第三百四十二話 玉木 対 クルセイス
グランデイル女王のクルセイスが、高笑いをしながら玉木のいる場所に近づいてくる。
「大クルセイス女王陛下、あまり前に出過ぎないように注意して下さいねぇ〜! コンビニの守護者達は、神話級に強い伝説の戦士達ばかりですから、お〜っほっほっほっほ〜〜!」
そんなクルセイスの身を心配して、ロジエッタが笑いながら注意を促した。
「ウフフ……大丈夫よ、ロジエッタ。その青い髪の子はあなたに任せるわ。白蟻魔法戦士隊は、全軍で女神の泉に集中攻撃をかけて、銀髪の花嫁の足止めをしなさい。私は枢機卿様の分身の子との遊びだけに、専念をさせて貰うから。ウフフフ……」
スキップを踏むように、クルセイスは軽やかな足取りで最前線に躍り出てきた。
その様子は、本当に楽しそうで。田舎から都会に初めて出てきた夢見る少女のように、ワクワクが抑えられないといった表情をしている。
仮にも、強大な勢力を誇るグランデイル王国の女王が、まさか戦場の最前線に出てくるなんて……。
常識的には絶対にあり得ない事だ。もしここで、クルセイスの命が敵に落とされてしまったら。グランデイル王国による侵略戦争は終結するかもしれない。
だから本当なら、アイリーンもセーリスも。
隙あらばクルセイスの命を奪いたいと、チャンスを狙いたい所だった。
だが既に、無数の白アリ達による集中砲火の魔法攻撃を受け。女神の泉を必死で守る花嫁騎士のセーリスは、防戦一方と化している。
とても敵の攻撃の隙をついて、クルセイスに攻撃をしかけるような余裕など無い。
だから白アリ隊の集中攻撃を無敵シールドでガードしつつ、セーリスは大声で相方のアイリーンに向けて呼びかけた。
「――アイリーン! 忍者の姉ちゃんはまだ経験が浅いからなー! 敵の親玉にやられないように、ちゃんとそばで守ってやってくれよなー!」
「了解しました、セーリス! 玉木様は必ずこの私が守ってみせます……!」
黄金の剣を構えて、クルセイスに向かって突進を開始しようとするアイリーンの正面に――。
薔薇色の妖艶なドレスを着たロジエッタが、空から薔薇の剣を構えて襲いかかる。
「あらぁ〜、あらぁ〜、ごめんなさいねぇ〜! 大クルセイス女王陛下にお願いをされてしまったから、あなたの相手はこのワタシがさせて貰うわねぇ〜! おーっほっほっほ〜〜!」
ロジエッタの振るう薔薇の剣と、アイリーンの持つ黄金の剣が、激しくぶつかり合った。
”ガキーーーーーーン!!!”
その一瞬の剣戟だけで、コンビニの守護騎士であるアイリーンは悟ってしまう。
目の前にいる薔薇の魔女は、その妖艶な見た目に反して優れた剣士であり。その動き、身のこなしの全てが、現在の自分の持つ能力よりも上回っているのだと。
「クッ……! これでは、玉木様をお救いに行く事が出来ないッ……!」
「おーっほっほっほ〜〜! そうよぉ〜、そうよぉ〜、ワタシはこれでも過去には、女神アスティアを守る武闘派の魔女達のリーダーを勤めていた事もあったんだからぁ〜。悪いけど、まだレベルの低いコンビニの勇者に仕えているあなたじゃ〜、今のワタシには絶対に勝てないのよぉ〜!」
アイリーンが魔女のロジエッタによって、完全に足止めをされている間に。
グランデイル王国女王のクルセイスが、ゆっくりと玉木の前に歩み寄っていく。
そんな不気味なクルセイスの姿を確認して。
玉木は急いで自身と共に地上に降り立った、カルツェン王国の騎士達に声をかけた。
「――カルツェン王国の騎士の皆さんは、いったん森の外に退避して下さい! ここは危険です!」
「ですが、玉木様……。我々は例え命にかえても玉木様をお守りするようにと、ルカ様から厳命を受けております! 玉木様をおいて、ここから撤退する事など出来ません!
