第二百四十九話 コンビニカフェに集う勇者達
「あっ、レイチェル様だーーっ!!」
珍しくコンビニ本店の事務所を訪れたレイチェルに、ターニャが満面の笑みを浮かべて、可愛い子猫のように突進して抱き付く。
ターニャに抱き付かれたレイチェルは『よしよし』と、ターニャの頭を優しく撫でてあげた。
「レイチェル様、コンビニの事務所に来てくれるなんて嬉しいです! ターニャは杉田様のお役に立てるよう、毎日ここで一生懸命お仕事をしているんですよ!」
「……ふふふ。ターニャは、本当に真面目で良い子ですね。杉田様、ターニャは『杉田デスク』では、お役に立てていますでしょうか?」
レイチェルからの突然の問いかけに、杉田は姿勢を正して、慌てて返答する。
「は、ハイ……。いや、ターニャはマジで凄いですよ! まだ子供なのにパソコンでエクセルやワードでの資料作成やら、マンションの住民を集まる住民会議の企画の立案や司会とかも、全部こなしてくれますからね。俺が言うのも何ですけど、ターニャはマジで天才少女だと思いますよ」
生活担当大臣の杉田に、太鼓判を押されたターニャが『えっへん!』と、平らな胸を力強く張った。
実際にターニャの仕事ぶりが、ずば抜けているのは間違いない。
今や杉田デスクは、優秀な補佐官であるターニャがいなければ何も回らない状態だ。その事は、杉田自身が一番良く分かっていた。
そしてそんなターニャを補佐官として杉田に推薦したのは……実はここにいる、レイチェルだった。
レイチェルは、コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方からターニャを紹介されて、すぐに彼女が持つ高い資質と才能に気付いた。
初めて訪れた近代都市の中で、右も左も分からなかった砂漠の民を、たった1人の少女が見事に統率している姿を目撃して。レイチェルはその少女の聡明さに、深い感銘を受けた。
全ての砂漠の民に、最新家電の扱いから水洗トイレの使い方までを完璧に指導する天才少女。
共和国の新住人として、砂漠の民を何一つ不自由無くここで暮らせるレベルにまで、引き上げてくれたのはターニャだった。
ターニャ自身には、特殊な能力は何も無い。
だが……コンビニの勇者が砂漠で命を助けた少女は、間違いなく天才少女であった事は確かだった。
杉田達、異世界の勇者の仲間の間では、ターニャの存在は天才少女ティーナの再来か!? ……と、密かに噂される程であった。
ターニャが無事に、杉田デスクの一員として頑張っている事が杉田の口から聞けて。
レイチェルは、自分の事のように嬉しそうに微笑む。
「そうですか、それは本当に良かったです。ターニャは頭が良くて、他の人には気付けない独自の視点から物事を捉え、問題を解決出来る能力が持っています。その高い知性と才能には、私も驚かされてしまう事が多々ありましたからね」
コンビニ共和国の実質的代表者である、レイチェルからも褒められて。
ターニャは『えへへ……』と、顔を赤らめながら嬉しそうに笑ってみせた。
「レイチェル様、私……コンビニの勇者様が街に帰ってきたら、褒めて貰えるでしょうか?」
「ええ。総支配人様は、ターニャの成長ぶりにきっと驚くと思いますよ。そして『よく頑張ったぞ!』ときっと頭を撫でてくれる事でしょう」
レイチェルとターニャが、まるで親子のように微笑ましい会話をしている中……。
杉田は、一度ゴホンと咳払いをした上で。
改めて久しぶりにコンビニの事務所に顔を出したレイチェルに、その要件を問いかけてみた。
「えーと、それでレイチェルさん。俺達に見せたい物があるって、一体それは何なんですか?」
普段はコンビニの地下階層に篭っているレイチェルが、地上にやってくるのは珍しい事だ。きっと何か、特別な用があるに違いないと杉田は思った。
「ハイ、実は杉田デスクの皆様にも、コンビニホテルの中に追加された『新施設』をぜひ、見て貰いたいと思ったのです」
「えっ、ホテルの中に、また新しい施設が増えたんですか……?」
レイチェルの言葉に思わず、驚きの声をあげる杉田。
杉田も今は、コンビニの地下階層の仕組みや、その構造についてを全て理解している。
コンビニホテルに新たな施設が増えた。つまりそれは、コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方のレベルが、また上がった事を意味するのだろう。
現在は南のバーディア帝国に滞在している親友の彼方が、また何かしらの大きな成長を遂げたに違いない。願わくば、危険な事態などに直面していない事を祈るばかりだが……。
