第二十五話 カディスとの戦い②
大地を震わす、轟音が周囲に響き渡る。
断続的に鳴り続く地鳴りは、周辺にいる全ての生き物の心臓を圧迫する程の恐怖を伝播させていく。
断続的に鳴り響く音の発信源。
轟音が、聞こえてくる方角を見つめてみると。
暗闇の中から、のそりのそりと。
巨大な生物が闇を押しのけるようにして、こちらに向けてゆっくりと近づいてくるのが分かった。
カディナ地方に古くから居座り続ける太古の魔物。
頑丈な緑色の皮膚に全身を覆われた、動く巨大要塞。
――地竜カディス。
その外見は、まるで巨大な大トカゲに見えた。
緑色の甲羅のような硬い表皮で、全身が覆れている。横長な体格をしていて、本物のトカゲほど尻尾は細長くはなかった。だけど4本足の動かし方は、まさに巨大な大トカゲそのものに見える。
その巨大トカゲが、のそりのそりと足を動かして。
大地に振動を刻み込みながら、こちらに向かってゆっくりと歩いてきている。
首回りが異様に太い。お腹周りの部分も、かなりの厚みがある。見ようによっては、甲羅の外れた亀の中身のようにも見えなくはないな。
地竜カディスの体長は、おおよそ25メートルくらいはある。
イメージ的には、学校にある25メートルプールが縦に2〜3個、立体的に積み重なったくらいの大きさだろうか。
そんなバカでかい巨大生物が、こちらに向けてゆっくりと進んできているんだ。
あんな巨体にもし、目前に迫られたりでもしたら。まさに超巨大ブルドーザーに、道路で轢かれる寸前くらいの絶望を感じるんだろうな。
こんなにも巨大な生き物が、堂々と大地の上を歩いている姿に俺は驚く。
今までの人生の価値観では、全く想像しようがない。本当に有り得ないはずの驚愕な光景が今……俺の眼前には広がっている。
不謹慎にも地竜カディスを目の前にして――俺は改めてここが異世界なのだ、という現実を再認識してしまったくらいだからな。
「流石に大きいな、あれが地竜カディスなのかよ……」
などと、感心をしている場合じゃないぞ!
のそのそと歩いている様には見えるが、確実にカディスはこちらに向けて近づいて来ている。その距離、約80メートルくらいか。
おおよそ時速20キロくらいは出ているだろうから、このままだと、すぐにでもこのコンビニに辿り着いてしまう距離だ。
「みんな、コンビニからいったん離れてくれ!! ここは俺達が引き受ける!」
「分かりました! 女神様……どうか、ご武運を!」
コンビニの周囲にいた、壁外区の若い男達が一斉に後方に下がっていく。
これでコンビニに残るのは、俺とティーナ、そして玉木の3人だけだ。ここまでは一応、全て作戦通りに進んでいる。
「彼方く〜ん。カディスはどこ〜? ……って、な、なんなのよアレ〜!? あの巨大なトカゲみたいなのがカディスなの〜!?」
事務所で、偵察ドローンの操作を終えた玉木がコンビニの屋上に登ってきた。
ドローンに装着されている、暗視カメラ越しではなく。直接、肉眼で生カディスを見た玉木が、その場で腰を抜かして驚いている。
まあ、俺もその気持ちはわかる。
あんなの学校の体育館に突然足が生えて、こちらに向かって襲って来ているくらいの、超ド級の迫力があるからな。その見た目だけでも、マジでヤバいと思う。
「ねっ、ねっ、ねえええぇ〜〜!! 彼方くん! あ、あんなの、ほ、本当に私達だけで倒せるの〜!? 私、なんだかすっごい不安になってきたんけど〜!」
「大丈夫だ、多分……。とにかく俺を無条件で信じろ! 俺の必殺技ならあんな奴、一撃でノックダウンしてみせるさ!」
「何よその頼りない自信は〜〜!! いつもは臆病な彼方くんだから、私余計に不安よ〜! 倒せなかったら、ぜ〜んぶ彼方くんのせいにするからね! 罰ゲームもいっぱいして貰うんだから、本気で覚悟してよね!」
「ハイハイ。まあ、全部俺に任せておけって! どんな罰ゲームでも、何でも受けてやるさ! さあ、だから今は死なない様に準備をするぞ!」
「な、何よ〜! 彼方くんのくせに! 本番でいきなりイケメン面するなんて反則なんだからねっ!!」
顔を赤くした玉木が、愚痴を言いながらもしっかりと準備に取り掛かる。
なんだかんだ言っても、玉木は選抜組に選ばれている有能な異世界の勇者だ。
俺達コンビニに残った3人組の中では、1番の戦力を持つ奴である。だから俺はお前に期待しているんだからな。マジで頼むぞ、玉木!
