第三百三十二話 コンビニの中での最後の交流
女神の泉へ移動中のコンビニ支店1号店。
その店内では現在、コンビニチームのメンバー達がそれぞれの準備をしながら過ごしていた。
コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方は、ふらりと立ち寄った事務所の中で。パソコンの前の椅子に座り、今後の日程をキーボード入力しているククリアの姿を見つける。
パソコンのモニターに向きあう、紫色の髪をした小さな少女は、目にも止まらぬ高速ブラインドタッチで、エクセルの入力作業をしていた。
その光景を見た彼方は、思わず感嘆の声を漏らす。
「凄いじゃないか、ククリア! パソコンのキーボード入力がめっちゃ速いんだな!」
彼方に声をかけられたククリアは、『ふふん』と鼻を鳴らし。嬉しそうに小さな胸を張ってみせた。
「元々、ボクは……コンビニの勇者殿と同じ『日本』で暮らしていた、冬馬このは様に仕えていた守護者ですからね。パソコンの操作は動物園の事務所でもしていましたから、大得意なのですよ」
彼方の目から見て。ククリアはますます魔王軍の紫魔龍公爵である『メリッサ』の意識との、同化が進んでいるように見えた。
見た目はまだ幼い少女の姿をしているのに。時折、冬馬このはと一緒に過ごした大昔の記憶を、自分の想い出話として語る事が多くなった気がする。
「……でも、コンビニの勇者殿。ボクよりももっと速くブラインドタッチが出来る人物が、このコンビニの中にはいるんですよ。知っていましたか?」
「それって、もしかして……ティーナの事か?」
ティーナは彼方と共に、1年以上もコンビニで暮らしてきたベテランコンビニ店員だ。
お店の売上をパソコンで管理したりもしていたし。キーボードのタッチもかなり上達していたのを、彼方は身近で見てよく知っていた。
「それが、実はティーナさんではないのです。今、コンビニの中で最も速くパソコンのキーボード入力が出来るのは、実はアリスさんなのですよ!」
「ええっ、アリスが? それ、本当なのかよ!?」
両目を見開いて驚く、彼方。
まだアリスはコンビニに来て、間もないはずだ。それなのにどうして、そんなにもパソコンの操が上達しているのだろう。
「アリスさんは、ティーナさんやボクにパソコンの操作を教えて欲しいと頼み込み、熱心に勉強をされていましたからね。既に異なるパソコン間のリモート操作や、ドローンの操作もお手のものになっています。本当に、もの凄い学習能力だと思います」
「そうだったのか。リモート操作というと、例えばコンビニの地下シェルターのパソコンから、事務所のパソコンを遠隔操作で操るような事も、アリスには可能だったするのか?」
「ええ、きっと今のアリスさんなら出来ると思いますよ。彼女は一度見たマニュアル本などを、すぐに暗記してしまえる程に記憶力が良いみたいですからね」
ククリアの話を聞いた彼方は、顎に指を当てて。少しだけ何かを考え込む仕草をする。
その様子を不思議そうに、見つめるククリア。
しばらくして。ククリアの視線を察した彼方は、すぐに別の話題に変える事にした。
「……そういえば、ククリア。倉庫でこんな本を見つけたんだけど、後で一緒に俺と読まないか?」
「――はて? それは、何の本でしょうか?」
「じゃじゃーーん!! 何と、『動物大全、ペンギン大特集号』だーーっ!!」
本の見開きの特大ページを見せて。可愛くお胸を張りながら歩くペンギン達の写真が、大アップになっているページをククリアに見せつける彼方。
「はわわわわっ……!! な、何て可愛いペンギン達なのでしょう! ボクはペンギンが大好きなのですよ!」
「俺もさ、ペンギンって本当に可愛いよな! あのプリプリなお胸と、可愛く手を振って歩く姿が堪らないんだよなぁ〜!」
「そうなのです! そうなのです! ペンギンさんは至高の可愛さを持つ、この世の究極の生命体なのです! このは様の動物園の中でも、ボクはペンギンさん達の世話をしている時が本当に幸せだったのです!」
饒舌にペンギン愛を語りだすククリアと、その話をウンウンと聞いて。ククリアと楽しそうに語り合う彼方。
彼方はククリアとの温かい交流を交わしながら、ふと……思い出した事を聞いてみた。
「……そういえばククリアは、『記憶の指輪』というマジックアイテムを持っているんだよな?」
