第二百三十八話 落ちぶれ皇帝と謎のお共パーティ
「よーーし、皆の者! 我に後に続けーーいッ!!」
移動式のコンビニ戦車の屋上で。
剣を真っ直ぐ前に構えた赤髪の皇帝陛下が、屋上の上にいる配下の者達に向けて、高らかに号令をかけた。
「おおーーっ!! がってんでぇ〜〜、親びん! 果てしない大海原を突き進み、未知の大陸を発見するまで、俺達はどこまでも親びんについて行きやすぜ〜〜!」
あ、そーれ、そーれ。
えいこらせっせ! えいこらせっせ!
俺はコンビニの屋上で、気分良さそうに頷く皇帝ミズガルドに、差し入れのりんごジュースを献上する。
ゴクリゴクリと、甘い濃厚なコンビニのりんごジュースを一気に飲み干し。
ミズガルドは更に上機嫌な顔つきをして。気分も高揚して、その顔は微かに笑っているようにも見えた。
もっとも今の皇帝の見た目は、完全に日本のセールスレディ状態だけどな。黒スーツに白ワイシャツを着た生命保険の営業さんのようなスタイルで、海賊の親玉には到底見えないような雰囲気に見える。
俺はそんな営業スーツを着た皇帝陛下に、ヨシヨシと頭を撫でて貰い。
ご褒美を頂けた事に、子分としてこれ以上ない至高の喜びを感じて、子犬のように嬉しがる。
やったぜ〜! 親びんに褒められたぜ〜!
これで次の大航海にもまた、俺は一緒に連れていって貰えるに違いない。さっすが俺達の親びんだ!
いずれは世界の海を股にかけて活躍するような大海賊になるに違いないですぜ〜!
よっ、親びんは世界一の大海賊〜〜!
「……って、何やってんだよ変態お兄さん」
俺と皇帝ミズガルドのやりとりを、白い目で見つめていたもふもふ娘のフィートが、横からツッコミを入れてきた。
「はぁ、何って見れば分かるだろ? 海賊ごっこだよ! バーディアの女海賊と名高いミズガルド皇帝陛下が、海賊船コンビニ支店1号店に乗って出航するんだぜ? 手下の俺達がそれっぽい雰囲気をだして、ちゃんと親分の航海を盛り上げなきゃダメじゃないか!」
「あーー、そうなんだぁ……。あたいはそういう痛い遊びはパスするから。後は勝手に、お兄さんだけでやっといてくれよな……」
手のひらをクルックルとさせながら、踵を返して。無言でコンビニの屋上から、立ち去ろうとするフィート。
だが、待てーい!
俺だけここに置いて行こうとしても、そうはいかないぞ。
去り際のフィートの肩を、ガシッと掴む俺。
振り返る呆れ顔のフィートに、俺は大人の顔つきをして、商談を持ちかける事にした。
「いいか、よーく聞くんだぞ? もふもふ娘よ」
「あたいには、ちゃんと『フィート』って名前があるんだけどね。まあ、もうお兄さんがもふもふ、もふもふ……って、ずっと連呼してくるから。何だかその呼び方にあたいも慣れてきちゃったけどさ」
フィートは可愛い猫耳をフリフリと揺らして。
溜め息混じりに俺の話を聞こうと、その場に立ち止まってくれた。なんだかんだ言って、俺の言う事には必ず聞き耳を立ててくれる良い子なんだよな。
「――いいか? ミズガルドはバーディア帝国の正統な皇帝なんだぞ? つまり今のうちに恩を売っておけば、後で必ずいい事があるに決まってる。それこそ莫大な価値のある財宝を褒美として貰えるかもしれないんだぞ? だからフィートもぜひ、ミズガルドの機嫌を良くする作戦に協力をしてくれよ」
「えーーっ、やだよー! そんなの面倒くさいよー! それにあたいは盗賊だし。どうせまた世界が平和になったら、捕らえられて牢屋にぶち込まれるに決まってるんだ。だから、別にいいよー」
ぶーぶーと駄々をこねる、子分2号。
もう、しょうがないなぁ〜。それなら子分1号であり、先輩子分でもあるこの俺が、先にフィートにご褒美をあげてやる事にするか。
「これは親びんからの、手付金だと思ってくれて構わない。もし皇帝陛下を、再び帝国の正統な権力者の地位に押し上げる事に成功をした際には、これの1000倍の報酬が帝国から貰えると思ってくれ!」
俺はもふもふ娘用にポケットにしまっておいた、『サバ缶』10個をフィートに差し出した。
