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第三百三十話 カラム城からの使者


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「――さあ、美雪(みゆき)さん。コンビニの勇者の彼方(かなた)くんの身柄を、確保しに行くとしましょうか」


「………」


 

 バーディア帝国領を攻める、グランデイル南進軍。


 このグランデイル軍の総大将を務めている『不死者(エターナル)』の勇者の倉持悠都(くらもちゆうと)は、副官である『結界師(ディフェンサー)』の名取美雪(なとりみゆき)を引き連れ。

 コンビニの勇者が立て篭もっているという情報のあった、カラム城を3万人の大軍で包囲しようとしていた。



 グランデイル軍の情報網により、目の前にそびえ立つカラム城にはバーディア帝国皇帝のミズガルドと、帝国領に来ているという、コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方(あきのせかなた)が城内にいる事が既に分かっている。



 元々、この城の主人は『オサーム』という名の貴族であったらしい。

 だがそのオサームは、最近何者かによって暗殺され。現在はその息子のカラムが城主を務めているという。



 そしてこのカラム城には、帝都を追われた帝国の皇帝ミズガルドが身を寄せている。

 赤髪の皇帝ミズガルドは、約1万人ほどの味方の騎士達と共に、城内に立て篭もっているらしい。


 カラム城を包囲している、グランデイル南進軍の総兵力は3万人を超えている。それに対して城内に立て篭もる帝国軍の兵力は、おおよそ1万人。


 単純な兵力差だけでも、グランデイル南進軍は帝国軍の3倍はある。


 正面から戦えば、グランデイル軍が勝利する事はまず間違いないと思われていた。



 だが……倉持の副官である名取は、カラム城の中から嫌な予感を感じ取り。その事を総大将である倉持に伝える事にした。


 名取からの進言を聞いた倉持は、名取の心配を全く気にする事なく平然と笑い飛ばす。



「ふふ。美雪さんは心配症だね。大丈夫だよ、あの城の中にいる人々を人質にして、彼方くんをここに誘い出す。後はこちらの交渉テーブルに彼を引きずり出せば、全てが上手くいくはずさ。僕達は何としても『女神の泉』に向かう必要があるし、その為には彼方くんの力が、どうしても必要だからね」


「……シッ。……悠都(ゆうと)くん、声が大きい。彼らに聞こえてしまうわ」



 普段は無口な名取が、珍しく倉持に注意を促した。


 倉持と名取の周囲には、クルセイスの親衛隊である白い鎧を着た沢山の魔法戦士達が取り巻いている。


 彼らは表向きは、グランデイル軍の精鋭部隊として、倉持の指示に従う兵士として仕えているが……。実際には、倉持と名取の2人の動向を監視して。その内容を、本国のクルセイスに報告する任務を持つ監視者達だ。



「そうだったね……。すまない、美雪さん。僕達は常にあのクルセイスに監視されている事を注意しないといけなかったね」



 監視者である、白い魔法戦士達の目を警戒しつつ。

 倉持は配下の騎士の1人を、手招きして自分の近くへと呼び寄せた。



「――いいかい? 君には今からあの城に使者として出向いて貰う。そして城の中にいるコンビニの勇者に、この僕が交渉をしたがっていると伝えてきて欲しいんだ。交渉には必ずコンビニの勇者1人だけで、ここに来るように伝えてくれ。でなければ僕達は、今から城に総攻撃をかけるぞと脅しをかけて構わないから」


「畏まりました、全て倉持様の指示通りに致します!」



 自分に対して頭を下げている配下の騎士に、倉持は顔を寄せてこっそりと小声で話しかけた。


「……ところで、例の『倉持軍』の様子はどうだい?」


「ハハッ! 既にこのグランデイル南進軍の中にも、500名ほどの騎士達が倉持様の意思に賛同し、忠誠を申し出ております! 倉持様のご指示があれば、我らはいつでもクルセイス女王を裏切る準備は整っております!」


「それは良かった。じゃあ、使者の役目を立派に果たしてきてね。彼方くんに会ったら、幼馴染の僕がぜひ会いたがっていると伝えてきてくれ」


「ハハーーッ! お任せ下さい、倉持様!」



 倉持の指示を受けた使者は、駆け足で早馬に飛び乗り。大急ぎでカラム城へと向かって行く。



 グランデイル軍の内部には、実は『倉持派』と呼ばれいる内通者達が存在している。


 彼らは(おも)に、クルセイスの世界侵略に異議を唱える反対者であったり。倉持が得意とする上級魔法の『魅了(チャーム)』を用いて、少しずつ味方の騎士達を、自分達の言いなりになるように洗脳してきた兵士達だった。


