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第三百二十七話 幕間 心の勇者



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「――カステリナ。今、帰ったよ! 今日も家で料理を作っていたのかい?」


「……あっ、レイモンド。おかえりなさい! うん、だって今日はレイモンドが帰ってきてくれる日なんですもの。腕によりをかけてたくさん手料理を作ったから、いっぱい食べていってね!」



 そこは美しい小川が近くで流れている、とても自然の豊かな村だった。


 人口は少ないが、女神教が建設をした新しい教会もあり。温和で心の優しい村人達の暮らす平和な村だ。


 そんな小さな村の奥にある空き家に、最近は、異世界から召喚された美しい黒髪の女性の勇者が住んでいるという噂が、周辺の村々の間でも話題になっていた。



 異世界の勇者は女神教の教義に記された、この世界を救う伝説の救世主となる人物だ。


 彼らは、この世に災いをもたらす邪悪な魔王を打ち倒し。世界に平和と秩序をもたらしてくれる存在である。


 異世界の勇者は、この世界の過去に何度も召喚され。そのたびに凶悪な魔物を生み出す恐ろしい魔王を打ち倒し。この世界の人々を幾度も救ってきたとされている。



 その為、空き家で暮らす異世界の勇者の少女は、村人達からとても大切に扱われ。村の中でのんびりと暮らす事が出来ていた。



 黒髪の少女と一緒に召喚された他の異世界の勇者達は、現在は魔王退治の旅に出ている。


 だが、黒髪の少女だけは……魔物と戦う戦闘用の能力(スキル)を持っていなかった為。この小さな村の中で、他の異世界の勇者達の帰りを待つ事しか出来ないでいた。


 彼女は得意の料理を毎日家で作り。それを村に住む人々にお裾分けして配っていたので、村人達からとても慕われていた。


 家の中で沢山の猫達に囲まれながら暮らす彼女の姿を見て。村人達は、黒髪の少女の事を『猫の勇者様』という愛称で呼び、親交を深めていたのである。



 そんな彼女の元に、今日は久しぶりに魔王退治に向かった彼女の恋人である異世界の勇者が帰ってきていた。


 

「カステリナの料理は、本当に美味しいね! でも、なんだかこの家……ますます猫の数が増えているような気がするんだけど、大丈夫なの?」


 少女が住む家に、久しぶりに帰宅をした青い髪をした勇者は心配そうに尋ねる。


「……いいのよ。私は猫ちゃん達が大好きだし、猫ちゃん達も私が好きでみんなここに集まってきているんだもの。ちゃんと世話はしているから、心配いらないわ」



 嬉しそうに語る猫好き少女の言葉を聞き、青い髪の勇者はその場で大きな声を出して笑ってみせる。


「そうだったね、カステリナは昔から猫が大好きだったものね。こっちの世界にも猫が居てくれて本当に良かったよ。この村に1人だけ残して、いつも寂しい思いばかりさせて本当にごめんね……。でも、もう大丈夫。僕達は必ず魔王を倒して帰ってくるから。そうしたら2人でまた、元の世界に戻って一緒に暮らそうね!」


「……うん。レイモンドが魔王を倒して戻ってくるのを、私はこの家でずっと待っているから。だから心配しないで。この村の人達は私にとっても優しくしてくれるし、ここでの生活は何も不便は無いから。こうして沢山の猫ちゃん達も私のそばに居てくれるし。レイモンドこそ大丈夫なの? 魔物退治、大変なんでしょう?」


「僕は全然平気さ! 勇者パーティに所属している、他の勇者メンバー達も頼りになるし。なにせ僕は、女神教の司祭様から期待されている『無限の能力インフィニット・シリーズ』という力を持つ勇者なんだからね。必ず魔王を倒して、この世界を平和に導いてみせるさ!」


 青髪の勇者は、爽やかな笑顔を浮かべてニコリと少女に微笑みかけてみせる。


 その姿はとても(さま)になっていて。傍目から見ても彼はとてもイケメンで、異性にモテる好青年の勇者である事が想像出来た。

 

「ふ〜ん、でも本当に大丈夫かなぁ? レイモンド、私が居ない間にこの世界の可愛い女の子達にチヤホヤされてるんでしょう? もしかして、こっそり浮気をしてるんじゃないの?」