「みんな、本当にありがとう〜! でも、ルカちゃんには私から後で言っておくから大丈夫だよ〜! 私は絶対にカルツェン王国に戻るから安心してね! って伝えて下さい。ここにはたくさんの仲間達がいますし、何よりも世界一頼れる『コンビニの勇者』の彼方くんがきっと戻ってきてくれるから私は平気です!」
敵の親玉であるクルセイスを前にしても、笑顔でウインクをする玉木の様子を見て。
カルツェン王国の飛竜騎士達は、お互いの顔を見つめて無言で頷き合い。
急いで飛竜に飛び乗って、迷いの森の外へと退避する事にした。
「分かりました! 必ずルカ様のもとにお帰りください、玉木様! ――どうか、ご武運を!!」
大空に飛び立ったカルツェン王国軍は、空の上でグランデイル王国の飛竜戦艦に奇襲をかけていた味方の軍勢も引き連れて。
全軍で、迷いの森から総撤退を開始した。
ここにやって来た騎士達は、玉木を守る為に遣わされた、カルツェン王国の中でも最も優れた能力を持つ親衛隊ばかりだった。
強敵と戦う為の、特殊な訓練を受けてきた戦士達であるからこそ。彼らには玉木の言わんとする事の意図が理解出来たのだ。
このままでは、自分達がここにいる事が玉木様の足かせになってしまう。つまりは――『足手まとい』となってしまう事を瞬時に理解した。
それほどまでに、クルセイスに挑もうとする玉木の表情は真剣であり。
そしてグランデイル女王クルセイスから発せられている邪悪なオーラは、あまりにも凄まじかった。
カルツェン王国の騎士達が空に飛び去ったのを確認して、玉木は改めてクルセイスに向き直る。
「――クルセイスさん、久しぶりにお会いしましたけど、随分と雰囲気が変わっていますね。それとも、その状態のクルセイスさんが、本当の姿だったんですか?」
玉木は、ドス黒いオーラを放つグランデイル女王に対して、静かに問いかける。
「本当の私……? ウフフ、私は私。最初からずっとこのままよ。この世界に召喚された迷いウサギ達のあなた達を、どう美味しく料理してあげようかと。グランデイル王城の中でず〜っとワクワクしながら、楽しみに過ごしていたのだから」
クスクスクスと、邪悪な笑みをこぼすクルセイスに。玉木はより一層、警戒色を強めた。
「じゃあ、2軍のクラスのみんなを殺害したのも、金森くんにあんなに酷い仕打ちをしたのも……。やっぱり全部、クルセイスさんの仕業だったんですね!」
「そうよ。2軍の役立たず勇者達は、私が全員焼き殺してあげたわ。全員、プスプスと煙を出して。豚の丸焼きみたいに、真っ黒焦げになっていたわね。あと、その金森っていうのは誰の事かしら? あぁ〜思い出した! あの醜いタコ勇者の事ね。あの愚かな男には、カルツェン王国の侵攻を任せておいたはずだけど……。一体、彼はどうなってしまったのかしら?」
玉木は唇を震わせながら、クルセイスを睨みつけ。
一度大きく深呼吸をしてから、静かに返答する。
「金森くんは、私がこの手で倒しました……」
「ウフフ、そうなの? あなたがあのタコ勇者を殺したというの? それは、本当に面白いわ。異世界の勇者の足に『人食いタコ』をくっ付けたら、一体どんなにおぞましいバケモノが誕生するのか実験してみたら。思ってたよりも傑作が出来たから、ペットとして飼っていたのだけど。まさか、あなたがあのタコ男にとどめをさしたなんてね、アーーハッハッハ!」
「………っ!!」
もう、玉木は我慢の限界だった。
これ以上、大切なクラスメイト達の命をオモチャのように弄び。凄惨に殺害したクルセイスを許しておく事は、クラスの副委員長として絶対に出来ない!
