第三百七十三話 黒い翼を持ったユニコーン
「――パティ! 白い髪の女性というのは、地下シェルターで眠りについていた『冬馬このは』の事で間違いないのか?」
俺は事務所の床に寝そべる、ぐうたら守護者。コンビニスイーツの神のパティに、慌てて問いかけてみた。
「え〜っと、パティはその人の名前までは知らないので、よく分からないですぅ〜。だってそもそも聞いてなかったし、興味も無かったですから〜。でも確かに地下シェルターの中でずっと眠ってた女の人だったのは間違いないですぅ。急にシェルターから飛び出てきたから、あ……この人ってミイラじゃなくて、ちゃんと起きれるんだ〜って、ビックリしちゃいましたから〜☆」
「クッ……! それじゃあ、冬馬このはが目覚めたというのは、マジで間違いなさそうだな!」
いや、いつかは目覚めてくれると思ってたさ。
むしろ俺達が女神の泉に向かったのは、300年間眠りについていた最強の魔王である、冬馬このはを起こす為でもあったんだ。
ククリアの話によると、女神の泉の水に浸かった事で……眠り姫状態だった冬馬このはの体には、『目覚めの兆候』が起き始めていたらしい。
だから確かに、いつ目覚めてもおかしくはない状況だったんだ。
でもまさか、こんなにも突然に『そのタイミング』が訪れてしまうなんて予想も出来なかった。
「ティーナ、玉木、フィート! みんなで手分けをしてコンビニの外を探しに行こう! ククリアが目覚めた冬馬このはを追って、コンビニの外に飛び出して行ったらしいんだ!」
「ええ〜〜!? あの、冬馬このはさんが目覚めたの〜!? それって本当に大丈夫なの、彼方くん〜?」
「いや、全然大丈夫じゃない! マジでこの世界が終わるくるいの大ピンチになる可能性だってある。だから急いで2人を探し出さないといけないんだ!」
「――分かりました! 手分けをしてコンビニの周囲を探しましょう。ですが森の中で、二重遭難をしては危険です。私達はコンビニ周辺を探しますから、彼方様は空から森の捜索をお願い致します!」
冷静なティーナの呼びかけを聞いて、みんなはお互いに目を合わせて首を縦に振り。納得し合う。
「よし、分かった! 俺は飛行ドローンに乗ってコンビニ付近の森を空から探索してみるよ! みんなはコンビニの周囲の探索を頼む!」
「了解よ〜〜! 彼方くんも、くれぐれも無理はしないでね〜!」
「分かったのにゃ〜! ティーナたんと尻尾ねーちゃんと一緒に、あたいも付近の森を探してみるのにゃ〜!」
引き篭もりのパティを除く全員が、一斉にコンビニの外に飛び出していく。
みんなも冬馬このはが、外の世界に解き放たれたという事態の深刻さは、すぐに理解出来たようだった。
動物園の魔王である冬馬このはが、とうとう300年に渡る長い眠りから目覚めた。
でも、その側にいたククリアが慌てて彼女を追っかけていったという事は……。
あまり考えたくはないが、目覚めた冬馬このはへの『説得と交渉』が失敗した可能性もあり得る。
つまりククリアが呼びかけても、動物園の魔王である冬馬このはを仲間に引き入れる事は出来なかった。あるいは、これまでの出来事を全部話した上で。悲しみのショックに陥った冬馬このはが、暴走してしまったという事もあり得るかもしれない。
どちらの可能性であっても……この世界にとって、最強の力を持つ『動物園の魔王』が外の世界に解き放たれてしまうのはあまりにもマズ過ぎる。
冬馬このはの能力は、あの女神教でさえ手をこまねいていた、最強の魔王としての素質とパワーを兼ね備えているからな。
だから、一刻も早く見つけ出して。
ククリアと共に説得をして、彼女にはすぐに冷静になって貰わないといけないだろう。
俺はコンビニの屋上から出発した飛行ドローンの上に乗り。空からコンビニ周辺の森を探索する。
以前にカラム城から逃走した、ライオン兵を追いかけていた時もそうだったけど。飛行ドローンに乗って空から探索をするのは、思ったよりもかなり難しい事を思い知らされてしまう。
まだ、何も無い荒野の上を探すのなら。上空からの捜索は効果があるだろうけど。
緑の木々に覆われている森の中を上から見つめても……正直、よっぽど目が良くない限り。森の中に紛れている人間を見つけ出すのは困難だ。
「クソ……これじゃあ、何も手掛かりなんて見つけられそうにないな……。――ん? アレは、もしかして?」
森の中に、体長5メートル近い大きな魔物。
巨大なモグラの形をしている『巨大土竜』が、ズシンと地面に立ち尽くしている光景が俺の目に入ってきた。
