第二百八十七話 女神の泉の攻防②
カラカラに干上がった女神の泉の中に取り残されている俺達の頭上から――。
獰猛なライオン騎士達が、まるで豪雨のように無数に空から降り注いできた。
「きゃああああぁーーーーッ!!」
アリスやティーナの叫ぶ、大きな悲鳴が聞こえてくる。
クソッ……! これは、マジでヤバいぞ!
まずは、こっちに降り注いでくるライオン兵達を何とかしないと!
「――名取! お前の能力で、女神の泉の周辺にライオン兵達を退ける事が出来る、防御結界をすぐに張ってくれ!!」
「…………」
俺からの指示に、名取はコクリと頷く。
そして敵を弾き返す事の出来る透明な球体シールドを、女神の泉の周辺に全力で展開してくれた。
“ズドドドドドドドドドド―――ッ!!!“
“ズドドドドドドドドドド―――ッ!!!“
“ズドドドドドドドドドド―――ッ!!!“
空から無数に降り注いで来たライオン兵達が、名取がギリギリのタイミングで張ってくれた球体シールドによって弾き返されていく。
まるでバウンドするボールのように、ライオン兵達は次々に森の奥へと跳ね飛ばされていった。
……だが、敵の勢いは全く収まる気配が無い。
丘の上からバンジージャンプをするかのように、ライオン兵達は女神の泉に向けてどんどん飛び込んでくる。凄まじい数による暴力で、結界を一気に叩き壊すつもりらしい。
「くっそ……!! これじゃ、すぐに名取の結界は壊されてしまうぞ!!」
空から落ちてくるライオン兵達の数は、マジで半端ない。
遠くから見ると、まるで運動会の玉入れ競技を見ているかのようなカオスっぷりだろうな。競技場の真ん中に設置された泉に向けて。四方八方からライオンの形をした球が、大量に投げ込まれてきているんだからな。
最初は、敵の数は1万匹くらいと予想したけれど……。この勢いを見る限り。おそらく、敵の総数は2万匹を超えているかもしれない。
夜月皇帝は、自らが率いている獣人兵軍団の総力を上げて攻撃をしてきている。
「出でよーーーッ!! コンビニ支店1号店ッ!!」
俺は急いで、空っぽになった女神の泉の底のど真ん中に、コンビニを出現させる。
もう、こちらも総力戦だ。兵を出し惜しみしている時間なんて無い。マジで1秒でも遅れをとって、判断をミスったら……こちらはすぐに全滅させられちまう!!
「――ティーナ! コンビニ支店に入って、アリスと怪我をしているフィートを事務所にある地下シェルターの中に避難させてくれ! アリスはそこで重症のフィートの治療を継続して欲しい!」
「分かりました、彼方様!!」
「は、ハイ……コンビニの勇者様!!」
ティーナとアリスが、急いで右腕を失っているフィートを連れて。コンビニの中へと駆け込んでいく。
よし、これでティーナ達の身はコンビニの外壁で守れるだろう。
後で、コンビニ支店をカプセルに戻したとしても。地下シェルターの中に隠れていれば、状態はそのまま保持される。
だからティーナ達をコンビニの中に収納したまま、ここから逃げ出す事だって可能なはずだ。
「倉持、名取の結界はもう持たない! お前は、コンビニの入り口付近に名取を退けさせて、そこから遠距離魔法で戦ってくれ! もしピンチになったら、すぐにコンビニの地下シェルターに逃げるんだぞ! コンビニの正面は俺とククリアの2人で守りきる!!」
「わ、分かった……! 美雪さん、こっちに来るんだ!」
倉持に連れられて、『結界師』の勇者の名取がコンビニの正面入り口付近にまで下がっていく。
ここまで名取は、迷いの森に辿り着くまでの間もずっと。倉持と名取の2人がブレスレットの呪いに侵食されないように、呪いを打ち消す結界を張り続けていた。
そして今は、数万のライオン兵が雨のように降り注いでくる最悪な状況を、必死に防御結界で防いでくれているんだ。
おそらく……後、数秒くらいで。結界の能力は限界を迎えてしまうだろう。
これがアイドルの勇者である、野々原の防御結界ならもっと耐えられただろうけどな。でも今の名取の実力では、きっとここまでが限界ラインだ。
――結界は、もうすぐ壊される。
だから後は、残された俺達で全力で敵を退けないといけない!
