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第二百三十九話 皇帝の進軍


「帝国の領土を取り戻すって……。ミズガルド1人で、反皇帝派の帝国貴族の城に乗り込むっていうのかよ?」



 自信満々に腕を組む皇帝が、鳥のように口を(とが)らせて俺に反論してきた。



「――誰が、我1人だけで行くといったのかッ! もちろん我の忠実な家臣である彼方(かなた)も、一緒に連れて行くに決まっておろう!!」


「へっ、何で俺だけ? いや、でもそれはうちのティーナさんがきっと黙ってないし……。ってか、何で2人きりでいきなり敵の城に乗り込む必要があるんだよ。このままコンビニ戦車で、その貴族の城まで到着するのを待てばいいじゃないか」


「この、愚か者めがッ! このような大きな建物で敵の城の真正面に辿り着いてしまったら、奴らに気付かれてしまうではないか! 不意を突くには、少数精鋭による奇襲が良いと昔から兵法では決まっておるのだ!」



 うーん。少数精鋭って言われてもなぁ。


 例えばそれって、ミズガルドともふもふ娘の組み合わせとかじゃ駄目なのかな。可能なら、俺を除外する組み合わせで精鋭部隊を組んで貰えると助かるんだけど。


 ……って、不満顔でミズガルドの顔を覗き見たら、ひぃぃ!!


 『ダメに決まっておろうッ!!』って、鬼のような目つきでキツく睨まれてしまった。


 どうやら俺とミズガルドの2人だけで、敵の城に潜入するのは確定項になっているらしい。いやいや、今それはティーナさんにダメですよ、って(くぎ)を刺されてきたばかりなんだぞ?


 でも、放っておいたらこの赤髪の女皇帝様は、本当に1人で敵の城に向かって行ってしまいそうな雰囲気があるからな。

 それなら俺が付いていった方が、確かに安全っちゃ、安全なんだよなぁ。


 まあ、決して過信してる訳じゃないけどさ。


 今の俺はかなり強い。魔王のモンスーンとタイマンで戦えるくらいには、レベルの高い異世界の勇者になっている訳だからな。大抵の人間の騎士達との戦いくらいなら、決して負けるような事は無いだろう。


「……さあ、我と一緒に来るのか? それとも臆病風に吹かれて、ここから逃げ出すつもりなのか? さっさと決めるが良いッ!」


 顔を真っ赤にして激昂しながら、俺との『デート』を迫ってくるミズガルド。そんな女皇帝様に、俺はちょっとだけ返事を待って貰う事にした。


「待て! ちょっとだけ、タンマだ! 今、うちの嫁さんに残業報告の電話を入れるから、少しだけそこで待っていてくれ」


「なぬ? 残業報告……何なのだそれは?」


 目をパチパチとさせて、意味不明になっているミズガルド。


 俺は『恋する猛獣』が一瞬だけ油断をした隙に。素早くスマートウォッチを操作して、事務所にいるティーナに電話をかけた。



 ”トゥルルル〜〜、トゥルルル〜〜!”


 ……ガチャ!”



『――ハイ、こちらはコンビニ事務所のティーナです』



 ティーナはわずか2コールで、すぐに俺からの電話に応答してくれた。


『あ、もしもし……ティーナ? 俺なんだけどさ。実はかくかくしかじかでさ。少しだけ残業になって、帰りが遅くなりそうなんだけど、大丈夫かな?』


 俺の話を聞いたティーナが、電話ごしに『そうですか……』と思案している様子が伝わってきた。


 ティーナは賢い子だからな。俺が考えているのと同じように、ここは皇帝を1人で暴走させない方が良いと思考を巡らせているに違いない。


 俺のスマートウォッチからは、コンビニ支店の中にある固定電話に電話をする事が出来る。


 だが、電話による通信が出来るのは……距離がかなり近い場合に限られてしまうようだ。


 以前、魔王領への探索に向かう前に、俺のコンビニには固定電話機能が新たに実装されていた。

 だから俺はいつでも、どこにいても、コンビニ本店にいるレイチェルさんと電話が出来るようになったのだと思って喜んだ。


 何でも俺の相談に乗ってくれる、頼れるレイチェルさんといつでも会話が出来るのなら……。もう、怖いものなんて何も無いからな。


 でも、実際には魔王領の砂漠地帯へと侵入した俺は、コンビニ本店に残っているレイチェルさんと電話が出来た事は一度もなかった。もちろんメールだって送る事も出来なかったぞ。


