第二百八十一話 コンビニへの避難
泉の周辺にいたライオン兵達のうち、10匹ほどの偵察隊がこちらに向かってゆっくりと近づいて来ている。
クソッ……! これから、どうすればいい。
俺だけなら、飛行ドローンに飛び乗って。空の上を飛んでここから逃げ出す事も可能だろう。
だが、ここにはティーナとククリア。そして倉持と名取に、眠っているフィートもいる。
全員を抱えて、ここから全力疾走で逃げるなんて事は不可能だ。逆に逃げた時の足音を敵に追跡されて。より多くの援軍を呼ばれて、詰んでしまうだけだろう。
何とかこの場は、上手く敵をやり過ごさないといけない。ここであのライオン兵達に俺達の存在を気付かれてしまう訳には絶対にいかないんだ。
「コンビニの勇者殿、ボクに良いアイデアがあります。ここはどうか、ボクに任せてくれませんか?」
「アイデア……? この最大級に危機的な状況を打破出来る、何かミラクルな方法がククリアにはあるっていうのかよ?」
俺はククリアの言葉に、思わず驚きの声を上げる。
ククリアは片目でウインクをして、自分の事を信用して欲しいと訴えてきた。
ククリアの言う、このピンチを切り抜けられる方法が何なのか。それをぜひとも、俺に教えて欲しい所だったが……を今はその内容を細かく説明を受けている時間は無い。
俺にはこの場を上手く切り抜けられるような方法は、全く思い浮かばなかった。でもククリアには、その方法があるというのなら……。
ここはククリアに全てを託すしか、俺達が助かる道は無いだろう。
「分かった! ククリア、君に任せる。頼んだぞ!」
「ハイ、了解致しました。コンビニの勇者殿。……皆さん、ボクの後に静かに付いてきてきて下さい」
俺達は足音を立てないように、丘の上の茂みがあった場所から少し後方へと移動をする。
寝ているもふもふ娘は、俺が背負って先導するククリアの後に付いていった。
森の小道を少しだけ進んだ所で、急にククリアが立ち止まる。そして、両手を掲げて。自身が持つ能力を解放してみせた。
「迷いの森の地中に眠る、巨大土竜達よ。その潜在意識をボクの意識に共有させよ! 『深層本能共有』ッ!」
ククリアの呼びかけに応じて。
俺達が立っている森の大地付近の土が、大きく揺れながら盛り上がり始める。
そして、地中の中から這い出てくるように。
巨大なモグラの形をした、大きな体格の魔物が姿を現した。
「で、デッカいな……このモグラ!? 5メートルくらいはあるんじゃないのか?」
「ええ、巨大土竜は森の土の中に大きな穴を掘り。そこで睡眠を取る、穏和な性格をした野生の魔物なのです。たまたまこの付近に、この子が寝ていた事にボクは気付きましたので、起こして穴から出てきて貰いました」
そうか。ククリアは野生の魔物を自在に操る能力を持っていたんだ。もしかしたら丘の上にいた時に、万が一に備えて逃走の準備もしてくれていたのかもしれない。
「さあ、コンビニの勇者殿。巨大土竜が眠っていた地中の穴に、コンビニを出現させて下さい。そして、その中に急いで避難をしましょう!」
「分かった! よーし、出でよ! コンビニ支店1号店よーーッ!!」
俺はククリアに言われた通りに。すぐに目の前に広がっている巨大な地中の穴の中に、コンビニ支店のカプセルを放り込んだ。
巨大土竜がさっきまで寝ていた穴は、コンビニがスッポリと入るくらいの、ちょうど良い大きさのスペースになっている。
その中に投げ込まれたコンビニ支店のカプセルから、巨大なコンビニが出現し。
森の地中にコンビニの建物が埋まり込む……という、不思議な状態が目の前で起きた。
「みんな、行くぞ! コンビニの中に急いで隠れるんだ!!」
俺達は、地中の穴にはまっているコンビニ支店の中に急いで避難をする。
コンビニの入り口付近には、人が入り込めるギリギリのスペースがかろうじて空いていたので。何とか俺達は、眠っているフィートを抱えながら、その中に滑り込む事が出来た。
