第三十三話 魔王の谷
”チーーン!”
「彼方様、焼肉弁当が温まりましたよ!」
「……おおっ! ティーナ、ありがとう!」
ティーナが電子レンジで温めた焼肉弁当、3人分を持ってきてくれた。
ホクホクと湯気の立つ、美味しそうなコンビニ弁当が俺達3人の前に順番に並べられていく。
「頂きまーーす!! うおおぉぉっ! めっちゃ美味ーっ!!」
まさか異世界で、レンチンした温かいコンビニ弁当が食べれるなんて、最初の頃は思いもしなかったよな。
本当におにぎり2個と、お茶しか置いてなかった、品薄時代がまるで嘘のようだぜ。
「はむはむ。う〜ん、幸せっ! ホントに私、彼方くんのコンビニに嫁いで来て大正解だったわ〜〜!」
玉木が満足そうな表情で、焼肉弁当を頬張る。
「……俺のコンビニは、お前を嫁にした覚えはないって言ってるぞ。後、ティーナさんの視線が怖いから、そういう物騒な発言は今後は慎むように!」
カディナの街を離れてからまだ――約5日程。
俺達は馬に乗って、遥か遠い場所に向けて移動中だ。
まずは、グランデイル王国から遠く離れた場所に向かうのが先決だった。
何せあの陰険な国の近くにいたら、どんな嫌がらせをされるか分かったものじゃない。せっかく居場所を確保しても、この前みたいに遠征軍だったり、討伐軍だったりを派遣されたりでもしたらたまったものじゃないからな。
……いや、せめて俺だけならまだ別にいいんだぜ?
今や俺のコンビニは、かなーり強くなっているからな。
正直、何千人もの軍隊が襲ってきたとしても勝てる自信はある。実際にこの前もそれで勝利しているからな。
ただ、俺がそこにいる事で……。周囲にいる他の住民に迷惑をかけてしまうのが嫌なんだ。
だから俺達は、グランデイル王国の影響力が及ばない。
遥か遠くの地を目指して、西へ、西へ、と現在は移動中だ。正確には『逃走中』かもしれないけどな。
道中に、人がたくさんいる街や村なんかに立ち寄る事も極力避ける事にした。
一般的に長旅をする場合は……。普通、宿をとるために近くの街に寄るのが常識だろう。でも俺にはコンビニがあるからその必要が無い。
疲れたり、眠りたい時はどこでもコンビニを出せばいい。そこで宿がとれるのだから、ほとんどキャンピングカーに乗りながら、異世界を旅しているような感覚だ。
もちろん夜に、魔物の群れに襲撃をされる事だってあった。
でも今の俺のコンビニはもう、無敵だった。
襲いかかる魔物の群れは、コンビニの周囲に展開する強化ステンレスパイプシャッターの壁を突破出来ない。
そしてコンビニの屋上から出現する――『5連装式自動ガトリングショック砲』によって、無惨にも蹴散らされていく。
俺も最初はレベル上げにもなるかな、とガトリング砲で魔物の群れを、余裕でぶっ飛ばしていたんだけどさ。
なんか、こうも一方的過ぎると『動物虐待』みたいに感じちゃってさ。ある程度威嚇をして敵が去ったら、それ以上は追撃しない事にした。
これが本当にあの無能な『コンビニの勇者』なのかよ?
