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第三百五話 女神の泉に出発する前に


 グランデイル軍の陣地から戻ってきた俺は、すぐにカラム城にいる皇帝ミズガルドに会いに行った。



 俺が一人でグランデイル軍の総大将に会いに行った事を聞いたミズガルドは、敵軍の陣地から戻ってきた俺を心配して、すぐにそばに駆け寄って来てくれた。



「……彼方! 大丈夫だったの!? グランデイル軍に何かおかしな事をされたりしなかった?」



 心配そうに俺の体に異常がないかをチェックする、ミズガルド。


「ああ、俺は大丈夫だよ。グランデイル軍には何もされなかったし、この通り元気だからさ!」


 俺がそう伝えたにも関わらず。心配性なミズガルドは、俺の体を隅から隅まで念入りに調べあげて。ようやく俺が無事である事に納得してくれたみたいだった。


「ダメよ、彼方! 敵軍の陣地に単独で潜入して帰ってきたんだから。何か魔法で反応する爆発物とか、遅効性の毒を体に振りかけられてたりしたら、大変でしょう?」


「ええっ、そんな恐ろしいモノがこの世界には存在しているのかよ!? 割とマジで怖いんだけど……俺、本当に大丈夫かな?」


「ふふふ、それはもしもの話よ。でも油断しちゃダメなんだからね。彼方は一人でも十分に強いから、どんどん危険な所に向かって行っちゃうけれど……。彼方の帰りを待っている人が、心配している事も忘れないようにしてね!」



 俺の肩にポンと両手を添えて。心配そうに俺の顔を近くから覗き込んでくるミズガルド。


 もし、俺に実の姉がいてくれたなら。弟である俺の事をこんな風に、いつも心配してくれたのかもしれないな。


 俺は一人っ子だったし。日本にいた時も、学校に行く前に俺を家から見送ってくれたのは母さんと、子猫のミミだけだった。

 だから、こんなにも優しくしてくれるお姉さんが家族に居てくれたなら。それはどれだけ幸せな生活だったのだろうって、つい憧れてしまう時がある。


 そういえば、玉木の所にも妹を溺愛しているお姉さんがいるらしいけど。ちょうど今のミズガルドのような感じなのかもしれないな……って俺は少しだけ思った。



「いつも俺の事を本気で心配してくれてありがとう、ミズガルド。実はミズガルドにちょっとだけ頼みたい事があるんだけど、いいかな?」


「私に頼みたい事って、きっと私をこの城に残して。みんなで女神の泉に向かうから、お留守番はよろしく! とかなんでしょう?」


「……えっ、どうして俺の言おうとしている事が、そんなに何度も分かってしまうんだよ!?」


「『何度も』って言葉の意味はよく分からないけど、彼方の考えている事なら、大体察しはつくわよ。だって顔にそう書いてあるんだもの」



 うーん。玉木といい、俺の周りにいる女性達はどうして俺の顔から、内面の思考をこうも簡単に読み取る事が出来るのだろう。


 もしかしたら本気でコンビニの勇者には、考えている事が顔に文字で浮かび上がってしまうという、特殊仕様があったりするんじゃないだろうな……?


「ふふ。それだけみんなが彼方の事をよく見ていて、観察しているって事なのよ。私はその玉木さんという人にはまだ会った事はないけれど……。きっと、その人も私と一緒なんだと思うわ。いつも彼方の事を近くから見ているから、彼方の考えている事はすぐに分かってしまうのよ」



 ミズガルドがおかしそうに、クスクスと笑っていた。


 俺の事を近くからずっと見ている……? 確かに玉木はある意味、俺の事を中学の時からよく知っているからな。俺の近しい人物にとっては、俺の考えはすぐに分かってしまうという事なのだろうか。


「大丈夫よ。後のことは私に全部任せてね。彼方が女神の泉に向かっている間、ちゃんと城を包囲しているグランデイル軍を惹きつけておくから。いざとなったらこっちから敵に攻め入って、敵を全滅させてもいいんだし。寄せ集めのグランデイル軍なんかに、私の率いる帝国軍は絶対に負けたりなんかしないわ!」


 俺を安心させようと、ニコリと笑ってみせるミズガルド。


 だが俺は、すぐにミズガルドに今回の作戦について改めて説明し直す事にする。


「いや、それはダメなんだ……! 今は、倉持の率いるグランデイル軍とは戦わないで欲しい!」


「えっ、戦わないって事は……私は城の中でずっと守り続けていればいいの?」


「うん、今回はそうして欲しいんだ。どうしても今は時間を稼ぎたい。グランデイル軍がこの城を包囲している間に、俺は必ず女神の泉から戻ってくる。だからそれまでミズガルドには、グランデイル軍と正面衝突をせずに、このまま睨み合う状態を維持し続けて欲しいんだ」


