第三十話 幕間――グランデイル王国にて
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「女王陛下――西方連合の国の1つ、『カルタロス国』の使者。カールゲン・シュタイナー様がお見えになっております!」
銀色の鎧をまとった騎士が、赤絨毯の上で片膝を床につき。深々と頭を下げながらそう告げる。
静寂に包まれたその場所は、グランデイル王国の宮殿内に設けられた、謁見の間。
豪華なステンドグラスが張られた天井からは、鮮やかな陽光が差し込んできている。
広大な石造りのホールに敷かれた赤絨毯。その上に、左右対称に規則正しく整列をした、沢山の騎士達が並び立っていた。
来客との会見をする目的で作られたその場所には、王族が座る為に作られた、豪華な装飾の施された黄金の椅子が2つ用意されている。
片方の席にはグランデイル王国女王、『クルセイス・ド・グランデイル』が座り。
そして、もう片方の玉座には――、
約半年前に、この世界に召喚された異世界の勇者。
『不死者』の能力を持つ倉持悠都がそこに腰掛けていた。
謁見の間に現れた、西方の『カルタロス国』からの使者は、女王クルセイスの前にまで来ると。そこで片膝をつき、深々と頭を下げる。
「『西方3ヶ国連合』の1つ――カルタロス王国より参りました、カールゲン・シュタイナーと申します。この度はグランデイル王国の女王陛下に、物申したい儀がございまして参上致しました」
西方から来たと言う使者の肌は浅黒く、髪も漆黒の黒色である。その長身で強靭な肉体からは、その者が名のある戦士である事を窺わせた。
対するグランデイル王国女王の外見は、まさに正反対。
深雪のように真っ白な肌に、水晶のように透き通る青い瞳。
腰辺りにまで伸ばされた金色の髪は、まるで汚れの知らない宝石のような美しさを放ち、光り輝いている。
「遠い西方から遠路はるばるご苦労様でした。ご用件をグランデイル王国女王の、このクルセイス・ド・グランデイルが承りましょう」
使者は、女王の前でゆっくりと顔を上げると、
「……では、申し上げます。我ら西方3ヶ国連合は、日を追うごとに数を増す魔王軍の脅威に常に晒されております。現在は、まだかろうじて持ち堪えてはいますが、無限に増え続ける敵側とは違い、我らは物資も人員にも限りがございます――」
『コホン……』と女王の隣に座る人物から、咳払いが聞こえてきた。
使者は一瞬だけ、その人物に視線を奪われる。
そこに座る優男は、厳粛なこの場にはそぐわない、穏やかな笑みを浮かべていた。
……しかし、王族しか座れないはずの玉座に。
この者はなぜ、堂々と腰掛けているのだろうか?
使者にはその男に関する情報が、一切無かった。
女王と同列の位置からこちらを見下ろすその男からは、他者を見下しているかのような嫌な視線を感じてしまう。
「人員と物資につきましては、我が国からも惜しみない支援をさせて頂きます。来月にも、グランデイルからの遠征軍――約1万人の騎士が西方3ヶ国連合に加勢する事になっています。それは、決して多いとは言えない戦力かもしれませんが、我らも共に魔王軍と戦う者として、大国の責務を果たしていきたいと考えております」
「1万人も!? さすがはグランデイル王国の女王陛下、本当にありがとうございます!」
使者は再び、深々と女王に頭を下げた。
だが、使者がここにやってきたのは、援軍の要請をしに来たからではない。
西方の国々を代表して、グランデイル王国の女王に対し、他に聞くべき事があったからだ。
「その件は我々にとっては、とても有り難い話でございます。西方3ヶ国を代表して感謝を申し上げます。ですが今回は別に、グランデイル王国の女王陛下に申し上げたい話があり、ここに参らせて頂きました……」
使者は頭を上げ、女王の青い瞳を一直線に見つめる。
