第三百九十話 地下の戦いが終わって
「パティ………」
地下5階層のフロアの床には、ドロドロに溶けたチョコミントの液体があちこちに飛び散っていた。
俺の指先にも、ついさっきまでパティの形をしていたはずの緑色の液体が、まだ僅かに付着して残っている。
敵のチョコミントの騎士の死を見届けた俺は、しばらく言葉を失い。茫然自失な状態となっていた。
そしてそのまま、冷たいコンクリートの床の上で膝をついて座り込み。目の前に広がる、緑色の液体の残骸を見つめながら……静かに目を閉じる。
そんな俺の耳に、後方から大声で呼びかける女性の声が聞こえてきた。
「店長ーーッ! 駐車場フロアの奥の事務所に、チョコミント味のチョコレートが一つだけ置いてありました。たった一つだけですが……。これを渡せば、もしかしたらパティは助かるかもしれません……!」
『ハァ……ハァ……』と、息を切らしながら、俺の元に急いで駆けつけてくれたアイリーン。
よほど必死に、このだだっ広い駐車場エリアの中で。奇跡的に残っていたチョコミント食品を、探し出してきてくれたのだろう。
だけど、申し訳ないけど。もう肝心のパティは……。
「――店長、パティは一体、どこに……?」
アイリーンが俺の周囲をキョロキョロと見回す。
「……パティなら、どこか遠い場所に行ってしまったよ。そこはきっと、こんな薄暗い駐車場の中なんかじゃなくて。沢山のチョコミント商品が溢れている、本当に素敵な場所なんだと思う……」
俺が目から涙を流している事に気付いたアイリーンは、現在の状況を全て察したようだった。
そして、座っている俺の隣に静かに腰掛けると。
俺を励ますように、ニコリと優しく微笑んでくれた。
「そうですね……。きっと沢山のチョコミントに囲まれて。いつでもそれをお腹いっぱいに食べる事の出来る、素敵な楽園にパティは旅立ったのでしょうね」
アイリーンは、持ってきたチョコミント味のチョコレートを――。そっと、俺の目の前に広がる薄緑色の液体が広がる場所の前に置く。
きっとアイリーンも、あの状態のパティがもう……助からないだろうという事は分かっていたと思う。
それでも俺達は『コンビニ』という不思議なスキルが生み出した、薄緑色をしたコンビニスイーツの神様が死んでいく姿を――。
まるで自分達の家族の事のように悼み。そして敬いみながら、彼女の魂が遠い天国で幸せ暮らしている事を願わずにはいられなかった。
「そうだ。アイリーンは確か……カルツェン王国で黒い悪魔と呼ばれていた、5000年前に召喚されたセーリスの死も看取ってくれたんだったよな。こんなに辛い思いを何度も味合わせてしまって、本当にすまない……」
「いいえ。それに店長と私は……魔王の谷の底で黒い鎧を着た、もう一人の『私』の死も目撃しています。同じコンビニの勇者から生み出され、別の運命を辿ってしまったコンビニの守護者達の死を見届けるのは、やはり何度経験をしても心が痛みますね」
「……そうだな。きっと俺も、もし5000年前にこの世界に召喚されていたら。今のコンビニの大魔王と、同じ運命を辿ってしまったのだろうと思う。だから魔王に仕えていたコンビニの守護者達には、決して罪は無かったと信じたいんだ……」
俺達2人は、心の奥に決して埋める事の出来ない空白が出来てしまった気がして。
しばらくその場から、全く動く事が出来なかった。
そんな悲しみに深く沈んでいる俺の背中を、アイリーンが後ろからそっと撫でてくれた。
「――店長。私から一つだけ、不思議な質問をしても良いでしょうか?」
「不思議な質問? それは一体、どんな質問なんだろう、アイリーン?」
アイリーンから俺に何かを問いかけてくる事はかなり珍しい。別に構わないと、俺はすぐに返事をした。
「店長はご自身が、この世界で『魔王』となり。無限の寿命を手に入れて、永遠に生き永らえたいと願う事がありますか?」
アイリーンの問いかけは、本当にかなり……不思議な質問だった。
そしてコンビニの守護者が、主人である俺にそれを問いかけてくる事は、本当はいけない行為なのではないかとさえ思えた。
うーん、永遠の寿命……か。
