第三百八十二話 禁断の地の守護者
『グギャアアアァァーーーッ!!』
無数のリザードマン達が、エレベーターから降りた俺とアイリーンを目掛けて襲いかかってきた。
数の力だけで、ただワラワラと押し寄せるくるだけのゾンビの群れと違って。剣や槍を持ち、俊敏な動きでこちらに襲いかかってくるリザードマンの群れは、かなりの脅威となる。
ゾンビ映画だって、歩いて近寄ってくるだけのゾンビより。走って襲ってくる系のゾンビの方が断然怖いものな。
でも俺とアイリーンのコンビを、昔の強さと同じままだと思うなよ?
特に今の俺は、『緑魔龍公爵』がコンビニの地下に襲撃してきた時よりも、遥かに大きなレベルアップを遂げているんだからな!
「うおおおぉぉぉーーッ!! アイリーン、行くぞ!! 『白銀剣・疾風雷斬――!!』
「――了解です、店長!! 私も行きます!! 必殺、『黄金剣・高速迎撃――!!」
”ザシューーッ!!” ”ドシューーッ!!”
迫り来るリザードマンの群れを、俺とアイリーンが持つ光と黄金の剣が、空間上に交互に光速の閃光を刻みながら、華麗に切り裂いていく。
コンビニホテルの、エレベーター前に集結していた敵は……。あっという間に、俺とアイリーンのコンビによって殲滅させられていった。
そして、おおよそ10分ほどの激闘の末――。
地下2階層のホテルエリアにいたリザードマンのほとんどを、俺とアイリーンは無事に制圧する事に成功した。
「――よし、アイリーン! 流石だぜ!」
「店長こそ、剣さばきが上手過ぎます! 一体どこで、そのような見事な剣術を習得されたのですか!?」
剣の達人であるアイリーンが、俺の振るう剣術の速さに驚き。両目を点にしながら、俺の顔を羨望の眼差しで見つめてくる。
……ええっと。そんな顔で見つめられても、本当に申し訳ないんだけど、アイリーン。
俺の持つ『白銀剣』は、ただのチート使用なんだよ。
剣の技術なんて、まるで持たない素人だったとしても。白銀剣は自動で敵の強さを識別して、常に最適化した威力で自動攻撃をしてくれる。
白銀剣の性能は、まさに勇者レイモンド様々な、スペシャルオプション満載の特殊技能だった。
だから断じてこれは、俺の努力の賜物なんかじゃないんだよ。
ただ単に大昔に実在した剣術の達人の勇者から、その能力を丸々俺が受け継いだだけなんだからな。
「――店長、周辺から敵の気配が感じられません。どうやらコンビニホテルの、エントランスエリアの制圧に完全に成功したようです。これで少しだけ、今後の作戦を練る時間の余裕が作れそうですね!」
「ああ、コンビニホテルは昔よりも遥かに広くなっているからな。だから隅まで全てを調べられた訳ではないけれど……。敵の本体を闇雲に探すより、どこに隠れているのかを推測しながら行動した方が良いだろうな」
スイートルームのあるVIPエリアまで含めると。
今のコンビニホテルは、ビックリするくらいに広大な敷地面積を誇っていた。
敵の本体がどこに隠れているのかは、また分からないけれど。何か手掛かりを見つけて、追撃した方が効率的なのは間違いないだろう。
俺とアイリーンの2人は、大理石の床に覆われたエントランスフロアの中央にあった噴水の近くにいったん腰を下ろし。
剣を納めて、2人だけで作戦会議を行う事にした。
「……そういえば、アイリーン。少しだけ質問をしてもいいかな?」
「ハイ、何でしょうか? 店長」
光の剣を右手の中に納めた俺は、コンビニホテルの大理石の床に座りながらアイリーンに尋ねてみる。
「コンビニの地下階層は、それぞれ独立した異空間になってるって以前に聞いた事があったんだけど。その管理者であるレイチェルさんが、外への出口を閉ざしたなら。わざわざ1階層と8階層を、パティとレイチェルさんの2人が直接守らなくても平気なんじゃないのか?」
「なるほど、その件についてですね。確かにコンビニの地下から外へと繋がる出口は……レイチェル様が今、完全封鎖をしています。ですが、敵のチョコミントの騎士の能力はまだ未知数です。我々の知らない能力、例えば『次元移動』などの特殊能力を敵が持っていた時には、対処が出来なくなる可能性もあります」
アイリーンの説明によると。
