第三百八話 不老のカエルとの再会
「えっ、えっ、何なんだよソレ……!? 変態お兄さん、突然何を言い出すんだよ!?」
「……今、俺が言った事は全部事実なんだ。夜月皇帝はフィートの両親を殺害した張本人であり、フィートにとっては仇でもある奴だ。だから俺はこれから向かう女神の泉に、お前を連れていくのを躊躇していたんだよ」
「何でだよ、変態お兄さん! そいつが本当にあたいの両親を殺した仇だってんなら、なおさらあたいはお兄さんについて行かないとダメじゃないか! そんな奴を許すなんて事は絶対に出来ないし、あたいの手で直接殺してやらないとッ!!」
俺から告げられた言葉を聞いて、少しずつ冷静さを失いつつあるフィート。
その様子は前回の仮想夢の中で、女神の泉に辿り着いたフィートが突然……暴れ始めた時の再現だ。
きっとフィートの中では、まだ朧げではあるけれど。女神の泉に関しての、過去の記憶が少しずつ蘇ってきたのかもしれない。
おそらくフィートが、俺達の行き先に執拗について行こうとしているのは、女神の泉には自分の過去の記憶にまつわる『何か』があると、本能的に気付いていたからなんじゃないだろうか?
仮想夢の世界でも、フィートは女神の泉の近くの街に着いてから様子が少し変だった。きっと女神の泉にどうしてもついて行きたいという、強い想いがあったんだ。
だから今回は、先にフィートに過去の家族の記憶を思い出させる。
そして女神の泉に辿り着く前に、冷静さを取り戻して貰う。
前回は、女神の泉で両親の記憶を思い出したフィートは、全く統制の取れない復讐鬼のようになってしまった。俺達の言葉を聞き入れなくなってしまったし、勝手に単独行動をとりがちになっていた。
もし、このままフィートを旅に連れて行くと決断するのなら。フィートに絶対に単独行動を取らさせない事が、重要な課題の一つになるのは間違いない。
「フィート、今回の女神の泉に向かう旅は絶対に失敗は許されないんだ。もし、女神の泉でお前が両親の復讐をする事に執着して単独行動を取ったりでもしたら、みんなが危険に巻き込まれてしまう。下手をしたら全滅してしまう事だってあり得るんだ」
「そいつはあたいの両親を殺した奴なんだろう? そんな奴をあたいは絶対に許しちゃおけねーよッ!」
「そうだ。だけど夜月皇帝は、数万のライオン兵を従えている強敵だ。何よりお前自身も必ず危険な目にあってしまう。もしそうなったら、お前を失ったみんなが……いや特に、もふもふ好きのこの俺がどれだけ悲しむと思っているんだよ!」
「そんなのは知らねーよ!! あたいは自分の思った通りに行動をする! お兄さん達は、お兄さん達で勝手に行動をすればいいじゃないか! あたいは元々、盗賊団のリーダーだったんだぜ? 猫のように自由気ままに行動するあたいを止める権利なんて、変態お兄さんにはねーだろーが!! あたいは例え一人ぼっちになったとしても、自分の好きに行動させて貰うからな!!」
好き勝手な事を喚き散らす猫娘に、愛猫家としての俺の堪忍袋の緒がとうとうブチ切れてしまった。
「ばっか野郎おおおおぉぉぉぉッ!! この俺がお前を一人ぼっちになんて、絶対にさせる訳がないだろうがああああぁぁぁッ!!」
「………ええっ!?」
俺がいきなり、コンビニの壁を震わせるくらいに大きな怒鳴り声をあげたものだから。
もふもふの猫耳をビクッと震えさせて。猫娘のフィートはその場にペタンと腰を抜かして座り込んでしまう。
「いいか、よく聞けよ! フィート! お前はもう俺達コンビニメンバーの大事な一員で、家族なんだ! 俺は家で一緒に暮らすもふもふ猫を、絶対に迷子になんてさせない! 生涯一緒に暮らす、大切な家族の一員として最後まで添い遂げる! それが我が家における、愛猫家としての神聖不可侵なルールだ! お前がいつか歳をとって動けなくなったとしても、俺はお前と一緒に最後までいるからな! 一生、美味しいご飯をたらふく食べさせて、ぬくぬくとした温かいコタツの中に入れて、布団の中でギューッて抱き締めながら一緒に寝るのが、猫好き飼い主の責任って奴だろうがッ!! それを勝手に俺のコンビニから抜け出して、自暴自棄な行動が取れるだなんて思うなよ、超絶可愛い俺だけのもふもふ猫娘があああぁぁぁーーっ!」
”ズドドーーーーーーーーン!!!”
