第二百五十九話 倉持からの提案
俺を黒い球体シールドの中に閉じ込めた、倉持と名取の2人の異世界の勇者達。
外からは黒い球体の中を覗く事は出来ず。球体内部の音声も外界とは完全に遮断され、シールドの外には決して漏れる事がない。
まさにプライバシー保護機能バッチリな、この閉鎖された密室空間の中で。倉持はいきなり俺に、とんでもない提案をしてきやがった。
「……グランデイルのクルセイスに対して反旗を翻すだって? それはどういう意味なんだ? もちろん説明はしてくれるんだろうな、倉持?」
「もちろんだよ、彼方くん。その為に僕はわざと君と争うような演技までして、僕を監視しているクルセイスの親衛隊達の目を欺いたんだからね」
倉持が片目をパチッと閉じて。テレビのCMに出演しているトレンディ俳優のような、爽やか笑顔で微笑みかけてきた。
その横にいる名取は相変わらずの無表情なので、このコンビは普段、どういう感じで会話をしているのか気になる所だな。
「……さっきも言ったと思うけどね。僕はクルセイスから常に監視をされている身分なんだよ。正確には、クルセイスの親衛隊である『白蟻魔法戦士』隊にだけどね。僕が率いているグランデイル南進軍にも、100名近く彼らが混ざっている。彼らはこの僕を護衛するという名目で所属しているけれど、実際はクルセイスから、もし僕と美雪さんが反抗的な態度を示したら、すぐにでも始末するようにと指示を受けているのさ」
「じゃあ、そいつらに俺との秘密の会談内容がバレないように。わざと黒い球体シールドで周囲を覆わさせたという訳なのか?」
「そうさ。ここなら内部の挙動や音声は外には一切漏れない。僕はコンビニの勇者の彼方くんと会談をしようとした。でも、問答無用で足蹴りをかましてきた、無法者で脳みそが猿以下の野蛮なコンビニの勇者に暴力を振るわれて……。やむなく見かねた美雪さんが、僕を守る為に黒い球体シールドを張ってくれたという筋書きになっているのさ。――ね、僕のアイデアは完璧だろう?」
ニンマリと白い歯をキラキラと輝かせる倉持。
まるで芸能人みたいに、整った白い歯を見せつけてきやがって。それだけ歯を白くするのに、どれだけホワイトニングしたのか気になるくらいだぜ。
まあ、俺みたいな凡人には想像出来ないくらいの大金をイケメン化に費やして、涙ぐましい努力をしているんだろうけどな。
それにたしか……子供の頃のコイツの歯は、結構隙間だらけだったのを覚えている。だからたぶん、歯科矯正も完璧に済ませているのだろう。
「なるほど。最初から俺との会談がお前の目的だったという事は理解した。でもよりにもよって、お前と一緒に密室空間に閉じ込められるなんてな……。まだここに名取がいてくれるから、ギリギリ耐えれているけど。もしお前と2人きりで閉じ込められていたら、俺はきっと発狂していたと思うぜ」
「……おやおや、それは随分と酷い言われようだね。これでも僕はクラスのみんなに愛されている委員長だ。それに幼少期の彼方くんとは、一緒に街の市営プールに行って、着替えの更衣室で裸を晒しあった事もある深い仲じゃないか」
くっくっく……と、倉持は喉をゴロゴロと鳴らすような笑い方をする。
――おい、やめろ。
それ以上、俺の黒歴史を掘り起こすと。条件反射で俺の両肩に浮かぶ銀色の球体から、青いレーザービームがお前に向かって放出されてしまう可能性があるぞ。
もはやそのイケメン顔以外、何も誇れるものが無くなったお前の最後の長所を、青いレーザー砲で一瞬にして溶かされたくなかったら。子供時代の俺との想い出話は、そこまでにしておくんだな。
「分かった。クルセイスの親衛隊に悟られないようにしてまで、俺と話したかったというお前の真の目的。クルセイスへの反旗を翻すという計画を、ぜひ聞かせて貰おうじゃないか」
「ふふ。ようやく僕との交渉に乗ってくれる気になってくれたんだね。僕は嬉しいよ、彼方くん。……さっそくだけど、僕からの提案は、君に僕達の仲間になって欲しいという事なんだ」
「僕達というのは、お前と、ここにいる名取の2人という認識でいいんだな?」
俺は警戒を緩めずに、倉持に問いかける。
正直、コイツとの交渉に真面目に乗る気はさらさら無い。見た目のほとんどが詐欺師オーラ全開のコイツを信用する奴なんて、俺達のクラスの中では、もう誰もいないんじゃないだろうか。
それに殺害されてしまった2軍のみんなの件も、俺はコイツに必ず問い詰めないといけない。
