第三百五十二話 虚無の空間②
「何で水無月があそこに居るんだ? それに、もう一人、水無月のそばにいるのは……」
断頭台に体を完全に固定され。
口には猿ぐつわを噛まされて、言葉を発せられない状況にされている俺の元クラスメイトの2人。
水無月と一緒にいる、もう一人の女性は、そうか……思い出したぞ!
あの女の子は、クラスメイトの新井涼香だ。
涼香は確か『ハサミ』の能力を持つ勇者で、補欠の2軍のメンバーとして、グランデイル王宮の屋敷に住んでいたはず。
元々、涼香はサッカー部の副主将をしていた水無月にぞっこんで。放課後はいつも、水無月と仲良く話しながら帰っていたのを覚えていた。
「涼香は俺のコンビニにも、水無月目当てで、たまに遊びに来ていた事があったけど……。でも、どうしてその2人がギロチン台に体を拘束されているんだよ?」
水無月は旧ミランダ王国領での戦場で、黒い戦車隊の砲撃を受けて戦死したはず。それはこの俺が、直接目の前で見て確認をしたから間違いない。
それに2軍の勇者だった新井涼香も、グランデイル女王のクルセイスによって、他の2軍のメンバー達と共に、電撃で体を焼かれて死亡していたはずだ。
そんなもう、この世にいるはずがない2人が公衆の面前でギロチン台に拘束されているなんて……。
俺は目の前で起きている状況が、全く理解出来ないでいた。一体ここは、どういう場所になっているんだ?
水無月と涼香は、今にも自分達の真上に落ちてきそうな、恐ろしいギロチンの刃に怯えながら。震える体で、互いを見つめ合い、必死に恐怖に耐えて励ましあっているようだった。
もしかして、この光景は……。
俺がいる『今の時代』とは違う、この世界の過去に実際に起きた光景なのだろうか?
だとしたら、あそこにいる水無月達は、過去にこの世界に召喚されたクラスメンバーなのだろう。
さっき俺が強制的に見せられた『玉木の処刑シーン』もきっとそうなんだ。
ここはきっと5000年前に、コンビニの大魔王となった秋ノ瀬彼方と共に召喚された、クラスメイトの仲間達が経験した、過去の出来事の光景なんだ。
断頭台の前に集まる、多くの群衆に向けて。
黒い仮面を被った女神教の男達が、コンビニの勇者の仲間達を断罪する告発文を読み上げ始める。
「――聞け、皆の者! ここにいる2人は、コンビニの勇者の仲間である『槍使い』の勇者の水無月洋平と、『ハサミ』の勇者の新井涼香である。この者達は世界を破滅に陥れたコンビニの勇者と共に魔王と手を組み、この世界に混沌と破壊をもたらそうとしたのだ!」
『殺せーーーーッ!!』
『コンビニの勇者の仲間は全員、皆殺しにしちまえーーーッ!!』
まるでさっき見た玉木の処刑シーンの光景のデジャブのように。
コンビニの関係者の抹殺を声高に叫ぶ、大勢の街の人々。
やめろ……。
もう、やめてくれよ……!
これ以上、俺の仲間を殺さないでくれ。
これ以上、俺の仲間が無惨に殺されていく光景を、俺に見せつけないでくれ……!
俺は粘り気のある泥沼の中を、ゆっくりと掻き分けて進むように。必死に群衆の中を突き進んで、広場の中央部へ向かおうとする。
ここが、さっき見た過去の光景と一緒なら。
今の俺には、『コンビニの勇者』としての能力は何も無いはずだ。
それどころか、鏡が近くにないから確かめられないけれど……。きっと今の俺の姿は、『秋ノ瀬彼方』ですら無いのだろう。
もしかしたら、過去にこの広場での処刑の様子を見ていた『街の群衆の中の誰か』の意識に。未来からきた『俺』の意識が、突然憑依しただけなのかもしれない。
だけど、それでもだ……!
目の前でクラスメイトの水無月や、涼香が殺されそうになっているのを、この俺が黙って見ていられるはずがないじゃないか!
