第三百四話 倉持との2回目の会談
カラム城から、空中飛行の出来るシールドドローンに飛び乗り。俺は城を包囲している、グランデイル南進軍の中心部をまっすぐに目指した。
「仮想夢の通りなら、確か倉持と名取はあそこで俺を待ち受けているはずだよな……」
過去の記憶の中で、倉持達と出会った所と全く同じ場所に着陸をして。グランデイル軍の騎士達が立ち並ぶ敵陣の中央を、俺は堂々と一人だけで歩いていく。
以前の俺は、この時に敵陣の中を一人きりで歩くという事に多少の警戒をしていたと思う。
でも今は、ここで敵に攻撃される事は無かったという『確定された過去の記憶』が俺にはある。だから何も構える事なく、スタスタと騎士達が密集する敵陣の中を、堂々と進んでいく事が出来た。
そして倉持の名取の2名が待つ、白い陣幕の中に入り込むと。
俺のよーく知っている、クラス委員長でもあり、幼馴染でもあり、妖怪でもある、残念イケメン男の甘ったるいホスト声が耳に入ってきた。
「これはこれは、コンビニの勇者の彼方くんじゃないですか。ずいぶんと久しぶりですね、お待ちしてましたよ」
偉そうに黄金の椅子に座り。ドヤ顔で腕を組みながら、俺を待ち構えている倉持の姿は、記憶の中にある過去の光景と全く同じだ。
白い陣幕の中には、『不死者』の勇者である倉持悠都と、『結界師』の勇者である名取美雪の2名が俺を待ち構えていた。
2人は一見すると、コンビニの勇者である俺に威圧的な態度を取ってきてはいるが……。その本心は俺を仲間に引き入れて、女神の泉に連れていく同行人として利用したいと思っているはずだ。
「さあ、彼方くん。君の敬愛するクラス委員長の僕が、こうしてわざわざ遠い帝国領の中まで、愛しい君に会う為に出向いてきてあげたんだ。黙っていないで、もっと感激で全身を震えさせて、鼻水をすすりながら、むせび泣くくらいのリアクションをしてくれても良いんじゃないのかな? ――ねえ、美雪さんもそう思うよね?」
「……………」
名取は無言でコクコクと、倉持の問いかけに対して頷いてみせる。
あまりにも既視感のあり過ぎる、2人の様子を見つめながら。俺はこれが現実の光景なのか、それともまだ仮想夢を見続けているのかどうかの判断がつけられないでいた。
朝霧の能力による仮想夢は、現実世界の設定を100%完全に再現したものだ。だからこれが本当の現実世界だったとしても、夢との違いは全く分からない。
せめて何か違いが少しでもあれば、今回はもう仮想夢の中では無い、現実の世界なんだという確かな保証が手に入るのだけど。
ここまで夢の中と全く同じ言動を倉持達に取られてしまうと、やはり判断のしようが無かった。
同じ姿に、同じ行動。同じ言葉の繰り返し……。
それを見せられるたびに、自分がまだ夢の中を彷徨っているのではないかという不安に駆られてしまう。
そうだ、朝霞が実は嘘を付いている……という可能性は無いだろうか。
この世界はやっぱりループしていて。俺は永遠に覚めない夢を繰り返し見ているという事は無いのだろうか?
……いや、やはりそれも違うか。
朝霧にとっては、俺の存在は自分の読んでいる小説の登場人物の一人に過ぎない。
同じキャラクターが物語の中で同じ行動をずっと取っていても、読み手は何も面白くないはずだ。むしろすぐに飽きてしまうだろう。
だから俺という人物を無限ループに陥れて、その様子を外から観察し続けるような趣味は、朝霧には無いはずだ。
実は朝霧が俺に片想いをしていて、無限ループの世界で、愛しい恋人がもがき苦しむ姿を眺める事に快感を覚える……というようなヤバい性格をしているなら、そんな狂気の世界もあり得るだろうけどな。
だが100%断言出来るが、絶対にそれは無いと思う。
あの朝霧の様子からして。純粋に新鮮な物語、それも自分にとって楽しめる展開となる『コンビニの勇者の物語』をアイツは期待しているはずだ。
どちらにしても、今の現実が『夢』なのだと仮定をして行動する事は俺には出来ない。
もし、違ったのなら。俺はたった一度しかない人生を全て台無しにしてしまう事になる。
前回のような最悪な結末を迎えるくらいなら……正体の分からない敵に殺されてしまう方がまだマシだろう。
再びやり直す事の出来たこの世界で、俺は今度こそ、失敗に繋がるような選択肢を取る訳にはいかなかった。
