第二十七話 グランデイル軍の侵攻 コンビニ討伐作戦
その日――。
カディナの街で暮らす、全ての住人と。
そして壁の外で生活を営む全ての人々の間にも。
異世界の勇者であるコンビニの勇者が、あの伝説の地竜と呼ばれ恐れられていた『カディス』を倒した!
……という報せが、瞬く間に知れ渡り。街中で、大きな歓喜の嵐が巻き起こった。
――って、他人事のように言ってみたけれど。
これって全部、俺の事なんだけどな。
今やカディナの街は、完全にお祭りモードだ。
俺と親交のある壁外区に住む住人達だけではなく、壁の中に住むカディナの市民も含めて。
その全てが『壁外区の女神様』が成し遂げた偉業を称賛し。まるでお祭りのように、全員が家の外に踊り出て、酒を酌み交わしながら祝福しあっていた。
いやあ、コンビニの勇者様ってマジで凄いよな。
本当にこの世界で最も偉大な、ナンバー1の異世界の勇者様と言ってもいいよな!
……とまぁ、自画自賛しておいてなんだけどさ。
残念ながら俺は、カディス討伐の際に矢倉の上からの連続空中ダイブをきめ過ぎちゃって。
全身は完全に疲労困憊状態……。
疲れ過ぎて、体も意識も完全にノックアウト。
結局、丸々一日中……俺はコンビニの中の簡易ベッドで寝込んでしまっていた。
だから起きた時には街のお祭り騒ぎも、もうすっかり収まりつつあって……。
当の主役がカディス討伐祝いのお祭りには参加出来なかったという、残念モード全開な悲しいエピソードになってしまった。
カディスの襲撃を避ける為に、街から避難をしていた壁外区の住人達も、現在は次々と街に戻ってきている。
そして、彼らもカディス討伐の報を聞き、時間差で歓喜の嵐に合流をしていく。
一応、カディナの壁の中の市民達が主催をしてくれた、祝賀式典みたいなものにも俺は招待はされたんだけどさ。
何となくそっちの方は辞退をさせて貰ったよ。
俺は壁外区にいた時間が長かったし、壁の中の人達とはあまり親交がないしな。
よく分からない壁の中の人達の政治的な思惑だとか。権力闘争とかに巻き込まれるのも嫌だったし。ティーナもその方が良いですよ、と助言してくれたので俺はそうする事にした。
なので俺がする事といったら、ただ一つ。
「さあ。いらっしゃいませ〜! 今日もコンビニは通常運転で営業をしていますよ〜!」
いつも通りにコンビニ営業をして、壁外区のみんなとカディス討伐の武勇伝なんかに華を咲かせつつ。楽しいコンビニライフをして、みんなと過ごす事にした。
「いやあ〜! ホントに旦那のおかげで大儲けをさせて貰いましたよ〜!」
そう言って、ニヤケ顔を隠そうともせずに大喜びをしていたのはザリルだ。
今回のカディス討伐の作戦では、ザリルやその部下の連中には、本当にお世話になったからな。
矢倉や、落とし穴を短時間で作り上げ、その為の人員の確保なんかも手際良く実行をしてくれた。まさに影の主役でもあり、最大の功労者と言ってもいい。
だから俺は、ザリルが望む物を何でもあげようと思って。何が欲しいのかを聞いてみたんだが……。こいつの要求は、俺が予想するよりも遥かに図太く。トンデモない物をおねだりしてきやがった。
「――ホントですかい? 旦那! なら、俺はあのカディスの体。あれを丸ごと全部、頂戴しても良いですかね?」
なんとあの伝説の地竜――。
巨大なカディスの死体を、コイツは全て欲しいと言ってきた。
まあ、俺は別にそんなのを記念に持っていたいとは思わなかったし。あんな巨大な竜の体なんて扱いようがなかったしな。
むしろ、落とし穴にハマったままだけど、その後の後処理の方が遥かに大変そうな気がしたので、