 倉持派の騎士の数は現在、おおよそ500名程度。


 決して数は多くはないが、何かが起きた時には倉持の手足となって働いてくれる戦力だ。

 倉持と名取は、クルセイスから離反をして。独立した勢力として自分達は行動を起こそうと、常にその機会をうかがってきたのである。



 だがその為にも、倉持と名取にはどうしてもこなさないといけない課題がある。



 現在、彼らの腕にはクルセイスによって『呪いのブレスレット』が装着させられていた。


 これはグランデイル西進軍を率いていた、『氷術師(アイス・マジック)』勇者である霧島正樹(きりしままさき)が付けていた黄金の冠と同じ効果のある呪いのアイテムだ。


 もし、倉持達がクルセイスから離反するような行動をしたら。呪いのブレスレットは、倉持達を恐ろしい魔物の姿に変化させてしまうだろう。



 この腕輪を付けている限りは、決して倉持と名取はクルセイスの支配から逃れる事は出来ない。

 だから倉持達は、どうしてもバーディア帝国南部にあるという『女神の泉』に向かう必要があった。


 女神の泉に宿るという、『奇跡の水』の力を持ってすれば、どんな呪いの効果も打ち消す事が出来るという。



 現在、女神の泉は帝国の南部に勢力を持つ、夜月皇帝(ナイト・エンペラー)なる人物が占拠しているらしい。その者が従える強力なライオン兵達の脅威は、既にグランデイル南進軍にも情報が届いている。


 その為、倉持と名取は――。魔王領で大幅なレベルアップを遂げ。最強の勇者と名高いコンビニの勇者の彼方(かなた)を自分達の仲間に引き入れ。

 彼と共にこっそりと女神の泉を目指し、クルセイスから離反する事を第一の目的としていたのである。



 倉持の率いるグランデイル軍3万人の大兵力は、既にカラム城の周囲をぐるりと包囲し終えていた。


 後は、城の中に派遣した使者の帰還を待つだけだ。



 そんな倉持と名取の元に、全身から冷や汗をびっしょりと流し。使者として城の中に赴いていた騎士が大慌てで戻ってきた。



「――た、大変です、倉持様! 城の中には人が誰もいません。城内はもぬけの(から)です!」


「何だって!? そんな事が……! まさか僕らがここにやって来る事を、敵に事前に察知されてたというのか?」


「そ、それが……城の中には確かに人は誰もいませんでした。ですがおそらく『コンビニの勇者』と思われる怪しき人物と、数人の側近らしき者達だけが城の広間には残っておりました」


「コンビニの勇者と、その側近達だけが城内に残っていただって……?」



 状況が全く分からずに、大声で使者から城の内部の状況を聞き出す倉持。


 使者からの報告によると。カラム城の広間にいたコンビニの勇者と思われる黒い服を着た人物は、城の広間の玉座に座りながら、こんな内容の事を使者に向けて告げてきたらしい。



『コンビニの勇者の俺は、バーディア帝国皇帝のミズガルドの首を討ち取ったぞ! だから皇帝の首を手土産(てみやげ)に、こらからグランデイル軍に降伏する事にする。この城は明け渡すから、グランデイル軍の総大将であり、小さい頃から『将棋(しょうぎ)』が下手くそで、大恥をかいた泣き虫の倉持悠都(くらもちゆうと)が直接ここにやって来る事。皇帝の首はその時に手渡してやるぜ、はっはっは〜〜っ!』



 幼馴染である彼方(かなた)からのメッセージを聞いた倉持は、その場で地面を思いっきり蹴り上げて激昂する。



 その様子には、常に倉持のそばにいる名取でさえも、少し驚いたようだった。


 どうやら、彼方から倉持に対して伝えられたメッセージの中には、倉持にとって子供時代のトラウマとなる『地雷』ワードが含まれていたらしい。


「――クソッ!! あのクソ彼方(かなた)めッ!! おい、その黒い服の男は、間抜けそうな(つら)をしていたのか?」



 倉持に怒鳴られた使者の騎士は、口を金魚のようにパクパクとさせなから慌てて返答する。


「ええっ……と、全身に黒い服を着ておりましたが、言われてみれば確かに、バカで間抜けそうな顔をしていたような気がします!」


「それなら、間違いない! そいつは僕のよく知っているコンビニの勇者の彼方(かなた)だ!」



 珍しく冷静さを欠いている様子の倉持は、それが何かの罠ではないのか? という考慮を一切せずに。


 すぐにカラム城の中に向かう判断を下した。



「――よし、城の中に行くぞ! 親衛隊の騎士達は僕の後について来るんだ!」



 倉持は、クルセイスの親衛隊でもある白い魔法戦士隊、約100人を引き連れて。

 副官の名取と共に、コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方(あきのせかなた)が待ち受けるカラム城へと向かった。


