第三百四十一話 正ヒロイン戦争に参戦する最強の勇者
「うおおおぉぉぉーーーーっ!!」
””ズシャーーーン!!””
青髪の姫騎士、アイリーンの振るう黄金剣が……薔薇の魔女、ロジエッタの体を真っ二つに切り裂いた。
2つに割れた魔女の体は、空中で霧散するように、細かな塵へと変わり消滅していく。
「セーリス、やりましたよっ!! 私の剣で敵を真っ二つに切り裂いてやる事が出来ました!」
会心の一撃が見事に決まり、黄金の剣を高らかに掲げて喜ぶアイリーン。
そんな浮かれモードのアイリーンに、後方から戦場全体を見渡していたセーリスが冷静に指摘をする。
「バーカ! よーく見てみろよ、アイリーン! それはただの幻影だぞ。厚化粧ババアは、向こうでまだピンピンとしていやがるぜ!」
「ええっ、そんな……!?」
花嫁騎士のセーリスに指摘され。
アイリーンは慌てて、前方を注意深く確認してみる。
女神の泉から少し離れた森の奥に、全身に真っ赤な薔薇のドレスを着たロジエッタが、優雅に地面に着地を決めて。余裕の笑みを浮かべながら、ニヤニヤとこちらを見つめていた。
「そ、そんな……! 確かに、敵を切り裂いた手応えがあったというのに!」
「気を付けるんだな、アイリーン。その厚化粧ババアは多分『光や鏡』を用いるタイプの能力者なんだ。だから目に見えている敵の姿が、敵の本体とは限らないぜ。アタシらの視界を巧妙に誤魔化して、本体そっくりな残像を見せてくるのも容易いみたいだからなー」
女神の泉を守るコンビニメンバー達の為に。
遠い西の地から、大急ぎで救援に駆けつけてくれた2人のコンビニの守護者達。
急変した戦況の変化に、ドリシア王国女王のククリアも、皇帝ミズガルドも……。今、一体何が起きているのかがまだ分からずに、困惑する事しか出来ないでいた。
コンビニの勇者である『秋ノ瀬彼方』に仕える、一騎当千の力を持つ最強の守護者達。
1人は青い鎧を着て、青い長髪をなびかせた姫騎士のアイリーン。
そしてもう1人は、純白のウエディングドレスを着た花嫁騎士、銀髪美少女のセーリス。
彼女達2人はたしか、それぞれ西のアルトラス連合領と、カルツェン王国の救援に向かっていたはず……。
それなのに、どうして彼女達は女神の泉に来ているのだろうか?
ドリシア王国女王のククリアは、訝しがるように2名の最強の守護者達の様子を観察した。
「アイリーン殿、セーリス殿……。救援に来て頂き、本当にありがとうございます……」
ククリアはおそるおそる2人の守護者達に対して、後ろから声をかけてみる。
一方でコンビニの守護者達の姿を初めて見た、皇帝ミズガルドは……。ただその場でじっと、周囲の様子を見守る事しか出来ないでいた。
状況はまだ不明だが、凄腕の剣士であるミズガルドには本能的に分かる事がある。
それは、ここに来てくれた2名の女性達は……1人が数千人の軍隊にも匹敵するほどの強い力を持った、最強の戦士達なのだと。
そして、グランデイル女王のクルセイスと、薔薇の魔女のロジエッタに追い詰められていた自分達にとって。これほど頼りがいのある援軍は存在しないであろう事も感じ取っていた。
もしかして、彼女達の登場は――。
コンビニの勇者である彼方が、あらかじめ手配をしてくれたものなのだろうか……?
