第三百十二話 奇襲
俺の肩の上に浮かぶ、2機の守護衛星から放たれた青いレーザービームが、夜月皇帝のいる場所に直撃する。
”ズドドドドーーーーーーーン!!!”
大きな爆発音と共に、激しい振動が大地に走り。女神の泉の周囲に強烈な爆風が舞い上がった。
目標の夜月皇帝は、仕留められただろうか?
泉の周囲の大地に俺は降り立ち。舞い上がる粉塵の中で目を凝らして、夜月皇帝ミュラハイトの姿を探す。
ここでミュラハイトを仕留める事が出来たなら、全ての問題が一気に解決出来るはずだ。
敵のライオン兵達は、女神の泉に落とされ獣人化した兵士達だ。彼らは生み出されてすぐに過去の全ての記憶を失い、夜月皇帝の配下の研究者達によって、洗脳の魔法をかけらている。
そして脳細胞の隅々に至るまで、夜月皇帝に従うようにと精神改造を施されていた。
つまり、主人であるミュラハイトさえ倒してしまう事が出来れば……。
指揮系統を失ったライオン兵達は目的を失い、四散して行動不能に陥るはずなんだ。
もちろんそれで、彼らが元の人間の姿に戻れたり、失った記憶が戻ってくるという訳ではないけれど。
少なくとも、ライオン兵達と戦う必要はなくなる。だから事実上のトップであるミュラハイトさえ仕留める事が出来れば、俺達は女神の泉を完全に掌握する事が出来る。
「夜月皇帝の野郎はどこだ? さっきのレーザーで完全に消滅してくれたなら、一番良いのだけど……」
風を切る音が複数、聞こえてくる。
視界を遮る白い煙の中から、無数のライオン兵達が同時に俺に向かって襲いかかってきた。
迫り来る敵を回し蹴りで迎撃し、戦闘態勢を取りながら急いで呼吸を整える。
「クソッ……どうやら仕留め損なったようだな!」
もし夜月皇帝が、さっきのレーザー攻撃で消滅したのなら、既にライオン兵達の指揮系統は消失しているはすだ。それがこうしてまとまって、集団で俺に襲いかかってくるという事は……。
ミュラハイトは、まだ生きているのだろう。
俺の嫌な予想が的中し。白い粉塵の向こう側から、若い男の声が聞こえてきた。
「……これは、これは、まさか噂の『コンビニの勇者』がいきなりオレに襲撃をしかけてくるとはな。さすがのオレもそれは予想外だぜ?」
煙の向こうには、黄金の椅子に腰掛けて。
屈強なライオン兵達に椅子を担がれた、夜月皇帝ミュラハイトの姿が見えてきた。
「……チッ、直撃させたと思ったのに。野郎、まだ生きていやがったのかよ!」
「おいおいおい、異世界の勇者様がいきなり『暗殺』なんて野蛮な行動をとっていいのか? オレとは初対面のはずなのに、随分な挨拶じゃないか。お陰でオレ様の獣人兵どもに、大きな被害が出ちまったんだぜ?」
煙の収まった周囲の様子を観察すると――。
夜月皇帝の周囲には、おびただしい数のライオン兵達の屍が転がっていた。
黒焦げになった者や、体の大部分が高熱で消失している獣人兵達の死体が、無数に地面に積み重なっている。
どうやらミュラハイトは、俺が空から放ったレーザー砲を回避するのをとっさに諦め。
自分の周りにいたライオン兵達の集団を呼び集めて、自身の身を守る為の『肉の盾』として利用したらしい。
ミュラハイトのとっては、獣人兵達はあくまでも便利な駒であり。使い捨てアイテムでしかない。
でなければ、こんなに多くの部下達を犠牲にして生き延びたというのに、あんなにすました顔をしてはいられないはずだ。
「……お前の事ならよく知っているさ。帝国を影から操つる性根の腐りきったクソ野郎だろ? 俺は帝国の正統皇帝であるミズガルドと同盟を結んだコンビニの勇者だ。だからお前を必ずこの場で殺害し、帝国の全権をミズガルドに掌握させる為にここに来ている」
「へぇ〜〜? コンビニの勇者はオレ様の事をよく知っているのかよ。オレも有名になったものだな。しかもまさか、あの無能なオレの孫娘と仲良くやっているなんてな。そうか、そうか。あの男勝りなバカ女にも、異世界の勇者を籠絡させるだけのテクニックがあったのかよ。なら後で捕らえて、オレ様の愛人の1人に加えてやってもいいかもしれないな」
「相変わらず、自分の孫娘に向けて放つ言葉とは到底思えない台詞を、平気な顔をして吐くゲス野郎だな。お前が合計で2回、ミズガルドを侮辱した分の尻ぬぐいは、この俺が必ず取って償わせてやるからな!」
「はぁ〜、2回だって? 何を訳の分からない事を言ってやがる。これだけの獣人兵達に囲まれて、一体何が出来るっていうんだよ、コンビニの勇者さんよおぉぉぉ!」
ミュラハイトが、手を上げて合図をすると。
周囲に群がっていた無数のライオン兵達が、一斉に俺とククリアに向かって襲いかかってくる。
それも前方からだけじゃない。四方八方から、逃げ道を完全に封鎖して。生者に群がるゾンビの群れのように、一斉に襲いかかってきた。
