第三百八十八話 爆弾シュークリーム
自称『コンビニスイーツ☆の神』でもあり、コンビニの守護者の中で最強の攻撃力を持つと噂される、第4番目の守護者――パティ。
そいつが今、俺の目の前に現れ。
しかも、俺のクラスメイトである槍使いの水無月洋平と、同じ外見の姿で登場して来やがった。
「――おい、パティ! 何で水無月の姿をしてるんだ! いつも通り、毎日コンビニに引き篭もってる、グズグズのだらしないニート騎士の姿で現れろよな!」
「……ん? ああ、この姿の方がお前を倒すのには、しっくりくると思ってな。それに『槍使い』の勇者の体は、俺にとっては相性がいいんだよ。元々俺は三色団子の槍を振り回す、槍を基本装備に設定してある槍騎士だからな」
黒髪ショートカットの水無月が、3つの色鮮やかな丸い団子の刺さった、竹串の形をした槍をポンポンと肩に当ててみせる。
……なるほどな。
三色団子の槍を使う、チョコミントの騎士のパティとしては、槍を使用する事に特化した肉体を持つ、水無月の姿は扱いやすいという訳なのか。
だが……いくらもう、死んでいる故人とはいえ。
俺と仲の良かったクラスメイトの水無月の体を、そんな風にオモチャみたいに扱われるのは我慢がならない。
ここで必ず、お前との決着をつけてやるぞ、パティ!
「――パティ、今から俺がお前をぶちのめす前に、一応聞いておくぞ。お前がここにやって来た目的は何だ?」
「ハハッ。そんな事はもう、分かっているのだろう? 俺達はお前が欲しいんだよ、彼方。正確には魔王様が完全復活をする時に使用する、新鮮な肉体の器が欲しいんだ。その為にお前達を、この俺がグランデイル城の地下で召喚してやったんだからな」
「はっ!? 何だって……? 今、お前が俺達クラスメイト全員を、この世界に召喚したと言ったのか?」
水無月の姿をした、パティは『フフン』と得意そうに鼻で笑ってみせた。
日本にいた頃の水無月は、普段は真面目一筋のスポーツマンだった。でもたまに気弱な所も俺に見せてくれる、優しい性格をした良い奴だった。
だからこんな風に、まるで倉持みたいな高圧的な喋り方を水無月がしてくるのは、違和感しか感じられない。
「……ああ、そうさ。レイチェル様に頼まれてな。俺はグランデイル王国に潜入し、大神官の姿に変身をして地下で異世界召喚の儀を取り行った。そしてその際に、召喚先の世界の『座標』調整をしてやったのさ」
「それじゃあ……お前が俺達2年3組のクラスメイト達全員をこの世界に召喚するのに、直接関わっていたという訳なのかよ!」
「元々、お前達のいる日本には、傷付いた『魔王様の体の本体』が眠っていたからな。それを受信機として利用して、もう一度同じ座標の世界から別の秋ノ瀬彼方を召喚する事が出来たという訳なのさ。まあ、この辺りの時空間の調整には時間がかかるらしくてな。そのタイミングを待つのに俺達は、この世界で約5000年も待つ事になってしまったんだけどな」
目の前にいる水無月の姿をしたパティは、さも何事も無かったかのように普通に話しかけてくる。
でも、それは……俺達にとっては、マジで洒落にならない重要な情報だった。
だって、こいつの話が本当だとしたら……。俺達クラスの全員が約1年前に、グランデイル王国王城の地下に異世界召喚をされ、呼び出された時――。
その現場に、目の前にいるこのパティはまさに同席していた事になるじゃないか。
あの時、俺達が何が起こったのか全く分からず。初めての異世界に戸惑い。グランデイル女王のクルセイスに事情を聞く為に、真剣な話し合いを重ねていた時に。
その現場にいたパティは、それらの光景を見て。全ての真相を知っている張本人として、上から目線でニヤニヤと見物していやがったのかよ。
きっと心の中では『フフフ、計画通り。ニヤリ』とでも、ほくそ笑んでいやがったんだろうな。
「ハハハッ。まあ、そういう事だ、彼方。その後、グランデイルの大神官はこっそりと始末をして、行方不明扱いにしておいたけどな。俺もまさか、あんなにも沢山のクラスメイト達が同時に召喚されてしまうとは思わなかったさ。俺達の時は7人だけだったのにな。多分、2人の秋ノ瀬彼方の肉体が遭遇をした時に、予想以上の高出力が出てしまったんだろう」
