第三百六十四話 暗い洞窟の奥で
「よーし、みんな行くぞ! 準備はいいかーーッ!」
巨大なリュックサックを背負い。
右手に懐中電灯、左手にトランシーバーを装備して。頭には大きな帽子を被り、洞窟探検仕様の装備を整えた俺は、大きな声でみんなに呼びかけた。
「――ハイ、彼方様! 参りましょう!」
「ラジャ〜よ〜〜! 彼方くん〜!」
「行くのにゃ〜!! 洞窟の底に眠る太古の秘宝、『究極のサバ缶』をゲットしてくるのにゃ〜!」
「うぇぇ〜〜ん。これは時間外労働なのです〜! もし怪我をしたら、このパティめが労災でコンビニマスター様を、レイチェル様に訴えてやるのです〜!」
三色団子の槍を手に持った、若干1名のコンビニート【コンビニ専属のニート】を除いて。
どうやら、みんなのやる気も最高潮のようだな。
……うん、何はともあれ。
俺達コンビニの勇者パーティ一行は、とうとう目的地である西の洞窟の入り口にまで辿り着く事が出来た。
地底竜が住むと噂されている洞窟の入り口には、古びた紋章が刻まれた、大きな石碑が置かれていた。
その石碑に刻まれている紋章は、確かに迷いの森でコウペイから貰った赤い鍵の紋章と全く同じだ。
――よし、どうやらここが目的の場所である事は間違いないみたいだな。
この洞窟の最深部に、きっとこの赤い鍵を使って手に入れる事の出来る『太古のお宝』が眠っているに違いない。それが女神アスティアに関するものなのか、それとも大昔に封印された、究極の武器とかなのかは不明だ。
でも、きっと凄いものが洞窟の奥には眠っていると思う。異世界アニメに詳しい俺の勘が、ピーンとそう告げているんだから間違いない。
今回はコンビニの勇者パーティによる、初めてのダンジョンクエストになる。
俺は胸をワクワクとさせながら、ゆっくりと暗闇に包まれた洞窟の中に進んでいった。
カツ、カツ、カツ……。
やっぱり、道はかなり狭いみたいだな。
洞窟内の通路は真っ暗で、冷んやりとした空気が充満している。それでいて、なぜかジメジメとする湿気も少し感じられた。
勇者パーティ一行の先頭を歩くのは、コンビニの勇者である俺と。一緒に連れて来たコンビニガード達、合計3体だ。
機械兵であるコンビニガード達には、俺達の護衛もさせつつ。予備の食料や緊急用の物資などが入ったリュックを大量に持たせて、荷物持ちの役割もこなして貰っている。
途中でコンビニ支店4号店を出せれば良いんだけど……。仮に洞窟内にコンビニを出せるようなスペースが無かった場合でも、4〜5日は食料、水に困らないだけの物資は用意してある。
だから俺は初めてのダンジョン攻略イベントを楽しみつつ、意気揚々と洞窟内を前へ前へと進んでいった。
そして、おおよそ100メートルほど洞窟の中を進んだ所で……。
なんと、慣れない洞窟探索により。真っ先に精神のキャパシティーが限界を超えてしまったメンバーが、俺達の中から出現してしまった。
その人物とは、そう――。
何を隠そう……この『俺』自身だった。
「いやいやいや、無理無理無理過ぎぃぃぃ〜〜ッ!! ちょっとこの洞窟、暗過ぎるだろ〜ッ!!」
全身を震えさせ、ガタガタと奥歯をぶつけ合い。歯軋りをしながら、俺は洞窟の地面に座り込んでしまう。
そしてその場から全く動かない、『地蔵』状態と化してしまった。
「か……彼方様!? 大丈夫ですか?」
「こら〜っ、彼方く〜ん! みんなの先頭を歩くリーダーの彼方くんが、真っ先にギブアップをしてどうするのよ〜〜!」
俺の事を心配するティーナの声と、叱りつけてくる玉木の声が同時に聞こえてくる。
……いや、コレはマジで勘弁してくれよ! この洞窟の中、マジで暗すぎるって!
俺が暗闇が苦手で、めっちゃ怖がりなのはみんなよく知ってるだろう。何なんだよコレ! マジでお化け屋敷じゃないかよ、ってくらいのレベルだぞ。
それも視界全体が真っ暗だし、まるで超絶ヤバい体験型のホラーアトラクションみたいじゃんかよ! 富士山の近くにある有名テーマパークのホラー迷宮も、俺は入り口から数歩入っただけで、逃げ出した経験が過去にあるくらいなんだからな!
異世界の洞窟探索って、ガチでこんなにも真っ暗で何も見えないものなの?