「……現在、西方での魔王軍との戦況は、敵に強大な魔物が多く出現している状況ゆえに、膠着状態となっています。もはや一般の騎士達では太刀打ちの出来ない、巨大な魔物の出現や――。最近では知性を持ち、魔術を操る魔物の存在さえも確認されている状況です」
謁見の間に整列する騎士達の間にも、動揺が走った。
魔王軍には、とうとう魔法を操る魔物も新たに出現をしているのか……! そして、そのような敵と人類はこれから本当に戦っていけるのだろうか――。
世界をとりまく状況の悪化に、この場に居合わせた全ての騎士達が戦慄する。
「我らは、半年前に貴国が『異世界の勇者』の召喚に成功したという報せを聞いてからは……。伝説の異世界の勇者様の戦線参加を常に希望しておりました。それが今もってまだ、勇者様の参戦の報せが届かないのは、一体なぜなのでしょう? なにゆえ勇者様は、魔王軍との戦いに参加をして頂けないのでしょうか?」
使者の願いは切実である。
ゴブリンや、オークといったレベルの低い魔物の襲撃なら、一般の騎士達でも十分耐え凌げる。
……だが、最近は巨大な姿をした竜や。
知性を持ち、魔法の攻撃をしてくる新たな魔物の襲撃が連続して起きている。
もはや、騎士団の数だけを揃えての討伐作戦では、魔物の群れに対処しきれなくなっているのだ。
「……異世界の勇者様方に、つきましては……」
「残念ながら、異世界の勇者はまだ前線に送る事は出来ません。勇者達全員が、まだ能力的にも、魔王軍と戦えるレベルには達していない状況なのです。ですが、近日中にはその成果と実力を発表出来る機会が訪れるでしょう。それまでどうか、お待ちを頂けないでしょうか?」
女王であるクルセイスの発言を制し、横から隣の椅子に座っていた優男が会話に割り込んできた。
カルタロス国の使者は、困惑する。
この謁見の間に参上した時から、ずっと違和感を感じていた。
王族のみしか着座を許されない椅子に、女王であるクルセイスと並んで座っているこの謎の男。そして西方の国々を代表する使者として赴いた自分に対し、まるで対等以上の立場から声を掛けてくるこの男は、一体何者なのだろうか……と。
「シュタイナー様……。全ては、彼の言う通りなのです。異世界の勇者様は確実にレベルアップをしております。あと少しで、勇者様方は最前線で戦っている西方3ヶ国連合の皆様とも合流をし、魔王軍との戦いで大きな成果を挙げて下さる事でしょう」
グランデイル女王のクルセイスが、温和な表情で優しく微笑む。
元々、女系の王が代々即位をしてきたグランデイル王家だが……。現在のクルセイスは、第三十二代目のグランデイル王国女王にあたる。
近年、第三十一代の女王であったクルセイスの母と、その伴侶であった父を立て続けに奇病で失い。まだ若年でありながらも、東の大国『グランデイル』の王位を継承し、その責務をこなす立場となった若き女王。
その境遇には同情をしつつも、使者はクルセイス自身の政治的な能力はかなり高く評価していた。
彼女の治世は、隣国でも、遠い西方の国々でも。
常に冷静沈着で民衆の事を第一に考えていると、高い評価を受けていた。それゆえに、グランデイル王国への各国の信頼はとても厚いのだ。
だからカルタロス国の使者は、クルセイスに対して、異世界の勇者の育成が遅れているという状況と……。
最前線への戦線参加が、先延ばしになっているという状況を、女王に直接問いただそうと、遠路はるばるグランデイル王国にまで赴いたのだ。
それだと言うのに……。
「フフ……。まあ、そういう事なんですよ。異世界の勇者達はまだみんな、この世界に完全には慣れていない様子ですが、確実に成長をし続けています。ですので、どうかご安心して下さい。西方の使者殿」
女王の横から口を挟んでくる、この男は一体何者なのだ?
