第三十二話 幕間――グランデイル城下街
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ねえねえ、聞いてよ! 最近さぁ、街の隅っこにまた、超〜お洒落なカフェを見つけたのよ!」
「え〜っ、本当に〜? いいじゃん、いいじゃん! みんなでそこに行ってみようよ〜!」
「賛成賛成ーっ! やったねー! 週末はする事がなくてホントに困ってたから、助かったわー!」
ここはグランデイルの城下街。
時刻はちょうどお昼時の時間帯。
お腹を空かした街の人々で賑わう、とある飲食店の中。
すっかり異世界の生活にも慣れてしまった、元2年3組のクラスメイト達3人が集まり、女子会の会話で花を咲かせていた。
3軍メンバーとして、グランデイルの城下街に放り出されてから約半年――。
彼女達は相変わらず、ただ日々の退屈を紛らわす為に、毎日ショッピングとお洒落なカフェ巡りを繰り返している。
今では彼女達の服装も、すっかりこの異世界の衣服に馴染んでいる。外から見れば、ここに集まっている女子会メンバーが、実は異世界の勇者達なのだ――という事に、もはや気づく者は誰もいないだろう。
それくらいに彼女達は、グランデイルの街の中にすっかりと溶け込んでいた。
「ハア……。それにしても私達って、本当に何もやる事がないのよね……」
「うん。だってもう、ここに来て半年も経つのよ? ホント信じられる? 一体、いつになったら私達元の世界に帰れるのかしらね?」
「1軍の子達も、まだ王宮で訓練をしてるみたいだし……。本当に魔王なんて倒せるのかしらねー? 私、美容院にも行きたいし、タピオカ飲んで、原宿や新大久保の街も歩き回りたいよー! だから早く帰りたいよぉー!」
『『ハア〜〜〜っ!!』』
3人は同時に、大きな溜息を漏らす。
退屈は、この街で暮らす異世界人にとって最大の苦痛である。
ここが元の世界の東京の街の中なら。時間を潰せるお店は山のようにあったのに……。
カラオケ。ショッピングモール。ゲームセンター。
遊園地に、ボーリング場や映画館などの娯楽施設。
だが、この異世界の街にはそういった楽しい時間が過ごせるようなお店は一つもない。それは若い彼女達にとって拷問に近いような苦痛であった。
まだ、訓練でも何でもやれる事があるのなら……その方がマシである。元の世界に帰る為に努力するべき事があるのなら、彼女達は必死で取り組むだろう。
でも、彼女達には何もする事が無い。
ただ、日々をボ〜っと過ごして。
いつの間にか時間が過ぎ去るのを、待つだけだった。
最近はこのまま異世界で歳をとって、気付いたらお婆ちゃんになってしまうんじゃないか……という、恐ろしい悪夢にうなされる事もある。
「せめてクーラーがあればなぁ。もっと部屋の中で快適に過ごせるのに……」
「うん。やっぱ水洗トイレも欲しいよねー。だんだんこの世界のボットン便所に慣れてきちゃった自分が、なんか嫌になるのよねー!」
「……あー、それすっごく分かるかも! 上手に用を足せるように、ちょうど良い角度を見つけてから、うんこ座りをしている自分がホントに悲しくなるのよね〜! トイレットペーパーも無いから、代用出来る布切れを常に持参しちゃったりしてるし。ハァ〜。クーラーもトイレもあるお店があればなぁ……」
『『…………』』
異世界の生活への愚痴を言い合っていた3人が――。
突然、一斉に押し黙った。
きっと3人同時に、何かとても懐かしい存在を頭に思い浮かべたのだろう。
そしてそれは、とても温かい想い出だった気がするのだ。
「……ねえ、そう言えば彼方くん。元気にしているかなぁ?」
「うん……。私も同じ事考えてた。たしか、街を追放されちゃったんだよね」
「本当に、委員長も酷いことをするわよね! あれは本当にやり過ぎよ……。私、あれで一気に委員長への気持ちが冷めちゃったもの。やっぱ、男はイケメンなだけじゃダメなんだって思った。内面が一番重要なんだってってホントに思い知ったわ」