それらも全部含めて、今の俺は倉持から情報を出来る限り引き出したい。ただ、それだけだ。名取についても、倉持の言う通りに動く従者のような存在だから、やはり信用はしていない。
俺は何としても、ティーナの未来が閉ざされてしまう事態を避けなくてはならないんだ。
つまりここでの俺の選択次第では、ティーナが死に至る危険に直結してしまう可能性も十分にある。
だから正直、倉持の事は本当にどうでもいい。
ただ、コイツのからの提案をしっかりと見極めて。それがティーナの運命に関わる可能性があるのかどうかだけを、俺はしっかりと精査するつもりだ。
「うん、そうだね。概ねその認識で合っているけれど、ちょっとだけ違うかな? 僕と美雪さんの2人が連帯しているのは間違いないけれど。実は僕が率いているこのグランデイル南進軍の中にも、たくさんの協力者がいるんだよ」
「協力者だって? それはどういう意味なんだ?」
俺は倉持に説明を求める。
何でも倉持が言うには、ここにいる約3万人を超えるグランデイル軍の中には、現在のクルセイスの強硬なやり方に反感を持っている騎士達。いわゆる……反乱勢力も多数混じっているとの事だった。
「クルセイスの行動に異を唱えるような人達が、グランデイル軍の中にもちゃんといたんだな……」
正直、今のグランデイル軍は何を目的に動いているのだろうと疑問に思った事があった。
もちろん、俺を魔王扱いしたように。もっともらしい理由をつけて、自国の騎士達を上層部の連中が上手に操っているんだろうとは思うけど。
急な世界侵略行為に対して、疑問や不満を持つような騎士達も内部には存在していたという事だろうか?
「まあ、それは当然の事さ。なにせ女神教に協力をして、人類の敵である魔王と戦っていたはずなのに。いきなり手のひらを返して、グランデイル王国は世界中の国々を相手に侵略戦争を始めてしまったんだからね。女王であるクルセイスの強引なやり方に、反感を抱く者達だって中には当然いるさ」
「でも、そういった連中がどうしてお前の下に集まってきているんだ? それには何か理由があるのか?」
倉持は前髪をバサリと片手でかき上げると。その場で口を尖らせて『フッ……』と白い吐息を吐く。
それを横目で見た、倉持ファンであるはずの名取は……。キュンキュンするどころか、ずっと無表情のままだった。
むしろ心なしか呆れているようにも見えるけど、名取はこんなナルシスト男のどこに惚れているんだろうな?
「もちろん、僕が持つ上級魔法『魅了』で心を操ったりした騎士達も一部はいるけどね。でもほとんどは、僕と美雪さんが水面下で地道に行い続けたロビー活動の成果だと言えるだろうね。僕達は、あのクルセイスの支配から抜け出す為に、必死に抵抗を続けてきていたという訳なんだよ」
倉持がそれを言うと、どうも胡散臭く感じてしまう。けれどその主張には納得出来る箇所も確かにあった。
「彼方くんや、他のクラスのみんなが僕の事を許さないだろうというのは分かっている。でも、僕もあのクルセイスから恐ろしい拷問を受けて、命を5回も削り取られ、廃人同様な状態にまで追い込まれてしまった人間の1人なんだよ。アイツの精神支配から抜け出すのは、並大抵の事ではなかったからね」
倉持は視線を上げて、黒い球体の天井を1人で見つめ続けていた。
「……倉持。前回、お前と会った時に俺は聞く事が出来なかった事を、改めてこの場でお前に尋ねさせて貰うぞ。俺達のクラスメイトである2軍の勇者達、合計8名を殺したのは、あのクルセイスで間違いないんだな?」
倉持は両目を閉じて、少しだけ唇を震えさせながら。小声で……俺の問いかけに返答をした。
「間違いないよ。8人を直接殺したのはクルセイスだ。僕も彼女に脅されていたとはいえ……みんなを森の奥に誘導し、クルセイスのもとに連れていく役目を果たしてしまった。彼女は遺伝能力を持っていて、強力な電撃を自在に操る事が出来る。そしてたぶん君が想像しているよりも、遥かに強い戦闘能力を持っている。少なくとも、僕と美雪さんだけでは決してクルセイスには勝てない。それは確かだよ」
……そうか。やはり、みんなを殺害したのはクルセイスで確定なのか。
しかも、倉持もその殺害現場にいて。クルセイスによるクラスメイト惨殺行為に協力をしたらしい。
でも、その事をわざわざ正直に俺に話すという事は、今の倉持は本当に信用が出来るという事なのだろうか?
