第三百五十一話 虚無の空間①
ここは、一体どこなんだ……?
どうして玉木があんな所にいて、しかも手足を縛られながら、磔台なんかに拘束されているんだ……?
今の状況を必死に整理しようとしても、おかしい、何も思い出せない……。どうして俺はこんな所にいて、そして今まで何をしていたのだろうか?
直前の記憶と、今現在の――『俺』の意識がリンク出来ない。
ひどい頭痛がするし、分からない事はまだいっぱいある。……でも、今はそんなのは全て後回しだ!
あそこに、俺のクラスメイトの玉木がいるんだ。
中学の時から一緒に過ごして、親友の杉田と一緒に学校の放課後にゲームをして楽しく遊んで。一緒にクリスマスを過ごした想い出も持つ、俺の大切な玉木が……あんな所にたった1人で縛りつけられているんだ。
早く、早く、玉木を助け出してあげないとッ!
『コンビニの勇者の仲間めーーッ!! 早く死んじまえーーッ!!』
広場に集まるもの凄い数の群衆達が、一斉に地面に落ちている小石を拾い上げては、それを無抵抗の玉木に向けて放り投げ始めた。
広場の中央部分までは、距離が遠いので。それらの投石が全て、白い磔台に拘束されている玉木に命中をしている訳ではないが……。
決して少ないはない数の小石が、無抵抗な状態の玉木の体に命中し。拘束されている玉木の全身から、真っ赤な血が流れ出ていた。
「……こ、このクソ野郎ども……!! 俺の玉木に何をしやがるんだよ!! 今すぐ、その石を投げるのを辞めやがれ! さもないと全員、この俺がぶっ飛ばしてやるからなッ!」
怒りで我を忘れた俺は、すぐ近くにいる街の男達の服を掴み上げる。そして思いっきり、その顔面を殴りつけてやった。
「――痛えぇぇ! てめえ、何をしやがる!!」
俺に殴られた街の男は、睨みつけるように俺の顔をマジマジと至近距離から凝視してくる。
「うるせえッ!! 今すぐに、玉木に石を投げるのを辞めろって言ってんだよ! このクソ野郎がッ!!」
「何だと? コイツ……もしかして、あの裏切り者のコンビニの勇者の関係者なのか!? あそこにいる暗殺者の勇者は、世界中に疫病を広めた邪悪な勇者の仲間なんだぞ! 俺の親父だって、コンビニの食べ物を食ったせいで、血を吐いて死んじまったんだからな!」
「ハァ……? 裏切り者のコンビニの勇者だって? お前は一体何を言ってるんだ?」
「チッ、まだコンビニの信奉者が街に紛れてやがったのかよ! おい、みんなコイツはコンビニの勇者の関係者だぞ! 全員でボコボコにしてやろうぜ!!」
群衆の中で取っ組み合いになっていた俺達の元に、周囲にいた街の若い男達も参戦してくる。
もちろん男達が加勢をするのは、俺じゃない。
俺と殴り合いをしていた、玉木に向かって思いっきり石を投げつけていた男の方にだ。
「この、コンビニの勇者の関係者め! まだ生き残っていやがったのかよ! 全員で叩きのめして、女神教の神父様の所に引きずり出してやれ!!」
「コンビニの信奉者は一人残らず、俺達の街から追い出してやるんだ! 邪悪な魔王と手を結んで、この世界に破滅をもたらしたコンビニの勇者を、俺達は絶対に許してなんかやるものかよ!!」
気づけば俺は、いつの間にか数十人を超える街の人々に取り囲まれていた。
そして一斉に集団で殴りかかられ、俺は防戦一方の状態にされてしまう。
……いや、防戦どころか、これじゃあ袋叩きだな。陰湿な学校の集団イジメにあったかのように、全員が一斉に俺に対して手当たり次第に攻撃を仕掛けてくる。
そんな街の人間達の攻撃に対して、俺は一切対抗する事も、反撃をする事さえも出来なかった。
えっ? おかしいぞ。どうしてなんだ……?
コンビニの勇者の俺が本気を出せば、こんな一般人達なんかには、絶対に負けるはずがないのに。
いや、それどころか……。俺自身が『コンビニの勇者』本人であるはずなのに、どうしてコイツらは俺の事を、コンビニの勇者の関係者だなんて言いながら殴りつけてくるんだ?
一体、今の俺は――どういう状況になっているのだろう?