「新しい施設ですか? 凄いです! レイチェル様、どんな施設がコンビニホテルの中に追加されたのですか? 私、見てみたいです!」
ティーナと同じように、新たな知識を得る事に喜びを感じる知的好奇心の強いターニャは、ねだるようにレイチェルに問いかける。
「……ふふふ。それは見てのお楽しみです。実は、他の勇者様達も、全員招待させて頂いているのです。杉田デスクの皆様も、日頃の疲れを癒やして頂く良い機会だと思いますので、ぜひご一緒に来て頂けると嬉しいです」
満面の笑みで、杉田達をコンビニの新施設へと招待をするレイチェル。
その嬉しそうな顔を見る限り。おそらく、ホテル内に新設された新しい施設というのは、きっと訪れる人に安らぎを与える、癒し効果のある場所なのだろうと杉田には思えた。
まあ、子供のターニャも招待するくらいだし。
大人の雰囲気のする店じゃ無いんだろうなぁ〜、とは思いつつも。
絶賛24時間フル勤務中で、ブラック企業と名高い杉田デスクの中で働く杉田も、『癒しの場所』と聞いて心がときめかない訳がない。
「分かりました、レイチェルさん! ぜひ、俺達もそこに行かせて下さい。ターニャ、今日は事務所も店じまいにするぞ! ドアに『今日はクレーム相談禁止!』の貼り紙を出しておいてくれ。何か困った事があったら明日以降に全部聞くから、それまでは住民同士ジャンケンで解決するように、って追加で書いておいてくれよな!」
「はーい、了解です! 非常時には、コンビニホテルのロビーに電話をして用件をお伝え下さいと、追加でメモ書きを残しておきますね!」
ターニャは嬉しそうに、事務所内の片付けを始める。
話を聞いていた区長さんも、ターニャと一緒に身支度を整え始めた。区長さんもターニャに負けず、コンビニの地下階層に出来た新施設を楽しみにしているようだ。
やっぱり何事も、働き詰めは良くない。
杉田にとっても、新メンバーである補佐官の2人を休めてあげたいと思っていたので、今回はちょうど良い機会だと思った。
コンビニホテル支配人のレイチェルに誘導をされて、杉田デスクの3人は意気揚々とコンビニのエレベーターへと移動する。
そして、コンビニの地下2階。
レイチェルが管理している、コンビニホテルへと向かった。
””ウイーーーーン!””
大型のエレベーターがゆっくりと降下する。
そしてレイチェルを含めた4人のメンバーが、地下2階層へと降り立った。
そこで、杉田デスクの面々が目にした光景は……。
「凄ーーい!! もの凄く大きなカフェが地下に出来てるーー!!」
興奮したターニャが嬉しそうに、ホテルの廊下を真っ直ぐに駆け出していく。
ターニャの後に、杉田と区長さんも続いた。
コンビニホテルのロビーに、新たに追加されていた新施設――それは広大なフロア面積を誇る、巨大なカフェだった。
「すっげーーっ!! これが、全部『カフェ』なんですか!? 普通のカフェの30倍くらいの広さはありそうなんですけど……」
杉田が目を点にして、驚くのも無理はない。
コンビニホテル内に新設されたコンビニカフェは、一般的なカフェの大きさからは、考えられないくらいの巨大なフロア面積を誇る『超巨大カフェ』だった。
「はい、コンビニホテルのロビーの隣に新設された『コンビニカフェ』は、フロア面積が100m×100mで、約10000平米の広さがあります。店内に設置された座席数は、合計で500席用意されています」
「座席が500あるって凄いですね! 俺、こんなに広々としたカフェ、日本でも見た事がないですよ!」
杉田が黒いインテリメガネを片手で押さえながら、何度も瞬きを繰り返してカフェの中を見渡す。
レイチェルが紹介してくれたコンビニカフェの凄いところは、その広さだけではない。
とにかくその内装の全てが、お洒落なのだ。
落ち着いた観葉植物に囲まれた店内、そして木製のテーブルに置かれているモダンでシックな食器の数々。落ち着いた雰囲気のクラシック音楽が、店内のBGMとして流れている。
それらをバリスタの衣装を着たコンビニガード達が、丁寧に整えて管理をしていた。
彼らはひとたび注文を受ければ、最高級に厳選されたコーヒー豆を用いて作る、究極のドリップコーヒーを用意して。すぐに客の座るテーブルにまで運んで来てくれる。
店内のメニュー表には、コーヒー豆の種類だけで、300種類を超える組み合わせが用意されていた。
「あらあら、ここは本当に落ち着いた雰囲気の素敵なお店なんですね。もしここでお仕事が出来たなら、とっても仕事がはかどりそうですね」
