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第三百三十六話 再び女神の泉に水を注ぐ為に


 女神の泉を巡る攻防の第2ラウンドが開始される。


 今度は両陣営共に、手加減なしの総力戦だ。



 頭に血を上らせた夜月皇帝(ナイト・エンペラー)ミュラハイトは、もう戦力を出し惜しむような事は決してしない。


 数千匹を超えるライオン兵達が、獲物に群がり血肉をむさぼるハイエナのように。凄まじい速度で、泉の周囲にいるコンビニメンバー達に襲いかかってくる。



「――名取、女神の泉に防御結界を張ってくれ!!」


 コンビニの勇者の彼方(かなた)の指示を受けて。『結界師(ディフェンサー)』の勇者の名取が、泉の周囲に防御シールドを展開した。


 女神の泉の周りをぐるりと覆うように。白い光を放つドーム状の球体シールドが、名取によって張られる。


 その防御シールドの強度は抜群だった。


 無数のライオン兵達が一斉に飛び掛かってきたというのに。名取の張る白い防御結界は敵の侵入を見事に防ぎ、食い止める事に成功している。



 その防御力のあまりの高さに、彼方は目を見開いて驚きの声をあげた。


「凄いな、この結界の強度は……!? そうか! 倉持と名取は女神の泉に飛び込んだから、異世界の勇者としての能力が大幅にレベルアップしているのか!」


 名取の能力によって生み出された、白い防御シールド。その防御力は彼方の記憶にあるモノよりも、格段に強度が上昇していた。



 これは彼方にとっても、予想外な出来事だった。


 彼方は名取の張る防御結界によって、ある程度の時間、敵の攻撃を防げれば良いと考えていた。


 しかし、彼方の予想に反して。想像以上の耐久度を持つ、強力な結界を名取が泉の周囲に展開してくれた事に気付き。

 名取の持つ『結界師(ディフェンサー)』としての能力が、短期間で大幅にレベルアップした事に改めて驚いた。


 鉄壁の分厚い防御シールドに阻まれ。

 数千を超えるライオン兵達は、結界の中への侵入をいまだに果たせずにいる。


 そんな、不甲斐ないライオン兵達の後ろから。

 凄まじい怒声が浴びせかけられた。


「――おい! 何をしていやがるんだ、お前達ッ! そんなボロボロのシールド、すぐに叩き壊しやがれッ! さっさとオレ様の泉に群がるゴミ虫共を排除しろ! 例え体がバラバラになろうと、敵を倒すまでは決して突進を止めるんじゃないぞ!!」



 ライオン兵達を統べる夜月皇帝(ナイト・エンペラー)は激昂して、部下達に苛烈な命令を下す。



『『”グオオオオォォォーーーッ!!”』』

 

 両目を真っ赤な攻撃色に変えたライオン兵達は、死ぬ気で結界に突進し、猛烈な体当たりを浴びせていく。


 その威力は、目を見張るほどに凄まじかった。


 肉体の限界点を、遥かに超えた攻撃を繰り出すライオン兵達。彼らは自分達の肉体が壊れる事など、全く考慮しない。

 ……ただ、指示者である夜月皇帝の命令に従い。目的を果たすまで猪突猛進を繰り返すのみだ。

 


 ”ピシピシピシ………”


 ドーム状の白い結界の表面に、無数のひび割れが刻まれていく。


 おそらく結界は、長くは持ちこたえられないだろう。



 女神の泉に入り、能力を強化した名取の結界であっても。敵の数はあまりにも多く、そして結界に突進してくるライオン兵達の力が強大過ぎた。



 今、結界の外に立ち。敵の攻撃を対して反撃を試みているのは、コンビニの勇者の彼方(かなた)だけだ。


 彼方は少しでも敵の数を減らそうと、迫り来るライオン兵達を、体を高速回転させて蹴り飛ばし。硬化させた黒いロングコートを用いて順番に切り裂いていく。



 流石にこの凄まじい数のライオン兵達が相手では、皇帝ミズガルドを結界の外に出すのは危険過ぎる。


 例え優れた剣術使いであるミズガルドであっても、この猛獣達の群れの中に1人で立たせたら、群れの波に飲み込まれ。瞬殺されてしまうに違いない。


 もふもふ娘のフィートも。


 上級魔法使いの倉持も。


 今は全員、名取の展開する防御結界の中に避難をしている。



 つまり、ライオン兵達と現在まともに戦えるメンバーは、コンビニの勇者の彼方だけだった。


 その彼方でさえも、台風のように激しく迫り来る敵のあまりの数と、怒涛の勢いに。完全に押し負けそうになっていた。



「オラオラオラァ〜! ゴミ勇者と、その無能な仲間達をまとめてブチ殺しちまえよ! このオレ様を舐めやがってッ! 全員、血の一滴さえ残さないくらいにバラバラのミックスジュースにして、地面にぶち撒けてやるからなッ!!」