俺は無言で、興奮する群衆の波を必死に割いて。
少しずつ前に向かって前進していく。
ここで『やめろーーッ!』なんて、大きな叫び声をあげようものなら。きっと玉木の時と同じように、街の人達に囲まれてボコボコにされてしまうだけだ。
だから、俺は誰にも気付かれないように。
静かに水無月達を救いにいかないといけない。
あと少し……。
あと少しで、水無月と涼香の所に辿り着ける。
水無月とはミランダの地で死に別れて以来、俺の中でずっと後悔の想いが残っていた。だから水無月にまた会えたのなら、伝えたい事もいっぱいあった。
あそこにいる水無月は、俺の知っている水無月とは違う存在なのだとしても。今はそんな事は関係ない。水無月に会って、一言でも声をかけられるのなら……俺は心から謝りたかったんだ。
未熟な俺のせいで、お前の命を失わせてしまった事を――。ずっとずっと償いたいと、心に願って生きてきたのだから。
ようやく、広場の中央近くにまで辿り着く。
でも、水無月達を拘束している断頭台の周囲には、真っ黒な鎧を着た騎士達が、横一列に整列して警備をしていた。
大きな槍を持ち、断頭台への侵入者を拒む真っ黒な騎士達の防壁には、小さな猫一匹さえ入り込む余地は無さそうだ。
「くそッ……! ここを超えないと、俺は水無月と涼香を救う事が出来ないっていうのに!」
『おい、貴様、そこで何をしているッ! この先への通行は許さぬぞ!!』
群衆の中から体を乗り出して前に出てきた俺の顔を、黒騎士の1人が手加減なしに、槍の棒部分で思いっきり叩きつけてきた。
”――ドスッ……!!”
「ぐぅっ……!!」
額が割れて、頭の上から大量の血が滴り落ちてくる。
俺は地面の上に腰を落とし、その場で体をよろけさせて倒れ込んでしまった。
「ハァ……ハァ……。水無月、涼香……ッ!」
必死に手を伸ばしても、クラスメイト達の元には辿り着けそうにない。
――その時だった。
“”ズシャーーーン!!“”
広場の中央に設置された断頭台から、大きな金属音が鳴り響いてきた。
さっきまでの喧騒が嘘のように、一斉にシーンと静まりかえる群衆達。
……コロッ、コロッ……コロ……。
何かボールのような大きさの物が、2つ同時に。
ちょうど俺の目の前に向けて、断頭台から転がり落ちてきた。
そして、その2つの丸いボールに付いている『目』と。地面に横たわっていた俺の視線が重なる。
『うおおおおォォッーーー!! やったぞーーー!! 魔王の手下の勇者が死んだぞーーー!!』
一瞬の静寂が、嘘のように。
猛烈な勢いで湧き上がるような歓声が、広場に集まる全ての人々から同時に発せられた。
それはまるで、パレードのようなお祭り騒ぎだ。
派手なお祭りでも始まったかのように、人々は互いに祝福しあい。俺のクラスメイト2人の首が、ギロチンの刃で切り落とされた事を心から喜びあった。
「ううっ、うっ、水無月……涼香……。すまない、本当にすまない………」
俺は嗚咽を漏らしながら、人目もはばからずに。
大喜びをする街の人達とは対照的に、その場でひたすらに大号泣をした。
最初から分かっていたんだ。
今の俺は……コンビニの勇者なんかじゃない。
だからどんなに足掻いても、ギロチン台に拘束された、処刑寸前の2人を助けてあげられない事くらい、本当は全部分かっていたさ。
でも、でも……。こんな事って……。
「何で、何で俺の仲間達がこんな悲惨な最期を迎えないといけないんだよ! クソがあああぁぁぁ……!!」
額から流れ落ちてくる赤い血と、両目からこぼれ落ちる滝のような涙が混ざり合い。
体に残された全ての水分が、外に一気に流出してしまったかような、脱力感と無力感に襲われる。
チート能力が無い、普通の『一般人』って存在は、こんなにも無力なものなのかよ……。
存在するだけで、最初から特殊な能力持ち状態でいられる異世界の勇者が、いかに規格外な存在なのかを、改めて俺は痛感してしまう。
目の前に転がっている、水無月と涼香の切断された首を俺はじっと見つめて――。
心のどこかで、また不思議な『違和感』を感じてしまっていた。
「――何だ? また、甘いミントの匂いがするぞ……。この匂いは、涼香の首の方から匂ってきているのか?」
この甘い匂いには、俺は心当たりがある。
なにせ最近、俺のコンビニがレベルアップするたびに、この甘いミントの匂いを放つ食べ物ばかりが、コンビニのメニューに追加されていたからな。
それじゃあ、まさかこれは……?
