第三百二十六話 終わらない悪夢の果てに
「そんな……何て事をッ! 許さない、絶対に許さないわッ!」
俺の隣に立つミズガルドが、激昂して全身を震わせながら怒鳴り声をあげる。
俺の気持ちもミズガルドと同じだ。カラム城から外に避難していた大勢の人々の命を、アイツは一瞬にして全て奪い去っていきやがった。
だけど俺の心の中は、激しい怒りの感情が湧き上がるのとは別に。大勢の無実な人々の命を、また『俺のせい』で犠牲にしてしまったという罪悪感にも苛まれていた。
クソッ……俺がこの世界に存在しているだけで、また罪の無い人が大勢殺されてしまったというのかよ。
『大好きお兄さん! 敵がまたこっちにやってくるのにゃ〜! 急いで戦闘態勢を整えるのにゃ〜!』
フィートの声が、脳内に直接響いてくる。
とっさに反応を起こそうとしたが、足が完全に硬直していて、思うように動かす事が出来なかった。
「――彼方。敵がこっちにやって来たら、その位置を私に教えて頂戴。今度こそ私の剣でアイツを必ず斬り殺してみせるから! ……彼方?」
ミズガルドは、俺がその場で身動きが取れずにいる事を訝しむ。
「すまない……ミズガルド。どうやら俺の足は今、敵の呪いでまた動かなくなったらしい。この呪いは、俺の中にある黒い感情の影響を強く受けてしまうんだ。ティーナを失った俺はもう決して絶望しない、奴に復讐を果たすまで戦い続けると心に誓っている。だからきっとすぐに立ち直れると思う。それまで少しだけ時間を稼いでくれないか!」
「分かったわ、私に任せて! 彼方は敵が移動してくる位置だけを私に教えて頂戴。彼方の足が自由に動くようになるまでは、私が敵を惹きつけておくから!」
ミズガルドが銀色の剣を構えて、攻撃態勢を整える。
……すまない、ミズガルド。
ティーナを失った俺にはもう、絶望するものは何も無いと思っていた。でも、あそこで倒れている数千人を超える人々の死体を見て……俺の心はまた激しく動揺してしまったらしい。
あそこにいるみんなは全員、『俺のせい』で殺されてしまったんだ。
俺がこの城に戻って来たから。コンビニの勇者と関わってしまったから。だからみんなは、何も罪が無いのに無惨に命を落としてしまった。
子供、老人……男女、全く関係なく。
全ての人々の命が一瞬にして奪われていく。
もし俺がこのままコンビニ共和国に戻ったりすれば……。これよりも、もっと悲惨な光景をこれから何度も目にする事になるのだろう。
だからもう……心を動揺させてなんていられない。
絶望や負の感情になんて、負けるものか!
そうさ、全部俺のせいなんだ。だから絶対にここで全てを終わらないといけない。
悲しみの負の連鎖はここで断ち切る。これ以上、更なる犠牲者を1人たりとも増やさない為にも。必ず俺がアイツをここで倒してみせる!
「ハァ……ハァ……」
呼吸を整えて、意識を強く保つようにする。
おかげで、少しずつ体に広がる黒い染みが減少していくのが感じられた。
あと少しだけ時間を貰えれば、動かなくなってしまった足もすぐにまた動かせるようになるだろう。
「ミズガルド! 敵はもう、この廊下に戻って来ているぞ! 今は俺達の正面方向から、こちらに向かって真っ直ぐに前進してきている所だ!」
「――了解よ、彼方! 私に任せて!!」
先読みの騎士、ミズガルドが銀色の剣を構えて素早く駆け出して行く。
目標は姿を消しながら迫ってくる敵の本体だ。
「うおおおおぉぉぉぉーーーーッ!!!」
今までの行動パターンから、敵の移動する方向を先読みしたミズガルドが、大きく剣を振りかぶった。
そして、敵の移動速度に合わせて。
ミズガルドを攻撃する為に、空間に穴を開けて姿を現した所を、一気に銀色の剣で切り裂こうとする。
その時――、
俺もミズガルドも、全く予想外な出来事が起きた。
「――えっ!?」
「……ミズガルド!?」
『……にゃにゃ!?』
俺とミズガルド、そしてフィートも、その場で一斉に驚きの声をあげる。
ミズガルドの正面にまで迫って来ていた敵は……突然、急加速をして。一気にミズガルドの背後に回り込んだ。
そしてミズガルドの背後から、黒い凶器で彼女の背中を一気に切り裂く。
”ズシャリ――!”
