第三百四十六話 ティーナの死、そして……
ティーナの首が……斬り落とされた。
その絶望的な光景を見せつけられて。
俺の意識は、目の前で起きた『現実』をすぐには受け入れる事が出来なかった。
……いや、こんな現実。
絶対に、絶対に認められる訳なんてない。
もう、ここは仮想夢の中の世界じゃないんだぞ?
全てが一発勝負。決してやり直しの効かない、正真正銘の『本物の世界』なんだ。
やり直しが効かないという事は……。一度犯した過ちや失敗は、決して修正が効かないという事だ。
一度失われてしまった大切な人の命はもう、二度と戻ってきたりはしないんだ。
それが全て分かっているからこそ。
俺は絶対に『ティーナが死んだ』なんて事実を、認める訳にはいかなかった。
「そんな……ティーナ。こんなの、嘘だよな……?」
気付いた時には、俺は震える手で泉の中の水を必死にかき回し。ティーナの体を探し出そうとしていた。
俺には、この現実を到底受け入れる事は出来ない。
切断されたティーナの首と、その体を探し。きっとさっき見た悪夢の光景は、俺の見間違い、勘違いだったんだと証明をする為に。
闇雲に、何度でも、何度でも。
繰り返し泉の水の底を漁って、失われたティーナの体を探し求め続ける。
今回の世界は、大切なティーナを……そして、みんなの命を守る為に始めた戦いだった。
それなのに俺はまた、失敗してしまったのだろうか?
いや、また今度もきっとやり直しが出来て。
カラム城のベッドで、天使のような笑顔をしたティーナに、俺は優しく起こされるんだよな?
きっとそうなんだよな? 頼むよ、これが本物の現実だなんて、そんな残酷な現実を俺に突きつけないでくれよ……!
憔悴しきった俺の青白い顔を、満足げに見下ろしながら。
目の前に立つ黒髪の女が、まるで鼻歌を口ずさむかのように。そっと、小さな声で囁いてきた。
「コンビニの勇者様……。一体、どうやって私の正体に気付いたのかは分かりませんが、私、本当にビックリしちゃったんですよ?」
俺の耳の奥には、クスクスと笑う黒髪の女の囁き声はまるで届かない。
今はそれどころじゃなかった。
俺はティーナを、俺の一番大切な存在であるティーナの体と首を、探さないといけないのだから。
「……ふふふ。でも、もうそんな小さな事はどうでもいいんです。私には今、コンビニの勇者様に伝えないといけない、大切なお話があるんです」
震える手で、虹色に光る水の中を必死にかき回続けていた俺は……。
自分の手の先が、目の前に立つ黒い髪の女の足にぶつかり。ようやくそこに、『アリス』が立っているという事実に気付き。
虚無の魔王が、俺の目の前にいるんだという『現実』を思い出した。
ふと――顔を上げると。
そこには、アリスが立っていた。
ちょうど俺のいる場所からは、逆光になっていて。正面に立つアリスの顔は、ここからだとよく見えない。
でも、目の前に立つアリスが、その小さな口をゆっくりと動かし。何かを俺に向けて、語りかけてきているという事だけは理解出来た。
俺に、大切な話があるだって……?
例えそれが、一体何であろうと。今の俺はそんな話は聞きたくない、聞かされたくない。
やめろ、やめろ。やめるんだ! 俺はティーナをすぐに見つけ出して、力いっぱいその細い体を抱きしめてあげないといけないんだぞ! 今はお前の話の相手なんかしたくはない!