俺がちょうど訝しげな視線で、涼香の首を見つめていると――。
突然、ギロチンで首を切り落とされて死んだはずの涼香の首の目が……開いた。
「うぉああああァァァーーーッ!?」
涼香の生首は、真っ直ぐに俺の事を見つめてきて。
そして、口元をニヤリと歪ませて笑いかけてくる。
俺は、その恐ろしい光景を見て。
完全に心が発狂して、放心状態に陥ってしまう。
そこで俺の意識は、またプツリと途切れた――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
暗黒の世界の中で、ジェットコースターに揺られるように猛スピードで飛ばされていく俺の意識は、次はまた別の場所に移動をして、目を覚ました。
「……ここは、どこなんだ? 今度は一体どこに俺は飛ばされてしまったんだ?」
体が上手く動かせない。
――何だ? 怪我をしているのか?
どうやら腰を強く打ちつけてしまっているらしく。 どんなに力を入れても、体を上手く起き上がらせる事が出来なかった。
「ここは、どこかの街の入り口なのか……?」
キョロキョロと周囲を見回すと。
付近には、悲鳴をあげながら慌てて逃げ惑う人々が溢れかえっていた。
目をよく凝らすと、街の外から大量の黒いリザードマンの姿をした魔物達が押し寄せてきているのが見えた。
「みんな逃げろーーッ、魔王軍が押し寄せてくるぞーーッ!! 早く街の中に避難するんだーー!!」
大声をあげて街の中に避難していく人々。
でも俺は、負傷している腰の痛みのせいで。体を起こして、街の中に避難していく集団についていく事は出来なかった。
「クソ……ダメだ……! 全く体が動かせない。頼む、誰か、俺も街の中につれていってくれ!」
逃げる事に夢中になっている人々は、怪我をして道の真ん中に倒れている俺の事など、全く眼中に入らないようだった。
もし、このままここに置いていかれたら。俺はあの押し寄せてくる黒いリザードマンの大群に、きっと殺されてしまうんだろうな。
そう思って、半ばもう……生きる事を諦めかけていた俺の目の前に。
奇抜な衣装を着た謎の2人組が、テレビアニメのヒーローのように颯爽と姿を現した。
「よっしゃ〜! 今度の魔王軍はブラック・リザードマンの大群ね! デイトリッシュ、あたしがここで敵を食い止めといてあげるから、あんたは街の中の人達をちゃんと守ってあげてよねー!」
「分かったよ、ミレイユ。じゃあ僕は街の中の安全を確保してくるから、後の事はキミに任せたよ!」
「まっかせなーーっ! 世界一心の優しい『このは様』の名にかけて。このあたしが誰一人として、人間達に犠牲を出させないように、街を守ってみせるからさー!」
こ、この2人は……!?
俺には目の前に現れた、奇抜な衣装を着た2人組の顔に身覚えがあった。
1人はタキシード姿に黒マントをつけて。赤髪の頭の上に、黒のシルクハットを被った怪しげなマジシャン風の外見をした男。
そしてもう1人は、深緑色の全身マントを身にまとい。綺麗なエメラルドグリーンの瞳を持つ、黒髪の小さな少女だ。
俺はかつてこの2人と直接戦った事があるから、コイツらの事はよく知っている。
そう――こいつらは『動物園』の魔王、冬馬このはに仕えている、魔王軍の4魔龍侯爵達。
緑魔龍公爵のミレイユと、赤魔龍公爵のデイトリュッシュじゃないかよ……。
な、何でこいつらがまだ生きていて、こんな所にいるんだ?