混乱をして、つい油断をしてしまった俺の後頭部を、手に石を持った誰かに思いっきり殴りつけられてしまった。
俺はあまりの痛みで……地面に倒れ込む。
すかさずその上から、手加減を全く知らない野蛮な男達が、俺の体を何度も何度も蹴りつけてくる。
背中を蹴られ、顔面を踏みつけられ。俺は両手両足を丸めて、体を丸めたダンゴ虫のような態勢をとり。
今はひたすら、その場で痛みに耐え続けている事しか出来なかった。
クソッ、何でなんだよ……?
何でコイツらは、こんなにもコンビニの関係者を憎んでいるんだよ?
そしてあんなにもクラスメイト想いで、心の優しい玉木に向かって、何で石なんかを投げつけていやがるんだよ……。
俺に『コンビニの勇者』としての本来の力あれば、こんな奴ら、全員一気にひねり倒してやれるのに。
俺はあの砂漠の魔王、モンスーンともタイマンで戦えた最強の勇者なんだぞ?
過去にはこの世界を全て支配したという、コンビニの大魔王の力を引き継いだ伝説の勇者だというのに。
それなのに、何で今の俺は……。
こんな有象無象の一般市民達なんかに取り囲まれて、集団でやりたい放題にボコられちまっているんだよ。
クソっ……!
俺は早く玉木を助けないといけないのに!
こんな奴らに構っているような時間は無いんだ。俺は、俺は……あそこに捕えられている玉木を、この手で救ってやらないといけないんだ……!!
『―――やめろーーーーッ!!』
その時、大観衆の集まる広場の後方から。
若い男の大きな叫び声が聞こえてきた気がした。
広場にいた人々が、一斉にシーンと静まり返る。
全身の隅々を男達に強く蹴り飛ばされ。既に鼓膜が破れるほどの、深いダメージを負っていた俺の耳には、よく聞き取れなかったけど……。
誰かが、広場の後方から大きな叫び声をあげたらしかった。
「ハァ……ハァ……。玉木……待っていろよ……」
状況はまだ、よくは分からないが。
真っ黒な憎悪に染まった群衆の動きが、いったんピタリと止まった今が最大のチャンスだ。
街の人々が、広場の後方に出現した謎の人物に注目をしている間に――。
俺は地面を這いずりながら、ゆっくりと広間の中央にある、磔台に拘束されている玉木の元へと向かう。
「待っていろよ……玉木……! 今、俺が必ずお前をそこから助け出してやるからな……!!」
ズリ……ズリ………。
まるで芋虫のように。情けなく地面を這いずりながら、俺は少しずつ、少しずつ、群衆の足元を必死に潜り抜けながら。
広場の中央部に向けて、ほふく前進を続けていく。
さっきまで玉木に向けて、激しい罵声を浴びせ。怒りに身を任せて石を投げつけていた群衆は、今度は広場の後方に出現した、新しい人物に向けて怒声を浴びせかけているらしい。
そいつが一体誰なのか、何者なのかは、両耳を潰されてしまった俺にはよく聞き取れないが……。
取り敢えず今は、礼を言わせて貰うぜ。
俺が玉木をあの白い磔台から救い出すまでは、そのまま時間を稼いでいてくれると助かるんだが……。
あと少し……。
あともう一息で、玉木の元に辿り着く事が出来る。
痛かったよな。
苦しかったよな、玉木……。
もう、大丈夫だぞ。この俺が、お前を必ず助け出してやるからな……。
どうして玉木があんな所に吊るされていて、街の人々から憎悪を向けられているのかの理由は分からない。
でも、よくは分からないけれど……。
きっと全部、俺のせいなんだと思う。
街の人々は、心の底から『コンビニの勇者』を憎んでいるようだった。だからコンビニの勇者の関係者として、もし玉木も人々に憎まれてしまっているのなら。
――全部、俺がいけないんだ。
俺が玉木に苦しい思いをさせてしまった、全ての原因に違いないんだ。
だから、絶対に助け出してやらないと!
俺の大切な玉木に手を出すような奴は、この俺が八つ裂きにしてやるからな……覚悟しやがれよ!
そうだ……。
俺は全て分かっていたんだ。
あんにも俺に優しくしてくれて。
俺の事を、いつも大切に気遣ってくれる玉木。
その気持ちに、俺だって本当は気付いている。
だって、俺だって昔から玉木の事をずっと……。
群衆の足元を何とか潜り抜け。
俺はようやく広場の中央の手前に辿り着いた。
地面這いつくばりながら、必死に磔台に吊るされた玉木に向けて俺は手を伸ばした。
「た、玉木……! 今、お前をそこから助けてやるからな……!」
「…………」
その時、磔台に拘束されている玉木と、俺は目が合った気がした。
磔台に固定されている玉木の目線が下を向き。
地面に倒れ込みながら、必死に手を伸ばしていた俺の目線と、玉木の視線が重なった気がした。
そしてまさに――その直後だった。
””――ズシャリ――!!””