「うふふ、コンビニの勇者様。私はね………」
アリスの口から発せられる小さな囁き声を。
俺は彼女の顔を見上げて、息を呑み。
耳を澄まして、じっとその場で聞き取ろうとする。
逆光に遮られて、真っ黒な影に染まったアリスの顔が、少しだけニヤリと微笑んだような気がした。
そして……。
目の前のアリスは、至近距離にいる俺に対して。
まるで、親の仇を見つけた復讐者のように。
耳の鼓膜が破けてしまうくらいの大声で、怒鳴り散らすかのように叫んできた。
「――私は、お前以外のここにいる全ての人間達を、一人残らず皆殺しにしてやるッ!! 例外なく、誰一人として、生き残らせたりはしないッ!! 骨も肉も全て粉々に砕いて、この泉をお前の仲間達の真っ赤な血の海で染め上げてやるよ!! 絶望と苦痛の果てに殺害した全員の首を、順番に切り落として。お前の目の前に料理のおかずのように綺麗に並べてやるッ!! 最後に一人だけ生き残ったお前の心が、虚無の絶望に染まり上がるまで。私はお前の大切な物を、全部、全部、奪い尽くしてやるからなッ! アーーハッハッハッハッ!!!」
アリスが俺の頭上に、包丁を勢いよく振り上げた。
「――彼方くん、危ない!!」
泉の外から、黒いダガーナイフが投げつけられ。
それがアリスが手に持っていた、包丁を弾き飛ばす。
”ガチャーーーーン!!”
怒りに顔を染めたアリスは、外からナイフを投げつけてきた玉木の方に向き直る。
その時俺は、真っ黒な影に染まったアリスの表情を初めて覗く事が出来た。
目の前に立つアリスの横顔。……それはまるで、凄まじい『鬼の形相』をしている悪魔そのものだった。
顔の表面の皮膚全てに、ドス黒くて太いミミズのような血管が浮かび上がり、ピクピクと脈動している。
呼吸は猛犬のように荒く。睨みつけた相手を確実に仕留める、鷹のような鋭い眼光をしていた。
こんなのは、俺の知っているアリスの顔ではない。
今、ここにいるコイツは……人を無限に殺しまくる為だけに存在する、本物の殺人鬼だ。
ついさっき、1万人近いグランデイル兵を一瞬にして殺戮し尽くした……。まさに本物の悪魔だけに許される『憤怒の顔』がそこにはあった。
”ドシャーーーーン!!”
女神の泉の中心に、大きな水飛沫が上がった。
どうやらアリスは泉の底に巨大な穴を開けて。地中からセーリスの張る、銀色の球体シールドの外側に脱出をしたらしい。
女神の泉の中に貯められた水が、地中に開いた大穴の中に勢いよく飲み込まれていく。
そして、みるみるうちに。泉に満たされていた奇跡の水の水位は低くなっていった。
しばらくすると――。
俺の視界には、干上がった泉の底に無惨に横たわっているティーナの体と……。その近くに転がっていた、切り離された『ティーナの首』の光景が映り込んできた。
「……嘘だ。こんなのは嫌だ。絶対に嫌だ……」
やはりティーナの首は切り落とされていたという、凄惨な現実を見せつけられ。
俺の意識は一瞬にして、底無しの沼のような虚無の深淵に沈みかけてしまう。
それは高さ数百メートルはある、高層ビルの屋上から。真下のコンクリートの地面に向けて、真っ逆さまに飛び降りたような浮遊感がした。
体が軽い。
重力を何も感じない。
俺の意識は、黒い闇の中を永遠に落下し続ける。
そして、いつまで経っても地面に辿り着く事は出来ずに。底のない虚無の深淵の果てに向けて、無限に落下し続けていくような感覚を味わった。
首を切り落とされた人間は――。
何かの幸運が重なって、奇跡的に生き延びるような事はあるのだろうか?
いいや、今まで見てきた仮想夢の中でも。
そんな甘い現実は、一度も起きなかったじゃないか……。
だからこそ、アリスはわざわざ俺の大切な仲間達の首を切断して。お前の大切な者達は、100%確実に死亡しているんだぞ、と俺に見せつけてくるのだから。
――気付いた時には、
俺の意識は、どこか別の空間に立っていた。
周囲には、真っ暗な闇が無限に続き。
少しだけ肌寒い、静かな場所に俺は立っている。
(……ここは、一体どこなんだ?)
