第二百九十一話 醒めない悪夢の続き
……ここは、本当に現実なのだろうか?
どこかで俺は疲れて、眠りについてしまい。
ベッドの上で酷い悪夢を見ながら、うなされているだけなんじゃないのか?
周りを見渡せば……一面、真っ赤に染まっている。
アハハ……。きっと俺は多分、いつの間にかに敵に殺されてしまったんだ。そしてそのまま真っ逆様に地獄に落とされたとか、そんなんじゃないのかな?
例えここが地獄なんだとしても。何だか俺のよく知っている、コンビニの地下シェルターにそっくりな場所な気がする。
知ってるか? ここは俺とティーナが魔王の谷の底で、約1ヶ月間一緒に暮らした想い出の場所だったんだぞ。……まあ、本当の意味での場所は、コンビニ本店の地下シェルターなんだけどさ。見た目は一緒だからほとんど同じだろう。
あの頃は、本当に楽しかったよなぁ。
外には巨大な魔物達がたくさんいて、地下シェルターから全然外に出られなかったけど。俺はちっとも孤独なんかじゃなかった。
だってティーナがずっと『彼方様』って、呼びかけてくれて。いつでも俺の隣に座ってくれていたんだから。
2人だけで過ごしたこの密室の空間で、俺はティーナと色んな事を話したっけ……。
俺が住んでいた日本の事。そして、実家で飼っている子猫のミミの事も話したりして……。そう、ちょうどこの白く綺麗な手で、俺の手をずっと握り続けてくれたんだよ。
俺は真っ赤に変わり果ててしまった、想い出の地下シェルターの中で。
両手で大切に抱えていた、細くて白い『ティーナの左手』をマジマジと両目で見つめながら……。
急に、俺は我に返り。
現実の世界へと、強制的に引き戻されてしまった。
「うわぁぁああああああああああぁーーーッ!?」
思わず、ティーナの手を落としそうになって。
慌てて俺は、それを強く抱きしめる。
「ハァ……ハァ……ハァ………!」
呼吸のリズムを必死で調整する。
バランス良く吸う事と、吐く事を交互に繰り返さないと。あまりのショックで、過呼吸に陥ってしまいそうだった。
「落ち着け……とにかく、落ち着くんだ!」
俺は一体、どれくらいここで放心状態になっていたんだ? 数分か? それとも10分くらいか?
俺にはやるべき事がまだあるはずだ。ククリアだって、きっとすぐにここに戻ってくる! だから、こんな所でずっとボ〜っとしている訳にはいかないんだ。戦えッ! 今この場で起きている現実を直視しろ!
俺は改めて、今の状況を整理する事にする。
コンビニの地下シェルターの中は、人間の血で真っ赤に染まっている。そして床には、切り刻まれた人間の体の残骸が無数に飛び散っていた。
ここには、ティーナ、フィート、アリス。倉持、名取の5人がいたはずなんだ。……いや、隠していた冬馬このはの体を含めれば、全部で6人か。
みんな、ここで本当に死んでしまったのだろうか?
生存者は残っていないのか……?
まずは、それを急いで確かめないといけないだろう。
真っ赤な地下シェルターの中をくまなく見回してみたけど、やはりここには誰もいないようだった。念の為、奥のシャワールームや、トイレの中も覗いて見たが、中には誰もいなかった。
俺は震える手で……ゆっくりと床に散らばっている、みんなの体を構成していた肉体のパーツの1つ1つを確認していく事にする。
俺が今、大切に握りしめているのは、間違いなく……『ティーナの手』だ。
どんなに一流の検視官が調べて、分からなかったとしても。俺にだけは分かるんだ。これは、この手は、ティーナの左手で間違いないんだ!
だとしたら、他の体の部分もこの部屋のどこかには転がっているのだろうか? 例えばティーナの、首の部分とか……。
「ぐぅぼおぇええぇぇ……!!」
シェルターの入り口付近に落ちていた、名取の首の事を思い出して。俺は思わず、その場で嘔吐してしまう。
これは、なんていう精神拷問なんだよ……。
大切な仲間であるみんなの体を……。なんで俺が、バラバラになったジグソーパズルを探し当てるゲームみたいに、探し回らないといけないんだ。
だが――、ここは覚悟を決めてやるしかない!
本当に全員がここで死んでいるのか。それをまず確かめないと、何も始まらないからな。
それにもし……。もしかして……だ。
ここに落ちていたのは、ティーナの『左手』部分だけで。
もちろん手を切られたティーナは重傷を負っているだろうけれども。今もどこかで生きている……という事だってあり得るじゃないか。
だから、まずはしっかりと確かめないと!
