第三百十五話 グランデイル軍との戦い
何で、ここにクルセイスがいるんだ……!?
倉持達の後ろで、優雅な白馬に乗り。雪のように白い肌をしたグランデイル女王クルセイスの姿を見つめて……思わず俺は戦慄してしまう。
この迷いの森に、クルセイスが来るはずが無いんだ。
俺は今回、カラム城を包囲する倉持達に、皇帝ミズガルドに降伏を促す為の期間として5日の猶予を貰った。そして倉持と名取の2人の目を盗んで、カラム城を脱出し。こっそりとこの迷いの森にやって来た。
それは全て、前回の仮想夢での反省を活かし。グランデイル王国のクルセイスを、この森にやって来させない為の選択肢だった。
クルセイスに対し、反逆の準備を進めているという倉持と名取の2人を裏切らせて仲間に引き込むと。激怒したクルセイスが裏切り者の倉持達を追って、迷いの森にやって来てしまう。
屈強なライオン兵達を自在に操る、帝国の夜月皇帝。
そして無数の白蟻魔法戦士を率いる、グランデイル女王のクルセイス――という最強の戦力を持つ2大勢力。
コンビニがこの2つの勢力の挟み討ちになってしまうのを避ける為に。俺は今回、倉持達を敢えて仲間にせずにここにやって来た。
それなのに……どうして?
カラム城に残っているはずの倉持と名取の2人と、そしてクルセイスがこの森にやって来ているんだ?
「どうやら、僕や美雪さんがここにいる事を不思議に思っているようだね、彼方くん? 僕はあの時、君に確かに言ったよね? 約束を破る者は決して許さないとね!」
倉持がミュラハイトの首を掴み上げながら、ニヤニヤと笑いながら話しかけてくる。
まさか夜月皇帝が、クルセイス達の手によって殺されてしまうなんて……。でもこれで、強大な力を持つ2大勢力のうち、片方の陣営は事実上滅びた事になるな。
だけどある意味では、ライオン兵の軍団よりも……もっとヤバい最悪な奴らがここにやって来てしまった。
「俺はお前との約束を破ったつもりはないぞ、倉持! 俺達は5日間の猶予期間を貰ったはずだ。それまでに皇帝ミズガルドを説得して、カラム城を明け渡すと約束をした。まだあれから……2日半くらいしか、時間は経っていないはずだ」
「フッフッフ、城をこっそり抜け出し。僕達を差し置いて、単独で女神の泉を目指してここにやって来た彼方くんの言う事を、この僕が信じられるとでも思ったのかい? 君が僕達の目を盗んで城から脱出をした事は、全て筒抜けだったのさ」
倉持が『ポイッ……』と、夜月皇帝ミュラハイトの首をこちらに向けて放り投げてきた。
森の地面の上をコロコロと、ボーリングの玉のように転がってきた生首は、俺の足元でピタリと止まる。
数万匹のライオン兵達を操つれるミュラハイトも、単独では何も出来ない、ただの普通の男でしかなかった。
約70年近く、帝国の影に君臨する闇の皇帝として。
帝国の歴史の裏で暗躍してきた夜月皇帝が、こんなにもあっさりと、惨めな最期を遂げてしまうとはな……。
ある意味、自業自得ではあるんだが。せめて最後の決着は、俺自身の手で決めたかったという気持ちもあった。
「俺達がカラム城から脱出したのを、お前はどうやって知ったんだ? 教えてくれ、倉持!」
しまった……また、悪い癖が出た。
思わず俺は自分が放った言葉を後悔する。
仮想夢のせいで、ついついゲーム脳的な思考が表に出てきてしまう。ここに倉持達はやって来ている。その『結果』はもう変わらないのに、まるでまた『次』があるかのように……。
俺は後の世界の自分の為に、この世界で知れる情報を集めておこうという思考が湧いてきて、余分な言葉を口から放ってしまった。
「フッフッフ、それはね? ここにいる美雪さんの『結界師』の能力のおかげなのさ!」
倉持に紹介された名取美雪が、前に進み出て。
かけているメガネの位置を直しながら、無言で俺を真っ直ぐに見つめてくる。
「美雪さんはね、以前に能力を使って索敵した人物の位置を、自動で探索出来る能力を持っているんだ。だから君が城を抜け出して、外に出た事はすぐに分かったのさ。しかも、どこに向かうかと思ったら……まさか『女神の泉』に向かっているなんてね。どうやってこの場所を知ったのかは知らないけれど。僕はすぐにクルセイス様に、君達の事を報告したという訳なのさ」
形の整った口を大きく開けて、倉持が勝ち誇った声で笑い出す。
そうか……名取の存在をすっかり忘れていた。
アイツは以前も、異世界の勇者である俺と玉木の位置を特定して、追ってきた事があったな。
そしてその時に探索した俺の情報を、まだデータとして保存していたという訳なのか。クソッ……失敗した!
