第二百六十一話 不死者の勇者の反逆
グランデイル軍の陣地にひしめく、白い鎧をまとったクルセイスの親衛隊――『白蟻魔法戦士』。
俺と倉持と名取の3人を取り囲んでいた白アリ兵達を、俺は得意の回し蹴りを繰り出しながら、一気に蹴散らしていく。
もちろん手加減なんて一切しない。
というか、そもそもそんな事は出来っこない。
敵を全力で攻撃する以上、こちらだって敵に殺される危険性がある。
俺は白アリ兵達を確実に仕留められるように、本気の力を込めて蹴り飛ばしている。当たり前だが、コンビニの勇者の本気の蹴りを食らった人間が、無事でいられるはずがない。
コンビニの勇者から突然の襲撃を受けた白アリ戦士達も、一斉に戦闘準備を整えて反撃を開始する。
流石に、一度に100人もの魔法戦士達と同時に戦うのは俺でもキツイ。
コンビニ店長専用のロングコートで、四方八方から飛んでくる魔法の火球を何とか防いではいるが……。
これは油断すると、マジでヤバいかもしれないな。
1人で同時に多数の敵と戦うのは、『剣術使い』の勇者の雪咲の得意分野だ。
けれど今回の相手は全員、上級魔法を使いこなせる上に優れた剣術も扱える、グランデイル軍最強の魔法戦士達だからな。
今の俺には、助けてくれる仲間は誰もいない。
コンビニの勇者の戦力だけでは、流石に苦戦を強いられてしまう。
だから俺は援軍候補である2人に、わざとらしく大声を上げて助けを呼ぶ事にした。
「――おい! そこで突っ立っている、倉持に、名取ッ! そんな所でボーっとしていないで、早く俺に加勢をしてくれ! お前達は邪悪なグランデイル女王のクルセイスに反旗を翻して、俺と一緒に戦うんじゃなかったのかよ?」
俺の声を聞いた、倉持は……。
ワナワナと全身を震えさせながら、反論してくる。
「クッ……。君は一体、何をしているんだ!? この僕の建てた完璧な計画を、まさか全く聞いていなかったんじゃないだろうな! それともそれが全然理解出来ない程に、君の脳みそは猿以下の質量しか無かったという事なのかッ!」
イケメンの委員長様が、顔を羅刹のように強張らせて。めっちゃ俺に向かって吠えてきているな。まさに怒り心頭って感じだ。
まあ、倉持の気持ちも分からなくもない。
倉持の完璧プランはこれでもう、滅茶苦茶になってしまったんだからな。
コンビニの勇者は、グランデイル軍には決して投降しない。
それどころか、クルセイスの親衛隊達と死闘を繰り広げ。元クラスメイトである1軍の勇者の2人に、俺は最終的な決断を迫ろうとしている。
つまり……俺か、クルセイスか。
どちらの味方につくつもりなのか、この場でハッキリと意思表示をしてみせろ、ってな!
俺は2人の決断を促す為にも、もう一度、大きな声で改めて倉持と名取に俺への援護を呼びかける事にした。
「――さあ、倉持、名取! この場で決めるんだ! この俺と一緒に女王のクルセイスと戦うのか。それとも、一生サイコパス女に従属をして、俺達コンビニ共和国の仲間と争う道を選ぶのか! 今、この場で……お前達自身の意思で未来の道を決めるんだ!」
倉持はコンビニの勇者である、この俺と一緒に女神の泉に向かいたかったに違いない。
そこで『不死者』の勇者の能力を、大幅にパワーアップさせて。クルセイスに対する反撃の準備を整えてから、ゆっくりとグランデイル王国に反旗を翻すつもりだったのだろう。
――でも、生憎とこの俺がそうはさせないぜ!
そもそも俺は、お前と名取の2人を信用する事が出来ない。
ティーナをカラム城に置いて、ノコノコとお前達と行動を共にした結果……。最後に裏切られたりでもしたら、目も当てられないからな。
女神の泉の場所なんて、実は知りませんでした。
そうしてまんまと騙して、仲間から孤立させたコンビニの勇者を……。あの薔薇の魔女や、クルセイス達が一緒になって、森の中で罠を張って待ち構えているなんて事も十分に有り得る。
そもそも、倉持。てめーはその手を使って、仲間であった2軍の勇者達8人を森の中に引きずり込み。クルセイスがみんなを殺害するのを助けたのだろう?