俺の目の前で、赤い鮮血がゆっくりと宙を舞うのが見えた。
飛んできた真っ赤な血飛沫が、俺の顔にもかかる。
その鮮やかな赤い色をした美しい血が、一体誰のものなのか……俺には、すぐには分からなかった。
でも、気付いた。気付いてしまったんだ……。
「………そ、そんな……。おい、嘘だろ……?」
ワナワナと全身が震え出す。
指先に力が入らない……。全身の血液が凍りついてしまったかのように、体温が一気に低下して。顔が真っ青になっていくのが分かる。
既に全身に大きなダメージを負っている俺は、地面に這いつくばりながら、その絶望的な光景をただ下から見上げる事しか出来なかった。
広場の中央に掲げられた、白い磔台からは大量の赤い鮮血がこぼれ落ちてきている。
それらの血は、全て……切断された玉木の首から流れ落ちてきていた。
磔台の周囲に立つ、黒い仮面を被った男の持つ銀色のナイフの刃先から、赤い血が滴り落ちている。
そう――。そこに立っている人間の皮を被った悪魔が……。俺の玉木の首を、ナイフで横一文字に切り裂きやがったんだ……!
『うおおおおおぉぉぉぉーーーーッ!!!』
広場に集まる大観衆から、一斉に拍手と大喝采の声が発せられ、その大きな音は周囲一帯に轟いた。
まるでお気に入りのスター選手が、野球場で大ホームランを放ったかのように。広場に集まる10万近い群衆が、一斉に歓喜の声を上げて喜び狂う。
首を横一文字に切られて、絶命した玉木の無惨な死体を見つめて。
俺は自分の爪を何度もかじりながら、呪詛のように呪いの言葉を吐き出し続けていた。
「許さない……お前ら、絶対に許さないからな!! この俺が絶対に一人ずつ、地獄に送ってやるからな!!」
俺は何度も、何度も頭の中で、コンビニの勇者の必殺技である『青いレーザービーム砲』を発射するビジョンを頭に思い浮かべては、それの実行を試み続ける。
だが……どんなに俺がそれを強く願っても。
『青双龍波動砲』が、今の俺の肩から発射される事は無かった。
どうして、レーザー砲が撃てないんだ?
もちろんレーザー砲だけじゃない。コンビニ店長専用の黒いロングコートも、空を自由に飛び交うドローンの操作さえも俺には出来ない。
そう、今の俺には何もする事が出来なかった。
ただ情けなく地面に這いつくばって。
芋虫のように、歓喜に沸く群衆の姿を悔しげに下から見上げる事しか出来ない。
本当のコンビニの勇者には、もっと力があるはずなのに……。
今の俺は一体何なんだ? 俺はコンビニの勇者ではないのか? じゃあ、ここにいる『俺』って……一体誰なんだよ?
その時――指先に激痛が走った。
大切な玉木を殺害された、あまりの悔しさで。
血の涙を流し続けていた俺は、震えながら自分の爪をかじっていたつもりが……。いつの間にかに、右の人差し指を1本。勢い余って、思いっきり噛みちぎってしまったらしい。
「ハァ……ハァ……! クソ……クソクソクソクソクソがああぁぁぁ……!!」
悔しさで、目の前の視界が真っ赤に染まりかけたその時……。
俺の目の前を、巨大な『青い光の閃光』が走った。
地面に倒れていた俺の上で、まるでお祭り騒ぎのようにはしゃぎ、玉木の死を喜んでいた街の人々が……。
一瞬にして、その青い高熱のエネルギー波によって溶かされ、蒸発させられていく。
「えっ……? これはまさか、『青双龍波動砲』なのか?」
コンビニの勇者が持つ最強の必殺技。
両肩の上に浮かぶ2機の守護衛星から放たれる、聖なる2条の青い光。
それがたった今、俺の目の前で放たれたのだ。
もちろんレーザー砲を撃ったのは『俺』じゃない。
じゃ、じゃあ。一体、誰が『青双龍波動砲』を放ったというんだ……?