異世界のカフェを初めて見た、区長さんが驚きの声をあげる。
「凄ーーい! ねえ、杉田様、私もここでお仕事がしたいです!」
ターニャにおねだりをされた杉田が、思わず困惑の表情を浮かべてしまう。
「ま、まあな。彼方のレベルが上がって、持ち運び可能なノートパソコンみたいなのが、発注出来るようになったら、カフェで仕事しても良いかもしれないな。今の所は事務所のパソコンは移動出来ないけど、会議とかならここで行ってもいいかもしれないな」
「――杉田くんの提案に私も賛成よ。みんなで会議をする時は、今後は、このコンビニカフェを使って話し合うのが良いと思うな」
突然、杉田に横から声をかけてきたのは、
『回復術師』の勇者である香苗美花であった。
よく見ると、香苗の正面には雪咲が座っていて。別の席には他の異世界の勇者の面々が勢揃いしている。
「……って、お前ら!? みんなコンビニカフェに集まってたのかよ?」
杉田が周りを見渡すと。そこにはコンビニ共和国を代表する異世界の勇者達が全員、コンビニカフェに集まってきていた。
全員が既に席に着いていて、落ち着いた雰囲気の中でコーヒーを楽しんでいる。
「うちらは、さっきからずっとここに座っていたよ。アンタが1人で興奮しながらずっと大声をあげて、全くこっちに気付かなかっただけでしょう? そんなインテリ風の黒メガネをかけ始めたのなら、周囲に対する注意力も身に付けといた方が良いんじゃないの?」
クールな声で杉田をイジるのは、『剣術使い』の勇者の雪咲詩織だ。
彼女は、共和国内で唯一『防衛担当大臣』をこなしてくれている最強の勇者でもある。
普段は、共和国内の治安維持や警察としての役割をこなしつつ。外部から敵が接近してきた時には、真っ先に防衛にあたる任務を背負った剣士として、国防の役割もこなしていた。
……だが、実際には共和国に迫る敵は今の所、ほとんど存在しない。
たまに魔王領から飛んでくる魔物に関しては、コンビニマンションに装備されている、ガトリング砲の対空防衛によって十分に対処出来ている。
なので実質、雪咲の役割は共和国内の警察業務が専らの業務となっている。
1人でも最強の強さを持つ剣士の雪咲に歯向かう住人など、共和国内には誰もいない。まさに雪咲は共和国内の国家防衛の要となる、最強の守護者でもあった。
雪咲と香苗は、2人で一緒のテーブルに腰掛け。深煎りのコーヒーを飲みながら、巨大カフェを見て興奮している杉田の様子を、さっきから呆れ顔で見物していたらしい。
「……えっとぉ、レストランがお昼休みだったからぁ。私もレイチェルさんに呼ばれて、ここに来ちゃいましたぁ……」
今度は、控えめな小声で、『料理人』の勇者の琴美さくらが杉田に話しかける。
さくらは現在、共和国内で巨大なレストラン『さくら亭』の営業をしている。
この世のものとは思えない美食を振る舞う、さくらのレストランは国内外からも人気が高く。リピーターとして、お店に通ってくる常連客が後を絶たない。
「いやぁ〜、俺たちもレイチェルさんに招待されちゃってさ。まさかホテルにこんなに大きなカフェが出来てるなんて思わなかったよ。それこそ3人娘達が帰ってきたら、どうせここはアイツらに占拠されちゃうだろうから、今のうちにここを楽しんでおこうぜ、杉田!」
そうタメ口で杉田に話しかけてくるのは、
『撮影者』の勇者である藤堂はじめと、『薬剤師』の勇者である北川修司の2人組だ。
藤堂は、現在は共和国内で記念写真館を運営している。
共和国を訪れる客に、異世界では貴重な記念写真の撮影をしてあげて。出来上がった写真を旅の記念としてプレゼントしていた。
薬剤師の北川は、回復術師の香苗と共に、今はコンビニの地下8階にある病院施設で勤務している。
奇跡の回復能力を持つ香苗と共に、病気や怪我をした住人の為に、その能力を使って貴重な治療薬や、回復薬を作成して国内の医療活動に貢献をしていた。
『裁縫師』の桂木と『射撃手』の紗和乃の2人は、アッサム要塞方面にいる、3人娘達の援軍に向かってから、まだ帰ってきていない。
そして『防御壁』の勇者である四条京子は、共和国内の新住宅地の建設作業中の為、現場を離れられないとの事だった。
おそらく共和国内で杉田デスクに次いで、国内の『建設担当大臣』をこなしている四条は、最も忙しい立場の存在である事は間違いなかった。
コンビニの勇者の仲間である異世界の勇者達は、杉田デスクの面々よりも、早くにここに来て。
巨大カフェのテーブルに座りながら、それぞれが好みのコーヒーを飲み、まったりとくつろいでいたようだ。