昔の俺なら、そういう厨二病的な発想に憧れたりしたかもしれないけどな。でも今の俺は、絶対にそれを願わないと、確信を持って言える気がする。
「アイリーン。……俺にはパティが最期に言っていた言葉が、頭に焼き付いて離れないんだ。パティにとって永遠にチョコミントを得続けるという事は、永遠に働き続けなきゃいけない事だった。そしてそれは、彼女の想像以上にとても辛い事だったらしい。だから今の俺は永遠の命なんていらないと思っている。もしも、それを手に入れてしまったら。その時の俺は……きっと『人間』じゃない、別の何かに生まれ変わってしまうような気がするからな」
俺からの返答を聞いたアイリーンが、俺の正面に回り込み。少しだけ涙ぐみながら微笑んでくれた。
「……そのお答えを、店長から聞けて。私は心の底から安心しました。コンビニの守護者は、店長の寿命が尽きる時に共に消滅する運命にあります。私も限りある『生』を、これからも店長と共に、一生懸命に生きていきたいと願っています」
涙に濡れたアイリーンの優しい笑顔を見ていると、俺も思わず涙ぐんでしまう。
きっと多くのコンビニの守護者の最期を見届けてきたアイリーンだからこそ、無限の勇者に仕える守護者として。その生き方には強く思う所があったのだろう。
無限の寿命なんかを手に入れてしまったら。
その時……人はきっと、別の何かに変貌を遂げてしまうのだろう。
だから俺は、絶対に魔王なんかにはならない。
レベル100を超えた魔王にはならずに、これから既に魔王へと変貌をしてしまった、もう一人の『コンビニの勇者』と必ず決着を付けてみせるんだ!
「――そうだ。俺を助けてくれたマコマコに、お礼を言いに行かないと!」
俺は、敵の爆弾シュークリーム兵達をたった一人で殲滅してくれた最強の動物園の魔王――マコマコの事を思い出した。
マコマコがいなければ、マジでコンビニ共和国の運命は終わっていたと思う……。
それ程までに、チョコミントの騎士である敵陣営のパティは強敵であり。俺やアイリーン、そしてレイチェルさんの力を持ってしても、倒すのは困難な相手だった。
「おーーい! マコマコーー! さっきは本当にありがとうな!」
駐車場エリアの中央部分に、まだ一人だけでポツンと立ち尽くしていたマコマコの元に駆け寄り。
俺は彼女の肩に、ポンと手をかけた。
……ん? そういえば、あれだけ沢山の数がいた銀色の狼達は、一体どこに行ってしまったのだろう?
数千匹を超えるシュークリーム兵を制圧した銀狼の大軍団は、いつの間にかに、その姿がどこにも見えなくなっていた。
「……カナタ? ここは……どこなの? 僕はどうしてこんなに薄暗い所に立っていたんだろう?」
「えっ? マコマコ……?」
目の前にいるマコマコの様子がおかしい。
まるで放心状態になっているかのように。さっき俺に見せてくれた『動物園の魔王』としての、凛々しい様子はまるで感じられなかった。
「マコマコは、もしかして……さっきまでの事を何も憶えていないのか?」
「う、うん。ごめんね……カナタ。確かククリアちゃんと一緒に、自然がとても綺麗な場所にエレベーターで降りた所までは、よく憶えているんだ。でも、その後の記憶が全然思い出せなくて……」
申し訳なさそうに、困惑した表情を浮かべているマコマコ。本当に自分がどうしてこの場所に立っているのか。つい数分前の記憶さえ、思い出せないといった感じだ。
「コンビニの勇者殿ーーっ!! このは様ーーっ!! ご無事ですかーー!!」
そんな俺とマコマコの元に。駐車場エリアのエレベーター付近から、猛烈な勢いで2人の女性がこちらに向かって来た。
――1人は、ククリアだ。
紫色の髪をなびかせ、全力疾走でやって来た小さな女の子のククリアは、かなり息を切らしていた。
そして俺とマコマコの姿を見つけると。その場で一安心をしたのか、安堵の表情を浮かべる。
そしてククリアに遅れる事、ほんの数秒ほど。
今度はピンク色の髪を後ろに束ねた、レイチェルさんも一緒にやって来ていた。
「総支配人様、お怪我はありませんか? 地下8階層に押し寄せた敵の殲滅に時間が掛かってしまい、大変申し訳ございませんでした……」
到着するやいなや、真っ先に俺に対して。深く頭を下げて謝罪をするレイチェルさん。
