第二百五十話 ターニャの発見と急展開
「地下4階の映画館で、映画が流れただって!?」
コンビニカフェに集まっていた、異世界の勇者達全員が大きく両目を見開き、驚きの声を上げた。
杉田にいたっては、『ブフーッ!』と、コーヒーを口から思いっきり正面に吹き出してしまう。
杉田の唾液入りコーヒーは、正面座席に座っていたレイチェルの顔にかかる寸前で――。空中で見えない透明な壁に当たり、霧散してかき消されてしまった。
どうやらレイチェルの体には、コンビニメンバーも知らない、見えないバリアーが張られていたようだ。
「た、ターニャ……! それは、本当なのかよ!? 今まで全然動かなかったあの映画館で、映画を流す事が出来たってのは! いやいや、それよりも前に。映写室で『座標』の数字を入力したって今、言ったのか!?」
むせて気管支に、もろにコーヒーが流れ込み。
杉田が激しく咳き込みながら、ターニャに慌てて尋ねてみた。
「――ハイ、『座標』という言葉は、私が勝手に作った造語なんですけど……。コンビニホテルの各部屋で流れているテレビ番組を全て観察して回って。画面にランダムで表示されている小さな数字の羅列をメモしながら、それがきっと異世界の『位置』を現している数字なんだと思い、私は密かに研究をしてたんです」
こっそりと研究していた成果を、やっと皆の前で発表する事が出来て。得意気にニンマリと笑ってみせるターニャ。
だが……ターニャの話を聞いた異世界の勇者達は、全員その場で唖然とした顔つきを浮かべていた。
その為、『凄いぞ、ターニャ!』といった、喜びの表情を浮かべてくれなかった事に、ターニャはちょっとだけガッカリしてしまう。
……しかし、それも当然だった。
今まで、コンビニの地下4階層にある映画館は、一度も映画が上映された事のない謎のスペースとして、長い間放置されてきた。
映写室にパソコンのようなものが置かれてはいるのだが、一体何をしたら映画が上映出来るようになるのか、全くの謎だった。
そしてそれは、コンビニの地下階層を全て管理しているレイチェルでさえ同じだった。
コンビニの化身といわれるレイチェルであっても、よく分かっていないものは存在する。例えば、コンビニの中にあるATMについても、レイチェルはまだその使い方が完全に把握は出来ている訳ではない。
そんな謎の施設として、長い期間放置されてきた映画館で……人知れず映画を流す事に成功したと、ターニャはこの場で宣言したのだ。
しかもその際に、ターニャは『座標』の数字を使用したと言う。
座標とは、今現在……コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方達が、その謎を探る為にこの世界で必死に探し求めているものだ。
あの女神教の魔女達さえ、数千年の時間をかけて追い求め続けている謎に満ちたモノとされている。
それをまさか、ターニャがたった1人だけで短期間で発見したというのだろうか……?
ターニャの話を聞いて、唖然とした表情を浮かべていたのは、レイチェルも同じだった。
いや、むしろレイチェルの方が、この場にいる誰よりも険しい表情をして、幼いターニャの顔を見つめ続けている。
それは、普段の爽やか営業スマイルを浮かべているレイチェルからは、想像も出来ない真剣な表情であった。
「ターニャ……私にその話を、もっと詳しく聞かせてくれませんか?」
レイチェルが落ち着いた声音で、ターニャに呼びかけた。
いつもとは違うレイチェルの雰囲気に、ターニャは少しだけ驚きつつも、ゴクリと一度、唾を飲み込み。
改めて自身が発見した映画館の秘密を、カフェに座る異世界の勇者の面々に説明をする事にした。
「――ハイ、私はコンビニの事務所でのお仕事が終わると、いつもコンビニホテルの中にある、各部屋の清掃作業のお手伝いさせて頂いているのですが……。その中でも、異世界の番組が見られるテレビの映像を観察するのが大好きなんです。そして、毎日テレビ番組を見ている時に、私はある法則がある事に気付きました」
「ああ……あの微妙に俺達の元いた世界とは、異なる映像が流れているテレビの事か」
杉田達、異世界の勇者全員は、コンビニホテルの中に置いてあるテレビの番組を見て。過去に全員で、ガッカリしてしまった経験を持っている。
それはテレビに流れている映像が、自分達の知っている元の世界の映像とは、微妙に異なっていたからだ。
同じ日本なのに、知らない芸能人が出ている。
同じ世界のニュースなのに、聞いた事も無い国の名前がたくさん出てくる。
そしてニュース番組に登場する、知らないキャスター、知らないミュージシャン、知らないスポーツ選手。
どうやら微妙に異なる『異世界の日本』のニュースがホテルのがテレビには流れていて。自分達の暮らしている元の世界とは直接繋がっていない、異なる世界のテレビ番組が流れているらしいのだ。
その事実を知り、コンビニの勇者を始めとする異世界の勇者達は大きく落胆してしまった。