倉持にとっては、その事実を俺に伝える事で。激昂した俺に半殺しの目に遭う危険だってあったはずだ。
それか都合良く、自分はみんなの殺害には一切関わってはいなかったと、過去の事実を改変して俺に伝える事も出来たはず……。
いいや、まだ駄目だ。この事だけで、俺は倉持を全面的に信用する事は出来ない。
それだけ、俺の中の倉持信用度は絶望的に低い。
元々、マイナス100%くらいだった奴が、少しだけ改善をして。やっとマイナス70%になったくらいだ。
コイツと金森の2人だけは、死んでも信用しないと俺は決めているんだ。
「クルセイスに反旗を翻す為に、密かに賛同者を集めて。お前が名取と一緒に反クルセイスの行動を続けていたという事は分かった。でも俺を味方につけて、お前達は一体これから何をするつもりなんだ?」
「僕の話を信用してくれてありがとう、彼方くん。実はね……僕と美雪さんは、このバーディア帝国領の最南端にある『女神の泉』と呼ばれる聖地の場所を、既に特定しているんだよ」
「何だって!? 倉持、お前はあの女神の泉の場所を知っているっていうのかよ……!」
倉持の予想外な言葉聞き、俺は思わず大声を出して驚いてしまう。
一瞬だけ焦って周囲を見回してしまったけど、そうだった。名取の張っているこの黒い球体シールドは、シールド内の声が外には漏れない仕組みだったな。
俺の驚くリアクションを見て、倉持はまるで勝ち誇ったかのように、再び前髪をかき上げて白い吐息を吐く。
「そういう事なんだよ、彼方くん。まあ、正確にはそれは僕の手柄ではなく、『結界師』の能力を持つ美雪さんのおかげなんだけどね」
倉持は、自分に付き従う名取美雪の能力を俺に解説し始めた。
名取の能力は敵からの攻撃を遮断する防御結界の他に、敵の能力を抑え込む、デバフ結界。今回のように、内部の情報を外界から遮断する隠密結界。そして離れた敵の集団を遠くから索敵する事が出来る、索敵結界の能力も持っているらしい。
そういえば、俺とティーナが金森によって魔王の谷の底に落とされた時――。
一緒にいた名取の能力について。あの水道ホース野郎の金森が、ご丁寧に解説をしてくれた時があったな。
あの時も名取は、俺と玉木のいる場所を自身の持つ索敵結界を使って追跡をしてきたと言っていた。
敵側にいるせいで、あまり実感は無かったけど。
さすがは1軍の選抜勇者に選ばれただけはある。どうやら『結界師』の能力を持つ名取は、マルチで多彩な能力を発揮する事の出来る、優れた異世界の勇者である事は間違いなさそうだ。
惜しむべきは、その優秀な能力を全て。推しの倉持の為だけに全フリして使用している事だがな。
「バーディア帝国の影に君臨する、夜月皇帝が出現したという情報はグランデイル軍にも届いている。一部の戦場では既に強力なライオン兵達が出現し。僕達も大いに手を焼いている所だったからね。クルセイスも夜月皇帝の存在は脅威に感じているらしい。近々、グランデイル本国から彼女が直々に帝国領に出陣するという噂まで出ているくらいさ」
「あのクルセイスが、バーディア帝国に出陣してくるだって? それはつまり……」
「――そう。『白蟻魔法戦士』を操るグランデイル王国のクルセイスと。女神の泉を手中に収め、強力なライオン兵を無数に従えている夜月皇帝が、直接対決をするという事になるだろうね。きっと史上稀に見る、大規模な戦争がこの帝国領で起こるのは間違いない。まあ僕の予想としては、9割方、この戦争はクルセイスの勝利に終わると思っているけどね」
倉持が語るには、それほどまでにグランデイル王家の力は、凄まじく強いという事だった。
だが、それでも帝国の皇族を影から操り。
女神の泉を手中に収め。めきめきと頭角を現してきた夜月皇帝の勢力は、クルセイスにとっても無視出来ないものになっているらしい。
「美雪さんが、女神の泉の場所を特定したという情報は……まだクルセイスには伝えていない。つまり、これは僕らだけの秘密という訳なんだよ。だから、彼方くん。君に協力をして欲しいんだ。最強のコンビニの勇者が僕達の味方についてくれれば、これほど心強い事はないからね」
「俺に協力をしてくれというのは、具体的には何をしろと言う事なんだ? まさかこの俺に、クルセイスと直接戦って来いという訳じゃないんだろうな?」
俺の問いかけに対して、倉持はまたくっくっくと喉を鳴らして小さく笑う。
そして首を左右に振って。
ようやく俺に対しての、倉持達の要望を伝えてきた。
「まさか……そんな恐ろしい事はもちろん要求しないよ。まあ、君なら本当にあの恐ろしいクルセイスを倒してしまいそうで怖いんだけどね。僕と美雪さんは、これから女神の泉を目指すつもりだ。彼方くんには、僕達グランデイル南進軍に投降をしたという形で、ついて来て貰いたい。そしてクルセイスよりも先に、女神の泉に向かう道中の護衛役をお願いしたいんだ」