第二百七十三話 誰もいない街
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「にゃ〜!? この辺りの街には、だ〜でも住んでいないみたいだにゃ〜!?」
俺とティーナに、無限肉球ぷにぷにの刑にされて。
その後に、50缶を超えるサバ缶を賄賂として受け取ったフィートが、しれっとした顔でコンビニの外の景色を見た感想を呟いている。
もはや出会った時の、盗賊団のお頭だった頃の面影なんて全くないな。常に猫語で『にゃ〜、にゃ〜』と話すようになったフィート。まあ、可愛いから全て許しちゃうんだけど。
コンビニの中で防寒具に着替えたアリスや、ククリア、そして倉持や名取とも合流をして。
俺達は今、コンビニ支店1号店の外を歩いている。
目標である、『女神の泉』付近の場所に辿り着き。いったん外の様子を確認しようと周辺を歩いていると……目の前に、寂れた小さな街を発見する事が出来た。
「街というには、あまりにも静かすぎますね。これでは無人の廃墟といっても良いかもしれません」
周辺を注意深く観察していた、ククリアがそう呟く。
「同感だな。ここには、おそらく人は誰も残っていないのだろう。問題はいつからこの状態だったのかという事だけど……。残された建物の雰囲気から察するに、数十年くらい前からここはもう、無人状態だったんじゃないかな」
俺達は周辺の様子を探りながら、寂れた街の中をゆっくりと前に向かって歩いていく。
「――名取、お前の『広域結界』が差し示した女神の泉の場所は、本当にこの辺りでいいんだな?」
「…………」
無言系の眼鏡少女の名取が、コクリと頷いた。
そしてその保護者である、前髪揺れ揺れふさふさホストが、パートナーの名取に変わって解説をしてくる。
「美雪さんの能力が示した女神の泉は、この寂れた街の後方にある森林地帯の中を指し示しているようです。森の中には夜月皇帝の配下である、多くのライオン兵達の気配が集まっているので、たぶん間違いないでしょう」
「そうか。とうとう、女神の泉のある場所の近くにまで辿り着いた訳か。――みんな、ここからは敵に見つからない隠密行動が重要になる。くれぐれも俺達がここに来ている事を夜月皇帝に悟られてはいけない。だから慎重に行動するように心がけてくれ!」
俺の指示に対して。
全員が首を縦に振って、了解の合図をする。
――そう。俺達は今、夜月皇帝に絶対に見つかる訳にはいかないんだ。
例え女神の泉を見つけたとしても。まずは、俺達の目的を果たす事が最優先だ。第一の目的としては、ティーナを女神の泉に浸からせて、まだ未覚醒であるティーナが持つ『遺伝能力』を覚醒させたい。
そして、ククリアの主人でもあり。魔王軍の黒魔龍公爵から託された動物園の魔王、『冬馬このは』の体を女神の泉にまで運んで行き、永遠の眠りから目覚めさせる。
もちろん、ここまで一緒にやって来た倉持と名取も。女神の泉の奇跡の力を用いて、2人の右腕に付けられたクルセイス特製の青い呪いのブレスレットの効果を打ち消す。
それらを全てこなして。やっと俺達の今回のミッションは、コンプリートしたと言えるんだ。
今回、目的の地である女神の泉に到達をする前に、俺とククリアは、コンビニの地下シェルターに隠していた魔王『冬馬このは』の存在を、他のメンバーにも伝える事にした。
当たり前だが、女神の泉に辿り着いて。そこで初めて、その存在をみんなに教える訳にもいかないからな。
動物園の魔王である冬馬このはの体が、コンビニ支店1号店の地下シェルターの奥に隠されている事を初めて知った面々は……。みんな、それぞれにその事実を知って驚いていた。
もちろんティーナはその事を既に知っていたけれど。倉持や名取、フィートやアリスは全く聞かされていなかった事実だからな。
幸いな事に、冬馬このはの事を知ったメンバー達の中には、魔王軍との戦いによって大きな被害を受けたという面々は居なかった。
もし、黒魔龍侯爵が操っていた魔王軍によって。家族を殺されたり、友人や恋人を失ったという者がこの中にいたら……。
きっと100年にも渡る魔王軍との戦争の張本人である、冬馬このはの存在を許せなかったに違いない。
でも……倉持も名取も、盗賊団のリーダーであったフィートも。そしてもちろん記憶を失っているアリスも。
