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第二百六十九話 アリスの持つ潜在能力


 倉持、名取との話し合いを無事に終えて。


 ようやく俺は事務所を出て、みんなのいる所に戻って一息をつく事にした。



「ん……? 何だ、この魚がこんがりと焼ける美味しそうな匂いは?」



 事務所を出て。すぐに俺の鼻腔(びくう)の奥には、魚が焼ける香ばしい匂いが入り込んできた。うちのコンビニには、焼き魚を作れるフィッシュロースターとか扱ってたっけかな?



「ああ〜っ! やっと部屋から出てきたんだ、変態お兄さ〜ん! もう、あまりにも遅いから、美味しいサバ焼きをみんなで先に食べちゃってたんだにゃ〜!」



 香ばしい魚の匂いの出所は、コンビニの店内からのようだ。


 どうやら、カセットコンロに火をつけて。サバ缶からとりだしたサバをフライパンで、香味料を付けながら味付けをして焼き上げているらしい。


 もふもふ猫娘のフィートが、舌をハフハフとさせながら美味しそうな焼きサバに食らいついている。そして『ぎにゃあ〜〜!』と、こんがり焼かれたサバのあまりの熱さに身悶えていた。



 うん、うん。予想通りの猫舌であったようだな、もふもふ娘よ。



「彼方様、お帰りなさいませ! アリスさんがコンビニの調理器具を使って、魚料理を作って下さったんです。彼方様の分もありますので、ぜひ一緒に食べましょう」


「コンビニの勇者様。お口に合うかどうかは、分かりませんが……。もしよろしければ、ぜひ味わってみて下さい。これは西方風の味付けをした、特製の焼き魚料理になります」


「えっ? あ、ありがとう……アリス!」



 ティーナが俺の分のフォークと箸も両方用意をしてくれた。


 アリスは料理が得意と聞いていたけれど。異世界のカセットコンロを、こんなにも上手に使いこなしている事に俺は驚いた。


 正直な所、俺も……事務所の中で倉持達とずっと話しっぱなしだったからな。ちょうど小腹が減ってきていて、何か食べたいなぁと思っていた所だった。



 ――ガチャリ。


 後ろから、事務所のドアが開く音が聞こえてくる。遅れて倉持と名取の2人も、こちらにやって来たようだ。



「おーい、倉持、名取も良かったら一緒に食べようぜ! アリスが美味しい魚料理を作ってくれたんだよ」


 俺は新参メンバーである、倉持と名取にも一緒に食事をしようと声を掛ける。


「……ふむ。これはこれは、とても美味しそうな匂いのする料理ですね。アリスさん、料理をしている時のあなたの顔は本当に美しいです。僕は家庭的で美味しい料理の作れる女性は、本当に魅力的だと思いますよ」


「えっ、美しいだなんて、そんな……! 本当にありがとうございます、倉持様」


「ふふ。全部、本当の事ですよ。女性の魅力は外見だけではありません。内面が輝く事で、よりその洗練された美しさが引き立つものなのです。こんなにも美味しそうな魚料理を作れるのは、あなたの心が本当に………痛ってぇぇえええぇぇぇっ!!!」


「ええっ!? 私って、そんなに『痛い』女性だったのでしょうか!?」


「――いえいえいえ! 決してそんな事はありましぇんよ! 僕達もぜひ、ご一緒に食事をさせて頂きますね」



 倉持、お前……目から大粒の涙が出ていないか?



 ……後、絶対に今。後ろから名取が思いっきり倉持のケツをつねってたよな?


 うん。俺はこの2人の関係には深く触れない事に決めているからな。今回も何も見なかった事にしよう。

 うっかり触れてしまうと、何か恐ろしいドツボにはまったり。地雷を踏みそうな予感がプンプンする。


 だからここは、猟奇的な勇者カップルの事は無視をして。せっかくの美味しい料理が冷めないうちに、みんなで楽しく頂く事にしようじゃないか。



 女神の泉までの道中は、まだ2日ほどある。


 それまでに倉持と名取をみんなに馴染ませて、打ち解かせておく事も必要だろう。

 

 それにしても、本当にここに他のクラスのメンバーが混ざっていなくて良かったと思う。



 カフェ好き3人娘達や、特に倉持嫌いの急先鋒でもある紗和乃(さわの)がここにいたのなら。

 きっと、こんなにも和やかな食事会には絶対にならなかっただろうな。もしかしたら、焼き魚が血まみれに染まっていたかもしれないぞ。



「……倉持殿。コンビニの勇者殿との会話はどうでしたか? 色々な事を知る事が出来て、ビックリしたのではないですか?」


 ククリアがペットボトルからカップに注いだ紅茶を、王族らしく優雅に飲みながら倉持に尋ねる。


「えっ、ええ。そ、そうですね……! 僕は本当にこの世界の事を何も分かっていませんでしたので、博識な彼方くんのおかげで、たくさん勉強をさせて頂く事が出来ました!」


 一言一言に、全身をビクビクと震わせながら。ククリアに頭を深く深く下げる倉持。

 うん。こいつはどうしてククリアに対しては、いつも低姿勢で小動物のように怯えた態度をするんだろうな?