……って、自分でビックリしてるくらいなんだけどな。
そして、この5日間。俺達3人……特にこの場合は俺と玉木がだけど。心の底からドキドキして、慎重に手に触れて行った行為がある。
それは、コンビニに新しく追加された『ある商品』を開いてその中身を吟味する事だ。
グランデイル軍との戦いの中で、俺のコンビニはレベルが5になった。その中で、ドローンだったり、ガトリング砲だったり、女物のブラジャーだったり、オーブンレンジだったり、多種多様な商品が新たに追加されていた。
……あ、もちろん女性用下着である、ブラジャーとパンツが加わったので、
『彼方様……。この異世界の下着――付け方がよく分からないので私に付けてくれませんか?』
なーーんて、お決まりのラッキースケベな展開も、もちろんあったんだけど。
そこは、今回はあえて省略させて貰う。
その辺の雑なイベントは、玉木にティーナの下着の着方を教えさせて、一発で終わらせたからな。
今回のはそんな煩悩にまみれた、些細な出来事じゃないんだ。俺達、異世界人にとって……。これは本当に大切な事だといえる超ビッグイベントなんだ。
それは、今回のコンビニのレベルアップによって――。
異世界の雑誌
異世界の漫画
異世界の書籍
異世界の写真集(成人男性向け)
……の、4つの書籍がコンビニに加わった事だ。
これは俺達異世界人が、元の世界の情報を知る事が出来るかもしれない、唯一の手がかりと言って良いだろう。
俺はそれらをさっそくパソコンで発注してみたんだが、書籍の発注にはルールがあるらしい事が分かった。
一つは、同時にたくさんの種類の書籍を発注する事が出来ない。
つまり分かりやすく言うと――。
同じ日に例えば漫画を大量発注したとして、『進撃の小人1巻』だけが大量に出てくるが、『進撃の小人2巻』や『進撃の小人3巻』はその日には出てこないのだ。
その日に発注をして、コンビニに出現する書物は『1種類』だけど決まっている。
しかも毎日出現する書籍は、完全に『ランダム』だ。
昨日、漫画を発注したら『進撃の小人1巻』が出たからと言って、次の日にまた漫画を発注したら、今度出てくるのは『黄金の錬金術師3巻』だったりする。
何が出てくるのかは、毎日全くの予想不可能って訳だな。
これじゃシリーズ物を揃えるのに、何年かかるんだ……って感じだけどな。
まあ、漫画はともかく雑誌なんかは俺や玉木の期待通りに、『現在の時間』に沿ったモノが出てきて、喜びに打ち震えたね。
異世界に来てから、約半年――。
コンビニの発注で出現した雑誌の日付も、だいたい俺達が元の世界から消えた時間から……ちょうど半年くらい経った頃の出版物が出てきていた。
これは、まさに元の世界の『現在』の状況が知れるモノなんだと! 俺達はドキドキしながらその週刊誌を必死に読み漁った。
「彼方くん……。こ、これって……!?」
「ああっ、まさかこんな事があるなんて!?」
俺と玉木は、揃って口を閉ざした。
――だって、そうだろう?
まさかこんな事が起こるなんて、全くの想定外だった。
「彼方くん〜、これ……。本当に私達の世界の週刊誌なのかな〜〜??」
「……ああ、俺もそれを思ったよ。いや、たしかに日本だし、中の内容も一見すると俺達の世界の出来事を書いてあるようには見えるんだけど」
「このアメリカの大統領の『ミッキー・ポーカー』って誰のこと〜? 選挙で新しい人に変わったの? でも、前の大統領の『コパマ大統領』って人も私……全然知らないんだけど〜!」
「芸能界でも、芸人さんの不倫とか、俳優の結婚とか書いてあるんだけど――。なぜか知らない名前だったり、微妙に顔が違う感じの人の事とかが書いてあるんだよなぁ。こんな芸能人、俺達の世界には居なかったよなぁ」
週刊誌には、もちろん俺達2年3組のクラスが、集団失踪をした――というようなニュースは載っていなかった。
まあ、もう半年も経つニュースだし。それが現在も報道されているとは限らないしな。
だけど、同じ日本のはずなのに。
どこか違う芸能界、歌手、俳優の事が載っている何とも不思議な週刊誌や、雑誌ばかり。
もちろん、漫画も内容はとても面白いんだけど。
その漫画本自体、俺も玉木も、今までに全く読んだ事のないものばかりだった。
「これってまさか……。『異世界の書籍』って。そういう意味だったのかよ?」
いやいや。
普通『異世界の書籍』って書いてあったらさ。
それは『俺達の元いた世界』の書籍の事だと思うじゃないか……。
この俺達が今いる世界と、元の世界は対になっていると、普通は考えるだろう。
それなのに、元の世界に似ているけど。ちょっとだけ違う『別の異世界』の書籍が出てきてもさぁ……。どうしろって言うんだよ。
この世の中には、『異世界』はたくさん有りますって事なのか?
そんな多世界解釈とかさぁ。並行世界的な理論とか、本当にいらないんだけどなぁ。
……あ、つまりはアレか?
漫画の巻数がランダムなのと一緒で、いつかは俺達の元いた世界の週刊誌も読めるかもしれない……って、感じなのだろうか?
「ハア〜〜っ。そんなのマジで気が遠くなるぞ……!」
無理だ無理ッ!