キョロキョロと、周囲の様子を窺う俺の耳に。
よく聞き慣れた女性の声が、近くから聞こえてきた。
「――もし、私がこの世界で死んでしまったら……。彼方様はもう一度世界をやり直して、私の命を救いたいと願いますか?」
どこかで聞いた事がある言葉が聞こえてきた。
(この声は、まさか……ティーナなのか?)
「それは、当然だよ……! やり直せるのなら、俺は何度でも巻き戻ってティーナを救ってみせる! ティーナが生きてくれている世界でないと、俺はもう、生きていく事が出来ないんだ……。だから必ずティーナだけは、俺が必ずこの手で救ってみせるから!」
(えっ? 今のは……俺の声なのか?)
俺の視界には、小さな小屋の中で。
全身に黒い染みが広がり、意識を失いそうになって床に横たわっている俺と、そんな俺の体を優しく見守るティーナの姿が見えてきた。
……そうか、思い出したぞ!
ここは2回目の仮想夢の時、女神の泉でみんなが殺された後。俺とティーナの2人だけで、森の奥にある小屋の中に逃げ込んできた時の光景なんだ。
俺の意識は、真っ暗な暗闇の中で。
仮想夢の中にいる、俺とティーナの姿を……まるでその時の記憶を焼き直しする、古いビデオ映像を見ているかのように。
俺は再生された過去の光景を、すぐ近くから見つめていた。
息も絶えかかっている、瀕死の俺に。
ティーナは何度も優しい声で語りかけてくれている。
「――では、私から彼方様に、一つだけ大切なお願いがあります」
ティーナは天使のような笑顔を浮かべ。
小屋の床に横たわる俺の髪を優しく撫でながら、そう告げてきた。
「もし、私が死んでしまったとしても。彼方様は、この世界で必ず生き続けて下さい。そして、もう二度と私を蘇らそうとはしないで下さい」
「えっ? ティーナ、今……何を言ったんだ……?」
――そうだ。
この時のティーナは、この後、俺に死なないで欲しいと告げてきたんだ。
この世界で生きる人間は、いつか必ず死を迎える時がくる。人の命は、一回きりだから。命は決して無限に繰り返したり、ループをしたりする事はないのだから。
だから、もしティーナが死んでしまった世界が訪れたとしても……。
その後の世界でも、俺には生き続けて欲しい。
そう、ティーナは俺に願ってくれていた。
この時の後悔を、俺は知っていたはずなのに……。
せっかくやり直せた、最後のチャンスである本物の現実世界でも……。俺はまた、大切なティーナを失ってしまったというのかよ。
それも、全て俺のミスで――。
もっと、もっと、俺がしっかりしていれば。ティーナを死なせる事なんて無かったはずなのに……!
ティーナはなおも、苦しそうに深い呼吸を繰り返す俺の手を握り。
まるで、重病人の患者を元気付けるかのように。鳥のさえずりのような温かい言葉を紡いで、もう一人の俺に優しく語りかけていた。
「――彼方様には、ずっと生き続けて欲しい。
そして信じた道を、いつまでも歩み続けて下さい。
例え私がいなくても。彼方様の帰りを待ってくれている、彼方様の事を心から必要としている、皆様のお力になってあげて下さい。
この世界にいる多くの人が、コンビニの勇者様の力を必要としています。
だから……どうか、私が大好きな彼方様のままでいて下さい。あの日、私の命を救って下さった。私の大好きなコンビニの勇者様のままでいて欲しい。
ティーナはいつでも、
彼方様の心の中にいますから……」
俺の視界の中に映る。過去の仮想夢の中のティーナの姿が、次第にぼやけていく。
徐々にティーナの姿は遠ざかっていき、俺の視界から見えなくなっていった。
俺は慌てて、遠ざかっていくティーナの姿に向けて手を伸ばし。そして、大声で叫ぶ。
(待ってくれ! まだ行かないでくれ、ティーナ!! 頼むから、俺を置いていかないでくれ! もう、俺を一人にしないでくれッ!!)