まるで、自分の発言がこのグランデイル王国を代表しているかのように、話しかけてくる。
(……もしかして、この男はクルセイス女王の婚約者か何かだろうか? しかし事前にそのような人物がいるという情報は、一切聞いていなかったぞ)
「――失礼ですが、貴公は一体? どなた様なのでしょうか?」
使者はおそるおそる、女王の横に座る男に尋ねてみた。
「ああっ、これは大変失礼致しました。まだ、僕の自己紹介をしていませんでしたね――。僕は、半年前に異世界から召喚をされた勇者の一人、『不死者』の能力を持つ、倉持悠都と申します」
「……なんと!? 貴方は、異世界から来た勇者様なのですか?」
使者が驚愕の表情を浮かべる。
異世界の勇者は、この世界では伝説の存在だ。
大昔から語り継がれている、女神教の伝承の中に記されている英雄。
魔王という強大な敵に……人類が唯一対抗出来る、この世界の守り手であり、人類の最終兵器。
太古の昔から語り継がれ、伝説の存在として名前の知れ渡っている異世界の勇者だが……。その存在を生きて直接見られることは、ごく稀と言われている。
カルタロス国の使者である、このカールゲン・シュタイナーも、生まれて初めて異世界の勇者と直接対面をした。
歴史上では、この300年ほど勇者召喚の儀式は各国で行われていたが、失敗を繰り返してきたと言われている。
だから生まれて初めて直接目にした異世界の勇者に、使者が驚きを感じるのもしょうがない事であった。
「ええ――。僕は伝説の『異世界の勇者』です。ですのでどうか、ご安心して下さい。僕達は魔王を倒す準備を着々と進めています。これはまだ、余所の国には発表をしていない話になるのですが……。僕達、選抜勇者のパーティーは、東の土地に巣食うゴブリンの巣窟と、リザードマンの生息地に攻め入り、そこに住む両種族を既に殲滅させているのです」
「なんと……!? あのゴブリンとリザードマンを!? 騎士団の力を借りずに、勇者様のみの力で退治されたと言うのですか? それは、実に頼もしい! それだけの実力があれば、今すぐにでも魔王軍との戦いで、大戦果を挙げる事も出来ましょう。特に強力なリザードマン達を全滅させたのは、まさに常人では成し得ない至難の業です。それを簡単に成し遂げられるとは……さすがは異世界の勇者様ですな!」
使者であるシュタイナーは、異世界の勇者の武勇を褒め称えた。
だが……なぜか『不死者』の能力を持つ勇者は、眉根を寄せて不機嫌な表情を一瞬した事に、使者は気付いた。
特にリザードマンを全滅させた、という話に対して。
黄金の椅子に座る目の前の男は、不快感を隠せない表情をしたような気がする。
「分かりました。異世界の勇者様方が成長し、確実に魔王討伐に向けて動き出しているという情報が聞けて、私も安心致しました。本国や同盟を結んでいる他の諸国にも、今回は良い報告を持ち帰る事が出来るでしょう」
異世界の勇者と直接会う事が出来て。更に、その華々しい戦果を聞く事が出来た使者は満足気に頷く。
その場で真っ直ぐ起立をして。グランデイル王国女王と、隣に座る異世界の勇者の2人に深く礼をした後で、謁見の間から整然とした歩みで、西方から来た使者は立ち去っていった。
静かさを取り戻したホールの中で。
倉持が女王の側に寄ると、小さく耳打ちする。
小さく頷いた女王は指示を出し、謁見の間に整列していた騎士達を解散させ、大広間から退かせた。
「これで良かったでしょうか……? ――倉持様」
クルセイスが、恐る恐る倉持に声をかける。
「うん。まあまあ、上出来じゃないかな? 西方連合にも、そろそろ異世界の勇者の近況を報告しないといけないと思っていたし。どうやら彼も、異世界の勇者の活躍が聞けて、喜んでいたみたいだしね……」
