第三百二十八話 幕間 カルツェン王国の新女王
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「玉木様、ここにある木材は全て資材置き場に運べばよろしいでしょうか?」
「ええっ〜と、それはね〜、うん! いったん全部、資材置き場に集めちゃって下さいっ! 後で私がまとめて建設現場に持っていきますから〜。でも、大丈夫ですか? それとっても重いですけど。私が手伝いましょうか?」
「いえいえ、そ、そんな……! 既に巨大な木材を3つも、1人で抱えて運んでいらっしゃる玉木様のお力を借りるなど、とても出来ません。我らは3人がかりで木材を1つ運ぶのがやっとですが、どうかお気遣いなく指示をして下さい!」
「分かりました! じゃあ、後はよろしくお願いしますね〜!」
「ハイ、玉木様もどうか休息をとって下さいね!」
人の背丈の2倍はある巨大な丸太を、たった1人で3本も同時に運んでいる異世界の勇者、玉木紗希がカルツェン王国の騎士達を笑顔で見送る。
ここはカルツェン王国、王都の王城敷地内。
現在はグランデイル北進軍の侵略により、破壊されてしまった城内の修復作業や、王都の復興が急ピッチで行われていた。
そして、それら全ての復興作業の現場指揮をとっているのが……。コンビニ共和国から派遣された異世界の勇者、玉木紗希なのである。
アノンの地下迷宮から出現した、古代のコンビニの大魔王に仕えていた最強の破壊者である『黒い花嫁』を、コンビニの勇者の守護者である、アイリーンとセーリスの両名が撃破した後――。
グランデイル軍はカルツェン王国の領土から総撤退を開始して。占領されていた各地の街や村々は、ようやく戦乱前の平和を取り戻す事が出来ていた。
だが……カルツェン王国の王城を始めとして。まだ各地には、グランデイル軍の残党がわずかに残っていた。
それらのグランデイル残党軍をまとめて制圧し。一気に敵の本拠地であった王城内部をたった1人で攻略、解放したのが、『暗殺者』の勇者である玉木である。
事実上、カルツェン王国を支配していたグランデイル北進軍のリーダー。『水妖術師』の金森準を単独で倒し。
敵の手にあった王城を解放して、グランデイル軍の残党を制圧した玉木の大活躍は、カルツェン王国の人々にとって、まさに『救世主』と呼ぶに相応しいものであった。
普段から温和な性格をしていて、誰に対しても優しく、常に争い事を避けてきた玉木。彼女はこれまでずっと魔物や敵との戦闘行為を避けてきた。
だから異世界の勇者レベルもアップせず。カフェ好き3人娘達と違い、玉木は1軍の選抜勇者に選ばれていたにも関わらず。前線では戦闘の役に立たないお荷物の勇者として、コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方に常に守られる存在でしかなかった。
でも今の玉木は――その頃とは全く異なっている。
大好きな彼方の元から離れ。彼方に常に守られている存在という……弱い自分自身の心を成長させるべく。
今回のカルツェン王国への遠征に、自主的に参加をした玉木。彼女は女神教の実質的な指導者である、もう一人の自分――『枢機卿』とも出会い。
そしてクラスメイトの金森準と戦い、邪悪に染まっていた彼を倒し。今や心身共に大きな成長を遂げたのである。
今の玉木は自分よりも弱き者達の命を守る為に、例え敵の命を奪う事となっても。心を冷徹にして最後まで戦い抜くいう、強い精神力を獲得していた。
それは……この世界で5000年以上も生きてきた、もう一つの自分の可能性である、女神教の枢機卿と出会った経験が大きかったのは間違いない。
暗殺者の勇者として大きく成長を遂げた玉木は、カルツェン王都の王城に残る、グランデイル軍の残党をたった1人で制圧してみせた。
自身の持つ『隠密』と『陽炎』の能力を組み合わせ。見えない場所から斬りかかってくる暗殺者の勇者に勝てる者など、グランデイル軍に存在するはずもない。
まさに獅子奮迅の大活躍をした玉木を、カルツェン王国の人々は国を救ってくれた救世主として、熱烈な歓迎をして迎え入れたのだ。
過去にこの世界全てを支配したという、伝説のコンビニの大魔王の力を受け継いだ秋ノ瀬彼方が、魔王領の中で、その能力を大きく覚醒させたように。
女神教のトップに君臨している、枢機卿の力を受け継ぐ『暗殺者』の勇者である玉木紗希も。
今回のカルツェン王国の動乱において、本来持っていた最強の異世界の勇者としての能力を、覚醒させる事に成功したのである。
