第三百七十四話 冬馬このは
ざわざわと、ざわつく広間に集まっている街の人々を押しのけ。
雪のように真っ白な長い髪の女性が、堂々と黒い馬の姿をした魔物の側に駆け寄っていった。
『ヒヒィィーーーン!!』
「……よしよし。もう、大丈夫だからね! 何も心配しないくていいんだよ。僕がちゃんとキミの怪我をみてあげるから。この怪我の具合なら多分、統計学的に約14日間くらい十分な睡眠と食事が摂れれば、きっと完治出来るはずだから、心配しないでね!」
――僕っ子!?
しかも……まさかのちょっぴり理系少女?
ヤバッ……! いや、ツッコミ所は今はそこじゃないって事は、俺も十分に分かっているんだけどさ。
今まで俺は、冬馬このはについては寝ている姿しか見た事がなかったけど。
こうして人前でハキハキと喋っている姿を見ると、少しだけ不思議な感覚を抱いてしまう。
何というか、お気に入りの漫画キャラクターがアニメ化された時に。このキャラはこんな声をして喋るんだ、と感じるような新鮮な驚きに近いのかもしれないな。
『ブヒヒヒィィィィーーーン!!!』
うおぉっ!? 黒い馬がまるで暴れ馬のように。大興奮をして前脚を宙に浮かせながら、上半身をブルンブルンと振り回しているぞ。
その光景を見て、恐怖を感じた街の人々が一斉に広間から後ずさりしていく。
さっきまで大人しくしてたはずの黒い馬がいきなり暴れ始めたんだから、それは怖がるだろうな。
「うわーっ! ねぇ、キミどうしたのさー? 大丈夫だよー。僕はキミに悪さなんかしないから、もう安心していいんだよー!」
ええっと、冬馬このはさん?
それ……絶対にその黒い馬の魔物は、冬馬このはに会えた事を『喜んで』いるんだと思うぞ。
だって離ればなれになっていた迷子の犬が、数年ぶりに飼い主と再会したようなテンションになってるし。
まあ、ある意味……自分の『生みの親』が近くにやって来てくれたんだから。
それはあの黒い馬の魔物もテンションが上がるだろうな。俺には魔物の言葉は分からないけどさ。きっと『お母さん〜! お母さん〜!』って大声で叫びながら、大喜びしているようにも見えた。
「――みんな、魔物から離れるんだ! やはりあの魔物は人を襲うぞッ!!」
「ど、どうする!? 全員で一斉に襲いかかるか?」
「まず子供達を避難させるんだ! 若い男連中は武器を構えて、絶対に魔物がここから逃げ出さないように囲み込め!」
うーん……何だか、街の人達の反応があまりよろしくない雲行きの方向に進んでるな。
街の人達は手を震わせながら、広間の中央にいる冬馬このはと黒い魔物を完全に包囲してしまっている。
仕方がない。ここはきっと、頼れる『コンビニの勇者様』の出番に違いないだろう!
「みんな、待ってくれー! その魔物は本当に人間を襲ったりはしないから大丈夫なんだ! この俺がそれを保証するから、全員武器をいったん下げてくれー!」
颯爽と広間の中央に躍り出る、この世界の救世主として期待されているはずのコンビニの勇者こと――俺。
黒いロングコートを控えめに、少しだけ揺らして。
ほんのちょっとだけ、格好良く見えるような決めポーズも取ってみた。
「………………」
「………………」
シーンとした、観客の反応が痛すぎる。
ヤバッ……! これは久しぶりの、やらかし案件かもしれないな。もしかして、この田舎街では『コンビニの勇者』の知名度は、まだ全然届いていなかったのか?
「……コンビニの勇者様って、あの世界を救うと噂されている、超有名人の人〜?」
小指で鼻をほじりながら、じ〜っと遠くから俺の顔を見つめている小さな男の子が、大声で広間の中央で決めポーズをしている俺に尋ねてきた。
「……そ、そうだよ! 俺がそのコンビニの勇者で間違いないんだけど……」
「でも、コンビニの勇者様は、世界各国の王族である女王様を愛人として持つ超絶イケメンで。世界中に沢山の女性ファンがいると聞いてたけど……お兄さんは、どう見ても普通の顔にしか見えないよ〜」
ガクッ……。何だよ、その悪意のある謎の噂は。
俺って、そんな風にこの世界の地方の街では噂されていたのか? それは明らかなデマだから、気にしないで欲しいんだけど。
俺はそれが間違った情報である事を、必死に広場に集まる街の人々に対して説明をした。
「でもでも〜! コンビニの勇者は口から炎も吐き出せて。空を飛ぶ巨大なドラゴンさえも、一撃で撃ち倒せるって私は聞いたよ〜!」
今度はまた別の子供が、俺に対して大声で問いかけてきた。
「ええ〜っと、流石に杉田じゃないし。口から炎を出すの無理だけど。まあ……似たような事なら、ちゃんと俺にも出来るぞ!」
何だか、謎の『コンビニの勇者品評会』が始まってしまった気がするけど。
ここで街の人達に、ちゃんと信用して貰わないと。怪我をしてる黒い魔物と、冬馬このはをここから解放して貰えないからな。
よーし、ここは乗りかかった船だ。
最後までやり切って、俺が本物のコンビニの勇者だとみんなにちゃんと理解して貰う事にしよう!
