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第三百七十七話 幕間 巨大図書館


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 そこは()てつく程に、冷たい空気の充満する無音の空間だった。



 その場所に、生物は存在しない。


 これだけ極寒の空気に満たされた空間の中で、普通の生物が生きていけるはずもない。


 その広大な空間の中に、重厚な本棚の中に陳列された古い書物が、遠目で見渡す事が出来ない程の遥か奥にまで無限に連なって置かれていた。



 そう――ここは、世界中のありとあらゆる書物の集められた『巨大図書館』だ。


 北の禁断の地の中に存在し、この世界の全ての歴史を記した古い書物を保管している最古の図書館。



 一体誰が……何の目的で。


 これだけの数の古い書物を、この場所の中に集めたのかはよく知られていない。


 そしておそらくこれらの本を集めた『当人』にとっても。古書を集めるという行為に、特に目的など無かったのかもしれない。


 ただそれは……この世界で彼女が(ひま)を潰す為の、趣味の一つであったに過ぎなかった。



 あまりにも長き年月を、彼女は自分が仕える主人が復活し。いつか完全体として目覚めるその時に備えて――。ただじっと、この巨大図書館の中で待ち続けてきた。


 仕事がら、整頓(せいとん)好きな性格をしていたコンビニホテルの支配人は、世界各地の本を集めてきては……本棚に収納して整頓するという作業を、永遠にこの巨大図書館の中で、5000年も繰り返し続けてきたのだ。


 その結果、この膨大な本の貯蔵量を誇る――巨大過ぎる図書館が誕生したのである。



 本当はこの巨大図書館の中に、コンビニで発注をした最新式のエアコンを設置する事も出来た。

 でも彼女はあえて、それをせずに。巨大図書館の中の気温を極寒の状態に留めておく事で、ここに集められた古い書物の保存状態を高めているようだった。



「……うふふ。こんなに遠く離れていても、私にはとても強く感じる事が出来ます。この世界に召喚された、もう一人の『彼方(かなた)様』の確かな心の成長ぶりを……」



 美しいピンク色の髪を長く伸ばした女性が、巨大図書館の中心部に置かれたテーブルに1人で座っていた。


 彼女は以前は髪を後ろで束ねていたのだが、今は無造作に背中に下ろしている。


 そして、コンビニホテルの支配人専用の清楚な制服を着るのをやめて。

 今は露出度の高い、灰色の美しいドレスを着ていた。


 彼女にとって服装を変えるという行為は、別に意味のある事ではない。ただ、5000年近い歳月をじっと待ち続けるだけの生活の中で、気分転換に服装を変えてみる事もある……という程度の気まぐれでしかなかった。



 ほんの数百年前には、少し冒険をしてみようと。可愛いツインテールの髪型を試してみた事もあった。


 だがそれは、本人的にあまり気に入らなかったようで。おおよそ300年ほどで飽きて変えてしまったらしい。



 極寒の空気に支配された、凍てつく巨大図書館の中で。唯一、白い湯気(ゆげ)の出ている熱い紅茶の注がれたティーカップを、右手の指先で退屈そうになぞりながら。



 太古の昔にコンビニの大魔王によって召喚された、コンビニホテルの支配人(フロント・マスター)――レイチェル・ノアは静かにテーブルの席を立った。



 誰も居ない巨大図書館の最深部にまでやって来たレイチェルは、そこにある小型のプールのような溜め池の中を覗き込む。


 その溜め池には、薄緑色をした気味の悪い液体がいっぱいに満たされていた。

 池の中の液体は、この極寒の巨大図書館の中において。まるで沸騰して煮立っているかのように、不気味に泡立っている。



「――さあ、目覚めなさい、パティ。そろそろ、あなたの出番ですよ」



 溜め池に蓄えられた薄緑色の液体が、レイチェルの呼びかけに応じ。突如として丸く膨れ上がり、貯水槽の外へと飛び出してくる。


 レイチェルの前に姿を現した薄緑色の液体は、徐々に液体から『人間の形』へと変化を始めた。



「……ふふふ。あなたには、本当に感謝をしていますよ、パティ。この長い歴史の中で、あなたの変身能力はあらゆる場所で外の世界を偵察するのに役立ちました」


 