 完全に怒り心頭のミュラハイト。彼は一切手を緩める事なく。コンビニの勇者に休む暇など与えないように、怒涛の勢いで攻め寄せてくる。


 果たしてこんな防戦一方な状態で、女神の泉の中に大量の水を再び注ぐ事など、本当に可能なのだろうか?


 彼方以外のメンバー達は、名取の張った防御結界の中に身を潜めて隠れている事しか出来ない。

 そしてレベルアップをした名取の結界であっても、もう……そう長くは持ちそうにない。


 客観的に見れば、これはまさに絶対絶命のピンチとしか言いようが無い状況だ。



 たまらず彼方は、結界の中にいる倉持に向けて大声で援護要請をする。


「――倉持! お前も名取と同様に女神の泉に入ったのだから、能力が大幅にレベルアップしているはずだ! 何か、結界の中から敵に攻撃出来るような、強力な上級魔法は使えないのか?」


 死んでも蘇生する事の出来る『不死者(エターナル)』の能力以外にも。上級魔法を使いこなせる、魔法使いとしての能力(スキル)に特化している倉持は、額から冷や汗を流して彼方に返事をする。


「無理だよ……彼方くん! 僕の放つ魔法は、美雪さんの結界の中にいる状況では使用出来ない。仮に攻撃魔法を放っても、敵には効かないだろう。それだけ、レベルが違い過ぎるんだ。強靭な肉体を持つライオン兵達には、僕の魔法なんか全く通じないよ……!」



 弱腰な倉持の言葉を聞いた彼方は、思わず舌打ちをしそうになる。


 昔はあれだけ『無能』な勇者と、自分を罵ってきたくせに。

 現在では、その当人の倉持の方が全く役に立たないなんて。けれど、それも仕方の無い事だった。


 これだけの数のライオン兵達に群がられているんだ。

 この状況下で、名取の結界から倉持を外に出して戦わせたら。ピラニアが数千匹入ってる大きな水槽に、美味しそうな金魚を1匹放り込むようなものだ。



 だが、このままだと……流石にヤバい気がする。


 敵と戦闘しているのが、コンビニの勇者1人だけではキツ過ぎる。これでは、女神の泉の防御シールドは確実に敵に突破されてしまう。


「……クソッ! まだなのか、ティーナ。まだ『アレ』の準備は整わないのかよ……」


 迫り来るライオン兵を蹴り飛ばしつつ。彼方はチラチラと、丘の上の様子を何度も目で見て確認する。



 コンビニ支店1号店を残してきた丘の上からは、まだ何も反応が無い。


 だからこそ彼方は、必要以上に焦ってしまう。


 早く作戦を実行に移さないと、もう女神の泉の周辺に残るメンバー達を守りきれないかもしれない。

 全身から大量の汗を流しながら。彼方は次第に、顔色を不安で曇らせていく。


「……彼方くん、攻撃魔法はダメだけれど。君の身体能力を高める『バフ効果』のある上級魔法なら、ここからでも放てそうだ! それでも良いかい?」


 倉持が大声で、結界の外で孤軍奮闘している彼方に向かって呼びかけてきた。


「このぉ、バカ倉持がぁぁーーっ!! 最初からそういうので、全然良いんだよっ!! 出し惜しみなんかしてないで、早く俺の体にお前の魔法をかけてくれよ!!」


「何だって!? バカは余分だろ、このクソ彼方めッ! こんな緊急事態なんだ、僕だっていつもの冷静沈着で、スーパーイケメンのクールガイのままでいられる訳が無いじゃないかーー!!」