俺はもう一度だけ、探りを入れる意味も込めて。
目の前にいる倉持に対して、夢の中と同じような台詞をあえて伝えてみた。
「倉持……お前が、以前と同じような雰囲気に戻っている事は歓迎するぜ。だが悪いけど、俺には再会したクラスメイトと悠長に談笑しているような時間は、今回は本当に無いんだ。だからここは単刀直入に聞かせて貰うぞ。お前が俺と会談をしたいという、その真の目的は何だ?」
一言一句、同じではないけれど。過去に俺が倉持に伝えた内容と同じ言葉で話しかける。
すると、それに対する倉持の反応は――。
「会談? ああ、それは懐かしいコンビニの勇者の彼方くんに会う為の口実さ。これからあの城に籠るバーディア帝国の女皇帝と、君を慕う仲間達を、この僕が率いる最強の軍隊がなぶり殺してしまうだろうからね。だから最後に彼方くんにだけは、挨拶ぐらいしておこうと思ったのさ」
……やはり、全く同じか。
朝霧の仮想夢の精度の高さに、俺は思わず身震いを起こしそうになってしまった。
あの夢は現実を完全に再現したものであった事は、これで間違いない。つまり俺が前回と全く同じ行動を取ってしまえば……。本当にあの仮想夢の結末と全く同じ未来が、俺を待ち受けている事になる。
だから今回は行動を変える。違う選択肢を取るんだ。
ここで倉持達の提案に乗ってしまえば、時間を消費してしまうし。何よりも倉持と名取の2名を一緒に連れていくと、グランデイル本国にいるクルセイスを女神の泉に呼び寄せてしまう。
クルセイスは裏切り者の倉持を、決して許さないだろうからな。
今回は先に俺達が女神の泉に先行して。まずは当面の敵である夜月皇帝を第一優先で倒す。
そして女神の泉で冬馬このはの眠りを覚まし。ティーナの持つ遺伝能力を覚醒させた上で、倉持と名取をクルセイスから裏切らせる。
そうして倉持達を女神の泉に連れていき。2人の腕に付いている呪いのブレスレットを外させて、改めて俺達の仲間に加える事にしよう。
問題はそれを、どうやってここにいる倉持に伝えるかだけど……。よくよく考えてみると、結構難しい問題だな。
今、このグランデイル軍の陣営の中には、クルセイスの親衛隊である白蟻魔法戦士が約100名近く待機していて。倉持と名取の2人を監視している。
そんな中で、『実は俺は、お前達の未来が分かる予知夢を見たんだ! だから俺の提案に乗ってくれ……!』と、大声で叫ぶ訳にもいかないだろう。
そもそも、そんな与太話を倉持が信じてくれるとも思えないしな。
俺が倉持の立場なら、怪し過ぎて絶対に警戒するさ。
……かといって、全ての真実を伝える事も出来ない。
ここで倉持達をグランデイル軍から離反させてしまえば、クルセイスを呼び寄せる事に繋がってしまうからだ。
それに、倉持がせっかく水面下で呼びかけているという、グランデイル軍の中にいる反クルセイスのレジスタンス達を解散させてしまう結果にもなりかねない。それはあまりにも勿体無い事だと思う。
だとすると、ここで俺が取れる選択肢は『先延ばし』しかないだろう。
いわゆる――時間稼ぎって奴だ。
今回の会談は、結論を出さずに倉持達をこのカラム城の周辺に待機させておく。
そしてその間に、こっそりと俺とククリアは城を抜け出し。目的地までの道のりが既に分かっている、女神の泉を目指すんだ。
女神の泉に到着するまでの時間は、おおよそ3日くらいかかるから。往復する時間を含めて7日間くらいは、この場にグランデイル軍を駐留させておきたい所だ。
俺は改めて、今後の予定を頭の中で再確認し。
目の前でわざと尊大な態度を取り。俺を怒らせて名取の張る結界の中に誘い込もうと企んでいる倉持にゆっくりと近づいていく。
「倉持……。残念だが、俺達にはお前の率いるグランデイル軍の最精鋭部隊と戦うだけの戦力はとても無い。だからここは『降伏』をしようと思う」
「――はっ?」
「…………?」
俺の突然の降伏宣言に。全くその返答を予想していなかった倉持と名取が、共に口をポカンと開けて驚きの声を上げる。
「カラム城の中にいる兵力はたったの1万人程度だ。それも、寄せ集めの軍隊でしかない。帝国内で既に統率力の落ちている皇帝ミズガルドは、城の中の騎士達をまとめる事さえ出来ていない状態だ。そんな状態で、グランデイル南進軍の最精鋭部隊であるお前達と戦えば、城の中にいる人々はきっと皆殺しにされてしまうだろう」