「……そいつは全然笑えない話だぜ。そのせいで沢山の仲間達の人生が狂わされてしまったんだぞ? こんな世界に召喚さえされなければ、普通の人生を送れたクラスメイト達も多かったはずだ。お前にはその事に対する、罪の意識はあるのかよ……?」
俺からの真剣な問いかけに、水無月は首を左右に振って。手の平をヒラヒラとさせながら笑ってみせた。
「おいおい……何で俺が罪の意識なんて感じないといけないんだ? 俺はレイチェル様の命令を忠実に実行してるだけなんだぜ、彼方? そもそも俺に決定権なんて最初から無いのさ。チョコミントを食べ続ける為には、コンビニで働き続けないといけない。レイチェル様は、俺に無限のチョコミント供給を約束してくれた。だから俺はこれからもチョコミントを頂く為に、与えられた仕事は選ばずに何でもこなすという訳なのさ」
水無月が、右手に持つ三色団子の槍を真っ直ぐに俺に向けて構えてきた。
その視線は、まさに真剣そのものだ。
一瞬でも油断をしたら、俺の命は瞬時にあのふざけた形をした槍に貫かれて、即死してしまうだろう。
「……分かった。どうやら、お前を敵陣営から離反させて。こちらの陣営に招き入れるのは無理みたいだな。お前は既に罪を犯し過ぎている。悪いが俺は、俺の仲間達を救う為に。お前をこの場で必ず倒す事に決めたぞ!」
「フフン。やれるものなら、やってみろよ、彼方? 言っとくが俺はマジで強いぜ? そこにいるアイリーンと協力をすれば、俺に勝てるだなんて思わない事だなッ!」
途端――緑色の光が目の前で、一瞬だけ光ったように感じられた。
それはまるで火花が散ったかのように一瞬で。
気が付くと、さっきまで正面に立っていたはずの水無月は、いつの間にかに俺の背後にまで回り込んでいた。
水無月は三色団子の槍を両手で振りかぶり。それを野球のバットでボールを叩くように横薙ぎに払って、俺の体を遥か遠くにまで吹き飛ばす。
「グフッ……!?」
俺の体は、駐車場のコンクリートの壁に激突して。衝撃で壁に大きな亀裂が刻まれた。
「ハッハッハーー!! おいおい、彼方ー! どうしたんだよ? 俺を倒すんじゃなかったのかよーー?」
三色団子の槍をバットのように、ブルンブルンと振り回しながら。水無月が再び俺の方に突進してくる。
「店長ーーーッ!!」
たまらず、アイリーンが水無月の後方から奇襲を仕掛けようと。猛スピードでこちらに向けて突っ込んできた。
すると、俺に攻撃を加えようと。こちらに向かって来ていたはずの水無月は、瞬時に体を逆回転させて。
今度は、反対方向から迫ってくるアイリーンに対して、三色団子の槍を真っ直ぐに構え直す。
「クッ……! アイリーン、逃げるんだッ! パティの本当の狙いは、お前だぞッ!!」
「えっ……!?」
水無月が、三色団子の槍をネジのように高速回転させて。迫り来るアイリーンを迎撃する態勢を取る。
「――悪いな、アイリーン! 久しぶりにその顔を見れて俺も嬉しいぜ。もっとも俺の仲間である方のアイリーンは、魔王の谷の底でお前達に倒されてしまったみたいだけどなッ……!」
マズイ……!
このままだと、本当にアイリーンはやられてしまうぞ!
三色団子の槍は、あのアリスの心臓をひと突きで、抉り出したほどの最強の槍だ。丸い団子が3つ付いた、そのふざけた形の外見からは想像も出来ないくらいに、あの槍がヤバい威力を持っている事を俺はよく知っている。
クソッ、どうする……?
ここからどんなに、俺が全速力で走ったとしても。到底、アイリーンのいる場所までは届きそうにない。
さっきみたいに、アイリーンの正面に立ち。アイリーンの盾として俺の体を使用したくても、時間と空間の距離的な余裕が無さすぎる。
俺が今……ここで出来る事は何だ?
俺だけにしか、アイリーンを救う事が出来ないこの状況下で、敵のパティの裏をつくには、どうすれば良い?
――そうだ。
もう、これしか方法が思い浮かばない!
技のイメージを頭の中で悠長に考えてる時間は無いから。ぶっつけ本番で新技を成功させるしかないけど、アイリーンを必ず救い出してみせるッ!!
「うおおおぉぉぉッ!! 伸びろ、俺の『白銀剣』よーーッ!! 敵のチョコミントの騎士を腕を貫くんだッ!!」
”ドシュゥゥゥーーーーッ!!”