それでも、何か元の世界に戻れるヒントはないのかと。最初の頃はコンビニで発注出来る異世界の雑誌や、異世界のテレビ番組を見ながら、元の世界に帰れるヒントがないものかと研究をしていた事もあったのだ。
だが……膨大な量を誇る、テレビの映像や雑誌の情報量を追い続ける事に絶望して。
いつしかクラスのみんなは、ホテルのテレビから得られる情報を追わなくなってしまった。
コンビニホテルに映るテレビ番組は、疲れた時にたまーに暇つぶし程度に見る。その程度の娯楽になってしまっていたのである。
「そんなバカな……!? あの異世界テレビに、何か秘密の情報が隠されていたっていうのかよ?」
藤堂と北川の2人が愕然とした面持ちで、ターニャの話す内容を真剣に聞いていた。
彼ら2人は、ここにはいない桂木と一緒に、一番積極的に異世界の情報を集めて、研究しようとしていたメンバー達だ。
それなのに、自分達では解読する事の出来なかった情報を、新参メンバーである幼いターニャが先に発見してしまった事へのショックは計り知れなかった。
長い時間をかけて、コンビニホテルのテレビ番組を毎日研究していた自分達が……。まさか、共和国にやってきてまだ間もない、こんなにも幼い少女の独学の研究に追い抜かされてしまうなんて。
ターニャは、ガクリと落ち込む藤堂や北川を尻目に。レイチェルに尋ねられた事を、ハキハキとした口調で答えていった。
「コンビニホテルの各部屋で流れているテレビ番組は、こちらからチャンネルを選ぶ事は出来ません。ですが……中の放送が別の番組に切り替わるほんの僅かな瞬間に、わずかですが画面の中に小さな数字が映り込むんです。それはほんの一瞬の事なので、意識してテレビ画面を見ていないと、気付けないくらいの一瞬の表示なんですけど……」
彼方達のいる、現代日本ではそのような刷り込み映像の事を『サブリミナル効果』と呼ぶ事もあるらしい。
どちらにせよ、普通に見ているだけでは全く気付かない。意識下に僅かに刻まれるような小さな数字を、ターニャは識別出来たというのだ。
「……では、その映し出された数字が異なる世界の『位置』を現している数字なのだと、どうしてターニャは思ったのですか?」
レイチェルが興味深そうに、幼いターニャに対して尋ねる。
「――ハイ、レイチェル様。異なる番組に切り替わる時に、その映像が流れている時間帯と、表示される数字の組み合わせに、特殊な法則がある事に気付いたんです。例えば深夜の0時に映像が切り替わる時とか、その時刻と画面に表示された数字の組み合わせをずっとメモしていくと……。画面に映り込む数字には、一定の法則がある事が分かります」
ターニャは自身が調べた数字の組み合わせは、まだ完全ではないと前置きをした上で、ここにいる全員に更なる説明を続ける。
そして、ターニャの発見した独自の研究結果によると――。
おそらく彼方達の故郷である、元の『日本』を現す数字の一部と。この世界の事を現すであろう『数字』の組み合わせの2種類を、発見する事が出来たとの事だった。
「ターニャちゃん、本当に凄いわ! 私達も何か元の世界に戻れるヒントがないかと、みんなで調べて回った事があったのだけど、全然何も分からなかったのに」
「それをまさか、こんなに短期間で突き止めてしまうなんて、数々の難解なクソゲーパズルゲームも解いてきた天才ゲーマーのうちが断言するよ! ターニャ、あんたこそ真の天才だよ!」
コーヒーを飲みながら話を聞いていた香苗と雪咲の2人は、ウンウンと頷きながら。ターニャの新発見を褒め称える。
それを聞いて、ターニャはやっと安心をしたように。再び『えっへん』と小さな胸を張った。
レイチェルを始めとする、異世界の勇者達があまりにも驚いた顔色を浮かべて詰め寄ってくるので。
ターニャは、自分が調べてはいけないものを、勝手に発見してしまったのかと……さっきまで不安になってしまっていたのだ。
「なるほど……。あのランダムに再生されるテレビには、小さな数字の表示が隠されていたのですね。だとすると、このコンビニには最初から異世界の『座標』を調べる為のツールが用意されていた、という事になるのでしょうか」
レイチェルはターニャの発見を聞いて、その場で深く考え込んでしまう。
コンビニホテルの各部屋に設置されていた無数のテレビは、無駄なモノでは無かった。
それぞれが、異なる世界の『位置』を示す数字。つまりは『座標』を割り出す為のツールになっていたなんて……。
という事は、ある意味――このコンビニの存在自体が異世界の『座標』を解読する為の、『座標解析機』の役割も持っていたという事になるのだろうか。
しかし、もしそうなのだとしたら――。
太古の昔に、この異世界に先に召喚され。
既に5000年以上も、コンビニと共に生き続けているコンビニの大魔王……。そしてその大魔王に仕えている、もう1人のコンビニの守護者である、灰色のドレスを着た残忍なレイチェル。
彼らはもう、その事実を突き止めているのではないだろうか……?