目を見開いて驚愕する俺を尻目に、赤魔龍侯爵は急いで街の中に向かっていき。
緑色の少女の緑魔龍侯爵はこの場に残り、無数の数で押し寄せてくる黒いリザードマンの大群に向かって飛び込んでいく。
「さあ、いっくよーー! みんな、好きに暴れちゃっていいからね! やっちゃいなーーッ!!」
緑魔龍侯爵の立つ場所の周囲の地面から、突如として『巨大なカエル』の群れが出現した。
緑色の巨大カエル達は、街に押し寄せてくる黒いリザードマン達を……まるでそれが自分達の『好物のエサ』であるかのように。
大きな舌を伸ばしてペロリと、一斉に丸呑みをしながら前に突進していく。
驚いた事に、地面から飛び出してくる巨大カエル達の数はあまりにも膨大で。既に敵のリザードマン達を遥かに上回る圧倒的な数で、リザードマンの大群を街から勢いよく押し返していく。
「こ、これが……冬馬このはに仕える、守護者達の実力だというのかよ……!?」
無限に動物を生み出す事の出来る、冬馬このはの実力は、大昔の『伝説の大魔王』の再来と言われるほどに、女神教からも恐れられていたという。
俺は今まさに、その凄さを実感出来た気がした。
こんなにも凄まじい数の生き物を無限に召喚出来るのなら、味方も敵もたまったものじゃないはずだ。
驚愕の光景を目にして、地面の上に横たわりながら体を震わせている俺の元に。
緑色の小さな女の子が、ゆっくりと近寄ってきた。
「おーい! あんた、大丈夫かー? デイトリッシュの奴、怪我人を置いていくなんてホントにサイテーだねー。まあ、でも安心してね! あたしがちゃーんと、あんたを街の中に避難させてあげるからさー!」
そういって、片手でヒョイと俺の体を持ち上げ。
まるで重みなど、何も考慮しないかのように。
小さな背中に俺の体を背負って、ゆっくりと歩いていく緑魔龍侯爵。
「お、お前は……本当にあのグリーン・ナイトメア、なんだよな……?」
「はぁーん? 何だよ、その『グリーンピース』みたいな変な呼び名はさー。あたしには、ミレイユっていう可愛い呼び名があるんだよ。だから、しっかり覚えておいてくれよなー」
俺の記憶の中にある、緑魔龍侯爵の姿と。今、怪我人を背負って歩いている、小さな女の子の姿が全く重ならずに困惑してしまう。
でも、そうか……。
今この瞬間に俺の体を背負って運んでくれているミレイユは、きっと冬馬このはがまだ『動物園の勇者』として、魔王軍と戦っていた頃の姿なんだ。
それがやがて、女神教や人間達に裏切られて。
この世界の人間全てを憎む、残虐で恐ろしい魔王軍の4魔龍侯爵となる前の……。この世界を平和に導く勇者に仕えていた時の光景なんだろうな。
緑色の小さな女の子は、俺をちゃんと街の中の診療所にまで運び届けてくれた。
そして、明るい笑顔で手を振りながら。
再び街の外に向かって歩いていく。
「じゃあねー、達者でなー! いつか、このは様が必ず魔王を倒してこの世界を平和にしてみせるから。それまで、もう少しだけ待っていてくれよなー!」
俺に手を振って、ゆっくりと歩き去っていく小さな女の子は、突然立ち止まり。
再びこちらに振り返ると、俺に遠くから大声で呼びかけてきた。
「おーい、やっぱりさー! さっきあんたが言っていた『グリーン・ナイトメア』って呼び方。結構、格好良いかもしれないなー! もしかしたらあたしの『二つ名』として、これから使わせて貰うかもしれないから、そん時はよろしくなー!」
黒髪の小さな女の子は子供のように、はにかむような笑顔を見せて、遠くからウインクをする。
そんな不思議な光景を見届けて――。
俺の意識はそこで、再度プツリと途切れてしまう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
一体どこまで、俺の意識は流され続けるのだろう?
黒い暗黒空間の中を、永遠に止まらないジェットコースターに乗りながら。
ひたすらぶつ切りにした過去の場面を、強制的に見せられていく。
まるで永遠に終わらないドキュメンタリー映画を、映画館で見せられているかのようだった。
気付いた時には、俺の意識は――また『次の過去の場面』に向かっていた。
「……………」
今度は、どこなのだろう?
今までと違うのは、視界が何も『見えない』事だった。
見えない、何も見えないぞ……。
違う、これはきっと、俺の瞼が開かないんだ。
もしかしたら今の俺の体には、『目』が付いていないのかもしれない。
体を動かせない。
特に足の感覚が、全く無いのが分かった。
『目』も『足』も既に失ってしまっている今の俺の体は……。何かの椅子の上に縛りつけられて、どこかで強制的に座らされているようだった。
真っ暗な暗黒の視界の中で。
唯一の無事な両耳から、かすかに周囲から聞こえてくる声だけが耳の奥に入ってくる。
「――さあ、無限の勇者のレイモンドよ! 汝の犯した罪を悔い改めるがいい!」
「やめろ……ッ!! 頼むからもう、それ以上、カステリナを傷つけないでくれ!! 神父さん……僕はあなたの事を信用していたのに、どうしてこんな酷い事を僕らにするんだッ!!」
……神父?
