第二百四十二話 ティーナとミズガルド
「本当に久しぶりだよな。俺のコンビニがレベルアップするのって……」
本当は新しく増えたコンビニの能力を、細かくチェックしてみたい所だったけど。
広間にいる俺とミズガルドの前に、死んだオサームの家臣達を代表して、茶色い髪色の若い男がゆっくりと歩いてこっちにやって来た。
けっこう凛々しい顔つきのハンサムな男だな。
ちょっとした恋愛物語の王子役も、こなせるんじゃないなと思うくらいに、俺達の元にやって来た若い男は、キラキラしたイケメンオーラを放つ男だった。
イケメン男は、皇帝であるミズガルドの前に跪くと。深く頭を下げて、丁寧に自己紹介をする。
「――陛下。私はオサームの一人息子である、カラムと申します。父は夜月皇帝に脅迫されていたとはいえ……。陛下に対して行った非礼の数々は決して許されるべきものではございません。亡き父に代わりまして、心からのお詫びをさせて頂きます。この度は大変、申し訳ございませんでした」
カラムという名前のイケメン男は、先ほど殺害された帝国貴族、オサームの一人息子だという。
なるほどな。つまりはオサームの亡き後、このハンサム男がこの領地を束ねる次のリーダーになるという訳なのか。
俺は額の傷を黒いハンカチで押さえつつ。
ミズガルドは、いつも通り尊大な態度でオサームの息子であるカラムに対し、皇帝として上から目線で声を掛けた。
「帝国の皇帝たる我に刃を向け、あろう事かその命まで奪おうとしたのだ。貴様の父の犯した罪は決して許されるべきものではない。通常時であるならば、皇帝に反旗を翻した帝国貴族は一族郎党全て死刑に処されてもおかしくはない。その覚悟がもちろん、貴様にはあるのであろうな?」
ミズガルドは、手に握っていた長剣をカラムの首筋に向かって突きつけた。
……いやいや、息子や家族には罪は無いだろうと、俺はミズガルドに言いかけたけど。
この場は黙って、ミズガルドとカラムの様子を見守る事にする。流石にミズガルドは、そこまで視野の狭い奴じゃないからな。
おそらくこれは、オサームの息子であるカラムに対して。自身への忠誠心がどの程度あるのかを、帝国の皇帝として試しているのだろう。
これでもし、死刑にされるくらいならと、父と同じように皇帝に反旗を掲げる態度をカラムが見せるのなら。
このイケメン男は、ミズガルドにとって価値の無い男という事になる。
「陛下によって、この身が罰せられるのならば臣下として本望でございます。ですが、この城に仕えている他の臣下の者達には、どうか寛大な処遇を配慮して頂く事を願います。この私が父の犯した大罪を全て背負いますゆえ、どうかその点だけは陛下にお願い申し上げます」
床に頭がピッタリとくっ付けるくらいに。
深くその場でミズガルドに頭を下げるカラム。
その様子を見たミズガルドは、彼に突き付けていた長剣を静かに鞘に収めた。
「うむ、よかろう。この地の統治はオサームに代わり、その息子であるカラム。貴様に委ねる事とする。これは帝国皇帝である、我の命令である。カラムよ、この城に残る臣下の者達をまとめ、今後は命のある限り我の為に尽くせ!」
「ハハーーッ!! このカラム。命に代えましても、生涯陛下に忠誠を貫き通して参ります!」
茶髪のイケメン男、カラムがその場で大きな声を上げて、ミズガルドへの忠誠を誓った。
良かった、どうやら落ち着いたみたいだな。
ミズガルドとしても、3000人近い騎士達を抱えるオサーム領を自分の傘下にする事が出来た訳だし。
今回の騒動の結果としては、上々といった所なんじゃないだろうか。
「カラムよ、我はいったんコンビニへ戻るつもりだ。理由はもちろん分かるであろうな?」
「ハハーーッ、陛下。我が父、オサームの治めていた領内には、まだ夜月皇帝に仕える獣人兵の残党が潜んでいる可能性がございます。彼らは普段は人間の姿をしているゆえ、その正体を見極めるのは非常に困難です。陛下の身にまだ危険が及ぶ可能性がある以上、対応策が見つかるまでは、その方が良いかと私も思います」
なるほど……。確かにそれはそうだよな。
さっき俺が蹴り飛ばしたオサームの親衛隊の騎士達の他にも。まだ、あのライオン兵隊が潜んでいるという可能性は否定出来ない。
その意味でも俺のコンビニの中の方が、ミズガルドの安全を確保するには、最適な場所というのは間違いないだろう。
でも、そうすると今後の対応が思いやられるな。
獣人に成る事の出来るライオン兵達は、人間の姿をしている時にはその正体を見極める手段が無い。
例えば、月の光を浴びると狼男みたいに強制的に変身するとか。あるいは夜の10時を超えて食べ物を食べると、増殖するとか。何か分かりやすい見極め方法を見つけない限り。いつでもミズガルドは、暗殺者達に命を狙われてしまう可能性があるだろう。