もふもふ娘の頭上に、猫好き勇者の説教という名の正義の雷撃が落ちた。もちろん俺の幻想の中でだけどな!
「なっ、なっ、なっ……!? へ、変態過ぎるっ! 変態お兄さん、アンタはあたいの想像以上に超絶変態な、もふもふ狂いの猫好きお兄さんだったのかよ!?」
「ああ、そうだぞ。そんなの当たり前だろう。今まで知らなかったのかよ? 俺がうちで飼い始めた可愛いもふもふを手放すとでも思ったのか? 全然甘いぞ、フィート。諦めてうちのコンビニの中で一生、手厚く俺に守られながら、ぬくぬくと大切に保護されて生きていくんだな。外の世界の危険を感じる事さえ忘れて、完全に野生を失ったコンビニ猫として、お前はここで一生俺の愛に包まれて生きていくんだよ。好物のサバ缶も一生、飽きるまで無限に与え続けてやるから覚悟しろよ! あ、でも、今後は健康管理だけはしっかりしていくからな」
「そんな……そんなの、何て幸せ過ぎる生活なんだよ! あたいはずっと自分は孤児だと思ってたから、そんな温かい居場所を与えられたりなんてしたら、あたいは、あたいは……もう、変態お兄さんのそばから、一生離れられなくなってしまうのにゃ〜〜!!」
「いやだから絶対に離さないし、逃さないって言ってるだろう? 大人しく俺のコンビニで、今後もぬくぬくダラダラと生きていくんだな。分かったな、フィート? お前が自分の命を顧みずに、危険な行動を今後取る事は許さない。これからは何でも俺に相談するんだぞ?」
「……分かったのにゃ。あたいは一生コンビニ猫として、大好きなお兄さんにくっついてもふもふされながら、幸せに生きていくのにゃ〜……」
うん、うん。それでいいんだよ。
どうやら、やっと俺の溢れんばかりの猫愛を分かってくれたようだな。
俺は何度も頷きながら、涙目になっているフィートのもふもふ頭を撫でてやる。
これだけ俺のもふもふへの愛を伝えて、危険な単独行動は取るなと伝えたんだ。きっとこれで今回のフィートは、両親の事を全部思い出したとしても、危ない行動は取らないと信じる事にする。
しばらく俺に存分にもふられて、いつも以上に顔を真っ赤にさせていたフィートが急に鼻をヒクヒクさせる。
「……にゃ? この匂いはアリスたんが、また美味しいサバ料理を作ってくれた匂いだにゃ〜! 大好きお兄さん、あたい焼き魚を食べにいってくるにゃ〜〜!」
「おう、でも調子乗ってあまり食べ過ぎるんじゃないぞ! お腹を下すかもしれないからな!」
「それは、異世界から来た下痢の勇者様の事だにゃ〜! あたいのお腹は丈夫だから、大好きお兄さんは安心して待っていてくれればいいのにゃ〜!」
もの凄い駆け足で、倉庫を出て行くフィート。
全く、欲望に正直な奴だよな。走ってく際に、猫耳と尻尾が揺れている姿が可愛かったから許すけどさ。
「こ、コンビニの勇者殿……」
「ん? ククリアもここに来ていたのか?」
倉庫の入り口には、いつの間にかククリアが立っていた。きっと俺とフィートの事が心配で、ここに慌てて駆けつけてくれたのだろう。
「………?」
なぜか倉庫の入り口で、ずっと立ち尽くしているククリア。
いつからそこで立っていたのかは、分からないが。
もしかしたら俺とフィートの会話を、全部聞いていたのかもしれないな。
「フィートの事ならもう大丈夫だよ、ククリア。もちろん、まだ油断は出来ないけどさ。女神の泉で突然理性を失って暴れ出すという事はもう無いと思うんだ」
「コンビニの勇者殿………」
「う、うん? 俺はコンビニの勇者だけど、ええっと、ククリア……どしたの?」
さっきから、ずっと顔を赤くしてその場に立ち尽くしているククリアが、口をもぞもぞとさせている。
何かを言おうとして、どうやら言いあぐねているらしい。本当にどうしたんだろう?