ほら、よくアニメや漫画だと視聴者の視点に配慮をしてくれて。洞窟内もそれなりに、明るく描かれている事が多いじゃんか。
だって洞窟探索回で放送されるアニメの映像が、全部真っ暗で、声優さんの声だけしか聞こえてこないような状態だったら……。視聴者からガチの放送事故回だとか、制作会社の手抜きだとか。
ある意味マジで神回レベルのリアル『黒歴史』だな、とかの批判的な感想を大量にSNSに書きこまれかねないぞ!
懐中電灯やランタンの明かりだけじゃ、全然足りないって! 隣で歩いてる仲間の顔さえ、よく見えない暗さだなんて……マジで、俺には想定外過ぎだよ。
ほらさ、異世界特有の光る苔がびっしりと壁に付いてるとかさ。通路を歩く人を照らしてくれる、発光する鉱石とかはここには置いて無いのかよ〜!
何でそんな所だけ、リアル路線に戻るんだよ〜!
リアルなのは異世界のトイレ問題だけで十分なんだよ〜、ぶつぶつぶつぶつ……。
俺が情けなく地面に座り込み。ぶつぶつと、一人で情けなく愚痴を呟いていると。
「もう〜〜、臆病お兄さんはコレだから当てにならないのにゃ〜! 夜目の効く可愛い猫娘のあたいが、しょうがないからダメダメお兄さんの代わりに先頭に立ってやるのにゃ〜!」
ヤレヤレ……と、心底呆れたような仕草をして。もふもふ娘のフィートが、コンビニパーティーの先頭に立ってくれた。
うう、本当にすまない。フィート……。
俺の目が洞窟の暗闇に慣れるまで、お前にパーティーリーダーの役割を譲る事にするよ。
「でも、確かに……この洞窟の中は外の光が全く届かない構造になっているようですね。これでは通路の奥を見渡すのが困難ですし、闇雲に動き回ると帰り道が分からなくなってしまう危険もあると思います」
ティーナが、暗がりが苦手な俺をフォローする発言をして慰めてくれる。
ありがたい。これじゃマジで俺だけが、ヘタレ勇者の見本みたいな扱いになってしまいそうだったからな。
ティーナのフォローが優し過ぎて、俺……涙が目に染みそうだよ。
「でもこれからどうするの、彼方くん〜? もっと懐中電灯やランタンの数を増やして前に進んでみる〜?」
「……た、玉木は、この暗闇の中でも平気なのかよ?」
俺の質問に対して、玉木はここぞとばかりに胸を張り。ドヤ顔で微笑み返してきた。
「ふっふっふ〜〜ん! 完全に平気って訳でもないけどね〜。でもこれくらいの暗さなら、私は大丈夫だよ! 多分もっと暗い所でも平気かもしれないわ〜!」
……さ、さすがは暗殺者の勇者。
もしかして玉木には、俺達の知らない謎の『暗闇耐性』の能力とかが付与されてたりするのだろうか?
そういえば玉木は、グランテイル王国の勇者育成プログラムから逃げ出して。王都のそばにあるソラディスの森をたった1人で通り抜けて、壁外区にある俺のコンビニの所にやって来たんだよな……。
アレだって、よくよく考えてみればだけどさ。
街灯や明かりが全く無い、暗闇に支配された森の夜道を、玉木は1人だけで歩いて来たんだものな。
常に眩しく店内を明るく照らしてくれる、コンビニの照明の下で。暗い異世界の中でも『電気』という現代文明の家電製品の力を借りて、ぬくぬくと生き延びてきた俺とは、暗闇に対する耐久度が全く違うという事なのかよ……。
やはり恐るべし、暗殺者の勇者……玉木!
