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第二百九十五話 彼方の守護騎士


「おいおい! こいつは、やっべーな! なんと、オレの孫娘が呼んでもねえのに、突然やって来ちまったぜ。せっかくの祖父と孫の感動の対面なんだ。ここは涙を浮かべながら、オレの胸に飛び込んできても良いんだぜ、ミズガルド?」



 自らの孫娘である、ミズガルドが現れた事に。

 夜月皇帝(ナイト・エンペラー)ミュラハイトは、さも愉快そうにその場で高笑いをする。



 そんな下劣な態度を見せる、皇祖父に対して。


 赤い髪をなびかせたミズガルドは、馬上に乗る帝国軍の騎士達に対して、攻撃の指示を出した。



「騎馬弓兵隊、あそこにいる下劣で不快な笑い方をする人間の皮を被ったサルに向かって、弓を射よッ!」



 ““ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン――!!””



 ミズガルドが率いてきた、弓を構える騎馬兵達が一斉に、夜月皇帝ミュラハイトに向けて火矢を放つ。



「………チッ……!!」


 ミュラハイトは、騎馬弓兵隊からの攻撃を避けずに。代わりに部下達であるライオン兵達を、自身を守る盾として前に立たせて、火矢の攻撃を耐え凌いだ。


「2番隊、続けて弓を射よッ!! 対象の周囲に目標を絞らず、少しずらして拡散するようにして火矢を放つのだ!」



 ““ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン――!!””



 無数に飛んでくる火矢が命中し。次々に火だるまとなっていくライオン兵達。


 ミズガルドの指示によって、矢尻に油の入った小袋を付けて放たれる火矢は、獣の体毛を持つライオン兵達の体に引火して。その全身を激しく焼き尽くしていく。


 しかも放たれた火矢は、直接ミュラハイトの体を狙っている訳ではない。


 目標を絞らず、あえてランダムな場所にバラバラに放つ事で、夜月皇帝が火矢を避けづらくしている。


 ミュラハイトが周囲に分散して放たれてた火矢を避ける為に移動すると。うっかり、夜月皇帝自身にまぐれ当たりで命中してしまう恐れもあるからだ。


 その為、ミュラハイトは矢を避けるような事はせず。部下達を前に整列させて、肉の盾を作り。その攻撃を防ぐ事しか出来ないでいた。



「この、クソ孫娘がッ……! 姑息で、うぜー攻撃ばかりしてきやがってよ……!」


 既に何度かライオン兵達との戦いを交えているミズガルドは、敵の獣人兵達の弱点を完全に見抜いている。そして効率的に戦う手段も心得ていた。



 夜月皇帝が、防戦一方に回っている間に。


 ミズガルドは、ゆっくりと俺の体を抱きしめて。俺の体に怪我がないかを、心配そうに見つめてくる。


「大変! 怪我は無いみたいだけど、完全に生気が抜けてしまったような顔色をしているわ。大丈夫……彼方? 起き上がる事は出来そう?」



「……ぁ……ぅ……」


 ダメだ。まだ微かに声を発するのがやっとだ。

 でもさっきより、だいぶ体が楽になったと思う。


 呼吸も少しずつ整える事が出来るし。ミズガルドがここに来てくれた事で、俺の体を蝕んでいた黒いシミの進行が一時的に止まったのは間違いなかった。



 俺は必死に上半身を起こそうとして、体を抱きしめてくれているミズガルドに対して、小さな声で囁く。


「ミ……ズガルド………。どうして、ここに……?」


「うん。カラム城の空を、グランデイル軍の空挺部隊がもの凄い数を密集させて飛んでいく光景を見たの。きっと南の大地で、彼方の身に大変な事が起きているんだと思って……少数の騎馬隊だけを連れて。急いでここまで走ってきたのよ」



