第二十四話 カディスとの戦い①
「女神様ーーっ! こっちの準備は全部終わりました! 後は松明に順番に火をつけていくだけです!」
「よーし、みんな遅くまでサンキューな! 作業の終わった人から、こっちに戻って来てくれと伝えてくれ!」
「了解ですッ! さっそくみんなに伝えてきます!」
壁外区の若い男達が、俺の指示をみんなに伝える為に暗闇の夜道を急いで駆けていく。
時刻は既に夕暮れ時を過ぎていた。
壁外区に住むほとんどの住人が避難をし終えた中。
俺と一部の街の人間は街の外側の区画に残って。壁外区の周囲に等間隔になるように松明と柵を設置して、地竜『カディス』の襲撃に備えている。
……ん? 何で俺は逃げなかったのかって?
それはつまり、アレだ。
まあ、お昼に区長さんやザリルが店に来た時に、俺は高らかに宣言をしちまったからな。
『カディスは俺が責任を持って倒す!』ってな。だからもう、今更逃げる事なんて出来ない。既に手遅れってやつだ。
今思うと……。あの時は俺も、確かにどうかしてたかもしれないな。思い返してみても、あの宣言はやり過ぎだったと少し反省している。
そう、時刻は遡って今日のお昼時――。
「そのカディスとか言う地竜! 俺がこの手で退治をしてやるぜーーーーっ!!」
コンビニの店内で、向かい合って座っている面々に高らかに宣言をする俺。
「はぁああああああ!? 彼方くん、何を言っているのよ!! 元々頭のネジはおかしかったけど更に血迷ったの!? それとも毒キノコをヤケ食いでもしたの?」
「そ、そうだぜ……旦那!! いくら旦那がいっつも寝ぼけたようなアホ顔をしているからって。さすがに白昼堂々と寝言を垂れ流すのだけは勘弁して欲しいぜ」
「……いやいやいや、誰が寝言なんか言うかよ! っていうか玉木もザリルも、俺の事を何だと思っているんだ。ここぞとばかりにディスりを入れてきやがって! 特にザリル、お前も大概な人相をしているんだし、人の顔をどうこうは言えないだろう!」
俺がせっかく異世界の勇者らしく、珍しく格好良い言動を取ってみたら、全く何て言われようだよ。
これじゃあ、まるで俺が……無能な勇者みたいじゃないかよ。
あ、分かってるんで、そこは別にツッコミは要らないからな。
――そうだ。そういえば最近の俺のステータス称号欄だけど、『無能の勇者』っていうワードが消えてたんだよ、いつの間にかに!
今現在、俺の称号は『壁外区の女神様』という称号に変わっている。
いや、これはマジで嬉しかったよ! なんかもう下手をすると一生、無能の勇者って称号がついて回るのかと不安だったしな。
という訳で、俺はもう無能の勇者ではない。
だから、ちゃんと異世界の勇者に相応しい言動をしても大丈夫という訳なのさ。
「いーや、今回は流石にヤバいんで俺も言いたい事を言わせて貰いますけどねぇ、旦那! 旦那はカディスの事を甘く見過ぎているんですよ! ガキがちょこっと思い付いたみたいなノリで戦えるような相手なんかじゃないんです! そこんとこ本当に分かってるんですかい?」
「秋ノ瀬さん。地竜はこの地に大昔から住まう、太古の魔物と呼ばれているんです。このカディナ地方がなぜ、『カディナ』と呼ばれるようになったのかを知っていますか? 地竜のカディスが大昔からこの地に住んでいるからなんです。それだけ地竜は、ずっと人々の間で恐れられてきた存在なんですよ」
ザリルと違って区長さんからもそう言われると、流石に俺もドキッするな……。でも、もう宣言してしまったのだし。これだけは誰に何を言われても譲れない。
「だからこそです! 俺はこの壁外区で暮らすみんなが好きなんです! ここに来て初めて俺は、この異世界で居場所を持つ事が出来たんです。それなのに、みんなが怯えて暮らさなければならないような。しかも沢山の人が犠牲になるかもしれないような脅威を放っておくなんて、俺には絶対に出来ないんです!」
「ハァーーっ、もうダメだ、この人は……!!」
ザリルが大袈裟に頭を抱えて。
その場で天を仰ぐような仕草をする。
右手でパタパタと扇ぎ、まるで俺に頭を冷やせと言わんばかりのジェスチャーをしてやがる。
「ねえ、彼方くん。何か秘策でもあるっていうの? そんな大昔から恐れられているような竜を、いきなり私達が倒せるなんて到底思えないんだけど〜!」
――おっ? 玉木!