「グフッ……!? か、彼方……逃げてッ!」
背後から致命傷となる深い傷を負わされたミズガルドが、そのまま廊下の床に倒れ込んだ。
傷は背中から、心臓にまで達していたらしい。
床に崩れ落ちたミズガルドは、そのまま、ピクリとも動かなくなった。
「ミズガルドーーーーッ!!」
即死だったのか、それとも意識を失っているだけで、ミズガルドが生きているのかは、ここからでは分からない。
どちらにしても、まだ自分の足を動かす事の出来ないでいる俺に……。この場からミズガルドの安否を確かめる術は何も無かった。
ミズガルドは、確かに敵の動きを『先読み』していた。
でも、それを遥かに上回るスピードで。敵はミズガルドの背後に回り込んだ。それも今までに一度も見せた事が無い高速スピードでだ。
異世界の勇者でもなく、遺伝能力を持っている訳でもない普通の人間の身体能力では、あのスピードを回避する事は絶対に不可能だ。
でも、なぜなんだ……?
どうして急に敵の能力が上昇したんだ?
その理由を必死に考えていた俺の脳は――ある恐ろしい1つの推論を導き出してしまう。
「……クソッ! 最初からずっと手加減をしていやがったのかよ! 俺がこの城にやってくるまで、わざとミズガルドを生かしておいて。俺の目の前でミズガルドを殺す為に、獲物を取っておいたという訳なのかよ」
城の外に逃げていた、大勢の人々の命を奪ったのもきっと同じだ。
敵には、この城に残る大勢の人間達の命を一気に奪い取るだけの力が始めからあった。
でもそれを、わざとしなかった。
理由は簡単だ。この胸糞悪い敵の行動は、最初からずっと首尾一貫していて、一つの目的を果たす為だけに動いている。
『コンビニの勇者』の俺の目の前で、大切な仲間達を皆殺しにする。そしてその光景を俺に見せつける。
その為だけに、ずっと行動をしているんだ。
俺がいない場所で、みんなの命をこっそり奪うなんて真似をする訳がない。メインディッシュは最後までとっておく。そして俺が心の底から絶望をして、この世界で生きていく希望を失わせる為に。最悪な絶望の光景を、ずっと見せつけてくるんだ。
その為なら何でもする。きっと今度はコンビニ共和国にいる俺のクラスメイトや、ザリルや、区長さん、ターニャの命も奪おうとするに違いない。
俺が全てに絶望をして、心を虚無に染め上げるまで。永遠に俺の後をつけ回してくるつもりなんだ。
「ミズガルド……頼む、目を覚ましてくれ!」
必死に呼びかけてみても、ミズガルドはもう全く動く事は無かった。
その様子を見て俺は確信する。ミズガルドの命はもう、永遠に失われてしまったのだと。
『大好きお兄さんッ!! 危ないのにゃ〜!!』
足が硬直して。蛇に睨まれたカエルのように動けなっていた俺の脳に、フィートの叫び声が直接響いてくる。
ふと気付くと、俺の頭上から――。
姿の見えない敵が、空間上に小さな穴を開けて。
中から黒い手を伸ばし、漆黒の包丁で上から斬りかかろうとしてきていた。
そこに横から割り込むように。小さな猫の姿になっているフィートが、ギリギリのタイミングで自分の体を俺の頭の上に飛び込ませた。
『ぎにゃああああ〜〜〜っ!!!』
人間の声を話せなくなった、茶色い猫のフィートが、俺の代わりに敵の黒い包丁に切りつけられて。
猫の鳴き声で大きな悲鳴を上げる。
すると、フィートの鳴き声を聞いた敵は……。
なぜかその場で、激しく動揺したようだった。
聞こえてきた猫の断末魔の鳴き声に驚き、慌てふためくようにして。後方に全速力で引き返していく。
「フィートーーーッ!!」
俺の目の前の床に、大量出血をしたフィートがドテっと倒れ込む。
その全身からは、床を真っ赤に染め上げるくらいの大量の血が流れ出している。
その光景を見ればもう、俺にだって分かる。これは致命傷なんてものじゃない……即死だ。