今、お前が俺にしようとしている事は、それと全く同じ手口じゃないか。
俺がそんな胡散臭い手に、2度も引っ掛かると思うなよ。――でも、仮に100歩譲って。お前の言っている事が正しいとしよう。
それを信用する為には、お前がこの場でクルセイスを裏切ってみせて。俺に加勢をするという態度を示さなければ、信用する事は出来ない。逆にそれをここで示す事が出来るなら、お前と名取を俺は信用しようと思う。
なぜなら、それを実行すれば。
お前達にはもう……後が無くなるからだ。
コンビニの勇者に加勢をするって事は、お前達はグランデイル王国にとっての『反乱分子』に成り下がる事になるからな。
そこまでして、全てを失う覚悟が本当にあるのなら……俺は、やっとお前達を信用出来る。
なにせ俺の決断には、ティーナの命がかかっているんだ。悪いがお前達の好きなように動いてやる程、コンビニの勇者を良い人だとは思わない方がいいぜ。
「クッッ……! こ、この、大馬鹿野郎がああああぁぁぁッ!!」
発狂した倉持が、自らの頭上に巨大な光の球体を作り上げた。
そしてそれを、サッカーのスローイングをするような動作で――。白アリ魔法戦士達に向けて、思いっきり光の球を放り投げてみせる。
””ズドドーーーーーーーーン!!!””
巨大な白い光の閃光が、大地の上で炸裂する。
凄まじい轟音と衝撃波によって、白アリ戦士達が一斉に遠くに吹き飛ばされていく。
俺はこの世界の魔法の知識には乏しいが、倉持はかなり威力がある上級魔法の光球を作り出し。それを味方であるはずの白アリ戦士達に向けて放った事だけは理解出来た。
そして、それはつまり――。
『不死者』の勇者である倉持悠都が……。グランデイル王国に対して完全に敵対する意思を示したという、狼煙の意味があるのは間違いなかった。
「よーし! 良くやったぜ、倉持! グッジョブだ!」
「うるさいぞ、このヘボ彼方!! 僕が魔法でコイツらの足を止めるから。さっさとその気持ちの悪い動きをした脚技で、コイツらのトドメを刺していけよ!!」
倉持は、こちらを振り返る事もせずに。
次々と魔法の光球を両手に生み出し。白い魔法戦士達に向けて連続で放ち続けていく。
もちろん反旗を翻した裏切り者の倉持を、クルセイスの親衛隊達は決して見逃したりはしない。
さっきまで一斉に俺に向けて放ってきていた、火炎球の攻撃を。今度は、『不死者』の勇者である倉持に向けて、集中砲火を浴びせていく。
「――美雪さん、頼みます!」
倉持の叫び声に反応して。
『結界師』の名取が、透明な防御結界を倉持の周囲に展開した。
”ズドドドーーーーーン!!!”
倉持に向けて放たれる、無数の魔法の火炎球。それらは、名取が倉持に張った防御結界によって弾かれる。
これで『結界師』の勇者も、倉持と同じく。グランデイル王国に対して反逆する異世界の勇者の一味にめでたく参加した訳だ。
倉持の名取は、絶妙なコンビネーションでクルセイスの親衛隊達に魔法攻撃を次々と仕掛けていく。
倉持は剣を振るったり、武器を用いて敵と戦うタイプの勇者ではない。自身が持つ、もう一つの能力。
『女神の祝福』による、上級魔法を使用した魔法攻撃を得意とする勇者だ。
倉持が俺達、異世界の勇者達の中では割と珍しい、魔法使いタイプの能力者である事は間違いない。
そして名取は、完全に防御に徹した能力を持つ異世界の勇者だ。攻撃手段こそ持たないが、敵の動きを封じたり、味方を守る防御結界を張る事が出来る。
コンビニの勇者の力だけでは、流石に苦戦しそうな戦いではあったけど。
倉持や名取の2人が参戦してくれたおかげで。白蟻魔法戦士の攻撃目標が、分散してくれたのはマジで助かった。
よーし、そういう事なら俺も本気で戦わせて貰う事にするぞ!
「倉持ッ!! いったん、俺から遠くに離れてくれ! 名取は倉持を守る防御結界を周囲に張って欲しい!」
俺はその場で大ジャンプをして。両肩に浮かんでいる、銀色の球体の照準を地表に固定させる。
「いっくぞーーッ!! この世から消し飛びやがれーーーッ!! 必殺、『青双龍波動砲』ーーッ!!」
”ズドドーーーーーーーーン!!!”