よくぞそれを聞いてくれたな!
むしろ、その言葉を俺はずっと待ってたんだよ。
当たり前だけど、俺だって何のアイデアもなく。いきなりボス敵を倒せるだなんて思っちゃいないさ。
俺にもそれなりに考えがちゃんとある。そして前々からずっと試したいと思っていた『コンビニの勇者の必殺技』を、試せるいい機会だと思ったんだ。
だから俺は自信満々に宣言したんだからな。
「ああ、作戦は一応ある。だからみんな、安心をしてくれ!」
「ええ!? 作戦がある? それは何ですかい、旦那! ぜひ俺らにも教えて下さいよ!」
「そうだなー。ザリル、まずはそのカディスとか言う地竜の特徴と、大体の大きさを俺に教えてくれないか?」
「ハイハイ。むしろそれも知らずにいきなり倒すだとか。作戦があるとか言っている旦那に、俺は心底呆れているんですけどねぇ……」
ザリルが俺に教えてくれた地竜――カディスの特徴は大体こんな感じらしい。
カディスの全長は、約25メートル。
4足歩行で、基本は体全体で突進をしてくる、脳筋スタイルの巨大な魔物らしい。
竜っぽい特徴はあまり無く、首もそんなには長くない。むしろ首の長さはかなり短い方らしい。
その体は緑色の硬い表皮に覆われていて、剣や槍の類は全く受け付けない。弓矢も、硬すぎて表皮に刺さりもしないとの事だ。
そして一番厄介なのは、魔法を全く受け付けない事。
特殊な体液でコーティングされたその皮膚は、炎系の魔法も、冷凍魔法も全てを完全に弾いてしまう。まさに鋼鉄の塊が突進してくるような、パワースタイルの魔物の特徴を持っているらしかった。
なんか俺。最初は『竜』なんて言葉を聞いたものだから。てっきり、モンハンのリオ○イアみたいな、翼竜を想像してしまったんだけど……。
そこはまあ、やっぱり『地竜』という名前だけあって。実際には恐竜の『トリケラトプス』みたいな外観をしていて、動く巨大要塞の様な姿をした竜らしいという事が分かった。
「なるほど、なるほど。体の表皮がめちゃめちゃ硬いとなると、鋼の武器では貫通は出来ない。かと言って魔法の炎で焼こうにも魔術に対する完全耐性があって、全く効果が無い。全てにおいてお手上げな状態ってな訳か」
「そうなんですよ、旦那! だから言ったでしょう? コイツを前にしたらどんな軍隊でも手の出しようが無い。まして一般市民の俺等なんかは、とにかく全力で逃げるしか手がない訳なんですよ! だから旦那も今すぐ考え直して、さっさと逃げる準備をして下さいよ、頼みますから!」
そう、頼まれてもなぁ。
残念ながら、ここは俺にとっても正念場だからな。
一応、異世界の勇者である俺が、本当に戦闘が出来ない役立たずの勇者なのかどうか。
それを俺自身が見極める為の、これは最後のチャンスだと俺は思っている。
「彼方様。彼方様には地竜カディスと戦う為の何か考えがお有りのようですけれど――。それは、地竜カディスの硬い皮膚をも貫ける、何かとっておきの攻撃手段があるという事で良いのでしょうか?」
ティーナが俺の手を握りながら、小さく聞いてくる。
「ああ。そうなんだ、ティーナ。実は俺にはどんな魔物でも大抵は倒せてしまう、とっておきの『必殺技』があるんだ。みんなには内緒にしてたけどな。コンビニの勇者は、実は敵と戦う事が出来るんだって事を、今回はみんなに証明しようと思ってる」
「はあっ〜、必殺技〜!? 何よソレ〜? そんなの何で今まで隠してたのよ! コーラをぶっかけるとか、プリンを投げつけるとか。そんなのだったら私、絶対に許さないんだからね〜!」