そんな玉木の前に。護衛の騎士を10人以上も引き連れた、金色の髪の幼い少女が通りかかった。
「――あっ、玉木様! こちらにいらしたのですね!」
「ああ〜っ! ルカちゃんだ〜! 良かった〜、元気にしてた〜?」
「……ハイ。この通り、だいぶ体調も回復して参りました。これも全て私を王城の地下牢から救い出して頂いた、玉木様のおかげです。――皆様、私の護衛はもう大丈夫ですので、ここは私と玉木様の2人だけにして頂けないでしょうか?」
金色の髪の少女の周りを囲んでいた、カルツェン王国親衛隊の騎士達が、『――畏まりました、ルカ女王様』と軽く一礼をして。一斉に後方に下がっていく。
部下の騎士達が、完全にその場から姿を消したのを確認すると。金髪の少女は子犬のように目を爛々と輝かせ。
両手を広げて玉木の体に豪快に飛び込み、その胸に自分の小さな顔を深く埋めてくる。
「うわぁーーん、玉木お姉ちゃんーーっ!! ルカは玉木お姉ちゃんに会いたくて、会いたくて……朝からずっとお姉ちゃんの事を探してたんだよーー!!」
「え〜、そうだったの? ごめんね、ルカちゃん……。私、城門復旧工事の現場監督をしてたから〜。お〜、よしよし〜、寂しかったよね! でも、もう大丈夫だからね! 玉木お姉ちゃんがついているから、ルカちゃんはもう一人じゃないからね!」
玉木は慌てて、両手に抱えていた巨大な丸太を地面に置き。子供のように泣きじゃくるカルツェン王国の新女王、ルカ・ドラン・カルツェンの頭を優しく撫でてあげた。
玉木を慕うこの美しい金色の髪をした女の子は、今は亡きカルツェン国王、グスタフ王の一人娘であるルカ姫だ。
その年齢は若く、まだたったの14歳である。
彼女は、王都を占領していたグランデイル軍に捕えられ。城の地下牢に閉じ込められていたのだが、王城に潜入した玉木によって助け出された。
そして、後になって分かった事だが……。地下に幽閉されていたルカ姫は、あと数日で敵の手によって処刑される寸前だったらしい。
カルツェン王家の血筋を断絶する為に、公衆の面前で幼いルカ姫は公開処刑される予定となっていたのだ。
地下牢に長期間幽閉されていた彼女は、栄養状態も良くなく。その体はかなり衰弱しきっていた。
隠密スキルで透明になり、城の地下深くに潜入した玉木によってグランデイル軍の残党は一掃され。
その時に、地下牢で鎖で繋がれていたルカ姫を玉木が見つけて救い出したのである。
救出されたルカ姫は、グランデイル軍が王都から撤退をした後、カルツェン王国の新女王として無事に即位する事となった。
当時はまだ、行方不明扱いだったグスタフ王の安否が分からなかった為。カルツェン王国は、王が不在の状態が長く続いていた。
ところが、西の旧フリーデン王国の跡地にある『アノンの地下迷宮』の最深部にて。
突如として行方不明となっていたグスタフ王、そして異世界の勇者である佐伯小松、川崎亮の2名の異世界の勇者達の遺体が発見され。
急遽、地下牢から救出されたルカ姫が、カルツェン王国の新女王として即位する事に決まったのである。
一度入ったら、二度と生きて外には出られないとされていた『アノンの地下迷宮』の奥深くに潜入し。地下の最深部でグスタフ王や佐伯、川崎ら3人の遺体を回収してきたのも、実は玉木だった。
それには、深い理由がある。
……というのも、玉木の元に。差出人不明の謎の手紙が、カルツェン王国解放とほぼ同じタイミングで届けられていたのだ。
その手紙の中には、ボロボロになった古い紙切れの地図が1枚だけ同封されていた。
玉木はそれが西のフリーデン王国にある『アノンの地下迷宮』の地図である事を理解し。セーリス、アイリーンの2人の守護者を引き連れて、3人で迷宮の奥に向かったのである。
そして迷宮の最深部で、変わり果てたクラスメイト達の死体を確認した玉木は……。そこで5000年前に書かれたと思われる、『自分の名前』が日本語で書かれている石碑を見つけ出した。
その石碑に書かれていた内容から、アノンの地下迷宮の地図が入った手紙を自分に送りつけてきた人物は、女神教の枢機卿である事を玉木は確信する。
きっと枢機卿は、元クラスメイトである佐伯、川崎の死体を、誰も辿り着けない迷宮に奥に、永遠に放置させておきたくはなかったのだろう。
お陰で、グスタフ王と佐伯達の死体を回収して。
玉木は彼らの遺体を、丁重にそれぞれのお墓に埋葬する事が出来た。