「よーーし! そのキラキラした泉の周りにいる全員を、アタシは守りきればいいんだな! 白アリ退治は得意だから、アタシに任せなー! アイリーンはマイ・ダーリンがここに戻ってきてくれるまで、厚化粧ババアの相手をしておいてくれよな!」
「了解です、セーリス! 敵の特性が分かったのなら、私はもう絶対に手加減は致しません!」
花嫁騎士のセーリスが、女神の泉の周りを守り。
コンビニの守護騎士である、アイリーンが黄金の剣を真っ直ぐに構え。薔薇の魔女のロジエッタと直接対峙をする態勢を取る。
「あらぁ〜、あらぁ〜? な〜るほどね。コンビニの勇者の守護者達のお出ましという訳なのねぇ〜。5千年ぶりにあなた達の姿を見たから、すっかり外見を忘れちゃってたわぁ〜。確か、青い髪の子がアイリーンで、銀髪の子がセーリスだったかしらぁ? アレ……? 一番強い緑色の髪の子はここには来ていないのぉ〜?」
「ハァ……緑色? 誰だよそれ? っていうか、何でこの厚化粧ババアは、アタシらの事を知ってるんだよ!」
薔薇の魔女の言葉に、セーリスを眉根を寄せて露骨に訝しむ。
「おーっほっほっほ〜〜! 知ってるわよぉ〜! ワタシは『魔女』なのだから。過去のあなた達が、どれだけ多くの人間達を惨殺して。人々から恐れられた存在であったのかを教えてあげたいくらいよぉ〜! 当時の女神教の魔女達だって、あなた達2人には勝てなくて全滅しちゃったくらいなんだからぁ〜」
高笑いを浮かべる魔女に対して、セーリスは警戒の色を強くする。
「なぁ、ドリシア王国の女王さんよ! あそこにいるババアは、一体何者なんだよ?」
小声でセーリスに問いかけられたククリアは、薔薇の魔女のロジエッタについて説明をする事にした。
「セーリス殿、あの者は太古の昔……コンビニの大魔王がこの世界を支配していた時よりも、遥かに前から生き続けている不老の魔女なのです。そして今は、女神教から離反をして。グランデイル王国女王のクルセイスに肩入れをしているようなのです」
「ええっーーッ、それマジなのよー!? めっちゃリアル『ババア』じゃんかよ! 5000年以上って、そいつはヤバいな! それであんなに厚化粧をしているんじゃないだろうなー。せっかく不老になっても肌のシワは誤魔化せなかったって訳なのかよー。くわぁ……長生きしても、肌年齢が進むのだけは勘弁して欲しいぜー」
セーリスの大声が聞こえていたロジエッタは、露骨に不快そうな顔色を浮かべた。
そんなロジエッタに、白馬にまたがるクルセイスが愉快そうに声をかける。
「ウフフ……ロジエッタ? 敵の数が増えたみたいですけど、大丈夫そうですか? 苦戦しそうなら正直に言って下さいね。この私が直接戦闘に参加をしても良いのですからね?」
「あらぁ、大丈夫ですよぉ〜、大クルセイス女王陛下。全然心配には及びませんからぁ〜! コンビニの守護者2名が増えても、あの2人ならワタシ1人でも相手をする事が十分に出来ますからぁ〜。もし、緑色の髪の子と、ピンク色の髪のコンビニの守護者が来たなら、流石のワタシでも、すぐにでも尻尾を巻いて逃げたでしょうけどねぇ〜! おーっほっほっほっほ〜〜!」
薔薇の魔女のロジエッタが、手を掲げてグランデイル軍の白アリ部隊に合図をする。
すると、無数の白アリ魔法戦士達が女神の泉を取り囲むようにして包囲陣形を組み始めた。
既にこうして、セーリス達とロジエッタがゆっくりと会話をしている間にも。
グランデイル軍の白アリ戦士達は、女神の泉の周囲にいたライオン兵達を全滅させ。更には、ククリアが操っていた巨大土竜と、コンビニの勇者が残していったコンビニガード部隊、そして空中に浮かぶドローン部隊をも全滅させていた。
「さすがはグランデイル軍が誇る『白蟻魔法戦士』といった所ですね……。どうやら敵は、この女神の泉を奪いに来た訳ではなく。『破壊』する事を目的に、ここにやって来ているようですね」
ククリアは、クルセイスの真なる目的を知り。
改めて自分達にとって、現在の状況が不利である事を再認識してしまう。
「そうよぉ〜、そうよぉ〜! さっすがは博識のククリアちゃんねぇ〜。ワタシ達には『女神の泉』なんてものは必要無いのよぉ〜! むしろ帝国の夜月皇帝のようにこの場所を利用して、グランデイル王国に反抗しようとする勢力が出てきてしまう事の方がよっぽど脅威なの〜! だからこんな物騒な泉は、すぐに破壊させて貰う事にするわぁ〜!」