それに、カステリナだって?
この会話は一体、『誰』と『誰』がしているものなんだ?
目を開く事が出来ない俺には、自分の周囲の様子を確認する事が出来なかった。
「……フッフッフ、最初からこうする手筈だったのですよ、無限の勇者のレイモンドよ。私達女神教は、あなたを魔王へと覚醒させる事が目的だったのですから。さあ、もっと怒りで我を忘れるのです! 今からあなたの大切な恋人を、もっともっと残酷に切り刻んであげますからね」
「この……人間のクズ共があああぁぁぁッ!! カステリナ、待っていてくれ! 今、僕が必ず君を救い出してみせるから! この無限の勇者であり、無限に聖なる光を剣に灯し続ける事の出来る、『白銀剣』の勇者の僕が……必ず君をそこから助け出してみせる!!」
「し、神父様……! この女の体から、何か黒い物が漏れ出てきています。これは、一体何なのでしょうか?」
「――ん、どうしたのですか? ……こ、これは!? 一体、どういう事なのだ!?」
地面がゆっくりと振動しているのを感じる。
まるで大地震のように。
この世界の全てが、大きく揺れ動いているように感じられた。
「な、何だコレは……!? この女の体から無限に『闇』が溢れ出てくるぞ? これは、まさか!? この女も『無限の勇者』だったとでもいうのか……?」
「し、神父様……!! このままではっ!!」
「急げ、撤退だ……! これでは、この世界の全てが無限の闇に飲みこまれてしまうぞ!! ――ハッ!? う、うぐぁああアァァァァァ!?」
真っ暗な闇が、絶望の感情が、体の内側から次々と溢れ出てくるのを感じる。
俺の体の奥底で黒い何かが、広がっていき。
そして周囲にいる、全ての人間の『負の心』を吸収していくのが分かった。
「カステリナ、目を覚ますんだ! 僕が分かるかい? 君の恋人のレイモンドだよ! お願いだ! 目を覚ましてくれ、カステリナ!! うわぁぁあぁァァァ!?」
何か――『白い光』を飲み込んだ気がする。
そして、そこでまた――プツリと俺の意識は強制的に切断された。
……………。
……………。
それから、俺は何度も何度も。
この世界の過去に起きた絶望の光景や、虚無の記憶を見せられた。
もう、どれくらいの時間を――この暗黒の空間の中で、彷徨っていたのかも分からなくなる。
……ただ、疲れた。
俺の意識が、秋ノ瀬彼方である意識が、闇に完全に溶け込みそうになっているのが分かる。
このまま、俺はもう……。
この虚無の空間から、永遠に外に出る事は出来ないのだろうか?
それを考えている事が辛くなる。
頭の中で思考をする事が、心を苦しめる。
何も考えなければ、きっと楽になれる気がした。
このまま完全に闇に溶け込んでしまえば、もう何も考えずにすむのかもしれないな……。
もう永遠に、絶望の光景を見続けないで済むのかもしれない。
その時、暗闇の中で――。
微かに小さな白い光が見えた気がした。
光など何も無い、無限に広がるこの暗黒の空間の中で。小さな星のように、白い光がかすかに灯っている場所が見えてくる。
俺の意識はそこに吸い寄せられるように。
必死に最後の力を絞って、闇の中で手を伸ばして……白い光の点をめがけて泳いでいく。
暗黒の闇の中で見つけた、唯一の希望の光。
――でも、この光はどこかで見たような気もした。
気づくと俺の体は……。
いつの間にか、どこか硬い床の上に寝かされているようだった。
そして、静かにそこで目を覚ます。
目をゆっくりと開くと。俺の目の前には、青い髪をした若い男の姿が見えてきた。
「――やあ、やっと目を覚ましたみたいだね! 良かった。僕はずっと君の事を待っていたんだよ」
「……お前は、一体……誰なんだ?」
青髪の若い男は、優しい笑顔で微笑むと。
俺の顔に手を当てながら、自己紹介をしてくれた。
「僕は『無限の勇者』の1人――白銀剣の能力を持つ勇者レイモンドさ。君をずっと待っていたんだよ、コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方くん」