顔を上げて、広場の後方を振り返ると。
そこには――もう1人の『俺』が立っているのが見えてきた。
いつも学校に行く前に、洗面台の鏡で毎日見ていたからな。そらはとてもよく見慣れた男の顔だった。
生まれてからずっと人生を共にしてきた、平々凡々としたな冴えない『俺』の顔。
そう、そこには……コンビニの勇者である『秋ノ瀬彼方』が立っていたのだ。
「えっ……? どうして俺があそこにいるんだ?」
……いや、コンビニの勇者の必殺技を放ったのが、あそこにいる『彼方』なら。アイツこそが、本当の『コンビニの勇者』なんじゃないのか?
じゃあ、ここにいる。
今のこの俺は、一体『誰』になるんだよ……?
自分が何者なのか。どうしてここにいるのか。
もはや、思考が全く追いついてこない。
だけど、それを考える余裕さえ無く。
広場の上空には、俺がよく見慣れている『黒い飛行物体』が大量に集まってきていた。
「アレは、もしかして……『ドローン』なのか?」
まさか、ここにいる人間を……彼方は『全滅』させるつもりなのだろうか?
そんな事をしたら……。
俺がその先の最悪な未来を考えようとする前に。
大勢の群衆の集まる広場には、大量の爆弾とミサイルが、数千を超えるドローン部隊から発射されてしまう。
””ズドドドーーーーーーーーン!!!””
連続で鳴り響き続ける轟音。爆発の衝撃により、脆くも砕け散っていく無数の人間達の体。
「ぎゃあああァァァァァァーーーーッ!!!」
「助けて!! お願い助けて下さいッ!!!」
「いやぁあああぁぁぁぁぁーーーッ!! お母さん、助けてーーーッ!!」
もはやここは、地獄の惨状へと変わり果てていた。
さっきまで玉木を殺害した事を、歓喜の声を上げて喜んでいた人々が、今は悲鳴をあげながら必死に逃げ惑っている。
だが、広場の後方に立つ『コンビニの勇者』は、この場に生存する全ての人間を、誰一人として生かすつもりは無いようだった。
永遠に鳴り響き続ける、爆発と殺戮の轟音。
神に許しを乞う人々の、懺悔と後悔の悲鳴。
やがて、地面の上に横たわり。体を動かせないでいた俺の真上にも、小型の爆弾が上空から落ちてきた。
何も出来ない無力な俺は、逃げ惑う人々と同じように。一瞬にして、上空を飛び交う攻撃ドローンからの爆撃攻撃によって、体を消し飛ばされてしまう。
凄まじい高温と、爆発による衝撃の痛みで。
俺の意識はそこで、ハサミで切られたかのように。ぶつ切りにされて――途切れてしまった。
――でも、その最後の瞬間に。
俺は一瞬だけ……広場の後方に立ち。10万人近い人間達の大虐殺を行う、コンビニの勇者の『秋ノ瀬彼方』本人と目が合った気がした。
その時に、俺が見たのは……。
俺が全く知らない、生まれて初めて見る恐ろしい顔つきをした『俺』の表情だった。
目からは真っ赤な血が溢れさせ。
この世の全てを破壊しようと、怒りに震えるその表情は……。まさにこの世界を燃やし尽くそうとする程の、激しい憤怒と真っ赤な復讐の色に染まりきっていた。
「――そうか、アレが『コンビニの大魔王』になった俺……なのか。過去の俺が辿ってしまった、もう一つの秋ノ瀬彼方の可能性なんだ……」
俺の意識は、そこで完全に途切れた。
意識が無くなる時、俺の脳裏には一つだけ……。
不思議な違和感が残っていたのを覚えている。
それは俺の顔についた玉木の赤い血から、『甘いミント』の匂いが、わずかに感じられた事だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
真っ暗な暗闇の中を突き進む、ジェットコースターに乗っているように。
俺の意識は猛スピードで、次の別の場所へと飛ばされていく。
そして、次に目を覚ました時には――。
また、別の街の大きな広場の中に俺は立っていた。
「ここは……? さっきの場所とは違うのか?」
先ほどの街に比べれば、人の数はそれほど多くはない。けれど多分、数千人くらいの人がここに集まっているのが分かった。
「今度は何なんだ? みんな……一体何に、注目をしているんだ?」
広場に集まる街の人々は、全員が中心部に置かれている何かを見つめている。
俺はそれが何なのかを、見ようとして――。
人混みの中で、爪先立ちをして顔を覗かせてみた。
「あ、アレは……もしかして、水無月なのか……!?」
俺の視線の先には、大きな断頭台に体を固定されて。巨大なギロチンの刃に首を切断されそうになっている、2人のクラスメイトの姿が見えていた。