「もう〜〜! 仲良し幼馴染の痴話喧嘩はいいから、早く大好きお兄さんにバフ効果のある魔法をかけてあげるのにゃ〜〜!」


 もふもふ娘のフィートが、倉持を叱りつけるようにして懇願する。


 今は一刻を争う事態だ。幼馴染同士で、イチャイチャと悪ふざけをしているような場合では無い。



「よーーし! いくぞーーッ、彼方くん!! 上級魔法『瞬足(ラビット)』!!」



 倉持の両手から、青い霊魂のような怪しい光の輝きが放出される。


 その光は結界の外に立つコンビニの勇者の体に目掛けて向かっていき。まるで水が紙に吸収されるかのように、彼方の体の中にスッと溶け込んでいった。


「うおおおぉぉーーっ!? これは凄い!! 全身がめっちやポカポカしてきて、体の動きが軽く感じられるぞ! いやっほーーい!!」


 全身から熱い力が湧き起こってくる。

 背中に羽が生えたように、全身が軽く感じられる。


 彼方は自身の身体能力が、倉持のかけた『瞬足(ラビット)』の効果により。自分が今までよりも、遥かに俊敏に動けるようになった事を確認した。



「よーし、これならまだまだいけそうだぞ!!」


 先ほどまでよりも、約1.5倍くらいの倍速で移動が出来るようになった彼方は、さっそく高速移動を開始する。

 そして女神の泉の周囲に群がる、ライオン兵達の足元に滑り込み。順番に回し蹴りを喰らわして、敵を遠くに蹴り飛ばしていく。


 女神の泉を守る防御結界に群がる敵を、1匹でも多く結界から引き剥がすんだ。そうでないと、もう……結界の耐久度はとっくに限界値を超えている。


 内心では焦りを感じつつも。それをみんなには見せないように、彼方はたった1人で孤独に敵と戦い続ける。



 そして――とうとう。

 彼方が待ち侘びていた『その時』が訪れた。



 女神の泉の上空に、突如として無数の飛行ドローンが出現し。

 丘の上から、女神の泉に至るまでの最短の道筋に沿って。上空から大量の小型ミサイルが、地上に向けて発射されたのである。



 ””ズドドドドーーーーーーーン!!!””



 女神の泉に戦力を集中させていた夜月皇帝(ナイト・エンペラー)も、突然の爆発音に目を丸くして驚く。


 結界に群がっていたライオン兵達も、遠くから聞こえてきた爆発の音に驚き。その場で全員が一斉に立ち止まり。結界への攻撃をいったん静止する。



「とうとう来てくれたのか……!! ティーナ、本当にありがとう!!」



 彼方は敵の進撃が止まった、このわずかなチャンスを決して逃さない。



「野郎ども、これでも食らいやがれーーーーッ!!! 『青双龍波動砲セルリアン・ツインレーザー』ーーーッ!!」


 コンビニの勇者の両肩に浮かぶ、2つの銀色の球体から再び青いレーザービーム砲が放たれる。



 青い2本のレーザービームは、名取の張る結果に群がっていたライオン兵達――約100匹近くを、一瞬にして消し飛ばす。


 だがそれは、青いレーザー砲の本来の威力からは、程遠いものだった。



 仮想夢の中でもそうだったが、女神の泉の近くで『青双龍波動砲セルリアン・ツインレーザー』を放つと、その威力は弱まってしまう。


 しかも今回は、泉のすぐ近くから放たれたので。せいぜい100匹程度の敵を、消し飛ばすのがやっと……という程度の威力しか出せなかった。



 それでも、至近距離から放たれた青いビーム砲の威力に恐れをなし。ライオン兵達の突進が止まったのは間違いない。


 敵には『超火力』で砲撃してくる、必殺の飛び道具があると分かった以上……。ライオン兵達は、迂闊にコンビニの勇者に接近する事は出来なくなったからだ。


 この大出力のレーザー砲は、本当は連射する事が出来ない性能なのだが……。まだその事が敵にバレていない以上。

 敵の進撃を止める為の抑止力としては、十分に有効だった。



 夜月皇帝(ナイト・エンペラー)と、ライオン兵達が女神の泉への進撃を止めた、その一瞬の隙をつき。


 彼方は、頃合いを見て。自身の手に装備しているスマートウォッチに向けて大声で呼びかけた。



「よーし、ティーナ! 今だッ!! コンビニの屋上に溜めた水を、一気に女神の泉に向けて注ぎ込むんだ!」



「何だと!? 貴様、一体何をするつもりなんだ!」


 彼方の突然の宣言に驚き。ミュラハイトは、慌ててコンビニの勇者に問いかける。


「バーカ、俺はさっき言っただろう? 女神の泉にもう一度『水』を注ぎ込むって。俺達は大量の水を事前に用意して、それを効率よく女神の泉に注ぎ込む為の準備を、ずっとしていたのさ!」