 冷静さを欠いている倉持の行動に、そばにいる名取は心配そうな顔を浮かべている。


 でも、これだけの数の魔法戦士隊を引き連れているのだ。普段はクルセイスの監視者として、胡散臭い雰囲気を放つ騎士達ではあるが……。

 その実力が強いのは間違いない。だから例え城の中に罠が仕掛けられていたとしても、倉持の身だけは必ず守り切ろうと名取は覚悟を決める事にした。



 倉持達が急いでカラム城の中に入ると。


 確かに、城内には人は誰もいないかった。

 


 広大な城の内部は、不気味なくらいに静けさが漂う無人状態となっている。だがよく見ると、つい最近まで確かに人が大勢いた形跡が残されていた。


 おそらくグランデイル軍がここにやって来る直前に、大急ぎで中にいた人々を城から外に逃したのだろう。

 でも、なぜ……コンビニの勇者はグランデイル軍がここに来る事が事前に分かっていたのだろうか?



 倉持と名取、そして100人近い魔法戦士達は、城のの大広間に入ると――。

 そこには、大きな玉座の上で偉そうな姿勢を取る、黒いコートを全身に着込んだ男が座っていた。



 男は尊大な態度で、玉座の上であぐらをかいてる。


 そして鋭い目つき。そして城に侵入した倉持達を見下ろすその男の様子は、まるでヴァンパイア城に潜む、ドラキュラ伯爵のような雰囲気を(かも)し出していた。



「――よお、倉持じゃないか。随分と久しぶりだな。元気にしていたか?」



 玉座から声をかけてきた、その軽薄そうな男は……。


 グランデイル南進軍の総大将として、3万人を超える大軍のリーダーである倉持に対して。遠慮をする事なく、まるで旧知の親友のような軽口で話しかけてきた。



「やあ、彼方くん。久しぶりだね。それにしても、この城の中にいるのは君達だけなのかい? 何でも、僕達グランデイル軍に降伏すると、君は使者に告げてきたらしいじゃないか……」



 倉持は内心では頭に血を登らせながら、目の前にいる彼の幼馴染であり。

 この世界に召喚されてすぐに、グランデイルの街から自らの手で追放した、コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方(あきのせかなた)に対して声をかけた。



 倉持の近くに立つ名取は、秋ノ瀬彼方と倉持悠都が子供時代からの幼馴染だという話は聞かされていた。


 だが、今の倉持は明らかに冷静さを欠いている。


 きっとコンビニの勇者である彼方が、何か倉持の少年時代のトラウマとなるような言葉をかけて、彼が怒りで我を忘れるように仕向けているのだろう。


 名取は倉持に変わって、城の内部を注意深く警戒するが……。玉座に座るコンビニの勇者の彼方の周りには、ほんの数人の人間しか立っていないようだった。

 

 彼方のそばには、エルフのような外見をした金髪の美少女が立っている。その人物は、以前に魔王の谷で金森準(かなもりじゅん)が彼方を谷底に落とした時に、一度見かけた事があった気がする。


 そして……もう1人。黒い髪の美しい顔立ちの少女が彼方の右隣には立っていた。


 この黒い髪の美少女については、名取は全く情報を持ち合わせていなかった。


 彼女は何か特殊な遺伝能力を使える、能力者なのだろうか? その手には何も、武器のようなものを持っているようには見えない。これだけの魔法戦士達に囲まれているというのに、非戦闘員を敢えてここに残すという事はないだろう。