 倉持と名取には、このカラム城の周辺に待機していて貰う。

 俺は5日間の猶予期間を貰っているから、その間に必ず夜月皇帝を倒し、全てを終わらせてここに戻ってくる。


 そして改めて倉持、名取の2人と再交渉をする。だから倉持達とミズガルドが戦ってしまっては困るんだ。


「なるほど……。彼方には色々と複雑な事情がある訳なのね。大丈夫よ。私は全部、彼方のオーダー通りにこなしてみせるから。だから安心して任せてくれていいからね!」



 俺の言葉に、何一つ疑問を抱かずに。その全てを受け入れてくれるミズガルド。


 そんなミズガルドの顔を見ていると……。俺は、迷いの森の近くの村で、俺を倉庫に隠して。単身で屈強なライオン兵達と戦い、身動きの出来ない俺を守り切ってくれた孤高な騎士の最期の姿を思い出してしまう。



「えっ……彼方……!?」


 昨日、寝室で目覚めたばかりの時と同じように。俺は思わずミズガルドの体を力強く抱きしめてしまった。


「ミズガルド、俺は本当に感謝しているんだ……。だからミズガルドには危険な事をして欲しくないし、必ずこの世界で生きていて欲しい。絶対に死なないで欲しい」


「う、うん……。彼方がそう言ってくれるなら私は死なないように心掛ける。大丈夫、私は絶対に死んだりなんかしないから!」



 俺の事を元気付けようとしてくれる、ミズガルドの笑顔が……今の俺には、本当に申し訳なく思えてしまう。


「俺はティーナを一番大切に想っている。それでもミズガルドが、俺の事をこんなにも大切にしてくれる事が本当に申し訳ないんだ……」


 俺の言葉を聞いて。少しだけビクッと、ミズガルドの肩が震えたのを感じた。


「……うん。知ってるよ。彼方はティーナさんの事をずっと大切に想っているものね。でも、私も彼方の事を大切に想ってる。だからそれでいいの。私に新しい生きる目標を与えてくれたコンビニの勇者様の力になる事。それが、今の私の新しい生きる支えになっているんだから。彼方が私に生きていて欲しいって願ってくれるのなら、ちゃんと私はその約束を守り抜いてみせるわ」


「ありがとう。全てが終わって、コンビニの大魔王も、女神教も、クルセイスもいなくなった平和の時代が来たら。俺はバーディア帝国の皇帝ミズガルドと共に、この世界を平和に導いていきたいと願っている。その時は、もちろん協力をしてくれるよな、ミズガルド?」


「うん。任せて! 私は絶対にこの世界で一番強い皇帝として君臨して、立派に彼方の後見人となってみせるから。コンビニの勇者に逆らうような国が現れたら、帝国の皇帝が絶対に許さないぞ! って、きつーく恫喝をして。歯向かう国々を全て黙らせてみせるから。だから安心して、彼方は自分の信じた道を歩んでいいんだからね」


「ああ、俺はマジでミズガルドに頼りまくるし。政治的な事は、ミズガルドなしじゃ何も出来ないくらいに頭を下げ続ける情けない勇者だから、覚悟しておいてくれよ! 無能なコンビニの勇者の後見人として、きっとこれから大忙しな毎日をミズガルドは過ごす事になるからな!」


「望むところよ、私は忙しい生き方の方が好きなの。だから安心して、背中を私に委ねて自分の信じた道を歩んでね! そして、私も彼方と共に生きていく事を認めてくれて本当にありがとう。私はバーディア帝国の皇帝として、必ず彼方の事を最後まで守り抜いてみせるわ!」



 俺は心からミズガルドに感謝をして、その場で深く頭を下げる。


 そしてもし、グランデイル軍が約束を破ってカラム城に総攻撃を仕掛けてくるような事があったなら。あるいはクルセイスが援軍として、この城にやってくるような事があった時には……。