 女神の泉の周辺に隠しておいた、無数のドローンがミサイル攻撃を地面に集中させて。

 丘の上にあるコンビニ支店から一直線に、女神の泉に水を注ぎ込む為の『水路』を作りだす。


 それは、丘の上に隠したコンビニの店内に残り。事務所でパソコン作業をこなすメンバー達が、女神の泉の周辺の地形を計算して割り出してくれたものだった。



 コンビニ支店の屋上には、迷いの森にやって来るまでの旅の道中で。事前に用意をしておいた、プールのような『巨大水槽』が乗せられていた。


 その巨大水槽に、コンビニで発注した大量のペットボトルの水をあらかじめ注ぎ込んでおき。まるで貯水槽のように、丘の上のコンビニから女神の泉に向けて、水を一気に流し込む為の用意をしておいたのだ。


 そしてそれを、ドローンが作り出した女神の泉にまで直通で繋がる、仮設の水路を利用して水を流す。



 これが彼方達が事前に用意をしておいた、女神の泉に大量の水を一気に注ぎ込む為の作戦だった。


 コンビニに残った、パソコン処理能力の高いメンバー3人が、丘の上から水を泉に流す為に必要な水路の距離を計算して、全ての調整をしてくれている。

 だから後はもう、コンビニの屋上にある貯水槽に穴を開けて。水を丘の下に向けて、一気に放水させるだけで、全てが上手くいくはずだ。



 突然の事態に、今、女神の泉の周囲で何が起きているのかを把握出来ずにいるミュラハイト。


 彼は自分に破滅をもたらそうとしている、コンビニの勇者を鋭く睨み。

 敵の作戦を止めようと、戦闘態勢を再び整える。



 だが、コンビニの勇者には超火力の砲撃能力がある以上……。迂闊に接近する事は出来ない。


 下手をすれば、一瞬にして。あの青い2本のレーザビームー砲の直撃を受けて、自分は消し飛ばされてしまうかもしれないからだ。


 おまけに普段、自分の身を常に守ってくれていた側近の足の速いライオン兵達が……。いつの間にかに、コンビニの勇者によって倒されてしまっていた。


 夜月皇帝は、移動速度の速いライオン兵達を側近として周りに配置して。何かあった時に、自分の体ごと玉座を担がせて。敵から逃げる為の準備をしていた事を、彼方は仮想夢の中で先に見て知っていた。