 だとすると――。おそらくあの黒髪の美少女も、何かしらの能力の使い手と考えた方が良いはず。



 そしてコンビニの勇者の彼方の後方には――もう1人。顔まですっぽりと覆う、赤色の全身鎧を着た護衛と思われる1人の騎士が立っていた。


 コンビニの勇者の彼方を含めると、敵の人数は合計で4人だ。この城のどこかに伏兵を隠しているという訳でなければ、敵の戦力はかなり過小な兵力である事は間違いなかった。



「……それで、彼方くん。わざわざ総大将のこの僕をここに呼び出したんだ。僕に対して、何か伝えたい事があるんじゃないのかな?」



 玉座に座り、不遜な態度を取り続けるコンビニの勇者に負けじと。『不死(エターナル)者』の勇者である倉持も、綺麗に整った前髪を右手で優雅にかき上げ。


 その場で『フッ……』と微笑みながら、イケメンオーラを全開で漂わせる。


 だが、普段ならその様子を見ただけで。普通の女子達は眩暈(めまい)を起こして、その場で卒倒してもおかしくないはずなのに……。


 なぜか彼方の周囲にいる、金髪のエルフのような顔立ちをした美少女と、黒髪の美しい少女は、まるで何も興味が無いかのようにその場で微動だにしなかった。



 その事がイケメン倉持の、プライドをさらに深く深く傷付けた。

 

 彼の中に沸き立つ、彼方への怒りのボルテージは既にMAX状態にまで上昇している。

 もちろん、それはただの八つ当たりでしかなかったのだが……。倉持は眼光鋭く彼方を睨みつけていた。


 そんな倉持の様子を、高みから見下ろして玉座に座る彼方が、おかしそうに笑う。



「倉持、よく聞けよ。皇帝ミズガルドの首はこの俺が取った。それをお前に今から差し出そうじゃないか。そしてこの城もグランデイル軍に明け渡す。俺はお前の主人である、クルセイスに降伏をする事に決めたんだよ。だからありがたく頭を下げて、この俺に深く感謝するんだな!」 


「フッ、とても降伏するような態度には見えないけどね。まあ、別にそれでもいいよ。君の頭の中がお花畑なのは、今に始まった事じゃないしね」



 コンビニの勇者である彼方が、玉座の上で指を鳴らして合図をすると。


 彼方の後方に控えていた赤い鎧を着た騎士が、大きな黒い箱を持って倉持の前に進み。それを倉持のすぐ目の前に置いて、また後方へと戻っていった。



「もしかして、この箱の中に皇帝ミズガルドの首が入っているのかい?」


「開けて確かめてみろよ。それが俺からお前に渡す、クルセイスへの手土産(てみやげ)という訳だ」


「ずいぶん気前がいいんだね。何だか怪しく感じてしまうのだけれど、何か条件でもあるのかい?」



 倉持は訝しむようにして、彼方に問いかけた。


 例え冷静さを失っている倉持でも、彼方の話す降伏の内容があまりにも、自分達にとって条件が良すぎる事には気付いている。

 だから倉持も彼方の言動を疑っているようだった。



「もちろん、条件はあるさ。俺を女王のクルセイスに会わせて欲しい。それも……1対1でな!」


「何だって!? クルセイス様と2人きりでだって? そんな条件を僕がやすやすと、この場で返事するとでも思ったのかい? 馬鹿にしないでくれ。それにまずは、本当にこの箱に皇帝の首が入っているのかを、この場で確かめさせて貰おうじゃないか!」


「勝手にしろ。俺は皇帝の首もこの城も、全てをお前に明け渡す事にしたんだ。まずは俺からの誠意を受け取ってから、判断をしてもらおうじゃないか」



 倉持は彼方の顔をじっと見つめ続けた。


 相変わらず、秋ノ瀬彼方は間抜けそうな顔をしている。その中身は以前と何も変わらないように思えた。


 魔王領から帰還したコンビニの勇者は、最強の力を手に入れたという噂が立っていたが……。それはどうやら倉持の勘違いだったのかもしれない。


 偉そうに玉座に座るコンビニの勇者の様子は、まさに中二病の痛い雰囲気を漂わせた昔のままだ。


 それは幼馴染として、昔の彼をよく知っている倉持だからこそ分かる事だ。彼方はきっと、あの頃から何も成長をしていないのだと。

 


 倉持は目の前に置かれた黒い箱に手をかけて。そっと箱を開けてみる事にする。



 すると――。


 倉持の耳には、玉座の上に座る彼方から、

『クックック……』と小さく笑う声が聞こえてきた。



「ふふふ。相変わらず将棋の詰めが甘いな、倉持」


「何だって……?」



 驚いて思わずその場で、彼方を見上げた倉持の顔を……。

 箱の中から飛び出してきた、全身にもふもふの毛を持つ猫娘の鋭い爪が襲いかかった。



「フシュ〜〜ッ!! 必殺、イケメンの顔面(がんめん)猫爪研(ねこつめと)()なのにゃ〜〜!!」



 ガリガリガリガリガリガリ!!