俺の肩から発射された、2本の聖なるレーザー光線が大地を焼き尽くす。
俺達を取り囲んでいた100人を超えるクルセイスの親衛隊達は、一瞬でこの世から蒸発して消え失せた。
狙いはギリギリ最低限に絞ったからな。白アリ以外のグランデイル軍の騎士には、犠牲は出なかったはずだ。
青い聖なる2本の光が、地上から消失した後――。
グランデイル王国軍が誇る、白い魔法戦士部隊が完全に消滅したのを確認した騎士達は、慌てふためいてその場から撤退を開始していく。
「く、倉持様が……! コンビニの勇者と共に、グランデイル王国に反旗を翻したぞ!」
「逃げろーーっ! 全軍撤退するんだ!! 異世界の勇者達が我々を裏切ったぞーーー!」
「クルセイス様にすぐに報告するんだ! グランデイル南進軍の総大将……『不死者』の勇者と、『結界師』の勇者が、敵軍に寝返ったぞーー!! 急げ、早馬を本国に走らせるんだッ!」
まさか味方の軍勢を率いてきた、総大将の倉持が裏切るとは思わなかったグランデイルの騎士達。
彼らは指揮系統を完全に失い、急いで撤退を開始していく。
更にはコンビニの勇者が放った、レーザー砲の圧倒的な威力を間近で見せられて。彼らは、完全に戦意を喪失してしまったらしい。
遠い異国の地で、自分達の指揮官が裏切り。
最大戦力の魔法戦士部隊は全滅。
しかも相手は、伝説の異世界の勇者が3人だ。なんの指揮権も持たない一般の兵士達が、クルセイスの為に玉砕覚悟で、俺達に突撃しようとするはずも無い。
3万人を超える大兵力を持ったグランデイル南進軍は、包囲していたカラム城を一斉に放棄して。
一目散に戦場を離れて、逃走していった。
そして、プスプスとまだ土の焼け焦げた匂いのする、乾いた大地の上には――。
コンビニの勇者と、不死者の勇者と。そして、結界師の勇者の3人だけが取り残されている。
「――おい、ヘボ彼方ッ!! 君は、自分が何をしでかしたのか本当に分かっているのか!!」
激昂した倉持が、俺にすごい勢いで駆け寄ってくる。
「……ん? お前達を監視していたクルセイスの親衛隊を排除してやっただけだぜ? それなのに、何で困ったような顔をしてるんだよ。お前達は、元々邪悪なグランデイル王国の女王に対して、反旗を翻すつもりだったと言ってたじゃないか」
「それは女神の泉に辿り着いてからだと、さっき説明したはずだ! この脳みそチンパンジー以下め! 君のせいで僕の計画は、全部台無しになってしまったんだぞ。僕と美雪さんが水面下で集めてきた、グランデイル軍に潜む反乱勢力も全て散り散りになってしまった。君は本当に自分のした事の意味が分かっているのか!」
倉持は俺に対して、怒声を浴びせかけてくるが。
決して俺の胸ぐらを掴んだり、殴りかかったりはしてこない。
……当然だ。コンビニの勇者と不死者の勇者では、その実力に差があり過ぎる。たった今、俺は倉持と名取の目の前で、それを見せつけたばかりだしな。
倉持達を監視していたという、クルセイスに仕える白アリ魔法戦士隊を俺は一瞬で蒸発させた。
それだけでも、コンビニの勇者の力は十分に理解が出来たはずだ。そして倉持はそれが分かっているからこそ、最強の能力を持つ俺を護衛役として同行させたかったのだろう。
「……倉持、お前は自分にとって有利な立場を維持した状態で、女神の泉に向かいたかったんだろう。もし、女神の泉に辿り着けなかった時は、俺の事を切り捨てる算段も考えていたはずだ。なにせその時には、お前達はまだクルセイスを裏切っていないんだからな」
「クッ………!!」
図星をさされて、目線を逸らす倉持。
「そんな中途半端な状態のお前を、俺は信用する事は出来ない。実際にクルセイスを裏切る覚悟が本当にあるのかどうか……悪いがそれを試させて貰った。まあ、元々俺はお前に何度も殺されかけてる身だしな。お前からの提案に『ハイ、分かりました』と、素直に返事する訳が無いだろう。まずは、お前が本当に信用出来るのか試すのは当然の事だぜ」
倉持は、しばらく歯軋りをしながら悔しがっていたが……。
やがて、ガクッと肩を落とし。