「ふっふっふ。それは見てのお楽しみだな! まあ、期待しておいてくれ。俺もこの壁外区のみんなを守る為に全力で頑張るからさ! ……あ、もちろんみんなの協力も必要なんだけど、どうかな? みんな俺を信じて手伝ってくれるか?」
俺の頭の中にある必殺のアイデアは、かなり強力な攻撃力を秘めている。さっきザリルから聞いたカディスの特徴やその大きさなら、おそらくソレで倒す事は出来るんじゃないかと思う。
でも、このアイデアを実行するには沢山の人の協力が必要だ。敵が今夜にもここに襲ってくると言うのなら、それまでにかなり大掛かりな準備が必要になるだろう。
全員がいったん、シーンと沈黙をする。
まあ、それはそうだ。
それがどんな奇策なのかまだ聞いてもいない状況で、いきなり俺を信じろと言われても困るよな。
まして俺のコンビニがどう見ても戦闘向きじゃないのは、ある意味、俺以上にここにいるメンツは理解をしているからな。
「私はどんな時でも、彼方様を信じています。私が森の中で命の危険に晒されていた時もそうでした。彼方様には、自分以外の人を守る為に、全力で戦うことの出来る勇気があります。――だから私は、そんな彼方様の為にお役に立ちたい。この先、どんな時でも私は彼方様のお側でお力になりたいと思っています!」
最初にみんなの沈黙を破ったのはティーナだった。
俺の右手を優しく握りながら、目線を合わせて微笑んでくれる。
「ありがとう、ティーナ!」
俺はすかさず礼を言って頭を下げる。
正直に言って、自分でも不思議な事だとは思う。
俺自身も、きっとティーナなら俺に必ずついて来てくれる、という不思議な確信があったのだから。いや、これは『信頼』なのかもしれない。
盗賊達に襲われて二人で身を寄せ合って生き延びたあの夜の記憶。
俺達二人の間には、きっと切っても切り離せない、固い信頼関係がお互いに存在しているんだ。
だから俺もティーナの信頼には応えたい。
ティーナが信頼するコンビニの勇者が、みんなの役に立てる立派な勇者なんだと俺自身が証明をしたいんだ。
「ハイハイ〜〜。分かったから、分かったから。その手を離しましょうね〜。まるで恋人同士みたいにお互いの目を見つめ合うのもここでは禁止ね〜。時と場所をわきまえましょうね〜! ちゃんとTPOを意識しましょうね〜!」
パンパンと手を叩きながら。強引に玉木が俺とティーナの手を引き離す。
そんな様子を見ていたザリルが大袈裟に溜息を漏らすと、両手を挙げて首を振った。
「全く、旦那はもう……ホントにしょうがないですねぇ。分かりましたよ、俺はもう全部諦めました。それで俺らは一体、何を手伝えばいいんですかね? そのカディスを倒せるとかいう『秘策』って言うのも、もちろんちゃんと教えて貰えるんですよねぇ?」
「ああ、もちろんだ! むしろ今回の作戦には特にザリル、お前とお前の部下達の協力が必要不可欠だからな! 夜までに、もう時間があまり無い。お前にはたくさん協力をしてもらうからな!」
「ハァ〜。旦那がうちの大切なお得意さんじゃなきゃ、とっくに俺は、旦那を放り出してここからトンズラしてるんですけどねぇ……。しかも俺がそれを出来ない事も当てにして、何やらその作戦とやらを立てているのがまた、俺は気に入らないんですけどね」
「ハハハ。そこはおあいこ様だな! お前が俺を利用するように、俺もお前を利用する時だってあるさ。持ちつ持たれつの関係だと思って、今回は諦めてくれ!」
俺はザリルの大きな背を、ポンポンと右手で叩いて慰めてやる。