「ぶはぁ〜っ!? 何を言ってるんだい、カステリナ! 僕は昔からカステリナ一筋だよっ!! 異世界の勇者として王宮のパーティーに招待される事があっても、必ず断るようにしているんだから、安心してくれ! ……えっと、カステリナ? 包丁をこっちに向けて笑うのは怖いから、やめようね!」



 口から紅茶を吹き出して、青髪の勇者は思わず冷や汗を浮かべながら苦笑する。


 彼は恋人である黒髪の少女が、とても嫉妬深い性格をしている事を知っていた。だからそれが例え勘違いだとしても、一度カステリナに疑いを持たれてしまうと、後々面倒な事になるのをよく知っていたのである。


 なので彼は、急いで話題を別に逸らす事にする。


「えっと……それにしてもカステリナは、やっぱり『猫の勇者』に改名をすべきだね。こんなにも沢山の猫達に囲まれてるんだから、猫に愛される才能があるんだと僕は思うよ」


「私も本当は、そうしたいくらいなんだけどね……。私には猫ちゃん達の気持ちが分かるし、猫ちゃん達も私がどこにいるのかを『気配』で察せられるみたいなの。だからきっと私と猫ちゃん達は、永遠に切り離せない強い絆で結ばれているのよ」


 自分の大好きな猫トークになると、黒髪の少女は饒舌に語り始める。その事を知っていて話を振った青髪の勇者は、内心でホッと胸を撫で下ろして安心した。


「カステリナの能力は、確か……『心の勇者』だったよね? 一体、どうしたらその能力はレベルアップをするんだろうね?」


「うーん、私にも分からないの。前にレイモンドのパーティーについていって、一緒に魔物退治のお手伝いをした時もあったけど。その時も、私の『心』の能力はレベルアップしなかったし……。きっと何かのきっかけがいるのかもしれないわね」



 ――トントントン。



 その時、楽しげな2人の会話を()くように。

 突然、家の扉をノックする音が聞こえてきた。


 2人の異世界の勇者達がいる家に、誰か来客がやって来たらしい。


 黒髪の少女カステリナは、急いで来客を迎えいれる為に白いドアを開けた。


「これはこれは……『白銀剣(ホワイトソード)』の勇者のレイモンド様ではないですか。今日は、この村にお戻りになられていたのですね」


 温和な口調で2人に話しかけてきたのは、黒いローブを全身に羽織った年配の男性だった。


 彼はこの村に新しく建設された、女神教の教会の神父を務めている男だ。


「あっ、神父さん……お久しぶりです! ええ、今日は村に戻ってカステリナに会いにくる約束をしていた日なんです。カステリナには、定期的にここに顔を出すように言われていて、約束を破ると僕は浮気を疑われて、拗ねた彼女に包丁で体を切り刻まれてしまうので……」


「もう、レイモンド! いい加減な事を言わないの!」


「ほっほっほ。お二人は実に仲が良いのですね。この村は、カステリナ様の明るい笑顔にいつも、村人達全員が癒されております。毎日、美味しい異世界の料理も振る舞って頂いておりますし、我々は本当にカステリナ様にはとても感謝をしているのですよ」



 女神教の神父は、深々と頭を下げて。敬愛する異世界の勇者の若いカップルに、感謝の意を示す。


 そんな神父を安心させるように、青髪のレイモンドは胸を強く叩いて宣言してみせた。


「神父さん。今度、僕達勇者パーティーは、とうとう魔王城に乗り込み、魔王を倒す予定なんです。この世界の平和はきっと僕達が取り戻してみせますから、どうか安心して下さい!」


「それは本当ですか? 何と素晴らしい! 本当にありがとうございます、レイモンド様。異世界の勇者様のおかげで、この世界に平和が訪れる日を我々は心からお待ちしております。どうかその日まで、カステリナ様の事は我らにお任せ下さいませ」


「ええ、頑張ります! こちらこそ、カステリナの事をよろしくお願いします」


 レイモンドは深々と女神教の神父に頭を下げて。自分にとって最も大切な恋人であるカステリナの事を、これからもよろしくお願いします……と念入りに伝えて、神父と固い握手を交わす。