「彼方様! 私達、このままコンビニの屋上に残っていても大丈夫でしょうか? いったん店の中に隠れますか?」
「いいや、下手に店内に入ると身動きが取れなくなる。まずはあの大トカゲ野郎の攻撃力をここで見極めたい。それを確認してから次の行動に移る!」
このままいくと、カディスはこのコンビニ目掛けてその巨大な体で突進してくるだろう。
既にコンビニの周りは、強化ステンレスパイプシャッターを全面展開済みだ。
今の俺のコンビニが持つ、全ての耐久設備を設置して備えている。自慢じゃないが俺のコンビニは、一般的なコンビニのサイズから比べたら、かなり大きい方の部類に入ると思う。
街にあるコンビニの中には、たまーに小さめな店舗だってけっこうある。駅前にある店舗だとか、商店街の通りにあるコンビニなんかは、結構店内は狭いよな。
――だが、俺のコンビニは横幅だけなら約20メートル。駐車場こそないが、この大きさなら大型店舗と言ってもいいくらいのサイズ感がある。
「立体的な大きさと、店の横幅だけなら、あのカディスの巨体にそこまでは負けてないはずだ。――後は、カディスの突進をコンビニがどれだけ受け止めきれるかなんだが……。流石に一撃で粉砕とか、そんなレベルだったらマジで終わりだな」
「何よソレ〜! もしもコンビニが一撃で吹き飛んじゃったら、どうするつもりなのよ!」
「――ハァッ? そん時は、まあ……諦めろ、乙! 俺達の異世界生活は、ここでゲームオーバーって事さ!」
「えっ〜〜!! そんなの絶対にイヤだからね! 彼方くん、絶対に責任取ってよね〜〜!!」
「バーカ! そん時は、俺なんかを信じたお前の責任だ! 運良く俺だけ生き残ってたら、ちゃんとお前の墓をここに作っておいてやるから安心しろ! 『玉木紗希――享年17歳。異世界で地竜カディスとの戦いに敗れて、この地に永眠』って、墓標に格好良い感じで記しておいてやるさ! あ、あと昆布おにぎりもちゃんとお供え物としてたくさん近くに置いといてやるからな!」
「……ふ、ふ、ふざけるなぁ〜〜!!」
「か、彼方様っ! 玉木様っ! 落ち着いて下さい! カディスが来ましたよ!!」
俺らがアホな夫婦漫才をしている間にも、カディスはグングンと間合いを詰めて来ている。
むしろ勢いを増して、更に加速までしてやがる。
「おっおっ、これはけっこうマズイんじゃないのか……!」
ズンズンズンズンって、低い重低音の効果音がどこからか聞こえてきそうだ。
これじゃまるで、巨大サメが迫ってくる有名サメ映画のホラーシーンそのものだな。絶体絶命のシーンで流れる、例のBGMが俺の脳内で繰り返しで再生され続けているぜ。
俺達はコンビニの屋上で、カディスが迫って来ている方向とは反対側の方向に、一時避難する。
衝突の衝撃に備えてお互いの身体を支え合い、腰を低くして壁の手すりに捕まる。
そして―――。
“ズドドーーーーーーーーーン“!!!!!
カディスの緑色の巨体が、コンビニの横っ腹に勢いよく衝突をした。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉ――!!??」
”ガチャーーーーーン!!!!”