グランデイルの謁見の間には、今、女王であるクルセイスと、異世界の勇者である倉持悠都の2人しかいない。
女王はしきりに周囲の様子を気にすると、誰もいないのを確かめた上で――。
倉持の座る椅子の近くにまで行き、その手に自分の手を重ね合わせた。
「フフ……大丈夫だよ。全部、僕に任せておけば。君は僕の言う事を聞いていれば、全て上手くいくのだから」
「ハイ、倉持様。異世界の勇者様の中で、最も優れた能力を持つ貴方様の言う事に、私は従います――」
女王は、倉持の右手に静かに口づけをする。
すると、静寂に包まれた2人だけの空間に――。
空気を読まずに、大きな声を出しながら侵入してくる男が一人現れた。
「おおっ、ここにおりましたか! 女王陛下、倉持様! 至急、お伝えしたい事があったので探しましたぞ!」
謁見の間に入ってきたの男は、グランデイル王国宰相――ドレイク・ゴーンである。
緑色の高級な衣服で全身をコーディネートしている彼は、グランデイル王国貴族の中で最も位の高い、王族の次に偉い『宰相』の役職に就いている者である。
「ドレイク卿? 一体どうなされたのですか?」
宰相が謁見の間に来た瞬間に、クルセイスは倉持の手に乗せていた自身の手を下げて、慌てて身なりを整える。
「どうしましたか、宰相どの? 僕達異世界の勇者の成果を各国に発信するお仕事は、もう終えたのですか?」
宰相であるドレイクは、異世界の勇者がグランデイル王国周辺の、ゴブリンやリザードマンの巣窟を制圧したという『戦果』を、周辺各国に発表する仕事を任されていた。
「その事で、実は至急のお知らせがあって参ったのです。異世界の勇者様による、ゴブリンとリザードマンの討伐の報せを周辺諸国に伝えていた所――。なんと、西にあるカディナ自治領で、異世界の勇者が『伝説の地竜』を倒したという、別の風聞が先に広がっていたようなのです」
「異世界の勇者が、伝説の地竜を倒した? それは、一体どういう事なのですか? 僕はそんな情報は、初めて知りましたが……。それは本当の事なのでしょうか?」
倉持を始めとする異世界の勇者達全員は、基本的に全てグランデイル王国に所属している。
1人だけ行方不明になっている者と……。もう一人は訓練中に逃亡をした者。そして、初期の段階で役立たずだからと街を追放され、森の中で魔物に襲われて死亡したとみなされている無能でアホな勇者もいるが――。
それ以外の勇者達の動向は、全て倉持が把握していた。
なのでそのような行動をした者が、自分達クラスメイトの中には絶対にいない事を、倉持は理解していたのだ。
「真偽のほどはまだ詳しくはわかっていません。ですが、カディナ地方に昔から住まう伝説の地竜を……どうやら、『コンビニの勇者』を名乗る異世界の勇者が退治をしたのだ、という報せが商人達の一部に口伝いに広まっているようなのです」
「コンビニの勇者!? ……そんな!? まさか、あのお方が生きておられたのですか?」
グランデイル女王、クルセイスが目を見開いて驚きの声を上げる。
対照的に、倉持は目を細めて先程までの温和な顔が崩れ。明らかに不快な表情へと変化していた。
「倉持様……。これは、一体どういう事なのですか? 私は、貴方様が『コンビニの勇者は無能であり、魔王と内通している邪悪な勇者である。だから即刻、彼をこの国から追放するべきだ』とお願いされたから、あのような酷い事を彼にしてしまったというのに……。私は今でもあの方へ、我が国がしてしまった酷い仕打ちを悔いているのです。それなのに、コンビニの勇者様は実は生きていて。しかもカディナ地方に住まう、伝説の地竜を倒したと言うではないですか! これは一体どういう事なのですか?」
「女王陛下、どうか落ち着いて下さい。コンビニの勇者はたしかに死亡しているはずです。これは何らかの偽情報であり、我が国を欺く魔王軍の意図がある可能性があります――」