玉木は街の中にある、金森が死亡した場所にも。後にクレーンゲームの勇者である秋山早苗と共に。カルツェン王国の人々には見つからないように、ひっそりと小さなお墓を建てておいた。
この頃の玉木は、もう一人の自分である女神教の枢機卿が、心の底から『悪』に染まっている訳ではないのかもしれないと感じ始めていた。
そして出来る事ならもう一度だけ、彼女に再会したと強く願うようにもなっていた。
もし、再び枢機卿に会えたなら。
この世界の事を、もっと沢山教えて欲しい。
そして心の底から、彼女に聞いてみたかった。
『あなたは……今、何を目的にこの世界を1人で生きて続けているのですか?』――と。
「えーん、玉木お姉ちゃんがいないと、私は寂しくて死んじゃうよーーっ!」
姉に甘える妹のように、カルツェン王国新女王のルカは玉木に抱きついてくる。
彼女は、たった一人で地下牢に幽閉され。処刑される寸前の所を玉木に助けて貰ったのだから、救世主である玉木に依存するのも当然だった。
ルカ女王にとって玉木は、まさに自分の命を救ってくれた恩人であり。そして、この世界で最も敬愛する最高の異世界の勇者様なのだから。
「ルカちゃん、もう泣かないで〜! 私はずっとルカちゃんのそばにいるから大丈夫だよ〜。……でも、これからの時代は、女の子は強くならないとダメなんだからね! だって今後のカルツェン王国の未来は、ルカちゃんが導いていくんだもの!」
「でも、でも……! 私は玉木お姉ちゃんみたいに強くなれないよー! お父さんも、お母さんも死んじゃったし。もう、私にはお姉ちゃんだけしか頼れる存在がいないんだもの……」
「大丈夫だよ〜! ルカちゃんならきっと、お父さんの後を継いでこの国を良い方向に導いていけるから! 私も全力で支援して支えるから、2人で協力してこれから頑張っていこうね!」
玉木は今や、カルツェン王国の英雄である。
何より、囚われていたルカ姫を救い出し。新女王即位の戴冠式までの面倒を全てみた、影の立役者だった。
元々、クラスの副委員長として面倒見の良かった玉木は、今やカルツェン王国の解放の英雄として、国中の人々から慕われている。
まだ年齢の若いルカ姫が新女王として即位をしても、カルツェン王国の英雄であり。実質的な指導者の役割をこなす玉木が後見人となる事で、新しいルカ女王の地位を安定させる事が出来ていた。
今や、カルツェン王国で玉木の名前を知らない者は誰もいない。
それほどまでにこの国の人々は、英雄である玉木の事を心から信奉していたのである。
まだ経験の浅いルカ女王は、玉木という英雄が後見人としてその後ろ盾に就く事で。はじめて女王としての権威を保てているような状況でもあった。
「玉木お姉ちゃん……。私ね、大人になったら玉木お姉ちゃんと結婚をして、カルツェン王国女王の地位をお姉ちゃんに譲ろうと思っているの!」
「ええ〜〜っ!? 一体、何を言っているのよ〜、ルカちゃん!? そ、それに……私達は女の子同士だし。結婚なんて絶対に無理だよぉ〜」
「ふっふーん。そこは安心して、お姉ちゃん! カルツェン王国には女性同士で結婚をした女王様が過去にいたという、立派な前例があるの。だから何も問題ないわ。私がお姉ちゃんのお嫁さんになるから、玉木お姉ちゃんがこの国の女王様になって欲しいの!」
玉木の体にピタッと体を重ね合わせて、ルカは一向に離れようとしなかった。
そして嬉しそうに、何度も顔をスリスリと玉木の体に擦り付けている。
そんな幼いルカの言動に困惑したように、玉木は思わず小さな声を漏らしてしまう。
「でもでも、私には大切な彼方くんがいるから……」
「彼方くん? 誰ですかそれ? もしかして玉木お姉ちゃんの浮気相手ですか? 大丈夫です、ちゃんと私がこっそりと陰でそいつを始末しておきますから」
真顔で恐ろしい事を言い放つルカに、玉木は全身を揺らして震え上がる。
「いや〜〜ん、ルカちゃんが真顔で凄く怖い事言ってるよ〜〜! 私、一体どうすればいいの〜!」
体にベッタリとくっついてきて、全く離れようとしないルカと戯れていた玉木の元に。
通路の向こうからコンビニの守護者である銀髪の花嫁騎士、セーリスがやって来た。
「……お、いたいた! おーい、ポニテ忍者の姉ちゃん。こんな所にいたのかよー。そんな所で百合やってないで、さっさとこっちに来いよー!」
「えっ、セーリスさん、どうしたの〜? それに、アイリーンさんまで、みんな揃って何かあったんですか!?」
玉木の元にやって来たのは、花嫁騎士のセーリスだけではなかった。