さっきまで、フィートと繋がっていた念話が突然、ブチッと途切れてしまった。
俺の脳にはもう、フィートの声は何も聞こえなくなっていた。
だから俺はもう、敵の気配を感じる事は出来ない。
自身が感じていた感覚を、俺の脳にダイレクトに繋げてくれていたフィートが生き絶えたのだから、当然だ。
とうとう俺には、味方は誰1人としていなくなってしまった。今はカラム城の廊下に、たった1人きりでポツンと取り残されている。
城にいた全ての人々も。ミズガルドも。
そしてフィートも、みんな、みんな、俺を残して敵に殺されてしまった。
後には、まだ自分の足もろくに動かす事が出来ないでいる、役立たずのコンビニの勇者だけが残されている。
「これで、本当の意味で完全に詰んだという事か……」
俺を守ってくれていた、騎士のミズガルドを失い。
敵の気配を俺の脳に直接知らせてくれていた、フィートさえも俺は失ってしまった。
おまけに、俺の足はまだ動かせない。
かろうじて、両肩に浮かぶ守護衛星からのレーザー砲はまだ使用する事が出来そうだ。
でも、それだけだ。足の自由を奪われて。完全に不動の固定砲台と化した俺が、どうやって高速移動する敵にレーザー砲を直撃させられるというのだろう?
フィートもいないから、俺はもう……敵の気配を察知する事も出来ないんだぞ。
「………フフッ」
口元から、思わず渇いた笑いがこぼれ出る。
こんなにも絶対絶命な状況に追い込まれても。
不思議と俺の心は、絶望とか、虚無に再び染まるという事は無かった。
それどころか、動かせなかったはずの足が少しずつ動くようになってきている。
最愛のティーナを失い。更にまた、ミズガルドとフィートという大切な仲間達を失ってしまった、ただの無能なコンビニの勇者しかここには残されていないというのに。
俺は過去を後悔したり、絶望して自分の心の殻に閉じ籠ってしまうという事は無かった。
ただ今は、心の底からアイツを倒したいと思っている。
こんな俺に、まだチャンスが残っているのなら。
それに全てを賭けて。最後の反撃を試みて、敵に挑んでみたいという想いが、沸々と俺の胸の中から込み上げてきていた。
その熱い思いは、孤独になった俺を生かし続ける強い原動力となっていた。
俺はもう、異世界の勇者としてではなく。
1人の戦士として、純粋にアイツに挑みたいと思っているんだ。
ミズガルドはさっき、レーザー砲を敵に直撃させる方法が他にもあると、俺に言いかけていた。
今の俺になら、その唯一の方法が理解出来る。
敵が正面から突進をかけてきて。俺の体にあの黒い包丁を突き立てようとしてくる、そのギリギリの瞬間まで耐えて。敵が目の前に姿を現した瞬間に――。
俺の体に残された、全生命力を込めた最大火力のレーザー砲を一気にぶっ放すんだ。
半ば相打ち覚悟の攻撃ではあるが、コンビニ店長専用服の無敵防御機能をまだ残している俺になら、きっと生き残れるチャンスはあると思う。
俺は目を見開いて、じっと正面だけを見続ける。
来いよ……!
正面から、堂々と俺に向かって突進して来いよ!
俺が絶望の感情には支配されずに。まだこうして戦う意志を残して、お前に勝負を挑んでいるんだ。
それなのにまさか、ミズガルドの時のように背後から切りつけるなんて、姑息な手段は取ってこないだろうな!
敵はずっと、俺が絶望をしている顔が見たくて今まで行動を取ってきたはずだ。
でも、仲間達を全て殺害されても。もう俺は絶対に諦めない。コンビニの勇者は、二度と絶望の感情には飲まれないと分かった以上――。
この俺の無謀な、最後の挑戦を受け入れて。
それでもお前は勝てないんだと。正面から正々堂々とぶつかって、俺を屈服させて絶望させるしか、敵にはもう手段は残っていないはずだからな。
――さあ、かかって来いよッ!!