快適なコンビニの空間を、クラスのみんなの為に提供してくれていた同級生の秋ノ瀬彼方。
半年前にグランデイルの街を追放されてしまった、元クラスメイト。
そして、おそらく街を追放された彼は、魔物の巣食う広大な森の中で命を落としたのだ――と、みんなには思われている。
彼の事を思い出し、3人はまた同時に溜息をこぼす。
もし、彼のコンビニがまだあったのなら――。
退屈な異世界での生活の中でも、もっと楽しみを見つけられたのかもしれないのに。
何も追放までする事はなかった。
彼は何も悪い事なんてしていなかったのに……。
その最期は、まだ不明だが――。同じクラスメイトが、もしかしたらこの異世界のどこかで命を落としたのかもしれない、という悲観的な予想が、3人の気持ちの中にどこか暗い影を落としていた。
そんな元2年3組の仲良し3人娘達の元に――。
突然、大声を出しながら店内に駆け込んで来る人物が現れる。
「おーーーい!! みんな、ここにいたっすかー! 凄いビッグニュースが飛び込んできたーっす!!」
「何よ、いきなりビックリしたーーっ! 桂木くんじゃないの! 一体、そんなに慌ててどうしたのよ!?」
店内に突然、飛び込んで来たのは、2年3組のクラスメイト。桂木真二であった。
彼は『裁縫師』の能力を持つ異世界の勇者であり、街の服飾系のお店で働きながら日々の生計を立てている。
「すっごいニュースが、何と3つも同時に飛び込んできたんすよ! 絶対に聞いたら、みんなめっちゃビックリするっす!!」
「すっごいニュース!? 何ソレー? 教えてよーー!」
「ねえ、そんなにハードルをあげて大丈夫なの? つまらない内容だったなら私達、絶対に許さないからね?」
「そうよ〜! そうよ〜! 私達、退屈してるから、くっだらないニュースじゃ、絶対に満足しないんだからね!」
飛び込んできた桂木に対して、3人娘達が厳しい反応を返す。だが、その表情は全員が嬉しそうだ。
何も変化の起きない異世界での生活。
全員がグランデイルの城下街の生活に、完全に飽きてしまっているのが分かる。
だから何か新しいニュースがあるのなら、本当は嬉しくてたまらないのだ。
「ふっふっふ……大丈夫っす! 全部、とっておきのビッグニュースだから安心していいっすよ! じゃあまず第一のニュースを教えるっすね!」
桂木が3人娘の座るテーブルの席に、自らも着座をしていったん呼吸を整える。
そして近くにあった水の入ったコップを取ると、ゴクリとそれを飲み干して、乾いた喉を潤した。
すると、それを見た3人娘のうちの1人が、『それ、私の水なのに……』と不満そうに顔をしかめる。
桂木はそんな事は全くお構いなしに、大きな声で3人に話し始めた。
「じゃじゃーーーん!! 『ビッグニュースその1』 なんと、俺。レベルが上がったんすよーー!!」
「……はあ? レベルぅ、何よそれー?」
「いや、能力確認で見れる、自分の能力のレベルの事っすよ! 俺、異世界の勇者のレベルが2になったんす! 『裁縫師』の能力のレベルも2に上がってたっす!」
3人娘はよく意味が分からないといった表情で、それぞれ目をパチクリさせる。
グランデイルの城下街で、ダラダラと過ごす3軍のメンバーにとって。レベルが上がるという概念自体が、今までに全く未経験な出来事である。
だから、それがすぐには理解出来ないようだった。
街の服飾系のお店で仕事を手伝っていた桂木は、少しずつ経験値があがり――。
半年が経った今になって、ようやくやっとレベルが1つだけ上がったのだろう。
「……で、その『レベル』とかいうのが上がったら、何か変化があるわけ?」
「変化はもちろんあるっすよ! 俺は新しく『高速裁縫』の能力を手に入れたっす。この能力を使うと、素手でミシンと同じように高速で直線縫いが出来て、裁縫のスピードが大幅にアップするんです。俺がお世話になっているお店の女将さんも、めっちゃ喜んでくれてるっすから!」