「い、いや……でも僕達は、まずは彼方くんと交渉をしたいと思っていて。決して城に立て篭もる騎士達を皆殺しにするとは、まだ言っていない訳で……」
「――ん? だってさっきお前は言ったじゃないか。『これからあの城に籠るバーディア帝国の女皇帝と、君を慕う仲間達を、この僕が率いる最強の軍隊がなぶり殺してしまうだろうからね』って。だから最後に、俺に挨拶だけはしておこうと思ったのだろう?」
「違っ……! いや、そ、そうなんだけれど……。だが、コンビニの勇者である君の力があれば、きっと僕達と対等以上に戦う事だって出来るんじゃないのかな?」
額から冷や汗を流して、歯切れの悪い言葉をしどろもどろに伝えてくる倉持。
周囲にクルセイスの親衛隊がいて、2人を監視しているから。発する言葉を慎重に選びながら話している様子が俺には分かる。
俺も少しだけ、意地悪をしているとは思うけどな。
先の未来を知っていて相手と話すという事が、こんなにもズル過ぎる事なんだと改めて知ったよ。本当の意味でのチートっていうのは、こういう事を言うんだろうな。
倉持と名取は、俺をわざと挑発する事で怒らせて。激昂した俺が近づいてきた所で、名取の張る黒い球体シールドの中に誘い込み。
クルセイスの親衛隊達に見られない密室の環境で、一緒に女神の泉に行こう! と、俺を勧誘をするのが真の目的だったんだものな。
ところがまさか、挑発する為に伝えた言葉を俺が真に受けてしまい。
いきなり『降伏』を宣言してくるとは、きっと予想出来なかったに違いない。
俺は焦る倉持を無視して。そのままこの場で交渉を続ける事にする。
「皇帝ミズガルドに付き従う兵は、このカラム城に立て篭もる戦力が全てだ。だからここはバーディア帝国最後の拠点と言ってもいい。ここを落とせば、グランデイル王国は実質的に帝国を完全制圧した事になるだろう」
「……いや、それは違うんだよ、彼方くん。帝国の南部には、まだ夜月皇帝という影の実力者がいるんだ」
「……ん? 夜月皇帝? 誰なんだそれは?」
「ええっと、それは……。今は言えないのだけれど、そいつが帝国の南にある『重要な施設』を、確保しているという可能性もあって」
「重要な施設って、一体何なんだ?」
「…………」
倉持と名取の2名が、下を向いて完全に俯いてしまう。
まさか、クルセイスの親衛隊がいる前で『女神の泉』についての説明を俺にする訳にもいかないからな。
「とにかく俺は、全力で皇帝ミズガルドを説得してみせるから安心してくれ! そしてグランデイル軍に降伏をさせて、城の中のいる人に犠牲が出ないように無血開城をさせてみせる。だから少しだけ、俺に皇帝を説得する時間が欲しいんだ、頼むよ倉持!」
しばらく俯いていた倉持が、ようやく頭を上げて俺の顔を真っ直ぐに見つめてくる。
「……その時間というのは、どの程度必要なんだい?」
どうやら倉持はこの場で俺を説得して、味方に誘い込むのはいったん諦めたらしい。
おそらく城を無血開城で占領し。皇帝ミズガルドを捕らえた後で、俺に女神の泉に向かう話をして。グランデイル軍から離れてこっそりと泉に向かうという計画に切り替えたのだろう。
「皇帝とその仲間達全てを説得するには、最低1週間は必要だと思う……」
「それはダメだ! 3日で答えを出して貰おうじゃないか、彼方くん」
「3日だって……!? それはあまりにも短か過ぎる! 絶対に無理だ!」
「僕達も遊びでここに来ているんじゃないんだよ、彼方くん。征服者として、グランデイル軍はこの地を制圧しに来ている事を忘れて貰っては困るね、ふっふっふ!」
クソッ、倉持の野郎……!
俺が下手に出ていたら、またいつもの調子に乗る悪い癖を出してきやがったな。
こいつはすぐに、俺に対して尊大な態度を取りたがる奴だからな。
きっと当初の計画から外れてしまったので、その腹いせで嫌がらせをしてきているに違いない。どうやら本当の意味で、俺のよーく知ってる性悪な方の倉持の内面を引き出してしまったみたいだな。
別に俺だって、好きでコイツに頭を下げている訳じゃないんだぞ。
正直、俺とククリアとミズガルドが本気を出せば。簡単に全滅させられてしまうのは、お前達のグランデイル軍の方なんだからな。マジで実力差をわきまろよな!