すると凄まじい神速でそれを受け取ったフィートが、ダッシュでミズガルドの元へと駆け寄っていく。
「――お、親分! あたいも親分に仕える子分2号として、最後まで親分のおそばに仕えさせて頂きます! 御用がございましたら、何なりとあたいに申し付け下さいませ!」
子分2号に頭を下げられたミズガルドは、その場で満足気に頷く。
「そうか、礼を言うぞ! 我は必ず帝国を元の正しき姿に戻してみせる。そのあかつきには、お前の忠義に必ず報いる事を誓おうではないか。さあ、行くぞッ! 我についてくるのだ!」
「がってんですぜ〜い、親分っ!!」
仲の良さそうに、互いの両肩を掴み合うミズガルドとフィート。海賊と盗賊が意気投合している貴重な瞬間に立ち会えて、俺も感無量な気分になる。
うんうん。
さすがは俺の見込んだ、もふもふ娘だ。
俺は疲れたから少しだけ休ませて貰うけど、しばらくミズガルドの相手はお前に頼んだぞー、フィートよ。
ふぅ〜っと、深呼吸をして。
フィートに後の事を任せて、いったんコンビニの事務所に戻る俺。さすがにちょっとだけ、ミズガルドとの海賊ごっこも疲れたからな。
まあ、これも大切な外交活動だ。
コンビニ共和国のリーダーとして、バーディア帝国の皇帝と仲良くしておくに越した事はないからな。
この世界の未来の為にも、俺はこういう細やかな外交活動にもちゃんと力を入れておく。それは大事な事だと思うんだよ、うんうん。
事務所に戻ると、コンビニの操縦をしてくれていたティーナが俺を出迎えてくれた。
ティーナはコンビニの操縦をククリアに任せて、笑顔で俺に近寄ってくる。
……えっ、ティーナパイセン? コンビニの操縦ってククリアに任せても大丈夫ものなの?
っていうか、ククリアはいつの間にパソコンの操作が出来るようになっていたんだろう?
「彼方様、お疲れ様です。すぐに美味しい紅茶を用意させて頂きますね!」
「う、うん。ありがとう、ティーナ。でも、コンビニの操縦をククリアに任せちゃって大丈夫なのか?」
俺が心配そうに呟くと……。
今度は、事務所の中で慣れた手つきでパソコンを操るククリアが、俺に笑顔で答えてくれる。
「コンビニの勇者殿、どうかご心配をせずに。コンビニの操縦はボクにお任せ下さい。先ほどティーナ様から、パソコンの使い方についてレクチャーを受けさせて頂きました。元々、ボクは日本人である冬馬このは様に仕えていた守護者です。ですのでパソコンや家電などの知識も、ある程度理解しておりますので」
ククリアはキーボードとマウスを上手に操りながら、こちらにウインクをしてくれる。
いやいや、それ……思いっきりブラインドタッチになってますよ、ククリアさん。ある程度どころか、めっちゃ上級者の手つきじゃないですか。まるで、システムエンジニアみたいな貫禄も出てますけど。
「彼方様、実は私からもお話があります……」
「ん? どうしたんだ、ティーナ。そんなに改まって、俺に話ってなんだ?」
ティーナが急に神妙そうな顔つきで、俺に話しかけてきた。
一体何だろう? もしかして、ティーナの隠された遺伝能力の事について、何か進展があったのかな?
モジモジとしながら、ちょこんと俺のロングコートの先を指で摘んだティーナが小声で告げてくる。
「彼方様……。実は、私はあの皇帝陛下はとても『危険』だと思うんです!」
「えっ、ミズガルドが危険って……それはどういう事なんだ、ティーナ?」
俺は突然のティーナの告白にビックリする。
バーディア帝国皇帝のミズガルドが危険だって? それは何で何だろう。もしかして実は皇帝は偽物だったとか、あるいは女神教の陰謀か何かに加担をしている可能性があるとかなのかな?
でも、これまでの経緯を考えても、それはあり得ないと思う。
そもそも今のミズガルドには、ほぼ皇帝としての権力はないに等しい。帝都を奪われて、直属の配下の兵を多くを失い、他の帝国貴族は帝国を影で操る夜月皇帝の存在を恐れて、ミズガルドの言う事は聞かないくらいだ。
ある意味では完全に没落をして。流浪の貧乏貴族のような状態になってしまった皇帝ミズガルドに、一体、どんな危険があるというのだろう?