 見た目はイケメンだけど、その中身は女王様キャラに痛ぶられる事に喜びを感じる真性のマゾ体質。

 そして見た目がロリ娘のククリアには、怯えた態度を取るという謎の設定。


 もふもふ猫娘のフィートと接する時は普通だけど、アリスやティーナのような美女を前にすると、天然ホストぶりを自動発動させる……と。



 もう、倉持のキャラ設定がよく分からんな。


 まあ、ついでに幼馴染の俺と接する時に、いつも上からマウントを取ってきたり。突然、しおらしくなったりもする、多属性持ちの残念イケメン男って事に今はしておくか。



「あの……コンビニの勇者様。私の焼いたお魚料理は、お口に合わなかったでしょうか……?」


 黒髪のアリスが、恐る恐る小声で俺に尋ねてきた。


「えっ? ああ、この焼きサバ料理、めっちゃ美味しいよ! 不思議な味付けだけど、アリスはどこでこの料理の味付けを覚えたんだ?」


 自分の作った料理を俺に美味しいと言われて。黒髪のアリスは、『良かったぁ……』と大きく安堵の息を漏らした。


「ハイ、私は西方の土地出身ですので。料理の味付けも西方風のものに自然となってしまうんです」


 なるほど、西方風味の料理か。日本でも大阪とか、名古屋とか、関西風の味付けが存在しているように。この世界でも地域によって、微妙な味付けの変化があるのかもしれないな。


 確かうちの通商担当大臣のザリルも、西方出身の商人と言っていた気がする。



「西方というと……カルツェン王国とか、ドリシア王国の辺りの出身だったりするのかな?」


 もしドリシア王国の出身なら、女王であるククリアの事をアリスは知っているはずだ。なにせククリアは、『世界の叡智』としても有名な女王様らしいからな。


「そ、それが………」


 なぜか俺の質問に、困惑した顔を浮かべて慌てるアリス。……ん? 俺、何か困るような事を言ったのかな?



「彼方様。アリスさんは、実は記憶喪失なんですよ」


「えっ!? 記憶喪失だって……?」



 困惑する俺に、ティーナがアリスに変わって説明をしてくれた。


 何でも、西方の地に住んでいたアリスは……何かしらの大きな外的ショックを受けて。突然、自分の過去の記憶を失ってしまったらしい。

 そして、東の国に自分の事を知っている者がいる……という微かな記憶だけを頼りに。このバーディア帝国に一人でやって来たという事だった。


 自分の名前以外、過去に一体何をしてきたのかも分からず。アリスは途方に暮れて、脳裏に残るわずかな記憶を頼りに人口も多く、沢山の人々で賑わっているこのバーディア帝国へとやってきたらしい。



「……そうだったのか。それは辛い事を聞いてしまったな。本当にすまない、アリス」


「いいえ、お礼を言うのは私の方です。森の中で盗賊に襲われそうになった所を、私はコンビニの勇者様に助けて頂いたのです。大恩ある勇者様に感謝しているのは、私の方なんですから」



 アリスは俺に向かって深く頭を下げる。


 そして特に何も気にしてはいませんよと、俺に満面の笑みで再び笑いかけてくれた。



 うーん、失った記憶を探し求める旅か……。


 アリスは回復魔法が得意のようだし。この世界では、回復魔法を使える人物はかなり珍しいみたいだからな。それだけ特徴的な能力を持っているアリスの事を、この帝国の中に居る誰かが憶えてくれていたら良いなと俺も思う。



 俺は思わず、横目でチラリとククリアの方を見た。


 ククリアは俺の目線に気付き。他のみんなには聞こえないような小声で、こっそりと俺の耳元に話しかけてくる。



「……コンビニの勇者殿。本当はボクの持つ『共有(パートナー)』の能力が健在なら、アリスさんの記憶を少しでも感じ取れたのかもしれませんが。残念ながら、今のボクにはそれが失われてしまっているので、彼女の記憶を調べる事が出来ません。なので、アリスさんが本当に記憶喪失なのかどうかは、残念ながら真偽不明です」



 俺はククリアにだけは、新参のメンバーであるアリスに対して、強い違和感を感じていると伝えていた。


 だからククリアも、アリスの事を調べたい気持ちもあったのだろう。

 

 現在は魔王軍の紫魔龍公爵パープル・インテリジェンスである、メリッサとの意識と記憶の同化が進んでいるククリアには……。他者の記憶を読み取る共有の能力が薄れてしまっている。

 だからアリスの素性が調べられない事が、とても残念そうだった。



 まあ、それは仕方ないさ……と俺は思う。


 その代わりに、冬馬このはの守護者であるメリッサの力と知識がククリアに復活しつつある事は、俺にとってもメリットが多かった。


 今回のバーディア帝国訪問のメンバーには、俺はコンビニの守護者達を連れてこなかった。


 だからここには、レイチェルさんも。セーリスも、アイリーンもいない。戦力的に、大幅なレベルアップを遂げたコンビニの勇者の俺がいるとはいえ。他にも敵と戦う事の出来るメンバーが、どうしても欲しい所だからな。