コンビニのガラスが、一斉に割れる音が店内に鳴り響く。
コンビニ正面の入り口付近のガラス窓。それらの全てが今の衝撃で、一斉に割れてしまったらしい。
俺も玉木もティーナも。
コンビニの屋上で転がり、外に弾き飛ばされそうになった体をギリギリ、周囲の壁に捕まって堪えた。
俺が周囲を見渡すと――。
コンビニの横幅の、3分の1くらいにまでに。カディスの巨体が大きくめり込んでいる。
強化ステンレスパイプシャッターは、ギリギリ砕けまではしなかったが。コンクリートの壁と一緒に、思いっきり凹んでひしゃげてしまっている。
多分……今、コンビニを上空から見下ろせば。『くの字型』にカディスの上半身がコンビニの壁に大きくめり込んでいる、異様な光景が見えるんだろうな。
「……いてててて、みんな、大丈夫か!?」
辺りを見回せば、そこには俺と同じ様に呻き声をあげながら、起き上がる玉木とティーナの姿があった。
2人とも屋上を転がった時に、多少の打撲や軽度の擦り傷が出来たかもしれない。だが、幸いにも大きな怪我とかは無さそうだ。
巨大な大口を開けて、コンビニに食らいつくカディス。その姿は、まさに映画のジョー◯そのものだ。そのまま更に店を食い破ろうと、体をくねらせながら前進を続けている。
ここは何とかしないと、コンビニの建物自体がもう持たないぞ。
「よーし、玉木! 何でもいい! このカバみたいに大口開けている巨大な化け物に、お前の得意な必殺技をぶち発かましてやってくれ!!」
「――えっ? 無理無理っ!! 私、何にも出来ないよぅ〜!」
「ハァッ? お前は、選抜組に選ばれているエリート勇者だろう? 今こそ暗殺者の勇者の真の能力を発揮する、最高の場面じゃないかよ!」
「だ〜か〜ら〜、私には無理なのよぅ〜〜! 私がレベルアップして手に入れたスキルは、『索敵追跡』と『隠密』だけなの〜! 魔物とまともに戦えるような他の能力なんて何も持ってないのよ〜!」
おいおいおい、なんじゃそりゃー!?
この無能の勇者めーーっ! って言いかけたけど。
それは俺への特大ブーメランになりかねないので、止めておく事にする。それに事前に玉木の戦闘力をリサーチしてなかった俺が悪いからな。
まあ、よく考えてみればコイツは1軍の勇者育成訓練をサボって、ずっと俺のコンビニに通ってたくらいだし。
その後、壁外区に来てからはずっとコンビニでレジ打ち三昧の日々だ。まともな戦闘スキルなんて上がるはずもないよな。
「しかも、初戦の相手がいきなりこんなラスボス級モンスターだしな……。まぁ、しょうがないか!」
「ねえねえねえ〜〜!! ど、ど、どうするのよ〜! 彼方くん〜!」
うーん。俺一人だけなら、目の前の大トカゲに食われてチーン! っていう展開も、アリっちゃ、アリなんだけどな。それなりに笑える小ネタにはなるだろうし。
でも、まあ……異世界の勇者として流石にその終わり方はマズイだろう。
「今の俺には守るべき場所と、守らないといけない人達がたくさんいるからな! ここは、真面目に地竜と戦う選択肢を俺は選ぶ事にするぜ!」
俺は拳を振り上げて、自分自身を勇気付けるようにして大声をあげた。
「ティーナ! 消火器をありったけここに持ってきてくれ! 俺と玉木で何とかここは食い止めてみる!」
「ハイ、彼方様! 分かりました!」
カディス対策用として、事前にコンビニの屋上には、武器やら、道具を幾つも用意しておいた。
特にコンビニがピンチの時に、いつもお世話になっている消火器を大量発注しておいた。そして屋上でも戦えるように、弓や槍なんかもたくさん用意をしてある。
まあ、俺は武器なんて今まで全く使った事なんてないんだけどな。
「よーし、オラぁあッ!!! これでも食らいやがれッ!!」
俺と玉木はとりあえず、長めの槍で屋上からカディスの緑色の巨大な顔を突ついてみた。
弓は使うのに技術が必要そうだからな。槍なら俺みたいな素人でも、とにかく思いっきり突けば何とかなるだろう。
――だが、当然と言えば当然だが。
鋼鉄の硬さを誇る、カディスの表皮は金属の武器を全て弾いてしまう。
「ねえねえ、彼方くん〜! 全然刺さらないよぅ〜!」
「まあ、それはそうだろう。ここで簡単にズボズボ槍が刺さるのなら、とっくの昔に誰かがこの化け物を退治してただろうしな! 大昔からずっと人々に恐れられたりはしないだろうよ」
「じゃ、じゃあ……どうするのよう〜〜!」
いや、ちょっと待ってくれって。
俺だって今、必死に考えてるとこなんだよ……!
その時、カディスが大口を開けて屋上にいる俺達に喰らいつこうとしてくる。
――ガブリリッッッ!!!!
「……うおおぉっ、あっぶねええぇッ!!!」
まさに間一髪だ!
カディスの首が短いからなんとか避けられたが――。
もし、首長竜みたいな種類だったなら、屋上にいる俺達はひとたまりも無かっただろう。
実際、カディスの方がコンビニの建物よりも大きい訳だから。俺達は、うっかりバランスを崩してしまったりしたら、あの大きな口の中に転がり落ちてしまう可能性もある。
「――彼方様、消火器を持ってきました!」
「おお!! ティーナ、マジでサンキュー!!」
ちょうどいいタイミングで、俺の必殺の武器が大量に到着だ!