「……ふ、フィートさんの件が解決出来て……。本当に良かったですなのにゃ〜!」
「『にゃ〜』って、ええっ!? ククリア!?」
俺はククリアが突然、語尾に猫語をつけて話した事に驚く。もしかしたら、今世紀最高にビックリしたかもしれないぞ。
「ど、どうしたんだよ急に! まさかフィートのイタズラで猫化する変な薬を飲まされたとか、怪しげなマタタビの匂いを嗅がされたりでもしたのか!?」
「……い、いえ、何でもありません。さっきまで『全国、可愛い猫図鑑』と言う雑誌を読んでいたので、ついボクも影響されて呟いてしまいました。ボクは常に冷静沈着なコンビニの勇者殿専用の軍師ですので、ご安心下さい」
「そ、そうなのか……。可愛い猫の図鑑を見ていたなら、しょうがないよな。アレ、でもさっきまで俺と一緒に動物大全の雑誌を読んでいたんじゃなかったっけ? 猫図鑑なんて見ている時間あったっけか?」
「と、とにかくです……! すぐに今後の対策をまた練り直す事にしましょう。フィートさんも加わった状態で女神の泉についた後、ボク達がどのように行動をするのかを先に考えておく必要がありますから」
「分かった。じゃあ早速また事務所で打ち合わせをする事にしようか」
なぜか、顔をゆでだこみたいに真っ赤にしたククリアに強引に押し切られて。
俺は再びコンビニの事務所で、ククリアと作戦会議をする事にする。
まだ女神の泉に到着するまでには、だいぶ時間があるからな。あらゆる可能性を想定して先に計画を練っておく事が必要だろう。
今の所、俺は前回の仮想夢の世界とは異なった道を歩んでいる事は間違いない。
迷い猫のフィートは、俺達に隠れてこっそりとついて来てしまったけど。今回の旅では、グランデイル軍からの寝返り組の倉持、名取の2名が参加していない。だからクルセイスが俺達の後を追ってくるという事態は回避出来ただろう。
そして前回より早めに女神の泉に到着する事で、深夜に泉の中の水が干上がってしまっていた謎を突き止める。
日中は確かに女神の泉には、虹色に光る水が満たされていたはずなんだ。それは俺が目撃しているから間違いない。
……という事は、夜にかけてまでの間に。何かしらの理由で水は無くなってしまったんだ。
そしてその事は、女神の泉を管理している夜月皇帝にとっては全て想定内の事なのだろう。でないと、女神の泉の水が無くなっている事に対して、夜月皇帝はあの時もっとリアクションを起こしても良かったはずだからな。
うーん。他に前回と違う変化は何かあるだろうか?