ティーナの姿は完全に暗黒の海の中に溶けてしまい。俺の脳内には、次第に小さくなっていくティーナの声だけが、わずかに聞こえてくる。
「彼方様には、たくさんの大切なご友人の方々、そして仲間の皆様がいます。決して、一人ではありません。私はいつでも彼方様の心にいます。だから、大切な皆さんを必ず守り通して下さい」
守る! 今度こそ必ず守ってみせるから……!
もう誰一人として、死なせたりはしないから!
だから、頼む! もう、遠くに行かないで欲しい!
けれど、ティーナの声はどんどん遠ざかってしまう。
もう俺の耳には、ティーナの声は何も聞こえなくなってしまった。
それはまるで、ティーナの魂が俺を置いて。
どこか遠くの、生きている者には決して届く事の出来ない場所に、向かっていってしまったようにも感じられた。
俺は必死に暗闇の中で、手を伸ばし続ける。
(嫌だ! お願いだ、行かないでくれ、ティーナ!)
俺は暗闇の中で絶望をして。
完全に、意識を失いかけてしまう。
そんな俺の砕けた心の奥に。
どこからか、また小さな声が聞こえてきた。
『……うふふ。でも、もし彼方様が私との約束をちゃんと守ってくれたなら。きっと私の魂は、また元の世界に戻ってこられるかもしれませんね♪』
えっ……!?
ティーナの声が、まだ聞こえてくるぞ?
もう、遠くに行ってしまったと思ったティーナの声が……また俺の耳には、届いてきていた。
それも、さっきまで聞こえてきていたティーナの声とは、正反対の方向からだ。
これは一体、どういう事なんだ?
この声は、さっきまで俺が見ていたティーナとは、まるで『別のティーナ』のように感じられる。
『――彼方様。私はきっと彼方様の元に戻ります。だから、信じて待っていて下さいね!』
それは、本当なのか……?
本当にティーナは、俺の所に戻ってきてくれるのか、それを信じていいのか?
『――ハイ、私は彼方様のティーナですから。彼方様をおいて、私がどこか遠くに行ってしまうなんて事は決してありません。彼方様の見た夢の中の私が、何を言ったのかは知りませんが……。私は絶対に彼方様のおそばを一生離れませんから、どうかこれからもご安心をして下さいね、彼方様!』
そこは、真っ暗な深淵の闇の中だというのに。
俺の視界の先には、確かにティーナがいて。
いつものように天使のような微笑みで。明るく笑いかけてくれている、ティーナの姿が確かに見えたような気がした。
……ありがとう、ティーナ。
そうだよな。あのティーナがそんなにしおらしく、勝手に俺の前から、消えてしまうはずがないものな。
俺のティーナは、魔王の顔を蹴り飛ばしてでも。そして窮屈な天国から、無理矢理脱走をしてきてでも、俺の元に全力で駆けつけてきてくれる……そういう子だったものな!
――分かった。
俺はティーナとの約束を、必ず守るよ!
ティーナとの約束通り、みんなを守りきってみせる。そしてまた、ティーナに『彼方様!』って叱られたり、ぎゅ〜って手を握られながら過ごすんだ。
だから……待っていてくれ、ティーナ。
俺は必ず、アリスを倒して。
ティーナの事を必ず迎えに行くからな!
俺が何も見えない、暗闇の向こうに向かって手を振ると。
そこにいるはずのない、ティーナが俺に向けて微笑み。手を振ってくれているように感じられた。
その瞬間――。
俺の意識はそこで、プツリと途切れる。
永遠に闇の底に落ち続けていたはずの、俺の意識は……。ようやく白い光が差す、茶色い大地へと辿りつく事が出来た。
「……ハッ!? ここは………?」
俺の視界の先には、茶色い地面が見えている。
「ハァ……ハァ……」
呼吸が荒い。心拍数が急上昇して、太鼓のように心臓が激しく脈打っているのが感じられた。
今のは、俺が無意識に見た『幻覚』だったのだろうか?