地中のコンビニの中に、全員が入り終えた事を確認すると。ククリアは、上で待機している巨大土竜に、急いで指示を与える。
「ボク達のいるコンビニの上に、急いで土をかけて下さい! 頼みますよ、巨大土竜――!!」
ククリアの呼びかけに応えるように。
外にいる巨大土竜は、一生懸命に俺達のコンビニの上に大地を削って掻き出した土を被せていく。
やがて……コンビニの屋上付近に、土が被せられる音がピタリと止む。
そして、入れ替わりに女神の泉からこちらの様子を調べに来たライオン兵達が――森の土の上にあぐらをかいて寝ていた巨大土竜を発見したようだった。
「何だ、ただの巨大土竜か……」
「少し早いが、太鼓の音に驚いて冬眠から目覚めてしまったようだな」
寝息を立てて。まだ、ボ〜っとして寝惚けている状態の巨大土竜を見て。偵察のライオン兵達は、怪しい物は何も無いと判断をしてくれたらしい。
彼らはそのまま、何事も無かったかのように。くるりと踵を返して。元の女神の泉に方向に向かって帰っていった。
「ふぅ……。本当に助かった……! ククリア、マジでありがとうな!」
「いえいえ。ボクもお役に立てて良かったです。ですがこの後、ボク達はどうするべきかを考えないといけないでしょうね。コンビニの勇者殿」
ククリアの言う事はもっともだった。
女神の泉を発見する事は出来た。そして、そこには夜月皇帝ミュラハイトもいて。沢山のライオン兵達を従えて、近隣の村々から誘拐してきた村人達を強制的に女神の泉に落とし。
自身の配下となる、新たな獣人兵達を大量に作り出している事も分かった。
「フィートが突然、昔の記憶を思い出して。まさか夜月皇帝の所へ向かって行こうとするとは思わなかった。また目を覚ましたら理性を失って、自分の両親の敵討ちをしようと、夜月皇帝に挑もうとするだろうか……?」
「その可能性は十分にあり得ますが……。目を覚ましたら、きっとフィートさんは少しは落ち着かれているはずです。おそらく獣の本能で、瞬間的に我を失ってしまったのでしょう。あの状況で沢山のライオン兵達の中に飛び込む事が、どういう事なのかという事くらいは理解しているでしょうから」
「そうだな……。海の上で人食いザメの群れの中に、可愛い子猫を上から放り込むくらいの無謀さがあったからな。さすがに目を覚ましたら、反省してくれている事を願うぜ」
けれど……両親を夜月皇帝に殺されたという記憶を思い出したというフィートの気持ちも理解は出来る。
少なくとも、今……この瞬間も。
あの性格の悪いクソ野郎のミュラハイトは、何の罪もない村人達を、次々と女神の泉の中に放り込んでいるんだ。
その蛮行から、彼らを救えなかった事に対して。
地中に埋まったコンビニの中に身を潜めている俺達も、やり場のない怒りと、自分達の身の安全を優先してしまったという罪悪感をここにいる全員が感じているのは間違いない。
「彼方様、これから、私達はどうしましょう?」
ティーナが小声で俺に呼びかけてくる。
「そうだな。まずはここで少し様子を見るしかないだろうな。女神の泉には、おそらく数千を超えるライオン兵達がひしめいていた。まともな数の勝負だけでいったら、今の俺達が夜月皇帝に勝負を挑んでも、返り討ちにあうだけだろうからな……」
「――とすると。これからどうするべきだと、彼方くんは考えているんだい?」
倉持が名取の背をさすりながら、俺に尋ねてくる。
俺はククリアと視線を合わせて、そして互いに考えている事が一緒である事を確認し合った。
「……このまま、ここで音を立てないように注意して。いったん夜になるのを待とう。夜月皇帝も、夜には女神の泉から離れて自分の居城に戻るかもしれない。その時に警備の手薄になった女神の泉を、俺達は夜の暗闇に紛れて目指す事にするんだ!」