いまだに状況が分からず、不安そうにしている区長さんの為にも、俺は今までずっと隠していた、とっておきの『必殺技』について、全員に説明する事にする。
最初は半信半疑だったみんなの顔も、俺が丁寧に説明をしていくうちに、少しずつ真剣な面持ちに変わっていった。
きっと俺を含めて、みんなも100%の自信なんて持てる訳がない。
だけど、剣や槍も、魔法だって跳ね返す巨大な地竜。そんな大きな化け物を倒すという手段において――。
俺の話した『アイデアと作戦』は確かに有効だと、きっとみんなにも分かって貰えたはずだと思う。
一番俺の話を、寝言だの何だのと言って疑っていたのはザリルだ。そのザリルが俺の作戦を、目を見開くようにして、真剣に聞き入っている。
もちろんその作戦を実行するには、大掛かりな準備が必要だ。だから、説明をした後はザリルの部下達の協力も借りる必要があった。壁外区に残る、ある程度若い住人達の人数も集めないといけないだろう。
俺の話を全て聞き終えたザリルは、真っ先にその指示をテキパキと部下達に伝えていく。
今やザリルの目は真剣だ。
ザリルは俺に、
「旦那……。もし、成功したのならですがね。これはきっと歴史に残る大きな偉業になりますよ! その時は俺達商人が、コンビニの勇者様の1番の協力者だったっていう宣伝文句を、ちゃんと周辺のお偉い人達に伝わるようにしといて下さいね!」
――と、伝えてきた。
「ああ、それは任せておいてくれ! お前の協力が無ければこの作戦は絶対に実行出来ないからな」
「了解ですぜ! それなら俺もテンションが少しは上がってくるってモノです。ここは旦那の為に、このザリル。ひと肌、脱がせて貰う事にしますぜ!!」
両手を挙げて、肩を回しながらザリルが雄叫びを上げる。気合十分といった様子で、人手を集めに街に出掛けて行った。
「彼方く〜ん。ねえ、本当に大丈夫かな〜? 私、何だかまだ不安だよ〜」
玉木が少しだけ不安そうに聞いてくる。
「……ん? まあ、大丈夫だろう。俺も実はこっそりと何回かは練習して試した事もあったし。俺なりにコンビニを使って何とか戦闘が出来ないものかって、みんなには内緒で試行錯誤はしていたからな」
「うーん……。でもでも、本当に大丈夫かな〜?」
「私は、彼方様を信じていますから。玉木様、大丈夫です。きっと上手くいきますよ!」
俺の代わりに、ティーナが玉木を励していた。
うん。ここまでみんなに言い切ってしまった以上は、ちゃんと成功をさせないとな。
それにこれは俺自身の問題でもある。
実際にコンビニの勇者として、戦闘をしてみたかったとか、強敵を倒してみんなに褒められたいとかじゃないんだ。
この壁外区は、もう俺の居場所なんだ。
ここに来て約5ヶ月。グランデイルを追い出されてから、初めて手に入れた俺がみんなに必要とされる、みんなに頼ってもらえる優しい場所。
――だから、ここに住んでいるみんなはもう俺の家族みたいなもんだ。そんなみんなの家が壊されたり、たくさんの死人が出てしまうような災厄だなんて、絶対に見過ごせない。
俺にそれを防ぐ方法やアイデアがあるのなら、それを使ってみんなを守りたい。それだけ俺が真剣になれる程に、ここは、もう俺にとっても大切な場所なんだ。
そう。ここにはティーナがいる。
仲良くなった壁外区の住人達や、ザリルや区長さんもいる。
……あ、最近は玉木もいたか。
とにかく、俺は異世界の勇者として、みんなを守る仕事がしたい!
だから、今回は真剣に取り組む。本気で成功をさせる。絶対にこの壁外区を俺の力で守ってみせるんだ!