それどころか、コンビニホテルから割り出せる座標の情報を完全に把握し、既に使いこなしているのかもしれない。
つまりは、異世界に渡る為に必要な数字である『座標』は――。
最初から、コンビニの中にあった事になる。
このコンビニの地下階層こそが、異世界に渡るゲートを使って、望む世界に行く為の『座標』を突き止める事の出来る、巨大な装置となっていたのだ。
「ターニャ。あなたはテレビから調べたその数字を使い、地下4階層にある映画館の映写室でこの世界の『座標』を入力して、映画を流す事が出来たというのですね?」
レイチェルの問いかけに、ターニャはコクリと首を上下に振って頷いた。
「ハイ、レイチェル様。座標は時間と連動していますので、決められた時間ピッタシに指定の数字を入力しないと作動しませんが……。一度だけ、この世界の過去を現す数字の一部を入力して、ほんの30秒くらいしか流れない短い映像でしたけど、『マクティル王国』という国の歴史を紹介する、古い映画を流す事が出来ました」
「マクティル王国……? 何だソレ? 全然聞いた事もない国の名前だな。この世界の過去にあった国の名前とかなのかな?」
杉田が首を傾けてながら、考え込む。
うーん……と、カフェに集まった全員が真剣な表情で議論を交わしていたその時に――。
突然、コンビニカフェに、上階からエレベーターを使って、慌てて駆け込んできた人物が現れた。
「みんなーー!! た、大変やでーーッ!! アルトラス連合領から、桂木と紗和乃っちの2人が共和国に帰ってきたでーー!!」
カフェの中に飛び込んで来たのは、『防御壁』の勇者の四条京子だ。
彼女は、コンビニ共和国に帰還した2人の勇者達の情報をみんなに急いで伝えにきたらしい。そしてどうやら四条の報告には、追加の情報もあるようだ。
「2人は、グランデイル王国に制圧されたカディナの商人。サハラ・アルノイッシュさんと、その従者の人を連れてきてるみたいなんや! それも、聞いて驚くなやで! なんとその商人は……あのティーナちゃんのお父さんなんやって!」
「ええっ、ティーナちゃんのお父さん!?」
突然の四条の報告に驚き。
ザワザワとざわめき出す、異世界の勇者の面々。
「ティーナちゃんのお父さん、生きていてくれたのね! 良かった……きっとティーナちゃんも喜ぶわ!」
香苗が席から立ち上がって、喜びの声をあげる。
ところが、明るいニュースのはずなのに。
四条は顔を曇らせて俯いてしまう。
「それが……確かに生きてはいたんやけど、そう手放しで喜べる話でも無いみたいなんや。――後、実はレイチェルさんにも緊急の報告があって……」
「どうしたんですか、四条様? 私への報告とは一体何なのでしょうか?」
ターニャの新発見の報告に続いて。カフェに駆けつけた四条からもたらされた、新しい情報。
コンビニカフェに集う、異世界の勇者達は……次々ともたらされる新情報に動揺してしまう。
そして四条は、最後にレイチェルに衝撃的な事実を報告した。
「コンビニ共和国の防御壁の外に、突然……黒い大きな蛇が出現したんや! それもバタバタと動き回って、さっきからずっと変な動きばかり繰り返しとるんや!」
「黒ヘビが? それはつまり――……」
レイチェルは静かに目を閉じて。
共和国の外に出現した、黒ヘビについて考えた。
黒ヘビとは、コンビニの勇者を守護する知性を持った巨大な守護獣の事だ。
現在は、コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方とレイチェルのみが、その黒ヘビを制御する事が出来る。
それが突然、コンビニ共和国の外壁に出現したという事は……。
「総支配人様の身に、何か危険が迫っているという事なのかもしれませんね……」
しばらく一人で思案していたレイチェルは、すぐにカフェに集う異世界の勇者達に指示を出した。
「皆様は、ティーナさんのお父様を連れて来て下さった紗和乃様と、桂木様を急いで迎えに行って下さい。そしてターニャは私と一緒に、地下4階層の映画館に来て下さい。先ほどの話の続きを聞かせて貰います」
さっきまでの穏やかなカフェタイムが嘘のように。
慌ただしく動き始める、コンビニ共和国に所属する異世界の勇者達。
そう――。
この世界は、まだまだ混沌に満ち溢れている事を、ここに集う全ての異世界の勇者達は感じ取っていた。
まだコンビニ共和国を取り巻く環境に、平穏など決して訪れはしない。激しい戦いの日々は、これからも続いていくのは間違いなかった。