第二百九十三話 消えていく仲間達
俺が半泣きになりながら叫んだ言葉に――。
ククリアは大きく動揺して、俺の手を掴みながら、必死の形相で問いかけてきた。
「な、何ですって……!? それは……本当なのですか、コンビニの勇者殿!?」
驚愕の表情を浮かべて。ククリアは俺の手を握りながら、真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
俺は呼吸を乱しながらも、微かに声を絞り出すようにして……。
唇をブルブルと震わせながらようやく、ククリアに全てを伝える事にする。
「大声を出して、本当にすまなかった。でも、今話した事は全部……本当の事なんだ、ククリア」
俺はククリアに、先ほどまでに俺の身の回りで起きた全ての出来事。そして俺が確かめたみんなの生死についても。現在の状況を包み隠さず、全て正直に話した。
俺からの話を真剣に聞いていたククリアは、時折り小さな体を震わせるようにしながら、目に涙を浮かべ。
最後までずっと、無言で俺の話に聞き入っていた。
「まさか、そのような事が起きているなんて……。コンビニの勇者殿。ボクにもこのは様の死体を、確認させて頂いても良いでしょうか……?」
「ああ、それはもちろん構わないよ……。ククリアが冬馬このはの死を確認したいと思うのは、当然の事だ」
俺はロングコートのポケットから、コンビニ支店1号店のカプセルを取り出す。
そしてそれを、目の前の大地に投げて。再びコンビニを呼び出そうとした所で――。
カプセルを持つ手を……ククリアによって、突然止められた。
「……どうしたんだ、ククリア?」
「コンビニの勇者殿――。確かにボクには、冬馬このは様のお体を、直接この目で確認したいという気持ちがあります。ですが今は、一刻の時間を争う時です。ボクはコンビニの勇者殿の言葉を全面的に信じていますので、改めて確かめる必要はないでしょう。残されたボク達は、これからの事を考えなくてはいけません」
「そんな……!? 紫魔龍公爵にとって最も大切だった冬馬このはが亡くなったんだぞ? それを自分の目で確かめないなんて……。ククリア、君は本当にそれでいいのか?」
俺は思わず、驚きの声をあげて。ククリアの顔をじっと見つめてしまう。
――だが、ククリアは強い決心を秘めた顔つきで、俺に話しかけてきた。
「……もう、このは様が亡くなってしまっているのなら、ボクが直接確かめても、残念ながらその結果は変わりません。生き残った者は、その後の未来を見つめて生きていかないといけないのです」
その後の未来だって?
こんな地獄のような未来を、ククリアは素直に受け入れて生きていくというのか!
もしかしたら、俺が大嘘をついてるだけかもしれないじゃないか! 大切な冬馬このはの安否を自分の目で確かめず。俺が話した内容を、そのまま全て信じるだなんて……。
「コンビニの勇者殿……。ボク達は今、こうして生きてきます。ボクはコンビニの勇者殿の事を、心から信頼しています。なので、その言葉に嘘偽りが無い事は分かるのです。このは様は確かに死んでしまったのでしょう。そして、そうならば……今後、ボクとコンビニの勇者殿は何を為すべきかという事を、しっかりと見据えて行動しないといけません」
「冬馬このはが死んだという現実を受け入れて。君は、これからの未来を生きていくというのか……。ククリア、君はどうしてそんなにも強く生きていけるんだ? 俺には、まだ……。この残酷過ぎる現実を、到底受け止めきれないでいるというのに……!」
ククリアは、ゆっくりと俺の顔を見上げて。
俺の手を、その小さな両手で再びしっかりと握り直してくれた。
「もちろん、ボクも悲しいのです。でも……ボクや、コンビニの勇者殿がここで、悲しみに明け暮れて。何もせずに敵に殺されてしまう事を、亡くなったアリス様や名取様、そして、このは様もきっと望まないでしょう。コンビニの勇者殿はコンビニ共和国のリーダーですし、ボクもドリシア王国の女王なのです。ボク達の事を必要としてくれて、その帰りを待ってくれている人々がいる以上。ボク達はここで立ち止まる訳にはいかないのです」
「ククリア……」
ククリアが目に大粒の涙を浮かべながら、俺に語りかけてきていた。
その目を見れば分かる。ククリアだって、冬馬このはが死んだという現実を、決して受け入れられている訳じゃないんだ。
だけど俺達は、前を向いて生きていかないといけないと、必死にそれを伝えようとしてくれてるんだ。
「コンビニの勇者殿。あなたにとって最も大切な人であるティーナさんは、まだ生きている可能性があるのです。ならば、あなたは決してこんな所で立ち止まっていてはいけません。きっと今……この瞬間も。コンビニの勇者殿が助けに来てくれる事を、ティーナさんは待ち続けているに違いないのです。……さあ、一緒に立ち上がりましょう。まずはこの場から離れて。安全な所に向かう事にしましょう!」
ククリアが地面に両膝をついて座り込んでいる、俺の目をじっと見つめて。涙目のままニコリと笑いかけてくれた。
その優しい顔を見て。小さな少女の体をしたククリアに、こんなにも強く励まされた俺は……。
やっと、心の中を覆っていた『虚無』から解放されたような気がする。
――そうだ。俺は何を惚けていたんだ。
ティーナが俺の事を待っているんだぞ。今も俺に助けを求めているというのに……異世界の勇者である俺が、こんな所で震えて、立ちすくんでいたら、絶対にダメじゃないか!