そう考えていた俺の脳裏に、一つだけ思い浮かぶ事があった。
「そうか! 今回の俺はレベルアップをまだしていないんだ……」
前回の俺は、実は敵との戦いの中で2回、異世界の勇者としてのレベルが上昇していた。
1回目は倉持と名取を仲間に引き入れる為に、カラム城の周囲を取り囲むグランデイル軍の中にいた――『白蟻魔法戦士』達と戦った時だ。
俺は倉持達と一緒にクルセイスの親衛隊と戦った時に、コンビニのレベルが32にレベルアップした。
その結果、俺のコンビニには謎の『チョコミントグッズ』が大量に新しいラインナップとして入荷していた。
今回はそもそもカラム城の周辺でグランデイル軍と戦っていないから、俺のレベルはまだ上がっていない。
確かその後、女神の泉で夜月皇帝の配下のライオン兵達と戦った時にも俺のレベルは上がって、レベル33になった。
けれどその時も、俺のコンビニに入荷した新商品はチョコミント関連製品ばかりだった。
だから、今回はまあ……レベルが上がってなくても、正直どうでもいいやとは思う。
もしレベルが上昇して、新しい兵器が扱えるようになったとかだったら意気込みも違ったんだけどな。
しばらくは謎のチョコミントグッズしか増えないと分かっているのなら、レベル上げにはそこまでこだわらなくても大丈夫だろう。
そんなこんなで、俺は女神の泉に向かうまでの道中を……。ククリアと打ち合わせをしたり、ティーナやアリス、フィートと話し合いをしたりしながら過ごし。
約2日と、半日の移動時間を費やして。
とうとうコンビニ支店1号店は、前回と同じ女神の泉のある『迷いの森』の近くにまで辿り着いた。
あらかじめ道を憶えていた俺は、危険な道や迂回路を全て回避して。前回よりも半日以上も早くここまで辿り着く事に成功した訳だ。
「――よし、みんな迷いの森に向かうぞ! 準備はいいか?」
「はい、私は大丈夫です、彼方様!」
「行きましょう、コンビニの勇者殿!」
「うーん、アリスたんの焼きサバ料理を食べ過ぎたにゃ〜。あたいはちょっと胃もたれがキツいにゃ〜〜!」
「大丈夫ですか、フィートさん? もし辛くなったら私に言って下さいね。私のヒーリング魔法でお腹の調子を治してあげますからね!」
コンビニ支店から降りた俺は、目の前に広がる迷い森を見渡し。ある人物というか、見た目は体がオッサンで、顔は黄色いカエルの妖精をまた探し出す事にする。
”ゲコゲコゲコゲコゲコ”
”ゲコゲコゲコゲコゲコ”
”ゲコゲコゲコゲコゲコ”
”ゲコゲコゲコゲコゲコ”
「相変わらず、大量のカエルが生息している場所だよな……。えーと確かこの辺りに、コウペイはいたと思ったけど。頭は黄色いカエルで、体型はオッサンのカエル男は……と。あっ、いたいた! コウペイを見つけたぞ!」
”――ペィペィペィペィペィ”
ゲコゲコと鳴く緑色のカエルの大合唱の中に。
一匹だけ変なおっさんの声で鳴いている、黄色いカエルを俺は見つけ出した。
あらかじめ、迷いの森の主である不老のカエルの話はククリア以外のみんなにもしておいた。
もちろん仮想夢の中で一度出会っている、という説明じゃなく。この迷いの森には、昔からそういう妖精が住みついている事。そしてその存在はなぜか、コンビニの勇者にしか見えないという、ぼかした説明でティーナ達には伝えておいた。
みんなには迷いの森の入り口で待機をしてもらって。俺は急いで不老のカエルのオッサン……じゃなくて、迷いの森に住まう伝説の妖精に会いに行く。
森の地面で寝転がっている黄色いカエル頭で、オッサン体型をしている不老カエルに俺は話しかける。
「おーい、コウペイ! 起きてくれよ! 俺はコンビニの勇者の秋ノ瀬彼方だ。君にお願いがあってここまでやって来たんだよ!」
「……あるぅえ〜〜? どーして、オラの事を知ってるんだぁ〜? っていうか、何でお前さんはオラの姿が見えているんだぁ〜?」
こうして俺は、2回目となるコウペイとの再会を果たした。
コウペイは、この世界を1万年以上も生き続けてきた不老のカエルの妖精だ。
そして今から約1万年前に、この世界に存在した女神アスティアと、『最初の勇者』の事を知っている唯一の歴史の生き証人でもある。
そう、俺はこのコウペイにも、まだまだ聞きたい事が山のようにあったんだ。
奇跡的にも俺はまたコウペイと話す事の出来るチャンスを貰えた訳だ。だからこのチャンスを最大限に活かさないといけないだろう。
俺は前回聞けなかった女神アスティアの過去についての話を、再びコウペイから詳しく聞き出す事にした。