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第三百五十九話 迷いの森の出口付近にて


「ど、どうしたのよ〜、彼方くん〜?」



 玉木が心配そうに、俺に問いかけてくる。


「いや、大丈夫。何でも無いんだ……」


 一度、首を左右に振って、大きく深呼吸をする。

 そしてゆっくり呼吸を整えながら、俺は努めて冷静さを(よそお)う事にした。



 コンビニの第4番目の守護者で、自称『コンビニ・スイーツの神』であるパティ。


 彼女には他人の姿に変身出来るという、驚くべき能力があった事。その衝撃の事実を知った俺の心は今、激しく動揺していた。



 その理由は、虚無(アビス)の魔王との戦いで俺は暗黒空間の中に吸い込まれ。そこでなぜか、この世界の『過去に起きた出来事』を追体験するという、不思議な経験をしたからだ。



 そして俺は、その過去の世界で見てしまったんだ。


 大勢の人々が集まる広場で、玉木が公開処刑場で(のど)をナイフで切られてしまうという、衝撃的な過去の出来事を……。


 あの時に、広場に集まった大勢の人々を大量虐殺したのは、大昔にこの世界に召喚されたもう一人のコンビニの勇者――秋ノ瀬彼方(あきのせかなた)である事は間違いない。


 大昔のコンビニの大魔王は、恋人である玉木を女神教の連中に殺害され。その怒りで我を忘れ、復讐心に駆られて人間の大量殺戮(さつりく)を行ってしまったんだ。



 きっと俺が見た、あの広場での無差別な虐殺シーン。あの瞬間に『コンビニの大魔王』が、この世界の歴史上に誕生してしまったのだろう。



 でも、それだと一つだけおかしな事があった。


 女神教のリーダーである枢機卿(すうききょう)となった玉木は、今現在もちゃんと生きている。



 ――という事は、あの時。広場で大勢の人々の前で公開処刑された玉木は『偽物の玉木』だった……という事になるんじゃないだろうか?


 それに俺は、その現場で殺害された玉木の死体から、不思議な香りが漂ってきたのを憶えている。


 今、思うと……それは間違いなく『ミント』の香りだったと思う。


 (のち)に枢機卿となった過去の玉木が、今もこの世界で生存している以上、あの時に処刑された玉木は間違いなく『偽物』だったはずだ。


 そしてそれを目撃した過去の秋ノ瀬彼方(あきのせかなた)が、怒りで我を忘れ。人々を大量虐殺して魔王化してしまったのだとしたら……。



 コンビニの大魔王は、何者かによって仕組まれて魔王化をしてしまった可能性がある。



 頭をよく整理して、過去の出来事を推察すると……。おそらくあの偽物の玉木は、玉木の姿に変身したコンビニの守護者の『パティ』であった可能性が高いと思う。


 そして、パティにそれを指示する事の出来る人物として考えられるのは……。やはりコンビニの守護者達の絶対的なリーダーである『レイチェルさん』以外には、あり得ないという結論に達してしまった。



 そこまで考えて、俺は当然考えるべき一つの疑問点に辿り着く。



 ……ん? そういえば、どうして北の禁断の地に潜んでいるコンビニの大魔王は、女神教のリーダーとして今も生きている、玉木に会おうとしないのだろうか?


 仮にも過去に恋人同士であった2人が、なぜ大昔には互いに敵対する者同士として、戦う事になったんだ?


 少なくとも枢機卿(すうききょう)となった玉木は、公開処刑などされてなく。今もちゃんと生きている。

 その事実を伝えるだけでも、コンビニの大魔王の暴走を食い止める事は、可能だったんじゃないのか?



 あるいは別の可能性として、考えるとしたら。

 

 まさかコンビニの大魔王は、自分の恋人の玉木の事を憶えていないのだろうか?


 魔王化した過去の秋ノ瀬彼方(あきのせかなた)は、何かしらの理由により。恋人の玉木の存在を忘れてしまった……という事はあり得るのか?



 もし、本当に公開処刑された玉木が、パティの変身した姿だったとしたら。俺が虚無の空間の中で感じた違和感は他にもあった。


 俺は虚無の空間の中で、別の街の広場でギロチン台で首を切断されたクラスメイトの水無月洋平(みなづきようへい)と、新井涼香(あらいりょうか)の2人の処刑シーンも目撃している。



 あの時、俺のすぐ目の前に……ギロチンの刃によって切断された涼香の首が転がってきて。

 その涼香の首からも、甘い『ミントの香り』が漂ってきたのを憶えていた。



 という事はつまり、あれもそういう事になるのか?


 玉木が女神教のリーダーとして、生き残っていたように。もしかすると、涼香(りょうか)も実は……。



「お〜〜いっ! 彼方〜〜く〜〜ん〜〜っ!!」


「うおおぁぁああぁッ!?」



 ”――ふごッ、ふごッ、ふごごッッ!?”