その辺りは、俺もククリアに相談をしてみようと思う。
そして、少し聞きづらい事ではあるけれど……。
もふもふの猫娘に変身の出来るフィートにも、俺は事情を説明して聞いてみる必要があるだろうなと思った。
おそらくフィートが一番、獣人化するライオン兵達の生態については詳しいかもしれない。なにせ、彼女自身がネコ型の獣人に変身する能力を持っているのだから。
オサームの息子であるカラムは、テキパキと広場に残る家臣達に指示を与え。
亡くなったオサームの亡骸を丁重に葬り。混乱している城内の騎士達や部下達に新しい方針を伝えて、領主として臣下の者達の人身掌握に努めている。
……うん。どうやらカラムはオサームの家臣達から、とても慕われている人物のようだな。もしかしたら父親のオサームよりも息子の方が、人望があったんじゃないだろうか。
オサームに仕えていた家臣達も、大きな混乱を見せる事なく。父の跡を継いだカラムの指示をよく聞いて、順当に引き継ぎ作業を進めて、今後の対策を検討しているようだった。
「あの様子なら、カラムは信頼出来そうだし。良かったな、ミズガルド!」
俺は内心ホッとして、ミズガルドに話しかけた。
「うん。でも、彼方に大きな怪我が無かった事が私的には一番良かったわ。……大丈夫? まだ額の傷は痛むの?」
黒いハンカチで優しく俺の傷を押さえながら。
ミズガルドが心配そうに、俺に聞いてくる。
あっ、またその感じに戻っちゃうの?
えっと、俺のはかすり傷だったから本当に大丈夫なんだけれど……。
さっきの皇帝らしい雰囲気のミズガルドのままでいてくれた方が、俺的には話しやすいんだけどなぁ。
「彼方様、大丈夫ですか! お怪我はないですか?」
そんなちょっとだけ気まずい雰囲気になっている、俺とミズガルドのもとに。
大声で叫びながら、ティーナが心配そうに駆けつけて来た。
城の正面に無事に到着したコンビニ支店1号店。みんなは俺の身を心配して、コンビニから急いでここまで駆けつけてくれたらしい。
真っ先に駆けつけてくれたティーナが、俺の姿を目にして安堵の息を漏らす。
――と、思ったのも束の間で。
ティーナは獲物を狙うヒョウのような細目で、俺の額に黒いハンカチを当てている、皇帝ミズガルドをその視界に捉えてロックオンした。
「彼方様、お怪我をされているのですか……?」
「え……う、うん。敵の攻撃が思ったよりも素早くてさ。少しだけ額にかすり傷を負ってしまったんだけど。でも、全然平気だから大丈夫だよ!」
本当はその後、ミズガルドに追加の一撃を食らってパックリと傷口が開いて悪化してしまった事は、ティーナさんには内緒にしておこう。
「そうですか。それでは私が看病をさせて頂きますね。皇帝陛下、どうもありがとうございました! 彼方様の怪我は私がみますので、どうか陛下はこの城に仕える騎士の皆様方へのご指示を行って下さい」
ティーナが懐から、白いハンカチを取り出して。それを俺の額にそっと押し当てようとする。
すると――。
その手を、ミズガルドが左手でスッと制した。
「――構わぬ。この城の統治はオサームの息子であるカラムに全て一任してある。彼方の怪我は、我を庇う為に負わせてしまった傷だ。身を挺して我の事を守ってくれた忠実な臣下の手当てをするのも、主君の務めである」
ティーナの差し出した白いハンカチを、俺から遠ざけようとするミズガルド。
な……何て事をするんだよ、ミズガルド!?
あのティーナさんの手を振り払うなんて、正気の沙汰じゃないぞ!
うちの花嫁騎士のセーリスだって震えて怯えるほどの、コンビニ共和国最強の実力者だと噂されている、ティーナさんに逆らうなんて。
絶対に許されざる恐ろしい行為を今、しているんだぞ……。分かっているんだろうな?
もちろん、皇帝に手を振り払われたティーナも黙ってはいなかった。
「陛下……。彼方様は、皇帝陛下と対等な立場で親交を結ぶコンビニ共和国のリーダーでございます。決して陛下の家臣として、バーディア帝国に従属をした訳ではございません。そして私達コンビニ共和国の住民にとって、彼方様は大切なリーダーなのです。ですので、彼方様のお怪我を治療させて頂くのは、共和国の住人である私どもが担う重要な責務です。ここはどうか、彼方様の看病は私に任せて頂けないでしょうか?」
ティーナさんが、天使のような笑みを浮かべて。
帝国の皇帝であるミズガルドに優しく話しかける。
うん。俺には分かるぞ。
この顔のティーナさんは、実はめちゃくちゃ怒っている時の顔だ。
たった1人で2〜3個小隊の敵兵を、ガトリング砲で撃ちのめすくらいの戦闘モードにティーナさんが入っているぞ。これはヤバい、ヤバ過ぎる……!