「……ああ、別に構わないぞ。好きにしてくれ」
と、ザリルに言ってやった。
そしたら……、
「やっふぅーい!! いやぁ……旦那についてきてホントに良かったですよ! マジで最高な気分ですよ!」
ザリルの奴。相当喜んでいやがったな。
これは、後で聞いた話なんだが――。
ザリルはカディスの身体の一部、爪や牙なんかを削り。その一部を薬として、恐ろしく高い値段で、西方の国々の王族に売りつけたらしい。何でも『不死の粉』だとか、そんな名前を勝手につけて商品化したらしいけどな。
いくらカディスが大昔から生きている、長寿の生き物だからって――その爪を煎じて飲んでも不死になれるとは思わないけどな。
まあ、物は言いようか。それを信じて買うような金持ち連中も、世の中には少なからずいるって事なんだろう。
そして、肝心のカディスの本体は……。カディナの壁の中にある博物館に標本として売りつけたらしい。
何でも、魔法の粉のような物を全身に振りかけて、いわゆる『剥製』のような状態にして、記念用の標本として高く売りつけたらしいな。
それも本当に『超』がつくくらいに、とんでもない価格で売ったらしい。
多分、小さな街が幾つも買えるくらいの値段で売れたらしいから。俺には想像もつかない程の巨額の利益を、ザリルは得たのだろう。
カディナの街の博物館も、この地に昔から住まう太古の魔物――伝説の地竜を標本として飾っておけるなら、マジで嬉しかったんだろうな。
それこそ喉から手が出るくらいに欲しいモノを手に入れたんだ。きっとお金に糸目はつけなかっただろうよ。
何だか、俺は通常のコンビニ営業に戻ったのに。
ザリルだけ、バカデカい利益を独占してる気がして納得いかないな。……まあ、別に見返りを求めてした行動でもないから良いんだけどさ。ちゃんと区長さんにも俺は感謝をされたし。
そうそう……。
見返りと言えば聞いてくれよ!
俺のコンビニ――今回、カディスを倒しても全くレベルアップをしなかったんだよ(泣)
全く、何でなんだよ。あんなに強そうなラスボス級の魔物を倒したっていうのにさ。
今まで、散々コンビニのクソ仕様には泣かされてきたけど。今回のはさすがに酷くないか?
だってあんなにも強力な敵キャラを、俺は命懸けてで倒したって言うのにさ……。
本当に、マジでコンビニのレベルアップの基準が俺には分からないぞ。
もしかしたら、見えない経験値の数字なんかが実はあるとして。今回のカディス討伐でだいぶそれも稼げただろうから、あともうちょっとでコンビニのレベルが上がるとか……なのかもしれないよな?
その辺が、カディス討伐後も俺がすぐにコンビニの通常営業を始めた理由でもあるんだけどな。
あともう少しでコンビニのレベルが上がるのなら、早くにあげておきたいし。何だかんだで、俺はコンビニのレベルアップを誰よりも心待ちににしているんだな……ってのが改めて分かった。
それに、今回は本当に大きな事を俺は成し遂げたんだ。別にお金とか、名誉とか、歓迎式典とか。そんなのは正直、全然いらない。
でも、やっぱり何かご褒美が貰えるのなら。俺は自分のコンビニを、更にレベルアップさせたかった。
もっと扱える商品の数も増やしたいし。レベルが上がるごとに、強化ステンレスパイプシャッターだったり、ドローンだったりと。俺のコンビニでは、出来る事が増えていっているからな。
「――まあ、強いて欲を言うのなら、そろそろ、敵と戦えるような何か武器みたいなモノの増えてくれないかなぁ……」
うん。それが今、一番コンビニで欲しいものかな。
……あ、そうだ!