でも、その後はどうするんだ……?
クソッ……! まだ考えは何も浮かばないが、ここはとにかく耐え抜くしかない。
そしてどこかの瞬間で、ここから逃げ出す起死回生の活路を見いだすしかないだろう。
「……ククリア、大丈夫か? 俺とお前以外、まともに戦えるメンバーは他にいないみたいだけど」
「全然、大丈夫ではないですね。でも、ここはやるしかないでしょう。幸いなのは、敵に能力者はいないという事です。隙をついて、あの夜月皇帝を仕留める事が出来れば、ボク達がここから生き残るチャンスもあるかもしれません」
そうだな。あのライオン兵達を操っているのは夜月皇帝だ。
あのチャラチャラした野郎さえ倒せば、全て解決出来るかもしれない。
そのチャンスをここで待つか。それとも何とか逃走経路を確保して、全力でここから撤退するかの2択しか、俺達に残されていないのは間違いない。
俺とククリアが覚悟を決めて。
全力でコンビニに隠れたみんなを守る為に、戦う準備を整えていると――。
“バリーーーーーーーン!!!“
とうとう名取の張っていた防御結界が……大きな音を立てて崩壊した。
『『グオオオォォォーーーーン!!!』』
女神の泉への侵入を阻まれていた、無数のライオン兵達が一斉に俺達に向かって襲いかかってくる。
「コンビニ支店1号店、全砲門全力射撃開始ッ!! 敵をまとめて蹴散らしちまえーーッ!!」
「地中に眠る、巨大土竜達よ。その潜在意識をボクの意識に共有させよ!! 『深層本能共有』――ッ!!」
コンビニの屋上から、上空に向けて『地対空ミサイル』が発射される。
ミサイルはちょうど頭上から降り注いできていた、無数のライオン兵達のど真ん中に直撃して――。
コンビニの頭上で、巨大な大爆発を引き起こした。
““ズドーーーーーーーーン!!!““
着弾したミサイルの爆発が引き起こした轟音が、女神の泉での開戦を知らせる合図となった。
空から降り注いできたライオン兵達のうち。一体、どれだけのライオン兵達が、地対空ミサイルによって吹き飛ばされたのかは分からない。
だが、このチャンスを逃す訳にはいかない。
俺はミサイルの大爆発によって、コンビニの頭上に一時的に開いた空間を突破口にして。
大量の攻撃ドローン部隊を、一気に上空に向けて出撃させていく。
そして女神の泉の周りの地中からは、合計で10体を超える巨大土竜達が地面から這い出てきた。
ククリアはこの短時間の間に、女神の泉周辺で冬眠をしている、沢山の巨大土竜達をここに呼び寄せてくれたらしい。
コンビニの正面入り口から飛び出てきた、機械兵のコンビニガード達は……疲労している名取と、魔法の使い手である倉持を守るようにして、防御陣を形成する。
「よーーーし!!! いっくぞおおおぉぉぉッ!!」
俺はコンビニの勇者が持つ最大出力の脚力を使って。2万匹を超えるライオン兵達の、真正面に向かって突撃を開始した。
目指す標的は――夜月皇帝、ただ1人だ!
アイツの首さえ落とせば……2万匹を超える大量のライオン兵達の攻撃を退ける事が出来るはずなんだ。
やってやる! 俺は必ずティーナを守りきってみせるからな!!
コンビニ支店1号店から、持てる最大戦力を出撃させた俺とククリアは。一点突破を狙って、一気に夜月皇帝のいる場所に向けて全力で駆け出していく。
その様子を黙って見つめていた夜月皇帝ミュラハイトは、ニヤリと笑みをこぼすと……。
約2万匹を超える無数のライオン兵達に、再度コンビニへの突撃指示を繰り出した。
「……フン。バーカが! これだけの数の獣人兵を相手に、たった2人だけで相手になる訳がないだろうが! おい、お前達! 手加減は絶対にするなよ、コンビニの勇者は原形も留めないくらいに、バラバラに引き裂いて葬ってしまえ!」
『グオオオォォォォォォーーーーン!!!』
こうして女神の泉で始まった、俺達コンビニメンバーと夜月皇帝との戦いは……。
客観的に見て。あまりにも絶望的な戦力差がある中での開戦を余儀なくされてしまう。