彼方からの予想外な質問に驚き、慌てて彼方の顔を見上げるククリア。
「は、ハイ……。それはドリシア王国の王家に伝わる秘密のマジックアイテムなのです。でも。どうしてその事をコンビニの勇者殿が知っているのですか……?」
「ハハッ……! まあな。実は俺も風の噂で聞いた事があったのさ。その記憶の指輪の機能なんだけどさ、たしか指輪を持つ所有者が死亡をした場合……。グループの中で最後の指輪の持つ所有者に、他の全員が死ぬ前に見た光景や記憶の断片などの情報が集まるって事で良いんだよな?」
「そうですね。確かに記憶の指輪は、指輪を装備したグループ全員の意思や記憶の断片をメッセージとして、最後の所有者に託す事が出来る機能が備えられています」
ククリアに同意され、彼方は1人で納得するように相槌を打つ。
「実はその事で、俺はククリアに質問してみたい事があったんだ。記憶の指輪は、その所持者が『肉体的な死亡』をしたと判定された場合に、その記憶の一部を最後の所有者に届けてくれるって認識で良いのかな?」
「『肉体的な死亡』という部分が、ボクには少し分かりかねますが……。コンビニの勇者殿、それは一体どういう意味なのでしょう?」
「そうだな……。例えばさ、その持ち主が本当は『死んでいなかった』場合でも、明らかに普通の人間なら『死亡した』と判定されるような肉体の状態になったなら、その者が持っていた記憶はグループの最後の所有者に届けられるのかな……って疑問に思ったのさ」
まるで謎かけのような彼方の不思議な質問に、知的好奇心の強いククリアは興味が湧いたようだった。
「それは実に不思議でおかしな質問ですね……コンビニの勇者殿。まるで肉体が死亡をしても、謎の力で生き続けられる不死の人物が指輪を所持していた場合には、どうなるのかと聞かれているような気がボクにはします」
「まあ、そういう事になるな。例えば体がバラバラにされてしまっても、謎の力で自己再生しちまうみたいな敵が、この世界にはいるかもしれないからな」
彼方の話を聞いて、面白そうに微笑み。少し考え込むククリア。
そして、少しだけパソコンのモニターを見つめてから。ゆっくりと口を開いた。
「そうですね……。実際に肉体が無限再生出来るような、不死のヴァンパイアに記憶の指輪を持たせたという記録は過去にありませんので、正確な情報は分かりませんが……。指輪が持ち主は確実に死亡したと『判定』をしたなら、その者が実際には死んでいなくても。その記憶の一部を最後の所有者に届ける可能性は十分にあり得ると思います」
まあ、体がバラバラに切断されても蘇る。そんな不死者のような人間は……。この世界では現在、このコンビニにいる『不死者』の勇者の倉持殿くらいしかいないので。そのような人物はいないと思いますが……と付け加えて、ククリアは彼方に説明をしてくれた。
「それにしても、コンビニの勇者殿がボクの持つ記憶の指輪の事を詳しく知っていて。その機能についてこんなにも難しい質問をされるとは思ってもいませんでしたので。正直……ボクはビックリしてしまいました」
「まあ、色々とあってな……。それに、その記憶の指輪には俺も過去にお世話になった事があるんだよ。しかもそのおかげで、俺が『一番知りたかった奴』の素性や、そいつが何者なのかという過去の記憶も、全部俺に届けてくれたからな。俺にとってその指輪は、本当に神アイテムだったのは間違いないな」
「――記憶が届けられた? コンビニの勇者殿は、この記憶の指輪を過去に使用した経験があるというのですか? いや、そんな事は絶対に……」
その時――。
事務所のドアが『バタン』と開けられて。
口に美味しそうなサバ料理を数匹加えた、コンビニ猫のフィートが入ってきた。
「大好きお兄さん〜! ククリアたん〜! アリスたんがサバ缶のサバを使って、ガスコンロで特製の西方風料理を作ってくれたのにゃ〜! みんなで一緒に食べようなのにゃ〜!」
幸せそうなもふもふ娘の顔を見て。彼方とククリアはお互いに顔を見合わせ、この場での話はいったん終了させる事にした。
「ククリア……実は後で2人きりで話したい事があるんだ。この話の続きはまた今夜にしよう。俺はコンビニの倉庫に布団を敷いて寝ているから、そこにこっそりと、誰にも気付かれないように内緒で来てくれないか?」
彼方はククリアの耳元で、囁くようにしてそっと呟く。