まさか俺が女神の泉に向かっている事を知った倉持が、俺の居場所ごと女神の泉の情報をクルセイスに売り渡すなんて……想像もつかなかった。
これがもし、恋愛ゲームの世界だとしたなら。
きっと今回の俺は……。倉持の『好感度』を上げる事に、失敗してしまったんだろう。
攻略対象のイケメン男子に真っ先にアタックをせずに、女神の泉に浮気してしまったものだから。
倉持の野郎は俺への不信感を募らせて、好感度爆弾を爆発させてしまったという訳か。これだから俺は恋愛系ゲームは苦手なんだよ。
いっつも身近にいる幼馴染キャラは、ついつい後回しにして最後に攻略する癖があるからな。
……と言っても、男を恋愛対象にした恋愛ゲームは、まだプレイした事がなかったけど。拗らせ系のイケメンってのは、放置するとこういう想定外の行動を取ってくる事があるのかよ。ある意味、人生の良い勉強になったぜ……。
「流石は私の元婚約者であり、私の『可愛い犬』でもある倉持様ですわ! ホントに素敵です! さあ、ご褒美に私の靴の裏を舐める事を特別に許可してあげます。コンビニの勇者の目の前で、心からの忠誠を誓う主君である私の靴の裏を、丁寧に舐めて下さいね!」
「………えっ!?」
途端に倉持の表情が、一気に陰った。
さっきまでの余裕をこいた表情は消え失せ、正気を失った人形のような顔に変わり果ててしまう。
「あら? どうしたんですか、倉持様? 私は靴の裏を舐めて良いと、あなたに『ご褒美』を与えたのですよ? 嬉しくはないのですか?」
「は、ハイ……! もちろん嬉しいです、クルセイス様ッ! ぜひ喜んで、大クルセイス女王陛下の靴を舐めさせて頂きます!」
倉持がクルセイスの前に跪き、その足に手をかける。
「――倉持様? よく聞こえていませんでしたか? 靴じゃないです。『靴の裏』ですよ。さあ、美味しそうに骨肉にむしゃぶりつく忠犬のように。クーン、クーンとちゃんと可愛い鳴き声を上げて、私の靴の裏を舌で美味しそうに丁寧に舐めあげて下さいね、倉持様」
「……くっ、クーーン……クーーン……」
倉持はクルセイスの前で、地面に顔を擦り付けて。まるで土下座をするような姿勢を取る。
そして長い舌を伸ばして、馬に乗るクルセイスの白い靴の裏側を丁寧に舐め回し始めた。
「うふふふ……実に素敵ですよ、倉持様。ベッドの上で猿のように腰を振る以外にも、そんなに素敵な才能があなたにはあったのですね! ぜひ、これからは私の靴底が汚れるたびに、あなたの舌で綺麗に汚れを舐め取って貰う事にしましょうね!」
目の前に俺が立っている事などお構いなしに。
倉持は必死に無表情を作り、クルセイスの靴の裏を丁寧に舐め続ける。
一体、何だろうな、この感覚は……。
正直、倉持の事なんてどうでも良いと思っていた時期も確かにあったけれど。
今の俺は、静かに両手の拳を握りしめて。クルセイスの倉持への横暴に対して、怒っている事に気付いた。
倉持の後ろに控えていた名取も、その光景を見ないように遠くを見つめているが……。全身を震わせて怒っている事がその様子から分かる。
なるほどな。これが俺の知らない『本当のクルセイス』の真の姿という訳なのか。
わざわざ倉持に、俺の前で屈辱的な行動を取らせる意味なんて何も無いはずだ。ただそれが面白いから、そして愉快だから。
同じ異世界の勇者として、俺に対してライバル心を持っていた倉持を目の前で恥ずかしめて、そのプライドをズタズタに引き裂いて楽しむ。