ステータス欄の称号の所も割と楽しみかな。
今の俺の称号は『壁外区の女神様』だけど。あのカディスを倒したんだ。『ドラゴンスレイヤー』とか『地竜殺し』とか、そんな格好良い称号に変わっていてもいいよな。その辺りも結構楽しみにしている。
そうか、俺……。今、割と異世界生活を楽しめているのかもしれないな。
もちろんカディス討伐が上手くいったからなのかもしれないけどさ。何というか、すっごく今、毎日が順調に回っている気がするんだ。
初めはハズレの能力を引いてしまったり。
街から追放されたり、無能の勇者として扱われたりもしたけど。
今は、一緒にコンビニを営業してくれる仲間がいて、慕ってくれる街の人達がいて。みんなの役に立っている実感もあるし、コンプレックスだった戦いの面でも大きな功績をあげる事が出来た。
当初、この異世界に来た時に、俺が憧れていた形とは少し違うけど。
でも、考えようによっては俺の今の生活って、結構それに近いくらいの満足が出来ている気がするんだ。
楽しい事の続きと言えば――。
そうそう。俺のコンビニに、ティーナの親父さんがまたやって来たんだよ。
「……お、お父様!?」
レジ打ちをしていたティーナが、マジでビックリした顔を浮かべていたな。
いや、流石に俺だってビックリしたさ。
だってあのティーナの親父さんがだぞ?
全身を黄金色で固めた、黄金の豚ファッションを優雅に決め込む。裕福なカディナ市民の中でも、最上位の身分を誇る豪商アルノイッシュ家の当主。
白亜の神殿に住まう、『ザ・キング・オブ金持ち』な人なんだぞ。
そんな、『◯太郎電鉄のキング◯ンビー』の正反対版みたいな大富豪キャラが、地味〜な黒い衣服を身にまとってだ。
なんと壁外区の住民達が2時間近くかけて並ぶ、コンビニの大行列にきちんと参加して。順番にコンビニの店内へと入ってきたんだからな。
「……おおっ、ティーナ! まさかワシの娘が、カディナが誇る壁外区の女神様が営業をしていると名高い、この世界で今、最も勢いのあるの大商店『コンビニ』で働かせて頂いているとは……。ううっ、父親としてこんなにも誉れ高い名誉はないぞ! ああっ、なんたる素晴らしい事なんじゃああぁッ!!」
は、はぁ? なんじゃそりゃ……。
その場で『ううっ、ううっ……』と大泣きをして。嗚咽を漏らしながら、店内の床に手をついて座り込むティーナの親父さん。
いやいや……流石にあんた、それはキャラ変し過ぎだろう。
でも、俺は見逃さないからな。
今、まさに娘と感動のご対面をしているかのように、泣いていらっしゃるようですけど、親父さん……。
それ、目元からは一滴も涙が出ていませんよ。
その演技は、ティーナが夜な夜な俺をベッドに誘う時にも乙女の涙攻撃でよくしてきているから。もう慣れているんだよね……俺。
だからこの親子は結構似ているのかも、なんて思っちゃったし……。
「――おおっ、コンビニの勇者様! 我が娘が異世界の勇者様の中で最も偉大で、商才があり、大変貴重な異世界の商品を大量輸入できる仕入れルートを持ち合わせているという、今世紀最強の大商人様である貴方様の元で、商売のなんたるかを一から学ばせて頂けているなんて……。父親として、なんたる名誉! なんたる誉れ! 本当に有り難き幸せ! 我が未熟な娘が、貴方様の商いのお邪魔になっていないかと、私はもうヒヤヒヤもので。ああっ、本当にご迷惑をお掛けしていなければ良いのですが……」
「い、いえ……。ティーナは本当に働き者ですし。俺はティーナにいつも頼りっぱなしですので、とても助かっていますよ」
「おおおおおおっっっーーーー!! それは、ほ、本当ですか!? 我が娘は、アルノイッシュ家の娘は異世界の大商人様である、彼方卿のお役に立てているとおっしゃって下さるとは!! なんたる名誉! なんたる誉れ!! このサハラ・アルノイッシュ! 今、我が人生の中で最も感激をしておりますぞ〜〜!!」
お、親父さん……。もう、やめて下さい!
俺、もう笑いを堪えるのに必死なんです!