「に、偽の情報……? で、では、コンビニの勇者様はやはり生きていないというのですか? それならば至急確かめた方が良いでしょう。ドレイク卿、至急カディナに調査団を派遣して……あっ……!?」
顔を紅潮させて興奮していたクルセイスが、急にその場で卒倒する。
そのまま玉座に倒れ込むように腰掛けると。静かに寝息を漏らし、深い睡眠へと落ちていった。
「ふう……。頭に血が登って興奮した女性は、いっつも扱いが面倒くさいよね。理性的でなくなっているから、落ち着いてこっちの話を聞きやしないし――」
倉持が深い溜め息を漏らす。
その態度は先程までのものとは……まるで違う。
冷静で落ち着いた優等生の仮面が剥がれ。
そこには、倉持の本来のドス黒い性格が現れていた。
「また、何も知らない女王様を眠らせたのですか? フフ……。倉持様も人が悪い。あまり、うちの可愛い女王様をイジメないで欲しいものですな――ハッハッハ!」
グランデイル王国宰相であるドレイクの表情も、先程までのものとはまるで違う。
異世界の勇者である倉持と、王国宰相であるドレイクは共に不敵な笑みを浮かべて笑い合っていた。
「――で? ドレイク。そのコンビニの勇者が何たらとかの情報は、本当だったりするの? もし本当に生きているのなら、意外としぶとかったんだね、あの無能な彼方くんは……」
「カディナ地方の多くの商人達が噂しておりますので、おそらく間違いはないかと――。伝説の地竜を倒したなどと言う情報は、まだ真偽不明ですが。全員が口を揃えて『コンビニの勇者が』と申していますので、生きているのは間違いないかと思います」
「うーん、別に生きていてもいいんだけどさぁ。思ってたよりも、女王様が彼を追放した事を後悔していたみたいだし……。まあ、世間知らずのお嬢様だから、自分の手で無実の人間を罪に陥れるという経験が無かったんだろうね。一国の王様のくせに、そういう所が未熟でダメダメなクソ女なんだよね……」
倉持が舌打ちをしながら悪態をつく。
2人の態度は、とても自分達の主君である者に対して忠誠を誓う臣下のものではなかった。
「――では、どうしますか? 噂の真偽を確かめて……処分しますか?」
「そうだね。彼はたしか、『魔王に与する邪悪な勇者』という事になっているんでしょう? なら、それを口実に討伐してしまっても良いんじゃないかな。女王様へは、後でそう報告をしておけば良いし。どちらか言うと、僕はその地竜を退治したって噂の方が気になるけどな」
「伝説の地竜を、勇者が退治したとかいう話ですか?」
「うん。その『伝説の地竜』とかいうのが、どんな魔物なのかは知らないけれど――。普通、コンビニじゃ『ソレ』とまともに戦えないよね? だとすると、きっとうちの副委員長が彼の側にいたんじゃないかと僕は思う。彼女は選抜勇者の一人だし、割と有能だからね。おそらく、その地竜を退治したのも彼女なんじゃないかな」
倉持はグランデイル王国から逃亡した副委員長、玉木紗希がコンビニの勇者の側にいるのだと考えていた。それならば、色々と説明のつく事が多い。
「ドレイク。早速、コンビニの勇者を討伐する軍を編成してくれないかな? そのカディナ自治領とかいう所は、あまりうちと揉め事を起こさない方が良い相手だったりするの?」
「カディナ自治領は、とても大きな商業都市です。ですが、今回コンビニの勇者の噂が出ているのは、その周辺にある『壁外区』という場所からのようです。――あの辺りはカディナの都市部に寄生をする、貧困住民達のスラムのような場所です。なので壁の中の市民にさえ手を出さなければ、彼らは何も言わないでしょう」
「……そうなの? じゃあドレイクに全部任せちゃっても大丈夫?」