ライオン兵達は、身体能力がずば抜けている最強の兵士達だ。改めて俺は、今回はティーナ達を丘の上に隠しておいて正解だったと思う。
流石にこの群れの中で、みんなを最後まで無傷で守り切るのは至難の業だろうからな。
「よし、いっくぞおおおぉぉぉ!! ククリアッ! まずは女神の泉の確保を頼む!」
「ハイ。お任せ下さい、コンビニの勇者殿。コンビニの勇者殿専属の万能軍師であり、最強のパートナーでもあるこのボクが、ライオン兵達の相手を務めさせて頂きます!」
俺の後方から、中学生くらいの背丈しかない紫色の髪をした可愛い女の子が飛び出してくる。
ミュラハイトは、一瞬……その小さな女の子の正体が誰なのか理解出来なかっただろう。
例えドリシア王国女王である、ククリアに面識があったとしても。その小さな体の内面に、最強の魔王と名高い冬馬このはに仕えていた4魔龍公爵の力を引き継いでいるとは、絶対に想像出来なかったはずだ。
「迷いの森の地中に眠る巨大土竜達よ。その潜在意識をボクの意識と共有させよ! 『深層本能共有』ーーッ!」
ククリアの叫びと共に。泉の周囲から巨大モグラ達が地面に大穴を開け、地中から勢いよく飛び出してくる。
その数はなんと、100体を超えていた。
巨大モグラの群れが地中から一斉に飛び出てきたせいで、女神の泉の周辺の大地は大きな穴だらけになっている。
体長5メートルを超える、巨大なモグラの姿をした魔物達。しかもその全てが、紫魔龍公爵の力を引き継ぐククリアによって、身体能力と防御力を大幅に魔法で強化させられた最強の守護神達だ。
前回の仮想夢の中では、この女神の泉を巡る戦いの中で。ククリアは約10体の巨大土竜達を操ってみせた。
今回は、その10倍の戦力を用意してきている。
当たり前だけど、俺もククリアも。闇雲に夜月皇帝に対して奇襲を仕掛けた訳じゃない。
ここに来るまでに当然、念入りな打ち合わせと周到な準備をさせて貰った訳さ。
「――悪いな、ミュラハイト。これが『ループ能力』を持つチート勇者の真の実力って奴だぜ! お前がどれだけの戦力を持っているのかなんて、あらかじめ俺は全てお見通しなんだよッ!」
「な、何だと、ループだと……!? チィ、ふざけやがって! おい、獣人兵どもッ! 構わないからコイツらを全員、ブチ殺しちまえッ!」
夜月皇帝の背後から、無数のライオン兵達がカエル跳びをするように一斉に飛び掛かってくる。
ライオン兵達はこの俺と、女神の泉を巨大なモグラ達で取り囲んでいるククリアに目掛けて突進してくる。
だが既に、100体を超える巨大モグラ達を従えたククリアは……。巨大モグラ達に、女神の泉の周囲をぐるりと囲ませて。ライオン兵達が泉に近づかないように、完全な防御陣を完成させていた。
紫魔龍公爵の能力によって強化された、巨大なモグラの大軍団は、押し寄せるライオン兵団を、その強力な爪で一気に引き裂いていく。
俺も周囲に群がってくるライオン兵達に対して、何度も体を回転させて回し蹴りを繰り出し。
バッティングセンターで、野球ボールをバットで何度も打ち返すように。鮮やかなホームラン級の打撃を連発して、敵を順番に遠くに蹴り飛ばしていった。
『――ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました!』
俺の脳内に、レイチェルさんのボイスが鳴り響く。
だが、俺はノーリアクションで飛び掛かってくるライオン軍団を蹴り飛ばし続ける。
今はレベルアップを確認している時間なんて無い。
それに、俺はもう知ってるんだよ! どうせ今回のレベルアップでコンビニに加わる商品は『チョコミント』なんだろう?
確か前回の仮想夢の中で俺は、合計2回レベルアップを果たしたけれど。両方とも俺のコンビニに増えたのは、チョコミント関連の商品ばかりだった。
だから今回は、これが初めてのレベルアップになるけど。俺はレベルアップの中身には何も期待していなかった。
仮想夢の体験のおかげで、もう何が増えるのかは知っているからな。悪いけどいくらチョコミント大好き、チョコミン党の俺でも、場の雰囲気ぐらいはわきまえているぞ。
今の俺に必要なのはチョコミントじゃないんだ。
目の前にいる、夜月皇帝の命を全力で奪わないといけないんだ!
「うおおおぉぉーーッ!! もう一発かましてやるぜ! これでもくらいやがれ、『蒼双龍波動砲』ーーッ!!』
ちょうど俺の肩に浮かんでいる、2機の守護衛星のエネルギーチャージが完了した所だった。
だから今度こそ、確実に仕留めてやる。
俺は前方にいる夜月皇帝ミュラハイトに向けて、最大出力のレーザー砲をぶっ放してやった。
”ズドドドドーーーーーーーーン!!!”