「いくぞー! ちゃんと見てろよな! コンビニの勇者の必殺技……『青双龍波動砲』ーーッ!!」
俺は両肩に浮かぶ銀色の守護衛星から、青い2本のレーザービームを、標的のいない真上の青空に向けて思いっきりぶっ放した。
”ズドーーーーーーーン!!!”
「おおーーっ!! 凄い凄いーーっ!!」
「綺麗ね〜〜! 空に浮かんでる大きな雲が真っ二つに裂けてしまったわ! アレなら、ドラゴンも本当に倒せそうね〜!」
うんうん。そうだろう、そうだろう。
これでやっと俺が本物のコンビニの勇者と、信用して貰えたかな?
「でもでもでも〜! コンビニの勇者様は、この世界で一番美味しい料理を無限に作り出して、世界中の人々に無償で配って回っているって私、聞いたよ〜!」
また別の子供が、俺に謎の注文をつけてきた。
何だよソレ……。まあ、コンビニで美味しい料理の商品は確かに扱っているけどさ。
別に旅先で常にタダで配り歩いている訳じゃないんだけど。有名人の噂話って、こんなものばかりなのかよ。
話に尾ひれや、フカヒレが付きまくって。謎に人々に都合の良い、美味しい『コンビニの勇者像』が出来上がってしまってる気がするぞ。
正直、これ以上……謎の要望をされ続けても面倒くさいので、ここは一気に畳み掛ける事にしよう。
「よーし、それもお安い御用さ! 出でよーー! コンビニ支店4号店よーーッ!!」
ポケットから取り出した、コンビニ支店のカプセルを、右手の親指でピシッと弾いて宙に飛ばし。広間の中央のスペースに、俺はコンビニ支店を出現させた。
『おおお〜〜っ!』っと、初めて見たコンビニの姿にざわつく街の人々を尻目に。
俺はちゃっちゃと、スマートウォッチを操作して。コンビニで発注して、レンチンまでしておいたホカホカの『焼肉弁当』を、ここにいる100人近い街の人々全てに、コンビニガード達を使って配って回らせる。
見慣れない、異世界の豪華焼肉弁当を食べた街の人達の反応はというと……。
「美味い〜〜!! 何だ、この食べ物は!? めちゃくちゃ美味しいぞ!!」
「このお肉、何でこんなに美味しいの!? 上にかかっている調味料は一体何なのかしら? うちの家でも今度お肉を食べる時は、こういう味付けにチャレンジしてみたいわ!」
「わーーい、ホカホカであったかいし、凄く美味しいよー! コンビニの勇者様、ありがとうーー!」
満足そうな顔をして、ニッコリと笑顔で満たされていく街の人々。
ふぅ〜っ……苦労したけど、ようやく俺は『コンビニの勇者』として街の人々に信じて貰えたらしい。
正直、焼肉弁当を配らないと認知して貰えない、この世界の救世主って……どうなんだろう? って思えるし。ツッコミたい所は多々あるけれど、今はとりあえずこれで良しとしておこう。
「――コンビニの勇者様。あなた様の事を疑ってしまい、大変申し訳ございませんでした。このような田舎街にまで、わざわざ起こし頂き。私達は光栄の極みでございます!」
少し年配の『町長』さんぽい人が出てきて、俺に深く頭を下げてきた。
それに続くように、広間に集まっていた街の人達も一斉に俺に対して頭を下げてくれる。
ふぅ〜っ。やっとか……。
空に向けてレーザーを放ったり、コンビニからレンチン焼肉弁当を配ったりと、苦労させられたけど。
ようやく俺は本物の『コンビニの勇者』として、街の人達に正式に認知されたらしい。
「……いえいえ、とんでもないです。それで早速なんですけど。ここにいる黒い魔物は、本当に人に危害を加えない温厚な性格をしているんです。訳あって、俺はこの魔物の事を探していました。なので俺が責任を持って、この魔物を街の外に連れて行きますから。皆さんはどうか、安心をして下さい」
「――分かりました。コンビニの勇者様がその黒い魔物を街から連れ出して頂けるのなら、私達もこれほど安心出来る事はありません。本当に何から何まで、ありがとうございます。さあ、みんな! 後はコンビニの勇者様に任せて、我々は元の仕事に戻るとしよう!」
黒い魔物と、その側にいる冬馬このはを……。遠巻きに囲みながら武器を構えていた街の若い男達が、一斉に武器を下げて安心した表情を浮かべる。