女神の泉を取り囲む、1万人近い数を誇る白アリ達が、一斉にコンビニメンバー全員に対して魔法攻撃を行う構えを取った。
少数精鋭のコンビニメンバーに対して、敵の数はあまりにも多過ぎる。
例え無敵シールドを持つセーリスであっても、これだけの数の敵の魔法攻撃全てを防ぐ事は出来ないだろう。
そして最も厄介なのが、上空から大量の白アリ部隊を地上に投下させている『飛行竜戦艦』の存在だ。
ただでさえ、森の中に無数に溢れている白アリ戦士達に加えて。上空に浮かぶ飛行竜戦艦は、落下傘部隊のように次々と白アリを地上に降下させてきている。
もしこれ以上、敵の数が増えてしまったなら……。
グランデイル軍に完全包囲をされて、こちらは殲滅されてしまうだけなのではないだろうか。
「セーリス殿、アイリーン殿、このままではボク達は敵に取り囲まれてしまいます……」
焦りの色を顔に浮かべたククリアが、冷や汗を流しながら2人に話しかける。
ところが、そんな真剣な様子のククリアに対して。
花嫁騎士のセーリスは、ケラケラと笑いながら軽薄そうにその場で腹を抱えてみせた。
「アーーハッハー! そんなに心配すんなって、ドリシア王国の女王さんよー! アタシらがたったの2人だけで、ここにやって来たと思ってるのかよ? そもそも、こんな森の奥にある秘密の場所をどうやって、正確に特定してやって来たと思ってるんだー?」
「えっ……それは、どういう意味なのでしょう?」
セーリスに言われて。ククリアはハッとする。
そうだ……。コンビニの守護者であるアイリーンとセーリスは、どうやって『女神の泉』の場所を特定出来たのだろう?
ここには侵入者を迷わす、迷いの森の特殊な結界が張られている。
『不死者』の勇者が発信器として付けていたブレスレットを頼りに、ここにやって来たグランデイル女王のクルセイスと魔女のロジエッタ。
……だとすると。カエルの粉を浴びていないアイリーンとセーリスはどうやって、ここに辿り着く事が出来たのだろうか?
「その答えなら、すぐそこまで来ているぜー! 空を見上げてみろよ!」
セーリスに言われて。ククリアとミズガルドは、女神の泉の上空を同時に見上げてみた。
その時――。
””ドゴーーーーーーーン!!!””
グランデイル軍の飛行竜戦艦がひしめく空の上で、大きな大爆発が響き渡った。
上空で、いくつかの連鎖する爆炎が巻き起こり。
空に浮かんでいた複数隻の飛行竜戦艦が、真っ赤な炎に包まれて地上に落下していくのが見えた。
「これは、一体……何事が起きているというのだ?」
皇帝ミズガルドが目を凝らして、迷いの森の上空を見つめると。
グランデイル軍の戦艦が浮かんでいる場所に。突如として現れた小型の青い飛竜に乗った見知らぬ軍勢が、斜め上方向からグランデイル軍に対して奇襲をかけているようだった。
空から自軍の戦艦が落とされていく光景を見て。
白馬の上にまたがるクルセイスは、冷静な口調で静かに呟く。
「あの国旗はたしか、カルツェン王国軍のもの……。なぜカルツェン王国の飛竜部隊が、ここにやって来ているというのかしら?」
「ええ〜〜、それは本当なのですかぁ〜、大クルセイス女王陛下……? まさか、あのタコ足の醜いバカ勇者が敵に敗れたというのかしらぁ〜?」
クルセイスとロジエッタが共に、空中に現れたあり得ないはずの敵の援軍に驚きの表情を浮かべる。
カルツェン王国軍の小型飛竜部隊は、グランデイル軍の飛竜戦艦よりも高い位置から。
鉄製の爆薬のような物を落下させて、空から奇襲をかけているらしい。
そんな予想外な増援部隊の乱入に驚いたのは、グランデイルのクルセイス達だけではなかった。
「そんな……!? カルツェン王国軍がなぜここに? まさかグスタフ王が、援軍を引き連れてここに駆けつけてきたとでもいうのですか!?」
ククリアは、迷いの森の上空に駆けつけた味方の援軍に思わず驚きの声をあげる。
カルツェン王国は、西方3カ国同盟から離脱して。東からのグランデイル軍の総攻撃を受けて、孤立を深めていたはず……。
それがどうして、帝国領にあるこの女神の泉に増援軍を送ってくるという流れになったのだろうか?
