第三百八十五話 遠い昔のパティの記憶
「おいおい、これは何の冗談なんだよ……。出来の悪いB級ホラー映画でも、絶対にこんなシュール過ぎる光景は見る事が出来ないぞ!」
「店長、これは映画の世界の話ではありません! 全て現実の光景なのです。ここはいったん、エレベーターフロアにまで撤退をしましょう!」
俺は目の前に広がる光景が信じられず。
思わず自虐気味な面持ちをして、呆然とその場で立ち尽くしてしまう。
そんな俺の手を、アイリーンが踏切の中にいる子供を連れ出す母親のように、力強く引っ張ってくれた。
おかげでようやく正気を取り戻した俺は、アイリーンの後を追っかけるようにして。必死の全力逃走ダッシュを開始する。
「うおおおおぉぉーーッ、アイリーン!! 全力で逃げるぞーーッ!!」
「店長、私はもうとっくに逃げてますっ!! 店長も全力で走って下さい!!」
脱兎のごとく、エスカレーターのある通路を全速力で駆け抜ける俺とアイリーン。
そのすぐ後ろから、数百人を超える『槍使い』の勇者の水無月洋平と。同じく数百人を超える『ハサミ』の勇者である新井涼香の姿をした、偽物の勇者達が大群で押し寄せて来ていた。
ヤバいな……。何で俺達は、大量に増殖した水無月と、涼香の集団に追われているんだよ!?
全員が水無月&涼香の顔をした敵の大群は、合計すると500人を超えているかもしれない。
さっき、スイートルームのあるフロアで7人の偽物の異世界の勇者達と戦ったばかりだというのに。
今度は7人の中で最も攻撃力の高い、偽物の水無月と涼香の大群が津波のようにこっちに押し寄せてくるなんて、そんなの予想出来るはずもないだろ!
こいつらは全員偽物とはいえ、リザードマンなんかより遥かに強力な攻撃力を持つ、異世界の勇者もどき達だ。それが合計で500人も押し寄せて来てるんだぜ?
いや、流石にそれは戦力差があり過ぎるだろう。
こんなの逃げる以外の選択肢なんてある訳がないぞ。
「ててて、店長!! もしかしたら、レイチェル様や、地下1階を守るパティの所にも、同じように偽物の異世界の勇者の大群が押し寄せているのでしょうか!?」
「そそそ、そうかもしれないな!! その可能性は高いと思う。さっきレイチェルさんが言ってたように。やっぱり敵は、無限に自分の分身体を作り出す事が出来るのかもしれないな!」
蓄えたチョコミントエネルギーを消費して。自身の体を細分化した『分身体』を作り出す事が出来るという、敵陣営のチョコミントの騎士。
それにも関わらず、これだけの数の偽物の異世界の勇者を量産出来るんだ。
敵のチョコミントの騎士は、マジで無限にチョコミントを体に摂取出来る、『何らかの手段』を持っているに違いない。
だとしたら……敵を倒す為には、その『無限チョコミント精製機』のような装置を、破壊しないといけないのかもしれないな。
魔王さえも一撃で倒せるような、最強のチョコミントの騎士。それが、永遠にエネルギー切れを起こさないで無限に戦えるとしたら、マジで洒落にならないぞ。
「店長、ここは私がいったん食い止めます! 店長はエレベーターに乗って、別の階層に一時避難をして下さい!」
「それは、絶対に嫌だ! アイリーンも一緒に俺と来るんだ!」
全力ダッシュをしながら提案してきたアイリーンの言葉を、俺は即座に拒絶した。
「嫌って……そ、そんな!? 店長、私は店長をお守りする義務があるのです。どうか、命を大切にして下さい!」
「いいか、アイリーン? よく聞くんだ。前に俺と約束をしたよな? お前はコンビニの守護騎士なんだから、俺に最後まで付き合う事。途中で離れ離れになる事は許さないし、死が2人を分かつまで、一生俺のそばに付き従うんだって約束したじゃないかよ! 俺を1人にしたら許さないからな!」