それに店内にいる他のお客さん達も、さっきからずっとこっちを見てますし。
俺が、どうぞお立ち下さいと……ティーナの親父さんにお願いをすると、
「おおおおおっっっっ!? このみすぼらしいダメダメ商人であるアルノイッシュめにも、お優しい温情をかけて下さるとは! しかも異世界の大商人たる彼方卿と、同列の場に居ても良いとおっしゃって頂けるなんて。……ああっ、なんたる名誉! なんたる誉れ! 私は今、猛烈に感動しておりますぞおおおおっっっ!」
……も、もうダメだ、俺。
笑いを抑えられそうにないよ……。
お願いですから、その『彼方卿』のくだりはマジで勘弁して下さい。ちょっとだけそれ、ツボなんです。
「プププッッッ――!」
隣にいた、玉木が抑えきれずに腹を抱えて大笑いしていやがる。
……おい、玉木!
俺が自重しているんだから、少しは我慢しろよな!
ティーナに悪いだろ。
自分の親父さんがこんな状態になっているティーナは、顔を伏せてずっと赤面している。きっと恥ずかしくて、申し訳なくて、しょうがないんだろうな。
「……ああっ、偉大なる彼方卿! つきましては我が娘が、大商人たる貴方様と婚約の契りを結びたいという話を聞きつけまして……。もし……それを彼方卿がお許し頂けるのでしたら、父親としてこれ程の名誉はございませぬ! ああっ、なんたる名誉! なんたる誉れ!」
「な、なぬ〜〜〜!?」
さっきまで笑い転げていた玉木が、今度は大きな叫び声をあげて驚く!
俺もビックリして、目をその場でパチクリしてたんだが。驚いたのはティーナも一緒だったらしい。
「お、……お父様!? 突然、何を言うんですか!」
どうやらティーナにとっても、親父さんのこの行動は寝耳に水だったらしい。
そうかそうか。なるほどな。
親父さんとしては、以前は無能の勇者として切り捨てた俺の事を――。今では商売的な観点からも、カディナの街で名声をあげている観点からも、欲しくてたまらない状態になったという訳か。
捨ててしまったモノが、後から価値が上がって値上がりしたものだから。惜しくなった……って事なんだろうな。
まあ、ここ最近のコンビニの活躍を見れば当然だろう。
そして、そのコンビニに自分の娘が働いていると言う情報を手に入れて。大急ぎでここに駆けつけたと言う訳らしい。
全く商売という観点では、本当にたくましい親父さんだな。俺もまさか壁外区の住民に紛れて。普通にお客さんとしてコンビニに入店してくるとは予想もしなかったし。
「……お父様、もし彼方様に改めてご挨拶をされたいのでしたら、まずは先に――彼方様に謝るべき事があるのではないですか?」
ようやく落ち着きを取り戻したティーナが、今度は自分の親父さんに対して鋭く詰め寄る。
その様子は、あの傲慢な性格をした親父さんに逆らえないでいたティーナとは別人のように見えた。
このコンビニで一緒に働く中で。ティーナも精神的に大きな成長を遂げていたのかもしれない。
少なくても、もうアルノイッシュ家という大きな後ろ盾がなくても。自分はコンビニの中でこれからもずっと働いていくんだという、強い覚悟が出来ているようだった。
ティーナに鋭く詰め寄られた親父さんが、顔に冷や汗を浮かべながら、その場で『うぐぐ……』とたじろぐ。
「……そ、そうじゃったな。まずはコンビニの勇者様に改めて謝罪をさせて頂かなくては……! 以前、お会いした際に、この愚かなサハラめが大変失礼な言動を偉大なる勇者様に対してしてしまい、本当に大変申し訳ございませんでした。このサハラの目が、大節穴でございました! 最も偉大で商才のある、異世界の勇者様の実力を見抜けないなど……。商人としてあるまじき大失態。このサハラ・アルノイッシュ! 頭を丸めて一から出直しをさせて頂きたく存じますぞおおおおぉッ!!」
ティーナの親父さんが、コンビニの床に自分の頭をグリグリと押さえつけて。ピチピチと飛び跳ねる魚のようなフライング土下座を始める。
「――いやいやいや、あの、そこまでして頂かなくても本当に大丈夫ですから……。どうか頭を上げて下さい。あの時は俺も、本当に右も左も分からないただのヒヨッ子の勇者でしたから仕方がないと思っていますし」
俺の発言に、ティーナの親父さんは……恋する少女のように目を輝かせて、俺の顔をマジマジと見上げる。