「……いえ、俺とアイリーンは無事でしたから。大丈夫ですよ、レイチェルさん」
「そうですか。それは本当に良かったです。敵のチョコミントの騎士が、まさかこれ程までに強力なパワーを持っているとは予想外でした。地下1階を守るパティも、敵の大群による一斉攻撃を浴びて。一時は陥落寸前の状況にまで追い込まれてしまい、私もヒヤヒヤ致しました……」
いつもは冷静沈着な、あのレイチェルさんが……珍しく額から大量の冷や汗を流していた。
それだけ、無限の数を誇るシュークリーム兵による攻撃は、レイチェルさんの想定以上に苛烈を極めたという事なのだろう。
「……ところで、総支配人様? 敵のチョコミントの騎士は、どうなりましたか?」
レイチェルさんに問われた俺は、足元に広がっている薄緑色の液体を指差して見せる。
それを見たレイチェルさんは、数秒だけ目を閉じて沈黙をした後で。
本当に俺の耳に聞こえる、ギリギリの小さな声で、
「なるほど。敵陣営のパティは、ここで生き絶えてしまったのですね……」
……と、小さく呟いた。
この世界に5000年前に召喚され。俺達とは別に、それぞれもう一人だけ存在している、敵のコンビニ陣営の守護者達。
彼女達は既に、魔王の谷、カルツェン王国の王都、そしてこのコンビニの地下階層で、順番に撃破され。
とうとう残す敵は、あと1人。
コンビニの大魔王の精神を保管する、北の禁断の地に潜むラスボス。灰色のドレスを着た、敵陣営のコンビニの守護者達のリーダーである『レイチェル・ノア』1人を残すのみとなっていた。
「レイチェルさん、そしてククリア。ここにいるマコマコの事を含めて。改めて俺に地下8階層で、一体何が起きたのかを教えてくれないか?」
「畏まりました、総支配人様。私達も突然の出来事に、事態の整理がまだ追いついていないのですが、順を追ってご説明をさせて頂きます」
レイチェルさんと、ククリアの2人の説明によると。
敵のパティが放った無数のシュークリーム兵達が、一斉にレイチェルさんが守る、地下8階のエレベーターのある場所に攻め込んできたらしい。
パティはコンビニの地下階層を繋ぐ、エレベーター用のシャフトを利用して。別の階層に自分の分身体達を送り込む能力を持っていた。
地下8階のエレベーター付近の守りを固めていたレイチェルさんも、流石のシュークリーム兵の数の多さに苦戦を強いられていた、その時――。
突如として『動物園の魔王』の記憶を覚醒させた冬馬このはが、真下の地下9階層からエレベーターを使ってやって来た。
「……その後の展開は、俺の時と同じという訳か。マコマコは動物達を無限に召喚して、シュークリーム兵達を一気に蹴散らしていった。そして今度は、ピンチに陥っている俺の救援の為に、急いでここに駆けつけてくれたという訳なのか」
「ハイ、そうなります。ですが、コンビニの勇者殿も既にお気づきとだとは思いますが……。今のこのは様は、ご自分が一体何をされたのかを、全く憶えていないのです」
ククリアは、記憶を失って床にうずくまっているマコマコに、暖かいコートをかける。
そして、その背中を優しくさすってあげていた。
「マコマコの身には一体、何が起きているんだ? もしかして『冬馬このは』としての記憶は、完全に復活した訳ではなく。断片的に、そして突発的に思い出す事があるという訳なのか?」
ククリアは神妙そうな顔つきで、俺の問いかけに対して首を縦に振り肯定をしてみせた。
「おそらくは、そう通りでしょう……。元々、異世界の勇者が『魔王化』するという現象には、大変な心の負荷がかかると言われています。過去の伝承の中でも、魔王化したほとんどの無限の勇者は、自我を失い。完全な意味で『魔物』と、同等の知識レベルにまで落ちてしまう事が多かったようです」
ククリアの話は、俺にとっては初耳な内容だった。
……でも、一方で確かに納得出来る点もある。
異世界の勇者のレベルが100を超えて、魔王となり。無限の寿命を得るという事は、ある意味では『人間』である事を辞める行為に等しい。
まして、女神教の陰謀にはめられ。