 急いで全軍をあげて城から撤退する事。その際は、ククリアがビッグモールに命じて地下に掘ってくれた脱出口を使う事などもミズガルドと話し合った。


「女神の泉から戻ってきた時に、帰る家がないと俺は困ってしまう。だから必ず生きて、ここで俺を出迎えてくれよな、ミズガルド」


「うん、任せて! ちゃんとここでお留守番をして彼方の帰りを待ってるから。大丈夫よ、グランデイル軍なんかに私は負ける事はないし。もし、あのクルセイスがここにやって来たりしたら、戦わずに城のみんなで逃げ出す事にするから。指示通りにちゃんと生き延びて、彼方の帰りをここで待ってるからね!」



 ミズガルドは最後まで、俺を笑顔でカラム城から送り出してくれた。


 人は誰でも、一度きりしか生きられない。


 だから物語の世界のように。もしも……の世界や、別の可能性の世界を見る事なんて本当は決して出来ない。


 でも、だからこそ俺は決して忘れたりしない。


 あの時、ミズガルドが命懸けで俺の命を守り通してくれた事を。そして、俺に人として信念を持って生きる事の大切さを教えてくれた事を……。



 だから今回は、必ず最後までみんなと生き残ってみせる。そして俺は、俺自身の命を決して粗末に扱ったりはしない。だって今の俺の命は、あの時のミズガルドが命懸けで守ってくれた大切なものだからだ。


 今回はみんなで生き延びて、そして必ず笑顔でその先の未来を掴み取ってみせる。



 ミズガルドと別れた俺は、みんなが待つカラム城の入り口前の庭に向かった。


 そこには既に、旅の身支度を整えたティーナ、ククリア、アリスの3人がコンビニ支店1号店の前で俺の事を待ってくれていた。



「――コンビニの勇者殿、グランデイル軍の倉持殿との話し合いは無事に終わりましたか?」


 真っ先にククリアが俺に話しかけてくる。


「ああ、大丈夫だったよ。この城を明け渡すまでに5日間の猶予を貰ったからな。でも、それまでに俺達は目的を全て達成しないといけないけど……みんなの様子はどうかな? もう、旅の支度は全て整っているのかな?」



「それが……実は……」


 ククリアが急に、申し訳なさそうに俯いてみせた。


 ――ん? どうしたんだろう。何か落ち込むような事でもククリアにあったのだろうか。


「あ〜〜っ!! 見つけたぞ、変態お兄さんッ!! おい、どうしてあたいだけ、一緒に着いて行くのがダメなんだよ〜! あたいは全然納得いかないからにゃ〜!」


 遠くから助走をつけて。猛烈な勢いでもふもふ娘のフィートが俺の体に体当たりをしてきた。

 全身が柔らかいもふもふの毛だったから、あまり強い衝撃は感じなかったけどな。


 そうか、ククリアはフィートを上手く説得出来なかったのだろう。まあ、フィートの性格を考えれば当然か。

 ここはやっぱり俺が直接、本人に説明をしないといけないだろうな。



「フィート、すまないけど……今回はお前を一緒に連れて行く訳には行かないんだ」


「何でなのにゃ〜〜!! あたいは素早いし、隠密行動も得意だし、絶対に役に立ってみせるにゃ〜! 変態お兄さんだって、猫の手も借りたいくらい、忙しいっていつも言ってたにゃ〜!」


 猫の手も借りたいって、俺、そんな事言ったかな?

 たぶんそれはフィートの妄想のような気もするけど。


 どちらにしても、今回はフィートはカラム城に残って貰う。


 それはもう決定項だから、覆す事はない。それに俺にとって2回目となる女神の泉の探索は、決してもう……観光旅行気分で向かう訳にはいかないんだ。みんなの命と、俺達の未来がかかっているんだからな。


 俺はフィートの様子を、鋭く観察しつつ。

 丁寧に説明を続ける事にする。ククリアも、注意深くフィートの様子を見守ってくれていた。


「いいか、フィート。今回の女神の泉に向かう旅は、本当に危険なんだ。だから、本当に実力のある強いメンバーだけで向かわないと危険なんだよ……!」


 俺とククリアは、それぞれ異世界の勇者でもあり、元魔王軍の4魔龍侯爵の1人でもある。たがらその実力は折り紙付きだ。

 

 まだ地下シェルターに眠っている冬馬このはの事は、この時のフィートには伝えていないが……。

 ティーナも未覚醒の遺伝能力者であり、その眠れる能力を覚醒させるのは、今回の旅の大切な目的の一つでもある。だからティーナは必ず連れて行く。


 そしてアリスは、回復魔法――正確には遺伝能力による回復スキルなんだが、味方の傷を治療出来る能力を持っているから旅に同行をして貰う。


 つまり、今回は本当に必要不可欠なメンバーだけを厳選して連れて行く訳だ。ライオン兵と戦って、単独で勝利するだけの強さがないフィートは足手まといになってしまう可能性がある。