じっと正面を見据えて。全身の全ての感覚を――ただ1点のみに集中して感覚を研ぎ澄ます。
……感じるんだ。
ミズガルドのように、敵の動きを先読みするんだ。
敵が移動してくる時に生じる、わずかな空気の揺れ、振動、音……。その全てを感じとり。
ギリギリの瞬間まで、我慢するんだ。
両手の拳を強く握り締めて。深呼吸をしながら、敵の突進を待ち続けていた、俺の目の前で……。
突然、想像もしていなかった出来事が起こる。
「えっ、フィート……?」
先ほど、目の前で生き絶えたはずのフィートの体から。眩いほどに輝く白い光が放出されていた。
そしてその光とは別に、他にも4本の白い光がそれぞれ別の方向から集まってきて。俺の右手に付いている記憶の指輪の中に、吸い寄せられるようにして集まってくる。
「これはもしかして――記憶の指輪の光なのか?」
今回の旅の途中、俺達メンバーの全員は、ククリアから記憶の指輪というアイテムを手渡されていた。
それは、もしも自分が死んだ時に。死の直前に最後に見た光景や記憶が残せるという、ドリシア王国に代々伝わるというマジックアイテムだった。
記憶の指輪は、俺、ティーナ、ククリア、フィート、アリス、そして冬馬このはの6人の指にそれぞれ付けられている。
ククリアの説明によると、指輪を付けている者が亡くなった時にその指輪を回収する事で……。その人物の死ぬ直前の記憶や最期に見た光景を、指輪を回収した者が確認出来るというものだったはずだ。
だから俺は、殺されたみんなの指輪を確かめようとしたけれど。記憶の指輪は敵によって全て破壊、あるいは回収されてしまっていて。みんなの死ぬ直前の記憶を確認する事は出来なかった。
それなのに、これは一体どういう事なんだろう?
どうして今頃になって、記憶の指輪が白い光を発し始めたんだ。
フィートの死体から発せられた白い光と合わせて、残りの4つの光が合流して、1つと大きな光の渦を作り出す。
そしてその光の渦は、俺の指に付けられている最後の記憶の指輪の中に、吸い込まれるようにして消失した。
合計で5つの白い光を吸収した記憶の指輪から、俺の脳内に――。殺されてしまったみんなの記憶と、最期の瞬間に目にした光景の情報が、一気に流れ込んでくる。
頭の中で何度もフラッシュバックが起きて、俺の脳は大量の情報の海に飲み込まれそうになる。
テレビの白黒画面のような映像が何度も脳内で切り替わり、みんなの最期の記憶が、目に焼き付けていた殺される寸前の光景が……。俺の脳内のハードディスクに、強制的に高速転送されてくる。
「まさか、そんな事が……!? ――そうだったのか、ククリア……。君は、俺がまた次の世界の渡る可能性に全てを賭けたという事なのか……」
俺の頭の中に、ククリアの最期の記憶が映し出される。
そして他のみんなが最期に目撃した敵の情報も、敵の正体も、全ての真相を俺は理解する事が出来た。
そう――今の俺は『全て』を理解する事が出来た。
俺を執拗に追い回してくるこの謎の敵の正体も、どうやってみんなを殺害したのかも、どういう特性を持った敵なのかも……。そして、その動機も。
その全てが、やっと完全に解明する事が出来たんだ。
「全く……。本当に今更すぎるくらいだけどな。でも、俺はやっと全てを知る事が出来たよ、ククリア。本当にありがとう……」
ククリアがみんなに手渡した記憶の指輪は、殺された者の情報を保存しておく物では無かったんだ。
正確には、みんなに手渡された6つの指輪のうち――。
指輪の所有者が全て死亡して。最後に1人だけ残された者の指輪の元に。全ての情報が集まるという機能を備えたものだったんだ。
だからフィートが死亡をして……。
俺だけが、唯一の記憶の指輪の所有者として残された事で。みんなの最期の記憶が、俺の元に集まってきたという訳だった。
きっとククリアは、全て分かっていたんだ。