事態が全く飲み込まずにいる、コンビニメンバー達の前に。上空から、カルツェン王国軍の小型飛竜に乗った複数名の騎士達が降下をしてきた。
小型飛竜は、ククリア達の前に着地をすると。
その上に乗っていた、黒い格好をした一人の女性が……。クルクルクルと新体操のジャンプ技を決めるかのように、華麗に地面に降り立つ。
その女性はまるで、コンサートステージでラストソングを歌い終えて。完全に燃え尽きたアイドルのような決めポーズを取ると。
女神の泉に集結している、コンビニメンバー達に向けて改めて自己紹介をした。
「みんな〜〜、怪我はしてない〜? 私がここにやって来たからには、もう大丈夫だからね〜! コンビニ共和国が誇る、最強最カワの勇者が『正ヒロイン戦争』に参戦をする為に、ここにやって来たからね〜〜!」
「た、玉木様………!?」
女神の泉の中に入っていたティーナが、思わず大きな声を上げて驚く。
「ああ〜! ティーナちゃんだ〜! 良かった〜、ティーナちゃんも無事だったのね〜!」
地上に降り立った玉木は、急いで女神の泉の近くに駆け寄り。久しぶりに再会したティーナに向けて、笑顔で両手を振って再会を喜びあう。
「おい、おせーぞ! 忍者の姉ちゃん! 何でアタシらよりも遅れてやって来てんだよ!!」
怒鳴り声をあげて憤るセーリスに、玉木は手を頭に当てて舌をペロリと出して謝った。
「ごめんなさい〜〜! カルツェン王国の騎士さん達が、どうしても私に着いてくるっていうから。グランデイル軍よりも高い場所を飛んで、上空に待機をして貰っていたのよ〜!」
そんな玉木に対して、周囲にいるカルツェン王国の騎士達が声を荒げて注意をする。
「玉木様、当然です! 我々は、ルカ女王様の婚約者であり。次期カルツェン王国女王として、我らを導いて下さる玉木様を必ずお守りするようにと、厳命をされてここに来ているのですからね!」
「じ、次期カルツェン王国女王様……!? 玉木殿、それは一体どういう事なのですか!?」
「えーっと、うーんとね。それはちょっとだけ説明が難しいんだけど〜。それよりも肝心の彼方くんはどこにいるの〜? パワーアップした私が『索敵探索』の能力を使って、みんなをここまで導いてきたんだからね〜! 『やっぱり俺の嫁はお前しかいない、玉木〜!』って、彼方くんに言わせて。正ヒロイン戦争を勝ち抜く為に、私はここにやってきたんだからね〜!」
正ヒロイン戦争……?