雪咲と香苗にいたっては、2人で美味しそうなパンケーキを注文し。それをシェアして共に食べ合っている。
もともとソロの勇者として。単独行動を取る事が多かった孤高の剣士、雪咲。
そんな性格の彼女も、現在では……グランデイルの街で再会を果たしたした香苗と大の仲良しとなり。暇さえあれば、2人でさくらの経営するレストランに通っては、ランチを共に食べるのが日課になっている。
「……まったく、みんないい気なもんだぜ。俺や四条がめちゃくちゃ忙しいのはみんなも知っているだろうに」
杉田デスクの面々は、レイチェルと一緒に。
4人が同時に座れる、大きなテーブルの席に腰をおろした。
落ち着いたカフェの席に座って。なおも、仕事の愚痴をこぼし続ける杉田の様子を、レイチェル、ターニャ、区長さんの3人がおかしそうに笑い合う。
「それにしても、レイチェルさん。こんなに大きなカフェも出来て、コンビニ共和国は今後も、ますます発展していきそうな感じですね!」
杉田が、真正面に座っているレイチェルに話しかける。
残念ながらこの場にはいないが、コンビニの守護者のアイリーン、セーリス達からの近況報告もレイチェルの元には届いてきていた。
大陸中央部のアルトラス連合領に進撃をした解放軍は、グランデイル西進軍を完全撃破し。アッサム要塞を取り戻す事に成功している。
そして、更に最新の知らせでは……。
カルツェン王国を侵攻していた『水妖術師』の金森準が率いる、グランデイル北進軍も壊滅したとの報告が入ってきている。
グランデイル軍によって占領されていたカルツェン王国は、現在は、異世界の勇者である玉木らの手によって解放されているとの事だった。
バーディア帝国に向かった、コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方と、ティーナからの報告はまだ何も無いが……。
コンビニ共和国が率いる解放軍は、着々と侵略者であるグランデイル軍を退ける事に成功していると言って良いだろう。
「ハイ。それも全て、共和国の為にご尽力下さっている皆様のおかげです。この場を借りて、深い感謝を伝えさせて頂きます。特にコンビニ共和国の内政を一手に引き受けて下さっている杉田様には、本当にお礼の申しようがありません」
木製の座席から、ゆっくりと立ち上がり。
カフェに集結した、異世界の勇者達全員に対して。
改めて深く頭を下げるレイチェル。
「……いやいや、俺なんかは、ターニャや区長さんに助けられっぱなしだし。感謝ならぜひ、この頑張り屋のターニャにしてあげて下さいよ」
杉田は顔を赤くしながら謙遜して、杉田デスクのエースであるターニャの功績を、クラスのみんなにも紹介して回った。
「ふふふ。そうですね、頑張り屋のターニャにはぜひ、何かご褒美をあげたいですね! ターニャは今、何か欲しいものはありますか?」
レイチェルが優しい笑顔で、パンケーキを美味しそうに頬張るターニャに問いかける。
するとターニャは……。ここにいる全てのメンバーが思いもよらなかったモノを、レイチェルに対しておねだりした。
「ありがとうございます、杉田様、レイチェル様! では、ぜひ私にコンビニの地下4階層にある映画館を一日貸し切りにさせて貰う権利を頂けると嬉しいです!」
「えっ、地下4階の映画館をですか……?」
レイチェルが思わず、驚いたのも無理はない。
コンビニに地下階層が出現して以来。地下4階にある映画館は、一度も稼働した事が無い。
むしろ、どうやったらあの映画館で映画が観れるようになるのだろう……と、コンビニの勇者を含めて。コンビニで暮らす全ての人々が、疑問に思っていたくらいだった。
せっかくのスペースがあっても、何一つ映画が上映される事のない謎の施設として。
今では誰もが、その存在を完全に忘れ去ってしまっていた程だった。誰も利用する事のない映画館は、もはや開かずの間と化していると言っても良いだろう。
「ええっと、ターニャ? あの何も無い映画館を一日貸し切って、一体どうするっていうんだ?」
杉田は、訝しげにターニャに問いかけた。
すると――。杉田の質問に対して返答をした、ターニャの答えは……。
その場にいたレイチェルを含む。全てのメンバーを驚愕させる内容であった。
「――ハイ。実は私、あの映画館で、映画を上映する方法が分かったんです! この前も映画館の上階にある映写室のパソコンに、この世界の『座標』の数字を入れたら『マクティル王国の歴史』っていう映画が少しだけ流れたんです! だから私……もっともっと、あの映画館を研究してみたいんです!」