どうやらレイチェルさんが把握をしている、コンビニの緑色の守護者である『パティ』の能力は――現在のレベル36時点の、コンビニの勇者に対応した能力までしか分からないらしい。
つまりレベル100に到達している、最強のコンビニの大魔王に仕えるチョコミントの騎士の能力の全てまでは、まだ把握出来ていない……という訳だ。
「コンビニの守護者は、店長の成長と共にその能力や強さも増していきます。その事に関連する一例として、私とセーリスはカルツェン王国の森で『黒い悪魔』と呼ばれていた、過去にコンビニの大魔王に仕えていた黒い花嫁騎士と戦いました」
「……その時に戦った敵の花嫁騎士の能力は、やっぱり今現在のセーリスよりも、強かったという事なのか?」
「ハイ。その通りです、店長。強いなんてものではありませんでした。その武装も防御力も、現在のセーリスよりも桁外れに強かった事は間違いありません……」
「そうか。じゃあ、今このコンビニの地下階層に閉じ込めている敵のチョコミントの騎士が、俺達の想定し得ない特殊能力を持っていても不思議じゃない訳か……」
レイチェルさんが、慎重になるのも分かる。
もし……敵に最終防衛ラインを突破されて。地下9階層の『農園エリア』に侵入されたとしたら。そこにいるエルフ族やククリア、マコマコが殺害されてしまうかもしれないからな。
それか、もし敵がコンビニの地下1階層を抜けて。
コンビニ本店の外に飛び出してしまったなら、地上に住む共和国の街の人達に、大きな犠牲や被害が出るのは間違いないだろう。
「店長……。敵陣営である、コンビニの大魔王に仕えているコンビニの守護者達について。実は私は店長にお話ししたい事があるのです」
「敵のコンビニの守護者達について、俺に話したい事がある……って、それはどういう話なんだ?」
アイリーンが騎士らしく姿勢を正し。
真正面にから俺に向き直るようにして、真剣な口調で話しかけてきた。
「彼女達は体の一部が機械化されていて、過去の記憶を全て失っているようでしたが……。その死ぬ間際に黒い悪魔と呼ばれた過去のセーリスは、太古の昔に存在したコンビニの勇者と、その仲間達についてを思い出したのです」
「……えっ。それは、本当なのか!?」
アイリーンの話す言葉を聞いて、俺は思わず大きな驚きの声を漏らしてしまった。
俺はアイリーン達が戦ったという、カルツェン王国で暴れていた黒い花嫁騎士とは出会っていない。
だけど、魔王の谷の底で出会った。あの黒い守護騎士の事はよく憶えていた。
黒い騎士は顔に仮面を付けていたし、髪の色もアイリーンとは異なっていたけれど。彼女は間違いなく、大昔のコンビニの大魔王に仕えていた、過去のアイリーンだったのだと思う。
黒い騎士は、俺とアイリーンの姿を見ても。コンビニの勇者の事を思い出したような素振りは、全く見えなかったけれど……。
レイチェルさんによって、機械化されたというコンビニの守護者達は、実は昔の記憶を憶えていたという事なのだろうか?
「――黒い花嫁騎士は、コンビニの大魔王の気配がこの世界から既に消えていた事を悟り。心から安心していたようでした。彼女は最後に私にこう言っていました……」
『……魔王様の気配をどこにも感じない。そうか、魔王様はもう、死んだのか……。良かった。あの方は生きているのが、とても苦しそうだったからな。アタシには、レイチェル様のやり方が正しいとは思えなかった。魔王様には以前のように、人間達と仲良く生きて欲しかったから。魔王様がやっと安らかな眠りにつかれたのなら、アタシもようやく役目を終えて、静かに眠りにつく事が出来る……』
「…………」
アイリーンの口から、敵の黒い花嫁騎士が最後に発したという言葉を聞き。
俺の目からは、思わず細い涙の線がツーっと、頬を伝って大理石の床にこぼれ落ちていった。
どうやら5000年前に、『コンビニ大戦』を引き起こし。人類との間に大きな戦争を仕掛けたコンビニの大魔王の陣営は、一枚岩ではなかったのかもしれないな。
少なくとも過去に存在した花嫁騎士のセーリスは、魔王となり、人類と敵対したコンビニの大魔王の事を心から心配していて。
彼を陰から操るコンビニの守護者達のリーダーでもあるレイチェルさんに対して、反感を抱いていたようだ。
もしかしたら、魔王の谷の底にいた黒い守護騎士のアイリーンも。セーリスと同じ気持ちだったのだろうか?