「て、店長……!? 突然、何て恥ずかしい事を言うんですか! そんな言葉をもしティーナ様に聞かれたら、私が彼女にこの世から抹殺されてしまいかねませんよ! こんな時に、私に死亡フラグを立てないで下さいっ!」
アイリーンが顔を真っ赤にしながら、抗議の声を上げてきた。
いや……別にそこまで、深い意味合いで言ったつもりじゃなかったんだけどさ。
過去の経験上、アイリーンはいつも肝心な時に俺のそばに居ない事が多過ぎた気がしたからな。
コンビニの守護騎士なんだし。今回は最後まで、俺のそばに居て欲しいと単純に思っただけだ。
それに例え俺1人だけ、ここから逃されても。正直、どこに向かえば良いかなんてまるで分かってない。
最強のチョコミントの騎士に、いくら新しい『白銀剣』の能力を手に入れたとはいえ。俺1人だけじゃ勝てる気もしないし、そもそも敵の本体が地下のどこに潜んでいるのか、全く検討もついていない状態だからな。
「……分かりました。店長がもし、それをお望みでしたら。婚姻の花嫁衣装はセーリスに借りる事にしましょう。結婚記念の写真は、『撮影者』の藤堂様にお願いするとして、その後の家族計画はどうされるおつもりですか? 子供は2人くらいでしょうか? あ、そもそも……守護者である私は、店長と子供を作る事が可能なのでしょうか?」
「――えっ!? ゴメン、アイリーン。何を言ってるのかよく聞き取れなかったけど……。まずはいったん、下の温泉フロアにまで向かおう! そこで状況を整理するんだ」
「えっ!? あ……ハイっ! 分かりました、店長!」
なぜか顔の赤くなっているアイリーンを連れた俺は、ホテルのロビーのある場所にまで戻り。急いで、エレベーターの中に駆け込む事にした。
もう少しの所で、無数の水無月&涼香軍団に追いつかれる所だったけれど……。
間一髪。ギリギリのタイミングで、ホテルのロビーに待機していたコンビニガード達が俺達の背後を塞ぐように、エレベーター前に立ちはだかり。
槍を構えた水無月の大群を、正面から体当たりをして食い止めてくれたらしい。
「ハァ……ハァ……。大丈夫か、アイリーン?」
「ハイ、店長。おそらくロビーで私達を守ってくれたコンビニガード達は、レイチェル様が指示を出して助けてくれたのでしょうね」
そうか……ここは、レイチェルさんが管理するコンビニの地下階層の中なんだ。
敵が水無月や涼香の姿を真似た、無数の分身体を作り出せるように。コンビニの地下では俺達の味方となるコンビニガード達を、レイチェルさんが無数に発注して、量産する事が出来るという訳か。
まぁ、もちろん戦力が段違い過ぎるから。
一瞬にしてコンビニガード達は、敵の水無月軍団に破壊されてしまっただろうけどな……。
エレベーターの中で俺は、スマートウォッチを操作して。何度もレイチェルさんへの通話連絡を試みる。
だが……やはりレイチェルさんと連絡を取る事は出来なかった。
もしかしたら地下8階層と、地下1階層でも。
大量に増殖した、偽物の異世界の勇者軍団による猛攻を受けて。レイチェルさんとパティはそれぞれ今頃、必死の防衛戦を繰り広げているのかもしれない。
だとすると……。やはり、コンビニの地下を自由に移動出来る俺とアイリーンで敵の本体を見つけ出し。地下のどこかに潜んでいる、敵のチョコミントの騎士の本体を撃破するしかないだろうな。
「……店長、地下3階の温泉フロアに到着しました。用心をして下さい」
「分かった、アイリーン。エレベーターの扉が開いた途端に、敵がここに突進してくる可能性もあるからな。先に剣を構えて迎撃態勢を整えておくぞ!」
ゾンビ映画だと、割とそういうシーンが定番だったりするからな。
無限に押し寄せる敵に押し込まれて、この狭いエレベーターの中に閉じ込められてしまうのだけは避けたい。
だから扉が開いたら、すぐにでもエレベーターの外に飛び出して。こちらの陣形を整える事が出来る、安全地帯をフロア内に確保しておきたい所だった。
”チーーーン!”