「彼方くん、彼方くん!! ティーナちゃんが、ティーナちゃんが……!!」
俺の目の前には、女神の泉の底でティーナの遺体を前に、大泣きをしている玉木の姿が映っていた。
そのそばには、ククリアもいて。
ティーナの遺体の上に、白い布を被せてあげている。
俺はすぐに顔を上げて、周囲の様子を見回した。
ここは、女神の泉の中だった。
現在の状況を把握しようと、周囲の様子を観察して。俺はようやく今の正確な状況を知る事が出来た。
どうやら俺は、アリスが泉の底に穴を開けて俺の前から去り。その後に、泉の底でティーナの遺体を確認してから――。
きっと時間にして、わずか20秒か30秒くらいだろうか?
泉の中央部分に立ちながら。短時間の間だけ、俺の意識はどこか遠くにいってしまっていたらしい。
その間に、みんなが俺の事を心配して。
ここに集まってきてくれていた。
俺はすぐに顔を上げて、意識を集中させる。
そして自分の全身を確認して、体が『黒い染み』に覆われていない事をチェックした。
よし……大丈夫だ! 俺の体は虚無の絶望には飲まれていない。きっとティーナが、俺の意識が絶望の闇に飲まれないように守ってくれたんだ
周囲の様子を見回していた俺の目に、すぐ近くで腰を抜かして、地面に座り込んでいる倉持の姿が映った。
「ひ……ヒイイィィィ……!! 違う、違うんだよ、彼方くん!! 僕にはそんなつもりはなかったんだ!!」
俺の近くで、体を震わせていた倉持が……。悲鳴をあげながら、全力疾走で逃げ出していく。
倉持についての情報は、まだ不明だが。
きっと、ティーナが殺された事を自分の責任だと感じて。俺への申し訳なさから、遠くに逃げ出してしまったのかもしれない。
「彼方……!! 大丈夫なの……!?」
ミズガルドも俺のそばにやって来てくれた。
俺の周りには、俺のかけがえのない大切な仲間達が全員集まってきている。
ここにいるみんなが、ティーナの死を悲しみ。
そして、俺の事を心から心配してくれていている。
大切なティーナを失った俺の事を心配して。みんなが気遣ってくれているのが分かる。
俺がどれだけティーナの事を大切に思っていたのかを、ここにいる全員が知っているからな。
みんな、ありがとう。
でも俺はもう、大丈夫だよ!
だって、俺はティーナと約束をしたんだ。
だからここにいるみんなを、誰一人として。俺は絶対に死なせたりはしない。
俺がその約束を果たせば、きっとティーナは戻ってきてくれると信じているからな。
「……玉木、ティーナの事を頼むぞ!」
「か、彼方くんは、どうするの……?」
大号泣をして、両目を真っ赤に腫らした玉木が俺に問いかけてきた。
「俺は、アイツを……アリスを倒してくる! 大丈夫、俺は必ずみんなを守りきってみせるから。だから、もう何も心配しなくて大丈夫だからな!」
突然、何かの悟りを開いたかのように。
ティーナを失った悲しみを顔に出さず、優しい笑顔をして玉木に微笑んだ俺に。
玉木も、そしてククリアやミズガルドも。
全員が目をキョトンとさせて、驚いているようだった。
最愛のティーナを失ったばかりだというのに。俺が強い自制心を持って、これからやるべき事を把握して前を向いていた事にみんなは驚いたのだろう。
いや、そんな風に意外そうな顔で見られても困るって。確かにコンビニの勇者は、こういう時は情けなく『エーン、エーン』と泣き喚くようなキャラだったかもしれないけどさ……。
俺だってもう、3度もティーナの死を目の前で見せつけられてきたんだぜ?