コンビニで発注する異世界の書籍で、元の世界の情報を探すのは諦めた方がいいかもしれない。
俺も玉木も、その点に関しては残念さを隠せなかった。
だけど、ティーナだけは別だった。
「す、凄い……!! これが異世界の書物なのですね! 全てが素敵すぎます! なるほどなるほど。科学、数学、そして宇宙!? 空の上には暗黒な空間が広がっているのですか? 全てがこの世界より遥かに進んでいます! 彼方様、この書物は全部凄すぎます、本当に一冊たりとも無駄なモノなどありません!」
そうか――。
ティーナは元々、読書が趣味だったものな。
こんなにも異世界の情報で溢れている本が、毎日日替わりで入ってくるんだ。ティーナにとっては、まさに夢のような出来事なんだろう。
「か、彼方様……。こんなに素晴らしい異世界の書籍を、私……毎日読んでしまっても良いのですか? 私、感動でもう、手が震えてしまって!」
「ああ、全然大丈夫だよ。俺と玉木はまあ、漫画は読むけど、それ以外はそこまで熱心に読む訳じゃ無いしさ」
「あ、ありがとうございます!」
ティーナが俺に深く頭を下げて感謝をする。
うーん。まあ、異世界の書籍は期待していたモノとは少し違っていたんだけど。ティーナが喜んでくれるのなら、それでもいっか。
「――彼方様! このほとんど全裸の女性が、扇情的なポーズを取って描かれている書物も本当に素晴らしいです! 異世界の女性はこうやって、殿方を誘惑なされているのですね!」
「そ、それは読んじゃダメーーーーっ!!! それは俺専用の書籍だから、ティーナは絶対に読んじゃダメな奴だからなーーーっ!!」
「……じーーっ」
「何だよ玉木。何か文句があるのかよ?」
「ハア……別に〜〜! そんなにアダルトな写真集を見られたくないなら、そもそも発注をしなければいいのに〜〜って思っただけ〜!」
「ば、馬鹿っ……! これだって、もしかしたら俺達の世界で活躍していたグラビアアイドルとかが載っているかもしれないじゃないかっ! そうしたら、元の世界を知る手がかりになるかもしれないだろう?」
「じーーーーーーっ………」
「ハイ……。分かりましたよ。アダルトな写真集は、明日からは発注しない事に致します」
「うん。それでよろしい〜〜! 偉い偉い、彼方く〜ん!」
玉木が俺の頭をポンポンと叩いてくる。
普通そこは、頭を撫でてくれるんじゃないのか? 追い討ちで俺の頭を叩いてどうするんだよ……。
ハア……。
という訳で、アダルトな写真集以外は、毎日定期的に発注をして。異世界の情報を得るための手がかりとして、定期購読をする事になった。
まあこんな過程を経ながら、俺達は順調に西に向かって進んでいたんだけど。
一応、俺もこの先の目的地が気になったので。
ある日の夜に、コンビニの中でティーナにそれを聞いてみる事にした。
「このまま進めば、西にある西方3ヶ国連合の領地に入ります」
「――西方3ヶ国連合? それは一体何なんだ?」
俺は耳慣れないその単語をティーナに尋ねてみる。
「西方3ヶ国連合は、西側にある3つの国々の同盟の事です。この3国は、魔王軍の侵略に常に国境を脅かされているので、お互いに連携をしながら魔物と戦う事を誓い合っているのです」
「……なるほど。グランデイルみたいな東方の国と違って、西側の国々は、魔王軍と戦う最前線の場所――という訳なのか」
「そうです。でもそれらの国々に向かうには、途中『魔王の谷』と呼ばれる場所の前を通らないといけません」
「『魔王の谷』? 何だよそれ……。ネーミングからして物騒だな。ま、まさか……本当に魔王がそこに住んでいるって訳ではないんだよな?」
俺は驚いて、震える口調でティーナに尋ねる。
だってそうだろう? いくらコンビニが強くなったと言っても、いきなり魔王の根拠地に突撃するのはあまりに無謀過ぎる。
「いいえ、魔王の谷は『現在の魔王』が住む場所ではありません。現在、私達と100年にわたって戦っている魔王の城は西の方にあると言われています。魔王の谷は大昔に、この世界全てを支配したと言われている『最強の魔王』が昔、そこに住んでいたと言われている場所なんです」
「えっ……現在の魔王に大昔の魔王? それってどういう事なんだろう。魔王って昔から何人もいたって事なのか?」
「そうです。魔王は歴史上、この世界にはたくさんいました。今の魔王は約100年ほど前に出現して、それからずっと戦いを続けていますが……。約300年前にも魔王が出現して、人類と戦いを繰り広げていたと言われているんです」
何だ何だ。ちょっと混乱してきたぞ。
まぁ、よくは分からないけれど……。
「魔王って、そんなに簡単にポンポン出て来るものだったのかよ。……って事はその300年前の魔王も、その時は異世界の勇者を召喚して倒した――って事なのか?」
「そういう事になります。大昔から歴史の中で魔王は幾度となくこの世界に出現し、そしてその度に人類は『異世界の勇者』様を召喚して撃退してきたのです」
「マジかよ……。って事は今の魔王を倒しても、またいつかは魔王は出てくるって事なのか――。それじゃあ魔王ってのは一体何なんだろうな。この世界には、魔王が定期的に湧いて出てくるシステムみたいなものでもあるのか?」