もしも、女神の泉を巡る作戦がまた失敗をして。仲間が全員敵に殺されるような事があったとしても。
最後に俺だけは必ず敵に残されるだろう……という事を。敵は俺の心を絶望で黒く染め上げる為に。俺以外の仲間を優先的に殺害していくだろう事を、全部理解していたんだ。
最後に残された俺に、自分の掴んだ敵の情報を伝えたい。そして、みんなのメッセージも伝えたい。
万が一、この世界がまた『仮想夢』の世界で。まだ『次の世界』に渡るチャンスが俺にあったとしたら。
先の未来を生きる俺に、全ての真相を伝えて前に進めるようにと希望を託したんだ。
俺は体に残るありったけの力を込めて。両肩に浮かぶ銀色の守護衛星に、全てのエネルギーを充填する。
さっきまで硬直して全く動かなくなっていた両足は、もう完全に自由に動くようになっていた。
体の隅々まで広がっていた黒い染みはもう、俺の体から完全に消え失せている。
みんなの、最期のメッセージを受け取って。
敵の正体を理解して――。
最後に1人だけ残されたこの俺が、このまま無様にやられる訳には絶対にいかないからな。
ククリアの最後の願いは叶わず。この世界は残念ながら仮想夢の世界ではなく、現実世界だったけど。
全ての真相を知ったこの俺が、次の世界に旅立つという事は出来なかったけど。
まだ俺には……守るべき沢山の人達が、この世界には残っているんだ!
「野郎……かかって来やがれよッ! 例え敵が最強の魔王2人がかりだとしても。コンビニの勇者である俺の力をみくびるなよ! 俺はこの世界全てを支配した、伝説のコンビニ大魔王の能力を受け継ぐ勇者なんだ! お前達なんかに、俺は絶対にやられたりしないからな!」
全神経を集中させて、正面から迫ってくる敵の気配を感知しようとしていた、俺の視界の中に。
空間の扉がこじ開けられ。黒い包丁を持った女の姿が映り込んできた。
俺はすかさず、銀色の守護衛星から全力のレーザー砲を解き放つ――。
「これでも、くらいやがれえええぇぇぇーーーッ!! 『青双龍波動砲』ーーーッ!!!」
””ズドドドドーーーーーーーーーーン!!!””
凄まじい大火力を込めた、渾身の青いレーザー砲が敵の本体に直撃する。
俺は完璧に、敵の攻撃タイミングを見切ってみせた。
黒髪の女が姿を現した瞬間、わずか0.01秒ほどの時間しかない一瞬のチャンスを逃す事なく……。
敵の正面に、2本の青いレーザー砲を直撃させる事に成功をした。
もちろん、超至近距離にまで迫ってきていた敵の本体に、渾身の力を込めたレーザー砲を直撃させたんだ。
大爆発に巻き込まれた俺も無事で済むはずが無い。
強い衝撃と反動で、俺の体は遥か遠くの後方にまで吹き飛ばされていく。
激しい爆風で、カラム城の廊下も粉々に消し飛んでいくのが見えた。
頭に強い衝撃が走り、俺の意識は徐々に遠のいて。ゆっくりと薄らいでいく。
……これで、やっとみんなの仇は討てただろうか?
それともまた俺は、敵を仕留め損なってしまったのだろうか? もしそうなら、何度でもアイツにレーザー砲をぶちかましてやるさ。
俺にはまだ、コンビニ店長専用服の無敵ガード機能が残されているはずだからな。この命ある限り……俺はもう、絶対に諦める事はない。
だんだんと、俺の意識は白い光のモヤに包まれていき……。
脳内の意識はグルグルと思考を何度も反転させて。
まるで永遠にゴールの見えない螺旋階段を、ひたすら地下に向けて降り続けるような感覚を味わい続け。
そして……真っ暗な地下の最深部に、俺の意識がやっと到達をした所で――。
俺の頭の中に……。
よく聞き慣れた、優しい女の子の声が響いてきた。
「……彼方様! 彼方様! 大丈夫ですか? 私の声が聞こえますか?」
……え?
この声はもしかして、ティーナなのか!?
でも、どうしてだろう? ティーナが俺を呼ぶ声が、なぜかとても遠くから聞こえてくる気がする。
――いや、でもティーナはもう死んだんだぞ?