この世界の人間達に恨みを持ちながら、魔王化をしてしまう勇者が多かった事を思うと……。正常な精神状態を維持する事が出来ずに、『人ならざる者』へと変貌をしてしまうケースの方が遥かに多かっただろう。
その意味では、まだ人間らしい言語を操り。
理性のカケラが見えていた、3人の忘却の魔王達は、どちらかと言えば、まともな部類だったのかもしれない。
虚無の魔王のカステリナは怪しい方だったけど……。
砂漠の魔王のモンスーンなんかは、普通に会話も出来ていたしな。まあ、やっている事はサイコパスで、かなり危ない奴だったのは間違いなかったけど。
きっと忘却の魔王達は、理性を残した魔王達だったからこそ、組織的に連携をして。女神教の追撃から長い間逃れ続ける事が出来ていたのだろう。
「魔王となった無限の勇者は、本当の意味で化け物に変貌する確率が高かった。だからこそ、今までこの世界に召喚された異世界の勇者達が、その当時に暴れていた魔王を倒す事に、全く罪悪感を感じなかった訳か。もし理性的に話し合える魔王なら、共通の敵である『女神教を倒そうぜ!』って、意気投合してもおかしくはないものな」
「そうですね。このは様は幸いにも、眠りについている時に、肉体が『魔王化』しました。だから精神への負担は、最小限で済んだのかもしれません。ですがおそらく今後も、冬馬このは様としての記憶は著しく不安定な状態となり続ける事は間違いないでしょう……」
ククリアが少しだけ、悲しそうな目で床を床を見下ろす。俺はそんなククリアの頭をポンポンと撫でて。元気付けるように声をかけた。
「……まぁ、そんなに悲観する事はないさ。記憶を取り戻したマコマコは、俺の事を助けてくれたしな。魔王としての記憶と能力を取り戻したマコマコが、決して人々に害を為すような存在ではなく。むしろ俺達を助けてくれる、頼もしい味方である事が分かっただけでも嬉しかったし、俺は心から感謝をしているよ」
「コンビニの勇者殿、ありがとうございます! ボクも、このは様がまた記憶を思い出された時に。その助けとなれるよう、これからもお側で見守り続けたいと思います」
顔を赤らめながら、ククリアが何度も俺に対して頭を下げる。
きっと自分の主人である、冬馬このはの事を褒められたのが本当に嬉しかったのだろう。
俺はレイチェルさん、そしてアイリーン、ククリアと駐車場エリアで話し合い。
ククリアはいったん当初の予定通り、再び記憶を失ってしまったマコマコを、地下9階の農園エリアへと連れて行く事にした。
まだ不安定な状態ではあるけれど、もしもマコマコの記憶が完全に戻る時があったなら……。
必ず俺達の元にまた救援に駆けつけると、ククリアは笑顔で約束をしてくれた。
ククリアとマコマコの2人と別れた俺は、地上に戻る前に。今回の戦いのもう一つの激戦地でもあった、地下1階層の倉庫エリアへと立ち寄っていく事にした。
もちろん、そこで獅子奮迅の活躍をして。無数のシュークリーム兵達の地上への侵攻を防ぎ続けてくれた『影の功労者』を出迎えに行く為だ。
「うわぁ〜。ここはもう、元のフロアの原型が無くなってしまうくらいに、めちゃくちゃに破壊されてしまっているな……」
地下1階層に到着するやいなや。俺達の視界に入ってきたのは、あちこちに爆発の跡が残り。ボロボロの状態に変わり果てている広大な倉庫エリアだった。
ここには地上に這い上がる為に、数えきれないくらいに無数のシュークリーム兵の大軍が押し寄せてきていた。
その大津波のような敵の大軍団の侵攻を食い止め。
地上のコンビニ共和国にいる人々に被害を出さない為に、たった一人でここを防衛し続けてくれた今回の戦いの最大の功労者。
その名誉ある人物は、今……俺達の目の前で。
チョコミント色のポニーテールを左右に揺らしながら、顔を爆風の黒煙で真っ黒に染め上げた状態で……チョコミントパフェを、スプーンですくいながらむさぼるようにして頬張り続けていた。
「うーん、過酷労働の後のチョコミントパフェがめちゃめちゃ美味しいのです〜☆ あっ、コンビニマスター様! 任務完了、乙パティ☆です! パティめは、ちゃんとこのフロアの防衛を成し遂げてみせましたよ! ですので、今度は有給休暇が欲しいのですぅ〜。しっかり働いた分、ちゃんと休ませろなのですぅ〜!」