エレベーターが地下3階層の、温泉フロアに辿り着く。
エレベーターの正面扉がゆっくりと開き。
それぞれ剣を構えた俺とアイリーンは、目の前から敵が一斉に押し寄せてくる事態に備えた。
たが……開いた扉の先には、誰も居なかった。
エレベーターの外には、真っ暗な闇に支配された無人の空間だけが広がっている。
「フロア内がこんなにも真っ暗な闇に包まれているという事は、どうやら照明が全て破壊されているようですね」
「問題ないさ。俺が持つ光の剣は、照明代わりに使用する事も出来るからな」
俺は右手から真っ直ぐに伸びている光の剣を、正面に向けて構える。
そして懐中電灯のように、白い光線を放出させて前方の闇を切り裂き。フロアの奥の方の様子を、エレベーターの中から照らし出して確認してみた。
白い光線によって照らされたフロアの奥には、どうやら敵の姿は無いようだった。
「敵はこのフロアには、居ない……のでしょうか?」
「いや。照明が破壊されているという事は、ここにも敵がいるのは間違いないだろう。きっとどこかで、俺達を待ち伏せているんだろうな」
俺とアイリーンは、おそるおそる足を進めて。エレベーターからゆっくりと温泉フロアの中に出てみる。
広大なフロア内は、真っ暗にも関わらず。
奥から温泉がお風呂場の中に注がれる水音だけが聞こえてくるのが、あまりにも不気味に感じられた。
でも、この妙に張り詰めた嫌な雰囲気は……温泉フロアの静けさだけが放っているものではない。
そう。ここにはやはり、何かが潜んでいるんだ。
誰いない学校の教室に一人で入った時に。一見すると、教室内は静かなのに。どこかに、息を潜めたクラスメイト達が隠れていて。息を殺して深呼吸をしながら、ドッキリのイタズラをしようと、待ち伏せているような感覚に似たものを感じる。
「――て、店長ッ!! 上ですッ!!」
突然、後ろにいたアイリーンが大声を上げた。
その声に釣られるようにして。
光の剣を懐中電灯代わりにして、真っ直ぐにフロアの奥を照らし出していた俺は……。
光の剣を、温泉フロアの天井に向けて照らしてみる。
すると、真っ暗な天井に潜んでいたのは……。
「うおおぁぁぁぁあぁぁぁーーーっ!?!?」
温泉フロアの入り口付近の天井。そこにまるで、洞窟に潜むコウモリの群れのように。
天井に体を逆さにしてへばり付いていた、無数の『水無月洋平』の大集団が、天井から真っ直ぐにこちらを見下ろしていた。
その数は……とても数えきれない!
エレベーターの中から、フロア内を光の剣で照らした時は――。光の方向が一直線だったから、フロアの真正面の様子しか確認が出来なかった。
それがまさか、真っ暗な温泉フロアの天井部分に。槍を構えた大量の水無月が、まるでコウモリの群れみたいにひっ付いているなんて……。完全に予想外だった。
「アイリーン、お前はここから逃げるんだ!!」
「――えっ、店長!?」
俺はとっさに後ろに立つアイリーンを足で蹴り飛ばし。元のエレベーターの中へと強制的に戻らせる。
それは俺の頭の中で、瞬時に判断をした結果だった。
俺達の姿を確認した、無数の水無月達は天井から一斉に槍を構えて。こちらに向けて落下してくる。
その攻撃を避ける事は、もう不可能だ。
あまりにも敵の数が多過ぎる。フロアの天井一面にびっしりと張り付いている大量の水無月達から、逃げる事は不可能だ。
……なら、ここで俺が取るべき行動は一つしかない!
「これでも喰らいやがれッ! 『青双龍波動砲』ーーーッ!!」
白銀剣の先を、両肩に浮かぶ守護衛星にレーザー発射口に押し当てて。無限の光エネルギーを増幅させて、レーザービーム砲を一気に解き放つ。
天井から降ってくる大量の水無月達を、レーザー砲の超火力で全て消滅させてやる。
アイリーンをレーザー攻撃の余波に巻き込まない為にも。俺はとっさに、エレベーターの中に彼女を戻らせる事にした。
””ズドドドーーーーーーーーン!!!””