彼女達は記憶を全て消されて。機械化した心を持たない兵隊として、扱われていた所を考えると。その可能性は十分にあり得そうだった。
きっとこの世界を、悪い方向に導こうとしている本当の邪悪。そして朝霧が神様視点で読んでいる『コンビニの勇者の物語』の……最後に控えているラスボスは、コンビニの大魔王に仕えるレイチェルさんなのだろうと思う。
彼女が全ての元凶であると、今なら確信を持って俺は言えるんだ。
もちろんこの世界に、異世界から勇者を召喚する仕組みを作ったのは女神アスティアだ。
5000年前に、この世界に召喚された秋ノ瀬彼方が魔王化をしたのも。元を辿れば、勇者召喚を行い。召喚した勇者を魔王化させようと暗躍していた、女神教のせいだという事は理解している。
でも、俺の今の素直な心情としては……。
女神アスティアよりも、コンビニの大魔王を背後から操る。灰色ドレスを着たレイチェルさんの方が、許せないという気持ちが強かった。
俺は女神の泉で不老カエルのコウペイから、女神アスティアの生い立ちについてを知った。
そしてついこの前に立ち寄った、地下の魔導研究所で見つけたアスティアの日記。
それらを聞いたり、読んだりした事で。俺の中でアスティアという女性が、根っからの悪ではないという気持ちが強まってきている。
もちろん彼女が、許されるべき存在では無い事も理解はしているさ。
悲しい過去を背負った、あの虚無の魔王……カステリナの心を魔王に堕としたのも、女神教の仕業だ。その事は、決して許せるものではない。
だけど、俺の中でもう一つ。女神アスティアに対して深い憎しみが抱けないでいる理由は……。
大昔にこの世界に召喚され、過去のコンビニの大魔王とも戦い。今は『枢機卿』と名前を変えて存在し続けているもう1人の玉木が、女神アスティアの味方をしているという事もあった。
枢機卿の存在も、決して許せるものではないけれど。彼女達はグランデイル王国のクルセイスや、コンビニの大魔王を操るレイチェルさんのように……。
純粋に邪悪な野心を持って行動をしている、という風には俺には感じられなかった。
まあ、これらの考えも全て――。現時点での、俺のただの憶測でしかないんだけどな。
「――アイリーン。今回、コンビニ共和国に侵入してきた、コンビニの大魔王に仕えている方のパティは……。やはりセーリス達と同じで、体を機械化されていて。過去の記憶を全て失っている可能性があると思うか?」
俺からの問いかけに、アイリーンは首を斜めにして。返答に少し困っているようだった。
「それは、現時点ではまだ分かりません。ですが他のコンビニの守護者達の状況を考えると、敵側のチョコミントの騎士が、敵陣営のリーダーであるレイチェル様に操られているという可能性は、十分にあると思います」
アイリーンからの返事を聞き。
俺もその場で、力強く頷き返す。
でも……俺はさっき。水無月の姿に化けていた敵側のパティが、実は自分の意思を持って行動をしているような発言をしていたのを聞いていた。
偽物の水無月は俺に、確かにこう言っていたんだ。
共和国で平和に暮らしている人々の姿を見て……『イラつく』と。
自分達が北の凍えるような寒い場所で、何千年も引き篭もっていた事に対して。この街で不自由なく暮らしている人間達の様子が不快だと俺に告げてきたんだ。
それだけじゃない。水無月の姿に化けた敵のパティは、『俺は上司の命令には逆らう事が出来ない社畜だからな。全く、ホントに酷いクソ上司のいるブラック会社に仕えてしまったものだよ』と、彼女の上司であるレイチェルさんに対する愚痴まで俺に話してきた。
……これらの言葉から、想像すると。
今、コンビニ本店の地下に侵入して来ている敵陣営のパティには、自分自身の意思が存在しているんじゃないだろうか?
