第二百九十四話 コンビニの勇者を蝕む闇
「……ミュラ……ハイト!?」
俺の前方には、屈強なライオン兵達を引き連れた、夜月皇帝のミュラハイトがいる。
凄まじい数のライオン兵達が、後方に控えているのが見えた。きっと夜月皇帝は、女神の泉の周辺にいた2万匹近い数のライオン兵達を、全てここに引き連れてきたのだろう。
俺の姿を確認したミュラハイトは、上空から落下して来ている、グランデイル王国軍の『白蟻魔法戦士』隊を見て――ニヤリと笑ってみせる。
「おいおい、グランデイルの小娘もここにやって来やがったのかよ……。まあ、いずれあの女も半殺しにして、女神の泉に生きたまま沈めてやろうと思ってたからちょうど良いな。……ん? でも待てよ。グランデイルの小娘は確か遺伝能力者だったよな。じゃあ、女神の泉に放り込むのはやめて、公開処刑にしてやるか」
ハッハッハッと、両腕を組みながら嬉しそうに大笑いをするミュラハイト。
その様子を見て、俺は確信した。
きっとコイツは……生粋の『遊び人』なんだと。
明確に世界を支配したいとか、魔王を打倒して全ての人々に崇められたいとか。そんな崇高な意思がある訳じゃない。
ただ、自分が面白い。愉快だと思った事を全力で楽しむ根っからの酔狂人だ。
人と違った事をして、目立って、楽しんで、バカ騒ぎが出来ればそれで満足をする。
その為には、人の生死や不幸など全く顧みない。ある意味……本当にこの世界にとっての癌となる、真性のクズ野郎って事だ。
「よーし、とうとうオレの兵隊達の世界デビュー戦の開始だな! おい、全軍を引き連れて必ずグランデイル軍を全滅させてこい! あと、グランデイルの小娘は必ず生け取りにしろよ! 親玉の白アリの女王の情報も小娘から聞き出さないといけないからな!」
『ヴオオオォォーーーン!!!』
ミュラハイトの指示を受けたライオン兵達は、大きな咆哮をあげてその場で雄叫びを上げる。
そして大地を駆け抜ける、本物のライオンの群れのように。
一斉に、空から降下してくる白アリの大群に向けて突撃を開始していく。
おそらく一匹一匹の単体の力では、夜月皇帝の率いるライオン兵の力の方が、グランデイルの白蟻魔法戦士を遥かに上回っているだろう。
後は、数で上回る白アリ達が、野生の獣であるライオンの群れを圧倒出来るかどうかという所か……。
多くの部下達をクルセイスの元に向かわせたミュラハイトが、また俺の方へと向き直る。
数万を超える大軍を前線に送り込んだとはいえ。
まだ、ミュラハイトの元には1000匹近い、ライオン兵達が周りにひしめいていた。
「よーし、それじゃあコンビニの勇者の公開リンチ……いや、公開処刑といこうじゃないか! もしまた、あの青い波動の魔法攻撃をしようといているなら無駄だぜ? ここに残したのは動きの素早い、獣人兵達ばかりだからな。オレに飛び道具を当てようたって、そうはいかないぜ!」
夜月皇帝ミュラハイトは、相変わらず神輿の台座のような場所にあぐらをかいて座り込み。それを屈強な4匹のライオン兵達に担がせている。
おそらく、奴の言う通り。あの台座を担いでいるライオン兵達は、厳選されたエリートの騎士達なのだろう。
女神の泉の時と同じように、俺が例え狙いを定めて守護衛星から青いレーザー砲を放っても。ミュラハイトを正確に仕留める事は困難に違いない。
「くっ……、こんな時に……うっ……?」
おかしい……!
口が硬直していて、舌を動かす事が出来ない。いや、それだけじゃないぞ。
手も、足も、俺の体全体が全く動かなくなっている。
指先もずっと震えていて、体の自由が効かない。
これじゃあ、スマートウォッチを操作する事も。
コンビニを呼び出す事も。下手をすると、言葉をしゃべる事さえも、ままならないぞ……。
一体、何なんだ、コレは……?
先ほど、俺の手の先に広がり始めていた黒いシミ模様は、既に俺の全身にまで広がっていた。これはまさか、『呪い』か何かの効果なのだろうか?
最初は、ククリアが目の前で消失してしまった精神的なショックで、心が動揺をして。体が上手く動かせなくなってしまったのだと思った。
でも、違う……! この黒いシミは、確実に俺の体全体を蝕んでいっている。
口を動かす事も、舌を動かす事も苦しい。呼吸がまるで出来ない……。このままだと、本当に俺は何も出来ない状態になってしまうぞ。
「――さあ、コンビニの勇者がどの程度の力の持ち主なのか、オレにしっかりと見せて貰うぜ! お前達、この男の首を食いちぎってしまえ――ッ!!」
『『ウゴオオアアァァァーーーーッッ!!』』
数十匹を超えるライオン騎士が、一斉に俺に飛び掛かってくる。
俺には、何も出来ない。抵抗なんて出来っこない。
なぜならこっちは、ほとんど寝たきりの病人のような状況になってしまっているからだ。これじゃあ逃げ出す事も、コンビニの能力を使って反撃する事も、何も出来やしない。
飢えた野獣の群れに狙われた、白いウサギのように。
身動きの取れない俺は、格好の餌食となって。
鋭い牙と爪を剥き出しにした凶暴なライオン兵達によって。一斉に群がられていく。
そして――。
””ドシュッーーーーーーッ!!!””