すぐに飛行ドローンを操作して、巨大土竜の立つ場所の目の前に、俺はドローンを緊急着陸させる。
――すると、やはり予想通り。
そこには大きな石の上に腰掛けて座っている、ククリアの姿を見つける事が出来た。
「ククリア、大丈夫か!? 冬馬このはが目覚めたと聞いたけど……今は、一緒にいないのか?」
「コンビニの勇者殿……。本当に申し訳ございません。ボクはこのは様の後を必死に追いかけたのですが、この辺りでそのお姿を見失ってしまいました」
「見失なった……という事は、冬馬このはの行方は分からないという訳なんだな?」
コクリ――と、完全に憔悴しきった表情で。ククリアは俺の顔を見上げて頷く。
こんなにも、元気を無くしているククリアの姿を見るのは初めてかもしれないな。まあ、やっと目覚めてくれた冬馬このはが、どこか遠くにいってしまったのだから当然か。
「ククリア、教えて欲しい。目を覚ました冬馬このはの事なんだけど……。彼女には、眠っている間にこの世界で起きた出来事を全て伝える事が出来たのか?」
俺からの質問に、ククリアは顔を下に俯けたまま、黙り込んでしまった。
そうか……やはり、冬馬このはにとって。
この300年間の間に起きた世界の変化は、到底受け入れられるものではなかったという訳か。
異世界の勇者として、300年前にこの世界で暴れていた当時の魔王を倒した冬馬このは。彼女は、女神教の幹部達に裏切られ。一緒に日本から召喚されてきた仲間の勇者を殺害されたショックで、そのまま意識を失ってしまったはずだ。
そしてその後も、ずっと目覚める事はなく。
眠ったまま『動物園』の能力だけが暴走してしまい。彼女の体から大量に生み出された魔物達が、人間達を殺害する事で。意識の無いまま魔王化をしてしまった、悲劇の勇者でもある。
だから自分が魔王になった事さえも気付いていないだろうし。約100年前から、かつての自分の守護者達であった4魔龍公爵達が、人間達を相手に戦争を開始した事も、何も知らない状態だったのは間違いなかった。
もし、そんな話を一気に聞かされてしまったなら。
俺なら軽く発狂しかねないくらいの、衝撃的過ぎる残酷なニュースだと思う。
だから、ククリアがそれを冬馬このは本人に説明した時に――。
もしかしたら、冬馬このはがその重過ぎる現実を受け止めきれずに。暴走してしまうのでは……という不安を、実はずっと危惧していたんだ。
そしてその不安が、今回は的中してしまったという事のようだな。
「……違うのです、コンビニの勇者殿! ボクは、目を覚まされたこのは様に、まだ何も告げる事が出来ていないのです!」
「――えっ? それって、どういう事なんだ?」
俺はククリアの発した言葉の意味が分からず。思わず聞き返してしまった。
何も告げていないって、それならどうして冬馬このはの事を追っかけていたんだ? 彼女は何でコンビニの外に飛び出して行ってしまったのだろう?
ククリアは神妙そうな顔をして。ゆっくりと俺に事の経緯を説明してくれた。
「このは様は、ベッドの上で目を覚まされました。そして目の前にいたこのボクに、『キミは誰……?』とお尋ねになられました」
「まあ、紫魔龍公爵の記憶を引き継いでいるとはいえ、ククリアの外見は幼い15歳の少女だからな。冬馬このはにとって初めて見る人物だったろうし、その質問は当然なんじゃないのか……?」
「ハイ。確かにその通りなんです。ですので、ボクはすぐに自分が動物園の勇者にお仕えしていた『メリッサ』の意思を引き継いでいる者なのです――と、このは様にお伝えしました」
「うんうん。それで、メリッサの名前を聞いた冬馬このはの反応はどうだったんだ?」
ククリアは、そこで一度大きく深い息を吐き。
深呼吸をするように肩を震わせながら、俺の質問に答えてくれた。
「このは様は、ボクにこう話されました。『メリッサって――誰なの?』。そして『ここは、どこかな? 少し息苦しいから、外に出てもいいかな?』と。その言葉を最後に、そのままお一人でコンビニの外に出て行ってしまわれたのです」
「――えっ? それって、つまり……。もしかすると冬馬このはには、眠っている間の記憶だけじゃなく……」
「そうなのです。このは様はどうやら、ご自身の過去の記憶。おそらく自分が異世界に召喚された事や、動物園の能力を持つ、異世界の勇者だった事の記憶さえ完全に忘れている様子でした……」
「マジかよ……。それじゃあ、完全な記憶喪失状態って事になるのか」
俺とククリアは、互いに顔を見合わせて頷き合う。