この『超』が付く程に、サディスティックな性格をしているド変態女が……グランデイル王国女王、クルセイスの本性なんだ。
今まで俺は、クルセイスの本当の姿をまだ一度も見た事が無かった。
前回のミランダでの会談の時も、コイツはさも自分が何も知らない無知な女王であるかのように。純粋無垢な若い女王の姿を、ずっと演じていやがったからな。
あの時は俺も、同席したアイリーンも。クルセイスの本当の姿を最後まで確認する事が出来なかった。
それが、ようやく――俺の前で本性を見せてくれたって訳だ。
こんな奴に仕える訳にはいかないと、倉持や名取が反乱の意思を密かに計画するのも納得だ。俺は目の前で幼馴染の倉持を侮辱し、恥ずかしめているクソ女に対して、沸々と殺意が湧いてきた。
異世界モノの物語に登場するラスボスキャラは、やっぱりこうでないといけないよな。コイツがクラスメイトである2軍のみんな殺害し。倉持達を利用して、俺を散々に振り回してきた悪の親玉なんだ。
俺は今――思わずニヤリと笑ってしまう。
それは目の前にいる、清楚系女王の雰囲気を放ち続けていた女の本性が見れて。心置きなく、そして何も遠慮をする事なく……。100%のフルパワーを使用して、この性悪のクソ女を全力で蹴り飛ばして、粉々にしてやろうと本心から思えたからだ。
俺は大地を蹴り、フル加速をして白馬にまたがるクルセイスに向かって駆け出す。
クルセイスの下で跪く倉持も、そして名取も。そしてクルセイスの背後にいる、グランデイルの親衛隊の兵士達も――。
まさかこの俺が、ここまで素早く動けるとは思わなかったのだろう。
なにせ、俺自身も驚いているくらいだからな。
何も遠慮をしないで『目の前の人間をブチ殺すッ!!』という事だけに集中したコンビニの勇者は、こんなにも驚異的な脚力を生み出せるんだと初めて知った。
おそらく倉持と名取は、本心からクルセイスに俺の居場所と女神の泉の位置を密告した訳じゃないと思う。
俺が先に女神の泉に向かった事で、取り残されてしまったと感じて焦ったんだ。
クルセイスに付けられた呪いのブレスレットを、女神の泉の奇跡の力を利用して外すまでは、倉持達はクルセイスには絶対に逆らえないからな。
もしかしたら、俺とクルセイスを正面からぶつけて。その混乱の隙に、女神の泉に先に辿り着こうと画策したのかもしれない。
つまり……この性悪なクルセイスさえ倒せば。倉持、名取の2人を一気に味方に引き込む事も出来るはずだ。
ついでに2軍のクラスメイト達8人分の仇も、今この場で取らせて貰うぞ、クルセイス!
「くたばりやがれッ! このサイコパス女王がああぁーーーッ!!」
俺はクルセイス目掛けて、高速移動で飛び込み。
右脚を大きく上空に振り上げて、全力全開フルパワーのかかと落としをぶちかまそうとする。
だが――。
””ズガガガガガガガガガッッ!!!””
「……何だ!? これは、バリアーなのか!?」
クルセイスの首を蹴り飛ばすつもりで、全力ダイブした俺の体は……。クルセイスの前に張られた透明な光の障壁に妨げられて、空中にそのまま縫い止められるようにして、固定されてしまう。
そうか、確か緑魔龍公爵から攻撃を受けた時にも、クルセイスは電撃のバリアーを使用していたな。
「これくらい、コンビニの勇者の脚力でッ! えっ!? ぐぅわああああぁぁぁぁッ!?」
俺の体に強烈な電流が流れ込み。あまりの熱さに、こめかみの辺りから白い湯気が湧き出てきた。
ヤバい……!!
このままだと、脳が焼き切れてしまうぞッ!