それなのに、どうしてまたティーナの声が俺の耳に聞こえてきたりするんだ?
ぐるぐると反転するモノクロカラーの景色を、打ち破るようにして。
俺はベッドの上から、慌てて飛び起きた。
「ハァ……ハァ……」
酷い悪夢にうなされていた気がする。
呼吸は限界まで乱れている。首筋からは、大量の冷や汗が流れ出ているのが分かった。
「彼方様……!? 良かった、起きられたのですね!」
目線を左に移すと。そこにはティーナが座っていた。
俺の右手は、ベッドのそばに座っているティーナによってそっと握られている。
重いまぶたを必死に動かし。瞬きを何度も繰り返す。
既視感のある光景に、寝ぼけたかのように俺は口をだらしなく開けたまま。しばらく放心状態に陥っていた。
そして……やっと気付く。
もう絶対にあり得ないと、二度と帰って来れないと夢見ていた時間と場所に……。
俺は再び、戻ってきていた事に……!
「――そんな!? ……まさかここは、カラム城の寝室のベットなのか?」
「彼方様……? ハイ、ここはカラム城の寝室の中です。彼方様はもう、2日間もずっとここで眠られていたのですよ。本当に私も心配を致しました……」
俺が寝起きで、突然大きな声を上げた事に驚き。
隣にいるティーナは、両目で何度も瞬きをして俺の顔を心配そうに見つめ続けている。
それじゃあ、さっきまで俺が見ていた光景は……。
全て俺がベッドの上で見ていた『夢』だったのか?
また俺は、朝霧が用意をした『仮想夢』の世界を見ていて。たった今、ここで目を覚ましたという事なのか?
自分の身に起きている現実が受け入れられずに。
俺は思わず天を仰いでしまう。
最愛の恋人である、ティーナの死を受け入れて。
ティーナのいない世界を俺は生きていくんだと、残酷な現実を全て受け入れて。それでも、大切な仲間達を失った世界で、俺はたった1人になったとしても強く生きていく事を誓った、あの世界がまさか……。
また俺がベットの上で見ていた、2回目の仮想夢の世界だったというのかよ……。
まさかそんな事が再び起きるなんて、とても信じられなかった。
そしてあまりの嬉しさで、胸が弾け飛びそうになる。
だって俺はもう一度、ティーナや、みんなと再会をする事が出来たのだから。まさか、こんな奇跡が起きるなんて……。
言葉になんて、とても出来ないくらいに。ただ……涙だけが洪水のように俺の瞳から溢れ出てきてしまう。
「……彼方様、大丈夫ですか!? 目から涙がたくさん溢れ出ていますよ。よほど怖い夢を見られたのですね」
ティーナが心配そうに俺の手をギュッと握りしめてくる。俺はその小さな手を握り返し。安堵の息を漏らしながら、嗚咽を繰り返す。
「ああ……本当に怖い夢を見たんだ。それも、2回もな。その夢の中で、俺にとって1番大切な人が目の前で命を落として、俺の前から消え去ってしまったんだ。それでも目が覚めないから、俺はその後の世界を1人で生きないといけなかった。だってその大切な人が、もし私が居なくなっても、強く生き続けて欲しいと俺に願っていたから……」
「それは本当に悲しくて、とてもお辛い夢ですね……。でも、もう安心をして下さい、彼方様! 彼方様の大切な人達や、そして彼方様の事を大切に思う人々は、これからもずっも彼方様のおそばにいますから」
ティーナが俺の目から流れ出る大粒の涙を、ハンカチで拭き取ってくれた。
俺はその優しい光景を見つめながら、ずっとずっと涙が止まらなかった。
どんなにティーナにハンカチで涙を拭き取って貰っても。目からこぼれ落ちてくる涙は、永遠に止まりそうにない。
だって、こんなにも温かい日常の時間が……どれだけ大切で価値のあるものなのかを。俺はもう、何度も何度も夢の中で思い知らされてきたのだから。
「……ティーナ。もし、俺がティーナを残して、先に死んでしまうような事があったなら。その時、ティーナはどうする?」
俺の不思議な問いかけに、ティーナは少しだけ驚いたような顔色を浮かべていた。
でも、少しだけ間を置いてから。真剣な表情で力強く答えてくれた。