床に倒れている俺の右腕の先から、眩いばかりに光り輝く『白い閃光』が放たれる。
光り輝く閃光は、薄暗い駐車場エリアの闇を切り裂き。レーザービームのように、ピンポイントで前方で三色団子の槍を構えていた水無月の……その右腕部分を瞬時に消し飛ばした。
「なっ……!? 一体、何なんだコレは!?」
後方から発せられた、謎の白い閃光による攻撃に。驚愕の表情を浮かべる水無月。
水無月の姿をしたパティは、俺が無限の能力の一つである『白銀剣』を、この世界の過去に存在した勇者レイモンドから継承した事を知らない。
だから、コンビニの勇者が突然放った白い閃光による攻撃が……あまりにも予想外だったのだろう。
消滅した右手が持っていた三色団子の槍は、そのまま音を立てて地面へと落ちていき。
今度は、向かってくるアイリーンに対して。水無月の方が無防備な状態を晒す結果となった。
「――油断をしましたね、パティ! 今度は私があなたを切り裂く番ですよ!」
アイリーンが黄金剣を頭上に構え。
それを一気に、水無月の体に向けて振り下ろした。
「チィッ! たかがこの程度で……俺を侮るなよ、アイリーンッ!!」
「えっ――!?」
アイリーンの黄金剣は、確かに水無月の体を真っ二つに切り裂いてみせた。
だが、2つに切り裂かれた水無月の体は……空中で再び磁石のように合体し。元の一つのに体に復元を果たす。
そしてそのまま、何事も無かったかのように。地面に落ちた三色団子の槍を手元へと引き寄せた。
おまけに、まだ呆然として事態を飲み込まないでいるアイリーンを……。水無月は三色団子の槍をフルスイングして、思いっきり遠くへと弾き飛ばす。
「――アイリーン!!」
俺は急いで、コンクリートの壁に体を打ちつけられたアイリーンの元へと向かう。
水無月に弾き飛ばされたアイリーンは、全身に無数の打撲を負っていたが……命に別状は無いみたいだ。
「店長、私は大丈夫です……!」
「アイリーン、無理はするなよ! 『回復術師』の香苗がここにはいないからな。体に重傷を負ったら、マジで洒落にならない事になるぞ!」
俺は負傷したアイリーンと一緒に、改めて水無月の方を振り向くと。
向かい側に立つ水無月は、余裕のある表情を浮かべ。まるで野球の素振りをするかのように、退屈そうに三色団子の槍をブルンブルンとその場でスイングして、暇を持て余していやがった。
「野郎……俺が白銀剣で吹き飛ばした右手も、瞬時に回復してやがるのかよ……!」
パティの体は、ドロドロのチョコミントの液体で構成されている。つまり剣で真っ二つに切り裂いたりしても……すぐに自己修復してしまうらしい。
俺が鋭く睨みつけている事に気づいた水無月は、こちらに向けて手を振りながら笑いかけてくる。
「おーい、彼方ーー! アイリーン! 無事かーー? まあ、すぐにお前達はこの俺がこれから始末しちまうんだけどよー。さっきの謎の攻撃は何なのか、俺にも教えてくれよー!」
どうやら水無月の姿をしたパティは、俺が操る白銀剣の能力について、興味津々のようだった。
「バーーカ! 何で敵であるお前に、俺の秘密兵器を解説してやらないといけないんだよ! 教えて欲しかったらさっさと降伏して、そこで土下座でもしながら誠心誠意、謝ってきやがれよ!」
俺の言葉を聞いた水無月は、愉快そうに高笑いをする。
「ハッハッハー! さーっすが彼方だぜ! でも、その余裕のある様子を、一体いつまで続けていられるかな?」
「それは……どういう意味なんだ?」
俺は嫌な予感を感じて。水無月にその言葉の意味を聞き返してみた。
「フッフッフ。……いやな、俺が本気を出せば、お前達2人なんて余裕で倒せるのに。どうしてここでお前達のお遊びに、俺が付き合ってやってるのかを全く疑問に思わなかったのかよ?」
三色団子の槍を肩に乗せ。ポンポンと自分の肩を叩いて、肩叩きの棒代わりに使っている水無月が、笑いながらゆっくりとこちらに近づいてくる。
「いいか、よーく聞けよ。彼方? 俺は今、分身体である爆弾シュークリーム兵の大軍団を、コンビニの地下8階と1階に向かわせて大攻勢を仕掛けている。地下8階には、合計1万匹。そして地下1階には、2万匹の爆弾シュークリーム兵達を向かわせているんだ」
「なっ……何だと!?」
「流石に、地下8階を守っている俺の上司じゃない方のレイチェル様は、何とかその大攻勢を防いでいるみたいだけどな。地下1階の方は、もう限界みたいだぜ? お前は知らないだろうが、コンビニの地下階層は、それぞれが完全に独立した異空間になっている訳じゃないんだ。エレベーター用の通路を通して、僅かにだが時空間は繋がっているんだ」
水無月の話す内容を、じっと聞いていた俺とアイリーンが……同時に青ざめた表情を浮かべる。
それを見た水無月は、さも満足そうに。フフンと鼻を鳴らして笑ってみせた。
「そうさ。察しの良いお前達なら、もう分かるよな? 俺の分身体である爆弾シュークリーム兵の軍団は、地下1階層を守るコンビニの守護者を倒し。もう少しで、コンビニの地上部分に到達する事が出来る。そうなれば、外にうじゃうじゃいる、お前が大切にしている人間共を……全員一気に爆弾で吹っ飛ばして、絶滅させてやる事が出来るという訳なのさ。ハッハッハーー!!」