俺の前方に群がっていた、数十匹のライオン兵達が青いレーザービーム砲によって溶かされ、霧散していく。
女神の泉に近い場所で放つと、レーザー砲の威力は軽減してしまう。それでもこの距離なら、十分に夜月皇帝を仕留められるはずだ。
そして、肝心なミュラハイトの野郎はというと。
「ひゅーーっ! あっぶねえぇなぁーーッ! 大砲みたいな飛び道具を使うなんて、聞いてねーぞ! 異世界から召喚された勇者なら、剣とか槍とかを使いやがれよ、このクソコンビニ勇者がッ!!」
動きの素早いライオン兵達に黄金の椅子を担がせていたミュラハイトは、またしても俺のレーザー砲をギリギリのタイミングでかわしやがった。
「クソっ……!! 本当に想像以上に逃げ足の速い奴だぜ! これだけの至近距離からレーザー砲を放っても、かわす事が出来るのかよ……!」
「ハッハッハーーーッ!! 俺の椅子を担いでいるコイツらを舐めるなよ? 全筋力を脚力だけに特化させた、特殊改造を施したオレの自慢のオモチャ達なんだぜ? 足の速い人間を100人集めて、その中から更に厳選した者だけを女神の泉に落として作った傑作だからな! てめーなんぞが放つ気持ちの悪い光線なんか、オレに当たる訳がねーだろうがよ!」
高笑いを浮かべるミュラハイト。
どうやら野郎には、まだ余裕があるみたいだな。
実際、100匹を超える巨大土竜部隊で女神の泉の守りを固めているとはいえ。まだ、こちらが多勢に無勢である事は変わらない。
見た目だけなら敵の方が、遥かに多くの戦力を抱えているように見えるからな。
「じゃあな、コンビニの勇者! オレはいったん森から逃げ出す事にするぜ! だが、すぐにここに増援を連れてくる。オレの獣人兵団がこの程度だなんて思うなよ? この数十倍の兵力をすぐにここに連れてきて、一気にお前達をブチ殺してやるからなッ!」
ミュラハイトの合図と共に、再び無数のライオン兵達が俺に向けて飛び掛かってくる。
今、俺が2度目のレーザービーム砲を放った事で……。ミュラハイトは、俺の肩から放たれるレーザー砲が連続では撃てないシロモノである事を看破したらしい。
どうやら品の悪い性格と口調とは別に、頭の方はキレる奴みたいだな。
『『グガアアアアァァァーーーーッ!!!』』
激しい咆哮を上げて、一斉に迫ってくるライオン軍団。
俺は余裕の笑みを浮かべて、女神の泉から逃げ去ろうとしているミュラハイトに向けて。
奴よりも更に余裕のあるドヤ顔をして、高らかに叫んでやった。
「バーーカ!! 俺は未来予知が出来るループ能力を持つ勇者だと言っただろう!! てめえを逃さない為に、事前に『準備』をしといたって、さっき俺は言ったよなああぁぁぁ!!」
俺はすかさず右手の指で、スマートウォッチの液晶画面を操作する。
「なんだと……!?」
すると――後方に逃げ去ろうとしていた、ミュラハイトの正面にある地面に大きな爆発音が轟いた。
“ズドドドドドドドドーーーーーーーーン!!!!“
森の中に轟く爆発音は、1つや2つだけじゃない。
ミュラハイトの周辺にいたライオン兵達が、大きな爆発に巻き込まれ。一斉に吹き飛ばされながら、その場でバタバタと倒れていく。
「これはッ!? な、何だ……何が起きたんだ!?」
“ヒュン、ヒュン、ヒュン!!”
今度は無数の矢が森の奥から放たれて、ミュラハイトの周辺を守るライオン兵達の体に命中する。
突然の事態の変化がまだ飲み込めずに、キョロキョロと周囲を見渡すミュラハイト。
女神の泉の上空には、100機を超える黒い攻撃ドローンの部隊が空中を旋回して待機している。
そして、女神の泉をぐるりと取り囲むようにして。
森の奥には、茂みに隠れるようにして機械兵のコンビニガードの大軍団が潜んでいた。
そうさ。俺もククリアも……『万全の準備』をして、ここにやって来たと言っただろう?
あらかじめコンビニ支店をしまう前に、大量のコンビニガード達とドローンを外に出しておき。
絶対に見つからないように、女神の泉周辺の森の茂みの中に隠しておいたんだ。万が一にも、夜月皇帝の暗殺にしくじった時に、ここから奴を逃さない為にな!
俺達は、絶対にここで夜月皇帝を仕留める。
そして今度こそ必ず、女神の泉と誰も死なない未来を手に入れてみせるんだ!
「……さあ、ミュラハイト!! ここから逃げ出せると思ったら大間違いだぜッ!! てめーは必ずここで、コンビニの勇者のこの俺が、息の根を止めてやると決まっているんだ! 覚悟しやがれよッ!!」