膝を折って、その場に座り込んだ。どうやら、やっと諦めがついて観念したらしいな。
名取は、そんな倉持を心配するように寄り添って。倉持の背中をずっとさすってあげている。
「分かったよ……。こうなってしまってはもう、仕方がないだろう。僕達がクルセイスに反旗を翻すつもりだったのは本当の事だ。だから、その点に関しては信じて貰いたい。そして、君を利用して有利な立場を維持したままで、目的を成し遂げようとしていた事も認めるよ。すまなかった……」
倉持にしては、やけに素直に俺に対して頭を下げてきたな。
俺としても、まだ倉持を心から信用出来ない気持ちはある。だけど、倉持と名取の立場にたった場合、2人にはもう後ろ盾が無くなり、後が無い状況に追い込まれている事は分かる。
倉持と名取には、今後はコンビニの勇者と協力をして生きていく道しか残されていないはずだ。
2人だけの力で女神の泉に向かうのは不可能だし。
このままでは、裏切り者としてクルセイスに始末されてしまうだけだろう。
俺は自信を完全に喪失して。ボロボロな精神状態に追い込まれた倉持に、そっと手を差し伸べてやる。
「まぁ、色々とあったけどな。改めてようこそだ、倉持。俺達コンビニ共和国は、選抜勇者のリーダーであるお前を歓迎しよう。これからは共に、グランデイル王国と戦う勇者として、お前の力を俺に貸してくれ」
もちろん、色々と思う事はある。
コイツに今までされた数々の嫌がらせや、敵対行為を許せるか……と言うと。俺はどっちかというと心がかなーり狭い方だからな。
正直、そこまで寛容な気持ちにはなれない部分も、確かにある。
だけど、遠い昔に少しだけ仲の良かった幼馴染が、異世界で落ち込んで憔悴している姿を見て。
共通の目的を達成する為に、俺は倉持と行動を共にする道をなぜか選んでしまったのは間違いなかった。
何よりそれが、ティーナの運命を救う道にも繋がると思ったからだ。……正直、バーディア帝国遠征組に他のクラスの仲間がいなくて良かったと、今更ながらに思ったけどな。
みんなはきっと、倉持の帰還を絶対に許さない気がするしな。
「まったく……。子供の頃の君はボロボロに僕を負かせた後で、絶対に敗者に手なんて差しのべてはくれなかったくせに。大人になってから心変わりをするなんて、本当にズルい奴だよ君は……」
「――んん? 何だよソレ。一体いつの話だ?」
「……やっぱり憶えていなかったのか、このクソ彼方め! 君は僕のプライドを人生で初めて粉々に砕いた、張本人なんだぞ! この無自覚ヘボヘボ魔神めッ!」
「知らねーよ。俺には何の事だかサッパリだぞ! ……でも、もしかして子供時代の『将棋大会』の事を言ってるなら、アレは仕方がないだろ。俺はゲームに関しては、絶対に手加減しないタイプの性格だからな」
「やっぱり、憶えていたんじゃないか! もう、許さん! 今日こそは、この僕が君をボコボコに叩きのめしてやるからなッ!!」
倉持が鬼の形相をして、俺を追いかけてきた。
そんな倉持から、なぜか必死に逃げ回る俺。
……って、何だよこの状況は。やめろよ! 浜辺で追いかけっこをしてるバカップルみたいな雰囲気になってるじゃないか。
「――おい、名取ッ! お前の彼氏が、欲求不満で盛りのついたサルみたいになって俺を追いかけてきてるぞ! 早く止めてやってくれよ……って、名取……?」
名取はいつの間にかに、白いスケッチブックのようなモノを取り出し。
必死に追いかけっこをしている、俺と倉持の様子を顔を赤らめて、呼吸を乱しながら。羽ペンを使って猛スピードで紙に描き込み始めている。
えっ、名取ってもしかして……。そっち系が大好きな奴だったりしたのか?
だとしたら、絶対この状況を止めてくれないんじゃないのか。むしろ心底楽しんでるような顔をしてるけど……。
「うおおおおぉぉ!! お前ら本当に勘弁しろよなッッ――!!」
倉持から必死に逃げ回る、俺の脳内には……。
懐かしいレイチェルさんの声が、響き渡っていた。
『――ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました!』