 だから、ミズガルドと夜月皇帝が戦っていた時に。


 彼方はその側近となる足の速いライオン兵達を優先的に見つけ出し、先にそいつらを排除していたのである。


 もう、これでミュラハイトにここから逃げる手段は残されていない。そして、レーザー砲の火力を恐れるミュラハイトは迂闊に動けなくなっている。



 後は――丘の上のコンビニから、女神の泉に大量の水を流し込むだけだ。


 そして、名取の張る防御結界を維持しつつ。

 コンビニに残るククリア達と合流が出来れば、こちらは更なる戦力補強が出来る。


 そうすれば、女神の泉が再び奇跡の水の力を取り戻すまでの十分な時間を、ここで耐え切る事が可能だろう。


 女神の泉の奇跡の力が復活すれば、『動物園』の魔王である冬馬このはと。まだ未覚醒の遺伝能力者であるティーナを、泉に入れて覚醒させる事が出来る。



 それで形成は、一気に逆転するはずだ。


 彼方達は今回の旅の目的を全て、達成する事が出来るのだ。



 スマートウォッチの通話機能を使用して。

 コンビニ支店に残っているティーナに話しかけていた彼方は……怪訝な表情を浮かべ。


 なぜが次第に、顔色を暗く曇らせていく。



「………ティーナ?」



 おかしい……。

 どうして、ティーナからの返事が全く無いのだろう。


「ティーナ……一体、どうしたんだ? 早く水を丘の上から流してくれ! でないと、俺達はもう……」



『――――』



 コンビニの事務所にいるはずの、ティーナから返事がない。


 事務所のパソコンと通話機能は繋がっているようなのだが、なぜかティーナの声は全く聞こえてこなかった。

 そこに一緒にいるはずの、ティーナ以外の他のメンバーからの返事も、まるで聞こえてこない。


 この絶好のタイミングで、一気に水を泉に注ぐ。後は、頼れる戦闘パートナーであるククリアにも、泉の防衛戦に参加してもらい。


 女神の泉の中の水が、再び奇跡の力を宿すまで持ち堪える作戦だった。


 今までは、戦闘の出来るメンバーは彼方だけだった。だが、ここにククリアが来てくれれば。一気にこちらの陣営の戦力は大幅に補強される。



 だから水路に早く水を流し込んで貰い。

 みんなと一刻も早く、合流を果たしたいのに……。



 どうしてコンビニの事務所からは、何も反応が返ってこないんだ……?



「オイオイオイ、どうしたんだよ〜? コンビニの勇者さんよぉ〜! どうやら当てにしていたモノが、計画通りには、上手くいかなかったみたいだな〜?」


 ニヤリと笑みを浮かべて、ミュラハイトがこちらにゆっくりと歩みを進めてくる。


 彼方は敵を牽制する為に。体を正面に向けて、ミュラハイトが向かってくる方向に向き直す。


「フン。お前のそのビーム砲は、連続で発射する事は出来ない仕様なんじゃないのか? それが出来るのなら、最初からオレに目掛けて連射してくれば良かったはずだものなぁ? 計画が狂って、内心焦りと不安で汗をダラダラと流しているのは、お前の方なんじゃないのかよ、コンビニの勇者さんよぉ〜?」



 彼方は無言のままだった。

 そして、ミュラハイトの事を鋭く睨みつつ。


 何度も何度も、丘の上のコンビニ支店の様子を目で確認し続ける。



 コンビニの勇者の彼方とミュラハイトは、お互い牽制し合うようにして睨みつけあう。


 

 その時――。


 今度は再び、女神の泉に大きな爆発音が響き渡った。



 爆発音の発信源は、コンビニ支店がある丘の上からだ。



「………まさか、ティーナ!?」


 彼方が丘の上を急いで見つめると。

 そこから大きな煙が立ち昇っているのが見えた。


 そして、コンビニの屋上に用意した巨大水槽に大きな穴が開き。大量の水が外に向けて放出されているのが分かった。


 とうとう、コンビニから水の放水が始まったのだろうか――?


 だが、炎上しているコンビニから流れ出ている水は……丘の下にある女神の泉とは反対方向に流れ出し。

 用意した大量の水は全て、森の奥に向けて流出してしまっているようだった。



「そんな……!? ど、どうしてなんだ……?」


 ここに来るまでに事前にみんなで用意して。貯めておいた大量の水が全て失われてしまった。


 これでは女神の泉に水を満たす事が出来ない。そして、コンビニはなぜ爆発してしまったんだ? 店内にいるティーナ達は無事なのだろうか?



「彼方くん、ごめんなさい……。もう、これ以上は結界を張るのは無理……」


 女神の泉に、白いドーム型の防御シールドを張ってくれていた名取が苦渋の声を漏らす。


 泉の奇跡の水の効果により、大幅なレベルアップを遂げた名取の能力であっても……。どうやらここまでが限界らしい。これだけの数のライオン兵達に一斉に攻撃を受けている状況なんだ。

 


 むしろたった1人だけで、よくここまで持ち堪えてくれた方だろう。



「フッハッハ……! どうやらお前達の作戦は失敗をしたようだな。今から全員、なぶり殺してやるから覚悟しろよッ!!」


 再び女神の泉が、ミュラハイトと数千を超えるライオン兵達によって完全包囲される。



 彼方も、他のメンバー達も……。


 あとわずかで、破壊されてしまう寸前の防御シールドの中で。全員が顔面蒼白な顔色を浮かべて、互いに息を殺して押し黙っていた。



 ☆  ☆ ☆ ☆ ☆




 炎上し、燃え盛る激しい炎に包まれているコンビニ支店の屋上には……黒い髪の少女が1人で立っていた。



 彼女は丘の下にいる、コンビニの勇者の姿を見下ろし。クスクスクスと小さな笑みをこぼす。



「……うふふ。さようなら、コンビニの勇者様」



 黒髪の少女は、鼻歌を口ずさみながら。

 ゆっくりと燃え盛るコンビニの中に入っていく。



 彼女の手には、銀色に光る鋭利な刃物――『包丁』が握られていた。



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