凄まじい爆発音が、温泉フロア内に鳴り引き。
無限の光を吸収し、威力の強化されたレーザービーム砲によって。
天井を埋め尽くすように潜んでいた、偽物の水無月達は、その体を瞬時に溶かされ。元の薄緑色の液体へと戻り。大量のチョコミントを含んだ甘い液体が、一斉に温泉フロア内の天井から降り注いできた。
フロアの床に仰向けになり、倒れ込むような姿勢でレーザー砲を真上に向けて放った俺は……。
降り注いできた、大量の緑色の液体に飲み込まれ。
その場で、意識を失ってしまう。
甘いチョコミント成分を含む緑色の液体は、床に倒れ込んだ俺の体を包み込み。俺の意識をここではない、どこか遠くへと運んでいく。
おそらく……敵のパティの体を構成していた、チョコミント成分を含む緑色の水の中に飲み込まれ。
その水分の中に刻まれた、遠い過去の記憶の中に取り込まれてしまったのだろう。
俺の頭の中には、よく聞き覚えのある。
不思議な人物達の話し声が、暗い闇の空間の奥から聞こえ始めていた……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここは……どこなんだ?
また俺は、真っ暗な闇の空間の中にいるのか?
この感覚は、虚無の魔王のカステリナと戦った時に。
無限の虚無の空間に落とされてしまった時と、よく似ているような気がする。
真っ暗な空間を漂う俺の意識に……どこか遠くの方から、かすかな話し声が聞こえてきた。
「……パティ。実はあなたに大切なお話があります」
「パティめに、お話しですか? そんなに真剣な顔をされて、一体どうされたんですかぁ? レイチェル様」
……パティ? レイチェル様?
この声はもしかして……。
「今や、総支配人様を取り巻く環境は悪化の一途を辿っています。全ては私の判断ミスです。まさか女神教に、あのような隠された陰謀が渦巻いていて。彼方様の心をここまで追い詰めてしまうとは、思いもしなかったのです……」
「でもでも、それはレイチェル様の責任ではないとパティは思いますぅ〜。アイツらは最初から、異世界の勇者をはめる気だったのですからぁ〜……」
「もはやこの世界の全ての人々は、『コンビニの勇者』という存在を心の底から憎んでいます。この状況を覆す事はもう、難しいでしょう。そして彼方様のクラスメイトの四条様、佐伯様、松木田様、水無月様が処刑をされてしまった事も私達には痛手でした……。彼方様の心はきっと、以前のような明るい状態に戻られる事は、今後二度と無いでしょうから……」
「そうですね……。パティめが、何とか涼香さんだけは救い出しましたけど。玉木さんも女神教の刺客に追われて、現在は行方不明のようですし……」
俺の脳内に遠くから聞こえてくる声は、間違いなくレイチェルさんとパティの話し声だった。
でも、この会話の内容は一体いつのものなんだろう?
もしかしたら、これは……5000年前の……。
「――パティ。私は決断をする事にしました。彼方様には、この世界で永遠の時を生き続けて頂き。私やあなたを含めて、コンビニの『永遠の繁栄』をこれからこの世界で築き上げていくのです」
「えっ……レイチェル様? それは、どういう事なのですかぁ? 頭の悪いパティめには、よく意味が分かりませんでしたけど……」
「私達にとって最も大切な彼方様の心を、これほどまで追い詰めた人間達に復讐をするのです。もう、人間達と仲良く暮らしていくのが困難である以上――。私はこれからコンビニの存続と、彼方様の生命を守る事だけに守護者としての責任を果たしていくつもりです。パティ、あなたも私に協力をしてくれますよね?」
「それは、もちろんですけどぉ〜。具体的にパティめは何をすれば良いのでしょうか、レイチェル様?」
「うふふ。そんなに難しい事ではありません。まずは彼方様に不老の寿命を持つ『魔王』として覚醒して頂きます。パティ、あなたにはこれから現在、行方不明になっている玉木様の姿に変身をして貰います。そして、その姿のまま、わざと女神教徒達の追っ手に捕まって下さい……」
俺の脳内に聞こえていた声は、次第に遠ざかっていく。この会話が一体、いつ頃されたものなのかは分からない。
だけど、きっとこれは。チョコミントの騎士であるパティが遠い昔に、現在はコンビニの大魔王に仕えているレイチェルさんと会話をした時のものなのだろう……という事が俺には分かった。
そして、この2人の会話の後に。
この世界は大きな悲劇に巻き込まれていくんだ。
それから、5000年の時を経て――。
再び日本から俺達2年3組のクラスメイト達が、この世界に呼び出されてしまうという、これが全てのきっかけとなった『会話』である事だけは、間違いなかった……。