俺が必ず、ティーナを救い出すと誓ったんだ。
だから今すぐにでも……俺達はここから出発をしないといけない!
「……ククリア、本当にありがとう! よし、まずはここからいったん離れよう! グランデイル軍と夜月皇帝の軍勢がぶつかり合い、互いに消耗している間に、どこかに隠れてやり過ごすんだ」
「分かりました、コンビニの勇者殿!」
俺の手を両手でギュッと握ってくれていた、ククリアが……。
今度は突然、その場で俺の顔を真っ直ぐに見つめながらピタリと固まってしまった。
「――ん? 今度はどうしたんだ、ククリア?」
ククリアの顔が、目が……。
まるで何かに見惚れているかのように。俺の背後に視線を固定させて、その場で静止している。
「こ、コンビニの勇者殿の背後に、黒い、じょせ……」
「えっ、黒い? 何だ、俺の後ろに何かいるのか?」
俺は慌てて上半身を回転させて、後ろを振り返ってみた。
――そこにはもちろん、何もなかった。
ククリアが急に青白い顔をして、俺の背後を見つめてきたものだから……。ついつい俺は、不安になってしまったけど。
何だ、ビックリしたじゃないか。俺の後ろには何もいなかったぞ。
「ククリア、俺の後ろには何もなかったけど。一体、どうしちゃったんだよ……」
俺は、わずかほんの数秒の間。ククリアの両手を握りながら後ろを振り返っただけだった。
それなのに、再び正面に向き直ってみると――。
そこには、先ほどまで目の前にいたはずの『ククリアの姿』が忽然と消えていた。
「えっ……? ククリア? 一体、どこにいったんだ?」
そんな馬鹿な、何でククリアがいないんだ?
そんな事、あり得るはずが無いじゃないか。だって……俺はククリアの両手をずっと握っていたんだぞ!
現にこうして、俺の手にはまだ――。
ククリアの小さな手の温もりが、ちゃんと残って……。
俺はククリアを見失って。周囲をキョロキョロと回していた自分の視線を、少しずつ下に落としてみる。
そして、俺の手に握られていたのは……。
さっきまでそこにいたはずの、ククリアの姿は見えないのに。その小さな『両手』だけは、俺の手をまだ強く握ったままの状態で、空中にプランと浮かんでいた。
「えっ……えっ……? ククリ……ア………?」
……手の震えが、止まらない。
心臓を誰かに掴まれてしまったかのように、鼓動が高鳴り続けている。
「そんな、そんな……。何なんだよコレ? 俺がホラー系の映画が苦手なのを知っていて、みんなで俺を怖がらせようと、からかっているんだよな……アハハ……」
俺の両手には……。
先ほどまで目の前にいて、笑ってくれていたククリアの、小さな手だけがまだ残されている。
まるで何かに手の先以外を、全て食いちぎられてしまったかのように……。
ククリアの両手は俺の手を強く握ったまま。
その根元の部分から切り落とされ、大量の血が地面に流れ落ちていた。
「……あ、ぁ……あ……ぅ……嘘だ………!」
もう、言葉が喉から出てこない。
全ての出来事が、俺の理解の範囲をとっくに超えすぎている。
何で目の前で俺の手を握っていた、ククリアの手だけがここに残されていて。『他の部分』は一体、どこに消えてしまったというんだよ……?
何でこんなにもククリアの手からは、大量の血が流れ落ちてきているんだよ。
これじゃあまるで、地下シェルターに残されていた『ティーナの手』と同じような状況じゃないか……。
つまりは、ティーナもこうして。
何者かによって、その体ごと全てを……この世界から消されてしまったんじゃ……。
「うわあああああああああっっっーーー!!!」
俺思わず、ククリアの手をその場に落としてしまった。
「……何なんだよ、コレは!? 何なんだよ、何なんだよ、コレはああぁぁぁ!? 一体何が、どうなっちまっているんだよおぉぉぉーーッ!!」
絶望と虚無にまみれた俺の叫び声は、高原の空に大きく響き渡っていく。
「ハァ……ハァ……ハァ………」
呼吸が苦しい。息を吸うのも辛い。
酸素を吸収するのをもう、止めてしまいたい。
だってそうすれば……もう。きっと安らかな『終わり』を迎えられるのだから。これ以上、大切な仲間の死を見ずに済むのだから。
この絶望の悪夢は、いつになったら終わるんだ?
いつまで、この悪夢は俺の精神を追い詰め続けるつもりなんだよ……?
ふと手を見ると――。
俺の両手の先が、黒く染まりかけているのが分かった。
何だ……? この黒い模様は?
火傷の跡でも無い、不思議な黒い模様がじわりじわり……と、俺の体全体を覆い尽くそうとしているように見えた。
そんな、絶望に打ちしがれていた俺の耳に。
本当に耳障りで不快な男の声が、また追い打ちをかけるかのようにして聞こえてくる。
「よおーーっ! やっと見つけたぜー! コンビニの勇者さんよー! オレの部下達をたくさん殺しておいて、いきなり目の前でトンズラするのはずるいよなぁ? キッチリとここで、落とし前をつけさせて貰うぜ、コンビニの勇者さんよぉ!」
俺の背後には、いつの間にかに……。
数千匹を越えるライオン兵を引き連れた、夜月皇帝ミュラハイトの大軍勢が、ぐるりと俺の周囲を取り囲んでいた。