玉木は自身の体を、『隠密』の能力を使って透明化させると。
黒い投げナイフを連続で、クルセイスの首に向けて投擲を開始した。
”――シュン、シュン、シュン!!”
『暗殺者』の勇者が放つ黒いナイフが、白い女王の鎧を装備したクルセイスに目掛けて飛んでいく。
だが、それらのナイフは、目標であるクルセイスの首元に到達する直前で――。
高熱を発する、強力な『電撃のバリアー』によって、全て空中で溶かされてしまった。
「えっ………!?」
クルセイスの操る電撃の予想外な威力に、驚きの表情を浮かべる玉木。
「玉木殿! クルセイスの持つ電撃の能力は、敵を一瞬にして黒焦げにしてしまうほどの強い威力があります! だから迂闊に彼女に接近してはいけません!」
女神の泉のそばに立つククリアが、大声で玉木に対して呼びかける。
既にククリア自身も、女神の泉に迫るグランデイル軍の魔法戦士隊と、激しい交戦を繰り広げていた。
皇帝ミズガルドは、今はいったんセーリスの張る球体シールドの中に撤退し。その中で身を隠している。
優れた剣士であるミズガルドといえども、これだけの数のシロアリ達に囲まれては、どうする事も出来ない。
コンビニの守護者である花嫁騎士のセーリスも、恐ろしい数で迫ってくる白アリ達から女神の泉を守るのがやっとで、今は身動きが出来なかった。
もし、ここで守りの要であるセーリスが女神の泉から離れてしまえば……。
女神の泉は、無数に迫ってくる白アリ達によって破壊され。中にいる無抵抗なティーナも、ミズガルドも、そして眠り姫となっている冬馬このはも、すぐに敵に殺害されてしまうだろう。
だから今、現在……。クルセイスと対峙する玉木の援護が出来る仲間は、ここには1人も残っていなかった。
それでもククリアは、自身の持つクルセイスの情報を玉木に伝えて。玉木に何とか、生き延びて貰いたいと心から願っていた。
「分かりました、ククリアさん〜! 迂闊に近づかないように気を付ける事にします! ありがとうございます〜!」
玉木は体を透明化させた状態で、クルセイスとは一定の距離を取り。
何とか接近をして、クルセイスの首を切り落とすチャンスがないかと、投げナイフによる投擲攻撃を繰り返しながら様子を伺っていた。
だが……玉木の投げるナイフは、ことごとくクルセイスの発する電撃バリアーの高熱によって、蒸発させられてしまう。
暗殺者の基本能力は、敵から姿を消し。その存在を悟られる事なく、ひっそりと敵に接近をして命を奪い取る事にある。
それが強力な電撃のバリアーによって、接近する事が不可能にされてしまうと。
今の玉木には、遠距離からナイフを投擲する攻撃しか出来ないでいた。
「ウフフ。それにしても、まさか異世界から召喚した勇者の中に伝説のコンビニの勇者や、枢機卿様と同じ能力を持つ勇者が混ざっていたなんてね。もっと早くロジエッタが私達に合流をして、情報を教えてくれていたら。愉快なオモチャ達を利用して、いっぱい遊ぶ事が出来たのに。本当に勿体無い事をしてしまったわ」
クルセイスは心底、残念そうに。
ため息にも似た吐息を漏らしながら、ニヤニヤと笑い続ける。
「あらぁ〜、あらぁ〜、本当にごめんなさいねぇ〜大クルセイス女王陛下〜! ワタシも、こんなに面白い展開になるなんて、夢にも思わなかったのよぉ〜! でもだからこそ、ワタシも久しぶりに表舞台に出て、ひと暴れしようって思えたのぉ〜。きっとどの陣営が勝つにしても、この世界は大きな歴史の転換点を迎える事は間違いないわねぇ〜! おーっほっほっほ〜〜!」