 優れた剣士でもある、皇帝ミズガルドがパーティメンバーから抜けてしまった以上……。


 今のコンビニメンバーの中で、俺と共に敵と戦うメンバーとして期待出来るのはククリアだけだ。だから共有の能力が薄まったとしても、紫魔龍公爵の力を継承するククリアが居てくれる事は本当に心強かった。



 そして回復魔法が使えるという、アリスを女神の泉探索の旅に連れて来たのも。『回復術師(ヒールマスター)』である、香苗美花(かなえみか)が不在のメンバーの中で……。味方の怪我の治療が行えるメンバーが、どうしても欲しかったからだ。

 


 もし、夜月皇帝が従えているライオン兵達に襲われて。それこそ、誰かが片腕を食いちぎられたり。足を失うような重症を負ったら大変な事になる。



 俺は大切な仲間を失うという、朝霧(あさぎり)からの未来予知を受けている。いいや、朝霧の場合は予知ではないな。

 確定した未来を、物語の登場人物達にメタ目線からネタバレしてくる、気まぐれな神様による『宣告』だ。


 今回の旅で、俺は大切なティーナが死んでしまうという最悪の可能性を避ける為には……。回復の出来るメンバーがいない状態で女神の泉に向かうという事に、どうしても強い不安があった。



 だから、まだ違和感は(ぬぐ)えずにはいるけれど。


 フィートを始めとする、みんなとも打ち解けていて。ティーナとも仲の良いアリスを、今回の女神の泉探索の旅に連れて行く事に決めたんだ。



「そうなんですね。アリスさんには、そのような辛い事情があったのですね。僕には人の記憶を復元するような能力はありませんが……。その人が持つステータスの一部を知る事の出来る『鑑定(ジャッジメント)』という、上級魔法を使う事が出来ます。もし宜しければ、アリスさんの事をこの僕が調べてみましょうか?」


 俺達の会話を勝手に横から聞いていたイケメンホストが、急に発情スイッチが入ったかのように動き出した。


 おいおい、大丈夫なのかよ? また、名取に尻をつねられないようにしろよ、倉持。


「ほ、本当ですか……? ぜひ、お願い致します、倉持様! 私、なぜか自分自身に対して能力確認(ステータスチェック)の魔法を唱えても、自分のステータスを確認する事が出来なくなっていたので、本当に困っていたんです……」


能力確認(ステータスチェック)が出来ない? なるほど、そのような事もあるのですね……。もしかしたらそれは、記憶を喪失してしまった事と何か関係があるのかもしれないですね」


 イケメンホストが、もっとらしく首を傾げて。悩める少女の問題を解決してあげようとする、紳士風な雰囲気を勝手に(かも)し出している。


 隣で聞いていたククリアも、『うーん……』と唸りながら不思議そうな顔をしていた。



 確かにな。この世界では、誰もが『能力確認(ステータスチェック)』と唱えるだけで、自分が持つ能力(ステータス)を確認する事が出来ると俺も聞いていた。


 アリスが自身の能力を自分で見る事が出来ないというのは……何か特殊な事情でもあるのだろうか?



「では、アリスさん。目を閉じて、僕の両手で強く握って下さい」


「こ、こうですか? 倉持様はとても格好良い勇者様ですので。手を握られると、私、何だか凄く緊張しちゃいます……」



 うん。俺が断言してやるよ。


 きっとその『鑑定(ジャッジメント)』の魔法を使うのに。対象人物の手を握る必要は全く無いと思うぜ。


 ちなみにそれは、日本ではただの『セクハラ』っていう名前の魔法なんだぜ。

 かなり高度な上級魔法だから、高確率で副作用を発症して。後で警察に逮捕されたり、訴えられて裁判所に連れて行かれたりするらしいけどな。


 まあ、俺はそんな魔法は使った事が無いから知らんけど。



「――『鑑定(ジャッジ・メント)』――!」



 倉持が最もらしい大声を上げて。


 黒髪ショートで、青い瞳の色をした美人のアリスに鑑定の上級魔法をかける。


 

 全員がシーンとして、倉持の様子を見守る中――。


 魔法をかけた倉持だけが、なぜか両目を大きく見開いて。驚くような表情を浮かべていた。



「――倉持。どうだったんだ? アリスの事で何か分かったのか?」



 俺は恐る恐る、倉持に声をかけてみる。


 すると倉持は、震えるような声で。『鑑定』の魔法によって得られたアリスのステータスを、俺達に教えてくれた。



「アリスさんは……『回復騎士(ヒーリング・ナイト)』という能力(スキル)を所持した遺伝能力者です。それも、驚く程レベルが高い。測定不能なステータスも持ち合わせているようです……」


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