色んな可能性を想定はしていたけど……。それは流石に予想外だった。
でもまあ、蓋を開けてみればの論理になってしまうけど。仲間を殺されたショックで、深い眠りについてしまい。眠っている間に能力が暴走をして、その為に生み出された凶暴な動物達が人間を襲い、意識の無いまま魔王化をしてしまったんだものな。
彼女の体と心にかかった、精神的な負荷や重圧を考えると――。考えられなくもない話だと思う。
「本当は、このは様自身の幸せを考えると。何も思い出せないという今の状況の方が良いのかと……ボクも深く悩みました」
「ククリアの言う事は分かるよ。冬馬このはにとっては、聞いても悲しくなるような辛い話ばかりだからな。でも……辛い現実を隠しておく事は出来ないと思う。それに何かの拍子に、突然……過去の事を思い出す事もあるかもしれない。その時に、悲しみに暮れて暴走をしてしまうような事は、絶対に防がないといけないと思う」
「そうですね……。コンビニの勇者殿の言う通りです。やはり、このは様にはご自身の事を思い出して頂き。そして、今のこの世界の現状も伝えて。そのお力を借りれるように、お願いをしてみましょう。それがきっと、亡くなったラプトル達の為にもなるでしょうから」
俺とククリアは、今後の方針を改めて確認し合い。
すぐに森の中で行方不明になってしまった、冬馬このはの後を追う事にした。
「冬馬このはの性格からして、どこかの街に立ち寄っているという可能性もあるのかな? それとも、森の中に一人で隠れている事もあり得そうか?」
「うーん。このは様は、とても好奇心旺盛な方でもありましたが……。それでいて、お一人で過ごされる時間を大事にされる方でもありました。てすので申し訳ありませんが、どちらの可能性もあり得ると思います」
「そうか……分かった! 俺はいったん飛行ドローンで、この森の付近にある街に行ってみるよ。ククリアは引き続き、森の中の捜索をお願いしてもいいかな?」
「了解しました、コンビニの勇者殿。既にボクの操る数百匹を超える小型土竜を森の中に放っています。何か大きな動きがあれば、すぐに分かる仕組みを作っておりますので、どうかお任せ下さい!」
俺はククリアに手を振り。すぐに乗ってきた飛行ドローンに飛び乗り、再び森の上空の旋回を開始する。
ククリアの話によると、冬馬このはの行動パターンとして。人の住む街に向かっているという、可能性もあり得るみたいだからな。
とりあえず、森の外にあって。ここから一番距離の近い街を探してみるとするか……。
ドローンの上に乗りながら、大空を飛び回る事――おおよそ約20分。
俺はようやく、帝国領の西側にある。小さな山沿いの田舎街を見つけて、そこに寄ってみる事にした。
「割と本当に、ここは小さな田舎街って感じだな……。こういう素朴で、のどかな雰囲気のする街には、あまり来た事が無かったから新鮮に感じられるな」
俺は街の中の大通りを、ゆっくりと進んでいく。
道行く人々は、見慣れない格好をしている俺の姿を見て。チラチラと見つめては来るけど。誰も俺がコンビニの勇者だとは気付いていないようだった。
元々、帝国領は約100年近く続いた魔王軍との戦争にはほとんど関わってこなかった。
だから大きな戦争や、魔物との争いで犠牲になるような人が少なかったと思うし。街に住んでいる人々も平和で心の穏やかな性格の人が多いのかもしれない。
「うーん。よそ者の俺が、これだけ物珍しそうに街の人々に見られているのだから。白髪の異世界人でもある、冬馬このはがこの街に来ているとしたら。もっと注目を浴びていそうだよな。……という事は、やっぱりここには立ち寄ってないという事かな?」
大通りをぷらりと歩きながら、俺は街の中心部にある広間のような所に辿り着いた。
――ざわ、ざわ、ざわ、ざわ。
「アレ……? こんなにも平和でのどかな街なのに。街の中心にある広間には、めっちゃ沢山の人達が集まってるぞ? 何かイベントとか、催し物でも開催されているのかな?」
きっと人口でいうと、数百人くらいしかいなさそうな小さな街なのに。
広間にはおおよそ100人近い街の人々が集まり、何やら大きな声で叫びあっているようだった。
「――みんな、迂闊に近づくんじゃない! こいつはきっと、魔王軍に所属する魔物に違いないぞ!」
「武器を持ってる若い男はみんな、広間に集めるんだ! 年寄りは農作業用の農具でも構わない。何か魔物を追い払えるような物があれば、何でもここに持ってきてくれ!」
――ん? 何だ、何だ?