「もし、彼方様を失ってしまった世界だとしても。私はきっと、この世界で強く生きていくと思います。だって彼方様が世界で一番素晴らしい、素敵な勇者様だった事を憶えているのは、誰よりも一番近くで彼方様のそばにいた、この私なのですから……。だから私は彼方様との想い出を決して忘れないように、彼方様のいない世界を生き続けていきます。もちろん彼方様の事だけを想って、ずっとずっと1人で生き続けていくと思います」
俺の目から流れ落ちる大量の涙につられてしまったのか……。いつの間にか、ティーナも大粒の涙を目からこぼして、俺の手を強く握りしめ続けてくれていた。
その手の感触が、温もりが……今は本当に嬉しい。
また温かいティーナの手を握れる事が……こんなにも幸せな事なんだという事を、俺は本当に心の底からかみしめていた。
「……私、彼方様が目を覚まされた事を皆様に伝えてきますね! 皆様も彼方様の事をずっと心配されていましたから、きっと喜ぶと思います!」
ティーナが嬉しそうに、寝室から外に出て行こうとする。
俺はそんなティーナを、慌てて呼び止めた。
「待ってくれ、ティーナ……! 俺が目を覚ました事は、まだみんなには伝えないで欲しい!」
「えっ……?」
俺の言葉を聞いたティーナが、驚いた顔をする。
だが、俺は真剣な表情でティーナに話しかける。
「俺はこのまま寝室で、しばらく目を覚まさなかった事にしておいて欲しい。そして俺は、ティーナに伝えないといけない大切な話があるんだ。それを今から聞いて欲しい」
「……分かりました。彼方様の言う通りに致します」
事情がまだよく飲み込めていないティーナは、少しだけ俺の真剣な様子に驚きつつも。
ベットの近くに椅子に座って、俺の話をしっかりと聞こうと真剣な顔で俺の目を見つめてくれた。
そう――俺は今度こそ、ティーナにちゃんと話さないといけないんだ。
夢の世界で二度も大切な仲間達を全滅させてしまった、本当に愚かなコンビニの勇者の物語を、ティーナには全て伝えないといけない。
でもその前に……俺は改めて、ティーナにある質問をする事にした。
「……ティーナ。俺がドローンから墜落をして。意識を失ってカラム城に運ばれてきた時の様子をもう一度、詳しく聞かせてくれないか?」
「彼方様がここに運ばれてきた時の事をですか? 分かりました。その時の彼方様はもう……完全に意識を失っていました。私やフィートさんが呼びかけても、全く目覚めてはくれませんでした」
「いや、俺の様子ではなくて、もっと別の事を聞かせて欲しいんだ」
「別の事をですか? それは一体、どんな事でしょう?」
俺はティーナの温かい手を握りしめながら。
じっとティーナの目を見つめ続ける。
「ああ。寝ている俺をここまで運んできたアリスの様子を詳しく聞かせて欲しい。その時のアリスは、自分の足を引きずっていたのか? それとも普通に歩けていたのか?」
2回目の仮想夢から目覚める事の出来た俺は……。
頭の中の記憶をフル回転させて、今後の方針を決める事にした。
俺1人だけの力では、絶対に『奴ら』には勝てない。
敵は大勢いる。沢山のライオン兵達を従えて、女神の泉を支配している夜月皇帝。
そしてグランデイル王国軍と、薔薇の魔女のロジエッタを率いている女王のクルセイス。
そして一番厄介なのは、魔王領から俺を追ってやって来ている『2人の魔王達』だ。
コイツら全てを倒し。今度こそ女神の泉の奇跡の力を授かる為には……俺は全ての仲間達の力を借りる必要があるだろう。
だから、みんなにも全てを話そうと思う。
そしてここにはいない、遠くの仲間達の力も借りるんだ。
俺のそばには、ティーナが居てくれる。
そしてここにはフィートも、ククリアも、ミズガルドも、俺が心から信頼をする大切な仲間達が居てくれるのだから。
待っていろよ……!
今度こそ、俺は『お前達』を必ず倒してやる!
俺は再びあの女神の泉に行って。
待ち受ける最悪な未来の運命を――必ず乗り越えてみせるからなッ!!