コンビニの守護騎士であるアイリーンと、激しい剣戟のやり取りをして戦っているにも関わらず。
薔薇の魔女のロジエッタは、常に余裕のある様子で仲間のクルセイスに対して話しかけている。
実際に現在の戦況は、恐ろしい数を誇るグランデイル軍に対して。女神の泉を守るコンビニ陣営は、遥かに劣勢である事は間違いなかった。
そもそも圧倒的な数の白アリ戦士達を率いてきたグランデイル軍に勝つ事など、到底不可能に近い。
今現在、まだかろうじて均衡が保てているのは……無敵シールドを持つ花嫁騎士のセーリスが女神の泉を守ってくれているからだ。
それこそ、敵の総大将であるクルセイスが本気を出せば。
玉木もアイリーンも、ククリアも。
1万人近い数の白蟻魔法戦士隊の総攻撃を受けて、瞬殺されてしまうに違いない。
つまりコンビニメンバー達は……。お互いにサディストの仲間である、クルセイスとロジエッタという、2人の変態女達によってオモチャのように、もて遊ばれているに過ぎなかった。
そして、最もマズイ事に……。
セーリスの張る無敵防御シールドは、実は後わずか5分間で、その耐久限界を迎えてしまう。
セーリスの防御シールドが崩壊をしたら。
女神の泉はあっという間に、無数の白アリ戦士達の魔法攻撃を受けて。粉々に破壊されてしまう事だけは間違いなかった。
「くっ……まだ、女神の泉は奇跡の力を取り戻さぬのか! もう水を満杯に満たしてから、約20分近くはたったのではないのか……?」
泉のそばに立ち。皇帝ミズガルドは歯軋りをしながら悔しがる。
遺伝能力を持たない一般人のミズガルドは、迂闊に女神の泉に入る事は出来ない。 うっかり入ってしまうと、泉の効能により『獣人化』してしまう恐れがあるからだ。
だから、女神の泉の中にいるティーナと冬馬このはを見守りつつ。
静かにセーリスの張ってくれたシールドの外にいる、仲間達の様子を見守る事しか出来ないでいた。
……早く、早く、コンビニの勇者の彼方に、ここに戻ってきて欲しい!
そして、女神の泉が再び虹色の光を取り戻したなら。
ティーナの隠された遺伝能力が覚醒し、眠り姫である『動物園の魔王』の冬馬このはが目覚めてくれるかもしれない。
そうすれば、あまりにもこの不利な形成は、一気に逆転出来るかもしれないのに。どうして女神の泉はまだ虹色の光を発さないのだろうか?
「……ウフフフ。本当にあなたを見ていると、枢機卿様の事を思い出してしまうわね」
姿の見えない暗殺者の勇者が放つ投げナイフを、電撃バリアーで防ぎつつ。
グランデイル女王クルセイスは、余裕の笑みを浮かべながら玉木に向けて話しかける。
「私は昔……女神教の魔女候補生の1人として、枢機卿様に戦い方を教わっていた事があるの。でも、私はどうしても尊敬する枢機卿様の事が好きにはなれなかった。それがどうしてだか、あなたには分かるかしら?」
「……………」
クルセイスの発する言葉が耳に届いていても。
姿を消している玉木には、決して返事をする事は出来ない。
それは体を透明化させて。黒いナイフを投げつつ、常に場所を移動させながら、玉木は自分の居場所をクルセイスに悟られないようにしているからだ。
もし、自分のいる位置がクルセイスにバレてしまったなら。きっとあの強力な電撃攻撃によって、玉木は瞬時に黒焦げにされてしまうに違いない。
「ウフフ、それはね……。あれだけ残酷で、他者に対して冷酷な仕打ちを平気でする恐ろしい枢機卿様が、実はその内面では、とっても優しい『人の心』を持っていると知ったからなのよ」
””ズガガガガガガーーーーーン!!!””