ティーナが下を向いて無言になる。
まあ、そうだろう……。
いかに博識なティーナといえども、そこまでは分からないはずだ。
それが分かるんだったら、この世界の人々は魔王が生まれてくる前に何かしらの対処だって出来るはずだものな。
しばらく下を向いていたティーナが、ゆっくりと顔を上げる。そして、小さく呟いた。
「彼方様……。これから私がお話しする事は、何の確証もある事ではありません。そしてこのお話はこの世界では『禁断の知識』として、知ることも伝えることも全てが禁じられているのです……」
「『禁断の知識』? それは何だか、凄く興味深いな」
ティーナはずっと暗い表情を浮かべている。
その事を、俺に話すべきか少し悩んでいるようだった。
だから、ティーナの手を俺はそっと握る。
俺なら全然大丈夫だぞ……って事を伝える為だ。
ティーナはコクンと頷くと、静かにそれを話し始めた。
「この世界には、教会によって禁じられた『禁書』という書物があるのです。それらはほとんどが焼かれていて……一般の人々の目には触れられないように、全て処分をされたと言われています。ですが私は幼い時に、たまたまその『禁書』と呼ばれる書物を、カディナの図書館の地下倉庫の中で見つけてしまったのです」
「うんうん。処分されずに残っていたモノが、そこにはあったという訳なんだな……」
「ハイ。そしてその禁書には、こう書かれていたのです……」
この世界に出現する『魔王』とは、異世界から召喚された勇者の……。
『成れの果て』である……と。
「……えっ、えええええええっ!? そ、それはどういう事なんだよティーナ! つまり魔王は、元は『異世界から召喚された勇者』だっていうのかよ? そ、それは一体どういう事なんだ? 『異世界の勇者』は、いつかは『魔王』になってしまうっていうのかよ……」
そんなの本当に訳が分からなくなるぞ。
だって、魔王倒す為に異世界の勇者を召喚して、でもその異世界の勇者が魔王になったら――延々と堂々巡りだ。
一体何の為に、異世界の勇者って召喚されてるんだよ。
「彼方様、すいません……。これはあくまで教会によって禁じられた書物に書かれていた教義なんです。でもそこには、異世界から召喚された勇者様の中で、『ある特定の能力』を持つ者がいずれは魔王になってしまう……というような記述がありました。今では、その内容は分かりませんが、太古の昔の人々はその事を知っていて。異世界から召喚された勇者様の中で、その能力を持つ者を召喚してからすぐに処分する、という事も行われていたそうなんです」
「ある特定の能力? 魔王になりやすい能力でもあるのかよ……。だとしたら一体それは何なんだろうな?」
やがて魔王になる、勇者?
そんなの聞いたら、オレの頭には真っ先に妖怪倉持しか浮かばないけどな。
アイツ。マジで最後にラスボスになったりしないよな? 何だかすっごく俺、不安になったきたんだけど……。
「ちなみにティーナ……。その禁書の中には、その能力についての記述はあったのか?」
「分かりません。ちょうどそこの部分だけが破れてしまっていましたので……。でも、文字数からして、『◯◯の能力』と書いてあったように思います。それは他の勇者とは明らかに違う、変わった能力だったそうです」
「この世界の文字数で、だいたい2文字か……。『◯◯の能力』? まあコンビニはこの世界の文字でも4文字だから大丈夫そうだな。ってか、俺のコンビニじゃどう考えでも、魔王になりそうもない。ある意味、平和の象徴みたいなもんだ。最近はすこーしだけ、物騒な装備もついてるけどな……」
よく分からないが、俺はとりあえず安心する事にした。
そもそもティーナの言っているその『禁書』が、真実を書いているという保証は無いしな。
内容がデタラメで間違っているから、教会によって禁じられた。そう解釈する方がしっくりする可能性もある。
「それで……。その大昔に世界を支配したと言われている凄い魔王が居た所が、俺達が今、向かっている『魔王の谷』って訳なのか?」
「ハイ。そうなんです。……正確には、大昔の魔王がその地で死んだともされている『墓所』と呼ばれる場所でもあるのです。でも、今でもそこには太古の昔にその魔王に仕えていた、強力な魔物達が谷底にたくさん残っているとされていて。しかもその魔王の呪いにより、一度底に落ちると二度と這い上がって来れないとも言われているんです」
「それは結構、物騒な場所だな……。でもそこを通らないと西方には行けない訳なんだろう?」
「ハイ。そうです。でも谷の底の魔物は外には出て来ません。なので、そこは比較的安全に進む事が出来るんです。多くの商人達も、魔王の谷の前を通って行き来をしていますが、谷底にさえ落ちなければとても安全な場所と言われています」
「オッケー、オッケー! それを聞いて安心したぜ!」
何だかティーナから、今日は怖い話をたくさん聞いてしまったからな……。
その魔王の谷とかいう場所も、恐ろしいお化けとか幽霊が出てくるような所なら、俺はどうしようかと思ったぜ。
安全そうなら、別に心配はしなくて良いよな。
良かった……良かった。ひと安心だ。
でも……。
そっか。魔王の正体は……実は異世界の勇者?