ティーナが台車に載せた、大量の消火器を近くまで持ってきてくれた。
今まで魔物の群れも、盗賊達も。
全部これ一つで俺は退けてきたんだからな。俺にとってはもう、完全に頼れる相棒みたいなもんだ!
この赤いシルエットも、独特な形も、今では愛らしくてたまらないくらいだぜ。
「よし、全員それぞれ消火器は持ったな! タイミングを合わせて一斉に噴射するぞ!!」
「ハイ、彼方様!」
「分かった〜! もうどうなっても知らないからね!」
大口を開けながら、何とかコンビニを丸ごと食い破ろうとしているカディスの顔に、俺達は消火器のホースを向けて一斉に構える。
……しかし、こうして間近で。
カディスの口の中に見てみると、中にある無数の鋭い牙が、かなりグロテスクな外観をしているな……。
あんな口の中に丸呑みなんかされた日には、巨大なミキサーに放り込まれるジャガイモくらいに、粉々になってミンチにされてしまいそうだ。
少なくとも、丸呑み系の同人誌には使えないタイプの化け物だって事がよく分かった。
「よーし今だっ! 全員、真正面からぶちかましてやれーー!!」
“ブシューーーーーーーーッッ!!!“
消火器の白い粉塵が3方向から一斉に放たれる!
玉木もティーナも、消火器の使い方は事前にレクチャー済みだ。みんな、迷う事なくカディスの顔に目掛けて、白い粉塵を吹きかける。
――だが、地竜カディスは大きさからしてサイズが規格外だ。その巨大さは、今までの敵とは、まるで比べ物にならない。
巨大な顔先に、少しばかりの白煙を浴びせた所でカディスは全く動じる気配さえなかった。むしろ俺達を振り落としてやろうと、突進を強め、コンビニを激しく揺さぶりにかかる。
カディスは巨大な口を開け、コンビニを丸呑みにする勢いで、ゆっくりと前進をしてくる。コンビニの建物全体が、少しずつ押されているような気さえするぞ。
「クッソッ! ダメだ! コイツの目だッ! あの大きな目玉に集中的に粉塵を浴びせるんだ!!」
カディスの首は地竜という割にはかなり短い。もう少し首の長い竜だったならこちら側は完全にアウトだ。
コンビニの屋上にいる俺達は余裕で、カディスに頭上から一口で丸呑みにされてしまったはずだ。だが、幸いにも甲羅に収まった亀の状態のように首の短いカディスは、コンビニを横から大口を開けて襲ってきている。
まるで、海の上で漁船に横から食らいつく人喰いザメのような状態だけどな。
コンビニの分厚くて硬いコンクリートの外壁と、強化ステンレスパイプシャッターの防御のおかげで、今はかろうじて持ちこたえている。
「ダメだよ〜! 彼方くん〜! 消火器の煙が全然届かないよ〜!」
くそっ……!
消化器の粉塵の射程距離はせいぜい2、3メートルくらいか――。
とてもじゃないがカディスの目元までには届かない。
おまけにそこそこ大きい目玉をしているくせに、かなりの頻度でパチパチと瞬きを繰り返してやがる。
あれじゃあ長槍が届いても、あの固い目蓋に邪魔をされて弾かれてしまうだろう。
「……でも、頻繁に瞬きをして警戒するって事は、やっぱり目ん玉は、周りに比べてそこまで硬くはないって事だよな。何とかあそこに攻撃を集中させるしかない。やるぞッ! 玉木!!」
「ひゃい〜〜! 私、もう、日本に帰りたいよ〜!!」
悪いが玉木の泣き言は、今は全力で無視させて貰う。
俺はもうやぶれかぶれで手持ちの消火器を思いっきり、カディスの口の中に放り込んでやった。力の弱いティーナが俺の目の前に消火器をどんどん並べて、俺がそれを次々に大口に放り込んでいくスタイルだ。
消火器には圧縮されたガスが詰まっているはず。
あれだけ鋭い歯のギッシリ並んだ口の中に放り投げれば、どこかで数個は破裂してくれるかもしれない。
とにかく、一瞬でもいいんだ。
一瞬だけでも怯んで、ここからいったん退いてくれれば、カディスを仕掛けた罠の中に誘い込める! そうすれば、俺の必殺技が使えるんだ!