だけど、ここは仕方ない。倉持をここで怒らせてしまったら元も子もない。ひたすらこの性悪モードに入った倉持から譲歩を引き出すしかないだろう。
「なぁ、倉持、頼むよ……! 俺は城に残るみんなを誰一人として犠牲にしたくないんだよ! だから絶対に皇帝を説得してみせるから。せめてもう少しだけ俺に時間を与えてくれないか……!」
俺が熱意を込めた眼差しで。真剣に倉持に対して頭を下げ続ける様子を見て、倉持がニヤリと微笑む。
「うーん、そうだね。彼方くんがそんなに頭を下げるなら考えてあげてもいいかな。それで皇帝を説得するのにどれくらいの日数が必要なんだい?」
今、倉持の浮かべている表情は……俺をグランデイルの街から追放した時と同じ笑顔をしている。
前回の仮想夢の時は、まず最初にコイツのプライドをポッキリとへし折ってやったからな。だから、その後はしおらしい態度も取っていたけれど。
今の倉持は昔のままの、尊大で、陰気で、サイコパスで、妖怪で、将棋がめちゃくちゃ弱い、クズな性格のクラス委員長のままだからな。正直にいって、少しだけ扱いづらい。
……しまったな。ここはティーナとククリアを連れてきて、まず最初に倉持のプライドを、思いっきりへし折っておくべきだったかもしれない。
でも、もう仕方がない。やり直しはきかないのだから。目の前にいる尊大な陰気野郎に俺は譲歩をして、何としても必要な日数を確保しないといけないんだ。
「じゃあ、俺に6日間与えてくれ。それで皇帝ミズガルドを必ず説得してみせる!」
「――5日間だ! それが彼方くんに僕が与えてあげれる最大の譲歩だよ。5日間以内に城に残る帝国軍の残党を全員説得して、無血開城が出来ない時は城に総攻撃を加える。いいね? 必ず5日以内に帝国の皇帝をこの僕の前に連れてきて、跪かせるんだ」
……たったの5日かよ。
参ったな、それで本当に間に合うのか?
コンビニ支店1号店に、ティーナ、ククリア、アリス、冬馬このはを乗せて。コンビニのキャタピラー移動で、全速力で女神の泉へと向かう。
前回よりはだいぶ早く到着するだろうけど、それでも片道で3日間は欲しい所だ。
でも、待てよ……。そうか!
何も往復で、全員を連れ帰る必要はないのか。
3日間以内に俺達は女神の泉に辿り着いて、全ての目標を達成する。目覚めた『動物園の魔王』である冬馬このはと協力をして、夜月皇帝を倒す。
幸い、夜月皇帝さえ倒せばライオン兵達の統率は取れなくなるはず。つまり実質的勝利を納める事が出来るはずなんだ。
後は女神の泉をちゃんと確保して。俺が単身で飛行ドローンに乗ってカラム城へと帰還する。
ドローンに乗って空を飛ぶ技術は、今の所……俺だけしか習得をしていないから、行きはどうしてもコンビニ支店にみんなを乗せて向かう必要があるけれど。
帰りは、俺1人でも大丈夫なはずだ。残りの2日間でカラム城に戻り。ミズガルドやフィートと合流をして、再び倉持、名取と会談をしよう。
そこで改めて、女神の泉をこちらが確保している事を2人に告げて。倉持と名取を仲間に誘うという道筋でもギリギリ間に合うはずだ。
「……分かった。5日間以内に、必ず皇帝と城に残る騎士達を全員説得する。それまで絶対に城には手を出さないと誓ってくれ、倉持!」
俺は地面に両手を付いて、土下座をしながら倉持に改めて頼み込んだ。
これくらい従順な姿勢を示しておけば、プライドの高い倉持は自尊心がくすぐられて決して城には手を出さないはすだ。
だからここは、全力で倉持の野郎に頭を下げておこう。
土下座なんてタダなんだから、何も躊躇する事はない。
むしろ前回のように、最悪の結末を迎えてしまう絶望と虚無感を味合わされる事の方が……よっぽど俺には辛いからな。
「ふふふ。了解だよ、彼方くん。そこまで頼まれたら、僕も約束を守るしかないからね。彼方くんがちゃんと約束を守って5日間以内に皇帝をここに連れてきて、僕の前で跪かせる事を信じているよ。僕は約束を破る人間は大嫌いだから、くれぐれも期限は守ってくれるよね、彼方くん?」
あっはっはと、倉持が大きな笑い声を上げた。
その声を倉持の前で土下座をしながら、聞いていた俺は……。
与えられた5日間という時間を使って。自分にどれだけの事がこれから成し遂げられるのだろう、という不安に既に襲われていた。
――大丈夫、今回はきっと大丈夫だ。
これでクルセイスは、グランデイル本国から裏切り者の倉持達を追って帝国領にはやって来ない。
その間に俺達は、全力で夜月皇帝と戦い。
そして今度こそ必ず勝利してみせる。まずは第一優先で、女神の泉を確保する事にするんだ。