「彼方様……率直に言います。皇帝陛下は、今――。『恋する猛獣』と化しているのです!」
「なるほど、猛獣か。それは危険だな……って、ええっ!? それって、どういう意味なんだ?」
俺が頭に疑問符をたくさん浮かべていると。
ティーナはここぞとばかりに、恋する猛獣の危険性を俺に力説してきた。
「……いいですか、彼方様? 皇帝陛下はまず女性です。それも年頃の大人の女性です。まさに発情期真っ盛りなご年齢と言っても良いくらいです」
「は、はあ……そ、そうなんですね」
「そうなんです! 皇帝陛下の彼方様を見るいやらしい目つき。そして自分の内面を好きな男の人に晒して、全てを委ねようとしてくるあの艶かしい態度、行動。完全に彼方様に心を許しているあの仕草。その全てが……恋する乙女のロマンティックモード状態なのです!」
な、なんだってーー!?
……と、ここは反応すべきなのか、ちょっと迷うんですけど。
えーと、ティーナさん。そ、そうなの?
俺にはいつも通り、少しわがままでゴーイングマイウェイな、気性の荒い女皇帝にしか見えないんだけど。
「彼方様は乙女心が分かっていないので、無防備にイケメン勇者オーラを出し過ぎているのです! それを毎日200%、間近で浴び続けている私だからこそ、ギリギリのラインで欲望を抑えられていますけど。並の女性なら瞬殺されて、即落ちしてしまうに決まっています。ですので、今後はあまり皇帝陛下には近付き過ぎないようにして下さいね、彼方様!」
ティーナに真剣に叱られてしまい、ハイ……と答える事しか出来ない俺。
そ、そうなのか。俺ってイケメン勇者オーラを振り撒く事が出来るような、物語のイケメン主人公にレベルアップしていたのか。その割には、あんまりハーレム状態になっていないような気がするけど。
後で、久しぶりに自分のステータス欄をチェックしてみようかな。
もしかしたら、『ジゴロの勇者』みたいな称号が新たに増えていたりするかもしれないし。
「ふふふ……」
俺とティーナのやり取りを、横で聞いていたククリアがクスリと笑っていた。
「どうしたんだ、ククリア? 何かおかしな事であったのか?」
俺が尋ねると、ククリアは自分の手で口を押さえ。吹き出しそうになるのを必死に耐えているようだった。
「いえ、可笑しいに決まっていますよ。コンビニの勇者殿と、ティーナ様のやりとりは新婚ほやほやの初々しい夫婦の会話のようで、ボクにはとても微笑ましく見えましたので」
ククリアから新婚夫婦のようだ、と言われたティーナが……。ボンッと、顔を赤くして頭の上から何かを噴火させた。
「そ、そんな事は無いです、ククリア様! ただ、私と彼方様は一緒に寝泊まりをしたり、一緒にお風呂に入ったり、寝食を常に共にしてるだけで、まだ夫婦という訳では……」
「えっと、ティーナさん。一緒にお風呂には入ってないような気もしますけど……。まあ、俺がお風呂に入っている時に、勝手にティーナが中に入ってこようとした事件は、今までにも沢山あったけどさ」
顔が赤くなったティーナには、俺の小声のツッコミは全く聞こえていないようだった。
そんな様子を見て、ククリアは見た目は15歳くらいの子供のくせに。ニヤニヤと俺達の反応を見て微笑んでいる。
こら、ククリア! 子供が大人のカップルを笑ってからかうような事を言っちゃダメなんだぞ!