 その言葉を横で聞いていたカステリナは、顔を真っ赤にしてレイモンドのお尻をつねり上げた。


 若いカップル同士が、甘酸っぱい痴話喧嘩を始めたのを見て。温和な神父はニコリと笑いながら、席を立つ事にした。



「……では、私はこれにて戻る事にします。今日は無限の能力者であるレイモンド様にお会い出来て、本当に良かったです」


 家から出ていく神父の後ろ姿を見送りながら。

 レイモンドは、カステリナが少しだけ体を震わせている事に気付いた。



「――どうしたんだい、カステリナ?」


「レイモンド。私……あの人が苦手なの。だってあの人が家に来ると、こんなにも猫ちゃん達が警戒をしてしまうんですもの……」


 青髪の青年レイモンドが周囲を見渡すと。


 確かにカステリナの周りにいる沢山の猫達が、一斉に耳を尖らせて、警戒体制をとっている事に気付いた。


「……うーん、でもそれは勘違いじゃないかな? 女神教の人達は、いつも異世界の勇者に良くしてくれるじゃないか。だからあの神父さんも良い人だと僕は思うよ。きっと何か、猫達に嫌われるような香水を身につけていたりしたんじゃないかな? ほら、教会にはいつも不思議な匂いがするお香とか()いてあるし」


「それなら良いのだけど……。あれ、レイモンド、もう行っちゃうの?」


「ごめんね、カステリナ。そろそろ僕は行くよ。仲間が村の外で待っているし、カステリナの作ってくれた美味しい料理もいっぱいご馳走になったしね!」


「そう、分かったわ……。気を付けてね! また、必ずここに戻ってきてね!」


「うん。じゃあ、行ってくるよ! 次は魔王を倒して必ず世界を平和にしてから戻ってくる。そうしたら、一緒に元の世界に戻ろう。そこでまた、カステリナと一緒に僕は暮らしたいからさ!」


 レイモンドはカステリナのおでこに、優しいキスをしてから家を出て行った。



 大切な恋人の後ろ姿を見つめて。黒髪の少女はずっと手を振り続けながら、可愛い猫達と一緒にその帰りを待つ事にする。



 若い恋人同士の勇者達にとって、この時の別れが最後の安らぎの時間となってしまう事など……。

 未来には幸せな結果が待ち受けていると強く信じていた2人には、きっと想像も出来なかったに違いない。



 まして、役に立たないと思われていた『心の勇者』の少女が……。後の世界で人々を絶望に陥れる、残虐な魔王へと変わり果ててしまう事など。



 この時にはまだ、当事者である2人を含めて。

 誰にも予想さえする事は出来なかったのだから――。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ねえ〜、シエルスタ。そういえば、あなたの本当の名前ってなんだっけ?」


「……ふっ、まさか忘れたのか? 血塗(ちぬ)れのカヌレよ」



 魔王領の奥地にある――巨大な黒曜石の岩で埋め尽くされている渓谷、暗黒渓谷(ダークバレー)



 そこで女神教No.3の魔女、血塗(ちぬ)れのカヌレと忘却の魔王の1人である魔王シエルスタの戦いが続いていた。



「魔王となり、暗黒渓谷(ダークバレー)の魔王『シエルスタ』と呼ばれるようになってからの方が長いからな。元の異世界の勇者だった時の名前を忘れるのも、まあ……やむを得ないだろうな」


「待って……すぐに思い出すから! でも、思い出す前にあなたを倒しちゃったらゴメンなさいね。私、強いから考え事していても、いつの間にかに敵を倒しちゃう事がよくあるのよ」


 チョコレート色のドレスを着ている、魔女のカヌレの言葉は本当だ。


 彼女は、先ほどから魔王シエルスタが無限に生み出す骸骨兵(スケルトン)達を、数千匹以上も……たった1人だけで全て倒している。


 不死者(アンデッド)に対して最強の効力を発揮する『不死者特攻アンデッド・ブレイカー』の遺伝能力を持つ魔女のカヌレ。彼女の能力は、永遠の寿命を持つ魔王に対しても有効だ。

 その為、女神教の中で最強の力を持つと言われる魔女のカヌレは、『魔王特攻(デーモン・ブレイカー)』の能力を持つ魔女として、忘却の魔王達からも恐れられていた。


 そして、砂漠の魔王モンスーンを失った魔王同盟に所属するシエルスタは、枢機卿(すうききょう)が率いる女神教の魔女達による猛攻を受け、すでに崩壊寸前にまで追いつめられている。