 薄緑色の液体からの返事はない。


 言葉を発さずに、その液体は無言で人体を模倣した体の精製をし続けている。

 どうやら薄緑色の液体は、レイチェルの心を読み。彼女が求めている姿へと変身しようとしているらしかった。



「そういえば、つい最近も……。グランデイル王国の地下で異世界の勇者の召喚の儀式を行う際に、王国の司祭に化けて『座標』の調整をしてくれて本当に助かりました。そのおかげで、無事にもう一人の『彼方様』を、日本からこの世界に呼び出す事に成功しましたからね」



 嬉しそうなレイチェルの話し声を聞きながら。


 薄緑色の液体はやがて、ある一人の『若い男』の姿へと変化した。



 その男は――右手に『槍』を持っていた。

 黒髪のショートヘアをした、体の均整の取れた筋肉質な外見を持つ若い男だ。



「今回はもう一つだけ、あなたにお仕事をして欲しいのです。大丈夫、私の作った無限チョコミント精製器を取り付けたあなたは無敵です。きっと今回も、無事に任務を果たしてきくれると信じていますよ」



 黒髪の若い男の姿へと変身をした、コンビニの第4番目の守護者は、レイチェルの意図を無言で読みとり。


 その場でコクリと頷いて、無言で巨大図書館の外へと向かっていった。



 槍を片手に、颯爽と外の世界へと向かっていく若い男の後ろ姿を見送りながら。

 レイチェルは、クスクスと一人で笑い声を漏らす。



「さあ、もう一人の彼方様がどれだけ成長をされたのか。じっくりと試させて貰いましょう。そして、そろそろ彼を覚醒させてきて下さいね。彼が最も大切にしている、コンビニの仲間達が集う街を徹底的に破壊し、人々を虐殺する光景を見せつければ……。流石に新しい彼方様も今度こそ闇落ちをして、魔王化してくれる事でしょうから」



 再び、テイーカップの置かれたテーブル席に戻ってきたレイチェルは、既に冷めてしまった紅茶をゆっくりと飲み干した。


 そして、いそいそと机に置かれた書類の整理を始める。


 この古びた巨大図書館には相応しくない、机の上に置かれた最新式のタブレット端末を持ち上げると。

 画面に表示されているアイコンに、レイチェルはそっと指を触れた。


「――さてと、私もそろそろ準備をしないといけませんね。私と魔王様がこの地で生き残っていた事を知った玉木様は、そろそろ『真相』に気付いてしまったかもしれませんからね」



 レイチェルがタブレット端末を操作すると、誰もいないはずの巨大図書館の奥の扉が開く。


 そして扉の奥から誰かがこちらに向けて、ゆっくりと歩いてくる足音が聞こえてきた。



「うふふ……。しつこくも、まだこの世界に生き残り続けていた私の可愛い可愛い玉木様。いいえ、今は女神教の中で大幹部に出世をされて『枢機卿(すうききょう)』と名乗っているのでしたよね? 玉木様とは5000年ぶりにぜひ、一緒に美味しいお酒を飲み明かしたい気持ちもありますけど。あの方の持つ『暗殺者(アサシン)』の能力は、私の魔王様にとってはあまりにも危険過ぎます」



 おおよそ5000年前にこの世界で起きた、『コンビニ大戦』において。

 コンビニの大魔王の秋ノ瀬彼方(あきのせかなた)と、彼に仕える守護者のレイチェルが唯一敗北を喫してしまった相手は……レベル99の暗殺者として急成長を遂げた、彼方のクラスメイトである玉木だった。



 この世界で唯一、コンビニの大魔王に挑む事の出来る最強の人間の勇者。


 レベル100の壁を超えて、不老の存在となった無限の能力を所持する魔王に対して。

 有限の力しか持たないはずの、レベル99の最高レベルに達した異世界の勇者である玉木が……。かつてのコンビニ大戦においては、見事に大魔王を打ち倒して勝利したのである。