「ふむ。そうであったか……。だが、それならばなおさら、対等な立場である同盟国の領主に手傷を負わせてしまった責任は、我が直接取らねばなるまい。帝国の皇帝として、コンビニ共和国の指導者の看病をする事は……帝国とコンビニ共和国の親交を深めるという立派な外交交渉でもある。だからここは、リーダー同士による対話のコミュニケーションを、部外者である家臣の者は邪魔をせずに静かに見守って貰おうではないか」
ミズガルドも、理解ある良心的な指導者の顔をして。ニッコリと笑いながらティーナに話しかけた。
……いやいや、ミズガルド。
お前はバーディアの『女海賊』と評判の皇帝じゃないか。他者には常に好戦的な態度で、他国に対しても高圧的な外交をしてきた事で有名な皇帝なのに、そんなにニッコリと笑っていたら……逆に不自然過ぎるぞ。
ヤバいな。これはミズガルドも相当キレている気がする。
「…………………」
ティーナと、ミズガルドが、それぞれ白と黒のハンカチを交互に俺の額の傷口に押し当てて。
顔だけは天使のように微笑みながら。2人ともお互いを牽制しあうようにして、見つめあっている。
もちろんそれは、あくまでも顔だけなので。ハンカチを握る2人の手には、凄まじい力が込められていた。
となると、そんな強い力の込められたハンカチでグイグイと押されている俺の額からは……。
”プシュ〜〜〜!“
当然、赤い血が噴水のように噴き出してしまう。
ですよね〜! また俺の額の傷口がパックリと開いてしまったみたいなんですけど。2人とも、そろそろ落ち着いて貰ないでしょうかね……。
個人的にはティーナさんの看病を、受けたい気持ちはあるんだけど。善意で俺の看病をしようとしてくれている、ミズガルドの好意をむげに断る訳にもいかないし、うーん、こういう時はどうすれば良いんだ?
そんな俺的、人生史上――。
滅多に起こる事が無かった、修羅場を味わいながら。額からは血をプシュプシュと噴出させていると……。
「た、大変です、陛下!! ぼ、ボクも……城の中でいつの間にかに敵の攻撃を受けて、手から大量の血が流れ出てきてしまったみたいなのですーーっ!!」
……と、右手に明らかにペンキっぽい、真っ赤な塗料を塗りたくったククリアが、こちらに向かって駆け寄ってきた。
――えっ、何?
その超絶下手クソな棒読み演技は?
ククリア、その演技力じゃ今どき小学生だって騙せない気がするぞ……。
「なぬ……!? それは大変だ! 至急、カラムに命じて手当てを受けさせようではないか、そこで待っておれ!」
ククリアの棒読み演技に騙されたミズガルドが、本気で心配そうな顔をして。近くにいる騎士に声をかけようとする。
あっ、それで騙されちゃうんだ。
まあ、ククリアはドリシア王国の女王様だからな。コンビニ共和国のリーダーである俺を心配するのと同様に。ククリアに対しても、ちゃんとした手当てを受けさせる義務が、帝国の皇帝にはあるだろうからな。
「いけません、陛下! この城にいる者は突然、危険な獣人に変化をする可能性があると、先ほどボクは聞きました。もし、ドリシア王国の女王であり。『世界の叡智』としても名の知れた可愛い外見をしているこのボクが、帝国領土内で敵に殺されてしまったら……。帝国は重大な責任問題に発展してしまうと思います。ここはコンビニの勇者殿はティーナさんにいったん任せて、ボクの手当てを陛下自身が、優先的に行うべきでしょう!」
「むむむ……。うーむ、仕方あるまい!」
ミズガルドは、心底悔しそうに。それでいて名残惜しそうに。
俺の頭を軽く片手で撫でてから、急いで手に赤いペンキを付けて『痛いー! ああ、苦しいー!』と棒読みの叫び声を連呼している、ククリアの元へと駆けつけていく。
「こ、こら! ま、待たんか……! 怪我をしているというのに、なぜ我から逃げていくのだ!」
「そ、それが……どうやら、敵の爪には幻覚を見せる効果のある光蜘蛛の猛毒が塗られていたようなのです! ああ、あちらに美味しそうなピンク色のケーキが置いてあるのがボクには見えます! だから、足が勝手に動いてしまうのです。陛下、どうかボクを助けて下さい!」
怪我をしている設定なのに、100メートルを全力で走る子供のように、駆け足で広間の上の階に向かって逃げていくククリア。
そしてそれを必死に追いかけていく、ミズガルド。
……えーと。とりあえず謎の光景を見た気がするけど。ありがとうな、ククリア。