「おおおおッ!? 何たる寛容さ! 謙虚さ! やはり我が娘の夫に相応しい! さすがは世界最強の大商人であられるコンビニの勇者様だ! このサハラ・アルノイッシュ、またしてもコンビニの勇者様の度量に感服を致しましたぞおおおぉぉ〜〜!」
……えーと。もうダメだなこりゃ。
このまま大声で騒がれ続けると、流石にコンビニの営業にも支障が出ちゃいそうだし。
俺が困った顔を浮かべているのを察したティーナが、いったん親父さんを説得して、コンビニの外に出て行ってもらう事になった。
ちょっと、テンションが高過ぎる親父さんだったからなぁ……。
あのままいたら、他のお客さんにも迷惑がかかりそうだったし。ティーナも、突然の婚約宣言に動揺してしまったのだろう。
親父さんをお店から追い出した後も、ティーナはずっと顔を赤くしておどおどしているように見えた。
「彼方様……。私のお父様が、お店に大変ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした」
「いや……お、俺は別に問題ないんだけどさ。ティーナの方は大丈夫なのか? ずいぶん長いこと家に帰ってないんだろう? 親父さんも心配してるかもしれないし」
うーん……。
でもあの親父さんは、ティーナの事を本気で心配しているかと言うと怪しい気がするな。今日の訪問も、正直利益優先でコンビニと業務提携したいみたいな魂胆が見え見えな感じがしたし。あ、あと演技が大根役者過ぎるよな。
「私のお父様の事なら大丈夫です。そもそも、私はアルノイッシュ家の第23番目の娘ですので、元々、そこまでお父様に期待されていませんでしたから……」
「ええっ!? 第23って……。あの親父さん! 一体何人子供がいるんだよ!!」
「娘が私を含めて全部で27人。息子が全部で19人ですので、合計46人の子供がアルノイッシュ家にはいます」
「はああああああぁぁっッっーー!?!?」
おいおいおい。
そんなのハーレムってレベルじゃないぞ!
なんなのあの親父さん。自分の子供達だけで、俺達クラスの合計人数よりも遥かに多い、子供を作っているのかよ……。
まさに金持ちの為せる業だな。そこまでいくともう、あんまり羨ましいとは思えなくなる。むしろよくやるよな……としか思えない。
でも、それで初めて会った時――。
娘のティーナに態度がキツかった訳か。
それだけたくさん子供達がいたら、正直もう誰が誰だか分からないくらいなんじゃないかな。だから、何番目の娘が今、どうしてるとか……。そういう事全般に興味が無いんだろう。
ティーナに聞いた所、ティーナのお母さんはアルノイッシュ家に沢山いる愛人の中の1人だったらしく。ティーナが生まれてまもなく、亡くなってしまったらしい。
だからたくさんいる兄弟姉妹達の中でもティーナはかなり浮いた存在で。あまり家族からは可愛がられていなかったようだ。
今回にしたって、娘の気持ちなんて確認をしたのかさえ怪しいくらいだし。ただコンビニの勇者と自分の娘をくっつけて、コンビニが扱う異世界の商品の利益を独占しようみたいな魂胆なんだろう。
まあ、娘のティーナは実際に俺と結ばれたがっているようではあるけどな。こんな事、俺自身が言うのもリア充全開でアレなんだが。ティーナの俺への好意が揺るぎないのは、今の俺は自信を持って断言出来る。
そして自慢じゃないが、俺だってティーナの事は好きだ。
いや、だって外見からしてどストライクなんだし。当然だろう。だからこそ、ティーナの誘惑に一度手を出してしまうと、永遠に這い上がれない沼にどっぷりと浸かってしまいそうで怖いんだけどな。
まあ、だから――。
あの親父さんがグヘヘって、裏で策略なんか巡らさなくても。俺とティーナは十分に、順調だった。
俺がいつか、元の世界に戻ってしまう異世界の勇者でなかったなら。普通に恋人になっていたと思う。
でも、いつか別れてしまうのが決められている運命だなんて……何だか悲しいじゃないか。
だから俺みたいなのじゃなくて、俺が居なくなった後で。本当の優しいイケメンと結ばれて、結婚して幸せになって欲しいという気持ちも心の片隅にはあるんだよ……。まあ、それで本当にお前は良いのか? って言われたら素直に嫌だけどね。
俺自身、そこは迷っているというのが本音だった。