結構、騒がしいな……。どうやらみんなで、楽しい社交ダンスを踊るイベントをしている、って訳では無さそうだ。
俺が広間の中に到着をすると。その中心部には、大きな馬の姿をしている『黒い魔物』が、街の人達に囲まれて。激しく威嚇をするように、周囲にいる人々を睨みつけていた。
黒い魔物は、どうやら怪我をしているらしい。
外見は大きな馬の形をしている。特徴的なのは、その頭に付いている灰色の『角』だった。
角は真っ直ぐに伸びている訳ではなく、長い角がくるくると回転をして巻き角になっている。
しかもその全身には、黒い『翼』も生えていた。
「普通、馬の頭に立派な角が生えてたら、それは『ユニコーン』だよな。でも、翼も付いているって事は『ペガサス』にも近いのか。どちらにしても体の色が真っ黒なんだから、きっと黒魔龍公爵に仕えていた、魔王軍の魔物なんだろうな……」
動物園の魔王に仕える魔王軍は、約100年間も続いた人類との戦争において。
4魔龍公爵である緑魔龍公爵が敵に敗北をしてから、急速にその数を減らしていったという。
そして最後には――決戦場となる『浮遊動物園』での戦いにおいて。魔王軍のほとんどは、女神教が派遣した魔女達と、その軍勢によって駆逐されてしまい。浮遊動物園の自爆にも巻き込まれ、ほぼ壊滅状態となってしまった。
だから、こんな帝国領の片隅にある小さな街の中に……。まさかその魔王軍の生き残りの魔物が、紛れ込むなんて事態は、本当に珍しい事だと言えるだろう。
「町長さん、一体どうするんだ!? この黒い魔物は、どうやら弱ってるみたいだし。みんなで一斉に襲いかかって、一気にとどめを刺しちまうか?」
「いやいや、待て待て! 魔王軍の魔物の中には魔法を操れる個体もおったらしいぞ。迂闊に手を出したら、反撃されてしまうかもしれない!」
「じゃあどうするんだよ! こんな田舎の街に、帝国の騎士団は駆けつけてくれたりはしないぞ! オレ達だけで、コイツを始末するしかないんじゃないのか!」
――なるほどな。どうやら街に入り込んで来てしまった魔物の対処方法に、街の人々は困っているらしい。
正直、あの黒い魔物はだいぶ弱ってるいるみたいだし。魔王軍は総指揮官である黒魔龍公爵も既にいなくなっているから。
きっとあの魔物は、積極的に人間に襲いかかる危険は無いと思うぞ。
……でも、このまま黙って見ていたら。きっと恐怖に駆られて興奮している街の人々は、あの弱りきっている魔物を殺してしまうかもしれないな。
俺としては、ここは街の人達の自治に任せて。放っておいても良いような気はしたのだけど……。
広間にいる馬の姿をした魔物の色が、『黒色』である事が、俺にはどうしても気になってしまった。
きっとあの魔物は、俺も滞在していたあの『浮遊動物園』の中で、女神教の魔女達と戦った魔王軍に所属する最後の魔物達の生き残りなのだろう。
俺やティーナ、そしてターニャ達砂漠の民をコンビニ共和国に運んでくれたラプトル配下の黒い魔物達は、今も共和国の中で平和に暮らしている。
彼らは人を襲う事なく、地下階層の一番下にある『農園エリア』の中で、エルフ族によって管理され。今もちゃんと、その生態系を維持して生き続けていた。
だから、あの黒い魔物も……きっと人を襲う事なく。平和にみんなと共存して暮らしていけるはずなんだ。
ここはやっぱり、放ってはおけないよな。
浮遊動物園にいた黒魔龍公爵直属の魔物達は、俺にとっては恩人でもある。
全員で武器を待ち。街に迷い込んだ黒い馬の魔物に、一斉にとどめを刺そうとしている街の人達を……俺は大声で呼び止める事にした。
「――ちょっと、待ってくれー!!」
「――ちょっと、待ちなさいー!!」
……ん? 今、声がハモって聞こえてきたぞ?
誰かが、俺の声と同時に。街の人達を呼び止める声を前方からあげたらしい。
一体、その人物は誰なのかと。俺はキョロキョロと周囲を見回してみると――。
「待ちなさい! その子は怪我をしているでしょう? そんな可哀想な事をしては絶対にダメよ!」
ちょうど俺の立っている場所の、正面反対方向から。真っ白な髪の色をした、長身の綺麗な顔をした女性が広間の中央にゆっくりと歩き出てきた。
俺はその女性に――もちろん、見覚えがある。
そう、彼女こそ……。この世界を約100年間に渡り、恐怖のどん底に突き落としてきた動物園の魔王である――『冬馬このは』本人で間違いなかった。