 まさか、カラム城に残したミズガルドまでここに来てしまうなんて予想しなかった。



 ……でもダメなんだ。

 ここに来てはいなけないんだよ、ミズガルド。


 きっとミズガルドも殺されてしまう。今の俺にはそれが分かるんだ。


 俺の体を蝕むこの黒いシミは、きっと俺から何もかも奪い取るつもりなんだ……。理由は分からない。でも全てを殺し尽して、そして全ての希望も奪い去るつもりなんだ。


 ここには、夜月皇帝(ナイト・エンペラー)もいるし。グランデイル王国のクルセイスだって来ている。


 だから、今の俺に近づくいてはダメなんだ。

 ミズガルドまで、俺はもう……失いたくはない。


「ここから、逃げるんだ……ミズガルド! ここに、いたら……ダメだ。君も殺されて……しまう」



 唇が震えて、声が上手く出せなかった。


 もっとしっかりと声を出して話せたのなら。今のこの状況を、正確にミズガルドに伝える事も出来るのに……。

 ククリアや、アリス、名取達の死の事を伝えて。ここが危険な事をミズガルドに伝える事が出来るのに。


 目の前にいる夜月皇帝ミュラハイトの存在も、もちろん俺達にとっては脅威だ。だがそれ以上に、俺の後ろについている『黒い何か』の方がよっぽど今は脅威なんだ……。



 きっとミズガルドも、ククリアと同じように。


 俺の側になんかにいたら、そいつに殺されてしまうに違いないんだ。



「……ううん。私は大丈夫だよ、彼方。私は絶対にあなたのそばをから離れないから、安心してね!」


 ミズガルドは、苦しそうに冷や汗を浮かべている俺の額を、そっとハンカチで拭ってくれた。


「ミ、ズガルド………」


「私は、彼方の事を守る『彼方の守護騎士』なの。だから必ず、あなたをこの命にかえても守り抜いてみせるわ!」



 ミズガルドは、そっと俺の体を静かに大地に寝かせると。


 銀色の長剣を鞘から抜いて。ライオン兵達に向かって真っ直ぐに剣を構えた。



 俺はなぜか……ミズガルドが見せるその後ろ姿に、不思議な安堵感を感じてしまう。



 これだけの数のライオン兵達が周囲にいるのに。


 例えミズガルドが剣の達人であったとしても、絶対に一人で敵う相手ではないのに。


 それなのに、俺を守ろうとしてくれる女騎士の後ろ姿には……絶対に誰にも負けない、『強い意志』を感じさせるものがあった。


 そしてその背中は、この世界の誰よりも、俺にとってはたくましく感じられるものだったからだ。



 ――気付いた時には、ミズガルドと共に来ていた帝国軍の騎馬弓兵隊は既に……。周囲を取り囲むライオン兵達の攻撃によって全滅させられていた。


 当然だろう。兵力の差は歴然だし、あまりにも多勢に無勢だったのだから。


 ミズガルドの連れてきた騎馬隊は、せいぜい30人ほどしかいない少数部隊だった。俺を助ける為に、少数の騎馬隊だけで、急いで駆けつけてきたのだから当然だ。


 火矢の攻撃で奇襲に成功したからといって。まだ1000匹近い数が残っている、夜月皇帝のライオン兵達を圧倒出来る訳がない。



「あーらら……。気が付いたら一人ぼっちの、『ぼっち皇帝』になっちまったみたいだなぁ? ミズガルドよ」


「お前と同じ皇族の血が、この体に流れていると思うだけで寒気がするな。だが、それはもう……どうでも良い。私はここで、私の最愛の人を守り抜かせて貰うだけだからな」



 ミズガルドは剣先をミュラハイトに向けて、そう力強く宣言した。


「……ん? お前って、そんな女々しい口調をするような奴だったっけか? まぁ、いいか。俺にとっては楽しく遊べるオモチャが増えただけだしな。コンビニの勇者をなぶり殺す前に。お前をここで裸にひん()いて、辱めてやってもいいんだぜ、ミズガルド?」


 ミュラハイトが『ひゃっひゃっひゃ〜っ!』と、下卑た笑い声をあげて、孫のミズガルドを嘲笑うかのような態度をとる。



 ……クソッ! あの野郎、マジで最低のクソ野郎だなッ! 