なんて説があるのかよ。
そんな話を、たとえそれがガセ情報かもしれなくてもティーナから聞かされてしまった後だからな……。
俺の頭の中には、この世界の全てに対してたくさんの疑問が浮かびあがってきてしまう。
そもそも異世界の勇者が何で魔王になんかなるんだ?
人間不信になって、途中で闇落ちでもするのか?
そうだ!
それよりも、まず確認をしないといけない事があるじゃないか!
「――ティーナ! 一つ聞いてもいいかな?」
「ハイ、何でしょう。彼方様」
俺は……俺達、異世界人の旅の目的でもある、大事な事をティーナに聞いてみる事にした。
「この世界に召喚された異世界の勇者は、魔王を倒した後は一体どうなったんだ? その後、無事に元の世界に戻る事が出来たのか?」
よくよく考えると、俺達異世界人が魔王を倒した後に元の世界に帰れると保証をしてくれたのは、グランデイル女王のクルセイスさんだけだ。
たしか、膨大な魔力を必要とする『召喚戻し』とかいう大魔法をするのに、魔王が溜め込む魔力が必要なんだと言っていたけれど……。
「伝承の中に記されている異世界の勇者様のその後は――誰にも分かりません。不思議なくらいに魔王を倒したその後の記述が全く無いのです。でも一説にはこの世界にそのまま残り、その生涯を終えたという話が多くあります。そしてそれを証明する証拠も、この世界にはあるのです」
「証明する証拠? それは一体何なんだ?」
「それは、この世界には稀に『能力持ち』と言われる人間が生まれてくる事があるのです。その数自体は本当に少ないのですが……その人々は、遠い祖先に異世界の勇者様の血を引いているからだと言われています」
「なるほど。遠い祖先が異世界人だったから、その子孫に能力を持った人間が生まれてくる可能性がある――という訳か。つまり召喚された過去の異世界の勇者が、魔王を倒した後もこの世界に残り。おそらく結婚などをして子孫を残して余生を終えた……って事になるよな」
となると、うーん?
あの時のクルセイスさんの話は、全部嘘だった……って事なのか?
「グランデイルの女王様は、俺達、異世界の勇者を元の世界に戻せる大魔法があるって言ってたんだけど……。それについてティーナは何か知っているか?」
「グランデイルの女王様が? すいません。私もそこまでは分からないです……。グランデイル王国は、この世界で最も昔から異世界召喚の儀式を行っている国だと言われていて、伝統もある古い国です。もしかしたら一般には知られていない異世界についての秘密や秘術をたくさん知っていたとしても……おかしくはないと思います」
「うーーん、そうなのか……」
そうすると、クルセイスさんの言葉は、本当かもしれないし、違うかもしれないし……まだ判断は出来ない訳か。
どちらにしても、帰れる可能性を信じるのなら、やはり、俺達はクルセイスさんの言う通り魔王を倒すしかない訳だな。
「彼方様………」
「ん? どうしたんだ、ティーナ?」
ティーナが俯きながら俺に尋ねてくる。
「彼方様は、もし魔王を倒したら……元の世界に帰ってしまうのですか?」
「えっ………?」
それは………。
俺は、なぜか即答が出来なかった。
俺ってたしか、元の世界に戻りたかったんだよな?
でも、そうすると――。
このティーナとは、お別れになってしまうのか。
俺は無言のまま、最後まで返事が出来なかった。
過去の異世界の勇者達は、何を考えて、最後にはどう決断をしたのだろうか……。
俺には――。
元の世界に戻る以外の選択肢が、あるのかもしれない。
不思議とティーナの顔を見ていると、そんな考えが頭の中に浮かんできていた。