「……フン、魔王同盟なんてものは名前だけだ。私とモンスーンが、最強の魔王である虚無(アビス)のカステリナの活動範囲内に勝手に寄生していたに過ぎぬ。つまり魔王同盟とは、虚無の魔王カステリナの無敵の強さありきのものだったのだ。我々はその絶対的な力にすがって、この世界を生き延びてきたに過ぎぬ」


「今更ね……まあ、虚無の魔王はホントに強いものね。正直、アレには近づく事さえ出来ないし。私達女神教もカステリナを倒すのは無理だととっくに諦めているわ」


「魔王カステリナに、元の異世界の勇者だった時の記憶は無い。アレは既に、無限に他者の感情を吸収し続ける、負の感情が集合化した『虚無の塊』と化している。忘れてしまった自身の記憶を取り戻す為に、ひたすらに人の負の感情を食らい続ける、終わりの無い無限ブラックホールのようなものだ」


「そうね。本当に最悪な災厄を生み出してしまったものだわ。女神教はやり過ぎたのよ。恋人の無限の勇者レイモンドの目の前で、捕らえた彼女に拷問を加えて。両足を切り取って、両目もくり抜いてみせたのだから。女神教の一部には、勇者を闇堕ちさせる為の拷問専門部隊も所属しているしね。まあ、まさか拷問を加えた勇者が、実は無限の能力を持つ勇者だったとは誰も分からなかったのだけど」



 カヌレとシエルスタは、それぞれ赤い鎖と巨大な剣をぶつけ合い、当時の事を振り返るように語り合う。


「虚無の感情の塊となったカステリナが吸収出来る他者の感情は、黒い感情――絶望と恐怖に染まった人間の負の感情だけだ。そんなものを吸収した所で、元の『心の勇者』だった頃の彼女の記憶を取り戻せるはずがない」


「そっか……。カステリナって確か『心の勇者』だったのよね。魔王になった時に、初めて彼女が無限の勇者だったと私達女神教も気付いたから、元の勇者だった時の能力をすっかり私も忘れていたわ。無限の力を持つ『心の勇者』、本当に厄介な存在よね……」



 ため息をつきながらも、血塗れの魔女のカヌレは赤い鎖で魔王シエルスタの片腕を切り落としてみせた。


 どうやら共に永遠の寿命を持つ古き盟友。魔女のカヌレと魔王シエルスタの戦いは、とうとう決着を迎える事になりそうだった。



「……アレ? そういえば、シエルスタが勇者だった時の能力名って何だっけ?」


「まさかお前は、私の本当の名前だけでなく、その能力の名前も忘れてしまったのか? 見た目は幼女なのに、心は相当年老いた老婆と化しているようだな……」


「老婆って言うなーーっ!! 待って本当に今、思い出すから……! そうだ、思い出したわ! たしかあなたの本当の名前は『アリス』だったわよね。『回復騎士(ヒーリング・ナイト)』の能力を持つ勇者アリスよ。今、思い出したわ!」


「ほう、やっと思い出したか、カヌレよ」


「うん、全部思い出したわ! 無限に体の傷を回復出来るから、死者をアンデッドにして操る事も出来るし、自身の傷さえも無限に修復出来る勇者。そう、あなたは体をどれだけバラバラに切り刻んでも、すぐに蘇生出来ちゃうのよね。本当に厄介だわ……。無限に回復する蘇生能力を持つ勇者。ある意味、私達が求める『不老不死』に一番近い存在でもあるのよね」


「例え『回復騎士(ヒーリング・ナイト)』の能力を持つ私であっても……魔王種子である心臓を破壊されれば『終わる』。だから、完全な不死ではない。お前達の求める完全な形での不老不死は、この私にも得られぬものだった」


「そうね。でも、あなたの体の中にある魔王種子が、今の私達には絶対に必要なの。女神アスティア様の為に、今からあなたの心臓を奪いとらせて貰うわ! さようなら、アリス。古き友であるあなたと昔話が出来て、今日は本当に良き良きかなかなの日だったわよ!」