 その時は、きっと魔王領には特殊な電波妨害の磁場みたいなものがあるに違いない。だから電話は出来なかったのだろう――って勝手に納得していたんだけどさ。


 いざ、魔王領からこっちに戻ってきて。


 試しに遠くからコンビニに電話をかけてみたら。やっぱり電話はかからない事を知って、愕然としてしまったのを覚えている。


 どうやらコンビニの電話機能は、固定電話の実装されているコンビニから、近い距離にいる場合でないと電話は出来ないらしい。


 例えるなら、国内通話は出来ても、国際電話は出来ない……って感じかな。

 俺としては、世界中のどこにいても仲間達と通話が出来るものだと期待をしていた分……。ちよっとだけ固定電話の仕様に、ガッカリしたのは否めなかった。


 だからこうして、コンビニ本店から遠いバーディア帝国にいる俺には、レイチェルさんに電話をかけるという事は出来ない訳だ。あ、もちろんメール機能も使用出来ないぞ。


 ……まあ、そんな感じで色々と残念仕様の電話機能だったんだけどさ。


 こうして、事務所にいるティーナと普通に電話が出来ているのだから、一応、便利な機能である事は間違いなかった。



『分かりました。残業本当にお疲れ様です、彼方様! ですが、くれぐれも無理だけはなさらないで下さいね。私はいつでもコンビニの中で、彼方様のお帰りをお待ちしていますからね』



 突然の残業報告だったにも関わらず。


 ティーナは(こころよ)く、俺とミズガルドに外出許可を与えて、外へと送り出してくれた。



 くぅ〜〜! 何て理解力のある優しい嫁さんなんだ。ティーナ、マジでありがとう!


 ミズガルドと2人で敵の城へと向かう事の許可が降りた俺は、ティーナにある『お願い』をしてから外へと旅立つ事にした。


『ありがとう、ティーナ。俺、気を付けて行ってくるよ! それと、1つだけティーナにお願いがあるんだけど……』


『彼方様のおっしゃりたい事は、私にはちゃんと分かっていますよ。敵の城へ皇帝陛下と2人きりで乗り込むのです。念には念を入れて、ちゃんと事前に準備をしておきますので、安心して敵の城へ向かって下さいね!』



 おお、さすがはティーナさん!


 俺が伝えようとする事を、先に全て理解してくれているなんて、マジで最高の嫁さんだぜ。



「……さっきから、何を1人だけでブツブツと独り言を話しておるのだ、彼方よ」



 ミズガルドが、危ない人間を見るような目で俺に問いかけてきた。


 俺は慌ててティーナとの通話を切断して、ミズガルドへと向き直る。


「いや、何でもないよ。分かった、俺もミズガルドと一緒に行く事にするよ!」


「おおっ、本当か! うむ、それでこそ我の忠実なる家臣だぞ。では、さっそく我を城まで運んで貰おうではないか!」


 俺はコンビニの屋上から、2機のシールドドローンを出撃させる。

 そして2機のドローンを空中合体させて、俺とミズガルドの2人が乗っても大丈夫な、ホバリング可能な浮遊ドローンへと変形させた。



「さあ、ミズガルド、行くぞ! 俺の体にしっかりと掴まっていろよ」


「ま、待て……。まだ我は心の準備が出来ておらぬ!」


 妙に脚をガタガタと、カクつかせているミズガルド。俺は強引にミズガルドの手を引き。シールドドローンの後ろ側に飛び乗らせた。


「――きゃん!!」


 何か、可愛い子犬の鳴き声のような声が、後ろから聞こえてきたような……。まぁ、きっと俺の勘違いだろうな。

 なにせ俺の後ろにいるのはバーディアの女海賊と恐れられた、あの天下無敵の皇帝陛下様なんだし。



「よーし! シールドドローン、全速前進だーーッ!」


「ま、待て待て待てーーーい!! ゆっくり進むのだ、彼方よ! 少し速すぎるから、お願い待って……!」



 コンビニ支店1号店の屋上から離陸し。

 気持ち良いくらいに、快晴の大空へと飛び立つ飛行ドローン。


 気分はまるで、大空を自由に飛び回る渡り鳥だな。


 この空中飛行ドローンの操作技術は、俺の地道な練習と努力による賜物(たまもの)なんだけどさ。本当に空の上を飛び回るのは、これがまた最高に気持ちが良いんだ!