この作戦はコンビニに食らいついたカディスを、何としてでも一度後方に退かせる。
そして再度、コンビニめがけて再突進をさせる事がどうしても必要なんだ!
消火器を連続で投げ入れる事、数分――。
もう15本くらいは口の中に放り込んでやったが……。
カディスは大口を開けたままコンビニに食らいつき続けているので、全然その口を閉じようとしない。
「クッソ……! 一回でもいいから、その口を閉じさせる事が出来れば………あれ? ――玉木?」
ふと横を見れば、さっきまでそこに立っていたはずの玉木の姿が無い。おいおい、まさか……?
「やめてくれよな……。まさか、屋上から落ちてアイツ。カディスに食べられたんじゃないだろうな!?」
その時だった――。
“ウゴアアァァァァーーーー”!!!
カディスが突然、コンビニに食らいつくのを止めて、首を左右に振りながら呻き声を上げる。その激しい振動でコンビニの屋上には再び大きな激震が走った。
「うおおお――っ、何だ何だ!? 一体何がどうなっているんだ!?」
「へっへ〜ん!! 私、やってやりましたよ〜〜ん!!」
横からアホみたいな声が俺の耳元に聞こえてくる。
この微妙にウザさを含んだ声は玉木か! でも、その姿が全然見当たらない。
「暗殺者の能力――隠密を使ったのよ〜! 地竜の死角から、思いっきり長槍で目ん玉の真ん中を突っついてやったわ〜!!」
――そうか!
今、玉木の姿が見えないのは隠密の能力か。
カディスにとっては全く見えない死角から、思いがけない槍の攻撃を受けて、目蓋を閉じる事が出来なかった訳か。
「でかしたぞ、玉木!!」
「へへ〜〜ん! 私だって一応は選抜組の勇者なんだからね〜! 恐れ入ったか〜!」
多分、さぞドヤ顔で玉木は喜んでいるんだろうけどな。
生憎、透明状態なのでその顔は俺には見えない。まあ、いいか。後でご褒美にコーラを幾らでも振る舞ってやるさ。それくらいにこれは価値のある、大金星だぞ。
―――ウゴッッッッ?!?!
首を左右に揺らしていたカディスが、食らいついていたコンビニから、一瞬だけ口を離した。
そしてその巨大な口を閉じたタイミングで、中に放り込まれていた消火器が複数本。鋭利な歯と歯の間に挟まれて、破裂をしたらしい。
もちろん、たかが消火器だ。
ダイナマイトではないからな。別に大きな爆発が起こった訳でもないが、口の中に広がる突然の衝撃にカディスはかなり驚いたらしい。
コンビニからいったん離れ、距離をおいたカディスは、のそり、のそりと後ろ足を動かしながら、ゆっくりと後退をしていく。
いったん体勢を立て直して、再度勢いをつけて突進をするつもりなのだろう。
既に建物全体の半分近くにまで、凹まされているコンビニは、巨大なカディスの再突撃をくらったら、きっとバラバラに崩壊させられるに違いない。
――だが、これでいいんだ!
これでやっと全ての『勝利条件』が揃ったんだ!
俺は急いで二人に指示を出す。
「よし! すぐにコンビニから逃げるぞ!! アイツがもう一度、突進をしてくる前にみんな屋上から降りるんだ!!」
「分かりました! 彼方様!」
「了解〜〜! は……早く逃げましょう〜!!」
俺達は急いでコンビニの屋上から飛び降りる。
そしてカディスがいる方向とは、逆の方向に向かって走る。
「後は頼んだよ〜〜〜!! 彼方く〜ん!!」
「彼方様、後はお願い致します! 絶対に死なないで下さいね! 必ず私の所に戻ってきて下さいね!」
「おうよ、任せとけー!! ここからが俺の見せ場だからなーー!! しっかりと見ておけよー!!」
コンビニの後方に、ティーナと玉木の2人が急いで逃げていく中、
俺だけが一度立ち止まり。ゆっくりと後方を振り返る。
コンビニのすぐ後方に建てられている、高さ10メートル程の物見矢倉。
俺はハシゴ伝いにその矢倉の一番上の部分に登って、タイミングを見計らう。
矢倉の上からは、一度後方に引き下がったカディスが。再度、こちらに向けて突撃をしようと体勢を整えている姿が見えた。
「よーし! さあ、かかってきやがれ、カディス!! コンビニの勇者の『必殺技』で仕留められる、第一号の魔物の名誉を今からお前に与えてやるぜッ!!」