少なくとも俺は元の世界に本当に帰りたいのかどうか……それを先に決めないといけないんだろうな。
そう言えば、カディスを倒した事で――。
ザリルが俺に対して、警戒をするようにと警告をしてくるようになった。
俺も一体何事なんだ……って、アイツに聞いてみたんだがな。
「いやいや、今回の一件で『コンビニの勇者』の名声が周辺の街や国にも、知れ渡ってしまった可能性があるんですよ、旦那!」
「まあ、それはそうだろうな。カディナ地方に住まう伝説の地竜と言ったら、結構有名な存在だったんだろう? それを異世界の勇者が倒したんだから、人づてに噂だって広がっていくだろうし」
「そういう訳です。でも、旦那はグランデイルを無能の勇者として追放された身分でしょう? もしその報せがグランデイルにも届いたら連中……。どんな風に思うかって事なんです」
「なるほどな。グランデイルからしたら、あまりいい気はしない……って訳か」
異世界から召喚した勇者を全部、自国で抱え込み。
おまけに、半年近くも訓練をさせて勇者育成プログラムで養成してるくらいだしな。
自分達の囲いから漏れた……と言うか、この場合は逃した異世界の勇者が他所で、活躍をしていたりするのは気に食わないないだろう。
選抜勇者は、全て貴族にして洗脳もバッチリそうだし。グランデイル仕込みの、国産勇者以外の活躍は認めない。野生の野良勇者は、存在も認めないとか有りそうだよな。
「おまけに今回はちと、タイミングも悪かったですぜ! 旦那……」
「――タイミング? それはどういう意味なんだ?」
俺がカディスを倒した時期に何か問題があったとでも言うのか? 俺には全然分からないが。
「いやね。実は、グランデイル王国は、半年間の勇者育成期間を経て、とうとう他国に向けて、自前で育てた勇者のお披露目を段階的に実施し始めたんですよ」
「勇者のお披露!? とうとう選抜組の勇者が魔王討伐に乗り出した――って訳なのか?」
マジかよ! ついに倉持達が、実戦に投入されるって訳なのか?
「いいえ、まだ試験的な感じらしいんですがね。……何でも『不死者』の勇者を中心とした4人組の選抜勇者パーティが、東のゴブリン達が巣食う洞窟を攻略し、ゴブリンの討伐に成功したそうです」
「ほうほう。まずは、ゴブリン討伐に成功って訳か……。アレ? でも東ってグランデイル方面だよな。魔王との戦いの最前線は西方の国々なんだろ? ……何でまた、そんな後方の場所にいる魔物の巣なんてわざわざ攻略したんだ?」
「だから、まだ試験的な段階らしいんですよ。まだ最前線には出さないが、ちゃんと勇者は育成して成長をしていますよってアピールしたかったみたいなんです」
……なるほどな。
最前線の西方の国々じゃ、早く異世界の勇者をこっちによこせって、クレームをつけてる状態だろうし。
グランデイル王国としては、まだ実戦には送らないけど、ちゃんと勇者は育成してるから安心しろって、他の国々に対して、一応宣伝をしておきたかった訳か。
「――ちなみに、その選抜勇者パーティーっていうのは、『不死者』の勇者以外に、他にどんな勇者が参加していたのかは分かるか?」
「ハイ、分かりますぜ! なにせ、当のグランデイル王国が自分達でその参加メンバーを宣伝していて、周辺の国々に発表をしてるくらいですからね!」
ザリルが言うには、『不死者』こと、
倉持がリーダーを務める選抜勇者パーティーに参加をしていた他のメンバーは――。
『回復術師』『水妖術師』『狙撃手』の面々が参加をしていたらしい。
あの倉持と金森が参加をしているパーティーだなんて、何だかゾッとするな。
少なくとも絶対に態度の悪い勇者パーティーである事は、間違いないだろうな。
「今回は他にも『剣術使い』の勇者が単独で、南東のリザードマンの沼を攻略し、リザードマンを全滅させたって聞いてますぜ!」
「リザードマンを全滅!? 何だかそっちの方が凄くないか? しかも倉持達が4人パーティーだったのに、そっちはたった一人でそれを成し遂げたって事なんだろう?」
「ええ、そうですぜ。ゴブリンとリザードマンじゃ、強さもその脅威もレベルが違い過ぎます。だから、ちまたでは、その『剣術使い』の方が、最有力な異世界の勇者なんじゃないかと、噂されてるくらいなんですぜ!」
そっか、そいつはスゲーな!