桂木は嬉しそうに、能力のスキルアップを自慢するが、それを聞かされた3人娘の表情は少し不満気であった。
「桂木くん……。それが凄い事なのは分かったけど。そんなニュースだけじゃ私達、満足しないわよ? だって悪いけどその情報、私達とあんまり関係がないんだもの」
自分達の能力が、レベルアップする事もあるのか……という事は、確かに驚きではあった。でも、それで何か今後の生活や今の境遇が変わるという訳では無い。
「そうっすか……。それは残念っす。でも、それなら第2のビッグニュースを教えるっす!」
桂木は自身の身に起きた大きな変化が、みんなにあまり興味を持って貰えなかった事に、少しだけショックを受けたが……。
すぐに気を取り直して、新しいニュースを3人に伝える事にした。
「実は、うちのお店に他所の街からたくさん商人が服を買いにやってくるんすけど……。これは、その人達から聞いた話なんすけど。西にあるカディナって街で、『伝説の地竜』と呼ばれている大きな魔物が、異世界の勇者に倒されたって噂があるそうなんです!』
「『伝説の地竜』――? 何ソレーー? それって魔王みたいに強い魔物なの?」
「ねえねえ、その地竜を倒すと、魔王軍が弱まったりするの? もしそうなら、私達が元の世界に戻れる時期が早まったりするのかしら?」
桂木のレベルアップの話とは違い、今度の新しいニュースには、3人娘全員が興味を示す。
これまで、異世界にずっといて――。
異世界の勇者が魔王と戦った、などの肝心なニュースが全然、彼女達の所には情報として入ってこなかった。
あと、どれくらいここで退屈を我慢していれば、元の世界に帰れるのだろう?
その具体的な情報と状況が、分からずにいたから。桂木が伝える異世界の勇者が活躍したというニュースには、3人とも嬉しさと期待を隠せない。
「うーん。俺もその辺は、あんまり詳しくは聞いてないんすよ……。でも『伝説の地竜』って言うくらいだから、魔王軍の幹部級の化け物だったりするんじゃないっすかね? だとしたら、魔王討伐も結構近いのかもしれないっすよ! もしかしたらあと半年以内くらいには俺達、元の世界に帰れるのかも!」
「マジで〜〜!? うわぁ〜〜! それ、めっちゃテンション上がるわ〜〜! 最高のニュースじゃん! 桂木くん!」
「へっへっへっ〜! そうでしょう、そうでしょう!」
なぜか、自分が倒した訳でもない地竜退治の話を、桂木は自身が功績を立てたかのようにドヤ顔をする。
「ねえねえ。でもその伝説の地竜を退治したのって、一体誰なのー? やっぱ委員長達、選抜組のメンバーだったりするのー?」
「それはそうでしょう。だって、他にまともに戦えるメンバーなんていない訳だし!」
実際には違うのだが、3人娘達は魔王軍の幹部……? を倒したという功績を、クラスメイトの誰が成し遂げたのかがとても気になるようだった。
「そこなんですけどね……。俺、選抜組の水無月にも聞いてみたんすけど、余り情報が詳しくは分からないみたいなんすよ! 何かこう、上の人達によって隠されているというか、秘密にされているみたいで……」
「ええーっ! そこを秘密にする意味がよく分からないけど〜〜。でも、とにかく! 私達、異世界の勇者がソレを倒したって事は間違いないんでしょう? やったじゃん! 誰だか知らないけど、私はその人にめっちゃ感謝するわ! だってこれで元の世界に帰れるかもしれない時間が早まったんでしょう? もう、最高じゃな〜い!」
3人娘達プラス桂木の4人が、手を取り合ってテーブルの上でハイタッチを交わす。
店内にいる他の客達は、昼間から若い連中が酔っ払っているのかと、怪訝そうな表情で4人の男女が騒ぎ合うのを見つめていた。