 その時の戦いによって、肉体に深い傷を負ってしまったコンビニの大魔王は、自らの体を元の日本へと送り。肉体と精神を分離させて、延命処置を施す事となった。


 そして誰も居ない、この北の禁断の地に隠れ住み。


 有限の人間の勇者に敗れたという、敗北の屈辱に耐えながら。レイチェルとコンビニの大魔王の精神は、この世界でほそぼそと生き残り続けてきたのだ。



 その恥ずべき敗北の歴史から――おおよそ、5000年の長きに渡る時間が経過し。



 ようやく、コンビニの大魔王は『新しい体』を手に入れて。この世界に今、復活を遂げようとしていた。



「……玉木様。魔王様にとって『天敵』とも呼べるあなたへの対策を、この私が5000年間何もしていないとでも思いましたか? 人間の身でありながら、無限の能力を持つ魔王様の体に傷を負わせたあなたに対して、とっておきの『天敵』を私も用意しておいたのですよ?」



 巨大図書館の中で、テーブルに座り。落ち着いた所作でタブレット端末を操作していたレイチェルの元に。



 ようやく、一人の女性が姿を見せた。


 彼女は無言で頭を下げ。主人であるレイチェルに対して、最敬礼の挨拶をする。



「私をお呼びでしょうか? レイチェル様」


「ええ。あなたの大切な恋人を殺害した、憎き裏切り者の女がまだこの世界に生き残っていました。これはあなたにとって、恋人の復讐を遂げる大チャンスです。ぜひ、彼女を始末してきて欲しいのです」



「……副委員長が、まだ、生きている?」


「そうなのです。今の玉木様は、女神教に中で『枢機卿(すうききょう)』と名乗っているようです。5000年の間、私がしっかりと『最強の魔女』として育てあげてきた今のあなたになら、きっと彼女を仕留める事が出来るでしょう」



 レイチェルの言葉を聞いた女は、もう一度だけ深々と頭を下げて。かつてのクラスメイトである玉木の殺害の指示を喜んで受け入れる。


 その表情には、ドス黒い邪悪な笑みが浮かんでいた。



「――畏まりました、レイチェル様。私の大切な水無月(みなづき)くんの命を奪ったあの泥棒猫の副委員長の体を、必ずやこの私がバラバラに切り裂いてミンチにしてみせますので、どうかご安心して下さい」


「頼みましたよ。レベル99の『ハサミの勇者』である、あなたになら……きっと暗殺者(アサシン)の勇者を仕留める事が出来るでしょうからね。頑張ってきて下さいね、涼香(りょうか)さん」



 右手に自身の背丈の2倍を超える、『巨大なハサミ』を持つ赤い髪の女性が、静かに巨大図書館から外に向かって出ていく。


 その頼もしい後ろ姿を見送って、レイチェルはクスクスと静かに笑ってみせた。


「かつて一緒に戦った、仲間同士の戦いですね。クラスメイト想いの心の優しい玉木様は、ご自分のかつての仲間と戦って、本当に勝つ事が出来るでしょうか? どちらが勝っても、負けたとしても。きっと面白い勝負になる事は間違いないでしょうね……クスクスクス」



 レイチェルの不気味な笑い声だけが、北の禁断の地の中にある巨大図書館の中で、静かな余韻を残して木霊(こだま)する。



 禁断の地に隠れ潜む、太古の昔にこの世界を支配したコンビニの大魔王の軍団はとうとう動き出す。



 彼らにとっては、女神教も、女神アスティアも、野望に燃えるグランデイル王国さえもどうでも良かった。



 ただ……この世界に召喚された、新しいコンビニの勇者の体を乗っ取り。

 コンビニの大魔王が完全なる復活を遂げて、再びコンビニ帝国を永遠に繁栄させる事。



 それこそが――コンビニの守護者であり。


 コンビニの化身として、コンビニの永遠の繁栄を望む守護者達のリーダー、レイチェル・ノアが望む、唯一の願いなのだから。


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は、鋏の勇者.... https://www.kill-la-kill.jp/special/img/04/03/kill-la-kill_wp_pc_1920x1080_a.jpg
色々動き出してるな(汗)( ;∀;)、さらにカオスに… 朝霧さんは相変わらず”読書”かな、それとも”検証”してるのかな?
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