「………ふぅ」
――って、意気込みだけはバッチリだったんけどな。
いざ、本番となると少しだけ尻込みをしてしまうのは、まあ、許して欲しい。俺は逃げたり隠れたりもせずに、正面から戦う経験がまだ無いからな。
実際に俺は、そのカディスという地竜を、まだ目の前で直接見た事がない。
「実際に見たらどれくらいの大きさなんだろうな……。結構ゴツい顔とかしてたら嫌だなぁ。俺が多分、一番正面から、そいつと対峙する事になるんだろうし」
「――彼方様? どうかされましたか?」
横から、ティーナが小さく聞いてきた。
俺とティーナは今、コンビニの屋上に立っている。少し高い場所から周囲全体を見回す為だ。
上空には索敵用のドローンが旋回していて、カディスの接近に備えている。
ドローンの操作は、事務所にいる玉木に任せている。あいつはパソコン操作が苦手だから、少し不安はあるんだけどな。
「――ん? ああ、大丈夫。本番前の軽い武者震いって奴かな。俺、試験前とか本番に実は弱くて。直前で結構震えちゃったりする事があるんだ……」
「そうなんですね。でもきっと大丈夫ですよ! 私には分かるんです。彼方様は、絶対に成功をしますから」
ティーナがこちら向けて、天使のような笑顔で笑ってくれる。
「……? 何だかすっごい自信だな。俺が、全然ダメダメな異世界の勇者で戦闘能力は何も無いって事は……。ティーナが一番よく知っているだろう?」
「いいえ。そんな人の事は私は知りません。世界で一番優れた能力を持ち、この世で最もイケメンでハンサムな異世界の勇者様でしたら私は知っていますけど。ちなみにその方は今、私の隣にいます」
「――えっ!? どこどこ??」
俺がわざとらしく、俺の隣に誰かがいるかのようにキョロキョロと辺りを見回す。
当然、俺達2人以外には誰もここにはいないけどな。
「ふふ。彼方様以上のイケメンが、世界に2人や3人も居たりしたら大変です。だって彼方様はオンリーワンな人なんですから」
「ティーナの瞳には、きっと俺には想像もつかないような謎のフィルターが、二重三重にかかっていそうだな。世間では俺みたいに何も能力もなく、容姿もイケてない男の事を『ダメ男』って言うんだぜ」
「彼方様は、ご自分や相手の人を評価する時に『世間』という謎のフィルターを通して、いつも見ているのですか?」
「えっ……?」
ティーナの顔が急に大人びて見えたから、俺は少しビックリしてしまう。
こういう顔のティーナと話すときは、いつもお姉ちゃんに何かを諭されている弟の様な気分になるんだよな。
「私の基準はいつも単純明瞭です。大好きな人に、私の事を好きになって貰いたい。その人に喜んで貰いたい。その人の側にいたい――それだけなんですから」
「……………」
「周りの人の評判や、評価なんて私は全く気にしません。だってそんなのは、私の人生にとって、全て無意味なものですから」
「うーん。そ、そういうものなのかな?」
「ハイ。そういうものです。彼方様は、その『世間』という見えない何かと、ご結婚される訳ではないのでしょう? ご自分の人生の中で、大切な人や家族、大事な友人の方々に必要とされる生き方が出来れば、私はそれで良いのだと思いますよ」
お姉ちゃんモード全開のティーナに、俺は何も言い返す事は出来ない。
ティーナの言葉には、人生経験が全然違うんじゃないかって思えるくらいに、俺は感銘を受ける事が多い。
それだけ自分の考え方は、ティーナに比べてまだ遥かに子供なんだな……って思えてしまう。
「では、まだご自分に自信がもてないでいる彼方様に、私が『魔法の言葉』をかけてあげましょうか? きっと少しは自信が湧くと思いますよ?」
「『魔法の言葉』だって? へぇ、どんな言葉なんだろう? それで俺にも自信が持てる様になれるなら、ぜひ聞いてみたいな」
「ハイ。きっと効果がありますよ!」
ティーナが俺の顔を見上げながら、そっと手を繋ぐ。
月明かりに照らされたその顔は、本当に綺麗で、でもどこか母親のような安心感も感じられた。
「私は彼方様がどんな失敗をしたとしても、彼方様のお側にいます。例え世間から嫌われて、見放されて、一人ぼっちになってしまったとしても、必ずお側にいます。だからもう、何も失敗を恐れなくても大丈夫です。どんなにダメな貴方も、臆病で不安に怯える貴方も、その全てを私は受け容れます。守ります。愛し続けます。だって私は貴方の事が大好きですから」
「……………」
「……どうですか? これで少しは自信が湧いてきましたか?」