「そうそう……。桂木くん、まだ3つ目のニュースを聞いてないわよ! そっちも教えてよ!」
「うんうん、最後のニュースも良い内容だといいなぁー!」
3人娘達が、ハイテンションのまま桂木に最後のニュースの内容を急かす。
桂木は、一度コホン……と咳払いをした後で話を続けた。その顔は、先程までとは違い。
どこか少しだけ、神妙そうな顔つきをしている。
「実は……。みんな、コレを見て欲しいっす」
そう言って、桂木は懐から『あるモノ』を取り出して、テーブルの上に置く。
「コレ……。うちの店にやってきた西からの商人がおみやげとして俺にくれたんすよ。なんでも、中に水が保存できて、フタも閉められるから、遠方に旅する時には便利なんだって言ってたっす」
3人娘は、桂木がテーブルの上に置いた『ソレ』を興味深く見つめる。
そして3人とも同時に言葉を失って、愕然とする。
「ね、ねえ……。コレって『ペットボトル』よね?」
「……う、うん。そうだと思う。だって私だって持ってるもの。以前、彼方くんのコンビニがまだこの街にあった時に、私も幾つか彼方くんから譲って貰ってたから」
「でもでも! このペットボトルのラベル、『コーラ』って書いてない!?」
3人が驚愕の面持ちで、マジマジと目の前のペットボトルを凝視する。
――間違いない!
このペットボトルはここにいる異世界人、全員がよく知っている、あの『コーラ』だ!
この異世界には絶対に存在しない。
自分達の世界にしか、存在しない黒い炭酸飲料だ。
「……ねえ、どうしてコレがこの世界にあるのよ!? 彼方くんのコンビニにはたしか『お茶』のペットボトルしか置いてなかったわよね?」
「うん、私もよく覚えてる! 本当はコンビニの奥に別のペットボトルもあるんじゃないかと疑って。私、彼方くんと一緒に、コンビニの奥の倉庫も探して回った事もあるくらいだから間違いないよ! 彼方くんのコンビニには、間違いなくお茶しか置いてなかったもの!」
「じゃ、じゃあ……。コレは? このコーラのペットボトルは、一体どういう事なのよー!?」
呆然と言葉を失う3人娘に、桂木が小さく呟く。
「俺……。多分、彼方がどこかで生きているんだと思うんすよ」
「えっ!? 何ソレ! どういう事なの!?」
桂木の言葉に、3人娘が一斉に飛びつく。
「だってこのコーラのペットボトル……。絶対に彼方のコンビニのモノっすよ。たぶん、彼方も俺と一緒で、どこかで能力のレベルアップをしたんじゃないっすかね? だから、きっとコンビニで扱える商品も増えたんじゃないかと思うんす……」
3人娘は、互いに顔を見合わせて頷きあう。
そうだ。確かにそれしか考えられない。
秋ノ瀬彼方はきっと、どこかで生きていて。今も元気にコンビニを開いているのだ。そこには、以前のようにおにぎりが2個だけではなくて――。きっと、もっと沢山の商品をあのコンビニで扱っているのだろう。
そして、このコーラのように。元の世界の飲食物が今は、山のように店内には置いてあるのかもしれない。
「ちょ、ちょっと……。あんた達、何、泣いているのよっ〜! 彼方くんの事を思い出して泣くなんて。まるで私達が、彼方くんにガチ恋してたみたいに勘違いされるじゃん〜!」
「……あ、あんただって! ボロボロに目から涙をあふれさせてるじゃないの! もうソレ、完全に恋する乙女モードなんだからねー!」
「ち、違うわよ……! 行方不明だったクラスメイトが実は生きてたから、感動しただけじゃないのっ! これはアレよ! 飼ってた子猫が行方不明になって、半年ぶりに戻ってきた系のツイートを見て、思わず貰い泣きしちゃう生理現象なのよ! プラスして、コーラがまた飲めたら良いなぁ……って、懐かしい元の世界の事も思い出しちゃったから、二重の効果でつい泣いちゃったのよ!」
そうよ、そうよ! となぜか3人娘達はお互いを納得させるように確認し合う。
だが、秋ノ瀬彼方が実は生きているかもしれない……。