「ええ、お任せ下さい。あそこの壁の中の商人達には、私と直接商取引をしている者も多くいますからね。ちゃんと裏で取引をすれば全て上手くいくでしょう。有能な私に全てお任せ下さい!」
「さっすが〜! 伊達に『簒奪者』の称号持ちな訳じゃないよね! やっぱドレイクは頼れるなぁ!」
「ハッハッハ! それは内緒にして欲しいものですな! 倉持様!」
倉持が王国宰相であるドレイクと深く繋がっているのは、彼の能力によって、ドレイクの内面と正体を見抜いた事によるものだ。
倉持は異世界の勇者として持っている、もう一つの能力『女神の祝福』によって、上級魔法を初めから使いこなす事が出来る。
その中で、上級魔法である『鑑定』を倉持は、過去にドレイクに対して行った事がある。
――その結果。
本来、他者には見る事の出来ない宰相ドレイクの能力を、倉持は見る事が出来た。
ドレイクの能力の称号欄には――。
『簒奪者〜主君殺し』の称号が記されていた。
つまりは宰相ドレイクは、主君殺しの大罪人なのである。
グランデイル王国第三十一代目の女王とその夫を、呪いの呪術をかけて暗殺し。まだ経験の浅いクルセイスを王位につけ、彼は王国の実権を握ろうと王家の裏で暗躍していたのである。
倉持はその事を見抜いたにも関わらず、女王クルセイスにその事を伝えなかった。彼がクルセイスの母親殺しであり、大罪人であるにも関わらずだ。
……それどころか、ドレイクに自分がそれを知っている事を告げて。互いに女王を利用していこうとさえ持ちかけ、共に王国を影から操る立場に就いている。
おそらく2人は目的が一致していたので、互いに協力する道を選んだのであろう。
倉持は上級魔法『魅了』を使い、女王クルセイスの洗脳に成功している。
今や、クルセイスは倉持の言うがままだ。……それは女王を操り、王国の実権を握りたいと願う宰相のドレイクにとっても都合の良い事だった。
「では、早速『コンビニの勇者』討伐の軍を送りましょう。数は300人ほどで十分でしょうか?」
「……ううん、それじゃダメだ。出来るだけ多くの兵をそこに送り込んで欲しいな」
「300人で不足とは、その理由は一体何でしょう?」
倉持はうんうんと頷きながら説明する。
「彼方くんはいつも逃げ足が早いからね。その壁外区という場所は、貧困者が多く暮らすスラム街なのでしょう? ならその中に逃げ込まれたら、探すのが困難になると思う。だから送る兵は多い方が良いと思うんだ」
「なるほど……。たしかにそうですな。では、出来るだけ多くの兵を送り込む事にしましょう。壁の中の商人にも内部から手引きをさせて、スラムの住人にはお金でもバラ撒けば、進んで我らに協力をしてくれるでしょう。案外、あっさりコンビニの勇者の身柄を、我々に差し出してくれるかもしれませんぞ」
「アハハ。うん。それで良いと思う。じゃあ、後は頼んだよ? ドレイク」
「ハイ、お任せ下さい。コンビニの勇者と一緒にいる可能性があるという、他の勇者についてはどうされますか?」
「うーん。そっちは別に捜索する人を派遣することにするよ。無能なコンビニの勇者と違って、彼女は探すのにきっと手こずると思うからね」
「分かりました。では、そちらは倉持様にお任せ致します」
宰相のドレイクは倉持に深く一礼をすると、謁見の間から去っていった。
広大なホールの中には倉持一人と、王座に座って眠りにつく、女王クルセイスだけが残される。
「……あまり、盗み聞きは感心しないな――……。そこにいるんでしょう? 出てきなよ」
倉持が誰も居ないはずのホールで、そう話すと。
謁見の間の中央には――音もなくスゥッと姿を現した、一人の女性が立っていた。
「やあ、もう王都に戻ってきていたんですね――詩織さん」
倉持の前には、同じクラスメイトであり。
『剣術使い』の能力を持つ、雪咲詩織が立っていた。




