彼方様が思うよりも。ずっと性格の悪い人間なのだと思います」


「えっ……? どうして急にそんな事を思うんだよ、ティーナ?」


「私はアルノイッシュ家の中でも、お父様から大切に扱われる事はなく。他の大勢の兄妹達からも、隔離された特殊な環境下で育てられました。ですので本当は、アルノイッシュ家の中の方々とは、ほとんど面識が無かったりするのです……」


「そ、そうだったのか……」



 確かティーナは、合計で46人もいるサハラさんの子供達の中で。第23番目の娘であるという話は、以前にティーナから壁外区の中で聞かされた事があった。


 だからティーナは、それほど父親のサハラさんから大切にはされていなかったらしい。


 ソラディスの森で盗賊に襲われて、命からがら生還したティーナの事を……。あの親父さんは再会するなり、いきなりぶっ叩いたくらいだからな。

 失った物資を取り戻すまでは、家に帰ってくるなと。今思うとサハラさんは、父親としては本当に酷い事を娘に言っていたと思うぜ。


 あの時は、サハラさんには子供が沢山いるから。23番目の娘であるティーナの事を、それほど気にかけていなかったのかな、くらいに思っていたけれど。


 そうか――。もし、ティーナが実はサハラさんの実の娘ではなく。特殊な事情でアルノイッシュ家に迎え入れられた、養子だったとしたのなら。


 その待遇が、他の子供達とは違っていたという説明にも十分納得出来る所があるな。

 その意味では、あの時本当に心の底からティーナの事を心配していたのは……やはり執事のアドニスさんだけだったのかもしれない。



「お父様の事や、アルノイッシュ家が直面した不幸の話を聞いた時にも。もちろん私は悲しかったのですが……。心の底から自分の事のように、深い悲しみには暮れていなかったのではないかと思ってしまうのです。でもアドニスが生きていたと聞いて、その事には本当に嬉しくて涙が止まりませんでした……」


「ティーナが今まで過ごしてきた、アルノイッシュ家の中での境遇を思えば、それは仕方が無い事さ。何もティーナが、その事を深く気に止む必要は無いよ」


「違うのです……! 私は再会したお父様が、心身喪失状態にあると聞き。そしてお父様が私の顔を見ても、何も反応を示さなかった事に、深い絶望を抱いてしまったのです。そんな時に彼方様から、私が実はアルノイッシュ家の娘では無かったのかもしれないというお話を聞いて。心のどこかで『――良かった。私は実の娘では無いのだから、お父様の記憶を元に戻してあげれなかったのは、私のせいじゃないんだ……』と、安心してしまった自分が許せないのです!」



 ティーナが涙を流しながら、俺の胸に飛び込んでくる。俺はそんなティーナの体を、無言で強く抱きしめ続ける事しか出来なかった。


「彼方様、私……どうしても、もう一度アドニスとお話がしたいです! どうにか、アドニスには目を覚まして欲しい。そして私に本当の事を教えて欲しいです!」



 ティーナの目から溢れ出る涙を、そっと拭き取りながら。俺はティーナに力強く約束をする事にした。


「――分かった! 俺が必ずアドニスさんを起こしてみせる。任せておけって! コンビニの勇者はみんなの願いを叶える存在だからな。だから必ず俺が何とかしてみせるから、安心してくれ!」



 ティーナは俺の真剣な目を見ながらコクリと頷き。


 しばらく俺とティーナは、その場でずっとお互いの体を抱きしめて寄り添い続けた。



 その後、ティーナはアドニスさんの体を拭く為のタオルを洗いに。いったん事務所部屋から外に出て行く。


 その間に、俺は真剣に昏睡状態に陥っているアドニスさんを目覚めさせる方法を考える事にした。



 ……とは、言ったものの。あの回復術師(ヒールマスター)の香苗の力をもってしてもアドニスさんは、起きなかったんだ。


 他にアドニスさんを救う方法としては、再び帝国領にある『女神の泉』にアドニスさんを連れて行く事だろうか?


 でも、確か女神の泉がある迷いの森の結界は……不老カエルのコウペイによって、その仕様が変更されてしまったはずだ。だからもう、外部からあの泉に近づく事は二度と出来ない気がする。


 再びコウペイに会えないのだとしたら、またあの奇跡の泉に行くのは困難に思えた。



 じゃあ……他にどうすればいい?


 テーブル席で真剣に考え込む俺の(そば)に、北川(きたがわ)が近寄ってきて話しかけてきた。



彼方(かなた)、実は……俺、最近レベルがまた上がったんだよ」


「レベルが……? 最近というと、アドニスさん達の治療をしている時にか?」


「ああ。本当につい最近の事で、多分、香苗(かなえ)が帝国領に向かった後。コンビニの地下病院が忙しくなって、俺一人で街の人達の治療を全てこなしていたからだと思うんだ」


「なるほどな……。香苗が抜けた分、病院で人々を治療する割合が多くなり。実務的な経験値が短期間で急上昇したという訳か。それで、お前のレベルが上がって。何か新しい薬でも作れるようになったのか?」



 俺からの問いかけに、北川が真剣な表情をして語りかけてきた。


「……ああ。実は俺は『蘇生薬(そせいやく)』という名前の薬を作成出来るようになったんだ。まあ、蘇生と言っても。死者を蘇らせるようなものでは無いみたいだけどな。でもそれを使えば、きっと昏睡状態に陥っているアドニスさんを、目覚めさせる事が出来るんじゃないかと思うんだよ!」


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