あ……でも、ククリアは紫魔龍公爵の記憶もある訳だから。実質300歳くらいの年齢と経験があるのか。そう考えると、見た目よりも実年齢はずっと大人だから、別にいいのかな。
「――ですが、ティーナ様の言葉には確かにボクも同意する点があります。皇帝陛下は他者に対して常に高圧的で、例えそれがどんなに権威のある人物であったとしても、決して退かず怯まない。そんな孤高で、プライドの高い人物であると、ボクは今までは思っていました」
「今までは思っていました……って、そこ過去形なの!?」
ククリアは、まるで会社で働くオフィスレディーのような雰囲気で、キーボードをブラインドタッチしながら、俺に上目遣いで返答してくる。
「そうです。それが今では時折、和かな笑顔もみせるようになりました。ボクからすればあの皇帝陛下が、笑っている姿を見れただけでも、あまりにもレアな出来事なのです。コンビニの勇者殿、皇帝陛下をグランデイル軍からお救いする際に、何かよっぽど皇帝陛下に気に入られるような事をしたのではないですか?」
「ミズガルドを救出する時に俺がした事? うーん、ピンチの皇帝をずっと胸に抱きかかえながら敵の騎士達と戦って……。その後は、空中に一度皇帝を放り投げて、そのままお姫様抱っこで受け止めたくらいかな?」
『『それだ――!!』』
ティーナとククリアが同時に声をハモらせて叫ぶ。
そして2人でうんうんと勝手に頷きながら。お互いに顔を見合わせて納得したような顔をした。
何だよ、2人だけで同意するのはやめてくれよ。
俺もその中に混ぜて欲しいんだけど。
すると――。
そのタイミングで、コンビニの事務所に子分2号を襲名したばかりのフィートが屋上から突然戻ってきた。
「おーい、変態お兄さんーー! 親分がお呼びみたいですぜ。早く行かないときっとまたヘソを曲げて、不機嫌になっちゃいますぜー!」
「俺の事をお呼びって……ミズガルドは、俺限定で呼び出しているのか?」
「そうっすよ、変態お兄さん! さあ、子分1号なんだから、さっさと行って下さいよ! あたいもちょっと疲れたし……」
事務所に入るなり、いきなり簡易ベッドに飛び込むフィート。
だらしない体勢でグデ〜〜っとしてるけど、こいつなりに、ミズガルドの相手を一生懸命してくれて、気疲れをしたのかもな。
「彼方様……? 分かっていますよね?」
「う、うん。分かってるよ! 必要以上にミズガルドには近付かないようにする。適度な距離感を持って接する。これで良いかな……?」
「ハイ、とりあえずはそれで大丈夫です! でも、恋する猛獣は時として、予想外の恐ろしい行動をしでかす事がありますから……。くれぐれも皇帝陛下と2人きりにはならないように気を付けて下さいね!」
どちらかというと、恐ろしい行動をしそうなのはティーナさんのような気が俺はするけどな。
もし、ミズガルドと俺が良からぬ関係になったりでもしたら。きっとミサイルの雨が降ってきそうな気がするから、本当に気を付けようと思う。
――よし、気を取り直して!
すぐに海賊の親分であるミズガルドの元へ行く事にしよう。あんまり待たせて、外交問題にでもなったりしたら嫌だからな。
俺はコンビニの外に出て、そのまま大ジャンプをする。
そしてすぐに屋上で仁王立ちをして外の様子を見ている、皇帝の前に向かった。
「俺の事をお呼びですか、おやびん……」
適度におちゃらけつつ。
俺は様子を窺うようにして、ミズガルドに話しかけてみた。
「――うむ。彼方よ。貴様に頼みがあるのだ」
な!? まさかの名前呼び……だと!?
いつの間に、ミズガルドは俺の事を下の名前で呼ぶようになったんだ。まあ、俺も皇帝じゃなく『ミズガルド』って名前で呼ぶ事も増えたから、ある意味お互い様だけどさ。
「俺に頼み……って、一体何なんだ? ミズガルド」
皇帝は不適な笑みを浮かべて、俺の顔を見ながらニッコリと微笑む。
ティーナから、皇帝が俺に好意を持ってるかも……なんて話を聞いたばかりだからな。
突然、告白でもされたらどうしようと、ついつい俺は身構えてしまう。
しかも、今のミズガルドは海賊というより、全身にタイトなスーツを着て。インナーにも白いワイシャツを着ている、見た目は明らかに保険勧誘のセールスレディっぽい姿だからな。
なんだか女上司に叱られる、新人の部下みたいな雰囲気がして。ちょっとだけ背徳感の漂う変なシュチュエーションになってるし。
ミズガルドはそんな俺の様子などお構いなしに、両腕を組みながら、堂々した口調で俺に話しかけてきた。
「もう少ししたら、バーディア帝国の南の領土を統治している『オサーム』という名の帝国貴族が住む城が見えてくる。そこまで彼方の操る空飛ぶ円盤に我を乗せて、一緒に運んでいって欲しいのだ」
空飛ぶ円盤って……ああ、シールドドローンの事か。
シールドドローンは、通常のドローンより硬く。サイズも出力も大きいので、俺は空中を浮遊する為のホバリングドローンとしてそれをよく活用している。
「ドローンで運んでいくって、その帝国貴族のいる城に向かって、一体何をするつもりなんだ?」
俺がミズガルドにその目的を尋ねると。
くっくっくっ……と、まさに女海賊のような不敵な顔で笑うミズガルド。
皇帝陛下は、その場で剣を天に向けて振り上げ。配下である子分1号の俺に向けて、高らかに宣言をした。
「ハッハッハ、決まっておろう! 我は再び皇帝としての権力を取り戻す為に、我に従わぬ帝国貴族共を全員蹴散らし、叩きのめして、もう一度帝国の領土を我の元に取り戻してやるのだ!」