 いつの間にか俺の口の中には、大量の『鮭おにぎり』が放り込まれていた。


 どうやら目の前にいる玉木が、考え事に集中していた俺の口をこじ開けて。コンビニの鮭おにぎりを無理やり手で押し込んできたらしい。


「にゃッ……!? にゃにを、ふるんだほぉぉ〜! 玉木ぃ〜〜ッ!!」


 口の中が、鮭とご飯粒だらけになり。上手く喋る事の出来ない俺が、ふがふがと(のど)を詰まらせながら玉木に注意をすると。


 その様子を近くから見ていた玉木とフィートの2人が、おかしそうに腹に抱えながら大笑いを始めた。


「にゃっはっはっ〜! 大好きお兄さんも猫語を話すようになったのかにゃ〜? 仲間が出来てあたいも嬉しいのにゃ〜!」


「もう〜! 彼方くんが私達の事を完全に置き去りにして、1人で妄想全開の危ない世界にトリップしちゃってたから悪いんでしょう〜? だから大好物の鮭おにぎりを食べさせて、元気になって貰おうとしたんじゃないの〜!」


「ゴホッ、ゴホッ! だ、だからって……こんなにも沢山の鮭おにぎりを一気に口に突っ込む奴がいるかよ! まったく、お前って奴は……!」



 あっけらかんとして、ニヤニヤと微笑むイタズラっ子達2人の顔を見て。

 俺も思わず釣られて、クスクスっと笑ってしまった。



 ふぅ〜。そうだな……。

 過去の出来事を考察する事も大事だけれど。これからどうするべきかについてを、まずは優先的に考えるべきだった気がする。


 まずはみんなと一緒に、この迷いの森から離れよう。そして改めて今後の行動を決めようと思っていた事を、玉木達のおかげでようやく思い出す事が出来た。


 それに俺が今さっき考えていた内容は、まだあくまでも俺の推論でしかない。

 旅の道中で、その事をククリア達とゆっくり話し合ってみるのも良いかもしれないな。



「――よーし! まずは迷いの森から出て、カラム城に戻ろう! そこで情報収集をして、今後の方針を決めたいと思う」


 ちょうど、パティの変身した偽のレイチェルさんにまんまと騙されて。森の奥に走っていってしまったアイリーンとセーリスの2人も、無事にコンビニに戻って来てくれた所だった。



 みんなから事の真相を聞かされた2人は、もちろん大激怒をして。烈火の勢いで、偽レイチェルさんを演じた犯人のパティを探し回ったのだが……。


 既に大量のチョコミントを食べ終えたコンビニスイーツの神(笑)は、コンビニ支店の中の水洗トイレに鍵を掛けて立て籠ってしまっていた。


 俺は以前、コンビニのトイレには厳格なルールを設けて、全員にきつーく言い聞かせた事があった。


 それは3軍のクラスメイト達と初めて合流を果たした時に、トイレの順番待ちの争いが絶えなかった為。いついかなる時においても、コンビニの『トイレ周辺における争い事は全て厳禁』という店長ルールを特別に設ける事にしたのである。



 パティはそのルールを知ってか知らないでか、今回は見事に逆手に取り。


 神聖不可侵の安全地帯と化したコンビニトイレの中に、完全に立て籠ってしまい。そのまま決して外に出てくる事は無かった。


 おかげで、トイレのドアの前に正座で座り込み。パティが外に出てくるのを待つアイリーン達と、永遠にトイレから外に出てこないパティとの、謎の膠着(こうちゃく)状態がしばらくコンビニの中で続く事となってしまったのである。



 あーあ、やれやれ……。

 もうこれは放っておくしかなさそうだな。


 コンビニの守護者同士の身内争いについては、俺は静観させて貰う事にするからな。


 それにどうせすぐ、仲直りしてくれると思うし。

 今はコンビニのトイレ周辺での謎の争いには、店長として不干渉を貫かせて貰おう。



 なので、他のみんなには一時的にトイレを使用する時は、コンビニの地下シェルターにあるトイレを利用して貰うようにお願いする事にした。


 そうそう……。地下シェルターといえば、俺はさっそく地下シェルターの中でまだ眠りについている『冬馬このは』の様子を確認しに行く事にした。



 地下シェルターの奥のスペースには、ブルークリスタルに収納された冬馬このはが、依然として眠り続けている。そしてそのすぐ横で、濡れタオルを手に持ったククリアが付きっきりで看護をしていた。



「ククリア、冬馬このはの様子はどうかな? やっぱりまだ目覚めるのには、しばらくの時間がかかりそうなのか?」


 俺に声をかけられたククリアは、こちらを振り返り。

 外見年齢相応な可愛い笑顔を浮かべて、俺に優しく話しかけてくれた。


「コンビニの勇者殿、そうですね……。このは様は肌の色艶(いろつや)もだいぶ良くなり、心臓も正常な速度で鼓動をし始めています。きっと長い期間ずっと眠りにつかれていたので、体が最適なタイミングで起きれる機会を伺っているのかもしれませんね」