それを聞いたククリアは……突然、顔を真っ赤にして。ブルンブルンと首を左右に振りながら焦り出した。
「ええええっ!? それはいけません……コンビニの勇者殿!! ボクが夜な夜な一人で音も立てずに、コンビニの勇者殿が寝ている布団に忍び込むだなんて……! そんな事をしたら、きっとティーナさんが深く深く悲しんでしまいます!」
「……ん? どうして? 全然、平気だよ! 時間を変えてミズガルドやフィートも、順番に俺の布団に来て貰う予定になっているからな」
「と、取っ替え引っ替えじゃないですか!! 許しませんよ、そのような不貞行為は! いかにコンビニの勇者殿が若いエネルギーを持て余しているとしても、こればかりは看過出来ません! もし、ボクで良ければ……全て受け止めてあげますから。どうか有り余るエネルギーを見境なく、皆さんに振り撒くのはおやめ下さい、コンビニの勇者殿!」
「えっ、それ何の話だよ……!? 俺はそれぞれ個別に、今後の女神の泉での作戦について、話したい事があるだけなんだけど……」
「もう〜、2人とも何をコソコソ話してるのにゃ〜! 急ぐのにゃ〜〜! せっかくのアリスたんの美味しいサバ料理が冷めちゃうのにゃ〜!」
なぜか顔がゆでだこのように真っ赤になったククリアを引き連れて。
彼方はコンビニの店内に用意された、アリス主催の美味しいサバ料理パーティーに参加をする事にした。
店内では、新しく加わったコンビニメンバーの倉持、名取も宴に参加していて。部屋の中心でアリスが、カセットコンロにフライパンを乗せて作った西方料理をみんなに振る舞っていた。
事務所から戻ってきた彼方とククリアの到着を、歓迎するコンビニメンバー達。
だが……なぜか倉持だけは1人だけ店内の隅にいて。
シクシクシク……と目に涙を浮かべて、座り込んでいるのを彼方は見つけた。
どうやら倉持は、相変わらずコンビニにいる美しい女性達に声をかけまくっていたようだが……。
ティーナやアリス、そしてもちろんミズガルドからも全く相手にしてもらえず。イケメンキャラとしてのプライドをズタボロにされて、完全に燃え尽きてしまった後のようだった。
彼方はそんな、灰の燃えカスのような状態になった倉持の所に、ペットボトルのお茶を2本持って声をかけに行く。
「お〜い。こんな所で1人で何をやってるんだよ、倉持!」
倉持はコンビニの隅っこで、たった1人で缶コーヒーを飲んでいた。
そして缶から外したプルタブを指先で弄んで、隅っこで独り言を呟きながらいじけている。
「……フン。順風満帆な君には、この僕の苦悩は分からないのさ。異世界の美的基準があまりにも現代とはかけ離れている事にショックを受けて。美男子であるこの僕が、一般男性以下の容姿しかない彼方くんを下回る扱いを受けてしまうという、恐ろしいカルチャーショックを目の当たりにして、僕は今……心底恐怖に打ち震えてるいるのだからね」
「ふーん。ところで倉持、お前が持っている上級魔法の『鑑定』を使って、こっそり調べて欲しいメンバーがいるんだけど、頼んでもいいかな?」
「……今、僕の心の中の苦悩と葛藤の吐露を、全部『ふーん』の一言で無視しなかったかい!? しかも、傷心中のこの僕を利用して。他人の能力を盗み見る、盗撮みたいな事をさせようというのかい? 君という奴は、昔から本当に何も変わっていないようだね……」
「まぁまぁまぁ。後でちゃんとうちの女性陣にも、お前の魅力をたっぷりと紹介してあげるからさ。なあ、頼むよ〜、倉持。俺とお前の仲じゃないかよ〜! 言う事を聞いてくれたら、後で何でもお前の願いを叶えてあげるからさ!」
彼方はおねだりをするように、親しげに倉持の肩をポンポンと叩く。
そしてアリスの作った美味しいサバ料理が乗った小皿と、お茶のペットボトルを倉持の前に置いてあげた。
そんな彼方に対して。倉持は突然……目を爛々と輝かせて逆に彼方に頼み込むように懇願してくる。
「それならば、彼方くん! ぜひ『レイチェルさん』という女性をこの僕を紹介してくれないか! 美しいエルフのティーナさんが僕に教えてくれたんだよ。コンビニ共和国には、この世のものとは思えない絶世の美貌を持つ、レイチェルさんという女性が住んでいるとね!」
少しだけ、口を開けてポカーンとした後で。
彼方は『ああ、別にいいけど……』と、軽く倉持に返事をする。