俺は体をのけ反らせるように回転させて、クルセイスの電撃バリアーから、かろうじて離れる事が出来た。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
こんなにも呼吸を乱したのは、久しぶりだ。
今のは何なんだ……? コンビニ店長専用の黒ロングコートの防御を貫通して、直接肉体に電流が流れてきた気がしたぞ。
今まで、大抵の物理攻撃はロングコートが自動的に防いでくれたけど。クルセイスが放つ電撃は、障壁無しで痛みがダイレクトに俺の体に伝わってきたように感じられた。
コンビニ店長専用服の自動防御機能が作動しなかったという事は――『死』に至るほどの衝撃では無かったのだとしても。あんなのを長時間くらったら、意識が飛んでしまいかねない。
クソッ……こいつは厄介だな。
最近はチート全開で、無双勇者になったような浮かれポンチ野郎でいたけれど。
砂漠の魔王モンスーンのメガトンパンチを、直接食らった時くらいの激痛を味わった気がする。それくらいにクルセイスの電撃は、マジで強烈だった。
「――うふふふ。コンビニの勇者様? せっかく愛しの婚約者と再会出来たというのに。いきなり私を蹴り飛ばそうとするなんて、実に暴力的なんですね。でも、私……そういうプレイも嫌いじゃないですよ? 大抵の男は私の電流に耐えられず、ベッドの上ですぐに昇天して焼け死んでしまいますから。私を制圧出来るほどに、力強く攻めてくれる殿方には憧れてしまいますわ」
白馬の上で全く微動だにする事なく、ずっと余裕の表情を浮かべているクルセイス。
やってくれるぜ……。今のは俺の方が油断していた。
正直、こんなクソ女くらい一撃で倒せると、つい侮ってしまったのは確かだった。
――認める。
クルセイスは、俺の予想よりも遥かに強い奴だ。
だが、俺には守るべき仲間がいる。ミュラハイトが倒されて、夜月皇帝の戦力が崩壊したのなら。
ここでグランデイル女王であるクルセイスを倒す事が出来れば、全ての問題が一気に解決出来るんだ。
倉持と名取を、このサイコパス女王から解放してやる為にも……。
今、ここで必ず俺は決着をつけてやる!
地面に倒れた姿勢のまま、白馬にまたがるクルセイスに俺はこっそりと照準を合わせる。
そして両肩に浮かぶ、2機の守護衛星から最大出力のエネルギーが放てるように準備を始めた。
例えクルセイスの身に電撃のバリアーが張られていたとしても。至近距離から放つ、俺の青双龍波動砲の威力を完全に防ぐ事は出来無いはずだ。
「よーーし、それならこれでも食らいやがれッ!! クルセイスッ!!」
俺の両肩から、最大出力の青いレーザービームが放たれようとする、その寸前に――。
視界に映っていたはずのクルセイスの姿を……突然、見失ってしまう。
「えっ、何だコレは……!?」
目の前の視界が、いきなり。全て真っ赤な『薔薇』で埋め尽くされていた。
見渡す限り、360度全ての視界が薔薇で塗り潰されていて、何も見る事が出来くなっている。
「あらぁ、あらぁ、あらぁ〜、残念ねぇ〜〜! コンビニの勇者さん〜! 大クルセイス女王陛下をお守りする、親衛隊長のこのワタシの存在をすっかり忘れちゃったのかしらぁ〜〜?」
こ、この声は――まさか、ロジエッタか!?
視界を完全に失った俺は、その場でのたうち回るようにして倒れ込む。前後左右全ての方角を覗いても、薔薇しか見えない。
これでは、狙いを定めてレーザー砲を撃つ事が出来ない。
自分が今、どこにいるのかさえ分からない状況だ。
まるで宇宙空間の中に放り込まれたかのように。視界を薔薇で完全に埋め尽くされた俺は、重力の感覚さえ忘れて。薔薇で溢れた世界の中に身を沈め、そこで溺れてしまうような感覚を味わう。
そしてその時……。俺の背中にいきなり鋭利な刃物が突き刺さるような、激しい痛みと強い衝撃が走った。
朦朧とする意識の中で、俺の耳には高らかに笑うロジエッタの笑い声が聞こえてくる。
「残念ねぇ〜〜! コンビニの勇者さん。その黒いロングコートは、電流による攻撃を遮断する事は出来ないのよぉ〜〜! あ、それと……コンビニ店長専用服の無敵防御機能は、確か3回まで有効なのよねぇ〜? 今、一回分ワタシが奪ってあげたから、後2回あなたの命を奪えば、もうあなたは完全な『丸裸』状態になっちゃうのねぇ〜! おーっほっほっほっほ〜〜!!」