 俺の体が動いてくれたなら、体の破片1つ残らないくらいに、この世から抹消してやるのに……!



 俺は全身に力を込めて、なんとか体を動かそうとするが……。ダメだ、指先を動かす事さえまだ出来ない。まだ呼吸を整えるのがやっとだった。



「……その台詞(せりふ)。とても、皇祖父が口に出すような言葉とは思えぬな。良かろう、かかってくるが良い。私はこの剣に誓って、ここで彼方の身を守り抜く事を誓ってみせようではないか!」



 ミズガルドの騎士としての宣誓を聞いたミュラハイトが、再び、腹を抱えて大笑いをする。


「よーし、よしよし、そいつは面白いな! お前が頑張って、どこまでそこに倒れている役立たずの勇者を守り通せるのか。祖父として、この目でしかと見届けてやるよ! おい、一匹ずつ順番にミズガルドに向かっていけ。もし倒せたなら、今度はその数を増やしていく。お前が何体の獣人兵(ビースト)を倒せるのか、しっかりとここで見学させて貰うぜ!」



 夜月皇帝の指示を受けて。まずは集団の中から、屈強な体格をしたライオン兵が一匹だけミズガルドの前に出てきた。


 そして、凄まじい咆哮を上げて。

 剣を構えるミズガルドに向けて、いきなり襲い掛かっていく。



「……ミズ……ガルド。やめろ、逃げるんだ……ッ!」



 ミズガルドは、その場から一歩も動かなかった。


 静かに剣を低く構え。空気の流れを読むようにして、両手で剣の(つか)の部分をしっかりと握りしめている。



 そして――、



「―――ッ!!」



 “――ドシュッ――!!”



 大きな咆哮を上げて、ミズガルドに襲いかかっていったライオン兵の動きが……ピタリと止まった。


 ライオン兵の胴体は、いつの間にかに斜めに切り裂かれていて。綺麗な切り口の断面を残して、真っ二つに引き裂かれていく。


 その様子をじっと見ていたミュラハイトが、素直にミズガルドの卓越した剣(さば)きを褒め称えた。



「ほーう、実に鮮やかだな! 何も能力(スキル)を持たない一般人のくせに、全く見事なもんだぜ……!」


 確かにミズガルドの剣は、騎士としては本当に一流だった。


 向かってくる敵の勢いを殺さずに。そのまま受け流すようにして、ライオン兵の体を柔らかく切り裂いている。


 身体能力値が高い、異世界の勇者であるこの俺でさえ。あの並外れた筋力を持つ、ライオン兵との肉弾戦では苦戦をするというのに。


 スキルを持たない生身の人間であるミズガルドは、剣の技術だけで、敵を見事に切り裂いてみせたのだから。



 ”パチパチパチパチパチ――!”



 思わぬ孫の活躍に感銘を受けたように。両手を力強く叩いて、ミズガルドに対して拍手のエールを送るミュラハイト。


 そしてミュラハイトは、涼しい顔で更にこう告げてきた。


「よーし、じゃあ今度は2匹まとめて相手をして貰うぜ! その次は3匹同時にだ! そしてその次は4匹同時だからな! 一体、お前が何匹まで獣人兵の相手が出来るのか、マジで楽しみだぜー! 孫の成長ぶりをこんなに間近で見れるなんて、オレは本当にラッキーだよな! さあ、ミズガルド、どんどん殺し合いを進めていこうぜッ!」



 俺を守る為に、剣を持って構えるミズガルドの前に。


 今度は同時に2匹のライオン兵達が立ちはだかり。鋭い爪を振り上げながら、一斉にミズガルドに向かって襲いかかっていった。


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