 倉持の顔に、無数の引っ掻き傷が刻まれていく。


 黒い箱の中には、皇帝の首ではなく。

 コンビニの勇者の仲間である、もふもふ猫娘のフィートが中に潜んでいた。フィートはその爪で、何度も何度も倉持のイケメン顔に引っ掻き傷を付けていく。



「ぎゃあああ〜〜っ!! 痛いッ!! 痛いッ!!」


「……!?」


 倉持のピンチを見て。後方に立つ名取が慌てて倉持を救出に行こうとするが……。



「――動くな!」



 いつの間にかに、つい先ほどまで彼方の後ろにいた赤い鎧を着た騎士が、長剣を名取の首元にピタリと押し当てていた。


 それは、あまりにも凄まじい神速だった。

 倉持と違い周囲を注意深く警戒していた名取でも、赤い騎士の速度には対応出来なかった。



「いかに異世界の勇者といえど、指先1本でも動かしたら、首を即座に切り落とす。想い人を助けたかったら、その場から一歩も動かない方が賢明だぞ」



 名取の首に剣を当てている、赤い鎧の騎士の声は女性だった。それも意思力を秘めた力強い声色をしている。


 赤い騎士はその場で兜を外してみせた。

 その中から、赤く燃えるような髪がこぼれ出てくる。



 その顔を見て。名取は思わず言葉を失ってしまった。



 グランデイル南進軍を率いる倉持と名取には、その赤い髪の騎士の顔に心当たりがあった。


 バーディアの女海賊と名高い、帝国の皇帝ミズガルドは実は生きていて。今、この場で名取の首に剣を突き付けていたのだから。



 黒い箱から飛び出してきた猫娘に顔を何度も引っ掻かれて、あまりの痛みで行動不能に陥っている倉持。

 そして帝国の皇帝であるミズガルドによって、喉元に剣を突き付けられている副官の名取。



 グランデイル軍の白い魔法戦士達は、一瞬……目の前で起きている事態が飲み込めず。全員がその場で硬直して、身動きが取れなくなってしまっていた。


 それもそのはずだ。リーダーの倉持は顔を負傷して床に倒れ込み。副官の名取は、喉元に剣を当てられ人質に取られているのだから。


 彼らはようやく、自分達が敵に騙された事を悟り。

 即座にコンビニの勇者達一行に対して、反撃をしようと試みる。



 だが、それはもう手遅れだった。



 ””ズドドドドドドーーーーーーン!!!””



 グランデイル軍の魔法戦士達の目の前の床に、突如として無数の大穴が開き。

 広間の床下から、紫色の髪の小さな女の子を抱えた巨大モグラ達が無数に湧き出てきた。


 広間に出現した巨大モグラの数は、ゆうに30匹を超えている。その鋼鉄の鋭い爪は、グランデイル軍の魔法戦士達に狙いを定めて固定されていた。



「ボクの操る巨大土竜(ビッグ・モール)達の鋼鉄の爪は、グランデイル軍が誇る白蟻魔法戦士隊(ホワイト・アンツ)の鎧を一撃で切り裂く事も可能です。だから無意味な抵抗はやめておいた方がよいと、ボクは思いますよ」



 そう話しかけてきたのは、巨大モグラ達を従える見た目の幼い女の子だった。


 この場にいるグランデイル軍の騎士達には気付けなかったが……。外見の幼い女の子はこう見えても、西方のドリシア王国を統治するククリア女王である。



 ククリアの指示によって広間に出現した巨大モグラの群れは、魔法戦士達の前に立ちはだかり。彼らの動きを完全に封じてしまう。


 そして、グランデイル南進軍の総大将である倉持の首にも、箱から飛び出した猫娘のフィートが、いつの間にかに鋭いナイフを押し当てていた。



「お前達の総大将の身柄は、すでにこちらの手に落ちたのにゃ〜〜! 一歩でも動いたら、この残念イケメンの顔が、更に残念無念な状態になってしまうかもしれないのにゃ〜!」



 勝ち誇ったように、もふもふ娘のフィートがニヤリと笑ってみせる。


 その様子を玉座の上から見下ろしていた、コンビニの勇者の彼方は――。

 広間に居並ぶグランデイルの魔法戦士達に向けて、椅子の上から大声で言い放った。



「いいか、よーく聞け、グランデイル軍の兵士達よ! 今からコンビニの勇者であるこの俺、秋ノ瀬彼方(あきのせかなた)はバーディア帝国皇帝のミズガルドと共に、帝国領南部の女神の泉へと向かう! その事をクルセイスに伝えるんだ! そしてもし俺達に手を出したなら、人質である2人の異世界の勇者の命はないと思えとな!」


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