 俺はその事を丁寧に、フィートに対して説明していく。


 最初は感情的になっていたフィートも、理論的に説明する事で少しずつ言葉のトーンが小さくなっていった。


「でも、でも……あたいは、変態お兄さんのそばにいないと……ッ!!」


「俺の事なら大丈夫だよ。ククリアも一緒に付いてきてくれるからな」


「そうですよ、フィートさん。あのミズガルド陛下でさえ、この城に残ってコンビニの勇者殿の帰りを待つと仰っているのです。ここはボク達に任せて、城の留守をお守りして頂く役をどうかお願い致します」


 ククリアも頭を下げるようにして、俺と一緒にフィートにお願いをする。


 ドリシア王国の女王でもある、ククリアにまで頭を下げられたら。さすがのフィートも()が悪い。

 言葉を飲み込むようにして大人しくなり、渋々と了承してくれる事になった。


「ちぇ〜〜っ、しょうがねぇなぁ〜! じゃあ、ちゃんと5日間分のあたいの食糧として、サバ缶を200缶はここに置いていってくれよなぁ〜〜!」


「1日で40缶も食べるつもりかよ……。いくら好物でも、栄養が偏るから野菜もちゃんと食べるんだぞ!」


「へ〜〜んだ、べーーーッ!! あたいを置いて、自分達だけ楽しい旅行に行く変態お兄さんなんて、あたいはもう知らないもんね〜〜だ!!」


 口から可愛い舌を出して。あっかんべーのポーズを取りながら、フィートはその場から立ち去っていった。


 少しだけフィートの機嫌を損ねてしまったようだけど、これで何とか納得をして貰えた……って事でいいのかな?



「ククリア、どうだった? フィートの様子は……?」


「ええ。ボクも注意深く観察をしていましたが、特別に怪しげな素ぶりは感じられませんでした。何より最後には、この城に残る事を承諾してくれたようですし……。フィートさんが、コンビニの勇者殿に対して何かしらの悪意を秘めている、といった様子は見えなかったです」


「そうか、ククリアにもそう思えたのか……」


 城に残る事を承諾してくれたもふもふ娘の様子は、俺に対して異常なまでの執着をみせる、という感じには見えなかった。

 むしろ、俺のよく知っている普段通りのフィートの反応だったように思う。


 旅に自分だけ同行出来ず。心から残念がってはいたけれど……。ティーナやみんなに危害を加える為に、何かを画策しているという風には見えなかった。


「どちらにしても、コンビニの勇者殿にとって2回目となる女神の泉への旅は、慎重を()する事に致しましょう。これが夢の中の出来事でないのなら、失敗はもう2度と許されないのですから」


「そうだな。フィートを連れて行く事で旅の危険度が上がってしまうのは確かだからな。少し可哀想ではあったけど、フィートには当初の予定通り、カラム城に残って貰う事にしよう」



 俺はコンビニ支店1号店の前にいる、ティーナとアリスと改めて合流を果たす。


 そして約束通りサバ缶を200缶発注して。カラム城に置いておく事にした。

 すっかりへそを曲げてしまったフィートは城のどこかに隠れてしまって、俺達のお見送りに姿を見せる事はなかったけど。


 コンビニ支店に乗った俺は、見送りにきてくれたミズガルドに手を振りながら、再び女神の泉に向かう事にする。



「コンビニの勇者殿、準備は整っています。巨大土竜(ビッグ・モール)に掘らせた地中の穴から、グランデイル軍に気づかれないように城を脱出しましょう!」


「――ああ、行こう! 今度こそ、女神の泉の謎を解き明かして、俺達は必ずあの夜月皇帝と決着を付けてやるんだ!」



 今回はミズガルドとフィートをカラム城に残して。

 俺にとっては、2回目となる女神の泉への道をまっすぐに進んでいく。


 今回こそは、必ずやり遂げてみせる。


 まず最初に倒すべきは、夜月皇帝だ。そして必ずカラム城に戻って、倉持達を仲間に加えた後でクルセイスも打倒してみせる。


 待ってろよ、倉持、名取! お前達も必ず、夜月皇帝から女神の泉を奪った後で、コンビニの仲間に加えてみせるからな!


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[一言] 今度はうまくいくのでしょうか? ドキドキ!
2023/10/07 08:01 退会済み
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