まず、ティーナはエルフじゃないし。そもそもお前には名取がいるだろう……というツッコミを、彼方は喉の奥に飲み込んでしまい込む事にした。
「……で、僕は一体誰を鑑定すればいいんだい? ちなみに僕の鑑定能力はあまり正確ではないんだ。対象の能力の一部しか開示する事しか出来ないからね」
すっかり落ち込んでやさぐれモードになってる倉持は、自分の持つ能力を自虐的に彼方に説明をした。
「そうだな……。まずは、ティーナの鑑定を頼むよ」
「あの金髪の可愛いエルフの女の子か。お安い御用だよ」
だからエルフじゃない……という2度目のツッコミは心に封印して。倉持が上級魔法である『鑑定』を発動させるのを静かに見守る彼方。
鑑定魔法によって得られた情報は、基本的には術者以外の人間には見る事が出来ない。だから彼方は静かに倉持の行った鑑定結果を待つ事にした。
倉持の鑑定魔法によると――。
ティーナの能力は、やっぱり所持している遺伝能力の欄が『???』という結果になっていたらしい。
やはり、ティーナに何かしらの隠された能力があるのは間違いないようだが……。その詳細は本人さえも分からない状態となっているのは、客観的に見ても間違いないようだった。
「ん……? でもアレ、これは……?」
「倉持、どうしたんだ?」
倉持が頭を斜めに傾けて、瞬きを何度も繰り返す。
「……いや、ティーナさんの称号欄が『出自不明』になっていたんだ。彼方くんの話だと、ティーナさんはカディナの街の大商人の娘さんという事だったよね?」
「ああ。ティーナは間違いなくカディナの大商人、サハラ・アルノイッシュの娘だぞ。それなのに何で『出自不明』なんて鑑定結果が出てくるんだ?」
「すまない……。さっきも言ったけど、僕の鑑定魔法はかなり不正確なんだよ。何せ、あのクルセイスの正体を見破れなかったくらいだ。だから鑑定結果の誤りは、沢山あると思ってくれた方が良いと思う……」
「そうか、でもそれはちょっとだけ気になるな……」
ティーナのステータスの称号欄は出自不明か……。確か、カディナの大商人のサハラ・アルノイッシュさんの第23人目の娘という話だったと思うけど……。それが、どうしてそんな表示になっているのだろうか?
もしかして、ティーナの隠された遺伝能力に。それは何か深く関係しているのかもしれない。
そういえば、沢山の子供達がいるアルノイッシュ家の中で、どうしてティーナだけが遺伝能力を持っているのだろう?
それにティーナの事を親身になって、心配してくれていた執事のアドニスさんは、どこかで昔は騎士をしていたような雰囲気もあった。
アドニスさんがティーナの事を大切にしていて。他のアルノイッシュ家の子供達より、ティーナを特別に扱うのは……何かティーナに隠された遺伝能力と関係があったりするのだろうか?
しばらく考え事をしていた彼方は、思い出したように。倉持に更なる鑑定魔法の依頼をする事にする。
「よーし、じゃあ倉持! 今度は向こうにいる、アリスの事も鑑定をしてくれないか?」
「ハァ……。今度は黒髪の美少女さんの方かい? 君の鑑定依頼の対象は、可愛い子ばかりじゃないか。僕が言うのも何だけど……。浮ついた心はほどほどにしておくんだね。君にはあのエルフの女の子がいるのだろう? それになぜかドリシア王国女王のククリア様や、帝国の皇帝陛下まで君の事を慕っているみたいだし」
倉持は小さな声で、『ますます、彼方くんは王道の異世界ハーレム勇者路線まっしぐらじゃないか。それに比べて、この僕は……ふっふっふっ……』と怪しい呟きを始めたので。
このままだと倉持が闇堕ちしてしまうと感じた彼方は、慌てて倉持を励ます事にした。
「バーカ! 勘違いするなよ、倉持。実はアリスは記憶喪失で、忘れてしまった自分の本当の記憶を探しに帝国領にやって来ているらしいんだよ。だから何か手掛かりになる情報が得られたら、倉持はきっとアリスに深く感謝をされると思うぞ!」
「な、何だって!? そ、そうだったのか……! じゃあ、この僕が失われた記憶の謎を解けば。あの絶世の美少女のアリスさんに深く感謝をされて、お近づきになれるチャンスがあると言う事なのか……?」
俄然やる気をみなぎらせ始めた倉持が、まるで新進気鋭のIT企業の若社長のように。前髪を片手でかき上げて、『フッ……』とイケメンポーズをとり始める。
お前の心の方が、よっぽど浮ついているだろう……というツッコミを彼方は喉の奥に封印をして。