クルセイスの右手から離れた電撃が、玉木の近くにあった巨大な木を一瞬にして黒焦げに変えてしまう。
「くっ………!!」
玉木は必死に、その場から離れる。
玉木の持つ『隠密』の能力は、ずっと発動出来る訳ではない。
認識阻害の能力と、透明化の能力を組み合わせて。
敵に位置を悟られないように、常に素早く移動を繰り返しているが……。どうやらクルセイスには、玉木のいる大体の位置が特定出来ているようだった。
「私は枢機卿様には、もっと残酷で冷淡なお人であって欲しかったのに……。あのお方は私の期待を裏切って、まるで母親のような優しい母性を私に見せてくれたの。クス、本当に滑稽よね。実の母親さえ始末したこの私が、生まれてから一度も感じた事の無かった、母の温もりを枢機卿様から感じてしまうなんて……」
「…………」
無言でクルセイスの独白を、聞き続ける玉木。
「でもその優しさが、あまりにもウザかったから。いつか私は枢機卿様もこの手で始末してやろうと思うようになったの。だって私は枢機卿様よりも、ずっと残酷で冷淡な女なんですもの。中途半端な優しさを持つ甘々な女になんて興味はないの。人間の心臓を生きたままナイフで抉り出す拷問の快楽。それを味わえる時こそが、この世で最も幸せな悦楽を感じる瞬間だとあなたも思うでしょう? ウフフフ」
「そうですか。それじゃあきっともう1人の私も、あなたの事を心の底から嫌いだったと思います! だって私は、そんな変態女は大っ嫌いだもの!!」
クルセイスの近くにある大きな木の影から、玉木がにゅ〜っと姿を現して飛び出してくる。
クルセイスの死角となる背後から、黒いダガーナイフを手に玉木は高速スピードで襲いかかった。
だが……玉木の持つナイフの先端が、クルセイスの足に触れた途端――。
「えっ、きゃあああああぁぁぁーーっ!?」
玉木の体は、高圧電流の電線にうっかり触れてしまった野生の猿のように。
強力な電流の激しいショックで、遠くに吹き飛ばされてしまった。
「玉木様ーーーーッ!!!」
アイリーンが、急いで玉木のもとに駆け寄る。
幸い玉木の命に別条は無いようだった。ただ、体に大きな電流が流れたショックで、しばらくは動けないかもしれない。
「ううっ、アイリーンさん……すいません……」
アイリーンに身を守られつつ。ゆっくりと体を起こした玉木のもとに。
ゆっくりと、クルセイスとロジエッタの2人組が笑いながら近づいてくる。
「あらぁ〜、あらぁ〜、本当にかわいそうねぇ〜! コンビニの勇者が戻って来るよりも前に、また沢山のクラスメイトの黒焦げ死体が出来上がってしまうかもしれないわねぇ〜! おーっほっほっほ〜〜!」
アイリーンと玉木は共にゴクリと唾を飲んだ。
そして、無数の白アリ達の襲撃から女神の泉を守っていたセーリスも、思わず弱音を吐いてしまう。
「ちっくしょう……! もう少しで5分経っちまう。アタシの『鋼鉄の純潔』は5分までしか持たない。その後は15秒シールドが解除されてしまうけど。その間にここは、敵の集中攻撃を受けちまうぜ……!」
セーリスの無敵シールドが解除されれば。
女神の泉には、恐ろしい数の白アリ達が入り込んできてしまう。
そうなれば女神の泉は完全に破壊されてしまい。
中にいるティーナ達の命も、奪われてしまうだろう。
まさにコンビニメンバー達にとって。絶体絶命の危機が今、訪れている事は間違いなかった。
「――玉木様、立てますか? いったんセーリスのいる所にまで下がりましょう!」
「アイリーンさん。アレは一体何でしょうか? 黒い染み? それとも『黒い太陽』なのかな……?」
「えっ? どうしたのですか、玉木様?」
地面の上に倒れている玉木が、上空を不思議そうな目で見つめている。
クルセイスとロジエッタがこちらに向かって来ている緊急事態だというのに。
玉木は一体何を、悠長に見つめているのだろう?
アイリーンも思わず上空を見上げ。
玉木が見ているものと同じものを見つけて、その場で固まってしまった。
玉木達が見上げた、迷いの森の空の上には。
小さな『黒い太陽』が、ポツり……と。
空の上に不気味に浮かんでいるのが見えていた。