俺が帝国領で、虚無の魔王カステリナと戦った時。
飲み込まれた虚無の空間の中で、5000年前にコンビニの勇者が、恋人である玉木の公開処刑シーンを見せられて。魔王へと覚醒した場面を俺は直接目撃している。
その時に、過去の俺を騙す為に――。
変幻自在に姿を変えられるパティが、『玉木』の姿に化けて。実は女神教に処刑された、フリをしていた事も俺は知っていた。
だとすると……敵のチョコミントの騎士は、その計画の首謀者であるレイチェルさんと共に。コンビニの勇者を魔王へと変貌させる計画に、加担していた側の存在なんじゃないだろうか?
どちらにしても、俺は今。このコンビニの地下に侵入している、敵陣営のチョコミントの騎士と直接話がしたいと思っていた。
彼女の口調や態度を見ている限り。こちらの仲間になってくれるとは、到底思えないけれど。
せめて北の禁断の地に潜む連中が考えている事を、少しでも知る事が出来れば。この世界で、コンビニの勇者を巡る過去の歴史の真実を知る、大きな手掛かりを得る事が出来るんじゃないかと思えたからだ。
ホテルのエントランスフロアで、考え込んでいた俺に……。アイリーンが突然、慌てた声で話しかけてきた。
「――店長、前方に何かがいます! どうか、用心をして下さい!」
「何かがいる? 分かった、ありがとうアイリーン!」
俺は急いで右手から光の剣を出現させて、その場で戦闘態勢を取った。
しばらく俺とアイリーンは無言で、前方方向を凝視し続けていると――。エントランスホールの奥から、女性の姿をした人物が姿を現した。
「……彼方くん〜、私も応援に来たよ〜! どう? 敵を見つける事は出来たの?」
「た、玉木!? どうしてお前がここにやって来たんだよ? コンビニの地下階層の探索は、俺とアイリーンだけで行う予定になっていたはずなのに。どうしてお前まで、ここに来てしまったんだよ……!」
俺達の前に現れた玉木は、いつも通りの明るい表情をして。顔を赤らめながら話しかけてきた。
「だって、だって〜! 私だって一緒に戦えるもの〜! 私を置いて、彼方くん達だけで戦うなんてズルいよ〜!」
「いや……何を、わがまま言ってるんだよ! 今回の敵はマジで洒落にならないくらいに強いんだぞ! 悪いけど、守護者以外のメンバーがまともに戦える相手じゃない! お前はティーナと一緒に外で待機していてくれよ!」
俺は聞き分けの悪い玉木を急いで説得しようと、玉木のいる場所に向けて、ゆっくりと近づいていく。
「店長、いけません! その玉木様は偽物です!」
「……えっ、偽物? そういう事か、クソッ……!!」
”カキーーーン!!”
とっさに、俺の体目掛けて飛んできた投げナイフを。
右手に持つ白銀剣が、自動迎撃をして防いでくれた。
「ククク………クケェェーーーッ!!」
俺に向けてナイフを放り投げてきた偽物の玉木は、奇声を発して。一瞬にして後方へと逃げ去ってしまう。
「アイリーン、あの玉木の姿をした偽物を追うぞ! もしかしたらアイツが敵の本体かもしれないからな!」
「了解です、店長!」
”ザザー、ザー、ザーーッ!!”
その時、俺の腕に付いているスマートウォッチから。雑音に混じって、外から着信の報せが鳴り響いた。
急いで着信に応答すると、スマートウォッチからは地上にいる雪咲の声が聞こえてきた。
『ザザーーッ、ザー。もしもし、彼方くん? うちの声が聞こえてる?』
「その声は……雪咲か? ああ、聞こえているぞ! どうしたんだ?」
雑音混じりで聞き取りづらくなっている雪咲の声が、コンビニホテルのエントランスホールの中に響き渡る。
そして雪咲が話してきた内容は……俺とアイリーンを驚愕させるものだった。
『――大変なのよ! 共和国の周辺に大量のドローン部隊が出現したの! 敵は空から共和国に攻撃を加えてくるつもりよ!!』