 血塗れのカヌレが、四方八方から同時に赤い鎖を魔王シエルスタに向かって放つ。


 既に片腕を切り取られ、体力の落ちているシエルスタにはそれを防げるだけの力は残されていなかった。



「――その骸骨の仮面を剥ぎ取って、最後にあなたの綺麗な顔をもう一度見させて貰うわよ、アリス!」


 血塗れの真っ赤な鎖が、魔王シエルスタの全身を貫き。その体を宙に強制的に固定させる。


 身動きの取れなくなったシエルスタに、ゆっくりと近づいたカヌレは……。彼女の顔に付けられていた骸骨の仮面を強引に奪い取った。



「えっ……何コレ!? どうなってるのよ、アリス!」



 カヌレは魔王シエルスタの素顔を見て驚愕する。


 骸骨の仮面の下には……中身が何も無かった。


 そこには顔だけでなく、体も何も残されていなかった。ただ、唯一……シエルスタの脳みそだけが、そこには残されていた。


 魔王シエルスタは、空っぽの体に頑丈な鎧と骸骨の仮面を装着して。唯一残された脳みそから、無数の触手を伸ばしてその体を操っていたのだ。


「あなた……肉体は? 本体は一体どこにやったのよ!?


 激昂した魔女のカヌレが、仮面の中に残されていたシエルスタの脳みそに問いかける。

 

「バカめ……。私の体と魔王種子は、既に他者に手渡したのだ。そんな事も気付かずに、ずっと空となった私の鎧と戦っていたとは、本当に愚かな事よ」


「手渡したって、誰に!? まさか……?」



 カヌレの問いかけに、魔王シエルスタは『クックック』と笑ってみせる。


「――そうだ。自身の記憶を失い、人々から吸収した虚無の感情の集合体と化している魔王カステリナに、私の本体と魔王種子を全て譲渡したのだ」


 カヌレは額から冷や汗を流しながら。今や脳みそだけとなったシエルスタから発せられる言葉を、必死に聞き続ける。


「どうしてそんな事をしたのよ!? ――アリス! 答えなさい!!」


「……カステリナの心は、自らが勇者だった時に過ごしていた、この地――魔王領にしばりつけられていた。だから虚無の魔王に、新しい肉体として私の体と魔王種子を与え。『新たな人間としての人格』を形成させて、東の人間領に解き放ったのだ! ハッハッハ……もう、彼女は自由だ。これからは人間の感情を無限に食らい続ける悪魔と化すだろう!」



 シエルスタの言葉の意味と、その真意を悟り。


 カヌレはその場で思わず、呆然としてしまう。まさか、そのような事をしたら……あの災厄の魔王が世界に解き放たれてしまうではないか。


 それは、きっと以前に見た『巨大コンビニ』という太古の悪魔に匹敵するほどの、世界の脅威となってしまうに違いない。


「新たな体と人格を得たカステリナは……きっと最後に見た、あの輝かしい希望の光を放つ『コンビニの勇者』の心を喰らうために、人間領へと向かったのだろう。あの者の心を食らえば、自身の本当の記憶を取り戻せると彼女は信じているのだ。コンビニの大魔王という、目先の悪夢にばかり気を取られたお前達の敗北だ。この世界は虚無の魔王によって食われる。古代の大魔王と、虚無の魔王という2人の巨大な邪悪に挟まれて、滅び去るが良い、女神教の悪魔達よ!」



 ハッハッハと笑う、脳みそだけとなった魔王シエルスタに。カヌレは冷静に侮蔑の眼差しを向けて言い放つ。



「――そう。自暴自棄になって、最後に破壊願望でも湧いたのかしら、アリス? 本当にガッカリだわ……。もういい、あなたはここで消え去りなさい!」


「ああ、そうさせて貰おう。私もモンスーンの所に行く。だが無限再生能力を持つ私の体を持ったカステリナは無敵の存在だ。お前達、女神教の魔女達にはもう……彼女の持つ2つの魔王種子を回収する事は出来まい。私はそれだけで、十分に満足だよ……」



 ”――ボン……!!”



 旧友の最後の言葉を聞き終えたカヌレは、無言で魔王シエルスタの脳みそを破壊した。



 そして、一度深呼吸をしてから。


 大急ぎで後方の陣に控えている、枢機卿(すうききょう)の元へと報告に向かう。



「――急いで、枢機卿様に報告をしないと……! 人間領に魔王種子が流出してしまったのなら、早く回収しないといけないわ。全く、本当に厄介な事をしてくれたわね、アリス……。これから女神教は総力をあげて、人間領にトンボ返りをしないと! 目標はコンビニの勇者のいる場所よ、急ぎましょう!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 こうして様々な謎が分かってくると益々、眼が離せなくなりますね
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