コンビニの勇者の体から、緑色の光が発せられて。
俺に群がっていたライオン兵達が、一斉に遠くに弾き飛ばされた。
「……ハァ……ハァ……ハァ……」
今のは、コンビニ店長服の自動防衛機能か?
俺の命の危機を守る為に、どうやら自動発動して敵をまとめて弾き飛ばしてくれたらしい。
「おーい、おいおいおいッ! 何だ、今のはよぉー? まさか『無敵』だとか言うのは勘弁してくれよな? いくら異世界の勇者がチート性能持ちだといっても、襲っても死なない無敵能力なんてあったら、それは流石に反則過ぎなんじゃねぇのか?」
クックック……とミュラハイトが愉快そうに笑う。
口では反則だと呟いておきながら。ミュラハイト自身は、俺のコンビニ店長専用服の無敵ガード機能が有限である事を見抜いているのだろう。
もし、本当に無敵。あるいは『完全なる不死』を実現した勇者がいるのだとしたら……。それを求めて女神教徒達は、魔王種子を探そうとなんてしないはずだ。
つまり俺の無敵ガード能力には限界があると、ミュラハイトは完全に見抜いてやがるんだ。
「……フン。どうやら、コンビニの勇者は何らかしらの事情で弱っちまってるみたいだな。だが、このオレが病人を倒すのは気が引けるとでも思ったか? オレはそんな事は全くお構いないだぜ? 今、世界を救うと噂されているコンビニの勇者をこのオレが始末すれば、オレの知名度は鰻上りに上がっていくだろうからな。グランデイルも、コンビニの勇者もまとめて倒したオレは、まさにこの世界の救世主になれるんじゃねえのか? ハッハッハッ!」
台座に座りながら、高笑いをするミュラハイトが再び俺に向けて攻撃の指示を出す。
すると、今度はさっきよりも数の多いライオン兵達が一斉に俺に向けて襲いかかってきた。
――クソッ……!
反撃をしたくてもこれじゃ、何も出来ない。
コンビニ店長専用服の無敵ガードは、あと2回発動可能だが。この様子じゃ、すぐに敵によって無力化されてしまうだろう。
「………あ………ぅ………」
どうやら俺の体を侵食する黒い模様の呪いが、体の内側も蝕み始めたらしい。
夜月皇帝のライオン兵達に、命を刈り取られるより先に。
黒いシミによって、俺の体の内部が破壊され。心臓の筋肉が止まって、生き絶える方が先かもしれないな……。
きっと、この黒いシミの模様は……俺の絶望や虚無の感情と連動しているんだ。
俺がもう、生きていてもしょうがない。
この世界に希望は無いと、虚無の感情に支配されると。黒いシミはどんどん体の隅々にまで広がっていく。
つまり、それだけ今の俺は『絶望』の闇に落ちてしまっているという事だ。
ククリアの死を目の前で見せられ。その死に方から。ティーナもきっと、もうこの世界で生きてはいないんじゃないか……という確信が強くなってしまった。
だから心のどこかで、もう死んでしまいたい。
逃げ出したい。こんな世界で、このまま生き続けていたくはないって、思ってしまっている俺がいる。もう、何をしても無駄だ。何をしても報われる事なんてない!
そう――何をしても。
もう二度と俺の隣で、ティーナが笑ってくれる事は無いのだから。
そんな世界で生き続けて、希望なんて……。今の俺にある訳が無いじゃないかよ。
””ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン――!!””
俺に襲いかかって来た、無数のライオン兵達に突然――空から矢の雨が降り注いできた。
それも普通の矢じゃない。先っぽに油袋を付けて、矢尻の先に小さな炎が付いている『火矢』だ。
『ウガアァァアアァァーーーッッ!?』
油袋の付いた火矢をまともに食らって。
体中に炎が燃え広がったライオン兵達が、慌てふためいてその場から逃げ出していく。
火を消せるような、大量の水のある池や川なんてこの辺りには無い。全身から生えている獣の毛に炎が引火した獣人達には、燃え盛る炎を自力で消す手段が何も無かった。
次々と飛んでくる無数の火矢によって。俺の周りを囲んでいたライオン兵達が、道を開けて逃げ出していく。
そのわずかな隙をついて――。
“ヒヒーーーーーーン!!”
颯爽とした馬捌きで、全身に赤いバーディア帝国の鎧をまとった騎馬隊が、俺と夜月皇帝達との間に強引に割り込んできた。
数十人を超える騎馬隊を指揮していた、騎士達の中心にいた女性がすぐに馬から飛び降り。地面に倒れている俺の元へと駆け寄って来た。
「――彼方、大丈夫!? 怪我をしているの? 体は動かせる?」
俺の頭を持ち上げるようにして。優しく俺の全身を抱きしめてくれたのは……赤い鎧がとても良く似合う、美しい顔をした女騎士だった。
「………ぁ……ぅ、ミズ、ガルド……?」
わずかだが、何とか絞り出すようにして口から声が出せた。
どうやら俺の内部に広がっていた、黒いシミの進行が少しだけ止まったらしい。
「うん、私だよ……彼方! 安心してね……私が必ずあなたを守ってあげるからね!」
俺の頭を愛おしそうに抱きしめている赤い騎士様は、眩しい天使のような笑顔で俺に微笑んでくれる。
そう、俺を助けに駆けつけてくれたのは、バーディア帝国皇帝のミズガルドだった。
ミズガルドは、俺の目を真っ直ぐに見つめて。
心底、俺がまだ無事だった事を安心したように。両目から溢れるくらいに大粒の涙を流しながら、力強く俺の体を抱きしめてくれていた。