コンビニの守護騎士である、青い鎧を着たアイリーンも一緒にやって来ていた。
「レイチェル様からの緊急招集だぜ。向こうに、アパッチヘリ2機を待機させてあるから、お前も早くこっちに来てヘリに乗りなッ!」
「アパッチヘリが……? コンビニ共和国で何かあったとんですか?」
ただならぬ事態を感じ取り。玉木はすぐに警戒モードの態勢を取り真剣な表情になる。
既に一流の戦士として覚醒していた玉木は、セーリスやアイリーンの顔色から、現在起きている異変を感じ取れるようになっていたのだ。
「アタシも詳しくは知らねーけどよ。共和国のレイチェル様からの緊急招集なんだよ。見てみろよ、この手紙の内容をよ!」
セーリスは玉木に、1枚の白い手紙を見せてきた。
そこには綺麗な文字でこう書かれている。
『――コンビニの守護者、かつ戦闘能力の高い異世界の勇者は全員、至急アパッチヘリに乗って目的地に向かう事。乗らなければ、即刻死刑。 ――以上』
「ええ〜〜っ? 『――以上』ってなんなのよ〜!? これ本当にレイチェルさんからの指示なの〜? 杉田くんが私達を騙そうとして、悪ふざけで書いた訳じゃないのよね〜?」
「……まあ、アタシも最初はそれを疑ったけどよ〜。アタシらコンビニの守護者は、レイチェル様の書いた文字は識別出来るようになってるんだよ。これは間違いなくレイチェル様の直筆だぜ。だから、すぐに行くぞ! お前だって死刑にはなりたくないだろ?」
「わ、分かったわ! ルカちゃん、ごめんね……。私、これから急いで、コンビニ共和国に戻らないといけないの!」
「――分かりました。玉木様は、この世界を救う異世界の勇者様ですから。私はいつまでもここで玉木様のお帰りをお待ちしております。カルツェン王国とルカはもう、玉木様のものです。私達はいつまでも未来の女王陛下である玉木様のご帰還をお待ちしております」
先ほどまでの、甘えん坊モードが嘘のように。
カルツェン王国新女王のルカは、その場で丁寧に頭を下げて。駆けつけたコンビニの守護者達と玉木に対して、深々と頭を下げた。
そして、頭を上げたルカはそっと。
玉木の耳元に自分の顔を寄せて、小声でこう呟く。
「……玉木お姉ちゃん。カルツェン王国はもう、玉木お姉ちゃんがいないと成り立たないの。だからすぐに戻ってきてね! そして私と婚約をして、永遠に一緒にいて下さいね。ルカはお姉ちゃんのお嫁さんになって、ずっとずっとお姉ちゃんのそばにいたいんです。私は心から、お姉ちゃんの事を愛しています!」
チュッ……と、玉木の手に優しくキスをして。
その場から静かに立ち去っていくルカ女王。
玉木は顔を真っ赤にして。そんなルカの後ろ姿を見守りながら、急いでヘリに乗る準備をする事にした。
「セーリスさん、アイリーンさん! 私……早苗ちゃんにも声をかけてきます! 急いで支度を整えるので、先にコンビニ共和国に向かって下さい!」
「オッケーだ! ヘリは2機あるから、アタシらは先にヘリに乗って向かっているからな! お前もすぐに後からついて来るんだぞ!」
「了解です〜! 任せて下さい〜〜!」
玉木は手を振って、その場で大ジャンプをすると。
急いでカルツェン王国に滞在している、もう一人の異世界の勇者である、『クレーンゲームの勇者』の秋山早苗の元へと向かっていった。
秋山はクレーンの能力を活かし。玉木が現場監督をしている王城の城門復旧の工事現場で作業をしているはずだ。
異世界の勇者である、玉木と秋山を置いて。
先にヘリに乗り込んで、カルツェン王国から離れるセーリスとアイリーン。
飛び立ったヘリの中で、アイリーンは不安そうな表情でセーリスに問いかけてみた。
「……セーリス。このヘリの行き先は本当にコンビニ共和国なのでしょうか?」
「いや、アタシもそれは知らねーよ。ヘリはコンビニガード達による自動運転になってるみたいだし。レイチェル様の手紙には、行き先は特に書いてなかったからな。でも、この方角はちょっと違うような気もするな……」
セーリスとアイリーンは、共に首を傾げる。
あの冷静沈着なレイチェル様が、自分達を慌てて呼び戻すような理由とは……一体、何なのか?
どちらにしても、急がないといけないだろう。
きっと何か、余程の緊急事態が起きている事は間違いないのだから。
そしてそれは、もしかしたら……。彼女達コンビニの守護者にとって最も大切な存在でもある、コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方に関わる内容かもしれないからだ。