自慢の苺大福の盾を真っ黒に染めた、うちのコンビニ陣営に所属する『パティ』が、その場で正座をしながらチョコミントを貪り食っていた。
ギリギリのタイミングで、敵のチョコミントの騎士を倒せたから良かったものの……。
自慢の三色団子の槍も、苺大福の盾もその全てが、爆発で真っ黒に染まっているパティの様子を見ると。本当にこの場所では、想像も絶するような大激戦が行われていた事が想像出来た。
ここで、うちのパティが敵の侵攻を守り切ってくれなかったら。地上の街にいる人々には、甚大な被害が出ていただろう。
それを思うと。本当にうちのパティの功績にはマジで頭が上がらない。いや、マジで俺は心からありがとう、と伝えたい気持ちでいっぱいだった。
ところが、そんなパティに。彼女の上司であるレイチェルさんは、腕を組みながら注意を与える。
「パティ! 敵陣営のチョコミントの騎士を倒せたとしても。まだ禁断の地には、多くの敵が残っています。そのような緊迫した状況下で、あなたにだけ勝手に有給休暇を出すという事は出来ません。コンビニの守護者として、あなたにはこれからもちゃんと働いて貰いますからね!」
それを聞いたパティは、チョコミントパフェをゴクゴクと飲み干し。涙目で口を尖らせて不満を漏らした。
「ええ〜っ、そんなぁ〜! レイチェル様ぁ〜、パティめは適度なお休みが欲しいのですぅ。労働した後は、有給をしっかり取って。コンビニの中でダラダラと過ごして、心の休養を取りたいのですぅ〜! ぶぅ〜っ、ぶぅ〜っ!」
子供のように、頬を膨らませて駄々をこねるパティ。
そんなパティの様子を見て。思わず深いため息を吐くレイチェルさんに、俺は後ろから慌てて声をかけた。
「レイチェルさん! パティには休暇を与えましょう。 なぁ、パティ。今回は本当にお手柄だったよ! マジで助かった。お礼として、お前には無限の有給休暇を俺が特別に与える。だから休みたい時に、いつでも好きなだけ休んで。いつもみたいにコンビニの中でダラダラと、チョコミントを食べてて良いからな!」
「総支配人様……!?」
俺がパティにかけた言葉に、両目を丸くして驚きの声をあげるレイチェルさん。
普段、俺はコンビニの守護者の勤務状況に対して、何か口出しをする事は滅多に無いからな。
でも今回だけは、どうしても言いたかったんだ。
「ええっ〜!? 無限の有給休暇をパティめに頂けるんですか〜!? ありがとうございますぅ〜、コンビニマスター様〜! パティめは、めちゃくちゃ嬉しいですっ!」
その場から飛び上がり。ハムハムと今度は、チョコミントアイスを食べ始めるパティ。
そんな子供のように純真で幸せそうな顔を見せられると、こちらまでつい嬉しくなってしまう。
「総支配人様……本当によろしいのですか? パティをあまり甘やかしてしまうと、ずっとコンビニの中に引き篭もってしまう可能性がありますよ……!」
珍しく顔を真っ赤にして、抗議の声を上げてくるレイチェルさんに。俺はニコリと微笑みながら、笑いながら誤魔化す事にした。
「良いんですよ。レイチェルさん。パティはここぞという時は、ちゃんと働いてくれますから。俺は彼女をあまり縛り付けたくはないんです。コンビニ最強の騎士であるパティには、心にゆとりをもって過ごして貰った方が、きっとみんなの役に立つはずですから」
それでもまだ、何かを言いかけていたレイチェルさんは……。俺の目から、少しだけ涙の粒が流れ落ちている事に気付き。
喉元から出かけていた言葉を、そっとその場で収めてくれたようだった。
「……もう、本当に仕方がありませんね。私はコンビニの勇者様である彼方様にお仕えをする存在です。その彼方様が、直接そうおっしゃるのであれば……。その意向を無視する訳には参りませんから」
そんな俺とレイチェルさんのやり取りを、微笑ましく近くで見ていたアイリーンも。その目からは、僅かに涙の線が流れ出ていた。
きっと俺とアイリーンは、ドロドロに溶けてしまった敵のパティの最期の言葉を思い出したのだと思う。
だからこそ、せめてうちに所属をしているチョコミントの騎士のパティには……。
常に心穏やかに、そしてゆとりを持って。コンビニの中で幸せに過ごして欲しいと思えたからだ。