「つまりそれは、いつ目が覚めてもおかしくはない状態という事なんだな?」


「ハイ、そうなります。もうすぐ約300年ぶりに、『動物園(アニマル・ズー)』の勇者である冬馬このは様は、この世界で目を覚まされる事でしょう」



 俺はブルークリスタルのケースに体を横たえている、冬馬このはの顔を改めて見つめてみた。


 確かに……以前に見た時よりも、遥かに肌の血色が良くなっているように感じる。


 穏やかな雰囲気があり、知性を感じさせる端正な顔立ち。モデルのように背が高く、魔王化した時に変色してしまったという、真っ白な長い髪が特徴的な和風な雰囲気のある美人だと改めて思った。



 今回の女神の泉を訪問するという旅の目的は、元々2つあった。


 1つはまだ遺伝能力(アンダースキル)に目覚めていない、ティーナの秘められた能力を覚醒させる事だ。


 それはもう、完全に達成する事が出来たとみて間違いないだろう。


 ただ、俺が思っていたような控えめな能力とは違い。この世界のルールやバランスを崩しかねない、あまりにも強力過ぎる遺伝能力だった為。

 ティーナには、今後も出来るだけその能力は人前では使用しないで欲しいと、お願いをするような結果になってしまったけどな……。


 でも、コンビニ共和国陣営としても。ティーナの新能力によって、どのような事が実現可能になるのか。それを研究していく事は重要だと思う。


 

 そしてもう1つの、ある意味こっちがメインともいえる。女神の泉を訪問する第一の目的だったのが――。


 眠り姫となっている『動物園の魔王』、冬馬このはを目覚めさせる事だった。


 それによって、北の禁断の地にいるコンビニの大魔王と対抗出来るだけの戦力増強を目指す……というのが俺達の旅の主な目的だったのは間違いない。


 

 全てが終わり、冬馬このはを無事に女神の泉に入れる事が出来たけど。まだ、すぐには目覚める訳ではないという状況に、少しだけソワソワしてしまっている感覚が俺にはあった。

 


「――コンビニの勇者殿。このは様が目を覚ました時に、必ずこのボクがそばについていなければなりません。ですのでこれからは片時も離れずに、このは様の近くにいようとボクは決めているのです」



 ククリアは決意を秘めた真剣な目つきで、冬馬このはの事を見守っていた。


 魔王化するとほぼ同時に、深い眠りについてしまい。そのまま能力だけが暴走状態になってしまったという、冬馬このは。

 もしかしたら、本人は自分が『魔王』になってしまったという自覚さえないんじゃないだろうか?


 あまり考えたくはないが、必ずしも動物園の魔王である冬馬このはが、俺達の仲間になってくれるという確信がある訳でもない。


 だからこそ、魔王軍の4魔龍公爵の唯一の生き残りであり。動物園の勇者の守護者でもあった、メリッサと同化をしたククリアがそばに付いて。

 目覚めた後の冬馬このはの、心のアフターケアをしてあげるのは、最重要な課題となっていた。



 冬馬このはが目覚めるのが、2〜3日後か。あるいは、1〜2週間後なのかはまだ分からないけれど。


 目覚める事が自体はもう確定しているのなら、あらかじめ準備もちゃんとしておくべきだと思う。



 コンビニ支店の地下シェルターの中もいいけど、出来れば誰にも知られていないような場所に、冬馬このはの体を隠したい所だな。


 魔王領にいた、忘却の魔王達が全て居なくなってしまったのだから。女神教の連中がこちらに向かって、反転攻勢してくる可能性も十分にあり得る。


 その為にも、まだ冬馬このはが生存しているという情報が外部に漏れたりはしていないだろうけれど。最低でも、ちゃんと目覚めるまでは……何としても、女神教の連中には見つからないようにする必要があるだろう。



 そんな事を俺はまた1人で『うーん』と腕組みをしながら、深く考えていると。



 今度はイタズラっ子の玉木とフィート達ではなく。

 ティーナが俺の目の前に現れて、少し慌てた様子で声をかけてきた。



「大変です、彼方様! すぐに、コンビニの外にまで来て下さいませんか!?」


「えっ、どうしたんだよ……ティーナ? そんなに慌てて、外で何かあったのか?」


「それが、コンビニ支店の周囲を取り囲まれてしまったんです!」



 ――何だって!?


 取り囲まれているって、それはまさか……敵の事なのか? コンビニが再び敵襲されているというのか?



 俺は呼ばれるがままに、ティーナに手を引かれて。慌ててコンビニ支店1号店の外に飛び出てみた。



 さっきまで移動中だったはずの、コンビニ戦車はいつの間にかに道の途中で停止していた。


 周りを見ると、まだ緑色の木々にコンビニは囲まれている。という事はここはまだ、迷いの森の中という事なんだろうな。



 手を繋いだティーナと一緒に、店の外に出て。

 コンビニの周囲の地面を、注意深く観察してみると――。



 そこには……。



『ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ』

『ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ』

『ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ』

『ゲコゲコゲコペィペィゲコゲコゲコゲコゲコゲコ』



 仮想夢の中で何度も見慣れてきた、迷いの森の入り口付近の風物詩の光景。


 大量の緑色のカエル達が、ペンキで色を塗ったかのように、緑色に大地を埋め尽くし。

 コンビニの進路を完全に封鎖して、道を塞いでしまっている光景が目に入ってきた。


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