そのニュースは、3人にとって。確かに桂木がもたらしたビッグニュースの最後を飾るのに、ふさわしい素敵なニュースであった事は間違いなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「凄く大きい……」
1人の女性が、博物館の中で小声で呟く。
彼女は展示されている『伝説の地竜』――カディスの全身剥製の前で、目を見開いて驚いていた。
商業都市カディナの博物館に、この伝説の地竜カディスの剥製が展示されたのは、つい最近の事だ。
今ではカディナの街の名物として、遠方の国からもこのカディスの剥製を見学にくる者がとても多いらしい。
「そうでしょう、お客様。このカディスは太古の昔からカディナ地方に生息していた伝説の地竜でして……。なんと、つい最近まで実際に生きていて、この辺りで大暴れをしていた凶悪な魔物なんですよ!」
カディスの剥製を見上げるその女性が、遠方から来たお客様だと思った博物館の係員が、彼女の近くに寄って自慢気に剥製の解説を始めた。
だが、カディスが実際に街を襲って来たのは4年に一度程度。しかも、カディスはそれほど多くの人間を襲うという訳ではなかったのだが……。
どうやら係員は話を大きく盛って、お客様に驚いて貰おうしているらしかった。
「そうなんだ。この地竜を倒した事で、まさに歴史の『転換点』を迎えてしまったという訳なのね」
「……え? ハイ、そ、そうですね! このカディナ地方にとって、伝説の地竜が倒された事はまさに歴史の転換点と言えたでしょうね!」
女性が係員の顔を一切見ずに話し始めたので、それが独り言なのか、自分へ話しかけてくれたのかが分からず。係員の男は取り繕うようにして、女性の言葉に話を合わせた。
「……そっか。ここから、彼方くんは『魔王』になる道の第一歩を歩み始めたんだね。おめでとう、彼方くん。この世界も、元の世界も……。貴方は全てを壊してしまうけれど、私はそれを責めたりはしないわ。だって私は、貴方の全てを『観測』するだけなのだから――」
「……えっ、えっ?」
博物館の係員の男は、女性が何を話しているのかが分からずに困惑する。
目の前に立つこの女性は、本当に大丈夫なのだろうか?
まるで、一人だけ何か夢の中の世界にいるかのような雰囲気を漂わせているが……。
係員の男の様子に気づいた女性は、静かに男に対して頭を下げる。
「ふふ。驚かせてしまってごめんなさいね。お詫びにあなたに良い事を教えてあげるわ。――あなたは、1ヶ月後に素敵な女性とここで出会います。そしてその女性と結婚し、やがて2人の子供を作り幸せに暮らすでしょう」
「えっえっ……? あ、あなたはさっきから、一体何を言っているのですか?」
ますます困惑する男に、その女性は優しく微笑むと。静かにこう伝えた。
「私は今、あなたの『歴史』を伝えたのです。私が持つ『叙事詩』の能力を使って、全ての事象の歴史――。対象の『過去』も『未来』も全てを知る事の出来る、異世界の勇者であるこの私が、確定されたあなたの未来を教えたのです」
もはや、何のことなのかさっぱり分からず困惑する男は、頭を抱えて静かに天を仰ぐ。
女性はなおも、男に対して言葉を続ける。
「……ですが、この街は後に大変な事態に巻き込まれてしまいますから、気を付けて下さいね。あなた達2人は無事に生き残りますから。何が起きても、慌てず焦らずに。じっとしている事をお勧めしておきます」
「この街が大変な事態に巻き込まれる? それは、一体何なのですか……」
困惑する男が、頭を揺らしながら両目を見開き。
そして、再び目の前に女性に向けて視線を下ろすと。
さっきまで目の前に立っていたはずの女性の姿は、完全に消え去ってしまっていた。
博物館の係員である男は、必死になって彼女の姿を探し回ったが――。
もう……どこにも、その女性の姿を見つける事は出来なかった。