よく聞き慣れない言葉に、首を傾げるククリア。
「コンビニの勇者殿でしたら、敵の夜月皇帝を仕留める為に。森の奥に向かわれました。ですが、きっとすぐにここに戻ってこられると思います……」
「そ、そんなぁ〜! 格好良く登場した私の姿を彼方くんに見て欲しかったのに〜! くぅ〜、またしても正ヒロインの座を掴むチャンスを逃してしまったのね〜! でも、まだ諦めないわっ! 『玉木すげーーっ! 格好良い! 惚れ直した、俺の嫁になってくれってー!』って、絶対に彼方くんに言わせてみせるんだから〜!」
久しぶりに再会した玉木は、どうやら何も変わっていないようだった。
普段通りの玉木の様子を見れたティーナは、安心して思わずクスクスと笑ってしまう。
玉木がここにやって来てくれただけで。こんなにも危機的な状況にいるはずのコンビニのメンバー達が全員、明るい雰囲気に包まれてしまうのだから。
本当に玉木の存在は、みんなにとって貴重な存在なのだとティーナとククリアは改めて再認識をした。
そして、玉木がここにいるのなら。コンビニの守護者達が、正確に女神の泉の場所を特定してここにやって来れた事の説明もつく。
玉木は暗殺者の能力、『索敵探索』を持っている。
コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方から貰った猫のキーホルダーを肌身離さずに持ち歩いている玉木なら、いつでも彼方のいる場所を、探し出す事が出来るからだ。
ティーナや、ククリアがいまだに驚きの視線で玉木を見つめていると――。
みんなに再会して浮かれモードだった玉木は、すぐに真剣な表情に戻り。
改めて、グランデイル軍のいる方向に向き直った。
「アイリーンさん、私も加勢させて貰います! 彼方くんが戻ってきてくれるまで、一緒にグランデイル軍を泉に近づけないようにしましょう!」
「分かりました、玉木様! ですが……あの薔薇のドレスを着た女にだけは注意をして下さい! あの女は太古の昔から生き続ける、不老の魔女の1人なのです!」
「不老の魔女……。あの人がそうなんですね。分かりました。注意をして挑む事にします!」
玉木と、アイリーンが同時に戦闘態勢を整える。
そして互いに連携するように。武器を構えて、呼吸を合わせながら防御態勢を整えていく。
「よーし、白アリ軍団の方はアタシに任せなー! 2人とも思う存分に、あの厚化粧ババアをぶちのめしてやるんだぜーーッ!」
セーリスはロケットランチャーを両手に構えて。ジリジリと周囲から接近してきていたグランデイル軍の白アリ部隊に牽制のロケラン攻撃を発射させた。
その様子を見守っていたククリアは、どうしても不思議な違和感を感じてしまう。
それは、コンビニの守護者である2名が……。
援軍に来てくれた暗殺者の勇者である玉木の事を、戦闘面においての『対等なパートナー』として扱っているように感じられたからだ。
たしか玉木は、コンビニの勇者の仲間達の中では……最も力が弱く。率直な言い方をしてしまえば、戦闘の出来ない『役立たずの勇者』という立ち位置ではなかっただろうか?
それなのに今はアイリーンと共に。5000年以上もこの世界に生き続ける、不老の魔女との戦いに参戦させるというのだろうか?
それはあまりにも無謀過ぎるのではないかと、思わず心配になってしまう。
コンビニチームの様子を、先ほどからニヤニヤとおかしそうに見ていたロジエッタは、その場で高らかに笑い始めた。
「おーっほっほっほっほ〜〜! たかが異世界の勇者が1人加勢にきただけで、まさかこのワタシに本当に勝てるとでも思っているかしらぁ〜? 援軍にきたカルツェン王国軍も少数だけみたいだし。すぐに全滅させて、コンビニの勇者が戻って来た時には、女神の泉には仲間の死体しか残っていない状態にしてあげるわよぉ〜!」
ロジエッタが薔薇の剣を振りかぶり。駆け足でこちらに向かって迫ってくる。
まさか向こうから急に接近してくるとは思わずに。
アイリーンは黄金の剣を構え直すのが、一瞬だけ遅れてしまった。
「しまった……! ですが、すぐに立て直してみせます!」
アイリーンは大急ぎで、黄金の剣を振りかぶり。
至近距離にまで迫ってきたロジエッタに、高速の剣を一気に振り下ろしてみせた。
「アイリーンさん、そいつは敵の残像です! 本物は既に、アイリーンさんの斜め後方に回り込んできています……!」
「えっ……!?」
玉木の言葉通り。アイリーンの振り下ろした黄金剣は、虚空を斬り。
ロジエッタの本体を捉える事は出来なかった。
「へぇ〜〜! ちょっとだけビックリねぇ〜! あなた、ワタシの本体を正確に見極める事が出来たという訳なのぉ〜! おーっほっほっほ〜〜!」
アイリーンの後方に回り込もうとしていたロジエッタの動きに反応して。
玉木は黒いダガーナイフを両手に構えながら、既にロジエッタの本体に向けて勢いよく飛び込んでいた。
「でもぉ、でもぉ〜〜! ワタシの体に傷一つ付ける事なんて出来ないわよぉ〜、可愛いお嬢さん〜!」
ロジエッタは素早く体を旋回させて。
空中からこちらに飛び込んできていた玉木に対して、薔薇の剣を真っ直ぐに突きつけようとする。
すると、突然……。
ロジエッタの目の前にまで迫ってきていたはずの玉木の姿が――忽然とその場から消えてしまった。
「えっ……何なのよソレ? 一体どこにいったの?」
体が完全に消失してしまった玉木に驚き。
一瞬だけ目をキョロキョロと泳がせてしまう、ロジエッタ。
そんな薔薇の魔女の油断を……『暗殺者』の勇者は決して見逃したりはしない。
「――暗殺者の奥義、『黒影領域』――!!」
ロジエッタの立つ地面に広がる黒い影の中から、にゅう〜と地上に這い出るようにして。両手にダガーナイフを構えた玉木が、勢いよく飛び出してくる。
予想外な場所から出現した玉木の姿に驚き。
ロジエッタはとっさに体を横に回転させて、敵の攻撃の回避を試みる。
”――ズシャッ――!!”