そしてみんなは、俺への感謝の言葉を口にしながらそれぞれ街の中へと戻っていった。
「コンビニの勇者様、グランデイル王国との戦争、頑張って下さいね!」
「必ずやこの世界を平和に導いて下さる事を願っています! コンビニの勇者様、ファイトです!」
「わーい! 本物のコンビニの勇者様に会えて嬉しかったよー! 全然イケメンじゃなかったけど、ご飯は美味しかったよー! ぜひ、またこの街にも遊びに来てねー、コンビニの勇者様ー!」
ようやく辺りが静まったのを確認した俺は、広間に残されている冬馬このはと、怪我をしている黒い馬の魔物の元へと向かう事にした。
真っ白な髪の冬馬このはの様子を見てみると。彼女は目をキョトンとさせて、じっと俺の事を見つめていた。
「これでもう、安心だな。後はこの黒い魔物の怪我の治療に専念する事にしよう。でも街の中だとやっぱり目立つから、いったん外に連れ出しちゃうけど……。冬馬このはも、それで大丈夫かな?」
俺はおそるおそる『動物園の魔王』である冬馬このはに、尋ねてみる。
「うん。ありがとう! キミは……一体誰なの? どうして僕の名前を知っているの?」
「えーと、まあそれには海よりも深く、山よりも高い理由があってだな……。とりあえず、それは後で説明させて貰うから、一緒に街の外に行こうぜ!」
「ふーん……分かった。そういう事なんだね!」
――ん? 何か俺、怪しまれちゃったかな?
街の外に向かう俺の背後を、ジーーーッと、冬馬このはに凝視され続けている気がするんだけど。
まあ、ちゃんと後で説明はするつもりだけど。
でも、大丈夫かな? ククリアがいない状態で、説明役を俺がしちゃっても本当に良いのか、少しだけ不安になってしまう。
街の外に出て。俺達はとりあえず、人気の無い森の中の小道で休む事にした。
俺はすぐさま、怪我をしている黒い魔物の体をよく観察して。コンビニを出る時に、一応と思ってパティから拝借してきた『苺大福』を取り出し。大福の中にある黒いあんこを、黒い魔物の傷口部分に塗っていく。
すると――みるみるうちに、魔物の傷は塞がっていき。怪我のせいで弱っていた黒い魔物は、完全に元の元気を取り戻したようだった。
『ヒヒィィィィーーン!!』
「凄ーーい! ねえねえ、キミの持っているその苺大福って一体どうなってるの? 何でそれで傷口の修復が出来たの? 中にはどんな成分が入っているの? 僕にも見せてくれないかな?」
めっちゃ興味深そうに、俺に問いかけてくる冬馬このは。心なしか、彼女の目がキラキラしているように感じられた。
「ああ……別にいいけど? この苺大福は、普通に食べても美味しいけど。損傷している傷口を修復出来る特殊な作用もあるんだよ。うちでぐうたら寝てる緑色のニート守護者の、唯一の取り柄がコレと言っても過言じゃないからな」
「緑色のニート守護者……? ソレって何の事なの? ねえ、キミはどうやら、いっぱい秘密を持っているみたいだけど。まずは、ボクの名前を知っている事の理由を教えてくれないかな?」
翼と巻き角の生えた黒い馬の背を、何度も優しくさすりながら。
冬馬このはが満面の笑顔で俺に問いかけてくる。
その顔からは、俺への警戒感は何も感じられない。むしろ自分の知らない、未知な出来事に興味津々な子供のように。目を輝かせながら話しかけてきていた。
どうやら黒い馬の傷を治した事で、俺は冬馬このはの好感度をだいぶ上げる事に成功したらしい。
うんうん。動物好きな女の子の好感度を上げるには、ちゃんと動物に優しく接する事。
昔、夏休みに徹夜で、当時流行っていた恋愛ゲームをクリアして。登場する全ての女の子の攻略を完璧にこなしておいた事が役に立ったみたいだな。
「理由を話しても良いんだけど……まずは冬馬このはに俺も聞きたい事がある。君は今、自分の記憶を失っているのだと思うけど、一体どれだけ自分の事を憶えているのかな?」
俺からの問いかけに対して。
冬馬このはは、顔をニコニコとさせて。なぜか頬を少し赤くさせなから、俺の目を見つめてきた。