えっと……。
『剣術使い』って、一体誰だっけ?
たしか以前、玉木が俺に教えてくれた事があったよな。その時は『剣術使い』の詩織ちゃんって言ってたから――。
「あっ……」
「どうしましたかい? 旦那?」
「いや。何でもない。ただまあ、何となく納得をしたと言うか……」
『剣術使い』は、うちのクラスの雪咲詩織か。
雪咲はたしかゲーム部に所属していて、FPSゲームの達人だったはずだ。
俺は詳しくないが、日本でも有名なゲーム大会に出場して、かなりの成績をあげていたらしい。顔出しして動画配信サイトでゲーム実況もしていたみたいだしな。
でも、基本ソロゲームメインで、誰かと群れる事をめっちゃ嫌ってた印象がある。
だから、きっと倉持達とも群れたくなかったんだろうな。なんか、こういうサバイバルな世界だと、もの凄く実力を発揮しそうなタイプではあった。
「――という訳で、どうして旦那のカディス討伐がタイミングが悪かったか、分かって貰えましたかい?」
「えっ、あっ、そうか! そうなると……」
「そういう事です。せっかくグランデイル王国が自前の勇者の活躍を宣伝しよう――って時に、どこぞの無能認定したはずの勇者が、伝説の地竜を倒した! なんて報せが噂として広まってしまいそうなんですからね! まあ、気分は害されるでしょうよ。どう考えても、伝説の地竜退治の方がインパクトがありますし」
「そんな事言われてもなぁ〜〜。そんなグランデイルの都合なんて俺は知らないし……」
うん……今思うと。
この時は、まだ俺にも余裕があったんだよな。
カディスを倒してまだ、俺の頭の中もお祭り気分が抜けていなかったんだと思う。
――だってそうだろう?
俺、異世界生活が楽しい……だなんて、盛大な勘違いをするくらいに浮かれきってたんだし。
この異世界にやって来て。
俺は嫌という程、学んだはずだったのにな。
この世界は、コンビニの勇者に対してはやたら冷たい。現実はネット小説のように全然、優しい展開にはなってくれないんだ……ってさ。
それは、その日の夜に突然……やって来た。
「大変よ〜〜、彼方くん起きてよ〜〜!!」
「うーん……。どうしたんだよ、玉木。俺は、まだ眠いんだけど」
「彼方様! 大変です、起きて下さい!」
「んん、ティーナもか? こんな夜に一体どうしたんだ……?」
俺は事務所の床に敷いた布団から、体を起こす。
一体何だって言うんだ。こんな深夜に俺を起こすなんて……。
――んん?
確かこのシチュエーションって、以前にもあったような……。
「彼方くん、大変なのよ〜〜! また、コンビニが取り囲まれているのよ〜! 今度は以前より遥かに沢山の騎士の集団に!」
「――何だって!?」
俺は慌てて飛び起きて、コンビニの周囲の様子を探る。
たしかに外の様子が騒がしい。
外はまだ暗い深夜だというのに……騒々しい物音が。コンビニの中にまで聞こえて来る。
俺は監視カメラと、ドローンの映像からコンビニを取り囲む銀色の騎士達の姿を見て、愕然とする――。
こいつらは、グランデイルの騎士団だ。
俺にとってはトラウマもんの想い出だから、よく覚えている。
しかも――。
今回はコンビニを取り囲むその数が、3000人は超えているぞ……。