玉木のダガーナイフは、ロジエッタの体を捉える事は出来なかったが……。
その足に、大きな切り傷を負わす事に成功した。
「クッ……! そんな……!? この攻撃の仕方は、まさか……!?」
ロジエッタは、慌てて空中に飛び上がり。
アイリーンと玉木のいる場所から、高速スピードで遠ざかり。
白馬にまたがるクルセイスのいる場所にまで戻ると。その場で華麗に着地を決めて態勢を整えた。
「ウフフ……。どうしたのですか、ロジエッタ? もしかして苦戦をしているのですか? 必要でしたら、私が加勢をしてあげましょうか?」
意味深な笑い声を漏らすクルセイスに。
ロジエッタは少しだけ呼吸を整えてから、ゆっくりと返答をした。
「いえいえ〜、それには及びませんわぁ、大クルセイス女王陛下。ですが、少しだけ敵の事を侮ってしまった事をお詫び致しますわぁ〜。ワタシはついつい、失念してしまっていたのです。今、この世界にコンビニの勇者がもう1人出現をしたというのなら……。『あの女』も2人いる可能性がある事を、ワタシとしたら、すっかりと忘れてしまっていましたのぉ〜」
「あの女……? それは誰の事なのですか?」
うっふっふ……と、笑みをこぼしながらロジエッタは含み笑いをする。
そして女神の泉の前に立つ、玉木の姿を興味深そうに見つめながらクルセイスに説明をした。
「それは、現在の女神教を束ねる指導者。枢機卿の事ですわぁ〜、大クルセイス女王陛下。あのコンビニの大魔王を5000年前に倒した、伝説の異世界の勇者。最強の『暗殺者』の能力を持つ枢機卿の分身が、今……ワタシ達の前にいるのですよぉ〜。おーっほっほっほ〜!」
ロジエッタの言葉を聞いたクルセイスは、一瞬だけ呼吸を止めて。その場で完全停止をしてしまう。
そしてすぐに目を見開き、玉木の姿をマジマジと凝視し始めた。
しばらくして、クルセイスは……。
今までで一番大きな声を上げて。白馬の上で腹を押さえながら大笑いを始める。
「アーーハッハッハッハッ!! まさか、あの偉大なる枢機卿様と戦う事が出来るというの? それは本当に愉快な事だわ。確かに言われてみれば、そのお声も、お姿も、あの忌々しい枢機卿様にそっくりね! ウフフ……ロジエッタ。面白いから私も参戦をさせて貰うわよ。あの枢機卿様と一度は直接戦ってみたいと私はずっと思っていたのよ……」
グランデイル女王のクルセイスが、白馬の上からゆっくりと降りて。
ロジエッタと共に、戦場の最前線に出てくる。
そして、黄金剣とダガーナイフをそれぞれに構えている、アイリーンと玉木の正面に立ちはだかった。
「――さぁさぁ、始めるとしましょう! 女神教の元魔女候補生であり。私に戦い方を伝授して頂いた、枢機卿様の一番弟子でもあるこの私が……。師である枢機卿様と直接戦う事が出来るだなんて、こんなに光栄な事はないのだから。ウフフフ、アハハハハハーーーッ!!」