「やっぱり! 僕が記憶を失っている事もキミは全部知ってるんだね! うんうん、僕の予想通りだよ」
「やっぱり……? それって、どういう意味なんだ?」
「ふふーん。それは内緒だよ。でもまずは、僕もキミに聞かれた質問に返答をさせて貰うね。今の僕は自分の名前の事以外、何も思い出せないんだ。どうしてここにいるのかとか、今まで何をしていたのかとか、それに両親の名前とか。正直、何一つ思い出す事が出来ないでいるんだ。きっと何かの後遺症で一時的に、脳の中の記憶を司る海馬にアクセスが出来なくなっているんだと思う」
「そうか、憶えているのは自分の名前だけなのか……」
「うん。気付いたら僕は、どこか狭い地下室みたいな所のベッドの上に寝かされていたんだ。紫色の髪をした怪しげな女の子が興奮気味に声をかけてきたから、僕……きっと謎の秘密組織に誘拐されたんだと思って。急いでそこから逃げ出してきたんだよ」
謎の秘密組織に誘拐って……。俺は本当に、ククリアの事が可哀想に思えてきてしまった。
目の前に守護者であるメリッサの意思を継ぐ者がいたのに、どうやら本当に気付いて貰えてなかったんだな。
でも、きっといつか冬馬このはに思い出して貰えると思うから。今は、少しだけ辛抱しててくれよな。
俺は心の底から冬馬このはの事を心配して。ずっと側で看病していたククリアが、闇の秘密組織の一員扱いされてしまっていた事に、思わず目に涙を浮かべて悲しくなってしまう。
「……それで、冬馬このはがさっき、俺が君の名前を知ってた事を聞いて『やっぱり〜』って言ったのは、どういう理由だったんだ?」
「――あ、僕の名前は冬馬このはじゃなくて、『マコちゃん』で良いからね。そんなにフルネームで連呼されると、こっちの方が緊張しちゃうから」
「ええっ!? ま、マコちゃん……だって!? 何でそんな呼び名になるんだよ?」
「『トウマ・コノハ』の名前の真ん中の2文字をとって『マコ』ちゃんなのさ。……ね? その方が呼びやすいでしょう? 全ては思い出せないけど、きっと僕は友達にはそう呼ばれていたような気がするんだよ」
……いやいや、俺は女の子をちゃん付けで呼んだ事なんて一度もないんだぞ?
それなのに、それはいきなりレベルが高過ぎるだろう。いくら恋愛経験レベルが多少は上昇した俺でも、いきなりそんな高等魔法は唱えられないって!
「わ、分かった……! じゃあ、これから冬馬このはの事は『マコマコ』と俺は呼ぶ事にする。なお、異論は一切認めないからな」
「ププッ……! 何でマコマコなのよーっ!? ――うん、でも面白いからそれでもいいよ。じゃあ、キミの名前を僕にも教えてよ」
「俺の名前は、秋ノ瀬彼方だ。一応、マコマコが憶えてるか分からないけど、日本っていう同じ故郷の出身でもあるんだぜ」
「ふーん、秋ノ瀬彼方くんかー。じゃあ、僕はキミの事をこれから『カナタ』って呼ばせて貰う事にするね!」
な、なぜ……俺の名前は呼び捨てなんだよ。
しかも、その『カナタ』と呼ぶイントネーションが、何となく黒魔龍公爵が俺を呼んでいた時のニュアンスに近いんだよなぁ。
メリッサの記憶を継いでいるククリアも1人称が『ボク』口調だし。何となく、無限の勇者に仕える守護者達は、主人である勇者の性格や言動に似てしまう傾向があるのかもしれないな。
「それで、カナタが僕の事を知ってたと聞いて。僕が『やっぱり〜』って言った事についての解答を今から説明させて貰ってもいいかな? 多分、僕の推論だと……80パーセントくらいの確率で、正解を当てちゃうかもしれないけど」
「80パーセントの確率で正解? よく、分からないけど……マコマコが今、頭の中で予想している事を全部、俺に教えてくれないか?」
いいよ! と明朗快活な返事をして。
冬馬このはこと、マコマコが腕を組みながら。俺の目を見つめて、自信満々に宣言をしてきた。
「ズバリ――! 実はカナタは、記憶を失っていた僕の本当の『恋人』である。もしくな、僕達は夫婦だった! どうだい、僕のこの推測は合っているかな?」