みんな、動物園の魔王に対して直接的な恨みを持っているというようなメンバーは居なかった。今回はその事が、本当に幸いだったと思う。
太古の悪魔である、『コンビニの大魔王』との決戦に備えて。俺達はどうしても魔王『冬馬このは』の力を借りる必要がある。
彼女の力なしでは、魔王として覚醒しているコンビニの大魔王に対抗する事は、到底出来ないだろうからな。
そしてもし、少しだけ時間の余裕があるのなら。
俺は女神の泉に秘められた、この世界の過去の謎を解き明かし。この世界で最も古くから女神として崇められている、女神アスティアの謎も探りたいと思っていた。
5000年前にこの世界を支配した、コンビニの大魔王よりも……。もっと前から、女神アスティアはこの世界に存在している。
つまりはこの世界に、『異世界の勇者を呼び出す』という仕組みを作った張本人と言っても良いはずだ。
アスティアの謎を探る事は、女神教の行動の目的を知る事にも繋がる。
そして、女神教のリーダーでもある枢機卿――過去にこの世界に召喚された、もう一人の玉木が、一体何をしようとしているか知る事が出来るかもしれない。
「――コンビニの勇者殿。女神アスティアの謎を知る事は、この世界に仕組まれた謎を解き明かす事に繋がるのは間違いありません。ですが、目的の優先順位だけは間違えないようにして下さいね。ボク達が第一に優先すべき事は、夜月皇帝とここで決着をつける事ではないのですから」
「分かってる。俺達は、敵に見つからないように女神の泉に接近をして。自分達の目標を達成する事を最優先にする。もし、夜月皇帝に見つかってしまうような事があったなら……決して無理はしない事にしよう。勝てそうにない相手なら、いったん撤退をして。カラム城で帰りを待つミズガルドと合流を果たすつもりだ」
夜月皇帝を倒すのは、皇帝ミズガルドの悲願でもある。
……だが、それは今ここで必ず成すべき事ではない。
全員の準備が整い。夜月皇帝を迎撃出来る準備がちゃんと整ってから行動を起こすべきだ。
少数精鋭で目的地に潜入してきた俺達は……あまりにも戦力が少な過ぎる。それこそ数千、数万を超えるライオン兵達に周りを取り囲まれてしまったら終わりだ。
逃げる事も出来ずに、簡単に俺達は全滅させられてしまうだろう。
例え最強の力を持つコンビニの勇者といえども、数千を超えるライオン兵達と戦うのは困難過ぎる。
数千どころか……500匹を超えるライオン兵達と戦ったとしても、かなり危ない気がする。コンビニ店長専用服の無敵防御機能が3回までは、俺の身を守ってくれるとしても。
コンビニの守護者である、アイリーン、セーリス、レイチェルさんが不在な状況下で大軍と戦うのは、自殺行為といってもいい。
「……つまり、今の俺達に求められているのは『ヒット・アンド・アウェイ戦法』だな。遠くから敵を狙撃して、味方の被害が出る前に、即座に撤退する決断が必要になる訳だ。みんな、頼むぞ。特にフィートは無闇やたらに戦場を動き回らないように!」
「変態お兄さんが、何であたいにだけ注意をするのか意味不明だにゃ〜! あたいが元々、盗賊団のボスで。隠密行動には一番優れている存在である事を、お兄さんはすっかり忘れているんじゃないのかにゃ? むしろお兄さん達の方が、あたいの足を引っ張らないように注意して欲しいもんだにゃ〜!」
すっかりご機嫌を損ねたフィートが、猫耳と尻尾をピーンと張って。ゴロゴロと喉を鳴らして抗議してくる。
そうか、すっかりフィートの事をただのイタズラ猫娘扱いしてたけど。フィートは元々、盗賊団のリーダーだったっけな。
その意味では、隠密行動には一番適した人材であった事をすっかり忘れてた。
俺とフィートがヒソヒソ話をしていると。
突然、倉持が俺達に向けて『シーッ……』っと。静かにするようにと、注意のジェスチャーを送ってきた。
「静かに……! 街の隅で人の気配がする。誰かがいるみたいだ」
「人の気配だって……? まさか、夜月皇帝に仕えるライオン兵か?」
俺と倉持は互いに顔を見合わせ。日本の忍者のような忍足で。音を立てないように、ゆっくりと気配のする場所に向けて進んでいく。
もし、ここで敵に見つかったなら。
俺達がここに来ている事がバレないように。必ずそいつを殺さなければならないだろう。