みんなの生死をちゃんと確定させないと。ここで、誰が死んでいて。そして、もしかしたら生きているかもしれないメンバーがいるのかを……調べないといけない。
俺は血の池と化したシェルターの床で、元は人間の体の一部であったパーツを、順番に全て検視していった。
手に取った体の部位を見て。『これは……名取の足か……』と心の中で呟き。それがティーナの体では無かった事に安堵するたびに、自分自身に吐き気がする。
大切な仲間の体がバラバラにされてしまっている光景を見て。手にしたパーツが、ティーナのものじゃない事だけを心から願ってしまうだなんて……。俺は何て最低なクズ野郎なんだろう。
「………これで、一通り見終えただろうか」
身に付けていた着衣の断片。確実にそれが誰のものなのか分かるアイテムなどを頼りに。俺がみんなの体を順番に検視をしていった結果――。
ある一つの、最終結論に達した。
ここに転がっている、バラバラの死体は……。
『結界師』の名取。
『回復騎士』の遺伝能力を持つアリス。
そして『動物園の魔王』である冬馬このは。
後は、おそらく倉持のものと思われる男の右腕が1つだけ転がっていた……という内訳になっていた。
名取とアリス、そして冬馬このはについては、その証拠となる本人の『首』が落ちていた為。死亡は確定だ。
でもティーナの体は、俺が見つけた『左手』のみだった。
そして同様に倉持も、右腕が1つだけ落ちているだけで。他の体の部位はどこを探しても、見つからなかった。
そして最後に……。もふもふ娘のフィートの体だけは、どこを探しても、この地下シェルターの中からは何も見つけ出す事が出来なかった。
つまり、名取とアリスと冬馬このはの死亡は確定。
ティーナと倉持は体の一部分だけを切り取られて、行方不明。フィートは完全に消息不明。
……というのが、この地獄のような有り様に変わり果てた地下シェルターの中の惨状だった。
「ティーナが、まだ生きているかもしれない……」
その事が最後の希望となって。
俺は生きる気力を取り戻し始めていく。
……でも、左手を失っているんだ。大怪我をしている事は間違いないだろう。だからどこかで生きているのなら……すぐに探し出して、手当てをしてあげなくてはいけない。
地下シェルターでの検視を終えた俺は、いったんコンビニの事務所に戻る事にした。
仲間の死体を何度も見つめて、触って。
俺の脳は、既に限界ギリギリのラインにまで破綻しかけている。だけどまだ、自暴自棄に陥ってしまう訳にはいかなかった。
ティーナは、きっと生きている。
そして今も、俺に助けを求めているかもしれないのに。俺がこんな所で、1人で絶望している訳にはいかないんだ!
「…………」
倉庫からお茶のペットボトルを1つ持ってきた。
カラカラに乾いた喉を、少しでも潤したかった。
そして血まみれになった両手も、ちゃんと拭いておきたかった。
途中、もしかしたら……コンビニのどこかにティーナが隠れているかもしれないと思って、念入りに見て回ったけど。
やはり店内にも、倉庫にも、トイレにも、ティーナの姿はみつからなかった。
それにしても、どうしてこんなに悲惨な事件が起きてしまったんだろう?
コンビニの地下シェルターは、確実に安全が確保されているはずだった。それは今まで何度も経験したきた事だから間違いない。
もしかして、シェルターの中にライオン兵が入り込んでしまっていたのか?
……いや、それならそいつの死体はどこにいったんだ?
少なくとも、地下シェルターの中で『戦い』が起きたような形跡は全く無かった。
考えたくはない事だが……。負傷したフィートが、他のライオン兵達のように、突然理性を失い。獣人化の副作用で暴れ出して、みんなに襲いかかったとか……?
それなら、何で地下シェルターから消えてしまっているメンバーがいるのだろう? それに肝心のフィート自身も姿が消えてしまっている。
そもそも地下シェルターの中は現実の空間とは違い、別次元の空間にある仕様になっていたはず。
だから、他の者が次元を跨いで地下シェルターの中に入り込んでくる事も。または、俺がカプセルとしてコンビニをしまっている間は、外に出る事も出来ないはずなのに……。
以前の黒ヘビのように。空間や次元を飛び越えて襲ってくるような敵でもいない限りは……敵に襲われるような心配など何も無かったはずなんだ。
そして、眠っていた魔王……『冬馬このは』の体も今回はバラバラにされていた。更には冬馬このはの魔王種子である、『心臓』もその胴体からは抜き取られていた。
という事は……地下シェルターの中に、女神教の関係者が混ざっていたという事なのだろうか?
まさか、消えたフィートが。魔王種子を狙って何かを企んだのか……?
くそ……! 考えても何も分からない!!
ティーナは、ティーナは一体……どこに消えてしまったというんだ!
頭を抱えて、1人で事務所の椅子に座っていた俺のもとに。
今度は突然、外から大きな轟音が聞こえてきた。
「この音は……? もしかして、ククリアが戻ってきたのか?」
俺は慌ててコンビニ支店の外に飛び出す。
そして俺は、再びコンビニの外で。驚愕の光景を目にする事となった。
まだ太陽が登りかけている、早朝の時間帯。
迷いの森を抜けた高原の上空には、巨大なドラゴンの群れが大空をビッシリと埋め尽くしていた。
空に浮かぶ大量の巨大飛竜達に付けられている、白い旗に刻まれた紋章に……俺は見覚えがある。
「そんな、まさか……? この最悪のタイミングで、こいつらまでここにやって来てしまうなんて!」
巨大な飛竜部隊の上には、無数の白い鎧を着た魔法戦士達が乗っている。
それはグランデイル王国が誇る『飛行竜戦艦』部隊による大艦隊だった。
「くそ……! こんな時によりにもよって、あのクルセイスまでここにやって来たっていうのかよッ!」