俺は一瞬だけ沈黙する。
目前でニコッと微笑むティーナの顔を見て、ハッと我に帰った。
「うーん、そうだな。ダメ男が更にダメダメになっちゃいそうな甘ーい言葉で、脳が完全に溶けそうになった気はしたな。でもそれだと俺は、ティーナがいないと生きていけないダメダメ依存男になっちゃいそうで、少しだけ怖くなったよ。だからしっかりと頑張らなきゃって、余計に思えたなかな!」
「別に私なしでは、生きていけない状態になってもいいんですよ。むしろ、そうなるように今……一生懸命、私は彼方様を隣で洗脳をしているんですから♪」
「……あ、やっぱりそうなのか! ははっ、本当にティーナには俺、頭が上がらないな。一緒にいるとだんだん心も体もドロドロに溶かされそうになる。――ハッ、まさか変な薬とかを、こっそり飲ませてたりはしてないよな?」
「それもいいアイデアですね! 明日から早速、彼方様のペットボトルの中に、少しずつ混ぜていく事にしますね!」
アハハハ……と俺達は、笑い合う。
うん。確かにさっきまでの武者震いは完全に止まったな。
ティーナの魔法の言葉は、効果抜群だ。
俺はきっと、もし失敗をしたらどうしようって。
大好きな壁外区のみんなに迷惑をかけたら、怖いなって……本当は心の底では怯えてんだと思う。
俺がどんな失敗をしても、側にいてくれるというティーナの言葉は、俺の脳内を溶かすくらいにヤバい言葉だったけど。そんなん聞かされたら、男は完全にダメになっちゃうって。
でもだからこそ、俺はちゃんと成功させてティーナをもっと安心させたい。喜ばせたいって、そう思った。
それに、これ以上は甘えられないって反省もした。
もし俺が失敗をしたら――。
みんな一斉に離れていってしまうんじゃないか。せっかくこの街でみんなに信頼してもらえて、やっと居場所が出来たのに、また、みんなに嫌われしまうんじゃないかって……。
それを恐れていた俺の心を、全部ティーナに全部見透かされているんだから、もう脱帽だ。
そしてそんな事はないんですよ、と保証までしてくれたんだし。本当にありがとうとしか言いようがない。
そこまで言われたら、これは男として絶対にやってやるって気持ちにしかならないだろう!
「よーーーし!! 絶対に俺は成功をしてみせるからな!!」
俺が夜闇を切り開くように、月明かりに向けて颯爽とガッツポーズを決める。
その様子を確認して、隣でティーナも小さく笑う。
すると――、
「カディスが来たぞーーーーーっ!!!」
敵の襲来を知らせる叫び声と、大きな鐘の音が聞こえてきた。
「とうとう来やがったか……!」
カディスが襲来してくる山の方角には、平仮名の『く』の字の形で、均等に並べられた無数の松明が設置してある。
それはまるで夜の飛行場の滑走路の様に。
松明の明かりは、俺のコンビニに向けてガイド灯の役割をしながら、均等に並び立っている状態だ。
街の明かりは完全に消して貰っているし、その松明の先には、眩しいばかりに照明の明かりを全開にしているコンビニがそびえ立っている。
だから、確実にカディスはこのコンビニに目掛けて正面から襲ってくるはずだ。
「彼方くーん、見つけたよ〜! 超でっかい魔物がこっちに向かって歩いてきてる! 多分、これがカディスって奴で間違いないよ〜!」
事務所から、玉木の叫び声も聞こえてきた。
上空から監視していたドローンのカメラにも、ハッキリとカディスの姿が視認出来たらしい。
「よーし、ドローンでカディスの誘導を始めてくれー! ちゃんと出来るよなー? 玉木ーっ!」
「うん! 任せて〜〜! 何とかやってみる〜!!」
松明の明かりでの誘導だけじゃ不安だからな。
玉木の操作するドローンの明かりで、更にカディスをコンビニの正面に誘導する。
カディスの目の前に照明付きのドローンをチラつかせ、目の前で旋回させながらこっちまで引っ張ってくる作戦だ。
俺が背後を確認すると、コンビニの後方に建ててある、高床式の矢倉にいるザリルと目線が合った。
こちらに向けて親指をグッと立てる動作。
……うん、あちらも全部準備は終わったらしい。
これでもう、後には引けない。あとは作戦通りにやるだけだ。
大丈夫、俺なら必ず出来る!
前方の暗闇の中を注意深く俺が凝視していると――。
”ズシーーーン!!”
”ズシーーーン!!”
”ズシーーーン!!”
大地が揺れ動くのと同時に、大気を震わせるくらいに巨大な足音が聞こえて来る。
「あれが、カディスかよ……。マジで、とんでもない大きさの竜なんだな」