でも正直な所、色々と演技指導をしたい庇護欲にかられたけど、今回はマジで助かったよ。
俺は改めて、ティーナの方に向き直る。
ティーナは白いハンカチを水で濡らして、そっと俺の額の傷口を拭い。その上に、コンビニから持ってきた絆創膏を優しく貼ってくれた。
「ハイ、これでもう大丈夫ですよ、彼方様」
「ありがとう。ティーナ」
恐る恐る、俺はティーナさんの様子を伺ってみると。不思議とティーナは、怒っているような様子は無かった。
「どうかされましたか、彼方様? さっきから私の顔をじっと見ているようですけど……」
「えっ、いやいや! その、怒っていなのかな? って思ってさ」
俺の言葉を聞いたティーナは、不思議そうな表情をする。
「私が彼方様に怒るなんて事は、絶対に有り得ません。もし、彼方様が人としての道を踏み外してしまったり、判断に迷うような時がありましたら、激励する為にそうする事もあるかもしれませんが……。今はそういう場面ではありませんので、大丈夫ですよ」
クスクスと満面の笑顔で笑うティーナ。
「――それにしても、彼方様。私がどうして怒っているなんて思ったのですか?」
「えっ、それはその……! ほら、ミズガルドと2人きりになっちゃダメですよ、って事前に注意をされていたのにさ。何だかさっき、気まずい雰囲気になっちゃってたからさ……」
俺の言葉を聞いたティーナは……。
自分の手の平をポンと、もう片方の手で軽く叩いてみせた。
「……なるほど。彼方様はその事を気に病んでおられたのですね? たしかに、私は彼方様に言いましたよね? 皇帝陛下は今、『恋する猛獣』になられているのだと。きっとこれからも陛下に誘惑をされる機会はたくさんあると思いますので、十分に気を付けて下さいね、彼方様」
「は、ハイ……。以後はちゃんと気を付けます」
でも、そんなに簡単に許しちゃうなんて。
さすがはティーナさんというか、人としての懐が深いというか。
俺はもっとこう、キツ〜いお叱りをティーナから受けると思っていたんだけどな。ティーナは全然そんな素振りも見せずに、天使のような笑顔で笑ってくれていた。
「……フフ、大丈夫ですよ。そんなに心配をしないで下さい。私は彼方様がもう、私なしでは生きていけない体になっている事をちゃ〜んと知っていますから。私の大好きなコンビニの勇者様は、他の女性にもモテモテな事もしっかりと理解しております。でもそれ以上に、私は彼方様にとって魅力的な女性でい続ける努力も常にしていますので、彼方様が私以外の女性に目移りする事など絶対に無いという自信を持っていますから!」
……さ、さすがはティーナさんだ。
俺みたいな恋愛レベルの低い男など、もはや完全に自分の手の平の上で掌握済みですよと言わんばかりに。堂々とした貫禄を持っていらっしゃる事に、俺は改めて驚いてしまう。
まあ、実際に俺はティーナさん無しでは生きていけない体になっている事は確かだものな。
だかはここは素直に、信頼をして貰えている事に安堵しようと思う。
俺が心底ホッとして、胸を撫で下ろしていると。
俺の目の前でティーナが両手で小さな丸の形を作り、不思議な動きを始めていた。
そして、まるで双眼鏡で覗き込むような姿勢をとり、広間の上の階を目を細めて見つめている。
「ティーナ、どうしたんだ……?」
俺が心配をして声をかけてみると。
ティーナは広間の上の階を見つめながら返事をする。
「――はい、目標の正確な座標と方角を確認しておりました。コンビニの屋上に備えられている地対空ミサイルを、ここに向けて発射させた時には……。どこに命中をさせれば、盛りのついた女狐を始末出来るのなと思いまして」
「ええっ……!?」
思わず全身を硬直させてしまう俺。
ティーナさん、その方角ってまさか……ミズガルドが駆けて行った場所じゃないですよね? って、もしここにミサイルを撃ち込んだりでもしたら。今なら一緒にククリアも始末する事になってしまうんじゃ……。
「うーん、この城だと少し障害物が多過ぎて難しそうですね。残念です……。今回は諦める事にしますね、彼方様!」
こちらに向き直り、天使の笑顔で微笑むティーナさん。
やはり恐るべし、ティーナさん……。
俺は今後はティーナさんの前で、他の女性と仲良く話すのは遠慮しようと心に決めたぞ。
帝国の皇帝と、ドリシア王国の女王を一気にティーナさんに始末されたりでもしたら……。
コンビニ共和国は今後、絶対に世界中の国々から相手にされなくなる、大変な外交責任問題を負ってしまいかねないからな。