「何よ、彼方くん〜? 私の事を改めてマジマジと見つめたりして〜! 成長して大人の女の色気をムンムンと出しまくりの私を体を見つめても、暗闇耐性は手に入らないんだからね〜! ちゃんと闇の中でも目を慣れさせる訓練をしなきゃダメよ〜!」
ううっ……またしても、玉木に正論で注意されてしまった。
でもきっとこれが、異世界の『現実』って奴なんだよな。思えば俺は、快適なエアコン完備。食料や水は常に無限湧きで、清潔なウォシュレット付きの水洗トイレが当たり前にある、コンビニでの生活に慣れきってしまってたと思う。
今回はマジで、ちょっと反省したよ。
こういう暗闇の洞窟の中だって、クラスのみんなはずっと前から既に経験済みだったんだ。
……とはいえ、やっぱり洞窟の中は暗いし。
地面に得体の知れない、謎の虫とかめっちゃ蠢いていそうだしさ。
しかも空調も最悪だから、嫌〜な湿気が漂ってきて。学校のプールの更衣室みたいに、ジメジメベトベトした空気が肌をかすめていくのがマジで辛すぎる。
俺のコンビニって、異世界の生活面においては本当に『無敵チート』だったと、今更ながらに実感したよ。
まあ、異世界に召喚をされたのに。のびのびと快適なエアコンを浴びて生きてます……って方が、普通はおかしかったんだけどさ。
とりあえず、予備の電池は大量に持参してきているし。ここは懐中電灯をフルパワーにして、暗黒の洞窟の中を前に向かって進んで行くしかないだろうな。
「よーし、少しずつ俺も暗闇に目が慣れてきたぞ! みんな、迷惑をかけて本当にすまなかった。これからはまた俺がパーティーの先頭を歩くから、ついて来てくれよな!」
「本当に大丈夫なのかにゃ〜? 暗闇恐怖症お兄さんは、あまり無理をしちゃダメなのにゃ〜!」
「な〜〜にを言ってるんだよ、もふもふ娘よ! 俺はこう見えても、順応性は高い方なんだからな。それにここからはフルパワー懐中電灯を常に両手持ちに装備して前に進む事にしたから、俺に全部任せておけって!」
俺が右手と左手で、ダブル持ちにした懐中電灯を見せつけてやると。もふもふ娘のフィートは、『やれやれなのにゃ〜』となぜか、大きなため息をつきながら猫耳をピクピクと揺らし始める。
「……アレ? そういえば、パティはどこに行ったんだ? アイツは色々な能力を持っているから、光を放つ魔法でも所持していないのかと、本人に聞いてようと思ってたんだけど……」
俺は懐中電灯を後方に向けて照らし。
パーティメンバーの中に、パティが居なくなっている事に気付いた。
「彼方様、パティ様でしたら先程『劣悪な環境での労働は、労務規則違反なのですぅ〜!』と、叫びながら洞窟の入り口に戻って行ってしまいました」
「ええっ、それはマジなのかよ!? アイツ、本当に肝心な時に何も使えない奴だな……」
正直、何となくそんな気もしていたんだけどさ。
1人だけ最初から、全然やる気が無さそうだったし。
でも、本人の性格はともかくとして。
最強と噂される、緑色のコンビニの守護者が不在なのは少しだけ心配ではあるな。
この先に想定外に強い敵とかが、出現する可能性はあるのかな?
例えば洞窟の最深部には、お宝を守るガーディアンとかがいるのが、異世界モノのセオリーのような気もするけど。いないと見せかけといて、実は本物の地底竜が地下で眠ってたりするパターンもありそうだよなぁ。
まあ、パティはきっとククリアがお留守番をしているコンビニ支店1号店に戻ったのだろうし。
ククリアと冬馬このはの護衛役として、コンビニの中で働いてくれていると思えばいいか。
ある意味うちの最強の守護神様が、留守番をしながらコンビニを守ってくれる訳だしな。
「……そういえば、大好きお兄さん? 確か森の中で虚無の魔王と戦っていた時に、手から光を放つ剣を持っていなかったかにゃ〜? アレをここで出せばいいんじゃないのかにゃ〜?」
「…………えっ?」
もふもふ娘からの突然の一言を浴びて。
俺はその場で再び、微動だにしない地蔵状態と化してしまった。
「……………」
「……………」
「……………」
シーーーン。
しばらくの間、洞窟探索メンバーの中で無言の沈黙が流れ続けたと思う。
玉木も、もふもふ娘も、そしてティーナでさえも。
みんながジト目で後ろから俺の事をじ〜〜っと見つめてきている気がする。しかも心なしか、みんなの視線がちょっとだけ冷たく感じるぞ。
「そ、そうだっけな……! アハハ……俺は今、無限に光を生み出す事の出来る『白銀剣』の能力を手に入れてたんだっけ。だから暗い場所なんて全然へっちゃらなんだって事を、ついつい忘れちゃってたよ……」
「……………」
みんなの無言の沈黙と圧が、心に深く染み込んできてかなり辛い。
あれだけ暗闇が怖いと泣き言を言ってたのに。いや、お前が一番光を発する事の出来る特殊能力を持ってるだろ! って、ツッコミを入れられてもここはおかしくない状況だものな。
くぅ……こういう時だけ、玉木もフィートも無言で黙り込みやがって!
いつもの明るいノリで『もう〜、彼方くんは本当におバカなんだから〜!』みたいなノリで、扱ってくれれば笑って済ませられるのに……。
何で今回ばかり、無言で黙り込んでいるんだよ〜!