無数のライオン兵を従える夜月皇帝に、決して俺達の存在を悟られてしまう訳にはいかないからな。
倉持に誘導されて。俺達は寂れた街の隅にある細い道の奥に入っていく。
するとそこには……両脚から血を流して倒れている、高齢の男性が道に横たわっていた。
「……生存者か? アリス、こっちに来てくれ!」
くれぐれも大声では話さないように、細心の注意をして。俺は回復能力のあるアリスを呼び寄せる。
「――ハイ、コンビニの勇者様!」
アリスは、倒れている老人を見つけるやいなや。
すぐさま回復のスキルを発動させて、両手から白い癒しの光を放ち、血塗れになって倒れている老人の怪我を修復していく。
「凄いな……。うちの香苗と同じか、いや、これはそれ以上かもしれないぞ」
アリスが手で触れている箇所の怪我が、みるみるうちに塞がっていく。
大怪我をして、大量出血をしていた老人が……少しずつ意識を取り戻していくのが分かった。
「うぐっ……グフッ………!」
「まだ、喋っちゃダメだ! 傷口は完全には塞がっていないからな!」
俺は意識をかろうじて取り戻した老人に、コートに入れていたペットボトルの水を飲まそうとした。
だが、それよりも先に……。
老人は震える唇で、かすかに何かを俺達に話そうとしている。
「ここは、何処なんじゃ……? 村の皆は、無事なのか……?」
「おじいさん、無理はしないで! まだ、回復は完全には終わっていません……」
必死に傷の手当てをしながら、アリスが横たわっている高齢の男に声をかける。
「みんな、みんな……あの男に連れて行かれてしまった……。年寄りも、村の男も女も、そして子供達でさえも。全員連れて行かれてしまったのじゃ! もう、全てがおしまいじゃ! きっとみんな、あの恐ろしい泉に入れられて化け物に姿を変えられてしまう」
「じいさん! その泉ってのは女神の泉の事なのか?」
俺は必死に声を搾り出そうとしている老人に問いかける。
「ああ、そうじゃ……! 女神の泉に入れば……生ある者は、皆、化け物に変えられてしまうのじゃ。グフゥッ!!」
「――!? じいさん、一体どうしたんだ!?」
口から突然、大量の吐血をして。
弱りきっていた老人は、そのまま静かに目を閉じて。再び地面に倒れ込む。
「アリス、これは一体……?」
「申し訳ございません……。コンビニの勇者様。私の回復の能力で、確かにご老人の傷の手当は完了致しました。でも、もうこの方には、復元した自身の体を動かせるだけの体力が残っていなかったのです……」
「そうか。このお爺さんの『寿命』という訳なんだな……。すまないアリス、本当に助かったよ」
俺は最後まで必死に、この老人の怪我の治療に当たってくれていたアリスに、頭を深く下げて感謝を伝える。
例え怪我を治せたとしても。肝心なお爺さんの方に、もうこれ以上……生きながらえるだけの体力が残されていなかった。
だから、これは本当に仕方のない事だった。
決してアリスが悪い訳ではない。
「……でも、この老人は最後に俺達にメッセージを残してくれた。だから、彼の死は決して無駄にはしない」
「コンビニの勇者殿。このご老人はこの街の者ではないようです。おそらくどこかの村から、必死にここまで逃げてきたのでしょう。ご老人の最後の言葉を聞く限り、夜月皇帝は帝国領の最南端にある街や村々から、そこに住む住民達を誘拐し。女神の泉へと無理矢理連れ去っているようですね」
「そして何の罪もない街の人々を、しかも幼い子供でさえも……。神秘の力を持つ女神の泉に放り込んで、屈強なライオン兵を作り出しているという事なのか。自らの配下の兵を増やすという、ただそれだけの目的の為だけに……!」
ククリアの言葉を聞いて。俺は帝国の闇に隠れて、密かに権力を握ろうとしている、夜月皇帝という男に対しての怒りが沸々と湧いてくる。
それは、決して俺だけではない。
ここにいる全員が、人間とは思えない非道な行為をしている夜月皇帝に対して。敵意を抱いているのが分かった。
その中でも、とりわけ普段の態度からは想像も出来ない程に、怒りの感情を露わにしているメンバーがいた。
「……フィート? どうしたんだ、大丈夫か?」
それはトレードマークの猫耳をピンと尖らせ。尻尾を逆立てながら震える、もふもふ猫娘のフィートだった。