再び、倉持に頭を下げてお願いをする事にした。
もちろん後で、この事を名取に教えて。また名取に倉持のお尻をキツくつねって貰おうと考えている。
「ハハ……まあな。だから人助けだと思って頼むよ、倉持!」
「了解だよ、彼方君! この僕に全部任せてくれたまえ! アリスさんの失われた記憶にまつわる情報を、この僕の鑑定魔法で全て開示してみせようじゃないか!」
形の整った白い歯をキラリと輝かせて。
部屋の真ん中でサバ料理を作っている、アリスの鑑定を始める倉持。
すると――。
またしても倉持は、自身の能力によって得られた鑑定結果を不審がり。首を何度も左右に振って唸り声をあげ始めた。
「そんな……!? アリスさんの能力名は『回復騎士』で、そのレベルは……そ、測定不能だって!? 彼女は一体、どういう存在なんだい。彼方くん?」
「うーん。やっぱり測定不能だったか。何か他にも、アリスの事で分かる事はあるか?」
「いや、やっぱり……ってどういう事なんだよ! 確かに僕の鑑定スキルは不正確ではあるけれど。測定不能という事は、完全な読み取りエラーを起こしたのか、それともアリスさんのレベルが99以上という事になってしまうんだぞ。そんな存在が、この世界にいる訳がないじゃないか……!」
動揺する倉持とは対照的に。なぜか、彼方は冷静な顔つきで倉持の話に耳を傾けていた。
「――そうか? 案外、魔王領とかにならゴロゴロとそんな存在がいるかもしれないぞ? 例えば……ほら、『魔王』とかさ!」
まるで他人事のように冗談を言って笑う、彼方。
そんな彼方の様子を、幼馴染の倉持は自分の間近に『痛い人間』がいたのを再発見したかのように。心配そうな眼差しで近くから見つめている。
「全く……君の冗談は時々、全然笑えないね。とにかく、僕の鑑定能力はやっぱり信用出来ない事がこれでハッキリしたよ。もう、今後僕はこの鑑定魔法は使わない事にするよ」
「………」
彼方の前で、わざとらしくため息をついて。落ち込んでみせる倉持。
だが……彼方は、何か考え事をしているのか。
コンビニの窓の外の遠い景色を見つめて。倉持の様子をあまり気にしていないようだった。
そして、しばらくしてから。改めて真剣な表情をして倉持に向き直り。
コンビニに新たに加わった新メンバーである倉持にも、ある提案をする事にする。
「倉持……。それと名取にも、後で話があるんだ。この食事会が終わったら、深夜に2人だけで俺が寝ているコンビニの倉庫にまで来てくれないか?」
「……? いいけど、何だい急に改まって。それに美雪さんにも何か用があるというのかい?」
「まあな。それは、夜になってからのお楽しみさ! へっへっへ〜!」
ニッコリと笑う彼方の顔があまりにも不気味すぎて。倉持は体を震わせて、彼方から距離を取ろうとする。
そんな倉持の耳元に、彼方は自分の顔を近づけて。
誰にも聞こえないように、そっと小声で話しかけた。
「……お前の『鑑定』魔法だけどさ。きっとそんなに不正確な訳じゃないと俺は思うぜ。だから、自信を持って今後も使用して大丈夫だと思うぞ」
「えっ……? それは、どういう……?」
「あ〜〜! 大好きお兄さんが、そんな所でまたイケメンお兄さんと2人きりでイチャイチャしてるのにゃ〜! 男同士でばかり盛り上がってないで、早くこっちに来るのにゃ〜!」
部屋の隅にいる彼方と倉持を見つけたフィートが、まるで酔っ払っているかのように悪絡みをしてきた。
その隣には、お皿に沢山のサバ料理を乗せた黒髪のアリスも立っている。
「コンビニの勇者様、私の住んでいた西方風の味付けをした魚料理です。どうか冷めないうちに、た〜くさん召し上がって下さいね!」
笑顔で料理を待って来たアリスに応えるように。彼方は満面の笑みでにこやかに笑ってみせた。
「ああ、ぜひ食べさせて貰う事にするよ! 倉持も一緒に食べようぜ!」
「う、うん……分かったよ……!」
彼方は、目的の女神の泉に向かう道中。店内でコンビニの中にいるメンバー達と個別に会話を交わし、夜な夜な密談を繰り返した。
ティーナはそんな彼方のサポートをしながら……女神の泉に辿り着く前に、全員で様々な準備を進めていく。
――そして、約2日間の移動時間はあっという間に過ぎ去り。
とうとう、コンビニの勇者一行は……再び女神の泉がある『迷いの森』の入り口に到着したのだった。