……ハイハイ、分かりましたよ。
俺が脳みそお花畑で、初めてのダンジョンクエストに浮かれまくっていた事を深く反省させて頂きますよ。
こうなったら、みんなを失望させてしまった分。とっておきの『明かり』をこの暗い洞窟全体に灯してやろうじゃないか!
なにせ俺が勇者レイモンドから授かったこの新能力は、無限に『光』を放つ事の出来るスキルなんだからな。まさに今の俺達には、必要不可欠なありがたーい能力なのは間違いないだろう。
「うおおおおぉぉーーーッ!! 出でよーーーッ!! 『白銀剣』よーーーッ!!」
俺の右手から、眩いばかりに光輝く『白銀剣』が出現した。
圧倒的な光量を放つ光の剣は、一瞬にして暗黒の闇に支配されていた洞窟全体を照らし出していく。
その輝きはまさに、圧巻の一言だった。
さっきまで数メートル先さえ、見渡す事の出来なかった暗黒の洞窟が……。まるで豪華ホテルのシャンデリアに照らされた廊下のように、キラキラと光輝いて見えている。
そのあまりにも神々しい、光のシャワー浴びたコンビニメンバー達は……。
当然、俺の事を見直してくれて。無限に光を生み出す事の出来るコンビニの勇者に、心から感謝と賞賛の声を上げてくれる予定、のはずだったんだけど……。
「ぎにゃああああぁぁっ!! 眩しいのにゃ〜〜っ! あたいの目が〜、目が〜! 潰れてしまうのにゃ〜!」
「ちょっと、彼方く〜ん! 少しは加減しなさいよね! これじゃあ、眩し過ぎて何も見えないわよ〜! 何でこんなに間近で閃光弾を炸裂させたような光を放つのよ〜! もう〜、彼方くんのバカ〜〜っ!」
「か、彼方様! これでは流石に目を開けている事が出来ません……。もうちょっと光量を絞る事は出来ないでしょうか?」
「ええっと、今やってるんだけど……。コレ、調節がなかなか難しくて……」
――結果、俺が白銀剣から放出される光の量を、ある程度制御出来るようになるまでには、数分の時間がかかってしまった。
その間、ひたすら強制『目潰し』攻撃を食らわされ続けてしまった、コンビニメンバー達からは大不況を買い。またしても俺は、みんなからジト目て睨まれて。コンビニの勇者の信頼度が、地の底にまで落ちてしまったのは言うまでも無かった。
「ハァ……。一体、どうしてこんな事に……」
「ぶみゃあ〜〜! 全くとんでもない目にあったのにゃ〜! チョウチンアンコウお兄さんは、光の量を自由に調節出来るようになるまで、あたい達より10メートル先を常に歩く事! これは絶対命令なのにゃ〜!」
……とぼとぼとぼ。
俺はみんなより10メートル先の通路を1人で歩きながら、思わず深いため息を漏らしてしまう。
せっかく手に入れた新能力。しかもコンビニと同じ『無限』の力を秘めた能力なのだから、もっと練習しておけば良かったと今更ながらに後悔してしまう。
それからしばらくの間、俺達は『白銀剣』によって眩しく照らし出された光輝く洞窟の通路内を歩き続け。
約1時間くらい経った後、俺はやっと光の剣から発せられる光の量を自分自身の力で自在に調節出来るようになっていた。
その後は、狭い洞窟の中をずっと歩き続け。
俺達が洞窟内に侵入をしてから、既にもう半日くらいの時間が経ったかもしれない。
洞窟内の道は、より狭く険しくなっていき。
分かれ道も増えて、まるで迷路のように洞窟の奥は入り組み始めていた。ティーナが分かれ道に遭遇するたびに、目印を付けてくれているけれど。これは本当に気を付けないと迷子になってしまいそうだな……。
まだコンビニを出せるような、広大なスペースは見つからないけれど。俺達はそれぞれが持参してきた物資のおかげで、空腹に襲われるという事は無かった。
だけど、この洞窟……。
一体どこまで続いているんだろうな?
ひたすら緩やかに、地底に向かって降りていってる気がするけど。まさか、本当に地の底にまで辿り着いて。そこに大きな竜が待ち受けているとかいうイベントがあるんじゃないだろうな……と俺は不安になってしまう。
「ねえ、彼方くん見て見て〜〜! あそこに何かあるよ〜!」
玉木が大きな声で、俺に呼びかけてきた。
「どうしたんだよ、玉木? 何か前方にあるのか……って、何なんだよコレは……!?」
俺達の前には、狭い通路の中に沢山の石像が横並びに置かれている光景が広がっていた。
そして驚くべき事に。その石像の外見は、何とここにいる俺達全員の外見と……全く同じ形に作られているようだった。