 異世界に来て、もし魔法が可能なるとしたら。やっぱり一番最初に叶えたい夢は、自由に大空を飛び回る事だよな。


 うーん。肌をかすめていく風が実に心地良い。


 全身で感じる浮遊感が重力の鎖を解き放ち、限られた制約の中でしか生きられない人間に、本当の自由をもたらしてくれる。


 ああ……俺は生きているんだ! って、実感の出来る最高の瞬間だよな。



 以前は、もし空から落ちてしまったら、どうしようっていう恐怖感もあった。


 ドローンによるホバリングの練習中は、流石の俺でも毎日ビクビクしていたさ。

 まあ、それでも……コンビニ店長専用服の3回だけ可能な無敵防御機能があったから、何と耐える事が出来たけどな。



 でも今はそれも、全く心配する必要はなくなった。


 今の俺には、コンビニ店長用の『黒いロングコート』がある。

 途中で操作を誤って、もしドローンから落ちてしまっても、黒いロングコートが俺を守ってくれるからだ。


 だから今では俺は、より安心感を待って浮遊ドローンを自由に操る事が出来るようになっていた。



「やっぱ、本当に空を飛ぶのは気持ち良いよなぁ……。なぁ、ミズガルドもそう思うだろ?」



 一緒に空を飛んでいる、相方。


 俺の腰に、必死に両手を回して抱きついてきているミズガルドにも尋ねてみる。



 すると……。


「お、お願い……彼方(かなた)。もうちょっとだけ、ゆっくり飛んで欲しいの……」


「――ん? あ、ああ、ゴメン。ちよっとスピードを落とす事にするよ」


 ミズガルドはドローンの上で、生まれたての子鹿のように全身を震わせていた。その顔色は、真っ青に染まっている。



 いけない、いけない。調子に乗って、少しスピードを出し過ぎたかもしれないな。


 でも、あれだけ威勢の良かったミズガルドが、こんなに体を震わせて怯えてしまうとは思わなかった。


 それと、今……。俺の聞き違いかもしれないけど。ミズガルドが何かもの凄く、しおらしい話し方で俺にお願いをしてきたような……。


 ま、気のせいか。『ハッハッハ〜! 我に怖い物などはない!』って感じで、いつも尊大で自信満々に話してくる皇帝陛下だものな。



 少しだけドローンのスピードを落として、飛行を続ける事……数分間。



 俺達の前には、大きな石造りの城が見えてきた。


 どうやらアレが、目標である帝国貴族が守る城のようだな。



「うむ、あの城だ! 我の命令に従わず、帝都の防衛に馳せ参じなかった不忠者が住む城は! 彼方よ、あの城の最上階に着陸させるのだ!」


 目的地である城を見つけたミズガルドが、身を乗り出すようにして俺に指示を出してくる。



 うん、いつもの皇帝らしい口調に戻っているな。


 やっぱりさっきのは、俺の勘違いか聞き間違いだったのだろう。


 俺達は飛行ドローンを、城の最上階の場所に静かに着陸させる。

 当然、最上階にも数人の騎士がいて、高い場所から周囲の索敵をしながら城の警備をしていた。


 でも、まさか……。空の上から城の最上階に降り立ってくる敵がいるなんて、彼らには全くの想定外だったらしい。


 俺とミズガルドが、無事にドローンから降りて。ポキポキと肩慣らしをするまで、こいつらは全然俺達の存在に気付けないでいたからな。



「――だ、誰だ! お前達は……!? 一体どこから、ここに侵入してきたのだ!?」



 城の最上階を守る守備兵は、合計で6名か。


 そいつらがやっと俺達の存在に気付いて。全員が槍を構えて、臨戦体制を取り始める。

 ……いや、遅すぎだろ! こっちから『やっほーい!』って声をかけてやろうか、迷ったくらいだぞ。


「ほう……。この帝国を統べる我に対して槍を向けるというのか。オサームの家来達は、自分達の仕えるべき主君の顔も忘れてしまったと見えるな」



 ミズガルドが剣を構えて、堂々と守備兵達の前へと進んでいく。


「なっ、まさか……貴方様は、皇帝陛下!?」



 槍を構えていた守備兵達は、慌ててその場から後ずさる。そして槍を床に置いて、許しを乞うように頭を下げた。


「フン、我の顔を見てすぐに気付けないとはな。オサームは、家来達の教育が全然出来ていないようだな」


 いや、どっからどう見ても今の俺達ってさ。保険勧誘に来たスーツ姿のセールスレディに、それに付き従う謎のロック歌手風コスプレの怪しい部下ですから。


 見た目の怪しさは満点だし。それが例え彼らの肉親だったとしても、すぐには気付けないと思うぞ……。



「さあ、行くぞ! 彼方よ! オサームはこの下にいるはずだ。我の命令に背いた罪は重いからな。たっぷりと奴にお仕置きをして、懲らしめてやろうではないか!」


 自信満々に、その場に平伏している守備兵達を無視して、ズカズカと城の階段から王の間へと降りていくミズガルド。



 ……は、ハイ。

 もちろんついて行きますよ、親びん。


 俺はこの時、水戸黄門につき従う(かく)さん、(すけ)さんのような気分を味わいつつ。

 我が道を前進し続ける、バーディアの女海賊と名高い皇帝陛下について行く事しか出来なかった。



 まあ、きっとこの後……。


 絶対に何か一波乱はあるんだろうな〜って、嫌な予感はしていたんだけどな。


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