ティーナの死を初めて目にしたみんなとは、それを受け止める覚悟と、決意の重みが違う。
それに俺はさっき、ティーナと約束をしたからな。
俺がみんなを守りきれば、必ずティーナは帰ってきてくれると約束してくれた。
それが、絶望した俺が心の中で見た。
ただの『妄想』だったのかどうかは、正直、今の俺には分からない。
でも、今は……その約束を、全力で俺が守ってみせないといけないんだ。
例えそれが、0,0000001%の確率でしか、起こらないような『奇跡』なのだとしても。
その奇跡が必ず起きる事を、この俺が信じなかったら。俺とティーナの2人の願いは絶対に達成出来なくなってしまうからな!
そんな決意に燃えた俺の脳内に、直接語りかけてくる声が聞こえてきた。
『――大好きお兄さん、大好きお兄さん! あたいの声が聞こえるかにゃ〜! やっと、アリスたんの気配の位置があたいの目にも追えるようになったのにゃ〜!』
もふもふ猫のフィートの声が、頭の中に聞こえてきた。
どうやら女神の泉に満たされていた、奇跡の水の強すぎる効能が、フィートの気配察知能力を阻害していたのかもしれない。
再び、女神の泉から奇跡の水が無くなり。
フィートは、アリスの気配を正確に捉える事が出来るようになったらしい。
「フィート、今、アリスはどこにいるんだ? 大至急、俺に正確な敵の位置情報を送ってくれ!」
『了解なのにゃ〜! アリスたんは、今は大好きお兄さんの頭上にいるのにゃ〜! そこで空中に浮かびながら、あたい達を空から見下ろしているのにゃ〜!』
俺はすかさず、真上の空を見上げた。
見える……。見えるぞ!
フィートの念話能力を通じて。
俺の目には、虚無の魔王であるアリスのいる位置が、おぼろげな輪郭と共に把握する事が出来た。
「セーリス、ロケット弾を頭上の空に向けて放ってくれ!! アイリーンは黄金剣を抜刀して、ここにいるみんなの身を守るんだ!!」
「了解だぜーー!! マイダーリン! 白い服の女の子の弔い合戦だ! 野郎はアタシが絶対にこの手でブチ殺してやるからなッ!!」
「了解しました、店長! お任せ下さい!」
セーリスが両手に持つロケットランチャーから、2発のロケット弾を空に向けて放った。
だが、それらの攻撃はアリスには命中しなかった。
フィートからの念話で、正確なアリスの位置を得ている俺と違って。セーリスやアイリーンには敵のいる正確が位置には分からないからな。
俺からの指示だけで敵に攻撃を当てるのは、相当難しいだろう。
「ククリア、冬馬このはの様子はどうだ? 目を覚ましそうなのか……?」
俺はティーナの遺体のそばで、眠り姫である冬馬この体を大切そうに抱えているククリアに尋ねてみる。
「コンビニの勇者殿……。このは様の体は、以前に比べて温かい体温と、正常な呼吸音を繰り返せる程に回復してきています。肌のつやも良くなっています。おそらく今すぐにではありませんが……。もう少しだけ時間をおけば、きっと目を覚まされると思います!」
そうか……。最強の魔王の冬馬このはも、目を覚ましてくれる可能性が強まった訳か。
なら尚更、ここでアリスのクソ野郎になんか負けていられないぜ!
その時――。
上空に浮かんでいたアリスが、再びこちら側の空間世界に具現化して。その邪悪な姿を空の上に現した。
空中に浮かぶアリスは、干上がった女神の泉の底に集まる俺達全員を静かに見下ろすと。
その場でニヤリと、邪悪な笑みをこぼす。
「セーリス、アイリーン! 行くぞッ!! ここが最終決戦場だ!! コンビニの勇者として、コンビニの守護者達に命じる。あの空に浮かんでいる黒髪女を必ず、ぶちのめすんだ!! そしてここにいる仲間達を、誰一人として死なせてはいけない。全員、気合いを入れて俺について来いよッ!!」
2度の仮想夢の世界での、失敗を経験して。コンビニの勇者チームは3度目の正直を叶える為に、虚無の魔王、アリスとの最終決戦に挑む。
ティーナとの約束を果たす為に。
今度こそ必ずみんなを守りきって、俺は虚無の魔王のアリスを倒してみせる!